ブーダンとモネ3・ブーダンに合う前にモネはどんな絵を描いていたのか
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サマリー
このエピソードでは、印象派の巨匠クロード・モネが、恩師であるヨハン・バルトル・カミーユ・コローに出会う前に描いていた似顔絵に焦点を当てています。モネは15歳から18歳頃、故郷の港町ル・アーヴルで商人や船長などの似顔絵をユーモラスに描き、1枚20フランで販売していました。これは当時の労働者の日当の20日分に相当し、若きモネはかなりの収入を得ていたことがわかります。この成功体験が、後にモネが借金を重ねて豪勢な生活を送る一因となった可能性も指摘されています。 また、コローがモネの才能に気づき、屋外での絵画制作を勧めた経緯も語られます。コローはモネの似顔絵の才能を見て、このまま埋もれさせてはいけないと、海岸での写生に誘いました。モネ自身も後に、画家になれたのはコローのおかげだと語っています。番組では、17歳のモネとコローが並んで描いた「ルーエルの眺め」という作品を比較し、それぞれの視点や省略の仕方の違い、そしてモネがコローから油絵の技法を学びながらも、独自の表現を追求していく様子が考察されています。この出会いが、印象派の誕生に大きく貢献したことが示唆されています。
モネの若き日の才能:似顔絵師としての活動
ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、アートと音楽に包まれ、何やらわいわい楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さん、こんにちは。ブルーテラスマスターの伊藤です。
今週も、美術の話でひとときをともにお過ごしください。
本日もフローラさんと話を進めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
先週はですね、ブーダンとモネの話をしまして、終わりにまた来週もということでですね、
また続きを話させてください。
ふと思ったのが、ブーダンにモネが会う前に似顔絵を描いているという話をしたんですけど、
どんな似顔絵を描いていたのかな、というのが残ってました。
素晴らしいですね。
それもね、どこにあるか。多くは四角美術館。
へー。
ひょっとしたら。
あったんだ。
そんなに表に出てこないかもしれないんで、ひょっとしたらあったかもしれない。
でも、モネ展やっても出てこないですよね。
出てこない。
あちこちでもモネ展やってますけど。
まず話題にならないし、たぶんあっても似顔絵ぐらいでね、通り過ごしちゃったかもしれない。
ということで、ネットでも4枚ほど出てきましたんで。
これがそうなんですか。
面白いですね。
えー、モネが描いたんだ。
そうです。これはね、本当に。
どなたですかね。
15から18歳の頃に描いてた絵画なんですよ。
で、その頃ですね、15歳から18歳頃のモネは、故郷のルワーブルですね。
港町ですけども、そこに住む商人や船長、弁護士の、それから町の名刺などをユーモラスに誇張した似顔絵を描いてた。
そして販売してたらしいです。
で、1枚ね、20フランほど。
20フランってどれくらいの金額なんですかね。
そうするとね、先ほど調べてみたらね、当時の1日、労働者の1日の収入が1フランになるかならないかということですから。
1枚20フラン。
20日分?
20日分。
で、ですから当時の若者としては、とてもね、収入を得てたんですよ。
高級取りですよね。
そうですね。
16、7歳。
ところがね、そのね、売れていたっていうことが、実はその先、モネってすごい借金するんですよ。
絵が売れなくても借金して、豪勢な生活をしてる。
売れるから、1枚描けば売れるからっていう、その感覚。
実は、それはいろんなところで描かれていて、どうしてなんだろうかと思ったんだけど、
あ、ここにあるんだ。
原点なんですね。若い頃の経験が。
なんとかなると思っちゃったから。
そう、売れるから。
描けば売れるという。
20世紀になったらね、車を何台も持ってね。
スピード強だったってね。
やりましたよね。
このラジオの中でも。
そうなんですよ。
だから、あ、そうかって、これ非常にね、頷けるとこなんです。
コローとの出会いと屋外制作への誘い
さあ、その頃ね、まだね、モネっていう、サイン見るとモネなんだけど、
当時はですね、オスカルモネ。
それは本名なんですか?
そうなんです。クリティカルネームって言いますかね。
クロード・オスカル・モネなんです。
ですから、オスカルっていう名前を使ってたんです。
オスカルって言うとね、みなさん、オスカルって。
そうですね。
あれもフランスを舞台にしたお話ですから。
ですけど、そんな生活をしていた。
そして、ブーダンがですね、
このルワーブルっていうのはやっぱり、
ブーダンも10代の頃、ずいぶん前になりますけどね、17歳違いますから。
10代の頃に移り住んできた町ですから。
住んでいた町ってことですね。
同じ時期に住んでたってことなんですか?
ちょっとずれてますけどね。
それで同じ住んでいて、一緒に絵描いてますってね。
で、画材店の店先に飾られてたモネの似顔絵、
カリカッチャーって言いますけど、
それを見てですね、これはすごいって才能に気づいたらしいです。
この子はできるって思ったんですかね。描ける。
こんな才能を、死画だけで終わらせてはいけない。
自然の中へ出て、描きなさいと繰り返したんだけど、
モネは嫌だって。
興味がなかった。
画家になんかなる気なかったね。
今の自分の絵で食べれるのならばいいだろうって。
で、こたわったらしいんだけども、
ブーダンがですね、一緒に行こう。一緒に行こう。
そのぐらい才能を感じてたんですよね。
この子はすごいって思ったんですかね。
そして海岸に出て、写生をしたと。
でも、この今残っている写真というか、絵を見るだけでも
17歳が描いたってすごいですよね。
今の17歳とはまた違うと思うんですよね。
大人ですよね。
もうある程度働かなくちゃいけないとか、
いろんなところで社会に繋がっているということでね。
そういう点でピカソなんかも15、16ぐらいでプロの画家として
成形立てるというか、プロになってましたからね。
そういう点では。
でも、ピカソの場合は絵を描こうと思って描いているわけじゃないですか。
勉強もしてますよね。
父親からね。
そうですよね。教わったっていうことで。
でも、モネの場合は、これどちらかというと漫画というか。
そうだよね。風習をね。
なんていうんですかね。
でも、もともとそういう線を捉えるとか、特徴を捉えるっていう風な
才能で生まれ持った何かがあったっていうことですよね。
そうですね。それで今のフロフラさんですよね。
私が今振ってきたのは、この先もまだこの前を調べなくちゃっていう思いがあって。
これはなかなか終わらないなって。
すごいですね。17歳以前の。
誰がこの線を教えたんだ。
なぜこの線を習得したか。
そうなんですよ。
いや、モネって面白いですね。
そういう点ではね。
だから、いや、ブーダンは確かに外に連れ出したんだけど、
いや、この線を教えたのは僕だよって人がいるかもしれないね。
そんなことでブーダンに連れて行かれて海岸で絵を描いたということなんですけども、
モネも自身もですね、後年ですね。
もし私が画家になったとすれば、それはすべてブーダンのおかげである。
そうですよね。
そうじゃなかったら、ずっと風刺が似顔絵を描いている人か。
ある程度もう売れなくなって別のことをしたか。
そうですね。絵ではない方向に行ったかもしれない。
あるいは絵の方に行ったとしても、ひょっとしたら印象派では生まれなくて、
印象派もまた違ったものになったかもしれない。
まさしく印象派というものがないかもしれない。
まあまあね、そんなね。
モネとコローの共同制作:視点と表現の違い
なしろブーダン自身は、ぜひこれラジオ大きいの皆さんもね、
モネの描いた風刺画というふうに調べていただければ、たくさん出てくると思いますので調べてみてください。
そうするとね、一瞬にして。
モデルになってくださいとか、いや私を描いてくれっていうことじゃなくて、
あくまで風刺画ですから、面白おかしく描くわけですよ。
描かれた方にしてみれば、何なんだって思うかもしれない。
だから一瞬にしてみて、その人の特徴を描くということにおいても、
その洞察力ですよね。
それから必要な線だけで表現していく。
色はまだ使ってませんから。
力ですよ。
そういうものを含めた、一瞬の印象を捉える鋭い位置描く。
なんかでもこういうベースがあると、奥さんが赤い打ちかけを着た写真があったじゃないですか。
写真じゃない、絵があったじゃないですか。
ボストン美術館である髪色の、あの日本の打ちかけを着た。
なんかすごくわかる気がする。
ふっと何かの絵が今。
だけどあの絵も見てみると、打ちかけの下の。
ヤッコさんみたい。
あそこがすごい強調されてて。
まさしく今の、今私たちが見ている風刺画。
鼻の大きなこのおじさんたちが重なっちゃって。
なんかどっかで見たことあるみたいな。
やっぱりそこなんだっていうね。
あの絵もすごく大きかったですけど。
でもあの絵が生まれるのはやはりブータンが。
ここにかみたいな。
彼に和裁王があるっていうね。
そういう思いがね、あるってことだよね。
ですから、いろいろな印象を瞬間的に捉えるということでいくと、
その後ですね、ブータンに誘われて外に行くわけなんです。
で、描きました。
で、一緒にね、描いた作品があるんですよ。
並んで?
これがね。
これはどなた?
これはですね、ブータンの作品です。
綺麗ですね。
写真みたいな丁寧にあるものを描いてるんです。
水面に映った子達。
でも空ですよね。
綺麗な空。
この子達、モネの絵にも出てきますね。
そうそう、そうだよね。
で、その同じような絵がですね、
全く横にいて描いたのがこの作品なんです。
全然捉え方が違うんだけど。
女性もいないし。
角度がそうですね。
並んでればそうですよね。
全く同じ動きはないですよ。
ところが省略されてますよね。
省略されてますね。
ですから、ブータン自身はあるものを丁寧に描く。
この青いスカートの女性がいるだけですごくこの絵が生きてくるというか。
これよく2つの絵を並べてね。
どっちがどう違うっていう。
間違い探し。
そんなような感覚で見ると、
こっちにはあれがある、あれがある。
モネの方にはないとかね。
ないものがある。
描かれていないものがあるとかね。
描かれていてもそんなに丁寧に描いてない。
というような。
素敵ですよ。これも素敵なんですけど、
同じ場所で同じものを描いたというと、
こんなに見る側というか、描く側より違ってすごく面白いですよね。
かえってこの時代の最初に屋外でイーゼルを並べて描いた時代の作品なんですけど、
よく残ってましたね。
光そのものを見るとね、ブータンの作品の方が輝いてるんです。
そうですね。どちらを買い求めるかといったらこちらかもしれません。
モネの方が逆にちょっとくすんだ感じなんですよ。
ざっくり描いてる感じ。
そのほかのところがね、油絵具を使って描いてる経験の逆だと思うんですよね。
年齢と。
そういう点ではまだまだ描き始めた感じ。
一生懸命描いてるのはわかるんだけど。
でも経験値がない中でもこれだけ描き上げたっていうのは反対にすごいのかもしれないですね。
何があるかというと、ブータンはあるものを丁寧に描く。
モネは描きたくないものは描かない。
簡略化しちゃう。
省略しちゃう。省略する力っていうのも一つあるんではないかっていう考え方。
全て描くんじゃなくて。
写真だったら当然写りますよね。
だけど絵を描く時には私はこれを描きたい、これは描きたくないっていう。
もうこの時点で写実ではない。
私はこう描きたいんだって非常に自己主張が強い。
そういう意味ではさっきの風刺が似顔絵を考えてみれば
私はこう描きたいんだって。
こう見えるんだからみたいな。
その辺の精神っていうか視点がずいぶん
あくまでも印象派だなっていうことを感じるところです。
なかなかこれ面白いなと思うんですけどね。
ぜひモネとブーダンが一緒に描いた絵という
そんなようなことを調べてもらうと
やはりネットの方で検索することができると思います。
ぜひ見比べていただきたいですね。
どちらが好きかなんてことも考えてもらえればなと。
そんな風に思います。
それではフロアさん、今日の音楽をお願いします。
本日の曲はミシナ・サチさんのBORN TO BE LOVEです。
本日の曲はミシナ・サチさんのBORN TO BE LOVEでした。
ブーダンとモネがイーゼルを並べた絵を見ましたけれども
世代を超えた影響と芸術の継承
タイトルをちょっと触れますね。
ルエルの眺めという1858年の作品です。
これで調べていただけると良いですね。
正確にそれが検索できると思います。
17歳のモネがブーダンと並んで
同じ場所にイーゼルを立てて描いたということははっきりと分かっています。
17歳ですごいですね。
ルワーブルですね、先ほどブーダンも住んでいたという
ルワーブルの近郊のノエル渓谷へ出かけて
同じ風景をそれぞれの視点で描いたと。
ブーダンは非常に丁寧にいろいろなものを
農家を描いているとか牛を描いているとかですね
木があり雲があるとか
でもやっぱブーダンは建物ないけどモネは建物ありますよね。
だからどこを見るかだよね。
それぞれにあるものをお互いに描きたいものを描くという。
ブーダンにある木がモネにはない。
ちょっとアングルが違ってね
この左端の方に多分これだろうなっていう。
そうですね。
だから並んでるってほんとにすぐ横に並ぶんじゃ
ちょっと離れてると思うんですよね。
これが木がポプラのような木がありますよね。
それをちょっと見ると今度は。
ほんとだ。遠くに見えるか近くに見えるか。
そういえば画家の方たちがグループで来ていて
例えばその風景を描いているときに
一人の方はこっち、一人の方はこっちって離れて描いてますよね。
そうですね。あんまり近くに見せない。
お互い見るとね。
全く隣で描いてる方はいらっしゃらないですね。
嫌です。
お互い真似してるみたいで見るなよとかね。
気になっちゃって。
キャンバスに向かうときにはある種孤独でありたいというのがある。
見られるのも見るのもいい。
そう。じゃあ私影響を受けたくないなとかね。
やっぱりバカに影響を受けちゃうの嫌だしね。
しゃくだしなとかね。でも気になるしね。
気になるしな。
そういう点でのアングルの違いはあるんですけども
本当にそういう点で自然をしっかり描こうとした細かなところ。
これも前半にちょっと触れたんだけど
油絵で描く経歴でいけばブーダンの方が数段上なんですよね。
経験以上は違いますからね。
扱ってる長さが。
それで色の扱い方なんかも。
ただまだまだ将来のモネのではなくて
本当に油絵の具を使い始めた頃のモネの色だなって感じがします。
それでもこれで描けるっていうのをやっぱりブーダンがおっしゃるように持ってる。
そうですね。
この子はみたいな。
多分に自分はこういう風に描いたけど
彼はこんな風に描いて
例えばこういうものを省略してると
このところはすごいという手応えはね
ブーダン自身は感じたと思うんですよ。
人物にしてもね。
水に映ってるね。
木一つにしてもなんかこう違いますね。
違いますよね。
多分にそのモネは油絵の具の使い方、色の出し方
こういう風にするんだっていうことを
ブーダンから直接アドバイスを受けることもあるかもしれないけども
やっぱりその使い方なんかを見ながら学んでいく。
それを見て自分のモネにしていく力ですよね。
この時にこういう風にするとこういう色が出るんだ。
そうするとこうなんだ。
自分自身もそうだけど自分よりも経験のある人
決してね、多分ブーダンの絵に対して魅力を感じてなければ
モネはついていかなかったと思うんですよ。
そうですよね。
でも反対にそういうリスペクトできる相手から
そうやって声をかけてもらえて
自分が知らない世界を見れたっていうのは
すごく大きな意味がありますよね。
ですからその人が世界を見せてくれて
同時に自分の世界をそこに見出していく。
そういう機会になってくると。
本当にその出会いっていうのは大きいなと思いますね。
それに応えた。
モネ。
そうですね。持ったものがすごくいいものを持ってたっていう。
当然応えられたし
ブーダン氏も確かに私が感じたものを彼は持っているという
手応えを感じている。
お互いにそこに感じるものがあって。
いい関係性ですよね。
でもそのきっかけでモネがどんどん進化していくという。
ある種ワクワクしたんじゃないかなという気がする。
作品がまたそれによって残るし見れるし。
多分どこかで自分とは違う新しい世界にどんどん行っているなというようなものを感じたかもしれない。
でも私は私。彼は彼。
彼はどんどん成長していく。
それを喜びとしながらも
さあそれに嫉妬するのではなくて
自分は自分の歩む道を歩んでいこうという。
やっぱりそこには年齢差がきっとあったからですよね。
そうですね。
同じようにやったとしても
例えば50代60代になった時に
30代の人の勢いにはもう自分はないじゃないですか。
そうですね。
それはちょうど私自身の年齢にもまさしくそうなんだけども
結局無断にしてみれば
次の世代をどう育てるかというところがあるところで
最初はこの子はすごい。この人すごいと思って声をかけて
そして一緒に絵を描き始めた。
でもその進化をずっと見ていくと
もう自分は彼を育てるきっかけを作っただけ。
それでいいんだという。
ある種それが非常に満足というか。
でもそこまでやってきたものがあるからですよね。自分にも。
そうそう。それはそうだよね。
そうですよね。
やってきたからこその自負というか。
それもあるしね。
だからこそ気が付いてあげれるというか。
そういうことですよね。
ですからこれも前回もちょっと触れましたけど
無断自身もフランスの政府からですね
勲章をもらおうと評価されている。
ですから自分が目指すものがちゃんと達成している。
そして自分が関わった若い人たちが新たな表現を目指して。
まだのすごいところはブーダーを真似するのではなく
そこからまた自分自身の独自の印象派というものを
目覚めていったとか作り出していったというか
これでいいんだという。
そうですね。
そこのところってすごく大きいんだろうなということを感じました。
さあ先ほどのフローラさんの疑問について
また深めたいなと思いますけど
このブーダーに関しては今回はこのぐらいで納めたいなと思いますけども
何しろでも次の時代をどう育てるか
そしてそれがどんな風につながっていくか
これはいろいろなところでね。
課題ですね。
ここまで生きてきた皆様の。
そうですね。
その通りでございます。
こんな話でもひょっとして誰かが何かヒントになればな
なんてことをふと思うこともありますが。
そうですね。まずは松本に行きましょう。
そうですね。
絵を見て、そして語り合い
そしてまたそれを自分の糧にしながら
ということを楽しんでいけるかな
そんな風に考えています。
いやいや、でもいいね。
モネもブーダーも。
そうですね。
頑張ります。
何を頑張るかということですが
美は見る人の心の中にある。
次回もアートを巡るひと時を一緒にマスターの伊藤でした。
この番組は大きな暮らしができる小さな家
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました。
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