大学でのデザイン教育の現状を巡り、実技(Adobeソフト等)から「意思決定や理論」の指導へシフトした背景が語られています。行政案件等の実社会では、単なる制作以上に、多様なステークホルダーを調整し「良いもの」へ導くディレクション能力や、合理主義に偏らない哲学・倫理性(付加価値の創造)が重要だからです。日本文化への再認識や景観の価値も交え、未来を担う学生へ「判断の根底にある感性」を養うことの重要性を説いています。
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サマリー
このエピソードでは、学校教育におけるデザインの教え方と、それが実社会でどのように活かされるかについて議論されています。特に、大学の経営学部や経済学部の学生にデザインの理論や実践を教えることの難しさや、そのアプローチについて掘り下げられています。単にソフトウェアの使い方を教えるのではなく、クリエイティブディレクターに必要な判断力や方向性を示す能力、さらには行政案件における複雑な利害関係の調整能力など、より本質的なスキルを育むことの重要性が語られています。 また、デザインの領域は課題解決だけでなく、情緒的価値や承認欲求といった人間の心理にも深く関わるものであり、非合理的な選択にも価値を見出すべきだと論じられています。さらに、日本の景観法における建築の定義が文化ではなく物理的な構造に限定されている現状や、フランスとの比較を通して、文化としての建築の捉え方の違いが示唆されています。最終的には、日本人自身が日本文化や風景の価値を再認識し、それを次世代に繋いでいくことの重要性が強調されています。
学校教育におけるデザイン指導の現状と課題
僕結構、今日持ってきたトピックの、近しいトピックなんですけど、 中谷さん普段、学校で何を教えてるんだろうな、とかすごいずっと言うても、もちろんいろんな
学生に対して中谷さんが持っているものたくさんあるんで、教えられるものはたくさんあると思うんですけど、まああの学部の範囲内で、かつ
文系が、の学生たちじゃないですか、ある意味、 経営学部みたいな生徒たちですよね。
経済学部とか。 ひっくり言うと、マネタイズするのが。ですよね。 小学部とか。
そういった学生に対して、 中谷さんが持っているものが刺さるのかどうかっていうのもあるし、
何を提供してあげているのかなというのが、ずっと疑問で。
デザインの本丸を教えられないわけじゃないですか。 僕普段、一応音声で残すから説明しておくと、仕事を一緒にしてるじゃないですか。
僕が作った空間とかのお店だったら、それのロゴをお願いしたりとか、
公共工事の看板とかのデザインとか、 もろもろすべてのデザインとかお願いしたりしてますけど、
そういったことは学校の人たちには教わらないわけじゃないですか。 結構そうなると、どういう
領域を教えてるんだろうなっていうのがずっと。 しかも1年間の授業って
何百時間かあるじゃないですか。 15回が半期ですね。
15×2ってこと?
何個もあります?1年間で中谷さんの授業って。 多いほうじゃなくて少ないほうが多い。
3つですね、工事が。
3つってことは年ね。 そうです。
前期1個、後期2個ぐらいですかね。
それが週1ポンポンポンポンポンってある感じですよね。 そうですね。
じゃあ何十時間程度? 90分の15回なんで。
90分の15回か。
ワンクールじゃないですけど、半期ですかね。
でも135分、22時間×2回、45時間ぐらい。
でも思ったよりは少なかったですね。 もっと何百時間か誰か学生に向けて喋ってて、
それを。 それをやってる先生もおられますよね。
すごいなぁと思って。
ちなみに僕に近しい土屋さんとかは。
めっちゃ入れてますよ。 熱量半端ない。
やっぱそれってなんですか、学生に対する熱量。
まあと思います。 もちろん僕もないわけではないけど、
まずよく学校の仕組みがわからないっていうのがありますよね。 自分で授業作っていいのかもよくわからない。
まだ? もう5年目? 5年目です。
作っていいですよね、絶対。 ちょっとマースにあたりですね、授業を作るとか、
あとゼミ制も持ってるじゃないですか。 ゼミ制も個人個人見ていくとやっぱり時間がどうしてもかかっていくので、
そういった時に授業を作り込むっていうのが大阪になりそうな感じがして。
カリキュラムみたいにね、段階を追って作っていかなきゃいけないですもんね。
あと授業の問題もどこかあるかなと思います。 経営学部の学生に何を提供するのかみたいなね。
宮田院みたいな学生にデザインを教えても響かないってところとか。
専門じゃないですよね。本当は美大の生徒に教えればそれは響くけど、
違いますもんね。 キャパが多いと思うんですけど、それもあるしなと思いつつ。
逆にちょっと夢語るじゃないけど、全然時間がなくてやれてないと思うんですけど、どういったことを
ちょっと近い将来、授業にしてみたいなとかあるんですか。
それこそは水を見てるとかどこか。
学生。
だからあの学校コースにおいて必要なものを提供できればと思って、ここ数年で授業を変えたんですよ。
もう少しプラティカルというか、手を動かす方向の授業を作ってたんですけど、そうじゃないなと思い始めて、もう少し理論系というかセオリー系の方に移ってきた。
ちなみにその手を動かす系の授業ってどんなことやってたんですか。
例えばデザインのレイアウトとか、アドビソフトを使うとか。
けどおそらく彼らは卒業しても使わないし。 そうですね、キャンバーでいいですよね。今で言うなら。
デザイン教育の進化と提供すべき価値
だから理論の方で。 そうです。例えばリーダーっていった時に、例えばディレクターですよね。
さっき言ったクリエイティブディレクターもそうですけど、彼らは手を動かすわけじゃなくて、ディレクションなんで、方向を指し示すっていうことが重要で、
その時にジャッジメントするという言葉がすごく重要になってくるじゃないですか。 その時のきっかけ、それは良いですね。
そういうのを助け。
こうやるんだよっていうこととか、中谷さんはこうやってるんだよとか、あと事例とか交えながら教えるのは良いでしょうね。
そういうことを教えている人って少ないんじゃないですか。 どうなんですかね、他の授業を見たことないから。
全国的に見ても少ないような気がしますけどね。 だいたい論文に紐づいたりとか、何かの理論に紐づいたりすることとかをやっぱり
体系的に教えるみたいなことの方が多いんじゃないかなと。 僕もあんま詳しくないですけど、さっき言った
コミュニケーションとかファシリテーションとか制作とか設計とか企画とか、全てがデザインと言うんだみたいな話からすると、
その手を動かさない部分のコミュニケーションとかファシリテーションとかの方は教えられるかもしれないですね。
今の宮台の学生でも。 それはめっちゃいいんじゃないですか。
結構そこが重要になってくるじゃないですか。例えば
行政案件にしても数百万かかっているものもあるじゃないですか。
それをどっちの方向に行かせるかというか。 そっちの方が重要で、特に行政案件とか本当交通整理にすると
もうアウトプットがそんなに良いものになっていかないんですよ。
うちも千谷さんにお願いしたデザインお願いしたものの時も公共工事2連チャンあったと思うんですけど
あれもちょっと何だろう、いろいろ頑張ったんですよ。 喋って大丈夫なんですか?
ギリギリ。大丈夫な範囲で。
やっぱり僕らクリエイター側って良いものを作っていくっていうベクトル。ちょっとでもどんな場合でも
のベクトルが一番強く働くんですけど 行政も途中まではやっぱり特に最初の前半はやっぱりいい空間
良いものを作っていきたいというので一緒に伴奏するんですけど後半になってくると形が見え始めたりしていったりは
プロジェクトが動き始めると動きが見え始めると
各ステークホルダーじゃないですけど行政の場合は地域住民の声の大きな人とか各関係団体の
多分大丈夫だと思う。各関係団体の会長さんとか議会とかのいうことに対応していかなきゃいけないじゃないですか。
そうするとベクトルがいくつも出てきて
途中からそれに答えなきゃいけなくなるからそれに答えられる理由が作れる
ものづくりになっていくんですよ。全部議会の説明的にもこう答えられる。例えば各関係団体の会長さんたちにもこう答えられる。
地域住民にもこうやって答えられるものみたいになるんで
いいものづくりのベクトルからすると逆まではないですけど結構違う方向に行く場合が多くて結果的に目指しているものと全然違うものが
最初に言ってて何かコンセプト行政の担当者と決めたコンセプトとかが全然体現されない状態になるとか
それでも少しエッセンスを僕らは入れようと頑張るんですけど
でもまあちょっとしんどい時が
そういうのをだから例えば僕が今何でこんな長々こんな話したかというと
行政担当者のリテラシーとか理解度が高かったりすれば
いいものづくりができる土壌がもっと広がるし
逆に伴奏するコンサルタントの方とか設計者の方がちょっとでもそういう意識が高まれば
より良くなっていくので
今中谷さんが言った学生にこんなこといいんじゃないかのやつ
行政案件におけるデザインの役割と課題
めっちゃいいんじゃないかなと思いましたけどね
そう思って種を植えてる最中草の根運動をしてます
本当に交通整理が超重要な場面ってめちゃくちゃあって
大局を見てくれるとか未来の子どもたちのために存在するとか
そういうことがいわゆるビジョンってやつですよね
ビジョンをどこまで責任を持つかというのは難しい話なんですけど
他人に後ろにバトンを渡す時のことを考えてもらって
短期そんなこと言っても仕方ないですけど短期じゃなくて長期的に見るような感じをしてもらうと
いいなってことを学生にお伝えしている
学生にはご自身の判断で
もちろん
こちらこういったまな板にいっぱいありますと
今までの実習はこういう感じです
皆さんはどう考えますかということで終わらせているんですよね
それはもうちょっと学生には難しいですよね
難しいですけどこれも昔からずっと言われてるんですけど
高校生のところ13歳のハローワークで回ってたことがあるんですよ
はいはいはい
そこの反省会でよく出ることですけど
無反応なんですよね
けどやっぱり投げといた方がいいっていう種じゃないですか
意外に考えてるんですよね
反応はできないけど考えたり受け取ってるものはあるんだなっていうのは
よく感じます高校生とかに
僕も自分の高校生の時に反応してなかったなと思う
でも感想分結構かけるみたいな
反応しないけど投げるのが大事だよというところを
信じてやるしかないというか
折れますけどね心が
でも一応僕もたまに高校生に
そういう話する機会がありますけど授業みたいな
無ですからね
結構心折れますけど
後で感想とかもらったりするんですけど
しっかりしてる子も中には結構いるんで
それで心癒されるんですけど
僕は割と高校の方が楽です
本当ですか
学生への教育方針と将来への展望
すっごいいじり巻いておりますから高校生の
ドマー
へえ
むしろ大学生の方がシーって
でも自分もそうだったもんね
かなり高校の授業の延長戦場みたいな感じで
大学の授業受けちゃったなっていう
座学系の授業は一般教養的なのは
わかりますけどね
設計が専門だったから設計の授業とかは
どっちかというと積極的にやったりとか
通常のデザインの授業もそうですけど違うじゃないですか
普通の座学じゃないから
一緒に教えてもらったりとかする感じで
手を動かして教えてもらったりとかするんで
全然違うからそれはすごい良かったですけど
ちゃんと積極的に受け入れたんですけど
そういう意味で
イギリスから帰ってきた時に
何も変わってないなと思っちゃったんですよね
空気感とか
日本が
イギリスどのくらい行ってたんですっけ
6年か
結構
向こうは楽しかったんですよね
クリエイティブとかやっぱり
みんな意見を持ってたり積極的
ギャラリーってわけじゃないんですけど
世の中にあるものがプリミティブだし
かといって
コマーシャルコマーシャルしてないんですよね
向こうは建物とか大事にしたりするのもあるんで
そうなんですよね
ちょっとアートとか文化の
尊敬されてる感じが
受け止め感がちょっと違いますからね
帰ってきて
これはと思って
海外での経験と日本文化への再認識
だから高校生に語るっていうところに
手を挙げたんですよね
やり直すって
なるべく早めに
インプットしたいからってところですよね
中学生はちょっと早すぎだから義務教育だし
高校生ぐらいからちょっと情報をインプットして
そういうパートがあったかなってことですけど
大人に話してもちょっと
もうあれかな
大人にも話さないといけないと思いますけど
それも大事だと思います
しがらみのかに入ってるんでちょっと
中に何十人かに一人とかに課題すごい抱えてて
ピッタリ刺さってる人も絶対いると思うんで
だから大人にはとりあえず今
サーバーが赤くしといてくださいと
サーバーを赤く?
ライトセーバーを
ライトセーバーね
行政職員への働きかけとデザインの拡張
ちゃんと爪磨いとけよってことですよね
ある日あなたが偉くなったら
ライトセーバーを鬼にしてください
ちゃんと刺さってる大人ですよね
そういるんですよ
まだ僕も同世代の行政職員とか
結構仲良い人とかいるんで
でもまだまだライトセーバー抜けない世代なんで
大仲振れない世代じゃないですかまだ40代
ごちそうの人たちは50代とかになった時に
大仲振れるようになるといいなと思って
どうなるかなって楽しみではあるんですよ
だから僕に対しては赤いセーバーでバッと来てもいいんですけど
ちゃんとやりますからっていう
ちゃんと跳ね返ってきますよみたいな
こっちもこっちも持ってるし
またチャックナイフ出しておきますよみたいな
それはどうなんですかみたいな
でもそれはやってくださいよぜひ
広い講義のデザインというか
いろいろ領域が広まったデザインクリエイティブ領域の
今この宮台の学生のためになるような
デザイン講義みたいな
っていうのにシフトしたんですよ
もう少し理論系じゃないですけど
ビジョン系っていうのかな
未来あなたたちを作る世界だよっていう
いや大事めっちゃ大事
もう例えば行政の話が多いですけど
行政でよく工房とかデザイン工房とかあったりするじゃないですか
中谷さん審査員とかされることがあると思うんですけど
もう要項の時点で決まるじゃないですかほぼ
審査員決めたりとか
要項の設定決めたりとかで
何が出てくるかはほぼ決まるじゃないですか
デザインの本質:哲学、倫理観、そして価値
まず僕らは民家が出せない仕様になってたりとか
出しても意味がない設定になってたりとかするんで
それを何も行政職員は作らなきゃいけないわけですよ
コンサルがいないとしたら
それを作れるようになってほしいですよね
宮台の学生とかには
そういう教育はありですよね
これもこういうことだからねって紐付けさせてあげるというか
いいもの作りをするためには
そういう企画の根っこの発注者側の段取りとか
要項づくりが一番重要じゃないですか実は
それがだって宮台の卒業生いっぱい行政にいますけど
そういう人たちが作ってるんで
っていう授業やった
それを15回
そればっかりじゃないですけどね
僕が聞いて面白いですか
僕が例えばその授業に紛れ込んで
どうなんですかね
一回聞いてみたいですね
割と評判はいいんですよ
大人にも
この前角町の職員の方を連れて来られたんで
宮台と包括しているので
お話ししたんですけど
やっぱり他の先生方の固い話と全然違うんで
面白がってもらってはいます
土屋さんのマーケティング理論みたいな授業は
1回か2回聞いたことあるんですよ
出前講義の時に一緒に行ったりして
日産の高校に行ったりしたんで
その時には聞いたことあるんですけど
面白いですよね土屋さんの授業も
15回聞かないとわかんないですかね
今やってるのは最初はもう
哲学とか倫理観とか
哲学とか文野じゃないですけど
やっぱり根っこから木が生えるじゃないですか
その時にこの根っこが
一番本当は重要ですよね
デザインってやっぱり
今日も他の先生と
映像の先生と話してましたけど
パクったとしても滲み出るものがあるじゃないですか
それがありがあるのか良心なのかっていうのが
非合理的な価値とデザインの役割
さっき言ったように行政とか全てが
デザインとされた場合ですよ
そのジャッジメントをしていいのかっていう
止まることができるかもしれないですね
これやっていいのかな
これで儲かっていいのか
パクリみたいな時にですよねとか
パクリっていうのは
作ったものが滲み出るの
例えだったんですけど
作ったものが結局
自分の本質が出ていくので
今デザイン自体が拡張されている
例えば制作にもそれが滲み出るわけですね
ちょっとでも
儲かればいいとか
いやもちろん儲かるけど
そういうことか
ちょっとしたことがそっちの方へ転がっていくので
結局根っこが大事ということに
最近思い始めて
さっき序盤で話した
花束も一緒のところにいるんですよね
花束を買えるかどうかがとても重要
花束を見たり買ったりすることで
自分が上がる気分が高揚したりとか
するかどうかの心を持っているかということですね
それが綺麗とか道具というよりも
それが自然とやっている感じとかもあるし
花を買えるというわけでもないんですけど
それとアートも一緒で
花って別に
価値はあるけどそれほど価値がないじゃないですか
あと花の場合
生き物ですから
ある程度数日しか持たないですわ
だからそんな時には
そういうものとしてちゃんと見て
儚いものとして買えるかどうかみたいなのもありますし
しかもお金
そこにお金を払うということが
行為ができるかというところが
とてもかかっているという
こういう考え方って全部に一緒で
例えば伝統芸能とかも
最近神楽いっぱい言ってますけど
そこに心を乗っけられるかというか
対価を払えられるかという
対価はあるわけでもないんですけど
そこはちょっと近いなと思ったりして
何でもそうですよね
美術館行って入場料払えるかとか
例えば小さいギャラリー行って
気に入ったアートが買うかどうかとか
小さいやつだったら買えるじゃないですか
そこが一番大事なところだけど
なかなか難しいだろうなと思って
それよりもご飯が食べたいとか
欲を満たすみたいな
ゲームに課金したいとかの方が
それは確かに
それって例えば大きくては
街づくりになるじゃないですか
だからそういう
中谷さんの中でそういう
花を買って帰ったりとかっていう
世界線が
わりと日常的に起きるような
地域とか場所とか
空気感になったらいいながあるんですね
まあそうですね
建築における文化と法律の定義
合理主義じゃないところに行くじゃないですか
花を買うって合理的じゃない
金先を買えるしみたいな
意外にこう最近合理主義が結構
話題にもなりやすいですし
重宝されるじゃないですか
そんなこと言うと土屋先生に怒られるけど
土屋さん合理的かな
いやマーケティングだから
弾くのかな
でも最近ちょっと勉強中なんですけど
行動経済学ってあるじゃないですか
人間は非合理な生き物
っていう前提で
始まった学問らしいんですけど
まだちょっと全部ちゃんと分かってないけど
例えばその時話した
コップこれウォーターボトルありますけど
水のボトルが
例えば好きなブランドのロゴ入りやったら何千円もして
でも100円均一でも売ってるわけじゃないですか
それのでも水を入れる機能だけのボトルで合理的に考えれば
100円の方を絶対買わなきゃいけないんですよ
でもまあまあの確率でその好きなブランドの
何千円のボトルを買うわけじゃないですか
それが合理的じゃないわけですよ
人間はそういうことをかなり繰り返すらしいので
あまりにも合理的な発想で行動しすぎるとか発想するのは
しなくていいんじゃないかなと思って
合理的じゃなくていいというか
だからもう花買って帰って豊かだなみたいな発想も
尊重したいですし
さっきのブランドの話だとおそらく外の目を気にしてるところがある
なるほどね
そこも入ってくるわけですよね
これを持っている私
かっこいいでしょとかかわいいでしょとかおしゃれでしょとか
先生から怒られるからあれですけど機能的情緒的価値と
あと承認欲求みたいなもう一個価値があるんですよ
そこの枠に入ってる気がします
景観の価値と資本主義的アプローチ
もう少し無駄なものっていうか
そこに価値見出すかではそれは難しい話ですよね
でもデザイン領域でちょっとこう話しすると
課題解決ってさっき言ったじゃないですか
実際僕もそう思うんですけどデザインって課題解決しなきゃいけないし
課題解決にありイコールだと
でも超合理的で考えれば課題解決だったらかっこよくなくていいわけですよ
かっこいいことがその時の課題を解決することであれば
かっこいいことに特化してもいいと思うんですけど
絶対そうだけじゃないじゃないですか
情緒的価値でしたっけ
もう一個承認欲求的なの忘れちゃいましたけど
そういう人間向けにやっぱりデザインすることが多いわけじゃないですか
だからそういうところにもが重要になってきますよね
そういう取り扱うわけじゃないですか僕らは
この間日南の新徳高校にいきなり
出前
出前じゃないですけどデザインの授業をしてくださいと
ざっくり
デザインの授業をしたことなくて今まで最初から作ったんですよ資料を
デザインとはみたいなスライドを4、50枚ぐらい
その時にやっぱり高校生なんでしかも3年生だったのである程度言葉は通じるかなと思って
難しい単語とかも通じるなと思ったんですけど
その時作った資料ではデザインとは課題解決と付加価値作りみたいな
ミッション・ビジョンと日本文化の継承
さっきのそれを細分化すると冗長的価値とか承認価値とかそういうことが細分化されると思うんですけど
付加価値作りだということもないと説明できなくて僕も課題解決だけだと
高校生には課題解決のことだけ説明しました分かりやすいんで
その付加価値作りっていうのは僕があらかじめ事例を用いて
これはこの事例がこういうデザイン物がありますこれの課題解決しているのはこれです
付加価値はこれが付加価値になってますという答えを言っちゃう感じで言ってたんですけど
やっぱり付加価値作りの部分が大事だし人間に刺さる部分
合理的機能的だと課題解決だけになっちゃいますよね
特に建築もそうですけど機能的じゃないですか建築って機能的じゃなきゃなかなかいけない分野じゃないですか
それは担保しなきゃいけないんですよ
担保しつつより未来の人間のためにとか未来のお客さんのために
クリエイティブを駆使して考えて空間提供するっていうことをやってるんですけど
そこが同じようなことを考えてるってことですね
一緒ですもんね作ることっていうことは
建築の話でいうと結構前に警官会議
全国警官会議に登壇させてもらったんです
それで調べたんですけど
フランスの条文第一条とかに警官法
建築は文化だって書いてるんですよね
いいっすね
けど日本の定義は屋根柱があるっていう
だからそこも法律の人が作るものって考える
すごいっすね法律の条文で文化だって書いてある
もう建築基準法は建築とはという条文はないですけど
建築物とはっていう条文はあって
その定義はまさに床屋根柱張りが
もう持ってるものみたいな感じなんで
スタートが違うんで
例えばフランスを憧れるっていうのはもうちょっと
そこは文化的なスタートが違うんで
そこ哲学とかにつながりますからね
でも警官条例は日本の方が早かったんですよ
そうですか
調べたところ
けどなんかこうじりじりと
警官法ねあんまり条文知らないな警官法
警官法か建築法かどっちかですけど
さっき僕が言ったのは建築基準法なんですけど
硬い法律ですよねどっちかというと
警官法もありますよね
根っこが違うなと思って
法律としてそこに定着させるっていうこと自体が
フランス人怖いなって思っちゃいますよね
だって国の機関とか議会とかでも
そうやって答弁できるわけですよね
そうだねってみんな書いてあるから
これを撤廃しようとはなくて
その通りだと言えてる感じがやっぱすごいなと思います
ちょっと日本がそうなっていくには
なかなか難しいところありますけど
とはいえ文化的な尺度を持てる人を増やしたり
もちろん皆さん持ってますけど
それを増やすとか深めるとか
そういった選択肢を提供したりとか
考えさせる場面を作るとか
どんどんやっていきたいなと思いますけど
なのでその時話したのは
こういう日本の人たちに
いくら警官が美しいとか言っても
わからないと思ったんですよね
だから警官って商品になるよっていう風な
言い方にしたんです
資本主義が出てきた
わからない人に話しても遠すぎて
聞いてる人はどういう人たちだったんですか
各県の職員その担当
警官系のね
土木警官
土木領域ですからね一応
だからその人たちに向けて
大体資本主義の中にいる人たちだろうと思ったから
お金の話でしょ
みなさんお金って言うけど
警官もお金になるんですよ
インバウンドって何を見に来てます
最近のアンケートでは
自然を見に来たいって言ってるんですよ
あとは自社物価系の
日本文化が体現した建物関係とか
それと含めた風景ですよね
そこに人工的なものを置いてしまうと
その価値自体が目減りしますよねみたいな
っていう風な文脈で話してた
実際そうですからね
京都もビル建てますから
見る角度によってはもちろん
南町にでっかいやつを
東東の側から見れるっていう噂が
ニューヤッフルニュースで上がってました
すごいなと思って
京都がそれやっちゃうんだ
最後の取り出だったのにな
最近ちょっとうちのウェブを
会社のパークデザインのウェブを
更新したいなと思ってて
ミッションビジョンバリューみたいなものとかも
ちょっとリニューアルしないといけないかな
と思ってるんですけど
それでいろいろ考えてることが多くて
まだ全然アウトプットまでできてないんですけど
ミッションかバリューで
ビジョンで
日本の風景を守りつなぐみたいな
キーワードどうかなって
昨日出てきて
ただちょっと雰囲気保守的なんで
アバンギャルドにやりたい性格だから
根本はそこですよね
そうなんですよ
ちょっと話変わりますけど
向こうに留学してたのに
100人いるわけですよね
そうなんですか
海外まぜこぜですよね
日本だけじゃなくて
そこで感じるのは
日本人ってなんだよっていうところです
二番煎じがすごい嫌いなわけですよ
作品でもどっかで見たねって
オリジナリティが一番評価高いってことですね
二番煎じがオーケーって悲しいことを
既視感があるやつは流される
逆にだからそう感じた時に
日本人って別に引き目を取る必要もなくて
うちはこうですっての方が
彼らは認めてくれる
だからそういう他の目線って
すごい勉強になったなと
留学した人はみんな大体言う言葉ですけど
自分が日本文化を知らなかったところに
みんな言いますよね
日本人が一番日本のことを知らないみたいな
日本は日本であっても
むしろそうじゃないと困るっていうか
困るっていうこともないですけど
例えばイギリスの人は
日本から来た学生だったら
日本のことをめっちゃ知って
なんでこうなってんのみたいなこととか聞きたいですからね
逆に向こうの方が知ってるとかね
そうそうそうそう
意外にそうですよね
今この年になったから
日本のこともいっぱいしゃべれるし
日本の良さもいっぱい知ってますけど
学生の時とかはやっぱり
憧れが外に向いてるんで
新しいもの好きだったり
海外のこと好きだったりするんで
日本のこと意外に知らないし
日本も意外に広いじゃないですか
だから行ったことのない県とか場所
多すぎますよね
だからコロナの時ちょうど良かったなと思うのが
海外行けなかった時に
日本をもっとこの機会に回ろうみたいな
感じの発想にはなりましたけどね
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