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はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。 まずは、おめでとうございます。
ということで今回は、謝罪は免罪符という話をしていきます。
はい、謝罪は免罪符ですね。 謝罪ってあるじゃないですか。
悪いと思っているから謝るというようなこと。 通常の考え方としてと言いますか、
一般通念的には、謝罪というものは、 謝る人が謝られる人に対して申し訳ないと思うからやる行為。
ごめんなさいとか、すいませんとか、申し訳ありませんとかね、 失礼しましたとか、いろいろ種類はありますけれども、
そういう考えのもとで発せられることですよね。 それかほとんどの人がそのような認識をしていると思います。
別にそれは間違っているとかじゃなくて、 本来はそっちの使い方があっていると。
通常は今言ったような使い方だけれども、 ただまた別の捉え方をしてみると、
それは実は自分自身への免罪符となり得ている ということが考えられるんですね。
一応わかると思いますが、免罪符は自分自身への許しですね。
罪を免れるための道具といいますか、そういったもの。
言葉の発端は中世のキリスト教ですけれども、 広く一般に普及している言葉でもありますよね、免罪符。
それはいいんですけれども。
ですから通常とはまた異なる考えとして、 なぜ謝罪が免罪符となり得るのか。
端的に言えば、謝りましたよ、許してくださいね。 はい、終わりました。
ここまで淡白ではないんですけれども、 簡単に言うとそういう意味合いで捉えることができるということです。
謝罪をする側の気持ちとしては、 自分のことを悪いと思っている。
何かしでかしたのか、何なのか。
謝る対象の相手にとって、自分自身は良くない行いを してしまったからこそ謝るんだというと、
いわゆる罪悪感が非常に強い。 気分まで沈めてしまうことになりますよね。
もしくは何か、本来は悪いと思っていないけれども、 謝らなければいけない状況。
特にお社会人であれば、 そういう場面って多々あると思うんですよ。
自分の考えとは違う。別に謝る必要はないと思うけれども、 ここは謝らなきゃいけないなというようなそういう場面。
本来不要なものですけれども、 その辺にプライドがある場合でも、
こういう考え方を持っておけば、 謝罪をスムーズに行うことができる。
別に相手のためじゃなくて、 自分のためですからねというようなことなんですよね。
ただ一方で、こうした謝罪は自分自身の免罪負だなというようなこと、
そうした考え方に寄りすぎてしまうと、 それはそれでバランスが悪いと言いますが、
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謝る方と謝られる方ってあるじゃないですか。
謝罪ということ。謝罪という行為。
これは謝る方がこの考え方に寄りすぎてしまうと、
何でもかんでも謝ればいいやというような思考になってしまいますし、
謝られた方も別にそんな謝るとかどうでもいいですから、
別にこっちに向けてじゃなくて、自分に向けて、 自分のために許してもらおうとして言ってるんでしょう。
いいからファクトチェックしてくださいよというふうに、 バランスが悪くなりますので、
通常の考え方としては、当然広く一般にも普及している、
相手のために謝罪をするというようなことがベースとあって、
一方で若干謝罪をすることに抵抗があるなという場面に遭遇した場合に、
もしくはその対象の人物でこの人に謝りたくないなということがあった場合であっても、
これは自分自身の免罪負であって、
別に相手のために謝るわけじゃないんだというふうに、
場面に応じてその時の思考を入れ替えて使うというような、
そのために一つの考え方だけではなくてもう一つの考え方、
この謝罪ということに関しては通常は相手のためだけれども、
一方で自分自身のためでもあるというような、 その二つの考え方を持っておくということですね。
つまり何が言いたいのかというと、謝罪は免罪負。
これは通常とは異なる考えとして一つ持っておくというようなこと。
謝罪というものは広く一般的には相手のために謝るという行為ですよね。
謝る人が何か対象の謝る相手に対して悪いことをしてしまった。
それは人物であれ、世間であれ、社会であれ、
とにかく謝る人が相手に対してすいませんでしたというような、
誠意を示すというかそういう意味として使われるもの。
ただ一方でそうした気持ちに慣れないとき、
いや別に悪いと思ってないんだけどなとか、
いや謝る必要なんてないのになというように思う場合であっても、
抵抗なくスムーズに謝罪に移行できるというような、
そうした思考法として一方としてはこれは自分自身の免罪負であると。
それは今から私は謝ります。はい、謝りましたよ。
もう許してくださいね。おしまいです。
こういう考えの下に抵抗がある場合であっても、
素直に謝ることができる。
それを素直と呼ぶのかどうかはちょっと置いておいて、
別にどっちでもいいですからね、それを受け取る相手としては。
素直であろうがなかろうが。
ですからこういうように使い分けるということですね。
自分の内情、感情、どういう感覚であるかという状況によって、
本当に申し訳ないなという気持ちがあって、
これはもう謝って叱るべきであるということであれば、
通常の考えで謝ればいいですし、
相手のために申し訳ありませんでしたというふうに謝ればいいですし、
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そうは思えないのであれば、これは自分のためだと、
もう謝ったから許してくださいねという思考の下に謝るというような、
こういう行いをするということですね。
どちらかに偏りすぎず、場面に応じて使い分けてみてくださいということです。
個人的には別に謝るとか謝らないとかそんなことはどうでもいいと思ってしまうタイプなので、
過去のことじゃないですか、謝ることというのは。
それでそれによって気分の沈みが発生するぐらいであれば、
こういう事実がありました、じゃあこの先にどうしましょうというような、
ファクトベースで事実を元にしてじゃあどうしましょうというような、
そういう考え方のほうがよっぽど建設的だと思う立ちなので、
謝る謝らないとかどうでもいいのになということはどうしても思ってしまうんですよね。
だからこそこういう話をするというようなところもあります。
あなたはどうですかというようなところですね。
はい、ありがとうございました。