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しゅらの今ここラジオ。この番組は、今ここの気づきや感覚をもとに、
しゅらがひとりがたりをするポッドキャスト番組です。
それでは本編をお楽しみください。
で、えーと、今どれくらいかな?どれくらい喋ったかな?
うーん、あ、まだ10分くらいですね。
で、振り返り、引き続き振り返りなんですけど、
そうだなあ、何を支援したいかな?
ここで、えーと、会話に、会話の、会話?
えーと、喋りのネタが、えーと、ちょっと思い浮かばなくなってきてますね。
デスフェスの体験
うーん、あ、そうだ、あのー、この前、えーと、デスフェスっていうのに参加したんですよね。
えーと、デスは死ですね。
死をタブー死することなく、明るく可愛くポップに語ろうという試みで、
渋谷の光江で4月12日から4月17日までやってまして、
今日喋っているのが4月18日なんで、
昨日までやってたんですけど、そのうち初日の土曜日にデスフェスに参加してきました。
で、その時にね、受けたワークショップっていうのが、
イキガイとミトリのワークショップということで、
これもアイちゃんが関わっている企業塾の代表でもある方がね、
講師になってくれてワークショップをやってくれたんですけど、
人生の中でも回数は少ないと思うんですけど、
ミトルということはどういうことなのかということとか、
自分がミトったりミトられたりしたいのは、
どういう人ですか?誰ですか?とかそういう話をしながらね、
ワークショップを受けてきました。
で、その中で共有したんですけど、
祖父の死について
自分はね、ミトったことは1回だけあって、
自分のおじいちゃんですね、母方のおじいちゃんが亡くなった時は病院だったんですけど、
病院でもうちょっと長くないよって言われて、
大学の時だったかな、
直に帰ってお祝いに行って、
でもお昼は元気だったんですよね、
元気というか持ち直したねみたいな話をしてて、
結構言ってる割に元気だねみたいな話をして、
帰ってちょうどお風呂に入ってたんですけど、
お風呂に入ってたら、ちょっと容態が急変したからもうすぐ来てって言われて、
病院に向かって息を引き取る瞬間を見たっていう、
立ち上げたっていう感じですね。
その時親戚みんな立ち上げてですね、
みんなに囲まれて、
おじいちゃんは苦しそうってしてたけどね、
最後勇気をつけて脱して、
ベッドに落とすんで、自力では起き上がれないんですけど、
最後の瞬間上半身だけ起こしたんですよね。
何かに引っ張られてるかのように上半身を起こして、
俺から見ると、
口から魂というのか霊魂というのか、体の中にある何かが口から抜けていって、
抜けた瞬間フッと力が抜けてバタンとね、
また体が戻ってなくなったっていう感じだったんで、
もう全然自分では起き上がれないのに、
最後体がちょっと起きてバタッと無くなるっていうね。
ある意味不思議な瞬間を見てですね、
おじいちゃん頑張ったんだなと思いましたね。
その時は私は大学生で大学にいて離れていたし、
介護とかそういうのも近くでやったわけではないので、
おじさんとかおばさんとか、一緒に母とか、いろいろ介護。
おばあちゃんもそうなんですけど、介護とかそういうのもなかなか大変なことはあったんだろうなと今思えばありますね。
おじいちゃんはこの死の瞬間に立ち会えたというのは、
それを覚えているというのはある意味大きい財産かなと思ったりしてます。
なかなかその無くなる瞬間に立ち会えるというのは少ないかもしれないので、
その一回は貴重だったなと思います。
こういうふうにね、人に聞いてもらうことによって、
記憶が消化していくというか、新たなステージに変わっていくきっかけになったりするので、
あまり気軽に話せる内容ではないと思うんですけど、
そういった体験を安心した雰囲気で話すっていうのは非常にいいなと思いましたね。
もう一個見取りに関して話したいことがあって、
実はこのラジオでも何回か話してはいるんですけど、
おじさんの病気と死
昨年ですね、おじさんが亡くなってですね、
おじさんを見取ることはできなかったんですけど、
亡くなる前日ですね。
前日とあとは1週間前に会うことができて、
その話をワークショップでもさせてもらったんですけど、
これもまた印象深いというか、
自分の人生をちょっと帰り見るというか、
どういうふうに生きていこうかなというきっかけになった出来事だったので、
ちょっと話してみようと思うんですけど、
去年のですね、2024年の1月、お正月に帰ったときは、
もちろん元気で、まだ59とかだったんで、
働いてるしね、元気でやってたんですけど、
普通に会ってご飯を食べて、親戚が集まったときにご飯を食べて、みたいなことをしてたんですけど、
そうこうしているうちに、3月だったかな、4月だったかな、4月頃くらいかな、
あの、なんか冬タイヤを持ってたんですけど、
おじさんがガレージで交換したら、なんか息がすごい上がって、動機がすごくて、
で、もうこれはおかしいと思って、ちょっと病院に行ったら、もう即入院だって言われて、
で、まあ異海洋だったり、なんか、
いろんなことが起きてたんですけど、
って言われたみたいで、でも即入院って言われたんですけど、
実は検査してみたら、
ガンで、ステージ5のガンで、
それで言われてですね、
なんか希少、しかも希少ガンだったらしいんですよね、
症例が少なかったりとか、あんまり起きていなかったりとか、
で、ステージ5のガンだったらしくて、
ステージ5ってあんのかって、その意味に疑ったんですけど、
で、それで言われてですね、
悲しいんですよね、症例が少なかったりとか、
あんまり大人がかかるようなガンじゃなくて、
わりと子供に多いようなガンって言ってたかな、
まあちょっと詳細はわからないんですけど、
まあ希少ガンっていうことは間違いなくて、
地元では治療ができる病院もなくて、
都内の病院に入院したんですけど、
もう一回検査してね、病院で検査して、
体力がついたら、体力がもうちょっと戻って、
その時に全然何も食べれてなかったんで、
体力が戻って、相性のいい交換剤が見つかればね、
治るってことはないんだけど、
当初、来年の桜は見れるかしらみたいなことは言ってたんで、
桜を見て夏ぐらいまではなんとかいけるんじゃないかみたいな話を
病院でしててですね、そりゃ切ないわ
でもそれが4月とか5月で入院して、
東京に住んでるんで、東京の病院にオンラインに行ったりして、
流石にやばいっていう、いつもね、大丈夫大丈夫ってあんまり言わない話なんですけど、
実際、食べてもなかったし、体重も減ってそうだったんですけど、
6月ぐらいから交換剤の治療を開始して、
7月、8月かなと続けてきてて、
8月のお盆に帰った時に、かなり状態は良くないと聞いてたんですけど、
孫というか、孫じゃないな、
俺の息子なんで、老いの男だからなんて表現すればいいのかな。
でも本当に自分の我が孫のように可愛がってくれて、
自分の息子と一緒にいて、
息子が4月に入学したんでね、入学以外もやってやれなかったって、
やってやれなかったから、これ取っておいてって言って、
こんな感じで入学試験をもらったりしながら会話はできて、
一回東京の都内の病院に行くっていうかね、
一回入院して、ある程度交換剤の効き目が効いたんで、
一回戻ってね、また治療をする、在宅の医療みたいな形でやってたんですけど、
家だとできることも限られるし、
交換剤を投入するタイミングとかも、
やっぱり病院の方がタイムリーに、体調のいいときに投入できたりするから、
もう一回入院しようみたいな話になってて、
一週間後に行くよみたいな話をしてて、
ちょうど一週間したらもう東京に戻るから、
東京に戻った時にまたお見舞いに来れみたいな話をしてて、
そんな感じで一週間経って、東京の病院でまた会ったんですけど、
だいぶ移動で体力を取られてしまったみたいで、
東京の病院ではもう呼吸器をつけて喋ることもあまりならないまま、
引っ張ってっていう感じだったから、引っ張って体を押し上げたんですけど、
どんどん一週間も会話できて、体調悪いながらも会話できてたし、
普通って言ったらあれだけど、かなり痩せててジョッとするような見た目ではあったんですけど、
話はできてたし、一応自分で歩けてたし、
それが一週間でもうかなり、薬が効いてたってのもあると思うんですけど、
鎮静剤かな、そういうのをたぶんやってたと思うんで、痛みがひどかったりとか、
それでもうほとんど話せない状態で、10分とか15分しか会えなくて、
うちの母は弟になるんでね、
弟の方がまさか先にこんなになるとは思ってないからか、だいぶ泣いていたし、
きつそうだったんですけど、一緒に鹿島に帰ろうって話をしてて、
生命と死の考察
介護タクシーをちゃんと運んでくれるタクシーを見つけるから待っててねって話はしたんですけど、
結局次の日にね、だいぶ体調が急変してしまって、亡くなってしまったっていうことを思ったんですよね。
だから、おじさんの場合は寝ちゃったわけじゃないんですけど、
寝ちゃったわけじゃないけど、
だいぶね、最後の企画までその様子をたまたま見れたっていう経験をしましたね。
なんかそのスペースのワークショップの中で、生と死は裏表で、
道端にチラシが落ちちゃったとしたら、そのチラシが裏返ったら死ぬ。
風でヒューンと舞って裏返ったら死ぬみたいな感じで、
なんか明けないものなんだよって言われたのが印象的だみたいな話を、
日向工事の代表の方がされてたんですけど、
いやぁまさになんか、いやぁそんな感じで、
本当に儚いし、切ないし、
なんか色々やっぱりやりたいことがあったらしくて、
他趣味だったんですよね、おじさん。
あの、ちっちゃい頃はバス釣りとかもやってたり、車いじるの好きだったり、
夢を追い求める
あとまぁそもそもバイクは好きで、バイクで大事故にあったりしてるんですけど、
その分一緒に遊んでもらったりとかしてたんですよね。
で、引退したら、引退ってあのですね、
仕事を全然退職したら、ガレージ使って、
趣味の車入りでもしようかなみたいな話もしてたらしくて、
でその、なんかスペースとかも確保してたっぽくてね、
そんな話をまぁ、母親に聞かせてもらったりとか、
そういうのもあったりとか、
これやりたい、あれやりたい、あの人に会いたいみたいなのは、
本当に思ったときに叶えるのが一番だなって思いましたね。
そう思ったら、
やっぱり、
やっぱり、
やっぱり、
やっぱり、
やっぱり、
何かあったりとかしたりとか、
思ったからこそ、
そういう風に叶えるのが一番だなぁって思いましたね。
そう思ったからこそ、今は行動してたりとか、
するんですけど、
うん、
まぁ、実際ですね、その…
人はやっぱり、
あのー、いつか、
いつか、
人はすべてですね、生まれれば死ぬっていうのが定めなんで
いつか遅かれ早かれ、いつかその時はやってくるんでね
まあ若いし、そういうことは考えたくないし、なかなかそういう準備とかもしたくないんだけども
でも、まあなんかあれ、やっときゃよかったみたいなのはあんまり思いたくないですよね
これだけ、特に日本は恵まれてるのでね
何かやりたいと思えばチャレンジできる環境や場面がたくさんあるので
一気に一足飛びに大きなことをするってわけでもなくて
小さなことからコツコツと全然やっていいんですけど
でもその小さなことをコツコツとやれる環境があるんでね
そういう時代にもなって、やりやすい時代にもなってるし
まあやらなきゃ損だなぁと思っています
本当にそれは思いましたね
感情の観察
だからその後にやっぱり今の会社にも
ちょうど亡くなった時にね、入るのを決めたりして
その前からね、面接に行ってたりしたんですけど
やっぱり新しい世界に飛び込む時に
こっちやってみてよかったなって思えるというか
もともと行ったところ、それなりの花は咲くと思ったんですけど
もっと大きな花が咲く可能性もあるし
まあ咲かないってことはないんだけど
こんなもんかっていうことになるかもしれないけど
でもなんとなくこっちの方が合ってるんじゃないかっていう
道がね、なんか見えたっていうか感じたんで
そこでチャレンジしようと思って転職した感じですね
ちょっと長くなっちゃいましたが
本当に時代イベントなんでね
まあ喉元すぎればじゃないけど
あの時のことを忘れないようにね
やっていけたらなと思いますね、これから
本当に
いろいろね、こうじゃないやじゃないとか
挫けそうになることもあるんですけど
挫けたっていいし、挫けそうになってるんだなって
なんかこう、冷静に見ている視点っていうのが持てれば全然いいので
なんか変に焦らなくていいんですよね
死に対するブレーキというか
そうならないための
そうならないための
ブレーキというか
何ていうんだろうな
そうならないための
ブレーキというか
なんていうんだろうな
そうならないための
ガイドというか
危険回避システムですね
それはなんか
心理学の用語だったかな
OSって言うらしいんですけど
オペレーションシステム
今OSって言ったら
MacとかWindowsのOSのことを思い浮かべると思うんですけど
OSが危険だったり
死だったり
そういうのを回避するために
自動でやばいっていう場面に働くことになっていて
でもそれは必要な能力なんですよね
やっぱりやばいって時にやばいと思わないと
まあマジで死んじゃうし
人間一人では今は生きていけないけど
昔なんて特に一人ぼっちになったら
すぐ亡くなってしまう場面が多かったから
一人になるっていうのはすごい怖いんですよね
それだけ死に直結することなんで
それはね
ウェブとかインターネットが発達した
オンラインが発達した世の中になろうともですね
我々人類が生んできた
我々哺乳類生物が生んできた
長年の歴史からはですね
歴史から見れば本当もないに等しいぐらいのことなんで
それだけ遺伝子に刻まれてて
やばいっていう風に危険を回避しようとするんですよね
だからやばいとか
一人ぼっちになっちゃうとか
焦るとか
そういうことは大きいのは当たり前なんですよね
決して恥ずかしいことでもないし
決して無くさなきゃいけないことでもないし
克服しなきゃいけないことでもないし
ただ冷静になってみるっていう時間が必要なのかもしれない
それが僕にとっては瞑想の時間だったりするわけなんですけど
焦って何かに対処するとか
怖いって思った時に反応するのは大事なんですけど
今の状況はすぐに死に直結する場面じゃないよっていう時はですね
何で俺ビビってるんだろう
ビビってる自分がいるな
ビビってる自分と呼べるものがあるなと思ってみるのが
なぜかというと観察すると変わってくるんですよね
ああでもないこうでもないって考えてると
ずっと頭の中にヘバについてきたりするんですけど
ただ観察するっていうだけですっと消えていったり形を変えていったり
っていうこともあるんですよね
不思議なことですよね
無くそうと思えば
何か分かってくると思う
何か分かってくると思う
何か分かってくると思う
何か分かってくると思う
あるあるんですよね
不思議なことですよね
無くそうと思えば
思うだけどんどんどんどんでかくなるのに
小さくしよう小さくしようと
無くなれ無くなれと思ったらでかくなるし
大きくなれ大きくなれって思うと暴走するんだけど
ただいるあるということを認識して
よーしじゃあちょっと観察してみよう
どういう風になるのかなとか
そういうことはそこまででもないですよね
上手くいくという言い方もちょっとあれなんだけど
どうなるか
そこまでいかないかな
ただ見ていますねっていう感じで
見てると認識していますねっていう風に見ると
何かさっといなくなるときもあって
でまた出てきていますね
ふーんっていう感じ
雲を見てる感じですかね
空の雲を見てる感じ
ただただ見てるみたいな
形がどうこうまでもいかず
なんかただあるなって見てると
雲は流れていくし形を変えていくし
あるんだけどずっと流れていく感じで
嫌な気持ちとかもやもやした気持ちとか
もちろん嬉しいっていうこともあるんですね
嬉しいってことをただ眺めるっていうのも
なかなか難しいことであるんですけど
なんか形が変えていって
いつの間にか消えるみたいなことがあるんですよね
何でそれがいいかというと
結局なんか自分だと思ってるものって何なんだろうみたいな
自分が怒っていると思ったら
どうやら自分は怒ってなかったなみたいな
怒ってるキャラクターと言ったらいいのかな
怒っているキャラクターがいるなみたいな
認識になってきて
自分だと思ってたんだけど
それは自分ではなかったなみたいな
じゃあそいつが自分じゃなければ
今自分だと思っているものは何だろうみたいな
感じになってきてですね
何がいいかよく考えながら
何がいいかよく考えながら
ここまで行っていくと変なところに
変なところというか
デスフェスの体験と自己探求
病院行ったらもしかしたら
あのちょっと
薬だしマクチョウ感みたいな感じになるのかなるかもしれないですけど
良い悪いとかではなく
なんかそういうふうに見れたら
見ることができてたら
怒りも焦りも何もないですよね
だって自分だと思っているものは何もないから
そこまでの領域に全然達することはできないですけど
なんかちょっとこう
怒ったり恐れたりする
でも自分ではない
自分ではないな
でも自分と離れ難いところにある
怒り恐れ悲しみ喜びみたいなのがあるなと
そこが反応している
何かに反応しているだけだみたいな捉え方をしていれば
なんか何か言われて傷ついたりするときに
自分じゃないんで
自分は傷つかないわけじゃないですか
そうするともう最強ですよね
今まで自分が傷ついていると思ってへこんでたけど
自分ではなかった
だからほっとくってわけじゃなくて
もちろんケアをしてあげるんですけど
でも自分が自分ではないので
より痛ってあげたりとか
より励ましてあげたりとか
自分を甘やかすわけではなくて
ある意味他人みたいなイメージで接してあげたりすると
なんかまた違う
今まで自分だと思ってた
思い込んでやってたけど
自分じゃない
自分じゃない接し方で
接してみるとまた違うじゃないですか
ということがいろいろ出てきたりするので
それが非常に面白いかなと思っております
というところでですね
ちょっとデスフェスの話からだいぶぐーっとね
身取りの話からそこから瞑想の話までと
ぐるっと思わずここまで話しましたけど
まとめはないですけど
飛躍しすぎてね
扉を開くことの重要性
でもあえてまとめようとするならば
やっぱりやりたいとか
ワクワクすることというのには
なんかそういう扉をノックして開いて
一歩進んで
でもう一歩進みたくなったら
もう一歩進んで
閉じたくなったら閉じてもいいし
でも一回開けてみるっていうのが重要ですね
違う展開とか
思いも得らない展開とかあると思うんで
そのドアを開けようと思ったけど
開けずに終わった人生なのか
開けてちょっとやばいなと
ちょっとミスったなと思ったけど開けたと
開けて何があるかが分かったという人生なのか
全然違う人生になると思うので
どっちが悪いわけじゃ
どっちがいいか悪いか分かりませんが
でも自分のワクワクだったり
ウキウキしたり楽しいっていうことをベースに
選んだ扉ならね
間違いなくやばいことには
繋がってはいないのでね
死とかに繋がらないので
次回を込めてなんですけど
自分もそういう扉を開けていきたいなと思っております
というところで目的地が近づいてきましたので
今ここラジオは終わりにしたいと思います
分割になると思うんですけど
切りどころがちょっと難しいので
極端な前半10分後半30分40分みたいな形になるとは思うんですけど
ぜひぜひね
ここまで聞いてくださったら
全部聞いてくださってるということなんで
本当にありがとうございます
なんかここで聞いたことだったり
このミワコラジオいいなと思ったら
ピンときた方にシェアしていただくか
このラジオで言ってた内容を聞いてくださった方なりに
解釈して
こちらがこんなこと言ってたよみたいなことを
シェアしていただけたらめちゃめちゃ嬉しいです
シェアしなくても
なんか聞いたよって
なんか聞いたよ?
シェアしなくてもめちゃめちゃ嬉しいです
聞いていただけるだけで本当にありがたいです
なので今年も
本日の配信はいかがでしたか
感想はNextなどに
ハッシュタグをつけて
ポストしていただくか
DMなどいただけるととてもうれしいです
ぜひよろしくお願いします
ここからは告知になります
皆さんの今ここを聞く今ここ系長
というセッションの体験者を大募集中です
今ここ系長というのは
漠然としていてまだ言語化できていないことや
頭の中でぐるぐるだったりもやもや
考えていることをアウトプットしてもらって
整理してスッキリさせることで
新しい視点からの気づきを得るためのセッションです
特に準備いただくことはありません
近況からお話を伺って
セッションを進めていただければと思いますので
そんなに深刻にならずにというか
深刻な方も悩みがある方も
特に悩みがないけど受けてみたいなとピンときた方は
ぜひぜひXのDMなどで
連絡をいただければありがたいと思います
同じ内容を概要欄にも
このエピソードの概要欄にも説明がありますので
ぜひぜひよろしくお願いします
はい
シラノ岩心ジオは以上になります
ありがとうございました
バイバイ