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見渡せば、みんなパンツを履いている
2026-04-13 13:38

見渡せば、みんなパンツを履いている

「パンツを履いていること」で、社会への信頼を与えている?

「みんなパンツを履いていることの面白さ」と、「パンツ人狼」についてのお話です。


○ この番組について ○

「はるか遠い未来の人類へ、現代人は何を残せるだろうー?」

Podcast番組「拝啓、3000年の人類へ」は、西暦3000年に向けて綴る「音声アーカイブ」です。

加速するテクノロジーの波間で、現代人が何を思い、どんな未来を夢見たのか。

教科書には載らない、その体温を、遠い未来へ届けます。


BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ


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サマリー

このエピソードでは、「人類みんなパンツを履いている」という日常的な光景から、社会における信頼や人間関係について考察します。真面目な社会人がパンツを履いているというギャップの面白さや、もしパンツを履いていない人がいたら怖いという「パンツ人狼」の概念を通して、社会的なルールや暗黙の了解がいかに私たちの安心感や共存に寄与しているかを解説しています。

「みんなパンツを履いている」という発見
先日なんですけど、よく聞いているポッドキャスト番組に、スプタン男のみんな違ってみんないいという番組があるんですけど、
その中でリスナーさんからのお便りみたいな形で、パンツにまつわるお話が出てきたんですね。
パンツっていうのは下着のパンツになるんですけど、ちょうど移動中に聞いていたんですけど、
確か出社をしているタイミングとかだったかな。電車の時頃で聞いていたわけなんですけど、
なんかふと思ったんですけど、人類みんなパンツ履いているのってなんか面白くないですか?
今通勤中の話をしたんですけど、皆さん通勤中想像してみてください。
会社に向かうたくさんのビジネスマンが歩いていたりとか、真面目な顔をしてスーツを着込んでいる人たちが道を歩いていたりとか、
キリッとした表情で駅に吸い込まれていくたくさんの人たちがいるわけですけど、
ここにいる人たちみんなパンツ履いてんだよなーって思ったらなんか笑えてきませんかね。
なんでこんなみんなパンツ履いてるっていうのを考えると面白いのかなと思って、
うまく言語化したいなと思ってたところだったので、簡単にちょっと調べてみたんですけど、
まず前提として世の中にいる多くの人が、例えば会社員であったりとか、
学生、お父さん、お母さん、社長とか俳優とか、
何かしら社会的な役割とか記号を持つ存在として、皆さん実は知覚をしているんですよね。
それをですね、前提として、前提というかその人の表面的なものの肩書きですよね。
そういったものとして人を知覚するので、社会を構成する上での、
抗議で言うところの立派な人というふうに、僕も含め、皆さんも含め、世の中の人々を認知をしているということですね。
そこでその人たちがパンツを履いているというですね、極めて知的でかつ身体的な事実というものを突然意識すると、
その記号というものがペリペリと剥がされてしまって、目の前にいる人たちが途端に社会的なすごい人というよりは生物的な存在に見えてくると。
で、それがギャップがあるから面白さがあるんじゃないかなというふうなところをちょっと調べた中で言語化をしてみました。
面接の緊張緩和と人間味
で、みんな見渡した人たちがみんなパンツ履いてるんだなっていうのに近いのないかなと思って、いろいろ考えてたんですけど、
例えば皆さんも面接とか面談とか入社試験とか入学試験とか受験勉強の中でとかそういう面談とかあると思うんですけど、
そういった中で結構幅広く知られている心得っていうんですかね、そういったものがあると思ってて、それに似てるんじゃないかなと思うんですよ。
ショートコント、面談というふうにつけて、面接に臨むと目の前で真面目に質問している会社の偉い人たちも、
面接官という役割を演じているだけの、まあただの人であるっていうところを想起ができまして、
あーこの人今すごいキリッとした顔で質問してくれたけど、お家では子供にお尻をキックされてるのかなーとか、
ウルトラマンの祖父日で子供と遊んでるのかなーみたいな、なんかその人の普段の暮らしとか人間味みたいなところがあるんじゃないかなって想像すると、
ちょっと緊張が解けるみたいな、そういった話があるかなと思うんですけど、それに今回のパンツの話って近いんじゃないかなと思ったりしています。
これは自分のこのポッドキャストを始めて4年くらい経つわけですけど、この中でもですね、そういった様々な業界の人とか年齢の人と触れるにつれて、
初めて会う人でも後者のような偉い肩書というか、記号だけではない、この人も普通の人なんだなーというか、人間なんだなーというところを結構認識するようになったんですよね。
それから僕も中途の採用面談みたいなところも何度かあるんですけど、なんかそのよくありますけど、御社とか御社みたいな言う時もありますけど、
それと応募者という立場っていう、この関係性を超えた面接をしてくださる方の人となりというか、その人と人との関係性みたいなところを意識しながら採用面接とか含めて人と話すことが増えたなーっていうのが今振り返れば思うことですね。
なんかそういう意味では、どんなに社会的にすごい役割の人、すごい目立っている人、有名な人、そういう人気な人とか色々あるんですけど、それってやっぱり表面的な記号に包まれた形なんだけど、
その薄い布の一枚、ペリペリって剥がすと、みんな人間なんだなーとか、みんな生きてるんだなーとか、なんかそういう意味では結構安心できるなーというか、力が抜けていいなーと思ったんですよね。
そういう意味でパンツを履いてるんだなーっていうのを見た時に、安心してるから笑えるんだろうなっていうのは結構思いました。
「パンツ人狼」の恐怖と予測不能性
一方でですよ、パンツっていうものを履いてるっていうことって、実はその安心できるということは、なんか社会的な常識がある人というか、この人もただの人なんだなーという安心感があるから、そういうふうにパンツを笑えるんだと思うんですけど、
例えば一方で、この万人伝書の中でパンツを履いてない人いたら怖いなーと思ったりするわけですよね。
いわばパンツ人狼ですよ。これって別のメカニズムがあるんだろうなと思っていて、今前提で話しましたけど、社会空間の中で真面目に皆さん立派な人としてラベルが貼られて、
出社をしたりとか、学校に行ったりしてるっていう立派な人たちっていうところに服を着てるっていう条件というかルールがあるからこそ成立してるんですけど、
全員がそのルールを守っているということは、その人自身が社会的な常識を持ち合わせている人であるっていうふうな前提があるというところで、
まあ安心してというか、まあ安心できることもなくなっているありますけど、他者と同じ空間にいることができるわけですけど、仮に一人でもその中でルールを破っているパンツ人狼の方がいるとどうなるか考えてみてください。
やっぱりなんか一人でも変な人がいるんじゃないかなみたいなことを考え始めると、やっぱりその、なんかわかんないですよ、その人が特定できるかわからないですけど、その人だけじゃなくて他の人もやっぱり安心して隣にいれない、
信用できないっていうところが出てきて、やっぱり秩序が乱れちゃうというところがあったりとか、まあその人が社会的に立派な人ではなくて予測不能な存在になるのでちょっと不安になっちゃう、怖いともあったりとかしますし、まさに満員電車なんてそうなんですけど、みんなが動けない状況だからやっぱり動けないという恐怖もありますよね。
そういった意味では、やっぱりそのパンツ人狼、つまりパンツを履いてない人がいるっていうのは、なんかその裸だから怖いというよりは、この人は何をするかわかんない人だなっていうところの予測不能性みたいなところに怖さがあるんじゃないかなと思いました。
パンツの未来と衛生観念
まあ、普段満員電車に乗っていて、僕もまあ結構乗りますけど朝、そんなこと考えてらんねーよとか思っているんですが、今回そのたまたまポッチキャストのエピソード聞いてて、電車の中でパンツのことをふと思っていて、
あーそういえば、なんかみんなすげーキリッとした顔してるけどパンツ履いてるんだよなーみたいな、ちょっと笑えるなーと思った話もそうなんですけど、一方でこの中で逆にパンツ履いてない人いたらどうしようかなーみたいな、そういうちょっと怖さもふとあるなというのをふいに思いましたので、ちょっと今回そんな話をしてみました。
ちょっとね、別でパンツってそもそも今後履いて生き続けるんだろうかみたいな話もしたいなと思ってるんですけど、結構長くなりそうな気がしたので別の機会にするとしようと思ってるんですけど、この2026年の4月現在ではまだまだ世の中見渡すと、
皆さん、衛生観念というところをやっぱり大事にしている、特に日本は進んでいる方だから言えるのかもしれないんですけど、そういったなんて言うんですか、衛生観念というところをこれからどういうふうになくしていくという言い方変ですけど、
例えばですけども、そもそも我々パンツ履いてるのってやっぱりその衛生観念が未だに解決しないからだと思ってますし、もちろん恥じらいというところもあるとは思うんですけど、そもそもなんかそういったものがもし何ですか、体が綺麗すぎたらいらないとかあるでしょうし、
そういった身体的特徴というところを隠すという目的もあると思うんですけど、それが何でしょう、例えばVR空間とかだったら別に、レディープレイヤー1という映画とかもありましたけど、バーチャル空間だったら好きな格好で着るから別にいらないよねとか、
よく考えたらそういったゲーム空間にいる人たちって別にパンツって本来履かなくてもいいんじゃねみたいなテクスチャーだしみたいな、そういうのあると思うんですけど、現在2026年の我々見渡してるとまだまだみんなパンツを履き続けなきゃいけないんだよなっていうところもふと思ったりしてまして、
ちょっとそういった話も別でしたいなと思うんですけど、現状はやっぱりこの日本2026年においてはみんなパンツを履いているっていうちょっと笑えてくる光景が実はふと思えば広がっていたりとか、一方でその中で実はパンツ履かずに生きてる人、靴下履いてない人とかいるかもしれないですけど、パンツを履かない人がいたらやっぱ怖いよねっていうところを思っているというのを残しておきたくて今回お話をしました。
ちょっとふざけたお話でしたけど、こういう話もたまにはいいかなと思っております。ということで、2026年4月の現代人でした。
社会における信頼と共存
ということでエンディングです。今回は人類みんなパンツを履いてるんだよなっていうのをふと電車の中で通勤地を持ったという話と、この中でパンツ履いてない人いたら嫌だなっていうパンツ人狼的なお話をいたしました。
両者に共通するのはやっぱり誰しもがその社会的な布、物理的な布をまとっているということを意識すると、それが実は信頼とかその社会におけるルールを守っているというところに繋がるんだろうなっていうのをふと感じたということですね。
日常が他者と平和に共存できているのはお互いが無数の暗黙のルールを守っているという前提があるからですし、そういう布の一枚ですけども、我々社会の中で構成する一員としてそういうところを安心や信頼として示しているんだなと思うと、なんか面白いなと改めて思いました。
番組では感想をお待ちしております。Xのハッシュタグ、エコー3000までお寄せください。では今回はここまでです。現代人の皆さんも未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。じゃあね。
13:38

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