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#43 オタクの黒歴史も集まれば島の史料になる。歴史と生活が地続きな島で聴いて残すことの重要性を考えたよ
2026-08-11 23:21

#43 オタクの黒歴史も集まれば島の史料になる。歴史と生活が地続きな島で聴いて残すことの重要性を考えたよ

【Podcast Star Awardにエントリーしました】

8月31日まで投票受付中です。

私は「#28 家の中でも『長女A』」でエントリーしました。清き一票をお願いいたします!

https://podcastar.jp/psa2026


奄美大島出身・在住オタクの情報マガジン「ANKR」を読み、これも立派な島の史料の一つだよなと感じました。

島での自分の黒歴史や島のオタクあるある、無限に出てくるんですよね。


ただでさえ歴史や文化と生活が結びついている奄美。

私が島で仕事していた頃の、自分の記憶と人に話を聴く取材、アーカイブの必要性や取材者としての配慮についても考えました。


Podcast Star Award 2026にエントリーしました/アワードは知らなかった番組と出会うきっかけになる/見つけられたり見つけたり(CGCトリビュート)/奄美大島出身・在住オタの情報マガジン「ANKR」/90年代〜2000年代の奄美のオタク文化/これはもう文化的な史料だよ/93年〜98年、島に住んでいた頃の自分/地元紙2紙にあった若者向けイラスト投稿欄/私は大島新聞に、たまに本土の南日本新聞にも/マンガ系画材が揃っていた街の文房具店/アニメ雑誌に載ってるアニメは半分見られず、マンガ雑誌も単行本も発売日に届かない/島にいたオタクの小さなモヤモヤと渇望/奄美初の同人誌即売会「コミックカンパニー」通称コミカン/1993年から2024年までのオタクイベント年表/黒歴史やオタク文化も地域の歴史になるのでは/昔のことを年表にする、聞き書きする、アーカイブする/集落を回って昔の話を聞いていた島ラジオ在籍時代/暮らしと歴史が地続きな奄美/小宿の集落誌を久々に/近所の商店のおじちゃんが地元の名士の末裔で/記録するには「まとめる人」「話を聞く人」が必要/聞き手には少し『よそ者』の目が必要で/人の暮らしを外から面白がりすぎない/それでも、聞かない・まとめない方がいいとは思わないんだよな/残っているから、あとから誰かが辿れる/投稿欄が載った新聞を国会図書館で探したい…けど


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仕事で街や人の声を聴くのは好きなくせに、自分についての言葉を持たずにきた上野紋が

自分の身の回りのできごとや見たもの聞いたもの、長年向き合えなかった好きなものについて

考え考えお話している音声配信です。


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サマリー

このエピソードでは、奄美大島出身・在住のオタク情報マガジン「ANKR」をきっかけに、自身の黒歴史や島のオタク文化が地域の歴史資料となりうる可能性について考察する。また、歴史と生活が地続きな島での取材経験から、記録を残すことの重要性と、聞き手・まとめ手としての配慮についても考えを深める。

ポッドキャストスターアワードへのエントリーと出会いの機会
こんにちは、上野綾です。しゃべりながら考える、この番組は、仕事で街や人の声を聞くのは好きなくせに、自分についての言葉を持たずにきた私、上野綾が、身の回りの出来事や、見たもの聞いたもの、長年向き合えなかった好きなものなどについて、考え考えお話ししていく音声配信です。
ポッドキャストスターアワード2026エントリーいたしました。よろしくお願いします。わー。今日まずはこの話からさせてください。リスナー投票と審査で未来のポッドキャスターを発掘しようというアワードなんですね。で、歴史としては3回目なんだそうです。
私はね、去年この番組を初期衝動で始めて、しばらく走っている中で、ちょっときっかけがあって、興味もあったので、軽い気持ちでエントリーしてみたんですね。
とはいえ、正直そのポッドキャスト、いわゆる界隈というものがどういったものなのかも分かってなくて、皆さんがどういう形でポッドキャストを作っているのか、聞いているのか、でエントリーしているのかっていうのが分からない状態で、もうただ私が喋っているものをバス、みたいな形だったんですよ。それで全然良かったんですけど。
意外だったなというのは、自分がエントリーして見つけていただくだけじゃなくて、自分もどういった方が聞いているのかな、発信しているのかな、という分からない部分を埋めてくれるような出会いにつながったと言いますか。
こういうアワードってエントリーしている番組が、例えばスポーティファイならスポーティファイのプレイリストにまとめていただけるんです。運営の方ありがとうございます。まとめていただいて、いろんな人が気になる番組とか、上から上に全部聞くとか、いろいろなスタイルで知らなかった番組と出会うということなんですけど。
私自身がリスナーとしてポッドキャストをどんなのを聞いたらいいんだろうって思ったときに、アワードのエントリーしているプレイリストを本当にランダムにポチポチ押して聞いてみて、こんな方がいるのか、こんな話題があるのかとか、いろいろ刺激をもらったりとか、そこで特にぶっ刺さった番組をフォローして聞くようになったりとかっていう自分のリスナーとしての体験があったもので、
ポッドキャストを聞く人、リスナーとしての良さがあったなと思っているんです。その中で自分自身の番組、こうやって自分のことをしゃべる番組みたいになってますけど、見つけてもらうきっかけにもなるかなと思って、おかげさまで去年は良かったですね。
やっぱり見つけてもらう、見つけに行く、たまたま見つけるとか、そういったきっかけ、接触のきっかけがあることで、全く想像もしていない方に聞いてもらうことができるとか、届くきっかけになるとかね、そういう機会をいただけるのはいいことだなと思って、今年もエントリーしております。
もちろんね、とはいえ、リスナー投票の割と上がはっきり見えるものなので、目指す以上は上も目指したいなと思っていますけれども、私の番組に1票くださいもあるんだけど、いろいろなプレイリストを聞いてみて、お好きな番組とか好きなテイストとか、自分に響くコンテンツがひょっとしたらあの中にあるかもしれないということで、
よかったらプレイリストを聞きいただいて、1人3票入れられるんですって、1回限りの投票になりますので、よろしくお願いします。すでに投票いただいた方はありがとうございます。
投票期間8月31日までとなっていますので、メールアドレスで認証する必要があって、サイト上で投票して、メールが自分のところに届いて、そのメールの中に載っているURLをクリックすることで、認証完了、投票も完了という流れになっているそうなので、迷惑メールに入らないように、認証まで完了できるようにお気をつけいただき、清一票どうぞよろしくお願いいたします。
企業で運営されるものもありますけど、企業体じゃなくて、個人とか有志で運営されているアワードもたくさんありますが、参加させていただけるのはありがたいなと思っています。
奄美大島オタク情報マガジン「ANKR」との出会い
さて今日なんですけど、今日ちょっと私のいわゆる黒歴史みたいなものにもつながるんですけど、最近読んだジンの話をしようと思っています。
アマミ大島出身在住オタクの情報マガジン、ANKRというジン、冊子ですね、があります。
あの子のあの頃というサークルが作っている、発行しているものなんですけどね。
95年から2005年ぐらい、ざっくりそのあたりにアマミ大島に住んでいた。漫画やアニメやゲームが好きだった。
そんないわゆる当時のオタクの皆さんの情報の取り方とか、どんなものが好きだったのかとか、島で行われていた同人誌創作物の即売会の歴史とか、
現代につながっているそういうオタクカルチャーのイベントとか、そういうものをまとめて体系的に年表にしたりとか、
その中心にいた人たちにインタビューして振り返っていたりとかっていう、私はこれを読んで黒歴史といったし、そうだと思ってるんですけど私自身は。
でもANKRという冊子は資料だなと思って、歴史の詩に料理の料で資料ね。文化資料なんじゃないかと思ったんですよ。
歴史に関する冊子とか何かのムーブメントをまとめたものとか年表とか大好きで楽しく読みました。
私が島に住んでいたのは93年から98年の春までだったので、ギリギリこのANKRで取り上げている世代に引っかかっているかなっていう感じなんですよね。
島でのオタク文化の形成と情報伝達の苦労
途中から来て途中でいなくなるみたいな感じなんですけど、その頃のアニメ好き、ゲーム好き、漫画好きの島人たちが子供たちですよ。しかも小中高校生ぐらいまでどんなふうに集まっていたかみたいな話もまとまっているんですね。
概要というか外枠からご紹介すると、天見大島って島に地元新聞社が2つあったんです。南海日日新聞と大島新聞。今は名前変わって天見新聞になってるんですけど、あの狭い島、大きさにして東京23区ぐらいかな。
その狭い天見大島という島の中に地元市が2市あるっていうことが結構私も衝撃だったんですけど。どっちの新聞をお家が撮ってるかによって読むもの変わるんですけど、そのどっちの新聞にも若者投稿コーナーっていうのはあったんですよ。
イラスト心がある方々が書いて投稿したりとか、初投稿ですみたいなやつ。その投稿欄で交流するペンネーム誰それさんに捧ぐイラストみたいなのが書いてあったりとかして、そういう大きなイラストとちょっと周りに文字がちょっと書いてあって、漫画の後書きみたいな感じのイラストハガキが掲載されていたんです。
あれ週1だったよな、たぶん。週1か2週に1ペンぐらいかな、なんですけど。それで島のオタクの子たちは、わー島にこんなイラストの上手い人がいるんだとか、私も書いてみたいみたいな気持ちになるんですけど。私の話をしますが、私自身は2市あるうちの大島新聞の方を撮ってたんです、我が家。
メインで多分そういうイラスト書く方が投稿されてたのは南海日々の方だと思うんです。ヤングランって言ってね。もうその名もヤングランよ。そっちに投稿されてるんだろうなと思いつつ、見られないから、うち届かないからね。
なので、自分のうちに届く新聞の投稿欄に投稿してたっていう思い出があって、たまに筆が乗ると、筆が乗るってなんだ。筆が乗るというか、行くぞみたいな気持ちになった時には、鹿児島の県域というか、鹿児島本土の地元市、南日本新聞に投稿欄があるので投稿しに行くみたいな。
そういうこともやってたなっていうのを、ANKRを読みながら思い出しました。
そういった島でのオタクの皆さんの活動、島にあった絵を描きたいと思って興味を持つ人が必ずと言っていいほど出かける、漫画系の画材がたくさんある文房具屋さんみたいなのもあって、那瀬の街にね。そこに行ったなとかね、そういう思い出話をインタビューで皆さん語ってらっしゃるんですけど。
懐かしい。特にライブの遠征とかもそうですけど、まず見られるアニメがそんなにない。テレ東系列は鹿児島県には映らないとか、鹿児島県なのに読売系列、KYTっていう鹿児島読売テレビが最初のうちは島には届かなかったよねとか、そういうなんか島ならではの文化的な断絶があった気がしていて。
あと漫画本を買おうとしても、これ有名な話ですけど、週刊の漫画雑誌も月曜日には届かないとか、単行本も発売日から何日か遅れてくるとか、船で来るんですけど、そういったちょっとしたと言いつつ、そのちょっとしたモヤモヤとか、もどかしさが本当に至るところに転がってたんですよね。
そういうことも思い出しました。
「ANKR」の内容と奄美大島のオタクイベント年表
ちなみにそのANKR、今ボリューム2まで出てまして、最初に出てるのがボリューム1、2023年が初版発行です。
これは2000年前後の天見出身在住オタクのあの頃思い出エッセイとして漫画を書いてらっしゃる方がいたり、そう天見大島初めての同人誌即売会、その名もコミックカンパニー、通称コミカンって言ってましたね。
コミカンのスタッフの方が当時どんな風に運営してたとか、会場が前はここで次はここになってとか、どこでカラーコピーしてたよねみたいな思い出話を語ってらっしゃる座談会形式のインタビューコーナーがあったりとか、時は流れて2010年代からかな、やっている島のオタクの皆さんのイベントに携わる皆さんのインタビューだったりとか。
あとは2000年前後に島在住だったオタクにアンケートを取って結果をまとめましたとか、これも充実してたし読み応えめちゃめちゃあったんですよ。
例えば一部ですけど、2000年前後に奄美大島にいて、その状況ならではの楽しかったこと、嬉しかったことは何ですかという問いに、新聞のイラストコーナーを通じて同じ趣味の友人ができた、さっき言ってたやつね。
あとコミカンにサークル参加した時に初めて制作したものが売れて嬉しかったとか、市街地のアーケードのあたりにおもちゃ屋さんもゲーム屋さんも古本屋さんなんかもあってっていう昔の思い出話とかもいっぱい書いてあって、黒歴史だけどめっちゃ楽しいし懐かしいという気持ちにさせてもらいました。
で、ボリューム2はね、そのコミカンが終わった後かな、コスプレイベントもあったんですって。もう私この頃には島離れてたので実感はないんですけど、そのスタッフのインタビューとか、あとこれこれ、奄美大島のオタクイベント年表すごかった。
コミックカンパニーという同人誌の即売会が始まった1993年ですね、から2024年発行直前までの年表がまとまっていて、こういう資料性の高いものを本当によく作ってくださった。何目線かよくわかんないですけど本当にありがとうございますという気持ちになりました。ずっと読んでいられる。
自分がその中にいた、私自身はそうですね、コミカンに関しては何回か行ったんですけど、サークル参加とかはしてなくて、ただ買い物に行って、とはいえ蓮に構えるオタクだったので、うーんこんな感じなんだみたいな感じで行って、でもすごい楽しかったんですよ。
会場の南海日新聞の5階のね、休みの日にエレベーター使って、新聞社の5階の会議室に行くんですよ。そこで皆さんがサークルを出展してるんですけど、それ見に行ってふーんとか言いながらドキドキしてね、めちゃめちゃ楽しかったなあ。
地域の歴史資料としてのオタク文化の価値
というこういう懐かしさもあるんだけど、奄美大島群島って特になんですけど、こういうね資料が多くて、昔のことをまとめる年表にするとか、聞き書きをするとか、まあ奄美FMというラジオ局、私が昔いたところもですけれども、そういうアーカイブを取る。
当時どうだったかをたどるというような機会が本当に多くて、島の皆さんもある程度きっと興味はあるんですよ。特にやっぱりトピックとして上がるのは、戦時中のこととか、広島長崎にいた島の人のこととか、その後でもアメリカ軍政下に入るので、その頃のこととか、もうどんどんどんどん語り目の方が少なくなっていくので、その時代のことを聞かなくちゃという使命もあるんですけれども。
あの頃こうだったよねっていうのをたどって興味を持つ土壌があると思うんですけど、いわゆるそのオタクカルチャーの資料みたいなものって聞いたことが私なくて、という意味でもすごく歴史の資料としても大事なものなんじゃないかなと感じました。
ラジオで伺うこと、島の歴史だったりとか、当時の暮らし、民族とかね、歌とか言葉とかいろいろありますけど、あと行事とか、そういうのを聞いて回るために集落を回ったり、お話を伺ったりっていう機会はたくさんあったんですけど、確かに今振り返ると島で東京とは全然違う流れ方のアニメ、ゲーム、漫画みたいな情報を集めて、
例えばアニメ雑誌を開いても半分ぐらい島で見られないアニメばっかりなんですよね。これは私も経験あるけど、みたいなことですよ。そういう思い出も一つのその奄美大島の歴史というとちょっと大きいですけど、本土のカルチャーに触れたい漫画とか、音楽もきっとそうだろうなぁ。
今でこそ島でライブたくさん、本土からね、アーティストの方、以前よりは来るようになりましたけれども、ライブを見たいとか、アニメを見たいとか、漫画読みたいとか、イベントに行ってみたいとか、同人誌に触れたいとかさ、そういうものに渇望していた世代は一定数いたよな。今も物理的に離れてるからある意味渇望だとは思うんですけど、今はもう配信でね、アニメとか見られるから、またちょっと違うかなという気もしますね。
なんかそういうことをね、ずっと考えて。いや、苦々しいんですよ。黒歴史だからね。苦々しいし、自分の当時のことを思い返すと、「うわぁ、消えたい!」みたいな気持ちになるけど、それとは別に、あの頃の島に住んでいた中高生でアニメが好きな人たちはそうだったなっていう資料、歴史をたどるものとして、とてもいいものを読んだなという気持ちになっています。
集落誌と歴史と生活の地続きな関係性
ちなみにその天見大島の歴史とか、あと集落の話とか、あの頃こうだったみたいな話で言うと、例えばですけど、本当にあのいろんな集落もしくは市町村で村市をまとめたり、集落市をまとめたりっていう、する方がやっぱ砂漠流方がいらっしゃるんですよね。
私が住んでいた、5年間住んでいた天見大島の古宿という町は、古宿集落市という地元の名師が作ってくださったものがあるんです。古宿に流れ着いた薩摩の役人と地元の人の出会いで、この古宿の名家、有名なお家が何家、何家っていろいろあるんですけど、みんな知ってる。
なんなら行きつけの商店のおじちゃんが実はそこの松江で、みたいなことにもつながるので、本当に地続きなんですよ。自分たちの暮らしと歴史が地続きなので、だから多分興味も持つんだろうなーっていう古宿集落市をね、久しぶりに懐かしくなって、結構な厚みあるんですけど、引っ張り出しまして久しぶりに読んでいます。
何家の誰それさんは今はこんなことをしているとかね、松江の方が。っていう地元の歴史と写真と、写真もね、歴史的な資料性高いですよね。やっぱりこういうのはある程度、その当時の様子をまとめたり話を聞いたりする人が必要になると思うんです。
記録者としての客観性と配慮の必要性
戦時中のこともアメリカ軍政下のこともしっかりですけど、特にこう8月になると、戦時中の話、原爆の話、あとその後のアメリカ軍政下、アメリカ軍政下に関しては年中ですけど、のことを特に聞くことが多いんですけど、その時代時代でも私自身もこう話を伺いながら、やっぱりまとめる人、話を聞く側、話す人たちはそこにずっと暮らしていらっしゃったとか、
生活を重ねてきた方とか、死体になっている方々ですけど、まとめる人ってちょっとどこか客観性を持っていて、死体になりきれない部分もちょっとあるよなっていうのを久しぶりに思い出しました。ここからはちょっと私自身の話なんですけど、
島でね、子供の頃はさておき大人になってから暮らし始めて、4年間取材者をするわけですよ。集落行って回って話聞くの。人に話を聞いていく中で、変に面白がってはいけないし、なぜならその生活だから。興味深い部分はたくさんあるけれども、なぜ興味深いと感じるのかには意識を向けとかなきゃいけないなというか、
私と違って面白いね、だけで面白がっていいような内容じゃないよなっていうことも思うのですよね。島に住んでるとすごく。ここの村、ここの集落、島ですね。集落という意味の島。ここの島ではこれが当たり前で、みんなこういうふうにやってきた。
で、こういう面白い人がいて、こういう砂漠利用する人がいてとか、出来事があって行事をしてるみたいな話も聞かせていただくんですけど、それをまとめる側とか聞きに行く側の私は、やっぱちょっとよそ者の目がある。必要だとは思うけど、よそ者ではあるよな。
だからこそ、そこに住んでる人たちの感覚と生活を大事にして、変に外から見て、外から見ると面白い、私にはない感覚だから興味深いとか、そういうふうに扱うのはやめようと思ったことがありましたね。
で、取材とか話を聞くとかってともすれば、悪気はないかもしれないけど失礼に当たったり、面白い面白いってのめり込むことが結果として暴力的に、みんなに知ってほしいって、みんなに投げることによって思いもよらない影響が出てしまったりとか、主体である人々の暮らしが変化してしまったりっていう危険性もはらむ、暴力性もはらむものだと思っているので、
なんかね、そういうことも久しぶりに思い出しました。でも、じゃあ取材しない方がいいのか、聞かない方がいいのか、まとめない方がいいのかと問われたら、やっぱり残ってる方がいいと思うんですよ。
だってこれもあの子のあの頃の石田さんがいなきゃまとまらなかったわけですから、ANKRもね、そうやってまとめてもらったものを私たちが見て、私のようにずるずる自分が奥底にしまっていた黒歴史を引きずり出されて、ああ懐かしい、でもなんか重はゆいってこういうことかみたいな気持ちになったり、
あの頃の島のオタクってこうだったなって、私自身もそうだったなっていうことを確認できたりとか、あとはそのもっと客観的に歴史を紐解くみたいな意味でもありますよね。そういう人たちがいたんだな、アニソンのイベントを仕掛けた人がいたんだなとかね、そういうところまで網羅してくれて本当にありがとうございますという気持ちになりました。
もしご興味ありましたら概要欄にリンク貼っておきますのでご覧になってみてください。通販で手に入れることができます。
過去の新聞記事を探す試みと歴史への思い
そのNKRを読んで、久しぶりにこう新聞を、私が投稿していた新聞よ、もうせっかくだから、窯の蓋開けちゃったから見に行こうかなと思って。
昔は自分が掲載していただいた新聞紙面とか全部貴重めにスクラップノートにまとめてたんですけど、もう全部処分してしまったので手元にないんですね。
なのでここまで来たら見に行こうって思ったんですけど、なんかね国会図書館に収蔵されてるだろうと思って色々調べてみたら、どうやら大島新聞は国会図書館にある年代以前、2007年以前かな、だからもうほぼほぼ大島新聞は収蔵されていないっぽいことが分かって頭を抱えております。
まあでもちょっと面白いので、もう一個の投稿の記憶も、でもな日付とかも分からないから探し当てられるのか分からないんですけど、あの頃の空気を吸うべく一度国会図書館には行ってみようかなと今考えているところです。
地域の生活に歴史が根差しているっていうことを、特にこの8月のこの時期は考えること多いですけれども、でも言って生活しているとあんまり意識することってないですよね。昔こうだったんだよなぁみたいなこと。
私は島に行ってから、いかに歴史が生活に紐づいているか、地続きになっているかというのを思い知らされまして、その昔ながらの生活が残っているからというのもあるんですけど、そこで揺さぶられた部分が大きいんですよね、島で暮らしてて。
なんか久しぶりにそんな感覚に慣れました。なんか我に帰った。練馬に住んでても、町の歴史をたどりたいなという気持ちはあるんですけど、自分自身との紐づきを考えてしまうこともあるので、まあとはいえ、いろんな町に行ってそういう歴史もまた知りたくなってきたので、そのきっかけをいただいたという意味でも、NKRよかったです。ありがとうございました。
エンディング
それではまた来週です。しゃべりながら考える上野彩でした。
23:21

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