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ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、アートと音楽に包まれ、何やらわいわい楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
こんにちは、ブルーテラスマスターの伊藤です。いかがお過ごしですか。
今週も、美術の話でひとときは共にお過ごしください。
改めまして、こんにちは。
こんにちは。
本日も、としちゃん、松浦さん、お越しいただきましてありがとうございます。
ありがとうございます。
としちゃん、前回はとても鋭いご意見をいただいて、
いやー、これぞ、ブルーテラス!ってちょっと目が覚めました。
ありがとうございます。
じゃあ、今週もその勢いでいきましょう。
ということで、今日はこんな作品を持ってきました。
誰ですか?
これは女性ですよね。
女性ですね。髪型とかね。
ただ、ちょっとデッサンした、木炭で描いてある作品なんですよ。
でも、実はこの手を組んでいる様子から、
ひょっとしたらこれは!ということで、
ルーブルの研究者たちが鑑定した結果、
なんと、レルダルト・ダ・ヴィンチが関わっている、
手を入れているということが鑑定されたというか、判明した作品なんです。
手を入れているということは、何人かで作った作品ということなんですか?
これは、レオナルドの工房。
当時は工房で制作をしていました。そこにいる弟子たちが指示をして。
レオナルドの場合には、一般的な工房として、
作品を大量制作するための工房ではなくて、
レオナルドが考えているアイデアを形にしていくための工房。
実験的な工房だったんですね。
ちょっとそこは性格が違うんですよ。
そこで描かれているのではないかということで鑑定したら、
確かにレオナルドが手が入っている。
ただ、実際そこで見たわけではないので、それを実際に確かめて、
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多分推測であるということなんですけどね。
いつ頃に見つかったんですか?
実際に鑑定されたのは2017年です。
そんなに昔のことじゃない。
どなたかが個人で所蔵していた?
パリのコンデ美術館という美術館にあったそうです。
どうもそうではないかということで調べてみたということなんですね。
木炭とチョークによる素描ということです。
制作年代は16世紀初頭ということですね。
まずこのポーズです。
これがモナリザに似ているということなんですね。
確かに。
モナリザというとルーブルにあって、
前は常に行列ができているという。
すごい。
これマスターが行ったときですか?
これは違いますけどね。
私が行ったときもこんな感じでしたね。
ここにはたくさんのスリがいるから気をつけるようにと言われていました。
確かにね。絵の方を見ていて。
そうなんです。
実はブルーテラスの関係者においてもスリにあったという経験がありました。
パスポートを。
いましたね。
だから行くときには気をつけるようにという話もあったんですけど。
でもここに入るのに入場料がかかるじゃないですか。
それを差し引いても利益が取れるから入っているということなんですか?
そうでしょうね。
ルーブルというと最近、強盗といいますか、窃盗事件がありましたから、
今度より警備を厳しくするということで。
と言って、我々がまた外国の人が行くと入場料が高くなって。
そうですよね。観光客代がね。
そうなんですよ。
そんなところがあるんですが、さあ本題に入ります。
さあこれちょっと並べてみました。
似てますね。
似てるといえば似てる。
確かに似てるといえば似てる。
どうなんだっていうね。
作の年代は同じ頃?
大体同じ頃だったんですよ。
そうすると、模写したというわけでもなくですよね。
そうなんですよね。
だから実際にこれを描くためにデッサンを兼ねて描いたのか、
いろいろな説というか研究者の考え方があるようなんですよね。
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たぶん一枚の絵を描くから、モナリザを描くためにこれだけを描いているわけではなくて、
そのための下書きとかいろいろな構想なんかもあるのでね。
そういうものが残っていればいいんですけども、
レジョン・ナルトですね。
レジョン・ナルト・ダ・ビンチの場合は、
放浪している部分があるんです。
いろんなところに雇われて、
生活していましたから、
一つの工房でずっと長く制作を続けたわけではないので、
そういう意味での資料は非常に乏しいわけなんです。
ですからこのモナリザがパリにあることも、
一時はイタリア人のレジョン・ナルトが描いたものだから、
フランスが奪ったに違いないと言って、イタリアに返せというようなことがあったんだけど、
実はそれはその時のレジョン・ナルトを呼んで、
そこで制作をしてもらうというような中で、
フランスの王様に呼ばれて、
そこで持ってきたものなんですけどね。
レジョン・ナルト自身が持ってフランスに行って、
そこで亡くなりますから。
決してフランスがイタリアのものを奪ったわけではないということで、
その問題は解決しました。
ですから本当にそういう点では資料が少ないんですよね。
でもやっぱり並べてみてやるんですけど、モナリザいいですね。
並べてみて改めてね。
私この後ろ側というか、背景がずっと気になっていて、
左側の白黒の方って背景が特にないじゃないですか。
でもモナリザの方って背景があって、
これは座っているのに室内ではなさそうじゃないですか。
バルコニーに座って、そのバルコニーの外にある風景ではないかと。
といってもその風景も非常にいろいろな意味を持たせての
象徴的なものが描かれているから、
そのままある風景のところに座って描いて、
後ろにこれがあってから描いたというわけではない。
じゃあどこかから持ってきてということなんですね。
だからモデルとして描いて、
そしてその中を今度は工房の中で絵を仕上げていくわけです。
風景を描くときにはモデルはすでに人物が描かれているので。
見比べてみて、手だけに焦点を当てると似ている。
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似ていないですか、指の開け方とか感覚とか、
その表情というんですか。
言われてみれば、
右の方は確かに女性ではわかるんですけど、
左はちょっと男性みたい。
女性か男性かわかんないですね。
そうですよね。
本当に顔の部分なんかでもやっぱりデッサンしているということで、
最後のこういう形ですよという、また色もついていないしね。
非常にまだまだ決めかねているという感じはね。
左の絵というのはレオナルド・ダビンチが描いたわけじゃなくて、
手を加えたということでなんですね。
そういうことを1ヶ月もかけて調べたんですね。
すごいね。
やっぱりそれは専門家だから、なんとなくこうですよというわけにもいかないので。
どういうふうに鑑定するかと興味があります。
でもその鑑定があるかないかでこの絵の価値が決まっちゃうじゃないですか。
そうですよね。
やっぱりレオナルド・ダビンチが手を加えたというその一言が入るだけで、
この絵はグッと世間からの注目も浴びますし。
それも鑑定する上で非常に科学的な分析もしているはずです。
当時の木炭だとか、そういうものを分析しながら絵をいくということをしているわけですよね。
ここの部分はレオナルドの手が入ったんじゃないかという感じですかね。
そうそう。
そういう意味ではちょうどラフですよね。
ラフというのが表に出すためには本来ある種タブー視されている。
宗教的な意味においてラフをそのまま出すのがタブー視されている。
ここで彼というのはある種の二つの理想を追ったのではないかという考え方が一つある。
社会的に表に出ていっていいということは服を着ている。着衣のモンナリザ。
ですから今これはルーブルで行列ができるぐらいみんなが見る作品ですよね。
それに対してラフということは、当然ラフの作品も見られていますけれども、
表でもなくてもう一つの美の基準として、美の理想としてのラフということで描いた。
それがダビンチの思いの中にそういう二つの理想が込められて、
この作品があるのではないかというふうに研究者の中では得られているんです。
私ちょっと思ったんですけど、もう一つ宗教的な路線でいくと、
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天使というのは性別がないんですよね。
なので女性とも男性とも取れそうなこの人物は、
人ではなくて天使なのではないかなと私はちょっと思ったりしました。
そういう点で表情、顔を見るとね。
思いました。顔は女性なんですけど、首からは男性で、胸は女性なんですけど、
腕は男性っぽいなんて。
だからアンバランスにも感じるから、え?って思っちゃうんですけど。
ちょうどこの木炭で描かれているということは、
やっぱり描きながら、今ここで会話されたような迷いとか、どうしたらいいだろうかって思考がここに現れている感じ。
なるほどね。
やっぱりパンで消したんですかね?
そうですね。消しゴムというよりはパンの方で。
木炭はパンで消すんですよね。違いましたっけ?
木炭はパンで消します。また美術部の話になりますけど、よくパンを食べていました。
目の力というか、左の絵すごいですね。
ずっと見ていると引き込まれるように、積極的にこっちを見ている感じで。
私、それぞれ違う角度から見ているじゃないですか。
でも私、この角度から見ても、私を見られているように感じるんです。
そうだよね。モナリザはどっちかというと、受け身の感じだけど、
左の方はもう能動的に見ている感じ。
でもモナリザの視線というのは、常にどの角度から見ても自分を見ているということで、
そういう描き方をされている。
この方もそうなんですね。
そうですね。そういう点では、木炭で枯れたラフのモナリザも同じ。
またそのところも共通性があるのかな。
これがリョーナルドが描いたんじゃないかと。
そんなふうに言われる絵じゃないかなと。そんなふうに思うんですけども。
こうやって比べてみると、なかなかやっぱり面白いですね。
と言って、自分でやってみながら面白いですねという手前みそですが。
それでは古賀さん、今日の音楽をお願いします。
本日の曲はミシナ・サチさんの東京です。
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外縁通りを行く
落ち葉踏みしめてきたばかりの
あの御戦士を握りしめて
もっと顔を上げなきゃ
空の高みに贈るよメロディー
震えてしまうライブハウスへの坂道
音をひとつにどうしても
重ねたくてもう目を打つ
ひとりきりでいる
ほっといてよなんて
背中向けた東京
恋人たち行き交う
名もなき離境
その足元を流れてゆく
山の底線を数えた
石へ手は波のように繰り返す
橋を歩け泣いたあの夜を
包んで帰った東京
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あの夜明けビールの夕日も
燃えていたね東京
東京 of my dream
ただいまの曲は三階さんと東京でした
ダビンチのですね
レオナルド・ダビンチですね
レオナルド・ムラ
ダビンチ・ムラのレオナルドという
レオナルドというのがですね
ちょっといろいろ混乱してしまい申し訳ありません
さあこのモナリザですね
ラフのですねモナリザ見てきたんですけども
やっぱりそういう点で
もしかしたらレオナルドが書いたということにおいては
非常にですね肩とか鎖骨とか胸骨ですね
それからいろいろな体のひねり方とかっていうような
その辺とか科学的な視点で書いてある
装飾的な優しい女性ってイメージで書いたのではなくて
科学者の視点
医学なんかを学んできた人の視点として非常に
描かれているという観察されて描かれているという
そんなところもあるようですね
それでダビンチの手が加えられているというのは
当時は工房というところで描かれていて
多くの工房はたくさんの注文を受けて
たくさんの作品を作るためにそこに弟子がいて
その弟子に師匠さんお師匠さんはいろいろ指示をして描くと
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そういったのでダビンチもそういう工房で技術を身につけて
そして世に出てきたわけですけども
ダビンチも工房を持ってたんですが
どうもダビンチの工房というのが作品をたくさん作るのではなくて
ダビンチはもう次から次にいろいろなアイデアを持っています
画家として雇われるよりも
例えば軍事兵器ですね
そういうものを売り込むわけです
僕はこういう兵器を作ることができるから
私を雇ってくださいとか
その部分のほうが結構多くて
ついでにこの絵も描きますよ
それから楽器も弾けますよというような
そんなようなことで来ているわけです
戦車の設計術とか
連発銃というか機関銃みたいな
確かに武器もデザインしている
非常にある種近代的な兵器の
まだその時代は作れなかったけれども
そういうアイデアというものがあって
そういうものを実際に考える工房という
そういう要素が強かったようです
ですから工房の中には
考えている作りかけのさまざまなものが点在して
その中に作品もあったり
そうすると他の工房は
弟子たちは画家の指示を受けて
作品を作っていく
そして作ることによって
自分の描く技術をマスターしていくわけです
そういう点では次の画家たち
作家たちを育てていく場所ではあったんだけれども
どうもラビンチの工房はそうではなくて
ラビンチがいろんなことを考える
こうするとこうなる
こうするとこうなるというような
考えることを実際に横にいて手伝いながら
ある時は兵器を作っている
ある時には絵を描いている
いろんなことを常にやっていく
何か身につける場所じゃないということなんです
いろいろやらされたみたいな
これをやりたくて来ているのに
中にはそういうことで
自分が望んだことじゃないんだということ
だけど同時に
それを何を伝えたかという
実際にその後活躍した弟子たちもいるんです
名を残した人たちもいるんだけれども
何かというと
物の考え方とか思考
それを伝えるというか
技術とかテクニックではなくて
様々なものに対する着眼点とか
発想だとか
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それを育てる
そう言ってしまえば
すごいことをやっているような感じもするんだけど
リョナルドが思いつくままに
そしてそれに触れて
多分それに興味を持った人が
また残っていったんだろうなと思います
一緒にやってみたい
面白いと感じないとだめですよね
それで食べていけたのかどうかが
ちょっと心配ですが
確かに気に切りかかる
実際にはちゃんと育って
体制している方もいますので
じゃあ今後の課題ですね
それは誰か
どんな作品が残っているのか
それだけでもまた取り上げたいなと思うんですけど
ちょっとこれ
サライっていう
ジャン・ジャコモ・カプロティ・ダ・オレーノ
オレーノ村のジャン・ジャコモ・カプロティということですね
どなたですか
ジャン・ジャコモ・カプロティの一人です
わりと小さな頃から
ダ・ビンチのそばにいて
そして育っていったということで
作品もいくつかありますから
このサライ
通称サライという作品も
ぜひ見てみたいな
そんなふうに思います
でも同時に
どんなことをダ・ビンチから学んだのかということ
だから作品だけではなくて
もうちょっとこのサライの
どんなことをしたかということがもし分かれば
またそこにつながりが生まれてくる
そんな気がするんですね
この方の作品みたいに何か残っているのがあるんですか
これも自画像ですので
結構短命ですか
でもそういうわけじゃないのか
いや44で亡くなってますよね
やっぱりこの時代の方たちに
絵の具による何か中毒みたいなのがあるんですかね
あるかもしれないしね
ダ・ビンチの
チューやトワスの何に付き合って大変だったのか
こんなことを言うとそんなことないよって
怒られちゃいますね
夜中に起こされて何かやられたりとか
あったんじゃないかと
でも長く続けられたというのは
それはそれなりに面白かったということもあるかもしれないね
それからまたこれもね
これはフランチェスコ・メルツィの
という方が描いた作品です
また綺麗な青ですね
これはね
素敵な作品
本当に格式があるというか
非常に面白いというか不思議なのは
胸をはだけているんです
片方は隠していて
片方ははだけている
これが何か先ほどの
モナリザの
ラフとラフじゃない方
それが同じ画面の中にあるような感じもして
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この辺の作品の背景なんかもね
また見ていくと面白いなというふうに感じます
でもすごく綺麗な作品ですね
そうですね
やっぱ青が綺麗だね
青がやっぱりそうですね
この時代の青というのは本当に貴重な顔料でもあるので
青が使われると一気に値段が跳ね上がるんですよね
そうなんですね
非常に貴重な高価な顔料ですから
ラピスラズリっていうね
でもこれ確かに半分胸がはだけていなければ
ただの女性を描いた像じゃないですか
でも胸がはだけていることによって
何か宗教的な意味とか
何かあるのかなって想像させちゃって
目を引きますよね
そういう観点からも調べてみると面白いそうですね
これは作者の名前ですか?
そうです
フランチェスコ・メルティ
まだまだ弟子たちがいますけど
レオナルドの弟子たちというようなことで
深掘りしていくと面白いものが見えてくるかなと
そんなふうに思います
何かあれ見るとこれなんだって言って
キリがないなというのが
これが美術の面白さだなという気がするんですけど
描くのも見るのもとても興味深いなと
そんなふうに感じるところです
リアミルストの心の中にある
マスターの伊藤でした
この番組は大きな暮らしができる小さな家
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りしました