ポッドキャスト紹介と建築・土木のテーマ設定
健康のアレコレの健康のアレです。こんにちは。 このポッドキャスト番組は、建設コンサルタントというわかりにくく、つかみにくい業界について、あれこれ、お話をしていく番組です。
スポティファイ、アップルポッドキャストなどのポッドキャストアプリのほか、YouTubeでも視聴することができます。
使いやすいアプリを使って聞いていただければと思います。
今日はですね、建築と土木のことについてお話をしていきたいと思います。建築と土木、そうですね。
まあ、私は一応土木の業界にいますけど、例えばね、配金の考え方が違うとかね、コンクリートの流動性の考え方が違うとかね、
設計やってる人でいろいろと違いの話、話題になることもありますし、一つの構造物を作るときに、土木の構造物の上に建築物を建てるとかいうこともたまにあるんですね。
都市型のトンネルとか地下道路とかの管理省を上に乗せるみたいになったときに、その地下の構造物は土木。
その土木の構造物の上が建築とか言ったときに、基準法にのっとって構造物、構造計算するときどう考えるべきなのかとかですね。
反力をどのように扱うか、お互いにどのように扱うかとかね、結構いろいろとあるわけなんですけど、この話をちょっと今日しようと思ったきっかけは、あるポッドキャストに出会いまして、
建築ポッドキャスト「今夜も図面を描きながら」との出会い
それがね、今夜も図面を描きながらっていうポッドキャストなんですね。もうどうですか?もうタイトル聞いただけで、聞いてみたいって思いませんか?私なんかもう即でしたね。
どう見つけたか全く覚えてないんですけど、ツイッターで見かけたのかな?そうだな、ツイッターで見かけたんだな。
それでも即ポチしましたね。このポッドキャストは福島さんとあげみさんという建築の設計をやっていらっしゃるお二方のポッドキャスト番組で、福島さんもあげみさんも建築士として設計をやっていると。
お二人ともどこか企業に勤めて、今ではね。今では企業に勤めての建築士ではなく、フリーというか個人で設計をやっていらっしゃる方ということですね。
福島さんの方は、もうこれポッドキャストで話してるからいいと思うんですけど、滋賀県にご自身のご自宅を自分で設計して建てたと。
建てて住み始めて何年目って言ったのかな?2年目なのか3年目なのか、そんぐらいな感じだと思います。
だから比較的最近建てたと。ポッドキャストで語られている面白いエピソードとしては、いざ建てようとして、役所とかに申請を出しに行った時に、
生活排水を出すために近くに公共下水が来てなくてってことなのかな?
有事速攻を200メートルぐらい自費で引かなきゃいけないってことになったみたいですね。
ちょっとこれ、下水って本当に下水じゃないのかな?敷地に降った雨水の処理なのかも。
ちょっとよくわかんないですけど、とにかく有事速攻を200メートル自費で払ったっていうのが、いきなり土木っぽい話が出てきて面白いなと思ったっていう。
そんな話です。それからもう一人はアゲミさん。アゲミさんは、あ、ごめんなさい。福島さん、今滋賀県って言ったけど間違えた。三重県だ。
福島さんがお家を建てたのは三重県。それでアゲミさんの方が滋賀県で、小民家を買って今住んでるんだけれども、それをまたやはり自分の設計でリフォームをしようとしてる。
というアゲミさん。どっちかというと、一旦自分の設計で家を建てた、三重県に建てた福島さんと、これからリフォームをするってアゲミさんでお話をしていくっていうところも面白いし、
またお二人のその建築の技術者というかね、設計者としてのキャリアの話とかもかなりお互い違う感じで、それが面白くて聞いてるということなんですけど、
建築物の定義と人の暮らしに寄り添う設計
それがきっかけで、建築都道府って改めて考えると面白いなぁと思いながら、ちょっと今日は話していきたいと思うんですけど。
まず建築都道府の違いっていうかね、どういうものかっていう話をしてみたいと思いまして、そもそも建築物って何かというと、
これはよく私も機械の設計をしていても出てくるんですけど、建築基準法というものがあります。建築基準法では土地に定着する工作物のうち、屋根および柱もしくは壁を有するもの、これを建築物と建築基準法では定義されています。
土地に定着する工作物のうち、屋根および柱もしくは壁を有するものですね。これね、まあ機械の設計、私はインフラにかかる機械の設計をしてたりするんですけど、機械をどのように守るかっていうときにもね、これが関わってきて、
屋根をつけなければもちろん建築物扱いにはならないんですけど、屋根をつけて部屋とか小屋のようにすると、じゃあこれは建築物とみなされるのか、基準法の対象なのか、また、申請、確定申請じゃなくて、最近確定申告の時期だから名前忘れちゃった、確認申請とかいうのを出す必要があるかないかとかよくですね、うちの建築の部署とやりとりしたりするときとかありますけれども、それが建築物ってことですね。
で、屋根と柱もしくは壁、特に屋根っていうのが非常にポイントになるわけなんですけど、この屋根があったら建築物になるかもよみたいな話は、これは構造側から見た視点なわけですけど、もうちょっとね、社会的に土木との対比で建築物って何なのかっていうのを考えてみると、
これ私個人的な解釈、あるいは個人的な観察なんですけど、人が長時間滞在する空間を構築するための構造物、こういうのが建物、建築物っていうことなんじゃないかなって思うんですよね。
その場で長く人が滞在することを前提としている。だからね、私は出身の高校に自分の仕事を紹介するっていうイベントに、ある時期、毎年コロナまでの間に呼ばれてた時代があるんですけど、私が一人呼ばれてるんじゃなくて、お医者さんも呼ばれたり、メーカーの人が呼ばれたり、スポーツクラブのスタッフをやってる人が呼ばれたり、とにかく卒業生でいろんな仕事をしてる人を20人とか15人とか呼んで、
自分の仕事を紹介するっていうね。各教室に分かれて、学生さんは自分の気になるところを聞きに来ると。私、建設コンサルタントですって言って行くんですけど、必ず建築を目指してる学生さんが来るので、そこで私は建築と土木の違いをわかりやすく説明するっていう経験がその時あったんですけどね。
その時に学生さん、高校生にわかりやすく言ったのは、とりあえずトイレだったらそれ建築ですって話をしてました。学校にトイレありますね。そうです、これは建築物です。でも道路にトイレないですね。公衆トイレあるかもしれないけど、公衆トイレも、公衆トイレを囲っている建物はあれは一応建築物でしょう。でも道路空間にはトイレないよねとかね。
誰のものでもないとかね。なんかそんな話をしましたけど。話を戻すと建築っていうのは、その空間の中で人が長く滞在をするっていうことがかなり前提になってるなと思って、だから土木と比べてもやっぱり消化設備とかね、不燃性のもので作りましょうとか、そういう作る材料・材質についても基準法という法で色々定められているという部分が、
特徴的だなと思いますね。不燃性の話は基準法というか消防法というものと、それ両方見てやらなきゃいけなかったりするということもあるけど、基準法はどっちかというと耐震か、地震に対してどんな性能を有しなきゃいけない、それに対してどんな計算を行わなきゃいけないみたいなことも基準法で書いてあったりするってことらしいですけども、
そういうのもやっぱりその中で人が長く過ごすということを前提としているっていうのが建築物の特徴、土木と対しての特徴だなって思ったりしますね。だから民家・家屋・お家と店舗、それからさっき言った学校とか図書館・コンサートホール、こういうものは建築物ですね。
だからものによっては私有のものだし、コンサートホールとか学校とか病院とかそういうものは公共ですね。公共の建築物もあるし、民間の建築物もあります。
建築設計の魅力:繊細な空間体験の追求
対して土木構造物ってどういうものかっていうと、土木構造物っていうのはその場に長く人が滞在するっていうことはあまり求められていないものだなって私は思うんですね。道路・トンネル・橋・堤防とか防波堤とかダムとかそういうものはその場に人が長く留まるっていうことが目的にはなってないなっていうふうに思います。
また建築物の特徴に屋根っていうのがあって、屋根および柱または壁って書いてあるんですけど、屋根が独立して書いてあるからやっぱ大事なんですけど、土木構造物って基本的にオープンな空間に作ることが多いですから屋根が伴わないものが多いから、屋根が伴った瞬間にはい建築物ってなっちゃいますからね。
そういう時点でも形として違うんだけど、そういう違いがありますよねっていうところだなって思ったりします。
ちょっとこの建築と土木の面白さとか違いについて、それぞれここから話をしていきたいと思うんですけど、まず私が土木の業界にいますので、私の専門は機械設備ではあるんだけど、
でも土木構造物あるいは土木インフラに付随する機械設備を設計してますんで、土木の方が馴染みがあって。その土木寄りの業界から見て、この今夜も図面を描きながらっていうポッドキャストを聞いてて、
面白いなーってすごく思ったのはですね、例えば結構エピソードのエピソード今40何回くらい公開されてるんですけど、ちょっと待ってちゃんと40何回って本当か?
43回、シャープ43が最新なんですけど、一番最初のシャープ3とか2とかの方に福島さんのお家を建てた時の話とか、
アゲミさんが福島さんのお家に訪問した時、行った時の感想とか、あと行ってその場で収録してる回もなんかありましたけど、その時の話とかすごく面白くて、
例えばね、履き出し窓っていいよねーってアゲミさんが言うんですね。履き出し窓っていいよねー。
室内と庭とのこの空間の連続性とか開放感とか、素朴な感じもするし。
アゲミさんは自分のお家をこれからリノベーションする上で、その庭に面した壁にその腰壁の窓にするか、履き出し窓にするかを悩んでるんだって話をしてたりするんですね。
私はこの履き出し窓っていう言葉全然知らなかったんですけど、皆さん見慣れてるもので、私も見慣れてるもので、ベランダね、集合住宅に住んでた場合、ベランダに出ていく窓って開けて外出れるようになってるじゃないですか。
あれを履き出し窓って言うんだそうです。腰壁にするかって言ってたけど、腰壁の窓とかっていうと、壁を四角く切り抜いた窓。
切り抜いた窓は腰壁って言ってましたけど、そういう窓で。
私もずっと集合住宅しかほとんど住んだことないんで、実家も団地だったんで、あんまり考えたことないんですけど、
一戸建てを設計するって言った時に、庭にその窓からパッと出てけるようにするか、お庭に行くなら別に玄関から出て靴履いていけばいいっていう考えもあるから、
その窓は四角くくり抜いて出入りができない窓にするか。設計の一つのポイントみたいなんですよね。
あげみさんが、やっぱり腰壁の窓の方が景色を切り取るのにはいいなぁとも思うし、
だけどやっぱりその外に出ていけるこの床面から地面のこの空間の連続性みたいなものを考えると、やっぱ吐き出し窓もいいなぁと思って悩んでんねんって言ってたんですけどね。
そういうふうに設計をどうするかって考えるんだ。そこを悩むんだ。
あげみさんは自分のお家をどうするかを悩んでるわけですけど、おそらくクライアントさん、施主さんから設計を依頼されたその家に対してもどうしましょうか。
この土地の使い方としてここにお家を建てるときに、吐き出し窓だったらこうだと思いますよ。腰壁だったらこうですよって言いながらきっと設計してるんだろうなぁと思って、
そういうことなんだ。私、家を建てたことないんでね。注文したこともないしね。考えたことないです。設計者じゃなくても家買おうっていう人は考えるのかもしれないですね。
あとね、こんなことも言ってて、窓の端が壁まであるのっていいよねって言ってたんですよね。
それも福島さんのお家を見ながら言ってたようなことだったような気がしますけど、壁に沿って視線をスーッと走らせたとき、そのままそれが外の空間につながってるのっていいよねって言っていて、
空間のつながりとかね、視線を走らせるとかね。これやっぱ土木と違うなぁ。視線を走らせるってね、トンネルの誘導線とか視線誘導ラインとか書きますけど、それとは全然違う観点で人間の視点を考えてるっていうね。
そうですね。トンネルとか道路とか標識のやるときにドライバーの視線の話は考えることありますよね。
そこで座ってゆったりと空間を味わって過ごしている、その空間体験としての視線の抜けていく感じとか、あるいはガタガタがちょっとその視線を阻害する感じとか。
繊細なことを気にして設計するんだなぁとか、あとトイレの広さとかね、遠くから聞こえる草刈り機の音とか、あと窓の外の林から漏れてくる木漏れ日とか、これが冬になると葉っぱが落ちて結構日が入ってきて暖かいとかね。
夏になると葉っぱが茂って影になってちょうどいいとかね。その場で暮らすっていうことをすごくとことん考えるんだなっていうのが、これが建築の設計なのかと思ってですね、すごく面白く話を聞いたわけです。
土木構造物の特徴と公共性:誰でも使える空間
これが建築の一つ特徴だなって思うわけなんですね。
で、一方戻ってきて土木ですね。そういうね、広い建築の中でも今のは人が住むお家の設計の話ですけど、それと対比して土木って何かっていう話を次に考えてみたいと思うんですが、
以前の回で、まあだいぶ前ですけどね、なぜ土木は道路と河川なのかっていうようなエピソードを話したことがあるんですね。土木って言ったらもう道路あるいは河川って感じなんですよね。
これ国土交通省の役職って書内の組織とかも道路局河川局もこれ名前変わりましたけど、それで道路と河川、国土交通省の予算の財務省への申請っていうかね、予算の書類とかも見ても道路の予算と河川の予算ってボンボンって分かれてたりするんですけど、
なんで道路と河川が道木の代表格なんだろうかっていうと、これはその回で話したこととちょっと被ってくるんですけど、人が使ってる土地、山とか森とか一回置いといて、人が暮らし営みに使ってる土地のほとんどって私有地なんですよ。
道路と河川以外大体私有地なんですよ。何を当たり前のこと言ってるって思うかもしれませんけど、これって結構大事なことで、誰か所有者がそこにいて勝手に通っちゃいけないんですよね。この先私有地なんで立ち入り禁止とか言って、なんか入れそうな広い道路があっても、民地の道路っていうかね、通り抜けしないでくださいとか書いてあったりするじゃないですか。私有地なんですよ。
みんなのものって意外と少ないんですよね。我々が暮らしている暮らしの中で、公共のものってね。道路も河川も私有地ではない空間だっていうところから眺めていくと、なんか面白いなと私は思っていて、面白さもそうだし、
なんか結構なぜ我々が生きていく上で道路と河川を、私たちのような専門家がいてケアする必要があるのかっていうのも見えてくるなと思うんですね。
道路っていうのは人、車も含めた意味での人が、電車も含めた意味、電車は鉄道か。道路は人が通る空間。人が通る空間なんでみんなで使う公共空間が道路。
で、水が通る空間が河川だと思うんですね。水が通る空間なんで河川っていうのは基本的に誰も使わないでくださいっていう風に規制をするものが多いですね。
民間利用するにもいろんな制約がある。なぜならば一般雨降った時にちゃんと水が通ってくれないと溢れちゃうから。溢れないように溢れないように川っていうのは設計をしますね。
道路っていうのは逆に通れるように通れるように、逆でもないか。人が通れるように通れるように作るという。そういうものですね。
だから道路っていうのは誰のものでもない。みんなのもの。だから逆に言えば誰が使っても快適で、誰が使っても安全なように道路っていうのは考えて作るんですよ。
誰が使ってもいいようにってなってくると、さっきの話との対比でこの人のお家を設計するぞと、あれさんのお家設計するぞって言った時に、あれさんここに座った時のこの景色をどんな風に見るかな。
じゃあ窓はどっちにしようかな。どうしようかな。どんな大きさにしようかな。明るさはどうしようかな。照明はどうしようかな。スタンドランプみたいに下から照らすのもありかな。
そういう一人の人に向かって突き詰めて繊細に考えていくっていうのと、誰でも使っていいように。誰が使うかもわからない。子供も歩くしおじいさんも歩くっていう視点でやるっていうのと変わってくるなってこれ違いだなって思うわけです。
建築と土木の設計思想と社会的位置づけの違い
河川なんてもっと違って、さっきみたいにいざって時に水が流れないといけないんで、いかに河川敷にグランド整備したりいろいろありますけれども、それにもいろんな制約があったりするわけなんですね。
福島さんとかアゲミさんの話っていうのは建築の話なんで、一人一人に寄り添ったものをどう作るかっていうことがあのポッドキャストの話にはすごくあふれていて、
2人の話に例えば学校とか病院作る場合って話は出てこなくて、建築土木っていうわけで喋るのもちょっと乱暴かもしれないんですけどね。病院も学校もいろんな人が使いますから、そこにはやっぱり公共空間としてのまた気にする部分が出てきて、
学校っていう場所において窓をどうするかとかっていうのはまあちょっとあんまり違うことなのかもしれない。照明もやっぱり勉強しやすいように何ルックス以上とかね、なんかそういうふうになってるっていう意味では違うのかもしれないんだけれども、今ちょっとお家の設計と土木っていうのを比べてみるとそういう違いがあるなーっていうことを感じますね。
土木っていうのはまあそういうことなんで、いろんな人が利用することが前提で、だからこそ財源が税ですよね。我々の税金で作られてる、整備されていくので、だからお家だったらその人が望めば高くて美しいもの、ゴージャスなお家がいいなとか。
あるかもしれないですけど、道路とか河川の場合にやっぱりゴージャスなものがいいなっていうふうにはならない。誰もが納得するものにしようと言った時には、なんかそんなにとっぴなものではなく、それからあとあんまり特徴すぎても、ある県を跨いだ瞬間に突然道路の幅が広くなるとか狭くなるとか。
それは走ってて安全ではないので、規格を統一して基準に則ってどの県、どの都道府県でも同じものを作りましょうとか。国道はね、結局県を跨いで国道、国が管理して整備したりするから結局主体として一つ同じになるわけなんですけど。
そういうふうな統一性っていうのもみんなが使う上では必要なんで。だから私たち設計するときにここに座った人がどんなふうに視線を走らすかを考えるのではなく、基準に基づいて安全性をきちんと確保するためには構造例とかそういうものに基づいて設計をするわけですよね。
その基準というものと出来上がってくるもの、その基準とデザインの位置関係も結構違うなって私は思うんだよな。道路とか河川の基準と設計の距離感と建築、建物の基準、建築基準法という基準法があるけど、その基準とそのデザインとの距離感っていうのは土木と建築で違うなって思ったりしますね。
もう一つの違いはやっぱり土木は特に戦後に急いでたくさん整備するっていうことが史上名台。日本中の人がそれを求めたっていう時代があったっていうのも結構違うなと思って。
だからこそ基準に則ってどんどんどんどん設計してどんどんどんどん整備をする、作るっていうことがある時期求められて、今はそうやっていっぱい作ったものが今後も使い続けられるようにどうすればいいかっていうのがむしろ話題になっていますけど。
前もヤシオの下水管が陥没した話とか、この間笹子トンネルの消火配管が水漏れしてブッシャーってなってたりしましたけど、古くなって不具合を起こしているインフラがたくさんありますね。
そういうものをどう使い続けていくか、それこそ安全のためにっていうのがテーマになってて、そういう視点というか、社会との位置づけも違うな、土木と建築が違うなっていうふうに思ったりするということではあります。
建築と土木の共通点:本質は「空間」のデザイン
さて、ここから建築と土木の共通点に着目をしていきたいと思います。そんなふうに結構違うんですけど、土木も建築も結構違うんだけど、建築とは何かっていうのをね、私なりの解釈、このお話の前半に話したときにこういうふうに言いました。
人々が長い時間過ごす空間を構築するための構造物っていうのを建築物って言えるんじゃないかなって思って、今ここまでの話はちょっと公共性と民間性みたいなちょっとそういう区分でも分けちゃったんだけど、でも公共建築である病院や学校でもやっぱりその空間で長く人が滞在をして時間を過ごしますよね。
だからやっぱりそれは建築物っぽいなって思うんだけど。庭に立ってお家を指差してくださいと言ったら、お家の屋根か壁を指差すわけだけど、お家の中に入ってあなたのお家指差してくださいって言うとしょうがないから床とか壁を指差すかもしれないけど、でもやっぱりどっちかというとどこを指差してよりここがお家ですってこの空間を指して言いたくなる感じあるじゃないですか。
やっぱりお家とか建築の正体って空間なんだろうなって思うんですよね。病院も学校もそうだけど、壁とか屋根に囲われた空間、その空間そのものが建築物の正体っていうか建築の本質、そのスペースをどう作るかっていうことがなんか肝なんだなって。
これは今夜も図面を書きながらのポッドキャストを聞いても思ったんです。あ、あげみさんも福島さんも空間の話してるわって思ったんですよね。
私はそれと土木は通ずるところがあると思って、道路も同じように道路を指差してくださいって言ったら大体の人がアスファルト舗装を指差すと思うんだけど、でも本当の道路の本質ってその路面ではなくて路面の上にある交通空間なはずなんですよね。
なんでかっていうと、車が通れないぐらい低い標識とかがあったら危ないわけじゃん。ゴツンとぶつかっちゃって。だからやっぱ高さ方向にも要件があって、これ面白いことに道路の設計において、この内側にもの作っちゃダメですよっていう破線を書くんですよ、エリアを。
このエリアのことを建築限界って言うんですよね。建築って、私初めて聞いたときなんで建築って思ったけど、建設限界じゃダメなの?と思ったけど、建築限界って言うんですよ。この道路の図面、横断図見ると必ず建築限界っていう四角、四角のね、左上と右上の隅が切ってあって、ちょっと台形じゃないけど、四角の隅切った四角みたいな形してて、
その内側には標識とか出てきちゃいけないし、トンネルの場合でも必ずその天井がそれより下がってきちゃいけないっていうか。で、私なんかはトンネルの設備設計するときとかは、まあそこに消火設備のボックスとかいろいろあったりとかしたときに、当然それがこっちに飛び出してきちゃいけないから、
それに加えてさらに管理する歩道をね、監査歩道って言うけど、監査歩道にも出っ張っちゃいけないから、トンネルに埋め込むようにへっこみをお願いしたりとかするんですけど、建築限界っていう言葉が道路にはありまして、っていうように路面だけじゃないんですよね。路面の上にある車が通る空間、歩道だったら人間が通る空間、その空間をデザインしているのが道徳の設計であるって私は言っていいと思うんですよ。
だから要壁って言って壁を建てるのも空間を作るためだし、何なら速攻もね、さっきも出てきたけど、道路の速攻ってのは雨を流すためのものであって、雨が路面にたまらないようにするわけですね。その路面が交通空間として機能として成立するために脇に溝を切って、雨を通したりとかするということなわけですよ。
という意味でも道路の空間、空間を設計してるって言って私いいと思うんだよな。河川も同じですね。水が流れる空間を確保する。どうやってこの空間を維持するとか確保するか。あるいは計画が変わってもっとたくさん流さなきゃいけないってなったときにどうやってそれをたくさん流そうとするかっていう空間を設計してるのが河川だなって思ったりして。
河川絡みで私は水門の設計っていうのをやったりするんですけど、水門って水が通せるように開けたり逆に通らないように閉めたりするものなんですけど、あれもある意味、河川の一部として水門って作るんだけど、その空間が水を通せる空間であったり、時には通せない空間であったり、その空間の性質を切り替えるために水門っていうものを設計して作ってるんだとすれば、
水門そのものは紛れもない構構造物なわけなんだけど、でもそれが動くっていうことによって、それが遮る空間を変化させてるっていう、やっぱり空間に対してものをデザインしてるなって思うんですね。
この空間を相手にする、作るもの、堤防、壁、水門、舗装、物は結局空間のためにあるっていうのが、これが建築と土木の共通点だなと思って。そう見るとやっぱ面白いなと思うんですよ。そう見ると建物の壁とか床とか天井も愛おしく感じてくるっていうかね。
逆に言えば建築的な視点で道路を眺めても愛おしいかもしれない。このガードレールっていうのも、車のための空間と歩行者のための空間を守って隔てたりするんだなと思ったりとかして。面白いなと思うわけでありますね。
建築と土木の間にある「公園」と未来の協業
最後に今日はこの建築と土木の共通点の面白さを感じた上で、建築と土木の間にあるものの話をしたいなって思うんですけど。建築と土木の間にある存在というのは、私、公園だなって思うんですよ。
公園と言うとちょっと限定しすぎでパブリックスペースって言った方がいいかもしれないけど、平たければ公園ですね。公園って誰のものでもなくて、公園の公が公やけっていう字ですからね。
民間が運営している公園もありますけど、基本的には私有地じゃなくて、たくさんの人がその場で滞在することを前提としている。そういう意味で建築的だなって思うんだけど。だけど屋根がないから明らかに建築物ではない。
けどその空間はみんなのためのものであって、そこで時間を過ごすことを目的としているっていうのが公園で。公園という存在。もっと言えば公園に類するようなパブリックスペースっていう存在はすごく面白いなって思うんですね。
この分野はね、はっきり言ってすごく学生さんにも人気があって、大学にもいっぱいそういうものを対象にしている研究室とかあるっぽくて。うちの会社にもやっぱりそれをやりたいって言って入ってくる学生さん多くて、倍率高い業界分野でもあるなっていう印象私あるんですけど。
公園の面白さって、公共でやってるし、東京都さんとか違うけど土木部とかがやってるところも多いのかな。公園が都道府県のどういう部署が所管してるかちょっと気になるところがあるんだけど。
ちょっと公園とは違う例を出すとね、こういう公共空間って何なのかって話をするのにちょっと違う例を出すと、例えば県立美術館ってあるじゃないですか。県立美術館って県が税金で運営をしていて、
ただ観覧料を取るからお金も取りながらやってる、有料でやってるサービスであるわけだけど、でも県営の県立美術館ってのがあってね。その県立美術館に例えばモネとかゴッホみたいな誰でも知ってる有名な画家の作品が来て展示されるっていう風になったら嬉しいわけじゃないですか。
それでもモネとかゴッホを展示するためにすごいお金かかるはずなわけなんですよね。美術館運営として。でもお金をかけて市民の人、県民の人が楽しんでもらえるようにイベントをするというのは、そういう営みをしてるのが美術館ですよね。
モネとかゴッホとか有名なものに限らず、これちょっと脱線するけど私がたまたま行った美術館で、それは別に何かを見たくて行ったというよりもその立地がちょっと面白いから行ったんですけど、海が見えていい美術館って言っちゃえば横須賀の美術館なんだけど、そこに上田香る展っていう上田香るさんっていう人の展示をやってて、全然その人のこと知らなかったんだけど行ってみたらすごい面白くて。
写真のようなめちゃくちゃ精細なリアルな絵を描くっていうスタイルの人でね。それすごく面白かったりして、何が言いたいかというとお金をかけてイベントをやるっていう公共的な空間としての美術館っていうのがあります。
美術館はもう紛れもない建築物なんだけど、それと似たように公園の話に戻ってくると、公園っていうのはやっぱり税金お金をかけて整備をして、でもそこで人が過ごすことで暮らしが豊かになるとか、なるっていうための空間ですよね。
道路で車が通れますとか、川が溢れませんとか、そういうのとは違うレイヤーの公共的な営みが公園っていう場所にはあるなーって思っていて。だから渋滞しないために税金使います。水害にならないために税金使いますっていう道路とか川川の営みと種類が結構違うな。もっと建築に近いなって思うわけです。
公園にお金を使います。税金を使いますっていうのはね。それはね、やっぱり建築的なセンスと、でも土を持ったり削ったりとか、公園にするためにはそこに降った雨に対してケアしたりしなきゃいけなくて、土木的な視点も出てくるし、うちの部署でも公園の照明の設計とかやってたりするんですけど。
そういう土木的な要素もあって、公園ってすごく建築と土木の間にある存在だなって思うんですけど。これからの土木の話をするときに、最近は日本建築学会と土木学会が覚書を2021年ぐらいにしたらしいですけど。
共同のプロジェクトとかワーキングを作って、建築と土木の両面から考えていくみたいな取り組みが始まったりしてるらしいんですけどね。社会価値ワーキングとか構造設計基本ワーキングとか、いろいろあるみたいですけど。
建築と土木の垣根をまたいでいくっていうのは面白いことが起こりそうだし、人の暮らしを豊かにする。今まで土木っていうのはいっぱい作るっていうことに注力をしてきた。
これからはどんどん悪くなっていってしまう。劣化していってしまう。老朽化していってしまうものに対してどうするっていうことに着目しているんだけど。
なんかもうちょっと豊かにするっていうことに対して土木が貢献できるものもありそうな気がするなーみたいなことは結構いろんな人が最近言ってますけどね。私もそうだなーってすごく思ったりするわけですね。
土木デザインへの「遊び」の提案と水辺空間の活用
私の好きな公園は、調布にある武蔵野の森公園っていうのがあって、あそこすごい好きなんですけど。これはアジア高速さんが飛ばしている調布の飛行場のすぐ脇にあって、ブンブンブンブン飛行機が飛んだり降りてきたり、セスナーぐらいのちっちゃいやつがね。
それがまた見てても楽しいし、ものすごく広くてね、芝生が。夏行くと暑いんですけどね。そこで日中遊ぶ用のテントを張って子供とパンとか唐揚げ食べながら遊んだりして、いいんですよ。
ああいう空間がね、あるっていうことがいいなーって思って、そこにやっぱり公共的な価値を認めて作ってるわけですけど、なんかそういうのいいなーって思って。
で、そう考えた時にね、道路はこういうもので川はこういうものであるという。あんまね、土木にそういうチャラチャラしたって言ったらちょっとあれだけど、人が過ごしやすさとかを考えるのは邪道であるって思ってる人いるような気がするんだけど、土木はもっと武骨なものだと。
木の機能を追求することが美しいのであると。そう思ってる感じにするなーって言う人もいるんだけど、なんかもっと遊んでいいんじゃねえかって思ってきて。道路はこういうもの、川とはこういうものっていうのも、別に近代以降の人間が勝手に設定したもので、昔から川は川、道は道。勝手にそこを歩いたら道だし、川が通ったらそこが川っていうのが自然な姿でね。
その場所をどう使うかはもっと本当は自由なんだよなーって。我々の感覚と、法律とかは別にそれに合わせて変えればいいことで、我々の感覚と思いがあれば道路も河川もいろんな使い方ができるんじゃないかと。
まあ言っても道路はね、ちょっとあんまり道路に遊びを設けると運転してる人が気を取られて、それってやっぱり危ないから。私も子供がいますんで。やっぱり信号で赤信号は止まってほしいし。すごく美しい道路で見とれちゃったから信号見落としたとかやめてほしいからね。
やっぱり道路はちょっと安全になってほしいけど、川とかはね。まあ川もなー、うちもちっちゃい子供がいるから同じ話だけど。ここでわー遊べるわーって遊んでなんかあったら嫌だなーと思うとあれだけど。でもまあ川はもう少し安全なシーズンと危ないシーズンとかも規定もしやすいし、雨降ってるとき川行かなきゃいいだけって話もあるし。
そう、堤防とかね。私、新潟に住んでた時代があるんですけど、安らぎ堤といってシナノ川の下流のところに長い整備された芝生が綺麗に生えた堤防河川敷があるんですけど、やっぱりあそこ本当に開放感が良くていいとこなんですよ、座ってて。
堤防のさっき言った公園の近くにも玉川沿いの公園とかもありますけど、やっぱりそういうのもいいしね。川っていいんだよなー。流れてる水見るだけでも気持ちいいしな。そういうのの遊びというのもね。
今水ベーリングとか言って、もう既にそれは私が言い出していることというより既にアクションがたくさんある話でもあるんだけど、何が言いたいかというと、土木と建築がうまくコラボレーションをして、建築の皆さんっていうのは人がそこで過ごすときにどんなふうに目を向けるかとか何を感じるかをつぶさにすごく向き合ってる技術分野だと思うんで、建築っていうのは。
そこから学びながら土木でどのような遊びを設けるとそこに暮らす人が豊かになるのかっていうのはすごくチャンスがありそうだなーなんていうことを思ったりして。
AI時代における建設コンサルタントの役割と建築との協業
AIが普及してくるとね、我々健康の仕事もどんどん減っていくかもしれないって言われてるし、その通りだと思うんですよ。
計算とかなんだとか書類を作るみたいなことがどんどんAIに代替していったときに、我々じゃあ何か本当に仕事が減っちゃうかっていうと、今までやりにくい合意形成。
土木で遊びますって言った瞬間に、なんだそれっていう人必ずいると思うんだけど、そこに対してどう合意形成をとるかっていうその議論とか丁寧な議論とか説明とか、そういうやっぱり人にしかできないことにもっと時間を割けるようになるんだとすれば、健康の価値って全然なくならないと私は思っていて。
AIにできることはどんどん任せて、そういう難しい議論とか話し合いとか、健康がそれを得意な瞬間も得意じゃない瞬間も人もいるんだけど、でもそういう人と人の合意をどうするかっていうことに人が関わるっていうのが今後のAI時代のあり方かなとも思ったりもしていて、
そういう健康の未来的な意味でも建築のセンス、視点と一緒にやるっていうのは面白いんじゃないかな。そんなことを思っている今日このオールでございます。
「今夜も図面を描きながら」再推薦と設計のこだわり
今夜も図面を描きながらっていうポッドキャスト本当におすすめなんで、概要欄にリンクを載せますんでぜひ聞きに行ってみてください。
私が面白かったのはね、また一つ。図面に日々触れている設計家としての面白かったのが、福島さんが自分のお家を設計するときに、天井に勾配があるらしいんですよね。屋根と同じ勾配でつけてるのかな。
窓の視点がやっぱり大事だから、軒の方の高さを低めにセットして、そこで霧を位数字にして、勾配は決まってて、お家の内側に内側にどんどん追ってって建築したらしいんだけど、
後から確認したらその内側の寸法が霧の悪い中途半端な寸法になってて、そのとき気づいてたらもうちょっと勾配を調整して霧の良い数字にしたかもしれないけど、もう建てちゃったんですけどとか言って。
それ面白くて、なるほどなと思って。コントロールね。道路の線形でもあるし、機械でもどこにセットするかって。適当なところにポンって置くよりも、土木構造物の隅っこに対して何メートルから何メートルで基準がちょうど良くなる。
気にするんですよ、その数字の霧の良さって。建物でもやっぱそうなんだとか思ったり。そういう内側聞けるのも面白くて、健康の皆さんには特におすすめだなと思いますので、今夜も詰めを書きながらぜひ聞いてみてください。
ということで、今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。