自分軸と自分を大切にすることへの探求
皆さんこんにちは、あそびやさんのばばさくらです。 私はこのところずーっとずーっとずーっと
自分軸って何だろう、自分を大事にするって何だろうっていうことを、その答えをね、ずーっと探していました。
なかなかっていうか、全然その答えが見つからなくて、皆目、見当をつかない。
なんていうのかな、全然、こう、それに対して前進できないというか、一歩も進まない。その答えを見つけようと思っても、なんか一歩も進まないような感じがしてたんですけども、
最近いろんなことがちょっとつながって、私の中で。 なんかこう、
少し、 少し何かが見えそうな感じがしてきたので、ちょっと
それについてお話ししてみようかなって思います。
「ありのまま」への気づき
自分を大事にすること っていうのは
うーんと
めぐりめぐって、本当に月並みな言葉になっちゃうんですけども、自分のままでいられる、自分のありのままでいられるっていうことなんだなぁって、
最近思っています。 そんなありふれた言葉、もうずーっと、あのー
いろんな人が言っているのを聞いてたし、 全然新しい言葉じゃないんだけど、だけど自分の中で
ああ、やっぱりそこにたどり着くんだなぁって、こう 感覚として
あのちょっとね、うっすら見えたような気がしました。 で、この
朝の感情観察とその解釈
この 自分のままでいるっていうこと
自分 自分のままでいるっていうことをどうやって始めたらいいのかなーって全然わかんなくて
最初に 朝起きた時の自分の
気持ちが 重いか軽いか
そんなところから自分を観察してみました。 自分が
どう思っているかとか何がしたいかとか、そんな難しいことはもう最初全然わかんなくて
なんかそうするとちょっと理屈っぽくなっちゃうところもあるし、そうじゃなくて自分を感じるっていう意味で
まず朝起きた時に 重いのか軽いのか
っていうことを毎日意識して観察してみました。 そうすると遊び屋さんやってた時なんかは
ずっとそうだったんですけども朝パッて目が覚めて でよし今日はあれやろうこれやろう
遊び屋さんの準備しようとかご飯作ろうとか なんか飛び起きるっていうのかななんかよしって
やる気みたいな感じでやる気が 朝起きた瞬間からあるっていう感じで動き出す
っていうことが割と私の中の普通になってたんですけども だけどある時からそうじゃない日もある
いやーもう朝かもっと寝ていたかったなぁみたいな風に思う日が出てきた時があって その時に私はすごく自分で不安になって
あれ私ダメになっちゃったのかなぁみたいなやる気なくなっちゃったのかな 重くなっちゃったのかなって
不安になったんですよね
その今日は 重いかな今日は軽いかなっていうことを
自分そういう自分朝の自分を観察するようになったんですけども その観察を続けていたら
なんかすぐに
ちょっと違うなっていうことに気づいてやっぱりなんか頭の中でああかなこうかなって あのただ空想しているのと実際に自分を観察
自分の気持ちがどうなのかっていうのを観察し始めるっていうのは全然違くて そうやって自分の
ことに 目を向けるとすぐに次の答えが小さな答えが示されるんだなぁって思ったんですけど
その小さな答えは
例えばその朝パッと起きる朝があったとして必ずしもそれが軽くて
で逆に あーもう朝かもう朝だ
もうちょっと寝ていたかったなっていう 朝が必ずしも重いということではないっていうことにまず気づいたんですよね
そうなると例えばパッと起きる朝 の気持ちの中に
本当にあれやりたいなってやって飛び起きる
時もあればあれやらなきゃって飛び起きる朝もある その辺は自分の中でも
区別がすごく難しくって見極めが難しくって
うーん たぶんはっきり線引きできないものなのかもしれないんだけど
その あれやりたいなって
起きるのとあれやらなきゃって起きるのはとても似ているけれどもすごく違うことで で逆に
もう朝かーって思う朝がダメかっていうと全然そうじゃなくて素直にもうちょっと休息したいなーって
思えている っていう意味ではリラックスしているっていうことも言えるし
本当に現実に 目を向けたくなくて
重たくなっている ちょっと言えばプレッシャーのある仕事の日に
やだなーって思ってたりとかそういうこともあるし
その一概には言えないなーっていうふうに気づきました これは結構私の中で大きな発見で
なんかやっぱりちゃんと目を向けると 答えがすぐに示されるっていう
面白さを
知ったというか再確認 しました
他者批判と自己理解
でちょっと話がずれるんですけども私は人に対して嫌だなーって思う瞬間が
時々あって でそれが自分が何に反応しているのか
わかんないなーってよくわかんなかったんですけども それをしながら思ったことは
物事を見る時に すんごい大雑把な
なんていうのかな 大雑把にものを見て判断する
人を見たりそういう話を聞いたりすると ちょっと嫌だなーって
思うんだなーってことに気づきました それは
やっぱ自分ができていなかったから人に対しても そう
思うんだなーっていうことに気がついてこれがまたね めちゃくちゃめちゃくちゃ大きな発見目から鱗の
発見自分 自分ってそうだったんだっていう
発見になったんですよね 例えば最近嫌だなーって思ったことは
なんか 発達の検査を受けた子がいてでその子が
うーんと例えば質問されてから 答えるまでの時間が標準の子よりも遅い
だから
ブーバー
なんていうのが発達がゆっくりみたいに言われたって言ってて でそれ聞いてなんかちょっとイラッとしちゃって
私は その
あまり考えない子ほど返事が早いのかなーって思っていて よく考える子いろんな可能性とかいろんな背景を考えることで一瞬返事が遅いっていう
か 別にそれは頭の回転が悪いんじゃなくてむしろいろんなことを考えているんじゃない
かなーって思ったんですよねそれで ちょっとイラッとしたりとか
あとどういうことにイラッとするかな
ブーバー
例えば自分自分だって物事に 迷ったりとか決断するのに時間がかかったりとかするくせに人に対しては
あの あの人は
8 なんか
決めるのが遅いって言ったりとか 自分の中にもあるのに自分の中にも十分に存在することなのに
人に対してあれはダメだって言ったりとか そういうのはすっごい嫌なんですよね
全部 自分の中にも持っていること
人の中に相手の中に見えることっていうのは自分の中にも 絶対にあること自分の中にあるから
そこに見えているわけでそれを自分の中にもあるっていうことに気づかず気づかずにっていうか
わからずに人に対して 意見するみたいなことを聞くのもすっごい嫌で本当に嫌な気持ちになっちゃうんですよね
でそれって 結局私が自分自身の中にそれを持っているからであって
うまく言えないんですけど具体的に例えば言うと意地悪
意地悪がない人って意地悪されても気づかないんですよね これって本当すごい本当にそうだなと思うし本当すごいことだったなって思うんですけど
親切な人は人の親切にも気づくし 気配りがある人は人の気配りに気がつくし
そう本当にそうだなって思っていて だから相手の中に
見えるっていうことは自分の中にもその要素がある から見える
って本当に私は思っているので そう考えると
人の批判なんてしている場合じゃなくて
自分 すべては自分を映す鏡っていうか自分の中にあるものだから見えてる
って思っているので その人のことを
ジャッジしている場合じゃないっていうのかな
ジャッジしちゃいけないんじゃなくてジャッジしている場合じゃない そこに見えているものは全部自分の中にあるものだから
で そんな風に人
が
誰かの批判をしているのを見たりとかすると本当に嫌だなぁと思っちゃうんだけども それはまあ言い換えれば
ものの見方の解像度が低いっていう感覚私からすると
うんと
なんだろう まあじゃあ仮に自分のことがわかってない
のはしょうがないとして人のことを何か批判したとしてもそこにいろんな事情がある その過去の経験だったりトラウマだったりとか
えっと守らなきゃいけないと思っているものだったりとか 恐怖とかいろんなものがあって
まあ意地悪なら意地悪になってたとする それを意地悪って3見た時点でものすごく
大雑把な見方だなぁって 私は思っちゃうんですよね
そこにあどんなあの今の行動にどんなその リクエストがあったのかなとかどんな何を守りたかったんだろうとか
それを考えていくといろいろ解決していくはずなんだけどもあの人は意地悪だ みたいな超大雑把なそういう見方をしている人がいるととにかく
イラッとするし嫌だなぁって思って でもそれは
あの 自分がやっぱりそこができていないから
自分自身ができていないから人に対してイラッとしてたんだなっていうことに最近気が ついてこれがまた私の中での大発見
だったんですよね
他者への寛容と心の変化
うん なんだけどあのこの冒頭でお話ししたように
自分を観察するようになって
うーんと 細かく前よりはだんだんとだんだんと細かく細かく自分を分析
観察して分析して 自分の中に何が起きているかっていうことをちょっとずつ
見方がわかってくるようになったら なんか人がねそうやってあのやってても全然気にならなくなってきたんですよね
これがこういうことかって最近思っていて やっぱりやっぱり自分ができていなかったから人に対してもイライラしてたけども
自分が自分の観察を上手にできるようになってくると 自分に対する理解が深まってきてそうすると
誰かがなんかもうすっごい大雑把な
視点しか持ってなくていろんな人ジャッジしたりとかやってても まあしょうがないかって
思えるようになってきたんですよねこれが本当に あの大きな変化本当に周りから見たら何にも気づかないと思うし
何が変わったんだか何も見えないと思うけど自分の中では ああなるほどって
大きな変化そういうことだったのかって いう大きな変化でそれは嬉しいし明るい気持ちというか面白いというか楽しいというか
うーん ってあの最近思っています本当に
こうやってその人を許すっていうのは こういうことなんだなってなんかちょっとおぼろげながら見えてきたなぁって
思っています そう考えた時に
造形教室運営における視点の転換
例えば今まで遊び屋さんをやってきたんだけど遊び屋さんの中で 私がやってきたことっていうのは
ともちろん その一つ一つのテーマ
私が自分がやっててをやって面白いと思うテーマだから きっと子供たちにとっても面白いに面白いだろうなぁって思ってもう本当にあのワクワク
だけでねやってきたんだけどその中のやっぱどこかに 何かを
得て帰ってもらわなきゃ その子供たちにとって
何かしら得て 帰ってもらわないととか
うーん 何か形にならないととか
この
2時間が 言葉で説明できる
有意義なもの ってないとみたいなものが私の中のどこかには
あった 何かを
ちゃんと提供しないとっていうこと でそれってまぁ
お金をいただいてねあの教室をする以上 まあ
なんていうのかな ぱっと見当たり前のこと
当たり前のことなんだけど だけどもしかしてここが
違うのかもしれないって そこになんか気づいて
ガーンと頭を殴られたような 目から鱗というか逆側の視点に気づかなかった
みたいな発見も
ありました それは
やっぱり何でも造形教室に限らずどんなことでもそうだと思うんですけども 提供しなきゃ提供
提供しなければいけない何かサービスを提供しなければいけない ちゃんと
と例えば
金額に見合うものを提供できただろうかとか そういう発想で
動いている時っていうのは 何て言うんだろう
与えて与えて向こう が相手方が何を必要としているか
もうわからないのに与えて与えて提供して提供してみたいな 感じ
になるから だからこう私の中で
持続可能な活動と「何が起きても大丈夫」という心境
例えば えっと
絵を描く日で 集まった子供たちがいてその中に
今日は絵を描きたい気分じゃないみたいになった時に わーじゃあ何が提供できるだろうかって
こう
なんていうのかな 焦るというか
焦ると言うととっても大げさなんですけども 何かを
何か有意義な時間にするにはどうしたらいいだろうとか 何か形にして
楽しかったって持ち帰るにはどうしたらいいだろう 楽しかったっていう時間にしなければいけないみたいなものが
若干若干というかまぁ ある
ですよね なんだけど
多分それだと いつか続かなくなる
いつか
限界限界っていうのかな終わりが来る限界が来る 疲れてしまう
って思っていて
うーん その辺も本当に見極めが難しい
なーって思っていてこの3年4年 本当に面白いなぁと思ってやってきたけども例えば準備段階も私めちゃくちゃ
準備するんですよね 例えばこうここで脱線してこうなったらこうなるかもしれないからそっちの準備も
しようとか うーんと
失敗した時に途中からでもまた作り直せるように土台を余分に作っておこうとか とにかくありとあらゆる準備をするんですけども
なんかその そうすると
まあいいんだけど自分で自分を縛っていっちゃうっていうのかな 苦しくなっちゃうどこかで苦しくなっちゃう
3年ぐらいは全然できるけどもその後立ち止まっちゃうっていうのかな うーん
で思っ 思いました
なので本当にその 持続可能なものってなんだろうって思った時に
どれだけ自分のその心配みたいなのを 自分の中で取り除けるか何が起きても大丈夫
どう転んでも大丈夫 今までの自分だったらどう転んでも大丈夫それは準備をしておくから
何が起きても大丈夫なように準備しなくちゃ っていうのが
大げさに言うと今までの私 その中で子どもたちが
楽しむ自由に楽しむ それも本当にあの全然悪くないしいいんだけど
だけど私の中で それだと
負担が大きくなってくるだんだん自分で自分をがんじがらめにして準備がすごい大変 になっちゃって
で楽しめなかったらどうしようって思いながら まあどこかでねそんな気持ちを持ってやってる
だけど私が本当に目指したいのは まあ何が起きても大丈夫
何が起きてもどう転んでも その準備はしてなかったみたいなことになったとしても大丈夫って思えること
そこに
えー 行きたい
っていうのが見えてきましたそこが多分自分軸であり 自分を大切にすること本当に自分が
ずっと楽しく楽しい気持ちいられること 表面的に準備が整っていて
で私の中でこれで準備が 大丈夫なはず大丈夫じゃなかったらどうしようっていう状態で
やるのか それともまあ準備はそこそこに
脱線した時に 準備してなかった
ようなもの が始まったとしても
まあでも大丈夫 って
いうふうにやるのかそこは 旗から見て分かるか分からないか知らないけど
すごく大きな違い きっとどんな仕事でも
その心の持ちようっていうのが 大きく
毎日の 生活する気持ちに
関わってくるんだろうなぁって 思って
自分軸への到達とまとめ
こんな こんなことあまりにも
と当たり前の言葉で
私にとっても新しい言葉なんて一つもなかったけどでも最近 自分を観察することから
始めていろんなことを
と考えるようになったときに 自分の気持ちのままでいるっていうことがとってもとっても大事だっていう
ところに まあたどり着きました
はい
あまりにも普通の話でだったかもしれないけど
私の中では大きな発見でした ということで今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました
バイバイ