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AIフライヤーと “瘴気”
2026-08-03 19:07

AIフライヤーと “瘴気”

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美味しいラーメン屋。

壁に掲載されたメニューに見覚えが。

この街は、瘴気で溢れ始めているのか・・・。


この番組は、西暦3000年の、未来を生きる人類に向けて、

現代人が日々感じることや、ワクワクする未来への想いを発信し、

今を生きる皆さんと一緒に、未来に音声を残そうとする番組です。


BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ


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サマリー

AIが生成したフライヤーが街中に溢れ、その均一なデザインに「瘴気」を感じるという話。AIの学習特性からデザインが似通ってしまう理由と、それがお店の本気度を伝えにくくさせてしまう「コストのかかるシグナル」理論について解説。AIのデザイン生成は否定しないが、お店の世界観との整合性を考慮した使い方を提唱している。

AIフライヤーの増加と違和感
最近うまいなぁと思って、月1ぐらいで通っていたラーメン屋さんがあるんですけど、先日行ったときに、壁に期間限定のフライヤー、つまりあの限定メニューとかの写真と名前と値段が書かれているポスターみたいなのがあるじゃないですか。それが貼られたんですよね。
それを見ると、明らかにAIで作っているなっていうのはわかるようなフライヤーだったんですよ。なんかすごく雰囲気が派手派手しいと言いますか、お店の内装とか音楽とか雰囲気結構落ち着いているのに、そこだけすごく派手だったんですよ。
これ以外にも街を歩いていると、なんかパッと見て、これAIで作ったなみたいなわかるチラシとか、同じように飲食店のメニューとかでも本当にAIで作ったチラシめっちゃ増えた気がするんですよね。
しかも、面白いと言ったらいいのか面白くないと言ったらいいのかわからないんですけど、作っている店っていうのはバラバラなんですけど、大体デザインは同じなんですよね。
オレンジから茶色っぽいグラデーションの色合いみたいなところを使っていて、商品の写真も貼られているんだと思うんですけど、やたら湯気がツヤっぽい感じで、影も不自然に強めだし、
文字もお酒のストロングゼロみたいな感じで、強調フォントみたいな、すごい力強く筆で書いたような字体っていうんですかね。
あの感じすごいあるじゃないですか。本当に1枚2枚とかじゃないレベルで、最近本当にいろんな場所いろんなお店でAIで作ったフライアーミリオンになって、一番近い言葉、これを表す一番近い言葉がないかなと思って、
正気って気に触るみたいな方なの。正気ってあるじゃないですか。あれかなと思ったりしたんですよね。これに対してすごく嫌だなと言い方は確かめないけれど、がっかりするなと思うところは、
お店自体の味とかそういうのは一級品なのに、そこだけ浮いてるのがすごいもったいないというのか、がっかりするなというのがあるので、今回その話をできる限り言語化したいなと思ってます。
AIデザインが均一化する理由
まず最初の話として、そもそもいろんなお店が作ってるのにAIで作ると同じようなデザインになる理由としては、これちょっと仕組みとして結構シンプルなのかわからないんですけど、もともとAIっていうのは大量のデータを学習データに使うわけですけど、それの平均っぽいところに学習がされていくっていう性質があるんですね。
どれだけ繁華してるかとか言ったりするんですけど、AIの学習過程でそういう局所的に学習がならないような工夫がいろいろ入れられてるんですけど、それもあるので大体その平均っぽいところに出てくるものが寄ってくっていう形になります。
それがあると何が起こるかっていうと、あんまり市場を与えずに出てくる画像とかっていうのは、大体どんな人がどんなことを売っても同じような配色だったり、同じような構図になりやすいっていうことですね。
だからお店で使うこのラーメンの期間限定メニューのフライヤー作ってっていうと、大体夏とかだったら涼しそうな水色の背景にデカデカとツヤっぽいラーメンが画像があって、何百円みたいな、そこで強調フォントみたいに使われるみたいな、だから大体同じような感じになっちゃうっていうところなんですね。
なので、ツールの個性というのか、AIのツールの個性がそのままでちゃってるっていう状態が起こってるっていう感じです。
デザインの「本気度」とコスト
なんでこの同じっぽさを見るとがっかりしちゃうのかってところですけど、やっぱりそれっていろいろ言われてるらしいんですけど、コストのかかるシグナル的な理論らしいんですけど、やっぱり本気度っていうのが伝わらないからっていうところですね。
なんかそのお金とか時間かけて手間をかけてなんか下手でもいいんですけど、なんか作ってそのお店っぽいものを出した方が本気だなって思ったりするわけですし、手書きだろうがデザイナーに頼もうが、ちゃんとそのお金とか時間とか技術を使ったものだっていうところが、このお店は本気でやってるっていうメッセージになるわけですけど。
皆さんもそのせせやいで画像とかなんかデザインのあるものを作った時にわかると思うんですけど、やっぱりそこのコストが全然かからなくなっているところが、なんかその見た目整ってるけれど、あんまり本気の証明として今までお店のために作ってたものがなくなると、なんかこれ手抜いてるなというか、なんだろうな、その見た目整ってるけれど本気が伝わってこないっていう形になってるのかなっていう。
矛盾ですよね一種の。そこが起こってるっていうところがあるかなと思います。
それもあるからなんかみんな同じことをしていて、かつなんかみんな同じような似たようなものを出してるから、みんなと違うっていうような手をかけてないところに、やっぱりデザインは下手じゃないんだけど安く見えちゃうっていうところだなと思って。
「瘴気」としてのAIデザイン
正気っていう言葉を使っているんですけど、正気って言葉っていうのは、なんか一つのものが悪いというよりは、なんか空気そのものが薄く悪くなっていくみたいな現象のことを指すわけじゃないですか。
なんかあの不快って言ったらいいんですか。あの本当に沼とか森とかあるけど、なんか毒々しい色で、その毒ガスが満ちてて、なんかその痺れていくみたいな。
なんかそういう感覚のものだと思ってるんですけど、このAIのなんか生成されたデザインがいっぱいあることで、一枚一枚がそのなんでしょうさっき言ったみたいに、なんかそのお店の本気な人とかがないからなんか矛盾があってとかっていうよりは、なんかそれ自体がいっぱいあって街に増えていくことで、
なんかその街全体がなんか手抜いてるなというか、なんかその本気度が全然下がっていってるっていう、なんか雰囲気も含めて落ちていってるっていうところがあり、なんか視界に入るたびに、ああまたAIで生成したやつかよみたいな、なんかそういう疲労感っていうんですか。
なんかこのお店美味しいと言うから来たのに、なんかメニュー表はAIかよみたいな、なんかそういうのが疲労として積み重なっていく感じがやっぱ正気に溢れてやられていく感じかなと思ったりするわけですよね。
味とデザインの繋がり
でもなんか聞いてる人からすると、まあでもそのお店の味とかが保証されてて、味が大事なのを重視してるから、そうは言いつつデザインの話って別じゃねっていう人もいると思うんですよね。
別になんかメニュー表って、その食べたいものっていうものがその事実として値段とか内容が破裂されているだけであって、それを情報として受け取れば別にそこはどうでもよくねみたいなふうに思われがちだと思うんですけど、なんか僕はそこ繋がってると思っているんですよね。
繋がってるっていうのはお店全体の雰囲気とそのメニューというものがAIでできたフライヤー使ってることっていうのが矛盾してるじゃないけれど、なんか合わないよねっていうところって繋がってると思ってて、やっぱりそのお店らしさっていうのはその出てくる料理の味だけで成立してるわけじゃなくて、
空間であったりとか接客であったりとか流れてるBGM含めた視覚含めていろんな情報があると思ってて、それが統一されていることでめちゃくちゃいいというか、全部要素としては一つのコンセプトが別々のチャンネルで翻訳されて空間というか雰囲気っていうものになってると思うので、
やっぱりシェフ含めて料理人の人が食材とか技術に対して払っている手間っていうところとビジュアルですよね。そのお店の中の内装であったりとかメニュー表っていうところに対して払われる手間みたいなところって世界観一貫していないとなんか雑っていうふうに見えちゃうというか、なんでここだけそうなんだよってなっちゃうと思うんですよね。
そういう意味では本来、味っていう一番手間のかかる部分、おいしさですよね。そこに対しては本気、本物を出しているのに言葉で伝えるっていう翻訳のチャンネルであるメニュー表っていうところに対しては本気じゃないというか汎用のテンプレートが使われてしまってるっていうところにやっぱり不均衡感があるというか、そこにやっぱり違和感があるんじゃないかなと。
言い換えると、お客さんとして僕も含めですけど、お客さんがそのお店に入ったときに感じ取っているのってデザインが上手い下手っていうのはあんまり関係ないというか、お店がそのお店全体としてどういうふうに世界観を見せたいかっていうところの解像度というか表現方法っていうのがメニュー表だけはぐちゃっとしているので、なんかすごい違和感あるよね。
なんかちょっとがっかりだよねっていうところになってるんだと思うんですよね。
飲食店経営者のジレンマとAI
やっぱり普段料理をされている方、お店を出している方っていうのは本業であるラーメンを作るとか、お店の中でいろいろ作業するのあると思うんですけど、そこに対して時間をかけている分、デザインの製作するための時間とかコストっていうところになかなか時間を割けないからこういう形でコスパタイパーのいいAIのデザインを使ったようなメニュー表を出しちゃうんですけど、
お店の人ってお店全体の世界観との整合性を認識できてないから、とりあえず売り物の情報が伝わればいいやっていう風になっちゃってるので、こういう風にずれが起きているというか。
そこって本来それも含めてのお店の雰囲気世界観だったんだけど、そこがずれているところに違和感を持つべきなんでしょうね。そこが日々忙しい飲食店ではできてないというのが問題なんだけど、それが多すぎてこの街中にAIのフライヤーができてしまい、
この辺のお店全部手抜いてるというか、そういう正気っていう風にも感じちゃうんだろうなって思いますね。
AIデザインの正しい使い方
でも一方で、AIでデザイン作っちゃダメなのかっていう話もあると思うんですよ。じゃあ、そういうの使わない方がいいよねみたいなところもあると思うんですけど、多分そうでもないと思うんですよね。
やっぱりこれってどういう状況かっていうと、やっぱりAIとかデザインに関してのスキルとか知識がない人が妥協してコスパタイプのために使っているというだけの話なので、
本来そのAIの手癖であったりとか、デザインっていうものの背景知識とかそういうのを持っている方がちゃんと使いこなせれば、そのお店らしいメニューっていうのはデザイン作れるはずなんですよね。
料理の側面でいうと、料理道具使いこなせてない人がそのお店らしい美味しい味が作れないっていうのと同じ構造なので、AIの生徒よりは使い手にスキルや技術がないからこうなっているという形かなと思います。
ただ、AIにおいてはスキルや技術がないから下手になるというよりは平均に近づいていくというところがまた違うところで、料理の場合って例えば包丁で何か切ったりするときって下手な人って切り方ぐちゃぐちゃだしサイズ不揃いだしみたいなところの違いはあるけれど、
下手な人同士で同じ下手さがある方と違うと思っていて、厚みも違ったりとか切り方も下手なりの違いというか個性のある下手さがあると思うんですけど、AIのツールを使いこなせない人っていうのはどちらかというと全部平均に寄っていくという下手さになるというところでやっぱり違いがあるっていう感じですね。
逆を返すと、生成AIとかを使ったデザインを作るときに平均に寄らない逆方向に逆らっていって作業していくってこと自体がAIを使う上でのスキルの一個なのかなと思ったりします。
手書きデザインの価値
最近もXかなんかで一時期ちょっと話題になってましたけど、スーパーの特売セールというかサツマイモの詰め合わせイベントを開催しますみたいなデザインアナウンスというか告知のフライヤーが手書きで書かれているやつで、これが味があっていいんだよこれだから俺は行くんだみたいなのがバズってましたけど、
やっぱり下手にAIを使うと必要以上にお店が出したい世界観とずれているので、逆にお店のその必要とされている雰囲気を既存してしまっていたりとか、他のお店との差分がないし、みんなそもそもそういう変な似たようなものしか出せなくなってしまうと、
それに印象が引っ張られるというか、他のお店でそれを出していたがゆえに自分のお店でも出していると、より面白くないなぁみたいになっちゃうのかなと思います。
ということもあるので、逆を返すとこれからは手書きの時代なのかなと思ったりするわけですよね。
AIフライヤーに対する評価
AIでメニュー表を作っているというところとか、それをあからさまにたくさんお店に期間限定メニューを貼り出していると、それだけで評価の星が一つ下がるみたいな。
そういうところまでここ半年のAIでデザインで何でも作れるとかいう中になってきた時には、そこまで来ているのかなと思ったりしています。
これを聞いている方で、もしかしたらお店を出している方もいるかなと思うんですけど、フライヤー自体をAIで作ることは否定はしないんですけど、
本当にそれが出てきたものが、お店がこれまで持っていた素敵な個性に対して浮いていないかというところは見直しながら作ってもらうといいのかなと思います。
やっぱりそれをしないと、他のお店ですでにそういったものを見ている人たちが、この店は本気じゃないんだなというか、そういうお店に対する信頼感というか、手を抜いているんだなという印象を与えかねないので、
やっぱりちゃんと手書きにしろとは言いませんが、使い方は考えた方がいいなと思います。
AI利用における倫理と注意点
ということで、今回はAIのフライヤーに正気を感じてしまったというお話なんですけど、僕自身もAIに関する業界でずっとAIを作ってきたっていうのがあるんですけど、
やっぱり使い方は人によってハサミとかと一緒で、物は使いようだなと思いますし、場合によってはそういう著作物とかを学習したものをそのまま出している。
場合によっては著作物をインプットしてアウトプットに混ぜているみたいな悪質なものもあったりするので、それはやめてくれと思っているんですけど、
本当に世の中を便利にするものがいっぱいあると思うので、本当に使い方を考えましょうという話でした。
以上、2026年7月の現在時にでした。
ということで、エンディングです。
今回はAIフライヤーと正気という内容でお話をしました。
やっぱり最近のみんな似てるデザイン作ってるよねっていうところに奇妙さと気持ち悪さを感じていたので、今回同じように感じてた方が解釈が済んだらいいなと思って話してきましたが、皆さんはどういうふうに感じたでしょうか。
世の中便利になっている側面もやっぱり拭えなくはないので、アンチAIっていうところまで行かないものの常識的に考えて、それってアウトだよねっていうところの倫理感はちゃんと持たないと、何かいずれ自分もそういう悪いことに巻き込まれたりとか、知らず知らずの地に権利侵害したりとか、そういうのが全然起こり得るので、皆さん気をつけましょうというところでした。
あとはやっぱりそういう生成物を使ったんだったらそこは免許するとか、そういうふうにちゃんとしないと今後危ないんじゃないかなと思ったりもします。
番組エンディング
番組では感想報酬しています。Xのハッシュタグ、エコー3000までお寄せください。
では今回はここまでです。
現代人の皆さんも未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。
じゃあね。
19:07

コメント

これも技術リテラシーだなあと思います。「技術はある。でもこれだからわたしはここでは使わない」という感覚が欠けている。とくにAIなどもあり技術を持てる人が多くなったからこそ、使うかどうか考えることが大事と感じることが多いなと思います。

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