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中学校の時の話をしたいと思います。
中学校1年生の夏ぐらいまでは通ってたんですけど、夏休みに入ると同時に行かなくなりました。
そこから2年生はまるまる行ってなくて、行かなくなった理由なんですけど、
その当時自分の認識では理由不明だったんです。体がとにかく動かなくて起きれないんですよ、行こうとしても。
だから行かなかったっていうただそれだけで、何が嫌とかいじめがあったとかは特になかったです。
強いて言えば、担任の先生があまりにも教師らしくない先生だったっていうところがあります。
自分が行っていた中学校は2つの小学校が合併する形で1つになっていたんですが、
片方の地域は割と普通の子建ての住宅が多いんですけれど、
片方の地域は市営住宅が集中している場所にあって、どちらかというと低所得の家庭の子が多い学校っていう感じで、
それぞれの相性が悪いような感じがありました。
なんとなく雰囲気が肌に合わなかったんですが、
生徒たちがつるんで先生をいじめるっていうようなことがありまして、
弱い先生だと途端に精神を病むんじゃないかなと思います。
自分の担任はまさにそれにやられていて、黒板に何か書こうとして背中を向けた瞬間に全員から雑巾を投げられたりとか、
消しゴム投げられたりとかはして、
偽善としていればいいのにやめなさいって弱々しく叫んだりするけど、
それがまた面白みを誘ってしまって余計にヒートアップするとかいうことがありました。
廊下もいつもうなだれて歩いていて、とぼとぼしょぼしょぼして、
いつも泣いているようなイメージだったんですよ。
その人が私の所属していた部活動の顧問でもあったんです。
演劇部だったんですけれども、いつもしょぼしょぼしているので、
とても見ていて嫌でした。
何かがあったときに言い合いになりまして、私が意見をしましたら、
教師に向かって何ですかって怒られたことがあります。
それで私は、先生って呼ばれたいんだったらもう少ししっかりしてくださいって言い返しました。
だんだんその先生の顔を見るのも嫌になってきて、
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大人であるならばもう少ししっかりと生きるべきなのに、
あんなに弱々しく生徒の前で平気で泣いたりするのが許されるなんてっていう気持ちがあって、
強いて言うならばその先生の顔も見たくないからっていうのが大きかったように思います。
ただ今思い返すと、理由は完全に親からの虐待でありまして、
子供の頃からエネルギーを奪われ続けていて、
それで起き上がれなくなっただけのように思います。
生きる意味がわからない、何でここにいるのかわからない、みたいな状況で
疲弊して起き上がれなくなったんじゃないかなって思うんですが、
その時は自分がそういう虐待を受けているっていう認識が全くなかったので、
そういうふうなことは思いませんでした。
中学校2年生ぐらいの時にかなり自分の中で将来を悲観しまして、
自分の将来を想像した時に、このままだともちろん高校には行けないだろうなって思いましたし、
そうすると就職もできないのかなって想像して、
自分の行動のせいで将来の自分に申し訳ないことをした、
そういうふうに感じて、絶望して死んでしまおうとしたんですけど、死ぬこともできなくて、
自分の勇気のなさに絶望して泣きながら3年後の自分に手紙を書いたということを覚えています。
どういうふうに書いたかっていうと、自分のせいで高校にも行けなくて、さぞ苦しい思いをしているでしょう、
今私が学校に行けないから全て私が悪いです、みたいな、申し訳ありません、ごめんなさい、みたいな、
死ぬ勇気もないです、みたいな感じの内容を書いたんですが、
それを泣きながら書いている時にふと、じゃあ今自分が勉強すればいいんじゃんって、
ストンッと思ってしまったんですよ。
そうすれば自分は高校に行けて、こんなに謝る必要もないし、絶望する必要もないのかと思って、
そこから急に学校に行き始めました。
ちょうど3年生になった頃だったと思うんですが。
で、そこから卒業までは一切無遅刻、無欠席でした。
なんとなく1回でも休んだらそれっきりまた行けなくなるような気がしたから、
力を振り絞っていった感じはあったんですが、
それまでずっと布団の中で丸まっていたのを急に起き上がっていくようになって、
必死で将来の自分に泣いて謝らなくていいように、絶望しなくていいようにっていう気持ちで行っていました。
で、帰ってくると、真剣ゼミを取ってたんですが、
その真剣ゼミの過去の分を全部引っ張り出してきて、
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1年生から2年生の授業を全部復習しました。
赤ペン先生っていうのがあって、テストを送ると先生が丸を押して返送してくれるっていうシステムがあったんですけど、
その赤ペン先生に一言、質問したりできるスペースがあって、
そこにテストとは全く関係ないことを書いたことがあります。
私は1年半学校に行ってませんでした。
でも高校に行きたいから、今一生懸命勉強してます、みたいなことを書いたんですが、
それに対して赤ペン先生が、長い人生ですもの、少しくらい休みたくなることもありますよねって書いてくれたんです。
それを今でもすごく覚えてて、当時はすごく感動しました。
それでもいいんだって思ったんですよね。
避難されるようなことかなって思っていたんですよ、学校に行かないっていうことは。
なぜなら毎日怒鳴られたりしてたからです。
でもその赤ペン先生からすると、休みたくなるもの、休みたくなることもあるもので、
今は行ってるんだから偉いよねっていうことを書いてくれていて、
いいんだっていう風に初めて自分を受け入れてもらったみたいな感覚で、
嬉しくて、またそうやって赤ペン先生に一生懸命せせせせとテストを出していたのを覚えています。
中学校3年生のその1年間で、過去の問題を全部出しました。
同時に3年生の授業を全部受けて、その状態で、だから自分的にはほぼ独学だったと思うんですけど、
高校受験対策をして受かりました。
自分の行ってた中学校っていうのは、先ほども言いましたが、低所得の人たちが多かったので、
そのまんま高校に行かなかった人もかなり多かったです。
中学校卒業してすぐ就職する人っていうのもいました。
あと残念ながら高校落ちたっていう人もたくさんいました。
学力がそんなに高くなかったんだと思います。
なので自分はその時に、学校に行ってなかったけど高校に行けたっていうことから、
学校なんて意味ないんだなっていう風に捉えてしまいました。
学校の意味何?みたいな感じで考えてしまったところがあります。
高校に入ってからは雰囲気が全く変わりまして、
先生に向かって動機を投げる人ももちろんいなかったですし、
生徒の前で泣いてしまうような先生もいなかったです。
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友達もできて、自分で望んだわけではないですが、
生徒会の仕事をするようになってしまったりして、
だいぶ自分の雰囲気も変わって生活ができました。
高校3年間はとっても楽しかったです。
私が就職してからいろんなお客様とお話しさせていただく中で、
その当時自分の学校で教師として働いてた人と会ったことがあります。
その教師いわくものすごく荒れていた学校だったらしいです。
モンスターペアレンツだらけだったということで、
自分の担任だった教師、いつも泣いてた教師は、
その後結局学校に来なくなってしまって、
途中で担任がいなくなっちゃって、
学年主任が担任になったりとかしてたと思うんですが、
私行ってないからよく覚えてないんですけど、
そういう先生が何人かいらっしゃったらしくて、
生徒があまりにもひどすぎて、
その親があまりにもひどすぎて病んじゃう先生がいたっていうことでした。
それから警察官のお客様もいらっしゃって、
自分が小学校ぐらいの時に、
自分の住んでいた地域の管轄の交番に所属してたらしいんですけど、
申し訳ないけど、あの辺はトラブル多かったんだよね。
あそこに所属になるとみんな病んでたんだよねっていう話をされてました。
同じく理由はやっぱり貧困世帯のトラブルが多かった。
それも夫婦関係だったり内縁関係だったりでの
喧嘩の仲裁が多かったらしいんですが、
実は自分自身も母子家庭で育っているんですけど、
母親がしばしばトラブルを起こしては、
近所迷惑なくらいの大喧嘩を始めて、
警察を呼ばれたりということはありました。
周りも片親が多くて、
上履きも変えなくて裸足で歩いている子とかもいました。
あとはもう心病んじゃって、
自分の手に彫刻刀を指している子とかもいましたし、
それは全て小学校の時の話なんですが、
中学校に上がってからはやっぱりバイクに乗って、
バイクで夜な夜な走ってみたりとか、
そのまま校舎に入ってきちゃったりする子とかもいたんですよね。
あんまり仲良くしたくないなって思っていたから、
自分は中学校の時の友達は一人もいないです。
だから高校に行ったら雰囲気が全然違うんで、
すごくホッとしたというところがあります。
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自分がもしあの時手紙を自分に書かなかったら、
ただ将来を悲観して、
もし勇気が出てしまったらあのまま死んでたと思うんですけど、
勇気がなくてしかも手紙を書いてよかったなというふうに思っています。
そこのたった数年の強制でいなければいけない場所にいたことで、
全てを悲観してしまうことっていうのは、
子供のうちはしょうがないと思うんですが、
赤ペン先生みたいな存在であったりとか、
当時布団の中でまるまりながらラジオを聞いていたんですけど、
そのラジオの中の向こうの会ったこともない人の言葉とかが、
それでなんとか繋いでいるみたいなところがあって、
今の時代だとそれがこういうポッドキャストであったりとか、
SNSであったりとかで、
犯罪に巻き込まれてしまうような方もいらっしゃると思うんですけど、
そうじゃない場所もあるはずで、
私はそれの一つがエッセンシャルラジオだと思っているので、
もし今悩んでいる人とか孤独を感じている人が、
一人でも多くエッセンシャルラジオを見つけてくれたらいいのになって、
心から思っています。