2026-02-19 09:58

良い人も悪い人もいる

世の中良い人も悪い人もいる。そんなことわかってますよね。わかっているからこそ落とし穴があります。穴に落ちないようにしたいものです。


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はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。 まずは、おめでとうございます。ということで、今回は、良い人も悪い人もいる、という話をしていきます。
はい、良い人も悪い人もいる、ですね。 あなたから見た他人に対する見方というところですかね。
これもまた、言われてみれば当たり前、言われなければ気づかない、そういうことの一つだと思います。
あなたが人を判断するときに、この人良い人だなぁとか悪い人だなぁ、そういう個人に対してのものの見方というもの、
感覚的に自分と合う合わないとか好き嫌いというのはね、そういう判断はしてると思うんですよね。
してるというか、無意識にしてるというか、そういうことはあると思います。
ただこれがより広い範囲になればなるほど、つまりある組織においてとか、この地域において、
ひいてはこの国というかね、そのくくられているグループ、組織、集団に対する人の見方というもの、
ここに至るとそれを一緒にしてしまう。
ですから、この組織にいる人、この会社に対して、そこにいる人はなんだか気に食わないとか、
もしくはこの集団に対しては非常に好意を持っているというのはね、そのグループ、組織、集団、そうしたところにおいて、
その中にいる人たちに向ける視線というもの、見方というもの、個人に目を向けずに、
その枠内にいる人たちを一緒にしてしまうというような、こういう見方がですね、
無意識にしてしまっていることがあるわけです。
それはどこからか得た情報、知識から来るものなのか、
周りの人がそう言っているからそうなんだろうなというような見方をしているとか、
内的な、もしくは外的な要因、いずれかにおいて、
中にいるその個人の人たちに目を向けずに、その枠内、くくられた範囲の中の人たちを、
ここにいる人はいい人、あそこにいる人は悪い人、というようにですね、くくってしまう。
これは世の中を見る上で非常に偏りのある目線になってしまう。
さらにはもったいないとも言えるかもしれませんね。
それは誰がですかと言ったら、そうしたものの見方をしている当人にとってですね。
とりわけ、いい人、悪い人というところで、悪い人というような、そちらを見てしまうようなとき、
この枠内、くぐりの中にいる人たちは、
いい人であると、そのような認識でいるのであれば、少なくとも感情としては、
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いいか悪いかで言ったら、いいですよね。
このグループ集団にいる人たちは、みんないい人で好きだなと思っているのであれば、
心がざわつくこともない、精神的にも余裕が持てる、そんな状況ですけれども、
そうではなく、この集団組織、グループにいる人たちは、
悪い人だと、気に入らない、憎たらしいというようなね、そうした悪感情を持っていると、
その感情を保持している当人が一番苦しい。
なぜその集団に、光の感情を、憎しみの感情をぶつけるのか、沸くのか。
そうしていると、さらにはその循環が、その当人の心を徐々に蝕んでいって、
日常生活にまで支障をきたしてしまうことがあるわけですね。
誰しもそんなことは望んでいないと思うんですよ。
誰かを悪い人だと見て、自分の心を濁していきたいと思う人はいないと思います。
なのにも関わらず、進んでそれをやっているような状況を生んでしまう。
これは非常にもったいないですね。
別にその世界は全て良い人で溢れているとか、全員が良い人であるという整善説に寄りましょうと、
そういうことを言っているのではなくて、
当然どんなところにも良い人も悪い人もいるなという、ただその当たり前の感覚を持つだけで、
たとえその集団全員が悪いとあなたが思っていたとしても、
そういうこともあるよなというように、一歩引いた目線で他人のことを見ることができるわけです。
そうすると、そうした感情、悪感情というものが分からなくなるわけですね。
感情で見るのではなくて、一歩引いて俯瞰で理性で見ているわけですから、
そういうこともあるよなと。
集団なり何なりの理念、ルール、空気、そうしたものがその中に人たちを操作させているのかもなというような、
主観の感情ではなくて客観の感想へとすることができるわけですね。
そうすると周りの人が何て言っていようとも同調することがなくなるわけです。
あなたはそういう見方をするんですねというように。
あくまで客観的な視点を持つことができる。
よくイメージしやすいというか、取り沙汰されるのは、
国と国との関係性、その国民同士のというようなね。
国というのも、そうした国理になっているのは、歴史的に見れば最近とも言えるかもしれませんけれども、
そうした何人と何人が同行というような。
別にこれもまた何人であろうともいい人も悪い人もいる。
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メディアに扇動をされてプロパガンダの犠牲になっているというような、
そういうこともあると思いますけれども、
詰まるところ行き着く先は個人なんですね。
その一人一人。
あなたも私もどこかの誰かもそうですけれども、
全ての個人はこの世に一人なわけですよね。
それを集団グループの中にいるから同行というようにくくって判断してしまうのは、
それはどうなんでしょうと。
好きな人、嫌いな人、良い人、悪い人ということを決めるのは当然あなた自身であって、
ある程度の傾向はあるかもしれないですけれども、
こういうタイプの人は好きだな、嫌いだなとか、良い人だな、悪い人だなと思うその主観の部分はあるにせよ。
それを一括りにして考えないということですよね。
その枠内にいる人たちに向けて。
相手に対してもそうですが、やはりその当に、
仮にあなたが誰かに対してそうした一緒くたに考えている節があるのであれば、
とりわけ悪い、嫌い、こうした感情に対してはあなた自身が損をしている。
別にそれを是正した方がいいとか、
どうこうした方がいいということを言いたいわけではなくて、
こうしたものの見方もできますよねというような、
一つの思考の転換ですね。
もし彼に思い当たる節があれば、
言われなくても分かっているよというようなことだとは思いますが、
良い人も悪い人もいるというようなことを意識をしてみると、
いいんじゃないかなと思います。
つまり何が言いたいのかというと、
良い人も悪い人もいる。
人に対しての見方ですね。
どういった目線で相手を見るのか。
よしよしを判断するのはあくまであなた自身。
その上でどういった見方をするのか。
対個人に関してはそれはイメージしやすいですね。
その人に対してですから。
それはそのままのあなたの思う感情で向き合えばいいと思います。
ポイントとなるのはこの視線を広げた時ですね。
目線を広げた時に、
とある組織、集団、グループ、引いては国家、
何かに所属をしているその中の人たち、
個人に目を向けずに、
その中にいる人たちはみんな良い人だとか、
みんな悪い人だというように。
一緒にしてしまわないことですよね。
仮にそうした傾向があると、
そういう思い当たる節があるということであれば、
まあいいや、待て待てと。
どんなところにでも良い人も悪い人もいるんだよなという
ことを思うだけでも、
一旦冷静になれる。
それは周囲が何を言おうとも、
確かにそういうこともあるかもしれませんね。
まあとはいえ、どんなところにも良い人も悪い人も
いますよね。
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ということを思うことができる。
偏った意見を言ってくる人に、
これを直接言うと、
いざこざの原因になる可能性がありますので、
直接その人に言う必要はないですよ。
あそこの集団はみんな悪い人だから気をつけなとか言われたときに、
いや別にそんなことはないと思いますよ。
まあなぜならどんなところにでも良い人も悪い人もいますからね、
というように言う必要はないです。
まあ確かにそういうこともあるかもしれませんねというように、
やんわりと聞き流す。
なのであくまであなた自身の思考の中で、
自分の感情を冷静に保つというような、
そうした材料に使ってみていただくと良いと思います。
判断するのはあなた自身ですね。
はい、ありがとうございました。
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