2024-07-04 11:49

大したことない

自意識があることは素晴らしいことです。

ありすぎると傾いていきます。

程々に保つのがいいんじゃないでしょうか。

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はい、どうも、丸山です。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、
大したことない、というテーマで話をしていきます。
はい、大したことない、ですね。
あなた自身は、
あなた自身が思っているほど大したことない、ですよ、という。
これは、特に完璧を目指す人だとか、
頭がいいように見られたいだとか、
そうした評価を機にするという部分で、
コミュニケーションを取る上において、
他人の評価だとか、
自分自身の他人に対する見栄っ張りだとか、
恥をかきたくないだとか、
プライドを持っているという。
そうした場合において、
これらはコミュニケーションに全く不要なものではありますから、
こうしたものの削り方というような部分でも、
大したことがないというような考え方を持っておくのも一ついいんじゃないでしょうか。
というところなんですけれども、
自分に自信がない人であれば、
大したことがないというようなことは、
自然と思ってしまっていると思うんですよ。
これはプライドがどうとかそういう以前に、
自分自身のコミュニケーション技術に自信が持てない、
そもそも大したことないと思っているという場合には、
これと逆のことを考えた方がいいですよということですけれども、
両極端を知るというのはいいことなので、
特に自分に自信がありすぎる人ですね。
ありすぎるというとあれですけれども、
それなりに上手いことを世の中渡ってきたし、
それなりに上手いことをやっていけているだろうという。
その上で、こうした大したことがないという意見もあるなということを知らない場合に、
見え恥、プライド、これを削っていくという、
そういったきっかけになるという意味でもですね。
大したことがないという考え方を持たないと、
強情で、強気で、自分勝手な振る舞いをするという。
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どこかでブレーキをかけていかないと、
自信がある状態ですと、延々と上り調子ですから、
どこまでも右肩上がりで行け行けどんどんで、
向かうところ敵なしというかね。
そうした人が行きすぎると、
人に対して強要をしたり、強情になったり、
そうした人物が出来上がっていくんですけれども、
そこまでいくとですね、当然人間関係というものも
欲はならないですから、
そういう意味でも大したことがないということをですね、
常々謙虚であれという部分でも同じですけれども、
そう思うことが必要になってきます。
何か組織に所属をしていたとして、
そうした場所で何かしらの成果ですね、
結果を出してきたという、
そういう場合において、いわゆる天狗になるという表現がありますけれども、
出来る人ほどそうしたことになりがち、落ち入りやすいですよね。
何かこうした自分自身が今ちょっと天狗になっているかもなという、
散々結果を出してきて、自信もついたし、
他の誰にとえかく何かを言われる筋合いないぞという、
そういう場合ですね、
組織に所属をしていて、そうした感覚になっていることがあるのだとすれば、
今そうした環境から外に出た時にどうなるのかという、
何か組織の中での結果を出して、
そうして自分に自信がついた状態で、そのまま他人と接すると、
これをですね、全く組織の外でからみた場合に、
それは何か意味のあることでしょうか。
いわゆる組織というものはですね、
余ったあるものの中のたった一つで、
小さな世界の中で何かを成し得たからといって、
必ずしも外の世界で通用するというようなことではないわけです。
周囲の人間からですね、賞賛を浴びたとしても、
一方その世界から何かの理由で外に出たとしたら、
何もないわけです。
こうした時に、自分自身は大したことがないんだなという、
そうした自覚を持っていない場合には、道が二つに分かれますね。
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一つは、外の世界では通用しないんだということを自覚をして、
改めて謙虚な気持ちを獲得していって、
いかに成果が上がる、結果が出る、そうした場合においても、
成果が出たら他人のおかげで、失敗をしたら自分のせいなんだなという、
そうした主体的な思考を獲得して生きるか、
もしくは大したことがないということにうっすら気づいているのにもかかわらず、
自分は過去にいろいろな結果を残してきたし、
だからこそ自分は大した人だと思いたいという、
だけども本当は大したことがないということを自分自身で分かっているからこそ、
そうしたことをごまかすために人をごバカにするという、
自分を騙すためにも他人に対して、
理想を悪辣の限りを働くという、そうしたことで自分を保つという、
このどちらかに偏ることになりますね。
そうした状況になっていってしまうので、
本来比べるのは良くないんですけれども、
どこから何かと知りて比べてみるという、
自分一人ではそうは言っても、結果があるしなという、実績があるしなという、
自負があるという、
自信があるのは良いことなんですけれども、ありすぎるのは良くないですよということでも、
比べるのは良くないんですけれども、知りているなら、
自分自身と全く関係のない分野の人を引き合いに出して比べてみるという、
本来はですよ。本来は比べるべきは過去の自分であって、
どこかの誰かと比べるということは全く意味のないことなんですけれども、
こうした自分自身に対して大したことはないと思っていない、
もう完成された人間だという、そのぐらいのですね、非常に高いプライド、
こうしたものを患っている場合には、
あえて全く関係のない分野の人を引き合いに出してみて比べてみるという、
人間的にどうですかという、
それは今生きている人ではなくても良いです、過去の偉人だとか。
例えばですけれども、企業、組織、会社というところであれば、
パナソニックの松下幸之助さんと比べてみるとか、
本田義賢の本田総一郎さんと比べてみるとか、
京セラの稲森和夫さんと比べてみるとか、
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蜘蛛の梅の存在というか、私からするとですけれどもね、
そうではない人ももしかしたらいるのかもしれませんけれども、
そういう全く自分とは関係のない分野であって、かつ離れている、
だけれども大人物だと、
そうした人を引き合いに出してみると、
自分って大したことないよな、そうしたことに気づけると思うんですよ。
どれだけいかに素晴らしい成果を残してきたとしても、
大半の人は一般人ですから、私も含めて。
凡庸ですから。
何か突出をしていないといけないという、
そうしたことを思っている人もいるんですけれども、
そんなことはなくて、
こうしたコミュニケーションの技術という部分においても、
責任なお残すというか、そんな大人物であらなくてもいいわけですよ。
そこら中の人と全く同じなんだという、
差などないという、全く同じなんですと、
その中では大したことはないんですよ。
忌ましめでもあり、謙虚な気持ちであるという部分でもあって、
そうしたことを日々自分で思っている人というのは、
内面の部分が外側に出てきますから。
人によっては、木だとかオーラだとか、そうした表現をすることもありますけれども、
常日頃自分自身の内側で思っていることというのは外に出るんですよ。
だからこそ、自分は大したことがある、素晴らしい結果も残してきた、
気高いプライドもあるという、
そうした他を寄せ付けないような威嚇を含めたような、
悩みを持ち合わせていると、人は寄ってこないというような、
かっこいい言い方すると一匹狼ですか、古今の戦士というんですか、
そうした生き方をしていきたいというのであれば、それはそれであなたの自由ですけれども、
人間関係という部分ですね、これで円滑にしていこうと思うのであれば、
非常にプライドの高いあなたは、大したことがないと自分のことを思っていると思うので、
そんなことはないんですよという、あなたも周りの人と変わらない、
普通の人なんです、大したことないですよという、
そんなね、常に謙虚であるといいことがありますよ、というような話です。
ということで今回は以上となります。
最後まで聞いていただいてありがとうございました。
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