ネグレクト/育児放棄/30になるまで自覚がなかった/映画「誰も知らない」是枝裕和監督/1988年にあった実際の事件/大人が誰も知ろうとしない/生活に困窮している人のリアル/29歳までは献身的な娘でした/ここ10年くらいの虐待に関する実際のニュース/困窮してる人はどうしたらいいかわからずにいる/結果子供が犠牲になる/虐待の起こる背景→孤立・知識不足・親自身の被虐経験・経済的困窮・夫婦間DV或いは心理コントロール・社会の冷たさ/旧優生保護法/強制不妊手術/被害者が国に賠償を求める裁判/愛の十万人運動/国が違憲を認め賠償金を支払う/優生思想は悪か/病気を隠したい親心/統合失調症/軽度知的障害/子が健やかに生きる権利はどこに求めればいいか/子どもの被害を未然に防ぐセーフティネット
9月1日問題を受けてCMを使わせていただきました
・エッセンシャルラジオ
(私がアスチャンネルを始めるきっかけになった大好きな番組です。聞いてみてね!)
https://x.gd/s5FT8
・まもろうよこころ
厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/.
・こころの健康第一統一ダイヤル
0570-064-556
感想
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アスチャンネルのアスです。今日は、アスチャンネルっていう配信を始めた時に、いずれは話そう、話したいと思ってたことを話したいと思います。
ノートを始めた時にも、いつかはこのテーマをって思いながら、なかなか勇気を持てなくて、テーマにできずにいました。
で、アスチャンネルをやってた時も、結局その話題を出せずに終わってしまいました。
今、改めて話していいやって思うようになったので、話してみたいと思います。
自分が子供の頃に親からネグレクトをされていたっていうテーマなんですけれども、
育児放棄を英語で言ってネグレクトというふうに言いますが、
自分がだいたい8歳、9歳、10歳ぐらいの頃に、しばしば親が家に帰ってこなくなった時期があって、
自分はその時の記憶がかなり鮮明に残っていて、ずっと心の闇になっているところがあります。
ただ驚くかもしれないんですけど、29歳ぐらいまでそれを自分の生きづらさの原因だとは思っていなかったです。
わかりやすく言いますと、映画で誰も知らないっていう映画があるんですけれども、ご存知でしょうか。
堀枝博一さんっていう映画監督が2004年に発表された作品です。
有名な映画だと他に、そして父になるっていう福山和佐春主演の映画とか、
あと万引家族っていうリリー・フランキーさんが出てるやつなんかが有名だと思います。
この映画2004年に発表された時、私は映画が好きだったので見に行ったんですけども、
感想としては、なんて気の毒な家族もいたもんだなぁぐらいで、全然自分に重ならなかったんです。
で、29歳ぐらいになってから改めて見た時に、あまりにも自分の子供の頃の描写にそっくりすぎて、
どうしてそれを4、5年前に見た時に分からなかったんだろうっていうことが衝撃でした。
洗脳みたいなところがあるのかもしれないんですが、母親は絶対であって何も悪くなくて、
全てに何か間違いがあるとしたら、自分の行いと考え方が悪いっていうふうに思い込んで生きていたというふうに思わざるを得なかったです。
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それは自分が体感した時すごく不思議な感覚でした。
どうしてこんな状況、この映画に描かれていることが本当にエアルで、
お母さん役の優さんのセリフであるとか、お部屋の状況、汚くなっていくんですけど、
そういう状態が本当にそっくりすぎて、それを見せつけられているのにどうして自分ごとに捉えられなかったんだろうっていうことがすごく面白く不思議な体験でした。
この誰も知らないっていう映画なんですけれども、1988年に実際にあった事件がモチーフにされています。
これは東京都豊島区であった菅野子供置き去り事件という名前で検索すると出てくると思います。
1973年生まれの長男、男の子が、その後次々に生まれていく妹と弟を抱えた状態で母親から育児放棄をされて、
その末に一人子供が亡くなってしまって、それを近所の方に通報されて発覚するというような概要の事件だったんですが、
どうして発覚したかというのは、子供が亡くなったことがわかったからではなくて、
そのお部屋に不良が溜まり場として集まっているから、警察に介入してほしいというふうに大谷さんが頼んで、それで通報を受けて調べたところ、
生まれて間もなく亡くなった乳児の遺体が発見されて、そこからもう一人亡くなって雑木林に埋められているという長男の証言を元に探したところ、遺体も発見されたので大事になって、
母親はどこにいるんだということで、育児放棄していた母親が逮捕されるということになったんですが、
これをモチーフにされた誰も知らないというタイトルの映画の方では若干姉妹兄弟の構成が違ったりなどはしているんですけれども、
ほぼ同じような状況で描かれているんじゃないかなというふうに思います。
これ発覚したのが1988年ぐらいで、ちょうど自分が育児放棄されていた時期に重なっています。
ちょうどバブル期みたいな感じで、日本はすごく元気な時期だったと思います。
この監督の小枝さんというのは、もともとドキュメンタリーディレクターをされている方で、
私が小学校、高学年から中学生にかけて、よく深夜のドキュメンタリー番組を見ていて、
将来はそういう番組のディレクターになりたいと強く思っていた時期があったんです。
それでそういう仕事を実際にされている人という印象で、その人がもともと生活保護の話題とか福祉をテーマにしたディレクター番組を制作していて、
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映画監督になったということで、この誰も知らないという映画を見に行きました。
この4人の保護された子どもたちなんですけど、いずれも出生届は出されていなくて、映画の中でも誰も学校には行かせてもらえていません。
周りの大人は、先ほどこの映画がとてもリアルだという話をしたんですけど、
リアルな描写その1としては、この長男が置いていかれて他の子どもの面倒を見ているんですけど、
お金だけを送ってきてしばらく帰ってこないとか、たまに様子を見に来るけどまたいなくなるということを繰り返されるうちに、
これじゃ困るとお金が足りないということを文句を言ったりするんですが、いつになったら帰ってくるのとか、
なんでずっと外にいるのっていうことをちょっと反抗するんですけれど、それに対してお母さん役の優さんが、
じゃあどうしたらいいっていうのよと逆切れをするんですけど、しかも本当に子どもっぽく怒るんです。
じゃあどうしたらいいっていうのか言ってご覧なさいよというふうに言い返すんですけど、あまりにもそっくりというか、
私の母もそんなようなことをそのままそっくりによく返してきて話にならないというか、
もうそれを言われてしまうと何も返せなくなるっていうような状況はよくあったので、その優さんの演技を見たときに、
わかるわーっていうふうにすごく思って、リアルだーって思いました。
それから不良の溜まり場になっているっていうその描写、映画の中でも一時近所の少年たちがやってきて、
ゲームをしたりとかして遊ぶっていうシーンがあるんですけど、実際自分もそういうふうになっていた時がありまして、
自分が多分まだ小学校低学年ぐらいの時だったと思うんですが、
一時期兄の友達が大人数を押しかけてはテレビゲームをする場所というふうになっていた時がありました。
で、その時すでに母親がほとんど戻ってこなくなっていたりして、部屋が荒れていたので台所がですね、ものすごい惨状になっていたんですよ。
作ったまんまという感じで、小学校低学年と中学年の兄弟が住んでいるので、むちゃくちゃのまんまになっていて、
その状態を見た別のうちの子どもが、そんな状態見たことない子どもたちばかりだと思うのでびっくりして、
その子たちが台所の掃除をしてくれたりっていうことも覚えています。
とか、何日も置かれている食べ物をお腹が空いたからってその子たちが食べちゃって、お腹を壊したりとかっていうこともありました。
で、なんかそれを、なんだろう、子どもってそういうのを笑い飛ばすみたいなところがあって、
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それを大人が見たらなんて痛ましいって思うのかもしれないですけど、自分はその状況がに救われていたというか、
それをみじめだとかむなしいとかはその時は思っていなくて、そういうもんだなというふうに感じていたように思います。
で、あともう一つリアルなところなんですけど、映画の中では最終的に水も止まってしまって、服もないのでボロボロで穴が空いた状態で、
そのボロボロの服のまんま近所の公園にみんなで水を汲みに行くというようなシーンがあるんですが、
その頃になるともう誰も遊びになんてもちろん来ないですね。悲惨な状態になっているんですけど、
自分の時も電気が止まりガスが止まりってなると誰も来なかったです。
悲惨なんですよ、本当に家の状態が。そこがすごくリアルだなと思って。
それから、誰も知らないっていうタイトルなんですけど、これもリアルというか、誰も知らないっていうのはその惨状を大人が誰も知ろうとしないという意味にあるなって私は読んでいて、
映画の中にも近所の人とか、あとコンビニの人とか、コンビニからですね余った賞味期限切れのお弁当をもらったりなんかして食いつないでいるんですけど、
あと引っ越してきた時に一応挨拶に行った時に、こんにちはと挨拶をしているので子供がいるはずだっていうことを知っているはずの隣の人であるとかが、
状況に気づいているはずだと思うんですけど、介入しようとしてこない。映画の中では唯一中学生の女の子が、
その状況をかわいそうだと思って近づいてきてくれて、お金を渡そうとしたりとかなんとか助けてあげようとしてくれるんですけど、
大人じゃないから何の解決にも至れないんですよ。自分の時も服を着替えることができなくなったりとか、
ガスが止まっているとお風呂にも入れなくて、みなりがどんどん酷くなっていく中で学校の先生とか、
あと近所の人とか、ピアノ通ってたので、ピアノ先生なんかもよく手が赤切れになっているのを見て、どうしてっていうふうにしばしば聞いてはきたけれど、
親に何かをただすとかはしていなかったですし、人の家庭のことに介入しようとする大人がいないから結果誰も知らないっていうことで、もうタイトル自体もあまりにリアルだなと思って、
この小麗田さんが作っている映画っていうのは、どれもこういった生活に困窮している人のテーマが多いんですけど、それぞれとてもリアルに描かれてて、
さすがドキュメンタリー番組を作ろうとして、そういった当事者を見てきた人の目だなというふうに感じています。
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そして父になるの中の子供のセリフとか、すごいなというふうに思っています。
そこのシーンはアドリブで撮った、子供の本当の反応を撮ったっていうシーンがあって、そこのシーンだけ見たくて何回も見返したりしています。
29歳の時に、誰も知らないっていう映画を見直して印象が変わったというふうに言ったんですけれども、
このカウンセリングに行った時っていうのは、親のことを相談しに行ったわけではなくて、そこまではうちの母は素晴らしい人であるというような考え方をしていたので、
すごく親孝行でしたし、母のことはすごく大切にしていました。もちろん給料が入ったらそれで
毎月仕送りをしていたし、旅行に連れて行ったりとか、食事に連れて行ったりとか、母の日とか、誕生日には必ずプレゼントを渡していたりしていて、
素晴らしい献身的な娘だったと思うんです。カウンセリングに行った理由は、職場でうまくいかない、人間関係に悩んでいたということとか、
何人かを付き合いした人と同じパターンで別れているということで、自分に何か原因があるんじゃないかということを相談したくて行ったんです。
そうしたら、その原因は母親との関係にあるということを指摘されて、それで初めて自分の子供時代って普通じゃないんだっていうことを知ったんです。
これ、そんなことあるかなって思うかもしれないんですけど、本当にそうだったんですよ。
自分は映画を見た時の感想としても、こんなかわいそうな家族、子供いるんだって思ったぐらいに、
自分にこういう状況、そっくりな状況があったことを現実視していなかったんだと思います。
だから、このカウンセリングを受けてから見た時に印象が変わったというか、やっと現実を見れるようになったということなんじゃないかなというふうに思います。
ネグレクトされてたっていう、自覚がなかったっていうことですね。
このカウンセリングをきっかけに、虐待に関するニュースを気にしてみるようになりました。
ここ10年ぐらいの記憶に残っている虐待に関するニュースなんですけど、
聞くのが苦手な人は飛ばしてもらった方がいいかと思いますが、
正座をさせられている写真があまりにもムゴくて印象に残っている、
2016年の狭間市3歳女児同居に虐待事件って言われているものなんですが、
日頃から虐待は続けていたんですが、結果的には冷水をかけて浴室で放置して、
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翌日排血症で亡くなったという女の子の事件なんですけど、
口に布を突っ込んでテープで固定したりだとか、両手を後ろに縛ってみたりだとか、
あと首に軟禁状付きの鎖を巻き付けて押し入れに固定するだとかっていうような虐待を
日々行っていて、その上で亡くなってしまったという事件だったと思います。
もう一つは2018年の東京都目黒区5歳女児虐待死事件というもので、
これも両夫から度重なる虐待の末、亡くなった事件だったんですけど、
ノートの記述があまりにも痛ましくて、記憶に残っている方も多いかもしれないです。
もうお願い許して、許してください、お願いしますって書いてあったメモが見つかって、
これは母親もこの両夫、男にコントロールをされていたという記述があって、
何度か子供が虐待をされている時に、警察署に保護されているみたいなんですけれども、
その時に母親が私も一緒に保護してくださいってお願いをしたんだけれども、
体にあざがあるかどうかを聞かれて、あざはないですと言ったら、
じゃあ連れて行けませんと答えられたので、体にあざがないとDVにはならないんだというふうに認識してしまって、
自分がコントロールされているという自覚を持てないままにエスカレートしていってしまったんじゃないかっていうような、
これは何かの記事だったので事実じゃないかもしれないんですけど、そういう見解が書かれていました。
自体を正しく見れるかどうかっていう能力って必要ですよね。
それは自分もそうだったからそう思うんですけど、母親はとっても素敵な人だと思い込んでいて、
自分にそっくりな映画を見てもかわいそうだなぁぐらいしか思わなかったっていう自分がそうであったように、
それはDVっていうものだったんだよっていうふうに言われて初めてそのなんだっていうふうに自覚をするようなところがあって、
もしそこで母親が知識とか経験とか、あと周りに相談できる人とかがいて、それはおかしいんじゃないって言ってくれていたら、
両夫の行動を止めたりとか、私はDV被害に遭っていますっていうふうに正しく伝えられて保護されていたりとかして、
この子供の命も助かったんじゃないんだろうかというふうに考えてしまいます。
もう一つは千葉県の船橋市で、産んだ子供を自宅の窓から投げ捨てたっていう事件がありました。
私はこれすごく印象に残っていて、こういう産んだばっかりの子供をすぐ捨てるっていう事件はたびたびあります。
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ニュースを検索するといっぱい出てくるんですが、これこそ孤立した女性のいく末というか、どうしたらいいかわかんない。
結果捨てる、子供は死ぬっていう状況がそっちこっちで起こっているんですよ。
孤立出産っていう典型的な例だそうなんですけど、誰にも言えなかったり、相談する場所がわからなかったり、どうしたらいいかわからなかったりっていうことで捨てるっていう
短絡的な行動に走ってしまうっていうことです。
それからこれは、自分が実際に会った出来事なんですけど、1年ぐらい前なんですが、職場の人に誘われて付き合いでですね、接待飲みみたいなやつだったんですけど、
スナックに連れて行かれたことがあったんですよ。すごく狭いボックス1個とカウンター5席ぐらいの小さなスナックだったんですが、
私は小さい頃母親がそういう感じのスナックを経営していたんで、子供の頃からそういうところにわしばしば連れて行かれていて、
慣れていると言ったら変ですけれども、ちょっと懐かしいというか、嫌な記憶も戻ってくるけど懐かしいなっていう感覚がしたんです、そこに入った時。
それを話したら、そこのカウンターの女の子が、店長さんと男性客が席を外した隙に悩み相談みたいなのをされたんですよ。
その女性はシングルマザーで小さな子供が家にいるんだけど、お客さんである男性がその子供を見てくれてるから、こうして働いてるんですって言うんです。
だけど本当はもうその人と別れたいんだけど、働かないと食べていけないし、子供を育てることができないから、どうしたらいいかわかんないっていうふうに言うんです。
そもそもその男性が子供を見ておいてやるから、夜働きに行ってこいっていうこと自体がおかしいから、もし一緒に住んでくれているんであれば、本当に頼りたいんであれば、
その男性が働きに行ってもらって、自分は日中パートに出るとかでなんとかならないのかっていう話をしたんですけど、怖くて言い出せないって言うんですよ。
それは怖いっていうのはおかしい、何かがあるっていうことだからおかしいんで、どうして何がっていうふうには聞かなかったんですけど、もし本当に子供が大切に思うんだったらここに行ってくださいっていうふうに死の期間を教えました。
それは仙台の話になっちゃうんですけど、仙台駅前に会えるっていうビルがあって、そこの28階と29階にエルソーラ仙台っていう施設があるんですよ。
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もしその仙台に住んでる人で困っている女性がいたら、ぜひそこに行ってください。
女性で困窮している人、困っている人を助けてくれる場所なんですけれども、何も知らずにただ行ってもらっていいので、そこにどうしたらいいかわからないときにここに来いって言われたんで来ましたって言えば、絶対助けてくれるはずです。
そこは市から指定を受けた財団が運営している施設で、女性が働くことに困ってたりとか、それこそシングルマザーだったりとか、悩み相談のあてがどうしたらいいかわからないとかいう人がいた場合にアドバイスをしてくれる場所なんですけど、
私は実際にそこを利用したりしたことがありまして、キッズスペースが広く取られてたりとか、その問題に関する小さな図書館みたいなスペースがあって、書籍がかなり充実していて、それを無料で全部読めるっていうだけでも素晴らしい場所なんじゃないかなというふうに感じています。
それから子供用のおむつとか、女性用のおせり用ナプキンとか、あと生活用品ですね、ティッシュとかラップとかを配っている時もあるようでした。
その後しばらく経ってからまたそのスナックに行く機会があったんですけど、その方は辞めていたので、私がぜひここに行ってくださいって言った場所に行ってくれたのかどうかわかんないですけど、なぜ辞めてしまったのかも聞かなかったですけど、うまいこと言ってたらいいんだけどなというふうに思います。
その方はちゃんとメモも取っていたので、素直にただ言ってくれてたら、子供の命が何かされてるとも聞いてないですけど、より生活しやすい環境で生活してくれてたらいいんだけどなというふうには思いました。
こんなふうに自分の状況がわかっていないで、でもどうしたらいいかわかんないから現状維持してる人っていうのは多いと思うんですよ。その結果で子供が犠牲になるっていうことですよね。
その虐待っていうのが親の人格の問題の他にいろんな背景があって、一つ孤立してる、相談先がないっていうこと。あと一つは知識や経験が少ないっていうこと。
例えば知識っていうのでも、もし引っ越してきたばっかりだとか、就職口がなくて転居してきたんだけど、そういうところでは誰に相談したらいいかわかんないとか、友達が少なくてまだいなくてっていうのがあるかもしれないですね。
あとはその子を産んだ親自身の飛躍経験、トラウマっていうのがあると思うんですけど、もし自分がそれと気づかずに子供を産んでたら多分どっかで子供をいじめてたと思うんです。しかも自覚なくそういう行動をしていたと思うんです。
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あとは経済的困窮。お金ないと本当に何もできない。これは私は痛いほどわかるんですよ。お金がないと暮らせてはいてもこの先どうなるかわかんないからっていうことで、すごく心が狭くなるというか視野が狭くなるんです。
自分は20代までは極貧で生活をしていて、なんとかかんとかやってましたみたいなぐらい感じで暮らしていたので、すごくこのお金がないっていう問題はいろんな譜を生むなっていうふうに思っています。
あとは夫婦関係のDV。どんなに外見から仲良さそうに見えても暴力を受けていたり暴力がなくても心理的にコントロールされていることに気づいていないっていう状態の夫婦の子供は心理的負担は大きいと思います。
で、あと社会の冷たさですね。最初に話した誰も知らないという映画に描かれてた通りなんですけど、人の家庭に介入すべきじゃないっていうしょうがないんですけれどもそういう風潮があって、どうしても私も目の前でもしビンタされている子供がいても何もできないかもしれないです。どうしてあげたらいいのかわかんない。
それがしょうがないと思いつつ、子供の時の自分に誰かそこで介入してくれたらって思うともう少しなんとかならないもんかなと思うところはあります。
これ今お話ししたネグレクトということの原因になるんじゃないかなって思ってずっと注目していたことがあるんです。それは旧郵政法法っていう昔あった法律、憲法のことなんですけど、これが1948年から1996年まであった法律だったんですけど、
なんでこれを私がずっと見ていたかっていうと、二つ理由があって、一つは2018年に宮城県に住んでいる女性が代表として裁判を起こしたから気にして見ていました。
二つ目がその弁護団の中の一人が天文台の同好会の方だったんですよ。ニュースで名前を見たときに毎週行っている天文台の天の川とかを撮った写真のパネルとか、
あとですね、展示の中の一部の写真に誰が撮ったかっていう名前が出てくるんですけど、すごくきれいな写真を撮る人いるなと思って見てた人の名前がその弁護団の代表の一人だったんです。
なのですごく身近な人が携わっているなと思ってニュースに出てくるたんびにその裁判を追っていました。
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旧郵政方法というのが何なのかなんですけど、これはインターネットで調べたものをただそのまま読みますが、不良な子孫の出生防止や母体保護を名目に、遺伝性疾患や障害のある人への強制不妊手術などを定めた法律というふうにあります。
遺伝性とされていた精神障害とか知的障害、身体障害などを理由に本人や配偶者の同意がなくても優生手術を強制する。優生手術というのは不妊手術のことです。子供は産めないようにするということです。
これが先ほどお伝えしたように2018年に宮城県在住の60代の女性が国を相手に全国で初めて裁判を起こした。仙台地方裁判所で行われたんですけど、これなんでかっていうのも知らなかったので今回確認して知ったんですが、
宮城県というのはかつて愛の10万人運動という権を挙げた政策を行っていたそうです。これちょっと調べると恐ろしすぎて、そういう背景もあったんだということでちょっとびっくりしたんですけど、要は優生手術を積極的に押し進めた過去があったそうです。
よって強制不妊手術をさせられた人の被害が全国で2番目に多くてだいたい1400人ぐらいいたそうです。知らなかったです。それでその被害者の一人が立ち上がったということですね。
そのまま裁判が続いていって、2024年の7月に最高裁判所で旧優生保護法個人の尊厳を一時的判し違法である違憲であると判断し、国の賠償責任を認めたということで、賠償金も支払われることになったということで確定したんです。
ちなみにこの優生保護法的な法律っていうのはもちろん他の国にもあったんですが、1970年頃までは廃止をされていたそうです。日本は一方50年も存続していたっていうことで珍しい国になるんです。
理由なんですけど戦後の食糧難と一方人口が増加したベビームームがあったっていうことで、量よりも質を取ろうとしたっていうことがあったみたいです。障害がある人は社会の負担だとか、生まれない方が本人も幸せだっていう偏見が強くあって、この優生思想が社会全体の常識だっていうふうに深く根付いていたっていうふうに。
これもインターネットでの見解なので、実際にその当時そうだったのかわかんないですが、そうかもしれないっていうふうに思います。
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あとは被害者が知的障害とか精神障害のある人だったので、もしくは未成年の子供のうちに盲腸の手術だよって言われて騙されて手術を受けさせられていたので、自分がそういう状況にあるっていうことに気づいていなかったということで、訴える人がいなかったっていうことが理由だったようです。
ひどいのかな、ひどい法律かなと思うけれども、さっき私が偏見というか、社会全体の常識をそういうこともあるかなって思ったっていうのは、今でもお腹の中の子供に障害があるっていうことがわかった場合、統計では9割ぐらいのカップルが忠誠を選ぶっていうふうな変化があって、
自分ももしそうだったらそうするんじゃないかなって思うから、本当にそういった思想が、優先思想がないかって言われると、そんなことないよなって思うんですよね。
私が言いたかったことなんですけど、ずっと言いたかったけど怖くて言えなかったっていうことになるんですけど、この裁判の結果が2024年に出た時にすごくショックで、それを誰にも言えなかったんですよ。
国が決めたことだから、国の全体、国が決めたっていうことは国民が国民の総意だっていうふうに思ったからなんですけど、国が被虐児を生み出す可能性を認めてしまったっていうふうに感じたんです。
国すら虐待された子どもの被害を知らんぷりなんだっていうふうに捉えたんです。これ意味がわからないと思います。一般的な人は。
ただ私はどうしてもそう感じました。だからこそこの裁判を追っていたんです。どうなるんだろうっていうふうに。
理由なんですが、これはまず一つに父が統合失調症だったんです。自分の父親は私が生後間もなくに離婚しているので、私は一度も会ったことがないんですけど、
離婚の原因は統合失調症の症状がひどかったから一緒に暮らせなくなったっていうことにあったようです。
母はその病気を持っているってことを知らされずに結婚をしていたそうで、症状が出た時に父の実家の方に伝えたところ、やっぱダメだったかっていうふうに言われたっていうことを言っていました。
要は隠して結婚をして、その後やっぱり症状が出たからダメだったんだねっていうふうに言われたっていうことだと思うんですが、
隠すっていうこと自体がやはり、親心とすれば正常に結婚して子供を産んでほしいっていう気持ちもあったんでしょうし、
家庭内に病気の者がいるっていうものが外に知られるとお夢があるっていうことで、どうしても隠したかったんじゃないかなって思うんですが、
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あと私知らなくてさっきびっくりしていた通り、仙台では愛の10万人運動っていうのが県を挙げて政策として行っていたっていうことなので、
バレたもんなら否認手術を受けさせてもらわれてしまうんじゃないかっていう懸念ももしかしたらあったのかもしれないですね。
わかりませんが、想像ですけれども。ただ年代的にはぴったりなので、そういうこともあったのかもしれません。
もう一つ理由としてですが、母が軽度知的障害の可能性があるっていうことです。
これは事実ではないので、そうなんじゃないかっていうカンセラーの見立てなので、真実ではないかもしれないんですけれども、
だったんではないかっていう行動の原因をさぶっていくとすごくそうなんじゃないかなって私自身も納得のいくところがあって、
軽度知的障害っていうのは、知的障害と正常範囲のちょうど間のギリギリのところなので、
通常の生活はできるんだけれども、人の心がわからなかったりとか、計算が苦手だったりとか、生活することに難をきたすような状態で暮らしている人たちのことで多くいらっしゃるはずなんですけど、
多分今の時代だとそこを救済してくれるような政策も整っていると思うんですけど、多分母の若かりし頃っていうのはそういうのはなかったと思います。
とにかく早く結婚して子供を産んで一人前になれっていうようなことしか世間は望んでいなかったはずなので、
母はいやいや子供を産んで育てざるを得なかったし、一度結婚したなら離婚なんてはしてはいけないっていう風潮があったり、ましてや実家に戻ってはいけないっていう風潮もおそらくあったと思います。
だけれどもそういう状態で誰にも助けを求められずに暮らさざるを得なかった、旦那は病気で働けなくなってしまった、離婚することになってしまったってなると、
さっきお話ししたその絶対に至る理由いくつかの中の孤立、そして知識不足、そして経済的困窮、あと社会の冷たさ、これに多く該当していて、
子供に気が回らなくなってネグレットに至るのもしょうがないよなっていう風に考えてしまうんです。
で、そうなると私が社会的な背景の中で統合失調症と軽度知的障害の両親から生まれてきて、そしてネグレットという被害をこむった。
で、私はそれを29歳になるまで私が悪かったからだという風に思っていました。
こんなことがあったっていうのを言っても、親は大切にしましょう。
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親が子供を愛さないなんてありえないんですよっていう風にみんなが言ったからです。
で、私はそれを素直にそうだよなって思うわけなので、なおさら母がしてくれたのは一生懸命私を育ててくれたゆえの愛の無知だみたいに考えてしまったんですよ。
で、国がその状況を認めてしまうと、そこで生まれてきた子供の被害っていうのはしょうがないことですよって言われたように感じてしまうんです。
そうでなければ、仮に統合失調症と軽度知的障害の2人が子供を産んで働けなくなったりとか、知識不足で子供が辛い目に遭っているのをわかったら、あるいはそうなる前に国が救済してほしかった、救済する制度を作ってほしいっていう風に思うんです。
最初の方で挙げた虐待児たちの例のことでもそうなんですけど、国や行政が適切に動いてたら救われてた命もあったと思います。
けれども、うまくいかなくって亡くなることに至ってしまったっていう命がたくさんあったと思うんです。
私が例に挙げただけじゃなくて、毎年数十人の子供たちが被害に遭って亡くなっているんです。
また、明るみに出ていない事件っていうのもたくさんあると思うので、それだけじゃないはずなんです。
誰もが自由に子供を産んで育てていいっていう風に歌うのであれば、その子供が成人するまで国が見守ってほしいっていう風に思ってしまうんです。
国がそのような出産を認めるんであれば、そういうセーフティーネットをしっかり敷くことをしてから認めてほしいっていう風に思ってしまいました。
でもこれって一般的に主張していいことなのかなっていう風に思うんですよ。
なので怖くて言えずに言いました。
だけどシングルマザーって実際私がスナックで出会った女性もそうですけど、どうしたらいいかわからないんだと思うんです。
私の母もそうだったと思います。
どうしてもあんまり良くない男性にすがるしかないんだと思います。
それを嫌だなって思ってる人もいると思うんですけど、もうそれでいいやって思ってる人もいると思います。
そうなるとその人自身が助けてって言って助けてあげられることもできないですよね。
もう本人がいいって思っちゃってるから。
だけどその子供はどうなるんでしょう。
その子供の健やかに育つっていう人権って誰が守ってくれるんだろうって思うんです。
その親次第で辛い思いをすることを強いられてる子供たちってどこに救いを求めて生きていったらいいんでしょう。
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っていう風に子供の頃の自分がずっと怒ってるっていうか、この生きどころ通りって誰にぶつけたらいいのっていう風に怒ってるんですよ。
なのでこの裁判の結果が出た時にうわーって思いました。
でもこれを人に説明するのが難しくてずっと抱えていたので、
このアスチャンネルは自分の中では自由に話せる場所、唯一の場所だからやっと話せてほっとしたっていう感じです。
そういうことで聞いていただいてありがとうございました。ではまた。
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