私ね、2歳からピアノ始めたパーソンで、割としっかり習い事してきたキッズだったんですよ。
そういうピアノとの愛憎を含め、いろいろ考えることが多かったので、その辺りをちょっと振り返ろうかなと思っています。よろしくお付き合いください。
なんかラフォルジュルネ行きたかったんです。何でもよかったんだと思うんです。
例えばジャパンジャムに行きたいとかね、ロックフェスに行きたいなぁでも、クラシックの音楽祭でも、違いはなくて、とにかく何か音楽に触れたいなと思っていた気がする。
あと出かけたかったんだと思う。ラフォルジュルネやるなぁと思ってパラパラ見てた時に、この音楽祭は国際フォーラムのホールAとかホールCとか、いろいろなサイズのホールありますけど、一番大きなホールAから研修室みたいなところで行われるコンサートの他に、
地上の広場ですとか、あと地下なんだけど、特設ステージを組んで、気をつくコンサートって誰でも立ち寄って聞くことができるコンサートをやりましょうっていうライブが行われたり、コンサートが行われたりしていたんです。
どちらかというと、私はその有料コンサートにガッツリ行きたいなというよりは、その音楽に関わるお出かけがしたいと思っていたことと、やっぱり家族の構成員、3人なら3人、それぞれがある程度いられるような、やっぱりねクラシックだと年齢制限があったりとかすることもあるので、そういうことも考えて、楽しくいられる方法ないかなとか。
あとは自分が興味持って見られるものないかなと思って見てた時に、たまたまコットンクラブのステージがありまして、そこにあ、この人見たいという人がいて、そのミュージシャンの名前を発見してしまい、わー久しぶりに聞きに行きたいなーっていう気持ちになったってところがスタートだったんですよ。
で、その地下のキヨスクコンサートに入るには、どれでもいいので有料コンサートの判件が必要であると。だからまあひっくり返せば、1つコンサートのチケットを手に入れてしまえば、キヨスクとその地下で行われるフリーのコンサートも見られるし、なんならね早い時間帯、私たちは間に合わなかったんですけど、
午前中の早い時間帯に間に合えば、キッズのためのみんなで歌おうとかね、みんなで打楽器叩いてみようみたいな、聴衆参加方、子ども大歓迎みたいな形のワークショップも行われていたので、そういうのもいいんじゃないかなと思って検討していて、とりあえず行ってみようと思って国際フォーラム行ってきまして。
ワークショップには間に合わない時間帯について、当日券を買うのに並んでとかやってる間に肝心の用事は、あれが食べたい、これが食べたいとか言いながら、ピアノ、練習ピアノの思想体験をやったりとか。
あとあれ珍しいなと思ったのは、ハープですね。作りはそのまま机の上に乗るサイズ、膝の上に乗るサイズで持てる形で、色もとりどりのハープの思想会、体験してみませんかっていうブースがあったりとかっていう、まあそういうブースもあったので、そういうのを楽しんでいる。
それだけでも十分だったなと思いましたが、有料コンサートは行って、子供も一応3歳以上も入れるよというコンサートではあったんですけど、内容としてはモーツァルトの還元楽をやりますと。
2台のピアノをフィーチャーしますとか、競争曲の第1楽章から第4楽章まで全部やります。それを2曲分、そう2作品が。もう割とガチ目のクラシックコンサートだったんですね。
用事入れるものということで選んだものの、座席にも一応配慮はしたものの、やはりどうしてもずっとはいられず途中で抜けたんです。周りにご迷惑になる前に抜け出したわけですけど。
それも含めて、今の生活の中で音楽に触れるとしたらこうなるのなーとか、こういう場に用事を置いた場合こういうことになるなーとか、親としてはこういうことを考えるんだなーとかっていう発見もあったし、
私自身の体験として、久しぶりにコンサート行けたっていう満足感を味わうことができたのはすごく良かったなと思っています。
これが例えば子供のためにとか、そういうのだったら満足までしなかったかもしれないけど、私が行きたかったんですよね。
なぜなら、去年2025年、私1回もライブコンサート見てなくて、唯一出かけたステージイベントというやつがワンワンワンダーランドだったの。
ワンワンすごかった、ワンワンすごかったんですけど、その音楽イベントとしてのライブに一本も行かなかったっていうことがこれまでの人生で多分ほぼなくて、
これは何かのタイミングでどこかにしかもみんなが参加できる形で行けたらいいなという思いはあったり、でもその手配をするのが、とか計画プランニングをするのが奥だなと思ったりで、結構揺り動いていたんですよね。
ものすごい火力の強いエンジンでみんなで行くぞー!みたいな感じではなく、なんかそこまで無理しなくて、今は行かなくてもいいかなっていう時期ももちろん正直あったんです。
自分の中で行きつ戻りつしている間に、ライブを見に行った友人の感想が流れてきたりとか、話聞いたりとかってしてて、良かったね、すごい良いじゃん良いじゃんと思いながらも、なんかあんま燃えてない、燃えてない自分がいて、自分の焚火台はまだ一旦落ち着いてるなみたいな。
友達の焚火台が剛々に燃えてるのを見るのはすごく好きなんです。なので、どんなジャンルでもそのライブ行ったとか、こんなのが好きでという話を聞くのは大好物なんですけど、ふと自分の手元の焚火台を見ると、あー火ついてないね、落ち着いてるねっていうのを自分で感じられるくらいだったんですよね。
そんな中で、ちょっと火種がポッと、ラフォルジュルネやってるな、無料コンサート前見たことあったな、今年は行ってみようかなってちょっと思ったところからスタートしたんですけど、良かった。
自分で行ってみようかなって思えたことも良かったし、今の生活の中で音楽に触れるというのは、どんな夜のライブにも行けるぞっていう頃とはまた違うけれども、だからといって全部行けないというわけではないし、手を伸ばして届くところに音楽はやっぱり鳴ってるんだな、それを自分が行きたいと思うか思わないかだったんだろうな。
今は多分その日はちょっと落ち着いてたんだろうな、みたいなことも改めて考えることができて、いやー良かったんですよね。もちろんお出かけとしてはみんな結構クタクタで、移動疲れでわがまま放題な幼児とその親たちみたいな感じではあったんだけど、音楽はみんな好きだっていうのはもうあるので、それなりにそれぞれで楽しんでいたというのは良かったなと思いました。
でね、たまたまなんですけど、その翌日に新しいピアノが来たの。ここからは私の思い出も大いに混ざりながらちょっとお話ししていくことになるんですけど。
音楽に触れるっていう私自身の現体験は、2歳ぐらいピアノを始めたんです。親がねピアノ講師をしてまして、家にピアノがあって教える人もなんとなくいて。
でも親に教わるってね、こうぶつかるし、親も我慢できないし子も我慢できないっていうのはまあまあな地獄だったわけですけれども。朝弾いて学校行って帰ってきて弾いて1日が終わるみたいなその練習のねルーティーンもあったりとかっていうことをやって、コンクール目指したりみたいな感じの習い事としてやってたんです。
ちゃんと習ったというか、気合を入れてピアノを弾いていたのは多分中学3年の終わりまで卒業までですかね。高校入って先生にも月1ぐらいで見ていただくんですけど、そこまででしたね。部活もやってたし、なんかこう熱の入り方としてはちょっと一段下がった感じはしましたね。
で、大学入ってもうやるまいと思ってたんだけど、何の因果かサークルに入ってまたポロポロ弾いてみたいな、まあつかず離れずでずっと何かしらしてたみたいな感じだったんですけど。でね、新しいピアノが来るってことは、これまでうちにいたピアノと別れしなきゃいけないということなんですけど、それまでうちにいたピアノっていうのが大学1年の時にバイト代で買って25年連れ添ったエレピだったんです。
これ、なんかこうサークルのイベントごとがあるとか、そうカフェとかでライブさせてもらえるらしいぞ。やった行くぞって言って月1でもって歩こうとか。
あとは何だろうな、引っ越しですね。まあその水戸時代の外ライブを始め、学生が終わって社会人になりますって言って、水戸から富山への引っ越し。で、富山から東京経由で大阪港からサンフラワーに乗って鹿児島まで行って、鹿児島からまあ奄美に行ったわけですけど、その車の中、車移動だったんです、全部。
車の中にも必ずピアノは積んでいて、で走ったなーとか、その後北九州とか福岡でもちょこちょこだけどできたなーとかっていう思い出がまあそれなりにあるんですけど、ここやっぱり4,5年ぐらいですかね、特に東京来てからはクローゼットに立てかけるという大変な不敬をしてまして、
鍵盤楽器を立てかけてはいかんと思いながら、スペースの関係上大変心苦しいなと思いながら触る機会もなく、まあ今日に至ったわけなんですけど、まあそれぐらい音楽やる余裕もないというか考える余裕もないというか、小さい子供が家の中にいたら音楽あった方がみたいなことも多少考えるのかもしれないですけど、
その前に何か家具として危ない、ちょっと不安定なスタンドだなーとかそっちの方が気になっちゃって、全然出せなくてね、立てかけたまんまにしてたんです。
でもちょっと3月の終わりにお仕事が一段落した段階でピアノ買おうと思って、これもそうよく小さい子がいるところにピアノが行くと、あの習い事ですかみたいな話よく聞かれますけども、全然関係なく私が買いたくて私が買ったんです。
だから何かをさせたいとか、だから何かをして回収したいとか、全くなく幼少期からピアノをやってきた、習い事として割とガチ目にやってきた人間だからこそ、今回私がこうピアノ買うぞって思うにあたっては、自分が自分の意思で自分のある程度の経済の中で導入するということを考えないと、ちょっとこれはここは手放しちゃダメだなと思ったの。
大人の家族も子供の家族も含め、家族の誰かにこれを手渡すのはちょっと私の中にはないな、よくないなって思って、たぶん将来的に人のせいにするんですよね、そういう時って。
だからあの時みたいなことを言うのはピアノに関してはダメだと思ってしまって、でも、じゃあなんで5年立てかけてたのって話なんだけど、こんなに熱意で泣きそうになりながら喋ってるのに、なんで立てかけてたのって思うんですけど、余裕がなかったんでしょうね。
もう今はそういうしかないというか、そうとしか思えないというか、全然もうピアノを弾くモードになれないどころか、考えられないというか、そんな気分じゃないですみたいなことばっかりだったんで、ライブ行くのもそうだし、ピアノ弾くのもそうですけど、なんかどっちもそのどっちもたきび台空っぽだったんですよね。
それをね、買おうかなってちょっと思った瞬間とか、ラフォルジュルネだったらいこうかなって思った瞬間に、あ、たきび台落ち着いてるまま何年も経ってるなって思ったんです。
これ無理に着火させようとしてうまくいくもんでもないよね。自分が弾くものでも、なんか何かを見に行くでも、無理くり行くってもんでもないなと思って、今じゃないなーって思ってたんですけど、それがその、その今がいつかっていうとゴールデンウィークだった。
2026年のゴールデンウィークだったっていうことだったんだろうなぁ。
電子ピアノもいろんな役割があって、そのさっきご紹介した仙台みたいにいろんなところに持って運べるようなデザインがいいのかとか、何のために使いたいのかとかっていう目的によって選ぶサイズとか価格帯とか変わってきますけれども、
今回はもう私が弾きたいぞというか、その音楽の象徴として家に置いておきたいと思って、いやあったんだよ。これまでもあったんですけど、改めておいでおきたいぞと思ってやってきました。