境界線(バウンダリー)が大切なのは分かった。
でも実際は、
どう伝えればいいの?
今回のおとなの性教育シリーズ後編では、
・「NO」の伝え方
・嫌われるのが怖いときの考え方
・相手が不機嫌になったら自分の責任なのか
・家族だからこそ難しい境界線
・18歳リスナーから届いたお便りへの回答
を通して、境界線を"知識"ではなく"実践"する方法を一緒に考えます。
境界線は、人を遠ざけるためのものではありません。
自分も相手も大切にしながら、人間関係を続けるための線。
「私は、大切にされていい。」
「私のことは、私が決めていい。」
「あなたのことは、あなたが決めていい。」
そんな当たり前の権利を、自分にも相手にも返していくための30分です。
・境界線(バウンダリー)
・NOの伝え方
・嫌われるのが怖い
・家族との境界線
・人間関係
・共依存
・モラハラ
・自己尊重
・自己決定
・他者尊重
・おとなの性教育
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サマリー
このエピソードでは、境界線(バウンダリー)を実践的に引く方法について解説します。自分の「NO」を伝えることの難しさ、特に家族との関係で境界線を引くことの課題に焦点を当てます。相手の感情に配慮しつつ、自分の意思を短く伝える練習や、相手の反応は相手の領域であると捉えることの重要性を説きます。境界線は相手を遠ざけるためではなく、自分も相手も大切にするための線であり、完璧でなくても意識することが自己肯定感につながると結論付けています。
境界線の実践編:NOの伝え方と心構え
NOと言ったら、嫌われるかもしれない。 断ったら、冷たい人だと思われるかもしれない。
相手が怒ったらどうしよう。 家族なんだからそれくらいやってよ、と言われたら。
あなたのためを思って言ってるのに、と責められたら。 だから私たちは、たった一言のNOを言う前に、ものすごく長い裁判を頭の中で始めます。
これは断っていいことなのか、私が我慢したらいいんじゃないか。 もっと上手に言えば、相手はわかってくれるんじゃないか。
でも境界線は、相手にこちらの正しさを認めさせるための言葉ではありません。 境界線は、相手を思い通りに動かす技術ではない。
相手がどうするかは相手の領域であって、その時自分がどうするかを決めるのが、自分の境界線です。
あてしか大人の性教育 境界線シリーズ 第1章の後編。 今回は境界線の実践編です。
今日もギリッギリで生きてる自分に拍手!
ごきげんよう。この番組は、スミレコ・ザ・ポイズンレディが木曜日の朝7時にお届けする、
ネオ規則サスペンスラブコメディ渓谷エンターテインメントレディを、
酸いも甘いも痛いも憂いも経験してきた、現在結婚3回目アテクシスミレコが、
恋に人間関係に人生に悩む子羊ちゃんたちの、より良き明日のために、
過去のやらかしをセキララに暴露し、反面教師として背中を押すプログラム。
その名も、アテクシの屍を越えてって。
ごきげんよう。自分の人生、幸せにできるのは自分だけ。スミレコ・ザ・ポイズンレディです。
Spotify、Apple Podcast、Amazon Music、YouTubeなどでお聴きの皆様。
そして、インターネットラジオ、NFRSラジオでお聴きの皆様。ごきげんよう。
こちらは、ポッドキャストアテクシの屍を越えてって、通称アテシカでございます。
ラジオで初めましての方もどうぞ、今回の大人の性教育シリーズ、最後までお付き合いくださいませ。
今週もよろしくお願いいたします。
ということで、前編をお聞きでない方にも分かるように、今回の言葉を1分だけ説明させていただくと、
境界線、英語ではバウンダリと言います。
境界線とは、どこまでが私の体、感情、時間、責任で、どこからが相手のものなのかを分ける線のことです。
前編ではですね、1回目の結婚で、元夫の不機嫌を自分の責任として背負いすぎていたアテクシと、
大好きだった元彼への不安から、相手の時間に入り込みすぎてしまったアテクシの話をしました。
越えられる側にもなりましたし、越える側にもなったお話ですね。
ただ境界線は、善人と悪人を分けるっていう仕分ける線ではないんです。
悪意がなくても、愛情とか心配とか不安とか善意とか、そういったことで、人は相手への領域に入り込みすぎてしまうっていうことがありますよね。
そして境界線は、人を遠ざけるとか、離れて距離をとってっていうものではなくて、安心して近づくための線だっていうところまでが前編です。
今日はその続き。
境界線のことは分かった。じゃあどう引くの?
この境界線のことをすごく学び始めたのが、自分が境界線ゆるゆる女だったからなんですけど、その前編の屍でも分かるようにですね。
まず、境界線を伝える前に必要なのが、自分が何を嫌かって感じているかに気づくっていうことを知ったんですよ。
例えば、本当は休みたいのに頼まれた瞬間にいいよって言ってしまうとか、聞きたくない話なのに笑って聞いているとか、
今日は返事もしたくないぐらい疲れているのに、既読をつけちゃったから責任まで感じて返信しなきゃいけないとか、
誰かが困っていると頼まれてもないのに先回りして解決しようとしてしまうとかね。
その後で、しんどいとか腹が立つとか、またなんで私ばっかりとなってしまうのは、性格が悪いとかじゃないんですよ。
性格が悪いとかではなくて、自分のイエスが本当のイエスではなかったっていう、自分の本当のイエスではなかったっていう可能性がありますと。
ただ、NOって大きい声で言うものでもないんですよ。
例えば、今日はできませんとか、その話は今したくありませんとか、それは嫌ですとか、今日はここまでにしたいですぐらいの、これくらいの短さでいいかなと思っています。
NOっていうのは、その人の存在を丸ごと拒絶することではなくて、断っているのはその頼みとかその行動とかに対して断っているわけであって、
相手の人格すべてを否定しているわけではないんですよね。
だから、もちろん好きな人であっても、大切な家族であっても、NOって言っていいんですよ。
そして、相手が自分にNOっていう権利ももちろん同じようにあります。
とはいえ、NOを言えない一番大きい理由は、言葉を知らないからではないんですよね、もちろんね。
一番スミレコがNOを言いづらい理由は、空気を悪くしたくないからですかね。
嫌われたくないとか、面倒な人だと思われたくないとか、相手をがっかりさせたくないとかっていうことが、スミレコの中では一番大きなNOを言えない理由でした。
現状もそうかもしれません。なくはなってないですね。
相手から見たら、さっきまでいいよって言ってた人が、突然嫌なのに受け入れて、後で腹の中だけで大炎上して、なんかこう、機嫌悪くなるみたいな。
相手から見たら、さっきまでいいよって言ってた人が、突然怒ってるみたいな感じになってたかもしれないですね。
だから、境界線は爆発する前に、ちっちゃく伝える練習みたいなのが必要なんだと思います。
ただし、丁寧に言えば、必ず相手が理解してくれるとは言いません。
今日はできないと穏やかに言っても怒る人もいるし、その言い方は嫌だなって伝えても、そんなことで?って笑う人っています。
だからこちらが選べるのは、できるだけ自分の言葉で伝えるところまでで、それを聞いて相手がどう反応するかっていうのは、もう相手の領域なので。
極論言うと、嫌われない、NOの言い方はないっていうことですよね。
でも、嫌われる可能性をゼロにするために、自分のNOを全部なかったことにしていたら、今度は自分が自分を雑に扱うことになるじゃないですか。
だからまずは、誰かと比べず、誰かの許可を待たずに自分のスタイルで立って、自分はどうしたいのかっていう意思を確認する癖をつけることかなって思うんですよね。
そして自分の意思だけでは簡単に線を引けない場所っていうのももちろんありますよね。
それが家族だと思うんです。
ここでチームアテシカのメイコ、オフィシャル最年少リスナー18歳のカエルコチュンから届いたお便りをご紹介します。
このお便りの中に出てくる屍解剖ファイルは、過去の配信をですね、今のアテクシーの価値観で振り返る企画でして、
屍ラボはそこで見つかったテーマをさらに掘り下げるっていう企画をやっております。
こちらももう配信しておりますので、ぜひポッドキャストでお聞きくださいませ。
それでは読ませていただきます。
リスナーからの相談:家族との境界線
3年目から始まった屍解剖ファイル、屍ラボ、楽しめると同時にとっても勉強になります。
いつもありがとうございます。
こちらこそありがとうございます。
屍ラボ03で、境界線についてお話しされるという予告がありましたが、
まさに私は境界線についてもやもやしていることがあり、お便りさせていただきました。
最近私は妹との境界線が曖昧だと感じます。
具体的に言うと妹の感情とか問題を自分と切り分けられないです。
今まで妹二人は私がお世話して守らなければいけない存在だと無意識に思い、そのように行動してきたことに最近気がつきました。
妹二人はお世話しなければ何もできないような年齢ではないのですが、困っていたり泣いていたり怒っていたりしたら、どうしても何か手を出したり助けたくなってしまいます。
しかし毎回それを自分もするのはしんどい上に、妹二人の成長のために良くないことだと自覚しています。
でも何かしてあげなきゃという自分がどこかにいて、毎回それを無理やり抑え込んでいるのです。
一緒に生活する以上、物理的な距離を取れないのでとても悩んでいます。
同世代の友人にはあまり共感してもらえませんでしたが、スミレコさんはこういった経験はありますかと。
まずこのお便りを読んで思ったのが、妹を大切に思うという気持ちは否定しなくていいかなと思っています。
助けたいと思うこととか、毎回助けなければならないなって動いちゃうことは同じではないと思うんですよね。
家族の境界線が難しい理由というのは、関係性が近いだけじゃなくて、長い時間の中でこの人は世話をする人とか、この人は相談される人とか、この人が空気を整えてくれる人みたいな役割が自分の中でいつの間にか固定される関係性でもあるかなと思うので。
しかも一緒に暮らしてたら、相手の泣き声とか不機嫌とか困っている様子も見えるわけじゃないですか。
だから見えているのに何もしないと、自分が冷たい人になったようにも感じる気がするんですよ。スミレコだったらね。
そしてそこにね、家族だからねっていう言葉が入ってくると、家族だから助け合おうとかっていうあったかい見合いの時もあるんですけど、
家族だから嫌でもやってとか、家族だから説明いらないよねとか、家族なんだから断らないでみたいな話し合いを終わらせる言葉みたいになる時あるじゃないですか。
家族であることっていうのは、相手の時間とか感情とか決定とかに、いつでも自由に入っていいという許可証ではないですよね。
具体例で言うと、「そんなことで起こるの?」って言われても、何を嫌だと感じるかは、その人の感じ方だから、こちらサイドが決めることではないじゃないですか。
だから、あなたのためを持ってって誰かに言われたとしたら、逆に心配してくれていることはわかる。でも最終的に決めるのは私ですって返してもいいと思うんですよね。
心配してくれた人の気持ちは受け取りつつも、決定権は渡さなくていいかなって。
では、かえるこちゃんは妹さんたちとどう線を引き直せばいいのかっていう話なんですけど。
お便りに書かれていることだけで考えるのであれば、いきなりほら、もう何もしません。お姉ちゃんは何もしませんよみたいな宣言をする必要はないと思っていまして。
まず妹さんが泣いてるとか怒ってるとか困ってるっていうその瞬間に、すぐに走って駆けつけるとか解決してあげようってパッていくんじゃなくて、
数秒止まってこう3つ確認してみるのってどうかなと思ったんですよ。今危険な状態なのか、妹さんが助けてほしいっていう感じなのか頼んでるのか。
そして自分には今手伝える余力があるのかっていうこの3つですね。危険があるんだったらもちろん安全を優先するし、でも緊急じゃないんだったらこんな感じで聞けませんか?
今話聞いてほしい?って。それとも一緒にいてほしい?それとも手伝ってほしい?みたいな。
もし妹さんが自分でやろうとしてるんだったら、OKじゃあ困ったら声かけてね。必要だったら一緒に手伝うし考えるよって。
それだけでもいいかなって思いました。助けを求められても、例えば自分に余力がなければ、
今日は無理。今日はできないんだ。ごめんね。とか、今10分だけなら話聞けるよ。とか、今日は無理だけど明日なら一緒に考えられるよ。とか、できる範囲を伝えてもいいと思うんです。
助けるっていうことは、その相手の決定と行動を相手には残したまま、必要な分だけ手を貸すこと。
背負うっていうのは、相手が困らないように先回りして、相手の気分も欠陥も全部自分の責任にしてしまうっていうことなので、
優しさの中には、全部やってあげるっていう以外の形があると思うんですよね。
隣にいるとか話だけ聞くとか、必要かどうか尋ねるとか、何かできることあるってできる範囲を伝えるとか、
ここまでだったらできるよってできる範囲を伝えるとか、本人が選ぶのを待つとかね。
妹さんが泣いている時とかに、辛いねって言ってそばにいてあげるだけでも、問題を解決しないこともできるんですよ。
相手の感情があることと、自分の感情を消す義務があることは別なのでね。
あともう一個、妹さんたちが成長するかどうかまでは、カエルコチューンが背負わなくていいんですよ。
妹さんの人生は妹さんのものなので、カエルコチューンの人生はカエルコチューンのものだから、
物理的に離れられなくても、妹さんのために使う時間を決めるとか、返事をすぐにしないとか、
頼まれる前に動かないとかっていう小さい境界線は作っていくことができると思います。
でも、こうやって話しているうちに、スミレコも自分の娘にそこまでね、境界線を引いてなくて、
やっぱり彼女の領域に踏み込んで、手伝ってしまったり、手を出してしまったりとか、口を挟んでしまったりとかってすることもあるので、
ちょっとこの境界線は親子の間でも使えるなぁと思ったので、すごく考えるヒントをもらったなと思っております。
ありがとうございます。カエルコチューン。
境界線を伝えた後の対応と保ち方
ここからは、その伝えた後に起きることを考えてみたいと思います。
境界線を言葉にするときは、できるだけ短く自分を、自分をですよ、主語にします。
それは嫌です。それはできません。今日はできません。その話は今したくありません。
ここまでは自分の意思を伝える言葉だと思うんですけど、
例えば相手がそれを無視して続けるのであれば、自分がどうするかを決める。こんな感じで。
大声で話されるんだったら、この会話は一旦終わりにします。その話を続けるんだったら、今日は電話を切ります。
何度同じことを聞かれても答えは変わりません。
ここがお願いと境界線の違いかなと思ってます。
例えば、怒らないでとか、どならないでみたいなのは、相手に行動を変えてほしいっていうお願いじゃないですか。
でも、どなる状態が続くんであれば、私はその場を離れますっていうのは、自分の行動を決める境界線をピッて引いたっていう感じじゃないですか。
もちろん離れられない場所もあるし、その場で言い返すことが危険な場合もありますけど、
境界線を引くことが、勇敢さを競うとか、勇気あることではなくて、
安全でないときは、本当にそんな宣言とかしなくていいので、会話を終えるとか、第三者に相談するとか、安全な場所へ移るとかを優先してくださいね。
実行できない脅しとかじゃないんですよ、境界線は。
自分が本当にできる行動を決めるものなので、声に出さなくて決めてもいいと思います。
境界線を伝えた結果、相手が怒ることっていうのはあります。不機嫌になることもあると思います。
例えば、「前はやってくれたのに。」とか、「変わったね。」とか、「冷たくなった。」とか、「家族なのに。」とか、そう言われるかもしれないんですけど、
どんな時、昔のスミレコだったら、相手の不機嫌を見た時に自分の決定を撤回してたかもしれないですね。
ごめん、やっぱりやるよとか、私が悪かったよとか、怒られるぐらいだったら自分が我慢すればいいや、めんどくさいからとかね。
でも、前編でお話しした通り、元夫の不機嫌は元夫のものだし、相手が怒っていることはわかるよ。
わかるけど、その怒りをスミレコが消さなければならないっていうことではないんですよね。
だから、言葉にするのであれば、「あなたが怒っていることはわかる。でも、その怒りは私が解決することはできない。」とか、「嫌な気持ちにさせたことはわかる。でも、今日はできません。」とか、「この話は落ち着いて話せるときにするね。」とか、
相手の感情を否定せずに、自分の決定も撤回しない。ので、一回で伝わらないときは、もう新しい説明を100個作らなくていいんですよ。
同じ短い言葉をもう一度言う。説明を増やすほど、こっちの脳が交渉材料になる場合もあるんですよ。
相手が怒る自由もあるし、私が脳を撤回しない自由も同時に存在しているので。
では、何度伝えても境界線を越えてくる人っていうのはどうしたらいいと思いますか?
これは、正しい方を探し続ける問題ではないことがありますね。
一度脳を言えば、境界線が完成するわけではないので、境界線は伝えた後に自分の行動で保つものじゃないですか。
だから、同じ話をされたら会話を終えるとか、返事をする時間を決めるとか、会う回数を減らすとか、
一対一では会わないとか、家に入れないとかね、必要なら連絡手段を減らすとか、
距離を取るってことは相手への罰ではないので、
あくまでも自分を守るために相手が入れる範囲っていうのを変えることだと思うんですよ。
ただ、家族だったら同居していて簡単に離れられないってこともありますよね。
そうすると仕事だったら、上司と部下とか、雇う側と雇われる側みたいな力関係もあるし、
そういう家族とかね、やっぱり近しい関係性だと、完璧に境界線を守ろうとはしなくていいと思うんですよ。
ただ、やれることとしては家族以外の信頼できる人とか、職場の上司とか人事とか相談窓口とか、別の力を借りる。
仕事だったら、日々と起きたことも記録しておくとか。
家の中だと、すぐに返事をしない時間とか、話さない話題を一つだけ決めるとか。
現実にはですね、結構境界線を示すということで、関係性が変わることがありますね。
離れていく人もいるし、怒る人もいます。
だから、境界線っていうのは万能ではないんですよね。
だけど、相手が離れないように自分を差し出し続けるっていうことが、関係を守る方法ではないっていうのを、スミレコは重々自分に言い聞かせていて。
何度伝えても侵入してくる人っていう人とは、距離をとっていいと思っています。
それで切れてしまうのであれば、それだけの関係性だったってことですもん。
境界線を知らなかった過去と今後の展望
そして忘れたくないのが、自分が超える側になった時です。
スミレコの場合は、大好きだった元彼に寂しさと不安から連絡を求めすぎちゃったっていうミステイクがあったんですけど。
もし、あの時の自分が境界線を知っていたら、まず自分の不安を自分のものとして認めて、
そして相手を責める前に、希望みたいな感じで伝えたかもしれないなと思いました。
例えば、アテクシは連絡がないと寂しくなるので、無理のない連絡の取り方を一緒に考えられるとか。
ここで相手が難しいと言ったら、それをなんでってどうしてなのかっていうのを聞く、相手が難しいって思う権利もありますからね。
ただ、自分の希望が正当であることと、相手がその希望通りに動く義務があることっていうのは別の話なんで。
なので、もうすでに超えちゃったなって気づいたら、まず止めて、言い訳を先に置かずに何をしたかを認めた方が良かったですね。
不安で連絡を求めすぎちゃったとか、あなたの時間を尊重していなくてごめんねっていうことを伝えて、相手がこれからどうしたらいいかっていうことを聞けば良かったなって思いました。
謝ったから許してほしいとか、元の距離に戻ってほしいとかっていう迫り方をせずに、相手が距離を取りたいと言ったら、もうその能を受け取って、善意で超えてたっていうことも同じですよ。
良かれと思ってっていうね。だから頼まれてない助言をしたくなったら、今は話を聞くだけがいい?それとも意見が欲しい?みたいな感じで聞くのもありかなと思ってまして。
助けたくなったら、何か手伝えることある?とかね、声かけてね?とか、触れるとか見るとか聞くとか手伝うっていう、そういったことを近い関係性でも相手の意思を確かめていくこと?
自分の境界線を守ることと、相手の境界線を尊重するっていうことはペアかなって気づきました。
ここでこのシリーズの出発点に戻ります。
アテシカの大人の性教育は、その性交渉の知識を話すっていうシリーズではありません。
その前にある人間教育みたいなところを話したいなって思っています。
自分の体とか感情とか意思は自分のものだし、相手の体と感情と意思は相手のものだし。
恋人としても、夫婦としても、親子でも家族でも友達でも、近い関係だからこそ同意がいらなくなるっていうことはないんですよ。
一度イエスって言ったから次もイエスとも限らない。途中で嫌になったら変えてもいいし、ノーと言われたら理由に納得できなくてもまず止まる。
そして相手のノーを尊重することと自分の気持ちが傷つかないっていうこともまた別の話なんだよね。
断られたらもちろん悲しいかもしれないし寂しいかもしれないけど、その感情は自分でもって扱うっていうのが大事。
悲しいからって言って相手のノーを無理やりイエスに返させていいっていうわけでは絶対にありません。
今日の話を一つにまとめると、境界線は人を切り捨てる線ではない。
自分も相手もそれぞれの体や感情や時間や人生を持ったまま、安心して近づいて仲良くなるための線であるということ。
ノーを伝えて相手が怒ってもその感情を全部背負わなくていいっていうこと。
助ける前に相手が何を望んでいるかを聞いてみたらどうかなっていうこと。
いやもう完璧にできなくてもいいし、1回で完成しなくてもいいんですよ。
人間関係の中で何度も確かめて引き直していくものだなと思うので、
スミレコも本当に練習中なんですけど、ただ境界線っていうものを意識するだけで、
すっごく自分の心が守られてるのを最近すごい実感してます。
これ以上は引き受けないっていう、これは自分の問題であって、これは相手の問題だっていう線をピッて引いただけで、
無駄に落ち込まなくなりました、本当に。
なので是非ね境界線というものをちょっと意識して、これから生きてみてほしいななんて、
この境界線シリーズまたいつかやれたらいいなって思っております。
最後までお聞きくださりありがとうございます。
ではエンディングです。
このアテシカはですね、毎週木曜日朝7時に配信しておりまして、
Spotify、Apple Podcast、Amazon Music、YouTubeなどで、
アテクシの屍を超えてってもしくはアテシカと検索していただくと出てまいります。
最近このNFRSラジオさんでも月曜夜8時に放送しているのでですね、
新たにアテシカを聞いてくださった方はなんかすごい真面目な番組なんじゃねって思っているかもしれないんですけど、
たまたまです。
たまたまちょっと今週と先週ですね、大人の性教育コーナーをやらせていただきました。
なんかちょっと難しかったかなっていう部分もあったり、
収録して実は3回目の収録の分を出したりしてるんですけど、
紙砕くというか、言語化するってなんて難しいんだろうって思いながら撮らせていただいたので、
もう一瞬でもいいので何かしら誰かの心に届いたらいいなと思っております。
届け!
境界線の伝え方とか脳の伝え方とか、
あと家族の関係性においての難しい境界線とか、一緒に考えさせていただきました。
今日お話ししたことを明日から全部できなくても全然良くて、
まずはこれは今のこの感情は誰のものなんだとか、
自分なのか相手なのかみたいなのを考えるところから始めてみてくれると嬉しいなと思っております。
ちょっとこの4月以降、5月以降、ちょっとね力入れて台本やりすぎたところもあるんですけど、
ぶっ飛ばしております3年目のあてしかでございますが、
最後に次回のお知らせをさせていただきます。
番組告知とリスナーへのメッセージ
来週のあてしかはとんでもないことになるぞと、
チームあてしかオープンチャットの方で言わせていただいているんですけど、すでにね。
来週のあてしかはですね、再びなんですが、スミレコの知らない世界を送らせていただきます。
ゲストは文筆家の伊藤阿波さんです。
とんでもないことが起きたでしょ。
とんでもないことが起きてしまったと本当にここ最近ですね、寝れなかったんですけど、
無事に収録を終えさせていただいております。今現在です。
以前からスミレコが伊藤阿波さん推しだということはチームあてしかはご存知だと思うんですけど、
いつかちゃんとお話ししてみたいなぁと、七夕の短冊に願ってみたらですね、
叶っちゃったんですよね。言ってみるもんだなって思っております。
やっぱチャンスの女神はむしり取らないとダメですね。
ということで、テーマは書く、喋る女と喋る女のはずだったんですよ。
はずだったんですけど、話し始めたらそんな一言では収まりませんでした。
そして最後には、あんな話までということで、
人は変われるのかとか、それともだんだん自分になっていくのかとか、
人に見せている自分と本当の自分とか、そんな話までしております。
今回はインタビューではございません。
イトアワさんとスミレコ2人でですね、自分の話を持ち寄って考えて笑って、
気づけば最初には思ってもいなかった場所までたどり着けた、たどり着いていましたねっていう、
前後編で送らせていただきたいと思っております。
ぜひ聞いていただきたい対談になっております。
スミレコとしてはですね、あんな話もしたかった、こんな話もしたかったし、
ここをもっと掘り下げればよかったなみたいな、たくさんの出り残しもありますので、
またいつかお代わりさせてもらえたら嬉しいなと思っております。
そしてこちらのCMをお聞きくださいませ。
ここは声が形になる場所。
イヤホンの中のボットキャストがリアルな場所に飛び出す一日。
いつも聞いているその声に会いに行こう。
ステッカーを集めてグッズを手に取って配信者とリスナーが一緒に遊ぶポッドキャストの文化祭。
ポッドキャストステッカーベースPSB02開催です。
今回会場に集まるのは、ジャンルも個性も全く違う全21番組。
50音順で一気にご紹介いたします。
あきらめラジオ。
あてくしの屍を越えてって大人になりたい旅がしたい。
カウチポテトブラザーズ。
菊餃子。
三原主義ラジオ。
雑穀の混ぜご飯ラジオ。
しゃべり足りない部。
しゃべりの相談室。
シャラクサラジオ。
セミラジオ。
戦略的幸福論。
惰性の続き。
バラ色つれずれライフ。
暇だもんで。
ブライトビットブラザーズ。
文学ラジオ空飛猫たち。
ポッドキャスト研究室。
ポッドキャスト現場録。
ラジオ東京散歩。
歴史をひも解く聞き流しい偉人伝。
お目当ての番組に会いに行くもよし。
知らなかった番組のステッカーを手に取って新しい推しを見つけるもよし。
各ブースには番組ステッカーやグッズがずらり。
いつもは声の向こうにいる配信者と直接お話しできます。
交流ラウンジもあり、飲食の持ち込みもOK。
滞在時間の制限はなく、入退室も自由です。
あなたのペースで1日たっぷり楽しんでください。
開催は9月13日日曜日朝10時から夕方5時まで。
入場料はお一人様1000円。
ただし、会場の人数によっては入場規制がございます。ご注意くださいませ。
来場者にはここでしか手に入らないPSB02限定ステッカーをプレゼント。
会場など詳しくはPodcastステッカーベースで検索。
PSB公式Xもしくはステッカー-ベース.comをチェック。
聞くだけだった声が出会いに変わる。
1枚のステッカーから新しい世界が始まっていく。
ここは声が形になる場所。
Podcastステッカーベース。
9月13日、あなたに会えるのを待っています。
はい、今のCMをお聞きいただきました通り、9月13日Podcastステッカーベースにスミレコも出展させていただきます。
Podcastステッカーベースで検索していただくと詳細なホームページと、あとXのアカウントなども出てくるので確認してください。
そしてぜひ会いに来てください。
いろんなものを出させていただきますので、お会いできるのを楽しみにしております。
ラストまで聞いてくださったあなた。あなたはもはや立派なチームアテシカです。
ありがとうございます。
番組の感想をぜひ、ハッシュタグあてしか、あてはカタカナ、しかはひらがなをつけて、各種SNSでつぶやいてください。
スミレコが即レシーブしに行きます。
お便りは概要欄のフォームまたはXDMからお願いいたします。
そして各種サービスのフォローと欲しいご評価をしてくださると、スミレコが泣いて喜びます。報われます。
今日もちゃんと息して、ご飯も食べて、寝て、偉すぎる自分に拍手!
ポッケの中のお友達、スミレコ the poison lady でした。
36:54
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