こんにちは、上野綾です。しゃべりながら考えるこの番組は、ラジオ番組の制作や取材など、仕事で街や人の声を聞くのは好きなのに、
自分自身についての言葉を持たずにいた私、上野綾が、身の回りの出来事、見たもの、聞いたもの、そして長年向き合えなかった好きなものなどについて、考え考えお話ししていく音声配信です。
お盆が明けまして、気づけば8月も下旬でございます。いかがお過ごしでしょうか。
そのお盆の期間中に、なかなか実家に帰る機会ないんですけど、久しぶりにお盆に鹿児島に帰ってきたので、その時のお話ができたらいいなと思います。
私の寄生につきましては、2月に1回帰って、そこで自分が育った実家だったり、環境だったりっていうところを久しぶりに食らう出来事があって、寄生の直後、心身に不調をきたしたんですね。
その様子をちょっとぐちゃぐちゃした状態のままではありましたが、この番組の第28回で皆さんに聞いていただいたことがありました。
それに比べると、今回の寄生はすごく精神衛生上大変よろしく、全く嫌なことがなかったとは地元ですので、なかなか言い切れませんけど、もう全然そこまでダメージは大きくなかったので、その寄生のお話と。
あと、寄生して珍しくよそに泊まる。実家以外のところに泊りがけで遊びに行くみたいなことを久しぶりにやったので、その時のお話ができたらと思っております。
あと熊本自身もね、影響が結構大きくて、ちょっと予定を変えたりとか、帰る手段を変えたりとかっていうことがあったので、そのあたりもご紹介できたらいいなと思っています。
あともう一つ、前回あまみのオタクの情報マガジン、ANKRという情報同人誌についてご紹介したんですけど、それをまとめていらっしゃるあの子のあの頃というサークル、石田さんが実際に前回のポッドキャストを聞いて、いろいろとコメントをね、Xでくださったんです。
それを合わせてご紹介しながら、前回なかなかこうお話ししきれなかった部分をちょっと補足的にもうちょっとご紹介できたらいいなと思っていて。何かを見るときに、よそ者の目が必要なんですけど、そのよそ者と当事者を行き来する感覚みたいなのがあってね。
それ何なんだろう、みたいなこともしばらく考えていたことがあるんですけど、そんな話もちょっとできたらいいなと思っています。あまみに限らずだと思うんですけれども、そのあたりもお付き合いいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
で、鹿児島帰ったんですよ。用事としては発凡で、2月に帰ったときも最後に会いに行こうというので帰ったんです。
まあその発凡にまつわるいろいろ世話してくれている親戚のところに行ったりとかね、そういうことはしたんですけど、それはそれでやっぱり地元に帰ると実家もしくはその実家に類する拠点以外で、わざわざ温泉行きましょうみたいなことってそんなにうちはなかったんですよね。
機会が全くみんなないわけじゃないと思うんですけど、うちはそんなになかったんです。どうしても拠点を実家に置いて、そこからどっか遊びに行くけど帰ってくるとか、お墓参りして終わるとかっていうことが多かったんですよ。
でもまあ今回ハイシーズンではあるが、久しぶりにこうやってお盆のみんな休みの時期に私たちも帰るということで、一泊どっか行こうやという話になりまして、鹿児島は温泉圏ですので、せっかくの機会ということで、いぶすきに行ってまいりました。
指の宿と書いて、いぶすき市。ご存知でしょうか。遡ること昭和40年から50年代ぐらい、新婚旅行ブームが起きた時の人気の新婚旅行先として火がついて、人呼んで東洋のハワイと言われていたそうな、そんな街なんです。
だいぶレトロではあるんですけどね。その頃に建ってた建物とか、その時にできた旅館とかがいっぱいあって、今も変わらず営業されていたりとか、形を変えたりとかっていうことだし。
で、その東洋のハワイという名前に負けないヤシの木の多さ。鹿児島市もあるんですけど、そのリゾートを演出する要素がいろいろある気がするんです。鹿児島以上に。ヤシの木、高いやつも生えてるし、バナナの木も見えるし、あと街路樹としてハイビスカスも咲いてたね。
雨実にも一応植わってはいるんですけど、あれ島でも概覧種として扱われていて、持ち込まれて南国を演出する要素として使われているものなんですけれども。
いぶすきもおそらくその当時に植えられたものなんでしょうね。いっぱい生えてた。赤い花咲いてた。ちょっとなんか島っぽいなぁ、うふふと思って。あと日差しがやっぱりちょっと鹿児島と違うという。
いぶすき市というのは鹿児島市の南側にありまして、まあ50キロぐらい離れてるかな。えーとね、薩摩半島、大墨半島って左右にあって、桜島は大墨半島側にあるんですね。
で、私もどちらかというと、先祖をたどると大墨型なんですよ。なのであんまり薩摩半島にはゆかりがないというか、鹿児島市には住んでたけど、そのいぶすきとかチランとかに親戚がいるとかではなく、行ったことはあるけど、そこまで詳しくはないという感じだったんですよ。
で、こたびみんなで泊まりに行こうということで。で、家族で行くのも多分それ、今回が初めてだったと思うんですよね。いや、いぶすきがあんなにこうリゾートリゾートしてる町だとは思わず。前回鹿児島帰った時にも、あれ車で行ったんだろうなぁ。
いぶすき一応行ったんですよ。行ったんだけど、ただ日帰り温泉に入って帰ってくるだけだったし、冬だったんですね。夏の日差しを感じられなかったの。っていうこともあって。いや、ちょっと南下するだけで日差しも強いし、色味も違うしね。海とかプールとかね、その泊まった宿にプールついてたんですけど。
プールの色味とか、彩度が高いと言うんでしょうか。ぱっきりくっきりした色で、いやーなんか南に来た感じがしましたね。さすが東洋のハワイだと思いました。で、まあ小さい人間が何人かいるので、そこと親も一緒に、あとじいさんばあさんも一緒にこうプールでバシャバシャしたりして、で、温泉にも入ってご飯も食べてっていう。
泊まったお宿がね、鹿児島の県民の皆さんなら知ってる古き良きローカルCMでおなじみの、いぶすき白水館っていう宿で、なんかプールとお花とパイキングのっていうのが昭和から平成初期の頃に流れていたんですよ。
そういう感じ。もうリゾートとしてみんな知ってるみたいな宿だけど、泊まったことはなかったの。で、行って、みんなでギャーギャーして。で、次の日もノープランだったんですけど、いぶすき市、もしくは開門町とか、そのあたり、さつま半島の南の方に、開門岳っていうさつま藤と呼ばれますね。山があったり。
うなぎが生息していることから転じて、イッシーがいる。ネッシーみたいなやつ。イッシーがいると言われた池凧があったり、そう、湖があったりするわけよ。もう一個、そのあたりの有名なものとして、開店式のそうめん流しが、町、今はいぶすき市か。市営のそうめん流し場があって、レストランみたいな感じなんですけど。流しそうめんは、長ーいものにそうめん垂らして、シャーって流れていきますよね。
でも、鹿児島はそうめん流しで、流れるプール方式で、湧き水をくるくる回して、そこにそうめんを流して、みんなでとって楽しむというアストラクションなんですよ。あゆの塩焼き食べたり、おにぎり食べたりとか、そういうのが、ちょっとした憩いの場になってるんですけど。
あそこにも行って、一通り行ってきたかな。なかなか、こう、普段の気性では出かけられないような場所だったので、それはそれで楽しかったなと思いましたし、地元に帰ったら、地元の、本当の地元のエリア以外、動かないのが当たり前ですけど、ちょっと観光気分で出かけてみるのもいいなと感じました。
そのタイミングがね、重なってしまったんですけれども、今回の熊本地震、今回の熊本地震の影響で、鹿児島県のきなみキャンセルが続いて、そういうニュースも出てたんですけど、交通手段は確かに、今、8月のこのタイミングで、下旬のタイミングで、九州新幹線は一部運休になっていて、復旧にちょっと時間がかかる。
で、福岡と鹿児島中央を結ぶ鹿児島本線も、普通の区間が熊本県内にあると。なので、断絶されている状態になるわけですよ。直接こう、行く方法がないなという。新幹線がやっぱりね、本当に戸惑うっていうのは、本当に大きなことなので。
で、車も止まってたんですけど、九州自動車道はね、今、全線開通、再開されましたね。復旧はされてないんですけど、片側交互で一応通れる状態にはなったと。ちょっと渋滞が起きやすいかもしれないですけど、でもそれでも通ってないのと通っているのとではもう大違いなので、本当にありがたいなと。
高速バスとかもね、通れるわけですから。ありがたいし、本当に早い対応だったなと感じていたところなんですけど。そんなわけで、行く手段がなくなってキャンセルされた方もきっといらっしゃるでしょうし、飛行機取ってたけど辞めたとかね、そういうこともあるでしょうね。
かごしま自体は町としてはとても元気なので、私たちも別に震災を受けて泊まりに行こうとしたわけではなくて、もともと泊まる予定にしてたところで震災が発生して、気性どうなるかしらとか予定どうかなみたいなちょっと心配ではあったんですが、町自体は宿泊施設も観光地も元気にやってますので。
よかったら鹿児島にも出かけていただけたら嬉しいなという気持ちになりました。まだ暑いんですけど、これから秋に差し掛かって、秋旅もいいと思うんですよ。台風がね、これからもうちょっと心配な時期はありますけど、まあでもそれも様子を見ながらだと思うので、ぜひお出かけいただけたら嬉しいですし、私もまた帰りたいなと思っております。
自分たちの話で言うと、鹿児島から直接帰る便が取れなかった関係で、それはもう単純に取れなかったっていう席がなかったっていう取れなかったんですけど、当初の予定では福岡に新幹線で移動して一泊して福岡空港から帰ろうと思ってたんですが、今お話ししたように新幹線が今止まっていると。
で、鉄道も高速バスも大概時間がかかるだろうということで、鹿児島に帰る直前にちょっと検討しまして、宮崎空港から帰ろうということになったんです。
鹿児島中央駅、繁華街にある鹿児島中央駅から宮崎駅も2時間ぐらいかかるんですよ。しかも結構な山道を特急なんですけど、ゴトゴトゴトゴト行って進んでいくの。
昔懐かしい特急列車、久しぶりに乗りましたけど。宮崎は私、宮古の城は小さい頃よく行ってましたが、宮崎空港にTRで行けることも知らなくて、初めて行って。で、宮崎は宮崎で、特に空港だからというのもあるんですけど、リゾートなんですよね。
鹿児島空港もそこそこウェルカムトゥ鹿児島みたいな空気はあるんですけど、なんか宮崎空港の方がより、宮崎はシーガイアがあるので、なんと言いましょうか、ヒューガの国で、昔からリゾートとして開発されて、お客さんをたくさん招いてきたキャンプ地でもあるよね。
そういう歴史もあるんでしょうが、空港の空間の使い方とかも、吹き抜けのドームがあったりとかして、広いイベントスペースがあって、そこにヤシの木ポケモンのナッシーがいるとかね、コラボしてましたね。
イブスキもコラボしてた、ポケモン。イーブイとコラボしてましたけど、そういうのもあったりとかして、そういう観光客誘致の試作も空港のいたるところで見ることもできたりとか、なんかそういうのを見るのも新鮮で、いつも鹿児島から帰っているだけだとわからないこともたくさんあったし。
今回特にその東洋のハワイことイブスキ、そして帰り本当一瞬だけでしたけど宮崎空港に立ち寄って、宮崎空港から飛んだことで、同じ南九州でもリゾートとしてお客さんを迎え入れる土地ってこういう雰囲気なんだなというのを、観光客気分で味わうことができたのはすごく新鮮でした。
宮崎もな。JR日本本線で鹿児島中央から国武とかを通って、ごとごと山に入っていって、宮古の城、さらに宮崎駅に向かっていくんですけど、その手前に南宮崎駅というのがあって、そこで乗り換えて、もうすぐなんですよね、特急列車でも一駅なんですよ。
それがやっぱり羨ましいというか、鹿児島はバスじゃないと空港まで行けないので、市街地からも近いしJRも通っている。このアクセスの良さはさすがだなと思って、羨ましい気持ちになりましたね。
入ってみたら、空間がすごくリゾーティーで楽しくて、旅気分を味わうことができました。全然時間なくて、列車降りてから飛行機乗るまで1時間ちょっとしかなかったので、もうちょっと今度、もし機会があったら宮崎市内とか、空港の中でももうちょっとゆっくりする時間があったら良かったなと思っています。
みなさんはどうですか。私も南九州、鹿児島の生まれで島で育ってみたいなことを言ってますけども、こうやってね、ちゃんと帰省するの本当久しぶりだったので、さらに地元で観光客をやるっていうのも久しぶりだったので、いい機会だったな心身の不調もそんなになかったし、子供ももうなんか日焼けしてやけやけになって楽しそうだったし、これはこれで良かったなと思いながら帰ってきたんですけれどもね。
本当にあの熊本の復旧、一番被害が大きかったエリアはもちろんですけれども、それ以外も影響は出ていることを肌で感じて帰ってきたので、もし南九州行ってみたい、熊本もね、熊本市も回れるところきっとあると思います。あそこも旺盛いいとこいっぱいあるんですよね、県内。
なのでお出かけになる際は旅先どこにしようかと思ったら、熊本鹿児島選んで回っていただけると、私も勝手に喜んでおります。さて、鹿児島つながりと言いますか、前回の黒歴史のお話の続きなんですけれども、
アマミのオタクの情報マガジン、老人誌のANKRを前回ご紹介しつつ、私のその中学生だった頃にイラスト書いてたなとか、そういうお話を聞いていただいてました。その回を、ANKRを実際にまとめたサークルの石田圭吾さんが聞いててくださって、Xにねコメントいっぱいくださったんですよ。ちょっとここでご紹介しますね。
上野さんのポッドキャスト、しゃべりながら考える最新回拝聴しました。ANKRを機に上野さんの黒歴史がひも解かれるご様子を聞ける貴重な回。大島新聞、現アマミ新聞の投稿欄は、焼肉鍋島の汚職事件があたる時があり、それを目当てに投稿したことがある。私もです。私もそれを目当てに頑張って書いてた記憶がある。
南日本新聞は知らなかったなぁ。私自身は家族が転勤族だったことで、ずっとアマミ在住ではなかったとざまの人間だという自覚と、思春期にアマミを離れて、さらにオタカツが厳しい地域に住んでいたこともあり、アマミでオタクのコミュニティがこれだけの規模で盛り上がっていること、すごくない?という気づきも企画のきっかけの一つでしたが。
アマミに住んでいる方々も、オタカツは生活の一部であるので、人の暮らしを外から面白がりすぎないという言葉を肝に銘じ、アマミにゆかりのあるオタクの皆様へリスペクトを忘れずに活動していかねばなぁと思うなどしました。
てか大島新聞は国会図書館貯蔵されていないのか、アマミ図書館に行くしかないですね、というコメントをいただいておりました。ありがとうございます。
Xの中でも石田さんご本人とはリプライをさせていただいてたんですけど、なんでここでご紹介したかというと、一個引っかかるキーワードがあったの。
それが転勤族なんです。
ANKRを読みつつ、その情報としてまとめる。
住んでいる人たちのことだし、石田さんご自身も島にいたことがあるけれども、ここまでちょっと客観的に取材したりまとめたりすることができるっていうのは、ちょっと言い方が難しい。
アウトラインの外側と内側を行き来する感覚があるからこそできることなんじゃないかなと思ったんです、読んだ時。
特に島っていう、物理的にね、海に囲まれて外界とのアウトラインを考えざるを得ない、自覚させられるような環境だから余計になんですけど、
アイランドである島だけじゃなくて、アマミの人間関係も割とアウトラインの中と外を意識する。
それは、よそ者と私たちという単純なものだけじゃなくて、自分たちの集落と山を一つ越えた隣の集落では、歌ってる歌が違うとか、物の名前の呼び方が違うとか、そういうことも実際にあり得るんですよね。
風習の境界線があるとかね。そういうことを、割と私も島に住みながら、こんなにアウトライン、境界線だったり、自分たちのアウトラインみたいなものを意識する機会ってあるんだなということを考えさせられたというか、気づかされたんですよ。
でも、そのアウトラインって、内側にいる人は別に意識する必要ないですよね。そこで世界は完結するから。
外から誰か来て、あ、自分と違うって言った時に初めて、え、これ、世界共通じゃないの?とか、あなたたちはそれを知らないの?とか、そういう他者を意識することになるわけですよ。
私が奄美の豊かだなと思っている部分って、民族とか風習とかの面ですけど、
そう、よそから来る人を受け入れる懐の広さもありつつ、自分たちの内側、やってることとか、やってきた行事とかを、現代の形にアップデートさせながらも、一応やって続けていく。
で、それが当たり前であるみたいなものを、ちゃんとこう、持ってるのがすごくいいなと思ったんですよね。
都会と違うからダメとか、そういう価値観をぶつけるわけではなくて、自分たちのやってることはこれ。
えー、都会はそうなんだね。終わり。だからといって、外から来た人を排除するわけではない。
なんか、そのバランスが難しい部分でもあり、興味深い部分でもあったんです。
で、NKRを読んだ時に、これきっと石田さんのその転勤族でいらっしゃるかどうか、その時わかりませんでしたけど、
そのアウトラインを行ったり来たりする感覚。内側で当事者として島の暮らしをした経験もあるし、書いてくださっていた。
その思春期に天身を離れて、さらにおたかつが難しい厳しい地域に住んでいらした。どこなんだろう。さらに小さな島に移られたっていう可能性もありますよね。
軍島内の転勤ってね、親の転勤で私もあちこち行ったことありますけど、そういうこともあるしね、みたいなことを考えますけど。
だからその、出たことがある。そうそう、出たことがあるとか、よそで暮らしたことがあるとかっていう経験が島の中で起きていることに、より興味を持つきっかけになったりもするんですよね。
ひょっとしたら通じる部分が視点としてあるんじゃないかなと思って、前回そのお話をさせていただいたんですけど、
まさに転勤族だったってことが分かって、私は本当に嬉しかったし、なるほど、そういうことかというか、ちょっと納得した部分もあったし。
これ難しいんですよね。よその地域、鹿児島における天海とか、例えば他の、東京にも一応離島はあるけれども、東京の本土と離島でその関係性が成り立っているのかは分からないんです。私も当事者になったことがないからね。
例えばその私が昔住んでた町で言うと、富山だったり山口だったりそういったところで、この感覚が生まれることがあるのかどうかは分からないから、共感してもらえるかはちょっと分からないんですけど、少なくともその島の中におけるアウトラインが割とくっきりしている。
島の中を経験したことがある、いたことがある人間としては、すごく共振するというか、一緒に共に震えるというかね、響くものがあったなと感じています。
前回その外から面白がりすぎないみたいな話をしましたけど、それは自分自身への忌ましめでもありつつ、でもそれをされているような気がしたの。石田さんもずっとそのよそ者であったというバックボーンを今知った状態でも、その知る前でも、
でも、島でおたかつをしてるってすごいからちょっと話聞かせてほしいっていうところに、島に住んで好きなものがあるとか、その取材対象として今回取り上げた方々へのリスペクトはすごく感じたんですよね、読みながら。だからいい同人誌を読ませてもらったなという気持ちになったんですよ。なので、よかったらまた繰り返しになりますけど、こちらもANKR読んでみてください。
石田さんと島にいたことのある転勤族のこの回みたいなのやりたいですね。転勤族はね、ちょっとね、私の中でも割と大きなテーマで、ずっと、そんな根に持ってるってわけじゃないんだけど、やっぱり檻に触れて出てくる自分の中のテーマなので、また改めて考えられたらいいなと思っています。
私、同じような経験をされている方のお話も聞いてみたいなと思いました。長くなりました。お付き合いありがとうございます。ということで、今回は鹿児島帰ってきたよ話、みんな鹿児島行ってね話、そしてANKRのその後、ご紹介しました。
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