420 技術と能力
2026-03-23 08:22

420 技術と能力

コミュニケーションは技術なのか能力なのかという話をしてます。すいません声ちょっと枯れてる気がします。花粉って声関係あるんですかね?


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サマリー

本エピソードでは、コミュニケーションが「技術」なのか「能力」なのかという問いについて掘り下げています。一般的には「コミュニケーション能力」という言葉が広く使われ、SEOでも検索数が多いことが判明しました。しかし、筆者はコミュニケーションは再現性があり、共有・蓄積可能な「技術」であると主張します。技術は客観的で形式化された手段であり、能力は個人の主観的な実力や潜在的な力と区別されることを、料理の例などを交えながら解説しています。最終的に、コミュニケーションは普遍的な「技術」であり、共に学び共有していくべきものであると結論づけています。

コミュニケーションは技術か能力か?
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。まずは、おめでとうございます。ということで今回は、技術と能力という話をしていきます。
はい、技術と能力ですね。常々、コミュニケーションは技術ですというようなことを言っているんですけれども、
これをコミュニケーション能力と表することもあるじゃないですか。というか、そっちの方が多いみたいで、SEOで見ると圧倒的に能力の方が多かったんですよ。
コミュニケーション技術、もしくはコミュニケーション能力、いずれかで検索している人、Googleですけれども、どちらで検索している人が多いのかなと思って、
400を超えて今さらなんですけれども、ちょっと調べてみたんですよ。その結果、わかったというか、コミュニケーションを技術とするのか能力とするのか、これらは別物じゃないですか。
技術はスキルで、能力はアビリティですから。
といったようなところで、コミュニケーションに焦点を当てて、さらにはコミュニケーション能力というように調べている人が多い中で、こうした技術と能力の違い、どう捉えていくのが正解なのかというようなところで、
私の思いを言いたいというか、雑談のような回になります。
ポッドキャストタイトルの変更とその意図
この結果を受けてなんですけれども、最近そのタイトルをちょっと変えたんですよ。
今まではずっとあなたのためのコミュニケーション技術というようにしていたんですけれども、
より多くの人に聞いてもらえた方が、一人でも多い方がその人のためになるということも思っているので、
ですから多くの人に見つけてもらうため、リーチしてもらうために、コミュニケーション能力というふうに名前を変えたんですね、タイトルの。
これでどの程度変わるのかも分かりませんし、
そもそも私自身がもっとポッドキャスト上だけでなくて、いろんなところでコンテンツをPRしていかないといけないなというような、
事情努力の不足によるところもあるので、対策をしたからといってどうなるというようなものでもないと思うんですけれども、
とにかくそのタイトルを変えたんですよ。
変えたというか入れたって感じですかね。
結局その最後に、技術って入れてるんで、私自身はコミュニケーション技術だと思っているので、
そこは外せないかなというような謎のこだわりがあるんですけれども、
違いの話ですよね。
技術と能力の定義と違い
違いの話になると、なんというか、ググれば出るんですよ。
というか、私自身もググって改めて理解をしたというか、
確かに違うよな、どういう違いだろうなというところで見てみたら、
調べればわかることなので、わざわざ言う必要はないと思うんですけれども、
一応言っておくと、
技術は客観で能力は主観。
確かにそうだなと、
なんとなく調べる前から思っていた自分の中で、
漠然と考えていたようなイメージがまさに当てはまるなと思ったんですけど、
いわゆる技術は形式化された手段、手法で共有蓄積が可能。
能力は個人の実力、潜在的な力、
その人の中に内在するもの。
その個人がいなくなればその能力は失われると。
このような内容が書いてあったんですね、そのGoogle検索で。
もし仮にコミュニケーションを能力としてしまうのであれば、
再現性がないんですよね。
個人の実力、潜在的な力ですから、
その個人以外どうしようもないというか、
伝える術がないというか、
経験を通じてその人に内在するということですから、
ある程度同じような経験をすれば、
似たような能力が手に入るのかもしれませんけれども、
能力というとまさに個人の能力に左右されるというか、
全く同じことをやっても全く同じ結果にならないことの方が多くなってしまう。
コミュニケーションというのは再現性があるものなので、
能力ではないんですよね。
料理の例から見る技術の習得と普遍性
これもさっき言ったことの繰り返しなんですけど、
技術って形式化された手法手段で共有蓄積が可能。
誰にでもできるじゃないですか、こう聞くと。
ある程度かかる時間は違うと思いますよ。
どんな技術であれ。
料理ってあるじゃないですか。
あれは技術と聞いてピンときますよね。
確かに料理ってやる技術だなとピンとくると思うんですけど、
その料理一つとっても半年ですごい上手になる人もいれば、
3年かかっても上手にならない人もいるじゃないですか。
技術は習得するのに時間がかかる。
けれども共通していることは半年でできる人であれ3年かかる人であれ、
一度その技術を身につけたらその後一生使える技術なわけですよ。
一生はどうかな。
やることをやめてしまったらどこかでその技術は錆びれると思いますが、
コミュニケーションをやめるってことはないじゃないですか、生きている限り。
必ず誰かと接して生きていくと思うんですよ。
コミュニケーションを技術とするならば、
それは習得したら錆びることのない技術、
使い続けることができる技術なんですよね。
コミュニケーションを技術として捉える意義
形式化していきたいなというのもありますし、
手法手段、コミュニケーション自体がゴールではなくて、
人と接する中で生きていく上で、
人生を豊かに過ごす中で必要になってくる技術の一つであると。
普段私がポッドキャストで話をしているように、
共有や蓄積が可能なわけですよね。
また頭で思いつくこともそうですね。
実際に経験していないようなことも話していますから、
個人が思うことを共有して、
それは技術であるからこそ共有できるというようなところがあるんですよね。
これがまた能力に戻ると、個人の実力だったら、
もしくは私自身の潜在的な力であったら、
それはあなたに共有することは難しいですよね。
固有のもの、いわゆる主観でしかないものになってしまうので。
あくまでコミュニケーションはどこまで行っても技術であるというようなことを強く主張したい。
「能力」ではなく「技術」であることの強調
言葉としてしっくりくるのはコミュニケーション能力という言葉なんですかね。
ずっとコミュニケーション技術だと思ってきたので、
私の中だとちょっと違ったんですけど、
広く一般にはコミュニケーション能力という方なのかなというようなことを、
今回を通じて改めて思ったので、話をしました。
ダラダラと話してきましたが、ただ言っていることは一個ですね。
コミュニケーションは技術ですということを、ただこれを言っているだけです。
もちろんあなたも再現可能なことである。
全ての話、エピソードが一人の人に響くとは思っていませんから、
いろんな人がいる中でね、自分に合うエピソードを見つけて、
それを活用していただけたらいいなと思います。
技術と能力の再まとめと今後の展望
最後に一回技術と能力についてまとめてみましょうか。
技術は客観的なもので、能力は主観的なもの。
技術は形式化された処方手段で、共有蓄積が可能である。
能力は個人の実力、潜在的な力で、その人に内在するもの。
個人がいなくなると失われるというものみたいですね。
Googleによると、おおむねそうであろうなと思います。
ちょっと偉そうですけど、確かにそうだなと思います。
これからも変わらずコミュニケーションは技術ですから、
共に共有蓄積をしていきましょうということですね。
ありがとうございました。
08:22

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