2026-03-17 09:03

空回り

何事も現状認識と自己理解の上で行うとコミュニケーションの段階が一段上がります。これもその一つですね。


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どうも、丸山のコミュニケーションです。 まずはおめでとうございます。ということで今回は
空回りという話をしていきます。
空回りですね。 なんだか周囲の人たちとの温度差があるなというような状態。
勢いがありすぎたり、なさすぎたり、突出して違う行動言動をしている時ですね。
ですからその周りに人がいる状況、グループなりチームなり、
そんな時に自分自身が空回りをしているのかどうか、浮きすぎている状態なのか、もしくは沈みすぎている状態なのか、
これらを確認する手段ですね。 第三者の視点から見ると、
おそらくあなたも誰かのことを見れば、それは明らかであると。 この人すごい勢いついてるなぁ。
もしくは全く喋らずに、行動せずに、沈みすぎてるな。 行きすぎてる、行きすぎてないというところ。これがね、わかると思うんですよ。
それが自分のこととなると、どうしても見えなくなる時がある。
確かに自分のことを一番よく理解しているのは自分であるんですけれども、
何かに集中没頭しているような時には、 もしくはそれが継続的に
不老し続けている状態ですと、気づけないこともある。 旗から見たら、この人空回りしてるなぁというようなことが
明白なんですけれども、その等には気づけないということですね。 こういうと、良くないことのように聞こえますけれども、
空回りすることは良くないからやめましょうというね、そういうことでもなくて、
とりわけ何かに突出をしている、 浮きすぎている人というのは、その集団、グループ、チェーム、そうしたものをね、
率いる素質があるというか、いわゆるリーダーとしての器が醸成されていっている段階にあるので、
別にこれはダメなことではない。突っ走るのはもちろん良いことであり、それをひたすら続けていったら、
周囲の状況も変わってきて、 自分が変われば相手が変わるなんてね、言いますけれども、
空回りをしているなということを言われ続けようとも、何があっても、突出し続ける、空回りし続けることによって、
何かを成し得るということもあるので、 全くダメなことではない。
その上で、おそらく今空回りしているであろうということに気づいている状態で、それでも自分は空回りし続けるんだというふうに、
理解をして決めてかかった上で、そうなっているのであれば、全く問題ないんですけれども、
気づかないうちにそうなっていて、気づけば人が離れたり集まったり、そういうことがある。
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客観的視点から自分のことを見たときに、それを分かった上でやっているのかどうか。
これはね、分かっているけれどもやるということをした方がいいですよね。
分からずやっていたら、何か起こったときに原因が分からないわけですから、対処のしようもないと。
仮に空回りという状況を自分で認識をした上で周りがついてこないとか、そういうことがあれば、
じゃあちょっとペースを落とそうとかね、もしくは時として切り捨てる必要があるとかね、そうした判断ができると思うんですよ。
現状の自分がどういうように見られているのか、どういう行い振る舞いをしているのかということを認識した上で。
判断というのはね、現状を認識していれば決断を下すことが容易になりますので、そのあたりは自分で理解をしておいた方がいい。
あとは周囲が自分と違う温度であっても、そこに行き通りを感じることもなくなりますよね、分かっていれば。
それはそうだよなと。自分が第三者の立場になったら、そういうこともあるかもしれない。
そこがね、ご理解できるので、イライラすることもなくなると。
こうやって言うと、全員が全員突出している人と同じテンションで過ごすとは限らない。
それぞれ特性がありますからね。
ある事象においてやる気が満ち溢れる人もいれば、全くやる気が出ない人もいれば。
良いとか悪いではなくて、向き不向きの問題であって、
それはね、自身が空回りをしているからといって、向いていない人に強要するというのも、それは人間関係の選択としてはベターではないですよね。
なので、現状を理解しておくと。
ですから、周りに合わせないといけないから、空回りするのはやめようとかそういうことでもないですよね。
と、ぶつぶつ話してきましたけれども、この空回りしているか否かということを確認する方法はシンプルです。
2つですかね。
1つは、近くの人に聞く。
もう1つは、似たような行動言動をしている人がいるかどうか見てみる。
たったこれだけです。
近くの人に聞くというのは、今自分空回りしているかなというふうに聞くだけ。
ただ、その近くの人がね、本当は空回りしているよって思っているけれども、立場によっては素直に言ってくれない。
いや、そんなことないですよと、その調子で全然いいと思いますというふうにね。
そうは思ってないけど、良かれと思ってそう言ってくれることもある。
ですから審議の程はね、その状況によりますよね。
ただもう一方で、似た行動言動をしている人がいるかどうかという方法。
こちらは、人はね、行動に嘘をつくことはなかなか難しい。
おそらく突出しすぎているな、もしくは沈みすぎているなという、その自分自身と似たような行動をしている人がいれば、別に空回りしていないですよね。同じ人がいるわけですから。
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見渡してみて、自分一人だけということであれば、これはおそらく空回りという状況であるんであろうということ、これが理解できる。
それを理解した上で、じゃあどうこうするというのは、先ほどまで話をしてきた通り、そのままでいくのか、はばかるのか、自分でね、決断することができますよね。
ということで、空回りしていないに関わらず、こうしたことがあると。
ですから、空回りにまつわることに関して思い当たる節があれば、こうした内容を思い出してみてください。
つまり、何が言いたいのかというと、空回り、勢いがありすぎたりなさすぎたり、周囲の人たちと温度差がある、何だか自分だけ飛び出ているなとか、そういう時ですかね。
空回りというと、肯定的な意味合いで使われるケースは少ないと思うんですけれども、別に全くダメなことではない。
何かしか突出しているからこそ、浮き上がりすぎているからこそ、周りと温度差が違うということもあって、そうした人は人を引き入れる素質があるということでもありますし、
そうした熱になる人についていって、自分が周囲の温度を引き上げるということも可能でありますので、別にダメなことではない。
ただそれは、現状を理解した上で、空回りしているなということを理解した上でやるならば、なおのこと良いということですね。
で、自身が空回りしているかどうかというのを確認するときには、2つあって、1つは近くの人に聞く、もう1つは似た行動、言動をしている人がいるかどうか見てみる。
前者は本当のことを言ってくれない可能性もありますね。良かれと思って、あなたに本当のことを伝えないケースもあります。
ですから後者の方ですね、これを重視してみる。
同じようなことをしている人がいたら、別に空回りとは言わないですからね。
似たようなことをしている人がいないなという状況で、おそらく今自分は空回りしているんだあろうと、ここを理解して、
でも構わずそのまま行くのか、ちょっと抑えるのか、ペースを落とすのか、そこを決断するためにこうした考え方を使っていくということですね。
個人的にはね、こういう空回りしている人を眺めているのは楽しいので好きなんですけれども、
そうした人がね、自分自身で空回りをしているということを自覚した上で、そのような振る舞いをしていたら、なおキレ者だなというふうに思いますね。
それがね、後から判明した時がね、頭の良い人だなというふうに思いますよね。
実はあえてあの時考えて突出していたんですよと、それもまた見せ方の一つということですね。
空回りは気づいた上でやりましょうということですね。
はい。
ありがとうございました。
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