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解雇の難しい社員の妄想に巻き込まれ
2025-04-24 16:32

解雇の難しい社員の妄想に巻き込まれ

#精神疾患 をもつ社員から攻撃を受けた時の話です。手帳を持っていると解雇されないと彼女は話していました。

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最近、iPhoneに連動しているメールボックスがやたら重かったり、 受信できなかったり、送信できなかったりということがありまして、
大元のサーバーに確認しましたところ、 受信ボックスが1万件以上になっているとそういう症状が出るので、古いのは消去しましょうというようなことが書いてあって、
確認したら3万件ぐらい溜まったんで、差もあらんと思いまして、 そういえばこのメールって過去どのぐらいから使ってるんだっけって確認したら、一番古いのが2006年ぐらいの
ものでして、あ、そんなにずっと使ってたんだっていう風で、消す前に内容を確認しておりましたら、
一生懸命生きていたなぁ、生きてたんだなぁみたいな過去の自分が出てきて、ちょっと面白かったです。
主に面白フラッシュ動画を友人たちと送りあっていて、本当にくだらない。 ちょっとリンクが貼ってあって飛んだけど全部もうリンク切れで見れやしなかったんですが、
これが面白いよっていうのから記憶を辿るとあれのことかなとか、送ってくる友人たちも大概で、マジでくだらない。
懐かしいなっていう風に見ていたんですけど、その中の一通に例の相談事についてみたいな、
自分が返信したものが残っていて、 その出来事は今でもよく覚えています。
自分はアルバイトのつもりで、
入社したら正社員で採用されていたというような、
不思議な入社形態をとって、中途入社という形で今現在もそこにいるんですけれど、
自分が入社する数ヶ月前に新卒として入社した枠の人たちがいて、
数ヶ月違うけど同期みたいな形でありました。 その中の一人女性に、
私が入社した時にあいつを気をつけろって言われている女性がいまして、
というのにどうも入社してすぐにとある同期の男性を捕まえて、という言い方がされてたんですけど捕まえて、
すぐに授か離婚になった。本当に1ヶ月2ヶ月でそういうことになったらしいんですけども。
で噂では男性の方はその気はなかったんだけど、女性の方がロックオンして、
そういうふうに持っていきたかったからゴムに穴開けてたらしいよ、みたいな噂まで出ている人でした。
私は接点がないんで同期ってはいい、一緒の研修とかも一切なかったですし、部署も全く違かったので、
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全然話したりはなかったんですけれど、ある時、持病のことをねほり、はほり聞かれるっていうような機会があって、
それをあっという間にいろんなところにバラされるっていうことがありましたので、やっぱりこいつは危険だなと思って、ちょっと遠巻きにしていたところがありました。
やたらフレンドリーで、張り付いたような笑顔で話してくるような人でした。
3年ぐらい経った時に、自分は事務員としていた場所から、急に営業職になって別の部署に移動しろというような指示がありました。
しぶしぶ、本当にしぶしぶ、その営業所に行くことになったんですが、その自分の前にいた社員っていうのがその女性でありました。
女性に問題があるためにそこの部署から抜けることになったので、アスさんが代わりにそこに行ってほしいというような形で営業抜擢っていうことだったらしいんですが、それについてその女性はよく思わなかったようです。
自分の場所を取られたっていうような認識になってしまったらしいんですね。
そういう症状が実は前々からあったらしくて、狂言自殺であるとかをほのめかしては、その事務所内の人間をよなよな呼び出して、自分の取り巻きとして使ったりっていうのをそこの事務所で繰り返していたらしいんですね。
その都度、社内にいるはずの旦那は、俺関係ないからとか、俺どうにもできないから構ってやってみたいな態度であったらしくて、その事務所の中でももうその女性は煙たがられていたようなんですよ。
ですが本人としてはそこで可愛がられていて、そこに行ったかったのに、あすさんが私の場所を取ったっていうスタンスでいられまして、脅迫文とかが届くようになったんですね。
私とすると、もともと移動もしたくなければ営業って言われて採用もされていないので、好きでここに来てないのにっていうところもありまして、大変不服でした。
その脅迫文や電話が連日続いたことに対して旦那様の方に文句も言いました。同期でしたし、入社当時からメールアドレスを聞かれて、朝晩おはようおやすみっていうメールが来てたんですよ。
私は当時パートナーもいましたし、その人は全くタイプではなかったので、数ヶ月先に入社している先輩だからっていう理由で無限にすることもできなくて、おはようおやすみを面倒くさくない時だけ返信してたぐらいの立場の人だったんですけど、
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最近あなたの奥さんがおかしいから、こういう行動をやめてほしいので、あなたから言ってもらえませんかっていうお願いをしたら、俺何もできないから悪いんだけど我慢してって言われたんですよ。大変気分が悪かったです。
そのことも女性は脅迫文に触れてまして、うちの旦那を取るなみたいな、取らないよブサイクだしっていう、本当に申し訳ないんですけどタイプではなかったです。
誰もこれに関して触れようとしないでした。総務部の部長にも相談したんですが、俺がクビにできるならとっくにしてるよと怒鳴られました。
なので、部長も大変だなと思いましたが、そうやって怒鳴って、たかが25、6の女性に、俺がどうにかできるんだとは知ってるよって言われたんですけど、
こんな風に感情的になって、俺の不甲斐なさをバラすような立場の人が上司なんだと思って、がっかりしたところもあって、どうにもできねえやと思っていましたところ、
そこに配属になって、本当に2週間とかそこらの間に、脅迫文やら電話やらあって、2週間目ぐらいの時に、女性が押しかけてきたんですね。
自分がいる部署に、私のポストを取った女、討伐みたいな感じで来たんですけど、だいぶ怪しかったです。目がラリっていて、あんなの初めて見たんですけど、焦点が合ってないというか、黒目がぐるぐるぐるぐる常に動いてるんですよ。
上や横や、ぐるんぐるんぐるんって動いていた状態で喋ってるんです。それに関することをどうも友達にメールで相談してたらしくて、
それの報告としての、速攻の一連のことのメールでした。ここからそれを読みたいと思います。
謝れ、謝る気がないのか、謝るってことを知らないのかと、長い間問い詰められ、周りも死因となって助けてくれないので、私が全部悪かったです。もうしません。ごめんなさいって謝りました。
めちゃめちゃ悔しい。私何も悪くないのに。屈辱的だよ。
もう二度と私に関わらないでくれと言ったら、勝ち誇ったようにいいわよ、と言っていたので、今後は脅迫も電話も来ないと思われるけど、
それはそれでこの屈辱とストレスが何だったのかと思って本当に悔しい。謝らないで刺されてればよかったよ。
いろいろ調べてくれてありがとう。職場は誰も助けてくれなかったし、○○や△△が理解してくれることが本当に嬉しいよ。
っていうメールを送っていました。本当に悔しいかっただろうなと思います。理不尽すぎて。ストレスだなって全くその通りに思います。
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でもその時の私はそれをいつまでも相手のせいにしててもしょうがないっていうのをわかってて、
じゃあどうしたらいいかっていうのに消化するしかないっていうのもわかってて、それで人に話していたりしてたんだなってちゃんと正しいやり方をできていたじゃないかと思って、
私は一生懸命生きてたんだなっていうふうに感じました。
このメールの中では誰も助けてくれないっていうふうに表現されていましたが、実際自分の記憶だと私とその女性の間に先輩が、男性の先輩が立ち幅かるように立ってくれて何も言いはしませんでしたが、
もし誘うとしてきたらカバーをみたいな素振りはあったんですよ。
それからそこの部署の上長は、アスさんが謝ったんだから、あなたも謝ったらどうなのっていうふうに最後にボソッと言ってくれたりはしました。
それから当時のパートナーにも相談はしていまして、この時間帯になるとメールや電話が来るっていうのを相談してたら、
その時間に押しかけてくる気がするから、俺外で待ってるからって言って、その日たまたまそっとすぐそばの場所に車を駐車して待っててくれたんですよ、何かあったら呼べって言って。
っていうふうに結構周囲に相談して、周りも何もしてくれないって言ってたけどしてくれてるし、
困ったらちゃんと助けてっていうふうに表現をして助けてもらってるじゃないかと思って、
私はちゃんとしてるじゃないかと、一人ぼっちじゃないじゃないかというふうに思いました。
今はその時の友達と切れたわけじゃないですけど、みんな結婚して子供も生まれてそれぞれの家庭があるので、
あまり仕事がどうとか個人的な相談をとかっていうふうにはする関係ではなくなってしまいましたが、それは年とともに誰でもそうかなというふうに思っています。
だからこうやってSNSで話したりとか、カウンセリングに行ったりとかっていうふうで消化しようとしているんですが、
今も誰も聞いてくれないって思う縁があるけれど、考えてみればこうやって話すことで誰か共感してくれたり、
何かSNSでつぶやけば誰かが反応してくれたりしていて、決して一人ではないよなっていうふうに思いますね。考え方ですよね。
すっかりこのことも記憶としてはあったけど思い返すことは少なくなってきていて、
こんなふうにちゃんと乗り越えようとしてたんだなっていうことをこのメールを読んで思い出せて面白かった。
屈するっていうことはすごく悔しいことで、人にそれをこういうことで屈したよ、悔しかったよっていうこともはばかられると思うんですが、
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ちゃんとこういうふうに打ち明ける勇気が当時私にはあったんですね。
ちゃんと何もできなかったことを無力であったことっていうのを受け入れてたし、ちゃんと口に出して悔しいっていうふうに言ってたっていうことを、
こういうふうに残る形で、メールで話していてくれてよかったなと思います。こうやって今の自分が読んでるから。
話は変わるんですが、長野県に無言館っていうのがあって、これもSNSで繋がった方が教えてくれたところなんですが、
学生のうちに戦争で亡くなってしまった若い人たちの日記とか手紙とか、あとは美術作品なんかが展示してある施設です。
今は多分当時ほど紙に残すっていうことは減ってきていると思うんですが、こうやってパソコンやクラウドに残ってそれをこうやって見たり、
また今はこうやって声に残しているのを後で聞いたりができる。
本当はその当時口に出してはいけないであろう、戦争にはいきたくないよっていうふうに言っている学生の方の思いであるとか、
両親も、年老いた両親も本当ならばもうこのままここにいてほしいって思っている心のうちであるとか、
恋人同士だったり、結婚したばっかりだったり、子供が生まれたばっかりの状況で、
本当に出生していく直前まで絵を描いていた人の話とか、子供を抱いていた人の気持ちとかが書かれていて、
読んでいるとすごく胸が苦しくなってくる、そういう場所です。
何かの形にして残すっていうことが今は、紙から媒体が変わってインターネットになってきているんですが、
このクラウドっていう存在なんかもいつかは風化するものであると思っています。
でも、とりあえずはおそらく自分の目や耳が聞こえているうちは存在すると思うんです。
少なくとも20年近く前のメールが残っている。
そんなサービスが無料であるっていうことにすごくありがたいなと思いつつ、
せめて自分が生きていて年を取って、ベッドの上とかで動けない状態でも、
もし耳が元気だったり、端末を操作できることができるんであれば、
今自分が喋っているのを将来の自分が寝たきりの状態で聞いたりなどして、
一生懸命生きたって、ニヤーってしてるんであればいいなって思います。
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どうですか?未来の自分。
あと残り方が、物を返さなくても、伝聞とか逸話で聞き語りとかで残るっていうこともたくさんあるじゃないですか。
私すごく前から思っていることがあって、
連携の亡きの頃とか、伊達男とか、あと仙台だと仙台志郎っていう人物がいて、
少し知能が遅れている青年がいたらしいんですけど、
その青年が店の窓口に座っているとお客さんがすごく来るっていうんで、
商売の神様っていう扱いをされてる人で、
仙台志郎といえば神様という風な扱いをされてるんですが、
明日のなんとかかんとかみたいな言葉や、まるで明日のようなみたいな言葉が、
私が死んだ後も残ったらいいのになって、
自分の名前が入る勧誘句とか言葉っていうのが残るってすごいことじゃないですか。
そういう風に、紙だとか物とかで残らなくても、
伝説みたいな形で自分の行為や行動が残ったらいいなぁとかって想像しています。
じゃあさようなら
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