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2026-02-26 29:10

2026/02/11 アートカフェ・ブルーテラス

アメリカのフォークアート画家、グランマ・モーゼス

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ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、
アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード、株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
こんにちは、ブルーテラスマスターの伊藤です。いかがお過ごしですか。
今週も、美術の話でひとときをともにお過ごしください。
改めまして、こんにちは。
松浦さん、いつもありがとうございます。
はい、こちらもいつもありがとうございます。
そして今日はですね、新しいお客さんもお迎えしております。
としちゃん、ようこそ、アートカフェ・ブルーテラスへ。
私なんかがお邪魔して本当によろしかったのでしょうか。
いやいや、もう全てオープンですからね。
楽しんでいただければと思います。
よろしくお願いします。
それではフロロさん、またよろしくお願いします。
さて、今日はですね、こんな作品を用意しました。
かわいいですね。
いいですね、これ。
いいですね。ラジオを聴きの皆さんは何がいいんだ。
いいですね。
非常にほのぼのとしたというか。
なんかね、リラックスできる。
アメリカ?ヨーロッパ?
アメリカです。
ラジオを聴きの皆さんに分かるようにですね、お話ししますね。
グランマ・モーゼスというですね、方が描いたアメリカのフォークアートですね。
非常にカントリーといいますか、田舎の風景を描いた。
一見、子供が描いたのかなというような感じはしますけど、
でも非常に緻密に様々なものが描かれています。
フォークアートと呼ばれているジャンルのものなんですけれども。
明るい絵ですね。
そうですよね。
いろいろな人たちが楽しみながら、その場にいるというような。
機関車が走っていてね。
そして建物があって、駅があって、建物があると。
これ、イーグルブリッジホテルというタイトルなんですよね。
ですから、そこのホテルに白い建物がホテルがあって、
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その手前には道があり馬車があって、そこに人々がいるという。
なんかすごく赤いドレスを着た女性が目立ったりとか。
子供ですかね。
そうですよね。
そして男性たちは白いシャツに黒いジャケットを着て清掃しているというのが。
なんかホテルでパーティーがある。
そういう感じですね。
そうなんですよ。
機関車が煙を吐いて、ちょうど駅に止まっていて、
黄色い客車が何両もつながっていると。
そしてその駅のところからホテルにかけて、
ちょっと斜面のようなところで走り回っている、一見子供のような姿があったりとか。
ここには自動車というものは一切書かれていませんから、
本当に馬車の時代ですね。
これが書かれたのが1959年の作品なんです。
だから実際にアメリカでいくら田舎であっても、
こんな風景は1959年にはほとんどない。
ないわけじゃないんだけど、自動車が当然走っているし、
道路も舗装されているんだろうけど、
非常に懐かしいアメリカを描いたということで。
そうですね。
1959年ってまだそんなに昔じゃない。
70年前?
いや、僕の生まれた年で。
私がちょうど4歳ですね。
生まれた年。
ちょうど高度経済成長のちょっと前だよね。
新幹線なんかが出てくるとか。
その時代に描いた古き良きアメリカってこと?
そういうことですね。
きっとその頃のアメリカはこんな光景がなかったでしょうね。
昔のことを古き良き風景として描いたんですかね。
そうですね。
先ほどグルアンマン・モーゼスという画家の名前をお伝えしましたけれども、
アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスというのが正式の名前です。
1860年生まれで、1961年に亡くなっています。
ですから、このイーグル・ブリッジホテルっていうのを描いて、
あと2年後に亡くなるわけですけど、101歳まで長生きされた方なんですね。
ところがですね、絵をいつから描き始めたかというと、70代の後半だそうです。
後半?
70代の後半から絵を描き始めて、作品が1500点ほどあるという、相当の数を描いているという。
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30年ない中で?
そうですね。
つまり70歳までは絵とか全然描いてなかった?
それまではね、主婦ということが人生の中で長く主婦をされていて、
家族のためにさまざまなことをしている。
その間に刺繍はしていたみたいです。
刺繍をしていたんだけど、関節縁で刺繍ができなくなったので、絵を描き始めたということなんですね。
ですから、突然描き始めたというよりも、刺繍という糸で色を描いて、
糸を使って描いていたのを絵の具に置き換えたんだなというふうに見ると、
見ている絵ですね。
なんとなくその雰囲気をね。
刺繍のような。
針絵というか、山下清さんね、もうなんかこんな雰囲気だなと思う。
天秤画みたいな。
あの方、針絵やるでしょ。紙ちぎって。
ですから、山下清さんの場合は、紙を貼る代わりに絵の具を置いていって作ってみる。
その天秤画のような絵になったり。
でもそういう点では、刺繍というのは色を置いて、
また隣の色との関係で色が生まれてくるので、
非常に共通した表現になるんじゃないかなと思うんですけど。
そんなことですから、全くの素人です。
美術の教育を受けたわけではないんですけど、
こんな作品を描いています。
さあ、ちょっと別の作品もですね。
これいいですね。
かわいいですね。
クリスマスの時期かな?
そうですね。
クリスマスツリーらしきものがありますね。
そうですね。これは初期の作品です。1943年ですから。
なんかすごい世界観がありますね。
そうなんですよ。
でもね、あれは七面鳥ですね。
そうですね。七面鳥がいて。
感謝祭に向けての七面鳥ということですね。
を捕まえるという、そういう作品です。
でも本当にほのものとしてね。
いろんなところに目を向けても、
本当にしっかりと全体の構成、
七面鳥とかそれを捕まえようとしている人物に視点が行くんだけど、
それを包む空から雪が降ってくる様子、
遠くの雪山、近くの山、そしてすぐそばにある建物ですね。
ナイヤのようなものとかね。
農場ですよね、きっと。
そして向こうには町があるという感じですか。
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そうですね。山の向こうには町があってね。
本当にそれをね、あるもの、それを丁寧に並べて、
そして奥行きを作っていくという。
いいなあ。
いいですよね。
動きがありますね。人にしても動物にしてもね。
そうなんですよ。
だからここからね、一番手前にある人物のいるところからずっと、
例えば農場の柵のようなものをたどって、ずっと山の向こうを通っていくと、
遠くにある町につながっていくっていうね。
そこにもいろんな物語があるなあということを感じるんだけど。
ですから本当にそういう生活で感じたもの、見たもの、
体験してきたものを絵にして丁寧に描いているっていう。
そんな感じがします。
さあ。
これもいいなあ。
これは春ですか。
そうですよね。芽吹きを迎えて、ちょっと初夏に向かう頃ですかね。
そうですね。タイトルがThe Rainbowです。
本当に虹があるし。
これ実はですね、最後の作品なんです。
1961年に描かれた。
101歳の時の。
でも本当に力強いというかね、いろいろ思いがね、込められている。
なんかきっとこの場所が大好きだったんでしょうね、この方は。
そうですね。本当に農村の風景。
自分の長年暮らしてきた愛する農村というか、
愛する場所を丁寧に描いてきたという。
真ん中に木がボーンとあるでしょ。
すごく存在感がありますね、あの木ね。
その後ろに虹がかかっている、この構図。
そうなんですね。
決して虹と木が重なり合っているんだけど、
お互い打ち消すことなく、一つの空間に綺麗に存在しているという。
いろいろな意味で豊かな時代というか、過ごされた方なんですね。
そうですね。
ちょうどアメリカにとっては第二次世界大戦を挟んでのところですよね。
戦前戦中戦後という、アメリカが最も豊かだった時代という風にも言われますよね。
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でもこの絵自体は、まず車社会の前じゃないですか、鉄道と馬車の時代で、
ある意味、アメリカが年化する前の農村の物質的にも、
いろいろな意味で精神的にも豊かな場所で過ごした時代を描いているという。
そうですね。そういう意味でフロアショットさんが言った豊かさというのは、本質的な豊かさですね。
物質的なというよりも精神的な豊かさ、それが描かれている作品だなという。
この絵も描きたいから描いている絵というか。
描かされているんじゃなくて。
例えばこれで展覧会に出品してやろうとか。
そういう野心がないといって、本当に純粋に描きたいから描いているという絵ですけど。
最初どういう季節でこれが世に出てきたんですか?
そうなんですよね。それについては後半で少し詳しくお話ができればなと思うんですけども。
でもこういう作品がたくさん出てきて、そしてそれを世に出るためには誰かが気づいて、そして発表する機会を作ったということですよね。
そうすると70後半から描いてきたものが今度は非常に脚光を浴びながら、そして101歳まで描き続けるというね。
人生はどんな展開があるかわからないというところですよね。
非常にそこのところは70代になりました。マスターとしては非常に興奮深いところなんですね。
大変私ごとで申し訳ありませんが。
でもこの時代の70ってのはやっぱりルナと違ってかなり恒例だったんじゃないですか。
今では70代の人で元気だけど、60年代とか50年代ってのはやっぱり。
そうですよね。
といってもここから101歳まで描き続けた。
やっぱりそこは何かやはり出会いとか展開、それも一つエネルギーになったんじゃないかなと。
そういうふうに思います。
ということですれば後半にお話ができればなと思います。
それではフロアさん、今日の音楽をお願いいたします。
本日の曲はミシナサチさんのブルームンブルーボサノバです。
あなただけ目で追っていた
ギター抱えて急ぐ足より
恋に落ちた歌うたえ一人
15:08
耳を離れない
水面の調べ
彷徨る愛で
戸惑いもためらいも
熱いサイト
庭の雫に光る
ペリキュア見つめながら
ボサノバ
私を
あなたは何も知らない
止めないで
日潮も海鳴りも
耳すますわ
Hold me tight in your arms
ように
You are in you
奏でてみたい
18:01
ボサノバ
月に照らされ
静かに顔上げ
ただいまの曲はミシナサチさんのブルームンブルーボサノバでした。
さあ、70後半から絵を描き始めたモーデスさん、
どんな風に作品が紹介されたかということなんですけれども、
当然趣味のように描いていたわけですけれども、
その作品が地元、ニューヨーク州のグリニッジの近郊ということなんですけれども、
そこの薬局のショーウィンドウに飾ってあったんですよ。
それをたまたま美術の画賞のルイス・カルドーという方が目にして、
それをなんとニューヨーク近代美術館の展覧会に出品したと。
出会いですよね。
たまたまなんですね。
この展覧会って簡単に出品できるんですかね?
どうしたら出品できるのか、そこが知りたいみたいな。
そこが多分そういう美術賞というか、画賞ということでしょうね。
この方の推薦があったから。
たぶん画賞としては売れるというような、そういう思いもあったはずです。
ただ何が面白いかっていう。
彼らの面白さというのは、これを紹介したい、世に出したい、
そして同時に売るということが一つありますから、目的としてね。
それで注目を浴びたと。
77歳にしてグランマ・モーゼスという名前で作家デビューしたということになります。
これはご本人?
そうです。本人が自分を描いた。
可愛らしい方ですね。ピンクの髪が。
カンバスとかじゃなくて普通のテーブルに絵の具を置いて。
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今スタジオでカフェで見ているのは、自分が絵を描いているところを描いた。
自画像のようなものなんですけど、実際に写真があります。
そのままですね。
そのままイーゼルにキャンバスを立てて描くのではなくて、あるテーブルに。
でもこのテーブルの足なんかにも絵が描いている。
描き込まれていますよね。
下、新聞紙を引いてやっているんですよ。
本当だ。
絵の具の皮もそのまま置いてあって。
そうなんですよね。
描くものは、先ほどから見てきたように、自分の今まで体験してきた、見てきた風景とか生活を描いているということなんですよ。
彼女自身は、昔ながらの幸せな暮らしを記録していくという。
見ていて幸せな気分になる絵じゃないですか。
どうです?
そうですね。
小さい頃とか、小学生、中学生ぐらいの時って、私は外国に行って、自分の好きなことを目一杯やってやるとか、
遠くを見がちなんですよ。若い時ってそういう方多いと思うんですけど。
でもこのくらいの年になってくると、そんな遠くに行かなくても身近にあるもので十分幸せだということが多分わかってきてらっしゃるから、
身近にある風景だったり、自分の生活を描いてらっしゃるのかなっていうのは思いましたね。
そうですね。
先ほどちょっと年齢とか寿命のことを言うと、大変この時代としては長生きされた方ですよね。
そうするともう70、半ばでそろそろ80になるということは、もうそろそろ。
そんなに長くない。
それだけに今まで経験してきたものを書き溜めていくという、伝えていくというような。
それが自分自身の中にあるものを外に出す作業。
これ誰に見せるってことじゃなくて、自分自身がそれを見ていく。
それにまた共感する方がいて、発表する機会があって、それがまた多くの人の共感を読んだということですね。
でも結局その古き良き時代のアメリカをこうやって絵にすることで、それを求めた人がいるってことですよね。
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これすごい、私たちが見てもすごく可愛くてほのぼのとする絵だねとか、幸せな時代なんだなっていうのが伝わるような絵だから、
実際に多分その場にいた人たちにとってはもっと懐かしい古い写真を見るような。
そうだよね。だから、あ、そうそう、あったよね、こんなこと。
それこそ思っていれば、あれ、あの時のことだよね、とかっていうのはね。
あとはきっとどこにでもあった風景なのかな。
確かに。今30年代とか昭和の時代とかがブレイクしてるじゃないですか。
あんな感じだろうな、老人の姿とか。
なんかね、三丁目の夕日みたいな、昔こうだったの。
だからこの方は、モデス様の写生とかじゃなくて、自分の記憶の中にある風景を描いてたの。
よくそれだけ覚えてたというか、やっぱり幸せな暮らしだったんでしょうね。
あとは憧れがあったんですかね。
そうそう。だから先ほどちょっと私が豊かな時代ということで、
アメリカがどんどん近代化していくというところで、なんだけどそれが豊かではなくて、
それのことによって失われていくものとして変貌していく風景を見ている。
それに対して失われない自分の中にある大切な風景、豊かな風景をここに示しているという。
ですから部屋の中で、あの時にこんなことがあって、この時にはこんなことがあってという風に。
それを自分の体験として、実感として感じたものがここに描かれているという。
でもすごく素敵な方ですね。写真見ててもすごく絵になるおばあちゃん様が。
なんかすごくいいですね。
そうですよね。こういうフォークアートとか呼ばれるジャンルっていうのは、
いろんなところで紹介されてたりしてます。
ナイブアートなんて言い方もされますけども、
そういう点でそこに見るものっていうのは、ある種共通したホッとする優しさとか柔らかさとか、
そういう要素っていうのがあると思うんですよね。
何よりも、先ほども私が70代になっているということなんだけど、
いろんな可能性って、別に70代じゃなくてもっと若ければ若いほど、
さまざまに常にそこから何かが始められるんだ、積み重ねられるんだっていう可能性を、
このグランマンモーゼスの作品の中に、あるいはこの生き方、描き方にはあるんだなということを強く感じるんですよね。
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この1500点の作品というのは今どういうところにあるんですか?
そういう美術館のようなものがあったりとか、いろいろなところに収蔵されていて、
そして大切に保管されていると言いますかね。
スミソニアンアメリカ美術館とか、ベニントン博物館などに収蔵されているということなんです。
ちょうど生誕160周年ということで、グランマンモーゼステン、素敵な100年人生というのが、
2021年から2022年、日本でも開催されたそうです。
確か電車の中に、つり革のポスターを見たことがあります。
つりポスターで、ちょうど確か雪の風景が出て、いい絵だなと思って。
第二次世界大戦後の急速に変化するアメリカの姿に対して、彼女がいろいろな思いがあったと。
それを作品が、101歳で彼女が亡くなったときに、
ジョン・F・ケニー大統領が、彼女の人生と技術はアメリカの心を移したという言葉を送ったということになります。
やはりこれもその時代の生きたんだなということを感じます。
ビア・ミルソンの心の中にあるマスターの移動でした。
ご視聴ありがとうございました。
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