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ついに自分の家のそばにもクマが出たらしいんです。 で、できるだけ散歩をするようにしてるんですけど、いつも暗くて人がいないところをこっそり歩いているのを怖いから、車がいっぱい走ってるところを歩いてみています。
なんか今日、不愉快なことがあったっていうか、日々不愉快なんですけど、職場で新人を怒鳴ってる社員がいて、なんか分かんないからしょうがないことを怒鳴るんですよ、いつもいつも。
それ言ってもしょうがないじゃんって、そんな怒って言う必要ないじゃんって私は感じるんですけれども、その子はそういうふうになっちゃうんですよ。
それを見てたら、自分の親がすぐに怒っていた姿に重なって、これほどっていうふうに納得したというか、すぐに怒鳴ってもしょうがないことに思いを出す人って、入社して3、4年くらいの人なんですけど、
入社当時からちょっと子供っぽいというか、幼稚だなって感じるところがある人なんですけれども、それについて特に仕事さえこなしてもらえば問題はないので、人格に問題があるわけでもないし、ただちょっと子供っぽいなって思うところがあるっていうふうに認識してたんですけど、
運がいいのか悪いのか、その人が入社してからずっと後輩ができなかったんですよね、その人にとっての後輩が。できなかったのが、今年入ってきてしまって、その子もまたちょっと理解力の遅い子だったんですね、たまたま。
ちょっと2人で噛み合わなくて、片方はこれで通じると思って教えてるけど、片方は新人だしわからないし伝わらなくて、先輩側の方が、俺こんなに頑張ってるのにイライラみたいな。
自分の教え方を工夫すればいいのかなとかってできたり、自分の仕事に余裕があれば時間かけて教えたりっていうのが多分できるんだけど、本人にも余裕がないし、お伝え方に工夫するっていうことも余裕がないし、
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そうすると大声を出すしかないというか、とりあえず怒ってしまうっていうことになるのかなと思ったんです。
うちの親に関しては、多分生まれたばっかりの子供って、それの連続だと思うんですよ。何で泣いてんのかがわからなかったり、怒ってんのかがわからなかったり。
そういうもんだからしょうがないで、こっちが汲み取るところを、「何なの?言わなきゃいかんないでしょ!」みたいなことになっちゃったり、逆に子供の方から察して、
気使ってほしい、みたいなことを子供はもちろんできないんだけど、それを求めて、「またこれやらないの?」みたいになっちゃう。そういう心理で怒ってたから、こっちからすると理不尽だなって感じていたのかなって、
今日怒鳴ってる際を見て、しみじみ不幸だな、不幸っていうのも違うか、気の毒になって思いました。
他にしているわけじゃないんだけど、怒らなくてもいい考え方があるのに、怒ることで双方不愉快になるじゃないですか。私ももちろんそれを聞いてて不愉快なんですよ。怒鳴るって何にもいいことないと思うんですよね、自分は。
でもそうせざるを得ない状況になるから怒鳴ってるっていうのが、気の毒だなって思いました。
その社員も、怒鳴られている側の新入社員の方も、それぞれの人生だから、タイミングと出会いとで乗り換える時期だから、私がどうしようっていうつもりもないし、部署も違うから、介入するつもりはないんで見守っているっていうか、見てるしかないんですけど。
もし助けてって言われたら、もちろんどっちかをどうにかするんですが、多分男の子だとそういうこともしてこないから、私は見守る立場になると思うんですが。
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しみじみ見てて、不愉快だって思いました。怒鳴り声を聞くのが不愉快。
自分がいっぱいいっぱいな時にうまく伝えられてたのかとか、どうしてたのかっていうと、決して上手なわけでもなくて、私は私でまた別の方向の気の毒になる側になる人間だなと思っていて。
ハードワーカーで仕事を求められたら全部引き受けていた時があったんですが、それはできるからやってたわけじゃなくて、求められるから無理をしてやっていただけなんですけど、それを上司はできるんだっていうふうに認識して、
できる許容範囲以上の仕事を任せられていた時に、これまたちょっとこの子は本当に理解力があれかもっていう感じの子が親友社員として当てがわれて、それもまたあすさんならどうにか大丈夫だろうっていうふうに多分判断されて、もちろん当てがわれたと思うんですけど、
そういうふうにも察するから、なんとかしなきゃっていうふうに、できないっていうふうに言えなかったんですよ。やんなきゃいけないっていう感じになってしまって。
そうすると、例えば物事を1から10まで教えても、1も理解ができないみたいな状況の時に、じゃあこの1をさらに分割して、1から見てあげようとか、なんかそういうふうに、じゃあもっともっとなんとかしてこういうふうにいって、いろんな方法で細かく教え込もうとしてしまって、
しているうちに、ここまで言っても分からないっていうことは、私が悪いんだ、私の方がおかしいんだっていうふうになっていって、ものすごいノエローゼ状態になってしまいました。
これも不幸じゃないですか。気の毒というか。できないものはできないっていうふうに言えばいいだけだったと思うんですけど、この、もう私の下でなければ花が開けたんじゃないかというふうに思って、自分の方を責めていってしまって。
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今となれば、私だけが原因じゃなかったのかもしれないってやっぱり思うんですけど、人と人との交流とか文化って、文化みたいなのって、違いを理解してコミュニケーションを取らないと不幸になるんだなっていうのを感じました。
怒って伝えるっていうこともそうだし、全部自分が悪いっていうふうに唱えることも同じくそうで、相互に理解していく力が相互にないと不毛な関係にしかならないみたいな。
職場であれば、じゃあもういいやって距離取ればいいだけなんですけど、今は思うんですが、子供の頃の親との関係だとそうもいかないから我慢することになってしまって、そうすると自分の文化の中では人間関係とは理不尽なものであるっていう文化になっていて、
これを理不尽を耐えるしかないっていう文化で私は生きてきていて、その他いろんな文化の人が入り乱れている社会だから、通じ合えないことの方が正しいと思うんだけど、
そうとしても過度に主張をしたりとか、過度に責めたりとか、あるいは大声で人を威圧するとか、そういうことじゃない方法って取れるよねっていうふうに今は思います。
あんまり好きな言葉ではないんだけど、ありさわりなくみたいな、程々にみたいな、結局そういうグレーな状態が私は苦手だったんですけど、
でも遠まきに社会を見るとグレーの方こそ正義みたいな、それが一番お互いに傷つかない方法になるから、それが正解のコミュニケーションの取り方なんだろうと思います。