身内ひいき
2026-03-25 06:55

身内ひいき

片方が片方を優遇する場面はそうでない方にしこりを残すこともあります。大勢がそうでもあなたはそうではないことをすることによってまた違う視点を持つことができます。


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はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。 まずはおめでとうございます。ということで、今回は身内ひいきという話をしていきます。
はい、身内ひいきですね。 身内、仲間うちとか、同じグループだとか、
その人自身が思う枠の中にいる人というか、会社であれ何であれ、
自分が属していると思っているその枠の中にいる人たちを身内というような呼び方をしますよね。 友人、知人とかもそうですよね。
それをひいきする。ひいきはわかると思うんですけど、威力する、持ち上げる、守る、
そんなような意味合いですよね。 これらの身内をひいきするという行いについて、あなたはどう思うでしょうか。
それは、あなたが自分の身内をひいきすることもあれば、相手が相手の身内をひいきすることもある。
ですから、あなたが身内側、ひいきされる側であったり、されない側であったり、どちらのシチュエーションも経験があると思うんですけど、
これは誰でもそうすることは当たり前なんですよね。 自分に近しい人を自分の仲間だと思って、身内だと思って、よくするのと、どちらかを選ばなければいけないとかね。
お客さんと店員とかでもそうですよね。 店側と客側というか、このようなことについて、例えば身内側じゃない時に、
なんでそっちばっかりよくするんですかと、むかついたりする。 もしくは、自分が身内側であった時に、若干の優越感に浸るというか、
自分たちはそうだけど、あなたたちはそうじゃないですからねというふうに、差別とまではいけないですけれども、強めの区別をするというか。
これが発生するのはね、人が集団で生活する生き物である以上は、会ってしかるべきというか、当然のことである。
それが発生した時に、いちいち目くじら立てたりしないということなんですよね。
これもまた言われてみれば、それはそうだろうと。どういった状況であっても、自分の身内を閉域するのは、それはそうだろうと。
仲間と仲間じゃない人というくくりがあるんだったら、それは仲間の方を大切にしますよねというようにわかると思うんですけど、
いざその状況が発生して、自分事となった時に、とりわけこれに関しては、怒りの感情ですかね。
あとは羨ましいという、その扇望の眼差しというか、そのようなことを思いがちなんですよね。
さらにこう思っていると、そこに金銭が発生している時、お金のやり取りがある時ですよね。
身近な例で言ったら、どこそこの会員である人とそうではない人。
より多くのお金を払う人とそうではない人。
そうした対比できるような、かつ金銭のやり取りが発生するような場において、
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閉域するなとか閉域してくれというように、そういうことが生まれるわけですよね。
それはもう至って当たり前ですよね。誰でもそうするんですから。
そこにいちいち感情の波風を立てないということ。
とはいえ、そうは言っても、やっぱりその状況になったらちょっと思うところはありますよと。
だからこそと言いますか、誰でもそうすることが当たり前の中で、
あなたは中とか外というような、そういう境界を設けずに人に接するんですよね。
当たり前であるからこそ。
自分が閉域される側だったら、閉域をされていない人たちにも心配りをしたり、
閉域をされていない側だったら、閉域をされている人たちのことを、
それはそうですよねというような視点で見るというか。
かつあなた自身は別に誰も差別も区別もしないし、どっちもどっちである。
結局は同じですよねというような、そういう視点を持つと。
また人と関わっていく中で一段、資産が高くなります。
結局はその閉域が何だということで揉めている人たちというのは、
同じ穴の無地なのわけですよ。そうではない人から見ると、別に一緒でしょと。
されようがされまいが別にそれは当たり前で、
そこにいちいちなんやかんや、どれだけ話しても終わりのないことを話をしている。
気づかないのかなというふうに思うわけですよね。
別にそうしている人たちをバカにするとかじゃなくて、
なぜわからないんだろうというふうに、不思議ですよねということを思えるようになるというか。
身内だなんだと湧き立たせて騒ぎにしたいような人たちも世の中にいるので、
その中に巻き込まれていかないというような意味でも、
別にそうすることは誰であっても当たり前であって、
だからこそ自分自身はその輪の中に入っていかずに、
中とか外というような境界を設けずに人と接していこうと。
こういうことを意識をしておくと、
そのような状況に遭遇してもどっしりと構えておくことができる。
なのでこのようなことを意識して日々を過ごしていくといいんじゃないかなと思います。
つまり何が言いたいのかというと、
身内美意気、自分の仲間なりなんなりを優遇するということですね。
もしくは優遇されない。
こうした中にあなたが優遇をされる側、
悲喜される側なのかされない側なのか、
そのいずれにもかかわらず、
考え方としては誰でもそうすることは当たり前であって、
そこに対してどちらの立場であったとしても特に何も思わない。
まあそうですよねということを思う。
とはいえそうは言ってもそうした場に遭遇した時にやっぱり思うところがあるとなったとしても、
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だからこそあなた自身はそのような中とか外だとかそういう境界を設けずに
人に接するということ。
これもまた自分の当たり前を更新するということですね。
人の当たり前、多くの人の当たり前は
まあそうでしょうと、身内美意気がどうたらこうたらということもあるでしょうと。
ただ私はそうは思いませんけどね。
別にどっちでもいいですけど。
そういう視点で物事、人との関わりをしていくと、
器の大きい人である、どっしりしているなと、そういう印象を与えることもできます。
ですから身内美意気がどうたらこうたるということに遭遇したら、
今回のことを思い出してみてください。
考え方の一つですね。
はい、ありがとうございました。
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