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#47 自分の過去を闇鍋サルベージ!国会図書館に行ってきたよ
2026-09-15 22:15

#47 自分の過去を闇鍋サルベージ!国会図書館に行ってきたよ

前回の東京ジャーミイ回で話した「東京での暮らしと自分の接続の感覚」についてもう少し考えつつ、国会図書館に出かけたよレポをお送りします。

年代も日付も、手がかりが全くない中で自分の投稿イラストを探すという闇鍋チャレンジをしつつ、意外な記事を見つけたりして楽しんできました。


「東京の暮らし」とひとまとめにするの乱暴だったな/自分の暮らしにドフォーカス/ある意味で「東京らしい」場所・国会図書館/日本の中枢・永田町で「あーここテレビで見たことある」になる/マイクロフィルムをぐるぐる回して90年代の鹿児島奄美を眺める/ラテ欄・FMガイド・若い目・まあぶるすとりーと/自分の中学生活に夢中で島のできごとには興味なかった/当時の鹿児島や奄美ではこんなことが/本来の目的、自分のイラスト探しを若干忘れる/突然見つけてヒュッて/それはもう大変イキっていらして…


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仕事で街や人の声を聞くのは好きなのに自分についての言葉を持たずにいた上野紋が、

身の回りのできごとや見たもの聞いたもの、長年向き合えなかった好きなものなどについて

考え考えお話する音声配信です。  



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サマリー

パーソナリティの上野綾が、自身の過去の投稿イラストを探すため国会図書館を訪れた体験を語る。年代や日付の手がかりがない中、マイクロフィルムやDVDを駆使して当時の新聞記事を調査する過程で、自身の記憶や地域の出来事を発見し、過去と現在を繋ぐ貴重な体験となった。

国会図書館訪問のきっかけと東京での暮らしについて
こんにちは、上野綾です。
しゃべりながら考えるこの番組は、仕事で街や人の声を聞くのは好きだったのに、自分に関する言葉を持たずにきた上野綾が、身の回りの出来事、見たもの、聞いたもの、長年向き合えなかった好きなものなどについて、考え考えお話ししていく音声配信です。
今日は、国会図書館に行ってきたよ回でございます。
そもそも、なぜ行ってきたのかと言いますと、何回か前ですね、43回かな?
ANKRというあまみのオタク情報マガジン、その同人誌を読みながら、私自身も島のオタクというか、アニメが好きだった中学生として、
当時、島で行われていた同人誌即売会に行ってみたりとか、自分もイラストを書いて、新聞の若者欄に投稿したりとか、
人が書いているものを目を皿のようにして見たりとかしてたなーっていうのを、芋鶴式に思い出してしまって。
そういった資料はね、どこの県の図書館にも新聞アーカイブ残ってますけれども、国会図書館が強いと。
東京にいても鹿児島の新聞にアクセスできる、あまみの新聞にもアクセスできるということで、行けたらいいなと思っていたんです。
でね、ちょっと脱線するんですけど、先週そういえば東京での暮らしと土地の話をしてましたよね。
ちょっと今日本題に入る前にその話からさせていただけたらと思うんですけど、前回の配信の中で、私の最近の暮らしは東京らしい暮らしとか、
その土地や歴史に接続されている感覚が薄いなーとか、自分がその土地の感覚を拾えてないなーみたいな話をしてたんですよね。
で、その後いろいろ考えたんですけど、とはいえどこの都道府県もそうなんですが、同じだとは思うんですけど、東京の暮らしというひとまとめにするって結構乱暴だなと、あの後思ったんですよ。
先週お話ししたその東京ジャーミンしかり、下町のエリアしかり、練馬の畑しかり、練馬はいまだにたくさん畑があって、町歩いてると、町っていうかその辺歩いてると、畑もあれば畑で採れたお野菜をコインロッカーみたいな形でロッカーに詰めて、
自販機形式で買ってっていいよっていうシステムを採用されている農家さんがたくさんいらっしゃるんですよ。たぶん昔からの地主でいらっしゃったりもするんだろうね。そういう自然豊かな環境もあるし、よく言われる東京といえばサブカルノ聖地といえばここみたいなさ、町とかオシャレ商店街しかりとか、ちょっとハイソサイティな雰囲気の町があってとかって、
そういう東京という中にもいろいろなエリアとそれぞれの町の成り立ちがあったよなっていうのをもんやり考えてて、東京の暮らしとまとめるのはちょっと乱暴だし私の本位でもないなと思っていて。
今住んでる練馬の、例えば野菜の自販機があって、お祭りとかも霊体祭、今度秋ありますね。そういうポスターをこの時期見かけるんですけど、そういうのを見かけながら、それもあんまりうまく自分の中にはまってないの。なんでだろうなと思ったときに、今はたぶん自分自身の生活、毎日のやることとかタスクとか生活、食べる準備をしている。
ケアをするとか、そういったケア労働みたいなのも含めた毎日にフォーカスしているから、土地への視点って薄まってたというか、今も現在進行形で薄まってるんだろうなということをちょっと考えました。
あともう一個は、東京ジャーミーのことを思い出しながら、もう一個考えたこととしては、ジャーミーみたいに東京にルーツを持っていらっしゃらない方々、他の国から日本にやってきて東京で暮らしている方々の今の生活の一部であり、拠り所であるジャーミーみたいな施設がありますよね。
それも一つの東京らしさというか、そういうものも含めて東京の暮らしなんだよな、みたいなことを考えて、うまくまとまりませんけど。東京でまとめる気はないんですけどね、こんなに東京の暮らし、東京の暮らしって言ってて。
ないんだけど、でもやっぱり他の地域の生活、まあでも言うても、先週もなんか山口のこと引き合いに出しましたけど、山口も山口面白い町で、ちょっとまた脱線しますけど、許しください。山口市っていうのが山口県の真ん中にあるんです。
でも一番人口が多い町は九州と面している下関市なんですよね。で、大体人口10万前後の都市が点在してるんです。なんかね、ちょっと独立した産業と独立した町づくりをしているような印象を強く受けたんですよ。
で、面白いのが、お互いの市町村をやっぱり一山越えたら大違い。なんかあんまりお互いの市町村がどんな感じなのかとか、県全体ではこうだよね、みたいな意識ってあんまりない印象を受けていて、それは何でかっていうと、ちょうどいいサイズ感で生活がまとまるような独立した町がいっぱいあるっていう印象だったんですよね、山口県。
個人の感想ではありますけど、みたいなことを東京に当てはめた時に、なんでたって東京はいろんなところから人が集まってるっていうのも、あとはその上京してきたとか、転勤で住んでるとか、東京出身の人ばかりではないということがことさら強調されがちですけれども、もちろん地元東京という方がいらっしゃるのも理解した上で、
人の出入りが激しくて、そこに関心を向ける機会もそんなに多くないというか、慣れっ子であるとか、そういうことも関係しているのかもしれないなと思って。なので、いろいろ考えてみると、一つ一つ楽しさとか魅力みたいなものは、今のこの生活にドフォーカスしている状態の私にも、拾おうと思えば拾えていけるんじゃないかななんてことを考えました。
国会図書館での資料探し体験
で、東京らしさは、じゃあ何っていうのを、やっぱ地方に住んでて東京らしいっていうのを考えると、やっぱりその一つに日本の中枢っていうイメージあるじゃないですか。まあ事実なんですけど。ということで行ってきました。お待たせしました。国会図書館に行ったんです。国会議事堂のすぐそばに立っている国会図書館。
私が行った時は、地下鉄で永田町の駅ですね。もう永田町の駅を降りて、階段登って出た瞬間に、あれ今出てきた出口って、映画の新聞記者の最後のシーンであの人が立ってたところじゃないとかさ、ああ、そこの角度はテレビでよく見るとか、そういう、なんかテレビで見たことあるっていうものに聞かれがちですよね。日本の中枢。
まあそれだけ実際に肉眼で見るよりもメディアで触れる方が多いからね。当然ちゃ当然なんですけど。国会図書館はその利用カードを作るにあたって事前に登録が必要なんですけど、その登録をインターネットで先にやっていても国会図書館を訪れるにあたって時間の余裕は本当に必要なんだなというのを現時で改めて感じました。
そのカードを作るとか、最初の注意事項を聞くとか、持ち込みのカバンに制限があるのでロッカーに荷物を預けたりとか、あとはその資料を請求するのはここで、手段はこれで。請求してから出していただいて、できたよって呼んでもらえるまでちょっと時間がかかったりとか。
基本的にその地域の図書館とは違って閉科書庫にある資料を取ってきてもらって見せてもらうという形ということで、紹介にも時間がかかるんですよね。私は新聞だったので、紹介そのものにはそんなに時間かからなくて、10分弱ぐらいですぐ読んでいただいて取りに行ったんですけど。
借りたら借りたで、マイクロフィルムをセッティングしてぐるぐる回してみるとか、見始めたらやっぱり当初の目的とは違う記事が気になり始めるとか、操作がなかなか慣れないとかっていうので、時間がいくらあっても足りないなと思いました。
あと、プリントセンターがちょっと離れたところにあって、めちゃめちゃ歩くんですよ。館内をうろうろしたという意味では大変いい運動になりまして。
同じ新聞記事であっても、DVDでデジタルとして保存されているものと、巻物としてマイクロフィルムで保存されているタイプと、あとは実際の紙が保存されているところと。
申請先が別なんですね。場所が違うんです。物理的に場所が違うので、今見たいこの2つはここに置いてあるけれども、DVDは1階に降りて、ここでカードを出してくださいとか、そういうふうに指示をいただいて。
わからないことは全部スタッフの方に聞いたら、私も右往左往しながら、印刷ってどうしたらいいんですかとか、印刷している間、マイクロフィルムはこのままでいいんですかとかね、パソコンこのままでいいんですか、途中履席に入りますかみたいな。
全部わからなかったので、全部聞きながらお世話になりました。なので時間はいっぱいあった方がいいと思います。1日がかりでもいいぐらいだったな。
過去のイラスト探しと当時の地域情報
本来の目的としてね、私が中学の頃に南日本新聞に1回だけ載ったイラストを探そう。でもイラストが掲載された年月日はわからなかったんです。
内容も、書いたイラストの内容はなんとなく覚えてるけど、詳しい内容は全然覚えてなくて、手がかりがなかったんですよ。もう闇鍋です。闇鍋。あんなに膨大な資料の中から闇鍋で。
でも私が中学生だったここからここまでの間、かつ書いた内容からして、たぶんこの辺りかなっていうのを1,2,3,4,5,6本ぐらいかな。ランダムに選んで、申請をして見せていただきました。
当てずっぽうで、まず1997年の8月前半のマイクロフィルムを借りてくるくるしてたんです。何面が何覧かとか、例えば当初覧が何面だったかとか、もう全然覚えてないので、もう全部くるくるするの。
手でね。くるくるしながら、気になる記事があったら手を止めて、ピントが合うのを待ってっていうそのマイクロフィルム特有の時間も使いながら見てたんですけど、やっぱりくるくるしてるうちに思い出すもんですね。私ね、毎年8月の頭ってピアノコンクールの時期があって、南日本新聞主催の。毎年出てたんです。
その日程とか、記憶がね、だんだんマイクロフィルムをくるくるしてるうちにだんだん思い出してくるんですよね。だから最初から何か当たりをきちんとつけてものを調べるって、相当その当たりをつける前段階のリサーチが肝になるなと痛感しました。
結果的にその私の名前はその時はなかったし、この97年の8月には全然私に関するものは何もなかったんですけど、とはいえ当時の面白いもんでね、天見大島にまつわる記事とか地域の行事、地域覧結構しっかりしてるので、当時興味がなかったけれども、今見ると面白いものっていうのは結構たくさん見つけることができたんですよ。
例えば合唱団が、なぜの少年少女合唱団っていう団体がいて、その皆さんが鹿児島県の北西部で地震があった後で、その被害を受けた仙台、今の薩摩仙台市ですね、仙台であった合唱祭に出たときに歌と感想文で仙台の皆さんにエールを送りましたよという記事が掲載されてるんですけど、
そこの団員の皆さんと指導した先生のコメントが載ってて、この人知ってるみたいなことがあるもんですね。何気なく読んでる記事で知り合いを見つけるっていうのをここでやるとは思わなかったな。
あともう一つ面白かったのが、当時この97年8月に天見大島を竹馬で一周しようという謎イベントをシマッチュが考えて企画してますよ、300キロの竹馬駅伝をまずやりますよ、もうすぐ出発ですという記事が1日に載ってて、駅伝走ってますよっていう記事も半ばに載ってて、
13日にゴールしたよっていう記事が14日付けの新聞に載ってるんです。もう逐一追いかけてて、めちゃめちゃ面白かったですね。
延べ1000人竹馬で、当時のまだねトンネルが整備されてない時期ですよ。もう山越えばっかりで、私は車で南に行くのほんとしんどかったなぁ。もう寄ってばっかりだった車に。そんな山道、おそらく峠を越えたんだと思うんですけど、
タスキを繋いで延べ1000人以上が竹馬で駅伝をしたよみたいな、交通難所が多いみたいな話も書いてありましたね。ウケンソンと瀬戸内町を結ぶ山越え10キロぐらいあって、それが本当に大変だったみたいなことも書いてありました。
とかね、もうこういう記事読んでたら、しかもそれも主催の方、島で有名な方と島で有名なサークルや茶坊集団っていう皆さんなんですけど、大きくなってというか仕事で島でお世話になってた頃もいろんなことをさばくっていた方々で、もうずっと昔からやってらっしゃるんだなぁみたいなところが面白くてね、わくわくしました、読んでて。
かと思えば、島尾敏夫さんの日記がね、初めて公開されますと。美穂さんと恋文をやりとりしていた特効待機の時期のですよ。その頃の日記が出てきて、この度公開されることになったよみたいな記事もありまして、結構大きめに特集されていて、読みごたえありましたね。こういうの好きなんですよ。楽しいよね。みたいなことを大人になった今だから楽しめる娯楽として楽しんでまいりました。
でも当時は多分見てないんですよ、こういった記事はね。新聞結構読むタイプの中学生ではあったんですけど、でも自分の町、住んでる島のこととかを知りたくて読んでいるというよりは、ラテ欄をチェックしてみたいアニメとか、あとラジオね。
南日本新聞は一週間のFMガイドが当時から載っていて、地元のミューFM、FM鹿児島とNHKFMの一週間の番組票が同じ欄に一面使ってバーンと載ってるんですね、一週間分。目を皿のようにして読んでいたのを思い出して、もう嬉しくなってここにFMガイドをプリントアウトしちゃいましたもんね。
とはいえ島にいる頃はミューFM、まだFM鹿児島聞けない状態だったんです。中継局なかったんですよ。なのでNHKを聞いていた、あとはMBC、AMですけど、を聞いていた形になるんですけれども、まあ懐かしいですね。でもミューFM早く聞きたいなとは思っていたのが蘇ったりしました。
こうやって振り返ることで、当時はさあそこに住んでたのに全然そのや茶坊集団の皆さんの竹馬駅伝とか見てなかったし知らなかったし、その知ったとて興味も多分持たなかったはずなんですよ。
でもそういったものを今になって資料として見て面白がれるってすごい興味深いものだなと思いますし、さっきその東京の暮らしと今の自分の暮らしみたいな話したときにも似たようなことを感じましたけれども、当時は自分は中学生活とイラスト書いたり漫画読んだりアニメとピアノとラジオで、もう自分の身の回りのことで頭がいっぱいだったんですよねきっとね。
だからなおさら地域のことには目を向けてなかった。自分に関係ある、例えば集落行事だったりとか放年祭とか地域の運動会とかそういったものはかろうじて関わってましたけれども、島の情報を取ろうと思って新聞は読まなかったよなということを感じましたね。
でもやっぱりその当時の新聞を見ると地域その頃が残っているし、全然イラスト見つける前なんですけど、鹿児島だったり。鹿児島は鹿児島で、1993年に起きた八六水害という鹿児島の水害があったんです。
それからやっぱりその後何年も、今でもですけど、8月になるとやっぱり水害とか台風の被害とかそういった話題が多くなるし、実際に台風の襲来も多い時期ではあるので防災意識に関する記事もたくさん見かけたし、地元の大きな企業が倒産しますよとかそういったニュースもありましたね。
そういった鹿児島とか奄美といった場所との相直しみたいな感覚が強かったなと思いますね。そんなことを考えながらマイクロフィルムをくるくるしておりました。
イラスト発見と黒歴史の再認識
そのマイクロフィルムの中には私のイラストは見つからず、DVDで場所を移して、DVDで今度は一つ一つ、今度はパソコンで閲覧して、毎週土曜日の何名あたりにマーブルストリートという南日本新聞の若者欄が掲載されていて、
普段の投稿欄は5面、だいたい5面ぐらいだったんですけど、確かにめくっているうちに思い出しましたね。当時の私も同じように毎日イラスト投稿欄、当初の欄でもあるんですけど、見てた5面を探してたなと思って蘇りました。
くるくるくるくる。次も5面、次も5面で毎日毎日1日分ずつね、しらみつぶしに探していって、あったんですよ。見つけました。突然出てきてびっくりした。本当に闇な日で、何の手がかりもなかったまんま、あてずっぽうで資料をお借りしていたので
途中から自分のを探すというよりは、その社会面とか地域面も含めて、新聞そのものを読むことが楽しくなってしまっていたので、つけたびっくりした。ひゅってなった。ひゅって。ああ、胃が縮む思いがしました。でもありました、ちゃんと。
当時の自分の学校行事になぞらえて、他の方とか見てても、例えばテスト期間ですねとか、卒業おめでとうとか、風邪をひかないように、みたいな内容でイラストを書かれている方がたくさんいたんですけど、私もなんかそれに習って書いてましたね。ひょえー。
イラストそのものはまあまあこんな感じだったよなっていう形で恥ずかしくはあるけど、まあ一応許容できたんです。許容できなかったのが文章ね。イラストの他に一言二言書いてたんですけど、まあ初投稿ですよろしくみたいなことも含めて大変生きていらして、いやーそっちに恥ずかしくなっちゃって顔から火が出ました。
つらいわー。これぞ黒歴史という感じがしましたね。恐ろしや恐ろしや。私は最終的には若者欄の方には採用されたことはなくて、若者欄、マーブルストリートもね、いくつかプリントアウトしてきちゃったんですよ。
毎週の洋楽邦楽のトップ10シングルの売上ランキングがね、出るんです。それも見るの楽しみで。で、他の方が書いたイラスト見るのも楽しみだったなーとか。えーと国内の1位がビーズでしたね。リアルシングシェイクスが流行ってた頃。ララララブソングとか松田聖子さんのあなたに会いたくてとか、そんな時代ですね。
いやー懐かしかったなー。いきり散らかしているイラストの文章を見るのは大変に辛いものがありましたけれども、まあでも見つかって一応良かったなとは思いました。
で、やっぱり大島新聞の方は国会図書館には収蔵されてなかったみたいなので、まあこれなー島に探しに行くのかなー。まあ機会があったら行こうかなーという気持ちにはなっています。せっかくだからね。
私は当時、前もちょっとお話ししたかもしれないんですけど、こういった自分が好きだったものとか、当時読んでた雑誌とか、声優アニメ絡みのものも音楽絡みのものもスクラップとかすごく丁寧に割と取るタイプだったんですけど、自分が書いたイラストが掲載された新聞も嬉しくてチョキチョキして全部スクラップしてたんですけど、
やっぱりここがね、まあ今考えるともったいないんですけど、オタクの趣味は卒業しなきゃいけないという固定観念と周りの目を気にしすぎた結果、まあどっちが先かはわかんない。周りの目を気にしてそう思うようになったのか、自分自身に恥ずかしさがあって抜けなかったのか、どっちかはわかんないですけど、全部処分しちゃったんですよ。
まあそうね、とってたとてねえとは思いますけど、こういう形で久しぶりに出会ってしまって、ちょっとおもはゆいものがありました。いやでも文章はダメだ、おもはゆいで済ましちゃいけないやつだった。
まあでもそれよりもその前段階である昔の新聞をくるくる回して、その土地とか自分が住んでいた街が昔どうだったのかっていうのを探れたのは本当に大きな収穫だったなと思いました。
あと国会図書館がどんなところかわかったので、これはまた改めて目的をね、ちょっと決めたり決めずに行っても楽しいとは思うんですけれども、また出かけられたらいいなと思っております。
番組への感想と次回予告
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それではまた来週です。しゃべりながら考える上野彩でした。
22:15

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