1. 拝啓、3000年の人類へ
  2. 言葉にならない感情を、言葉に..
言葉にならない感情を、言葉にした辞典がある
2026-04-20 24:10

言葉にならない感情を、言葉にした辞典がある

「かつて味わった強烈な感情をもう一度味わいたいこと」。「目を合わせると侵入する/される感覚」。

一言で表せなかったことを「言葉」にした辞典があルことを知っていますか?

今回は、「言葉にならない感情が言葉になった辞典」についてのお話です。


○ この番組について ○

「はるか遠い未来の人類へ、現代人は何を残せるだろうー?」

Podcast番組「拝啓、3000年の人類へ」は、西暦3000年に向けて綴る「音声アーカイブ」です。

加速するテクノロジーの波間で、現代人が何を思い、どんな未来を夢見たのか。

教科書には載らない、その体温を、遠い未来へ届けます。


BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ


X@echo3000_radio https://twitter.com/echo3000_radio

感想等は #echo3000 でツイートしていただけると喜びマス

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、「曖昧な悲しみの辞典」という、言葉にならない感情に名前をつけた辞書を紹介しています。パーソナリティは、観光地での写真撮影の苛立ち(ベモダーレン)、他者と目を合わせた時の緊張感(オピア)、生まれる前の時代への憧憬(アネモイア)など、10個以上のユニークな感情を表す言葉を解説します。さらに、現代人や未来人に現れるであろう未言語化の感情についても考察し、言葉の創造の可能性を探ります。

曖昧な悲しみの辞典の紹介
先日のエピソードの中で、道端を行くたくさんの人たちに、これまで生きてきた人生であったり、暮らしであったり、そういったものがあるんだなっていうのを想像すると、
頭の中に大量の情報が流れ込んできて、呪術回戦の無料空処みたいだなという話をしたんですけど、その中でですね、
ある辞書の話をしたんですけど、ちょっとその話を今回深掘りしたいなと思ってまして、
そのエピソードの中で、The Dictionary of Obscureっていう曖昧な悲しみの辞典というお話をしたんですけど、
実際にですね、YouTubeとかに動画が上がってまして、これは言葉にならない感情というのが言葉になっている辞書なんですけど、
今回はその話を少ししたいなと思ってます。
改めてこの辞書の話をすると、John Koenigという方による英単語の構築プロジェクトでして、
先ほどもお話したように、言葉ではまだ説明できないような感情っていうのを表す新しい言葉っていうのを作って定義をするということを目指しているものになってます。
先日のエピソードの中では、ソンダーという単語を紹介したんですけど、単語の意味は道行く人をそれぞれに自分と同じぐらい豊かで複雑な人生があるっていうのを
気づく瞬間の感覚という単語でしたと。
この他にもですね、いくつか自分の観点で紹介したいなという単語がいくつかあったので、
今回はその単語の話と、皆さんもそういった単語の意味を聞いて、
自分も感じるかなっていうふうに思っていただけるかなと思うんで、その話をしたいなと思ってます。
その単語10個ぐらい紹介するんですけど、ちょっと単語がですね、英語以外にウムラウトとかっていう単語の上にちょんちょんがついてるようなものがあるんで、
正しく読めてない可能性もあるんですが、そこはちょっとご了承ください。
ベモダーレン:写真撮影の苛立ち
まず1個目なんですけど、ベモダーレンっていう単語なんですけど、これどういった意味かというと、
同じ写真がですね、何千枚も存在すると分かっていながら、何かを撮影することへの苛立ちっていう話なんですけど、
これ何かというと、例えばですけど、皆さん観光地に行ったりすると、
皆さんその4人とかだったら、ギュッと集まってみんなピースするみたいなポーズとか、
あとは何でしょうね、何か手でハートを作るとか、写真をするときにある同じような角度で撮ってるっていうのが、
何千枚もすでに世の中に同じポーズ、同じ構図であるにもかかわらず自分たちの写真を撮ってるというところに対して、
このポーズとか、この写真撮ったの俺が一番最初じゃないんだなぁとかっていうことに対する、多分苛立ちとか悲しさなんだろうなと思っています。
おそらく皆さんスマートフォンが普及しても、何年くらい経つんですかね、15、6年とかもっと経つのかな、結構経ちますけど、
誰でもやっぱり写真を撮れるようになったが故に、世の中には、これ前に見たことあるポーズだなとか、見たことある構図だなっていうのが多分大量に増えていると思うんですよね。
まあそれをやっぱり自分も撮って、みんなが言ってることなんだなっていうことに気づいてしまうと、なんか悔しいなーっていう感情があるのは、まあなんとなくわかりますね。
僕は別にオートグラファーとかそういったものではないのでわかんないですけど、もしかしたら実際に写真を撮られているプロの方とかは、構図っていうものとかそういったものに対して、
もちろん売れるための写真とかっていうのはもちろんあると思うんですけど、これまた同じ構図だな、同じポーズだな、同じ感じの写真だな、みたいなのはやっぱり思ったりするんでしょうかね。
まあそういった意味でこのベモダーレンっていう単語、面白いなと思って取り上げさせてもらいました。
オピア:目を合わせる時の緊張感
で、2つ目はオピアっていう単語ですね。
これの単語の意味は、目を合わせることの曖昧な緊張感。
侵入的でもあり、傷つきやすくもあるという単語なんですけど、
要するに人の目を見て話す人だったら、たまに思うかもしれないですけど、相手の目を見て話すと、その瞳に吸い込まれていきそうになる。
もしくはその人の中に入っていくような感覚っていうのもあるでしょうし、
一方で目を合わせている、自分に対して注がれる視線を見ていると、自分に侵入されていきそうだな、みたいな。
そういった感覚のことだと思います。
僕も結構ですね、大人になってからかな、昔よりもすごい人の目を見て話すこと増えたなと最近では思うんですけど、
その時にやっぱりそういった感覚あったりしますね。
やっぱりすごい日なんでしょうね、その人の目を見て話す時に、この人の目なんか吸い込まれそうだなって感じる人もいますし、
一方でなんか僕ばっかりすごい視線向けてて、なんかその強い印象を与えてないかなとかっていうのは感じることはあります。
もしかしたら皆さんも会話をする中で、人の目を見て話すようにしてますって言ってる人いると思うんですけど、
実はそういった目を見て話すことに、メリットはもちろんあるんですけど、
そういうなんかその侵入的でもあり、侵入されているような感覚みたいなのを持っている方いるんじゃないかなと思って、
この単語をご紹介しました。
アネモイア:経験のない時代へのノスタルジア
3つ目がアネモイアっていう単語です。
これは自分が経験したことがない時代へのノスタリジアっていう風な意味なんですけど、
なんかその例えば対象ロマンなんていう単語ありますけど、まさにそれですよね。
自分が生まれる以前のものが残っている場所に行くと、親しみやすさというか、
なんでかわからないけれど、すごい温かい気持ちになるみたいな、そういうのあるかなと思うんですよね。
なんか本当に、世界5分前仮説みたいなのあったりするわけですけど、
そういうの嘘なんだなと思えて安心する側面もありつつ、
なんでこんなに自分が生まれてない時代のもので、長く続いているものが馴染むんだろうなっていうのは結構思うことはありますね。
僕も結構日本に残っている洋風建築物とか見に行くの好きなんですけど、
例えば横浜とか神戸とか、大正時代の建物とかが空襲で焼けずに残っていたりすることもありますし、
外国の昔の領事館みたいなところが今も残っていたりするわけですけど、
なんかそういうところに行くと、やけに異国感はもちろん感じるんですけど、
なんか馴染むなぁみたいなのがあって、これってもしかしたらこのアネモイアっていう感覚なのかなとか思ったりすることはありますね。
ゼノサインとオレカ:時間の経過と記憶
続いての単行が、ゼノサインって読むんですかね。
時間がどんどん早く過ぎていくような感覚。
これは結構聞いている皆さんも思うことはあるんじゃないでしょうか。
やっぱり年を重ねれば重ねるほど、1年あっという間だねっていう話をよく聞いてはいたんですけど、
いざ自分が年を重ねていくと本当にそういった感覚がありまして、
ちょうどこの前実は誕生日を迎えたんですけど、いろんな友人から誕生日おめでとうっていう風に言われる中で、
1年早いなーっていうのを言われたりしたわけなんですけど、
確かになって思いつつ、僕はでもそれって本当っていう風に思うこともあって、
やっぱりそれって記憶の圧縮が起こっているからそう思ってるだけなのかなと思ったりするわけですよね。
よく写真とかを見返すと、これ今年だったなーみたいなこと結構ありますし、
皆さんも感じたかもしれませんけど、コロナ禍ってだいたい3年?4年ぐらい続いたわけですよね。
2020年から2022年、23年ぐらいまで続いたわけですけど、その時の記憶って消えませんでした。
これって時間が早かというよりは消し飛んでるってことは、
やっぱり記憶って実は忘れていく能力の方が上がっているので、
早くなってるんじゃなくて忘れやすくなってるんじゃないかなっていうのを思いましたね。
ちょっとこれに関連する単語でもう1個あって、オレカっていう単語なんですけど、
これが記憶に残る日がいかに少ないかへの気づきなんですけど、まさにこれもあるなと思ってて、
この1個前に紹介したゼノサインっていう言葉と結構近いなと思ってます。
記憶に残る日が実は少ないというよりは、小さい頃って結構全部覚えていたんじゃないかなと思ってて、
要するに脳みそへの記憶の書き込み能力がめっちゃ高かったわけなんですけど、
大人になるにつれてほぼ記憶というものの書き込み能力というのはどんどん落ちていっていて、
記憶が欠落していくから、どんどん1年の記憶が少なくて圧縮されて、
ああ、なんか1年早いんだなって思ってるんじゃないかなって思ったりもしてますね。
まあでも実際記憶に残る日がいかに少ないかっていうのは、
まあなんかこれ結構難しいなというところがあって、
結局なんか刺激的すぎる毎日は、それはそれでなんか疲れるというか大変だなと思うし、
なんか目の前のことしかこなせないから、結局短期記憶はめちゃくちゃつくけど、
長期記憶っていうのは実はつかなかったりするわけですので、
どうやってその毎日過ごしている時間というか、日々暮らしているこの毎日というものを記憶に残していくかっていうのは、
結構人類共通の課題なのかなとか思ったりしますね。
もちろん社会人になると平日の昼間とか、まあ夜にかけてですけど仕事というものが入ってくるので、
なんか自分の趣味とか、なんかいろんな家庭にかける時間とかまで入れると、
そこにかける時間っていうのは平日はやっぱり短いわけですし、
休日もあるにはあるけれど、まあかけられる時間もやっぱり限られるとなると、
やっぱりちゃんと記憶に残していくっていうのを意識したいなって思いますね。
多分ご家庭持っている方とかなんて、子供と過ごす時間ってめっちゃ短いですよとかよく聞くわけですけども、
なんかそういうところをちゃんと残すために、皆さん写真を撮ったりとか、
アルバムを作ったりとか、赤ちゃんの記憶のアプリとかあるじゃないですか。
なんかそういうのをちゃんと使って豊かな人生の記憶っていうのを残そうとしているのかなと思いました。
ユイ:強烈な感情の再体験への欲求
で、次の単語がYui、Y-U-I-Iって書いてYuiって読むんだと思うんですけど、
これは、かつて感じた強烈な感情をもう一度味わいたいという欲求ですね、という意味なんですけど、
あーこれめっちゃあるなぁと思いますね。
どうしても大人になるにつれて初めてのことっていうのは減っていくわけですけど、
まあ相対的にというか、できることも限られてくるのもあると思うんですけど、
その中でやっぱり、あの時最初に感じた強烈な感情をもう一回味わいたいなって思うこと結構あるんですよね。
特に僕は地方出身なので、最初に上京した時とか、初めて一人で海外旅行に行った時とか、
すごい今でも覚えてたりするわけですけど、その不安と期待と恐怖とみたいな。
なんかそういうのって慣れちゃうと、なんか当たり前になっちゃうっていうのは結構悲しいですよね。
飛行機に初めて乗った時もそうですけど、今海外旅行に行く時とかもなんか全然、
英語の勉強とかもちょっとしてたからっていうのはありますけど、
あんまりなんか不安もなくなってしまったりとかそういうのもありますし、
なんかね、仕事もある程度いろんなことを勉強して身につけたからあるかもしれませんけども、
最初に感じたあの驚きっていうのは、もうないなーみたいなところもやっぱりあったりしますよね。
そういう意味では、皆さんも多分初めて感じた強烈な感情って今でも強く覚えてると思うんですけど、
その時と同じ感覚で味わえるっていうのは結構難しいと思うので、
これをもう一回味わいたいなっていうのは僕もすごく感じるところです。
ケノピシア:賑わっていた場所の寂しさ
次は、ケノピシアっていう単語なんですけど、
いつもはにぎわっているのに、今は誰もいない場所の不気味な寂しさということで、
これもあるなといくつか思いましたね。
例えばそのオフィス街なんてそうですけど、
平日はめちゃくちゃ人いっぱいいるのに、休日になると急に人がいなくて、
あれこんな街だったっけみたいなこともありますし、
あとは皆さんも身近な例というと、
例えば祭りの会場とかの次の日とか、そういったところにこの感情を覚えたりしませんかね。
あれだけにぎわっていた場所なのに、なんかもうさらちになっちゃってみたいな。
あとあれだ、大学の学祭とか、あれの前後とかもそんな感じしませんか。
すごくにぎわっていて、なんかいろいろ組み上げられていたけれど、
なんもなくなっているというところで、
恐襲っていうのもあるかもしれませんけど、
なんかその不気味な寂しさみたいな。
え、昨日まであんなに騒いでたのに、なんもないの?みたいな。
なんかそういうのって結構あると思うんですよね。
もしかしたらそれでいつもにぎわっている場所ではないかもしれませんけど、
そのにぎわっていた場所なのに、なんか急にもう誰もいなくなっているみたいな寂しさって、
結構感じることはあるかもしれないなと思いました。
リッケンランルフィー:旅からの帰還
で、次がリッケンランルフィーみたいな単語です。
これは旅から帰ってきた時に、その体験がみるみる薄れていく感覚っていう意味なんですけど、
あーこれあるなぁと思いますよね。
こう旅行に行っている時のこの異世界観というか、
なんか現実離れした感覚、非日常的な感覚っていうのがあったわけですけど、
最寄りの駅に着いて、自分の家に到着すると、
なんでしょうね。
あーなんか旅行行ってたけど、現実に戻ってきたなぁと思ったり、
さっきまであの場所にいたのに、なんか不思議な感じだなぁみたいな。
っていうのは結構ありますよね。
例えば帰省した時なんて、なんかこれも似たような感覚ですけど、
やっぱりなんか僕にとっては帰省っていうのは地方に帰るということなんで、
特別感があったりとか、なんかかつてあった日常みたいなところが、
急に戻ってきたなぁみたいな感じがするんですけど、
また自分の今の住居に戻ってくると、
なんか元に戻ったなぁみたいな。
なんかさっきまでの体験っていうのがなくなっていくなぁみたいな感覚はやっぱりありますね。
あとはあれですかね、なんか仕事とかから終わって家に帰ってきた時の感覚と、
旅行から帰ってきた時に家に着いた瞬間の感覚ってやっぱり違うと思うんですけど、
なんかそういうのも似てるのかなとか思ったりしました。
ケタ:遠い過去からの記憶の蘇り
最後紹介したいのは、ケタというやつなんですけど、
遠い過去から不意に蘇ってくる映像や記憶っていうところの単語ですと。
これ結構未だにあるんですけど、
なんかその当時めちゃくちゃ恥ずかしい思いをした記憶って、
未だに記憶に残ってるんですよ。
特に小さい時とかね、そういうの多いと思うんですけど、
多分皆さんもあるかもしれませんけど、
僕は結構そういう覚えてる記憶の中に、
自分がどれだけ知識がなかったとか、
どれだけバカなことをやったんだっていうのは結構覚えちゃってて、
小学校の放課後の時に僕はスポーツ少年団に入っていたんですけど、
なんでだったっけな、ちょっと理由までは覚えてないんですけど、
先生に確認に行かなきゃいけないことが急にあるなと思い出して、
その日は確か体育館で練習してた記憶があるんですけど、
雨だったのかな、なんでだったか忘れたんですけど、
それで急に体育館抜け出して職員室の方に行ったら、
職員室のドアを開けるんですよ。
そしたら職員会議やってて、
先生みんないて、一斉にみんなこっち向いてて、
どうしたどうしたみたいな感じで言われて、
すっげえ恥ずかしいっていうのをいまだに覚えてるんですよね。
そういう遠い過去から、
不意にあの時の恥ずかしい記憶っていうのを断片的に思い出したりとか、
何かをきっかけで思い出すことって結構あるんですけど、
これって今度から、これ下手だわって言えばいいんだなっていうのを思ったという感じです。
未言語化の感情と未来の感情
そんなわけで、実は単語は10個ちょっとぐらいしか紹介してないんですけど、
それ以上に大量に単語がありまして、
これYouTubeで公開されてるんですけど、英語なんですけど、
気になる方はぜひ見ていただきたいなと思っております。
加えてなんですけど、
まだ言語化されてない言葉、自分の中に何かないかなと思って、
いくつか考えていたんですけど、
3つほどちょっとお話をしたいんですけど、
前回のエピソードなんですけど、
みんなパンツ履いてるんだなという、
むき出しの人間性を感じることって、
単語になってないなと思っていて、
これなんかいい単語ないですかね。
単語まではちょっと考えてこれなかったんですけど、
パンツむき出しみたいな、
単語と変化みたいな組み合わせた単語、
これ熟語かもしれないですけど、
そういう形で言ってもいいのかなっていうのが1つと、
2つ目は旅行から帰ってきたとか、行くときの話のとこに戻っちゃうんですけど、
何時間後にあそこにいるんだなっていう感覚とか、
戻ってきた時に、何時間前まであそこにいたんだよなっていう、
ふわふわしてるけど不思議な感覚ですね。
これもなんかうまく言語化できない単語だったりしないかなと思って考えております。
3つ目が、自分が外で誰かとご飯食べながらしゃべったりとか、
カフェでもいいんですけどしゃべってるときに、
隣の席の人と近すぎて、
この話してるのなんか隣の人にも聞かれてないかなみたいな、
っていうのを不意に意識しちゃって、
言葉に詰まるっていうことですね。
これもなんか気まずいというか、
いやちょっとこれ個人情報っぽいよなっていうふうに警戒しちゃうみたいな感覚ですね。
これもなんか言語化されてないのかな、
こういうのあるよなっていうふうに思いました。
あとはですね、現状を感じることがないけれど、
今後人類が進歩していく中で感じるようになる感覚とか感情もあるんだろうなと思ったりしていて、
例えばテレパシーとか、ちょっと危険に飛びすぎですけど、
今ノウハウからですね、いろんなものを復元するような研究っていうのがAIであったりするんですけど、
仮にそのノウハウというかテレパシーに近いことが実現すると、
なんかそのノウハウって多分オンオフできると思うんですよ。
わかんないですよ。受信機側が全部ありとあらゆるものを受信できるとすると、
オンオフができないと難しいですけど、
発信する側がテレパシーをオンオフできるっていうシチュエーションになった時に、
テレパシーをオフにしているのに、なんか人に届きそうになって、
あ、届いてなくてよかったみたいな恥じらう脳みそが覗かれているような感覚とかも、
実はなんか言語化されたりしないのかなとか、そういうのを思ったりしますし。
あとは何か、何でしょうね。
ロボットとか今後、フィジカルAIっていうのは最近またファードになってきてますけど、
ロボットと暮らす中において、
なんか今まで喋っていた人が実は全然人間じゃなくて、
アンドロイドだった時に感じる心の疎外観みたいなものを、
なんか言語化されるとかあるのかなとか、単語になったりしないのかなとか、
思ったりはしましたね。
言葉の創造と番組の締めくくり
まあそんな感じですか。
未来においても感情とか、人間のそういった感覚というのはおそらくあるので、
また新しい言葉、新語ができていくと思うんですけど、
現状もですね、こうやって我々が普段、
モヤモヤして言語化できていないような感覚というのも、
ディショニーされていたりするので、ぜひ見てみるといいのかなと思います。
ということで、2026年の4月の現代人でした。
ということで、エンディングです。
今回は言葉にならない感情が言葉になった辞書があるということで、
曖昧な悲しみの辞典というですね、
YouTubeもあるんですけど、この中で出てきた単語というのをご紹介しつつですね、
僕自身もまだこれ言葉になってないんじゃないかなとか、
未来でこういう感情が言葉になってないのかな、
みたいな話をさせていただきました。
皆さんもぜひですね、普段言葉にならないような言葉があれば、
言葉にしてみて使ってみてください。
言葉の中でも、主語とかそういったものについては、
未だにたくさんすぐ生まれていると思うんですけど、
例えば、前の話ですけど、
ソユっていう一人称ですね、
私とかそういったものに代わるものとして、
紹介されている番組があったりしたわけですので、
新しい言葉をもっと自由に作ってもいいのかなと思ったりもしてます。
僕自身もですね、普段の自分の感情の機微をですね、
うまく捉えて言語化したいなと思いました。
番組では感想を募集しています。
Xのハッシュタグ、栄光3000までお待ちしてください。
では今回はここまでです。
現代人の皆さんも、未来人の皆さんも、
また次回お会いしましょう。
じゃあね。
24:10

コメント

スクロール