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#46 東京ジャーミイに行ってきたよ
2026-09-10 18:33

#46 東京ジャーミイに行ってきたよ

日本最大のイスラム教寺院(モスク)東京ジャーミイに出かけました。

オスマントルコの建築様式、異なる文化の祈りと生活の空間、

そこから自分の今の暮らしについて、迷走しながら考えています。消費に塗れているのか…???


公式サイトはこちら→https://tokyocamii.org/


東京ジャーミイに行ってきたよ/礼拝の場であり文化の場/宗教施設に詰め込まれた建築技法/シャンデリアのアラビア文字とステンドグラスの境目と/上のドームをポカンと見る/同じ東京の中に別の文化圏や信仰/普段、東京の文化とか土地の感じを感じてるんだっけ/ある程度標準化された暮らし/ローカルとしての東京/リトル奄美・沖縄の話と「そうそうこれこれ」感/土地と人の履歴、街の成り立ちと自分が接続されていない感じ/消費にまみれてしまうしな/ラジオの仕事が大きな柱だったんだよな/バクラヴァの甘さは暑さに合いますね


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仕事で街や人の声を聞くのは好きなのに自分についての言葉を持たずにいた上野紋が、

身の回りのできごとや見たもの聞いたもの、長年向き合えなかった好きなものなどについて考え考えお話する音声配信です。  


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サマリー

パーソナリティの上野綾が、日本最大のイスラム教寺院である東京ジャーミイを訪れた体験を語る。オスマン建築様式の美しい装飾や、異なる文化圏の祈りの空間に触れ、自身の東京での暮らしや、土地との繋がり、文化の消費について深く考察する。また、トルコのお菓子バクラヴァの美味しさにも触れ、異文化体験が自身の生活を見つめ直すきっかけとなったことを振り返る。

オープニングと東京ジャーミイ訪問のきっかけ
こんにちは、上野綾です。
しゃべりながら考える、この番組は、仕事で街や人の声を聞くのは好きなのに、
自分についての言葉を持たずにいた、私、上野が、
身の回りの出来事や、見たもの、聞いたもの、
長年向き合えなかった好きなものなどについて、考え考えお話ししていく、音声配信です。
先週のi7配信、わーわー特別回から、1週間とちょっと経ってしまいました。いかがお過ごしでしょうか?
8月はお盆があるからという割り切りがありますけど、9月は9月でシルバーウィークが控えているので、
なんか割り切るというよりは、何しようとか、予定どうだっけ、みたいな調整とか、それに伴って、
早めに予定をこうね、繰り上げてやらなきゃな、みたいな、そういうさばくり事が増えてきますね。
さて、今日なんですけど、ここ2週間の間にちょっと出かけた先として、
東京ジャーミーに行ってきたんです。渋谷にね、東京ジャーミーという、トルコのモスク、寺院がありまして、
そのジャーミーそのものもすごく興味深くて、
自分の普段の暮らしの文化圏とは違う、
建築だったり、装飾とか、空気に触れる機会となって、すごく貴重だったんですけど、
そこから今の暮らしって何なんだっけ、みたいなことを考えてしまったので、
そのあたりちょっと聞いていただけたらなと思っています。
ちょっと考え考え、しゃべる回になりそうです。よろしくお付き合いください。
東京ジャーミイの歴史と建築
友達と久しぶりに会おうと思って、
候補をいろいろ出してもらっている中に、東京ジャーミーを出してくれたんです。
2人とも初めて出かけるということで、行ってきたんですね。渋谷区になるのかな。
駅はね、代々木上原駅という駅から歩いて、ちょっとのところにあったんです。
正式名称が、東京ジャーミーディアーナとトルコ文化センター。
ですので、モスクの建物もあるし、
トルコの文化を紹介したり、教育にも一時期使っていたりしたのかな。
学校としての役割も担われていたみたいで、
そういう歴史もある場所なんですって。
古くは大正ですね、1910年代。
ロシア革命を逃れて日本に避難してきたトルコ人の皆さんの、
礼拝場を求める動きがスタートになったんだそうです。
で、最初にそのモスクができたのは昭和13年。
その頃には日本政府とも協力して、学校も開設されていたそうで、
で、礼拝堂ができて、老朽化で一旦取り壊されることになって、
今の形で東京ジャーミーができたのが2000年。
だから、今の建物になって四半世紀ぐらいという感じなんでしょうね。
で、またそれがすごい建物で、なんかね、作るにあたってはトルコ本国から100人ぐらいの技術者とか、
工芸職人とかが呼ばれて日本に来て、建物本体を作り、内装工事をして帰っていたそうなんです。
祈りの場ですし、その文化の場でもあるんですけど、
やっぱこの宗教施設に当時のいろいろな細工であるとか、
建築技法が詰め込まれるっていうのを久しぶりに浴びた気がしますね。
一般の方でも、礼拝、1日に何回かある礼拝の時間以外であれば、
自由に見学してもいいよという形になっているので、私たちもお邪魔してきました。
礼拝堂内の装飾と建築技法
やはり観光でいらっしゃる際は、短い服装はしないでくださいとか、
あと女性はね、頭を覆うスカーフを必ずしてください。
してから入ってくださいというふうに指定はされていたんですけど、
スカーフも入り口で貸してくださるし、
短い服を着てきた人が肌を覆うための貸し出し用のコートもかけられていて、
見学自由にしていいよというウェルカムな空気はありましたね。
建物が外観も大理石を基調としている真っ白な建物で、
明らかに日本の建築とは建築様式が全然違うから、
これは外国の建物なんだろうなみたいなのがすぐわかるんですけど、
礼拝堂に入っても内装がすごくて、
幾何学模様とか色とりどりの装飾がなされていたり、
壁画っていうのかな、幾何学模様なんですよ。
それをよく見ると、なんか文字っぽいんですよね。
いろいろ調べてみると、どうやら本当にアラビア文字を組み合わせてあったり、
カリグラフィーを置いてあったり、
経典とかの大事なフレーズをあしらっていたり、
というのが装飾として使われていて、
その内装を黙ってじっと見ている時間が一番長かったかもしれない。
彫刻としても、一つの大理石を掘り出して柱を作るとか、
空間を作る、飾りを作るという技術もすごいなと思ったんですけど、
天井に描かれている模様とかデザインが、
これはどういうことなのかな、どういう規則性を持って並べられているのかなとか、
どんなモチーフなんだろうとか、そういうことを考えながら、
わかんないんですけど、わからないなりに見つめ続けるという時間がすごく良かったですね。
天井に描かれている幾何学模様の脇とかにもアラビア文字があしらってあるし、
上から吊るされているシャンデリアがあったんですけど、
そのシャンデリアも、明かりは電球がいろいろ下に向いて付けられている状態なんですけど、
その電球、明かりを支えているデザインが文字なんじゃないかなという状況で、
いろいろ調べてみたら、たぶんアラビア文字のカリグラフィーを立体にして、
くるっとシャンデリア状に丸くデザインされていたのかな、
不思議な形でしたね。でもたぶん文字だったんだろうな。
あともう一つ、ステンドグラスも、よく私たちがキリスト教の教会などで見るようなステンドグラスにたっと見似てるんです。
小さいものも大きいものもあって、光が入るととっても綺麗なんですけど、
よくよく見ると、全部その細かい模様の一つ一つの枠がこちら側に立体的に出てきてるんですね。
縁があるというか、全部の模様の縁があるというか、外側だけじゃなくて内側も。
よく私たちがイメージするステンドグラスって、触ってみると別にデコボコはそこまではっきりしてないはずなんですよね。
でも東京ジャーミーで見学したステンドグラスは、斜めから見るとね、全部その細かい模様の一つ一つの線が浮き上がっている状態。
お花があるとしまして、丸書いて花びら5枚ぐらいって簡単に書きますよね。
丸書いて花びら5枚、1、2、3、4、5って書いたその線が全部浮き上がってきている。立体としてこちらに競り上がっているというか、奥行きがある状態だったんです。
これ不思議だなと思って、しばらくも冒頭その場で調べることはしなかったんですけど、ただただ受け止めるので精一杯で見てたんですけど、
かえってちょっと調べてみると、それもオスマン建築の一環らしくレウゼンという装飾技法として紹介されているサイトがありました。
石膏の窓枠に色がついたガラスをはめ込んで模様を描くものなんだそうで、その境目の作り方そのものが違ったんですね。
境目が太いし、こちらに競り上がっているというのを初めて見たので、すごく新鮮でじーっと見てました。
だから枠の中に色が埋まっている感じがする。一つずつはめ込まれている感じが余計したんですよね。それでね、興味深かったです。
異文化体験と自身の暮らしへの問いかけ
で、一通り見学して、2階の女性専用バルコニーみたいな、女性専用ゾーンも見せてもらって、そこからだと上のドームの部分がより近くに見えてポカンと見てしまったんですけど、
眺めるだけでもいい時間だった。
礼拝の時間ではなかったんですけど、実際そのトルコご出身、もしくはイスラム教の方々かなとお墓式、皆さんが家族でとか友達ととか来て、
お祈りされている人もいれば、スマホをね、隅っこの方でポチポチしてくつろいでいる方もいたりとかしてて、思い思いの過ごし方をされていて、
なんかこう日常に溶け込んでいるんだなぁ。私から見ると、自分の普段の文化圏とは違う建築だったり、装飾だったり、礼拝の風景だったりっていう見るもの、聞こえるもの全部そうだったけど、
この場を日常の続きにしていらっしゃる方もきっとたくさんいるんだよな。それがご自身の文化であり、自分の暮らしであるという方も東京に住んでるんだよなというのは当たり前のことではあるんですけど。
そういう感じで帰ってきました。そこで考えるわけです。じゃあ自分は普段東京の文化とか土地の感じをどれぐらい感じてるんだっけと思うんです。
ここからは私の話なんですけど、鹿児島で生まれましたとか、富山で就職して仕事を始めましたとか、点々としてきた中で、この場所だからこの暮らしとか、この場所にいるとこういう風習があってとか、そんなお祭りとか大きなものばかりじゃなくて、
それこそ祈りであるとか、もっと手前の生活であるとか、土地ごとの暮らしとか文化を結構面白がってきて、自分の中にもいろいろ落とし込みつつ、そこにいる人たちに話を聞いてきたっていう暮らし方をしてきたはずなんですね。どちらかというとね。
なんだけど、もうすぐ5年になるんですけど、東京での暮らし、あんまりその感覚を拾えてない気もしていて、東京にそれがないわけじゃないと思うんです。
例えば、今私練馬区に住んでますけれども、練馬区も大きくてね、昔特攻隊が出ていた飛行場があった場所に、今大きな公園ができてとか、アメリカに接種されてそれが返還されてみたいな歴史があって、公園として整備されたみたいな話も知識としても分かっているし、この街の成り立ちみたいなものにも興味はある方だと思うんですけど、
自分の暮らしに接続されてないというか、もちろん歴史はそうだった。そんな地域に今遊びに出かけたり、いくつかある自分の今の自宅の近辺の生活の拠点のうちの一つはそういう歴史を持っているとか、そういうのを興味深く知ることはあるんだけど、それが自分の異色獣につながっている感覚はないなと思ったの。
まあ、でもな、これはね、東京だけじゃないと思うし、例えば福岡でも福岡だからこれみたいなことが全部が全部あるとは思わないし、そのある程度標準化された暮らしがどこの日本各地どこでも送れるような状況にはなっているじゃないですか。
なんなら奄美大島でさえもコンビニもあるし、ファーストフードもないのもあるけどあるのもあるし、みたいな形でね。
だからそうですね、なんかそういうことを久しぶりに思い出して。
あと単純に私が東京、ローカルとしての東京に触れる機会がそんなにないよなって思っている。
江戸の文化を感じる場所にいることだけが東京で暮らすことじゃないよなとは私は思っていて。
ステレオタイプなカッコ書きの東京みたいな。
あとは練馬だったら特撮の聖地があるとか、アニメーションのスタジオがいっぱいあってとか、そういう文化の歴史も知ってはいるし、そんな街で暮らせて楽しいなみたいな気持ちもあるけど、
一触中とくっついてないわけじゃないんですけど、もうちょっと暮らしに寄った土地の匂いみたいなものがこれまではあったよなって思っちゃったの。
ここにはそれがないっていう嘆きではなくて、私が拾えてないんだよなって話ですね。
そんなことを考えていた折、また違う友人から連絡があって、どこどこの街に大島町というところがあって、ここはリトル天見沖縄らしいね、島から歴史ですけど、軍事工場に借り出される島地の皆さんが移住する形になって、生活の拠点として集落ができて、
島の文化もここに残ってて、大島紡ぎも終わられてて、みたいな話を聞いて、ちょっと盛り上がったんですよ。そうそう、これこれ、みたいな気持ちになったんです。
こういうのを掘るの楽しいよねっていう感覚を共有できることが私はとても嬉しいんですけど、
土地と人の履歴というか、街の成り立ちであるとか、そういうところに今の自分の暮らしがあんまり接続されている感覚が薄いんだろうなっていうことかな。
自分の中に回路ができてないというか通ってないというか、そういう話なんだと思います。まとまらない。
でもそうなんですよね。だから行ったジャーミーも異国情緒で素敵とは決して言えないし、いや素敵なんですよ。建物すごいんですけど、
でもやっぱり同じ東京の中に別の文化圏や信仰に基づく生活がちゃんと存在してるんだなというのを改めて気づかされたという、そっちの方が大きくて。
逆に自分が普段いるこの自分の身の回りの暮らしって、だからといって意識的にその土地を掘りに行くっていうのも、それはもう興味に任せるしかないというか。
その生活が消費にまみれてしまうというのはある程度仕方のないことではあるんだけど、みたいなことをうだうだ最近考えております。
全然まとまらないまま時間が来てしまいました。東京に文化がない話でもないし、練馬に文化がないっていう話でも全然ないんです。
ただこう信仰であるとか産業であるとかっていうものが、その土地にあるものと自分の接続のうちさなのかな。
ラジオの仕事とメディアの役割
山口もさ、2年弱しかいなかったし、めちゃめちゃ私がその山口的生活にコミットしていたかっていうと、そんな生活自体はそうでもなかったのではないかと思うんですけど、
そこで1個大きな柱となるのが、山口ではやっぱりコミュニティーFMで仕事させてもらっていたから、やっぱりコミュニティーFMで働く以上、ラジオ全部そうですよ多分。
メディアもきっとテレビもそうだと思うんだけど、やっぱり土地と暮らしと密接に関わってないと、その場所でメディアで喋るとか取材をするってできないと思うんですよね。
なんかそんなことまで考えちゃった。ラジオやればいいのかな?そういうことじゃないよね。とかね、いろいろ考えております。
なんかそういうことをぐるぐる考えさせてくれてありがとう、東京ジャーミーという気持ちです。
お土産とバクラヴァの感想
そう、ちなみにさっき言いそびれちゃった。東京ジャーミー、ハラールショップでいろいろお土産買ったりもできるんですよ。
私はね、ゴマが沢山らしくて、トルコ。そのトルコのゴマをギュッギュッと集めて、シロップで固めて板チョコみたいな状態になっているゴマバーを買ってきて。
これちょっと子供のおやつとかにいいなと思って。今度タイミングを見てみんなで食べてみようと思ってるんですけど。
そういった食材をいくつか買ってきたのと、そのハラールショップにおやつも売ってるの。カフェみたいに。イートイーンで食べられるんですよ。
で、そこで食べてきました。バクラバ。パイ生地なのかな?薄い薄いパイ生地を重ねて重ねて、間にナッツ類。ピスタチオとかナッツとかを砕いたものを。
それも多分蜂蜜で和えてるのかな?甘かったな。それをキュってしたものを挟んで、ミルフィーユみたいにそのパイ生地を重ねて焼き上げて。
なので表面はサクサクなんですよね。でもその後仕上げに甘いシロップをずっとかけて浸すんです。
なので表面はサクサクなんだけど、咀嚼している間にシロップの甘みがジュワジュワ出てくるの。なんか不思議な甘さで美味しかったです。
生地一枚一枚はすっごい薄くて、ふわふわのサクサクで軽いお菓子と思いきや、しっかりシロップが下支えしてくれてて甘さがね。不思議な食感で大変美味しくて。
またその日暑かったんですよね。むちゃくちゃ暑かったんですけど、このバクラバの甘みがちょうど良くて元気が出ました。
そんな美味しいものもまた今度機会があったら食べに行きたいなと思っております。
いやー生活をちょっと考えます。でも考えたとて、自分の生活がいきなりこう、じゃあ明日からこうしましょうみたいな風に劇的に変わるものではないとはわかってるんですけどね。そんなことを考えました。
エンディングとメッセージ募集
お付き合いいただきありがとうございます。今週は特になんかあっち行ったりこっち行ったりしてしまいましたけれども。
感想メッセージどんな内容でも結構です。モスク行ったよとかトルコ行ったよとか行ってみたいなぁ。行ってみたい。海外にも行きたいもんですね。
そんなお便りもお待ちしております。感想などぜひお気軽にどうぞ。メールXスポティファイのコメント欄からお待ちしております。
Xのハッシュタグは概要欄に書いてあります。またこの番組は各種ポッドキャストサービスで配信中です。ぜひ番組をフォローしてお楽しみください。
ではまた来週です。しゃべりながら考える上野彩でした。
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