「役」を生きるという概念の導入
こんにちは、河北あおいです。今日はどういう役を生きているという話をしたいなと思っております。
なんかいつも同じところでつまづいちゃうんだよなぁとか 突き詰めると同じところで行き詰まってしまってるよなぁとか
同じ悩みとね、いつもぶち当たってるなぁという方にはぜひ聞いてほしい話になっているかなぁと思うんですが
ちょっとね、いかんせん私もまだここについてしっかりと言語化しきれるだけの言葉をまだ持っていないというか
はい、そんな感じなので一緒にね考えながら放送になるかなと思います。
はい、ちょっとね私自身も考えながら話をしていくことになるかなと思うのでまとまりがないかもしれないんですけども
良ければ最後まで聞いていってください。
はい、どういう役を生きているっていうことなんですけども
私たちは、
役を与えられていると、ドラマとかね映画とかで
俳優の何々さん、今回はこの役をお願いしますみたいなね。
あなたは今回この役ですよって、監督から台本渡されたり、きっとするんだろうなって思うんですけども
そういった感じで私たちには
今回ねこの役ですよっていうその役を与えられているというふうにちょっと考えてみたいなと思っていて
で、その役っていうのを、そう自分がねどういう役を生きているかっていう話を今回していきたいんですね
ここはちょっと人それぞれねやっぱり役があるかなって思うので
それぞれの方、聞いてくださっている方自分に当てはめて聞いてほしいなって思うんですけども
話し手自身の「役」の例と過去の経験
例として私の場合で挙げさせてもらうと
私はおそらく誰かのお世話をするっていう役割を自分の役として今生きているなっていうふうに思います
自分を犠牲にしてでも他者に貢献するっていう部分だったりとか
相手のことを何とか自分が助けてあげなきゃみたいな感じだったりとか
そういった感じで誰かのことを助ける、世話をしていくっていうそういう役を与えられているんじゃないかなと
自分自身のことをそういうふうに思っています
きっと聞いてくださっている方にもそれぞれあるんじゃないかなっていうふうに思うんですね
そういうのが
私が、例えば私の例で言うと
私はいつも保育士時代のことを挙げると
いろんなね転がってきたいろんなボール
私が引き受けなくてもいい仕事を自分で引き受けて
私がやらなきゃ私がやらなきゃっていうふうにやってきて
で、自爆するみたいな抱えすぎて自爆するっていうことが起きたりとか
あとプライベートのことで言うと
えーとね何やろうな
いわゆる売れないバンドマンみたいな
売れないバンドマンが相手だったわけではないんですけど
そういったちょっとね私が一緒にいてあげなきゃいけないって思うような人との恋愛になってしまったりだとか
この人を私が支えてあげなきゃいけないって思う人を相手として選んでしまったりとか
でコーチとクライアントっていう今の仕事についてからも
今の仕事についてからは自分自身がちゃんと
あのなんていうんだろうこういう役を持っているということを分かって線引きをするようにねしているので
そこまで何か問題になるとかそういう話ではないんですけども
どうしても自分が何やろうね役に立たなきゃとか
もっとねどうしたら貢献できるだろうとかっていうような感じで
そうその自分が何かやってあげなきゃ助けてあげなきゃお世話してあげなきゃみたいなことをずっと繰り返してきた人生だったなって思うんですね
「役」のルーツと生存戦略としての役割
でこんな感じで振り返ってみるとねそれぞれの方の人生に
自分はこういう役を引き受けてきたかもしれないっていうのが思い当たるんじゃないかなって思います
はいでもここでちょっと深掘っていくの大変だったりするので
あのもしかすると今は見つからないかもとか
なんかちょっとしっくりはまらないなっていう場合もあるんじゃないかなって思うんですけども
まあねあのこうやってね何か役を引き受けてるっていう可能性は
まああるんじゃないかなって思っています
でねこの役をですね
でこの役っていうのは結局やっぱり小さい頃どういうふうに自分が立ち回って生きてきたかっていうところと繋がってるんやろうなっていうのは
あのいつもね思っていて
一番最初の人間関係っていうのは親とだったり家族間だったりすると思うんですけど
その中で自分がどういう役を引き受けて生きてきたかとかっていうところは結構大きく影響してるんじゃないかなって思っていて
でそのなんやろうね
その小さい時のそこでの生き方って
それってある意味そういうふうにして生きてきたっていうことになってくると思うんですよね
だからその自分にとっての生存戦略だったりもすると思うんですよ
こういうふうにして自分は大きくなってきた生きてきたわけですからここまで
そういうふうに立ち振る舞うことで立ち回ることで生きてきたっていう一つのまあ
その生き方の正解というか
そういうふうにして自分が生存するために生きてきたみたいなことだと思うので
そのこの役目とか役割を全うすること
全うというかその役目とか役目を
何て言うんだろうな
役目とか役目を
役目とか役目
役目とか
役割
そういう役割を与えられて生きてきてる
生きてきた
それがその生き方が役割役目になっているって感じか
そうですねすみません
役目とか役割
違う違う違う
その生き方どういうふうに家庭内で振る舞って
立ち回ってきたか
小さい頃どういうふうに集団生活を築いてきたか
っていうところがそのまま役割だったりとか
自分のね
生きていく役目として渡されたね
その役として
今になってるんじゃないかなっていうふうに思うんですね
「役」が現実世界に与える影響と配役
そう
でこの役目とか役割っていうのを
私の場合で言うと
誰かを助けてあげるとか
誰かのお世話をするっていう役割として
生きてきたから
それが今自分のカードとして
与えられた役としてあるわけですよね
でだからこそ
そのなんやろうな
自分がちょっとね
まあこれ話が飛ぶかもしれないんですけども
結局自分を起点にしか
その周りの世界って作られないと思っているので
自分がどういうことを発しているかとか
自分がまあ
いわば作り出してるんですよね
全部のなんて言うんだろう
自分の周りに起こっている出来事っていうのは
外部用意に思えてしまうこともあるかもしれないんですけども
結局は自分が結構引き起こしていたりとか
っていうかそういうふうにしか
作られないなっていうふうに思っていて
そうだから自然と私の周りには
えっとなんやろうね
あのなんて言ったらいいのかな
自然と私の周りには
えっとなんて言ったらいいのかな
私から見て違うな
そう私の周りには
さっきの売れないバンドなんじゃないですけども
そのお世話をしないといけないっていう人が
目の前に現れていると思うんですよ
そういう私がそのお世話をする人っていう役を生きるために
その役を生きるには
そのお世話をされる人が必要なわけじゃないですか
そのドラマを一つ作り上げるんだったら
私が主人公の
そうなったときに
そういった配役もまた必要になってきますよね
助けてあげなきゃいけない人
その河北葵というお世話をする人がいないと
生きていけなさそうな人みたいなのを
配置しないといけないですよね
そのドラマを完成させるには
だから私の周りには自然とそういう人が現れる
でもっと言うと
私がそういうふうな人だという見方をしている
というような考え方になるのかな
というふうに思っていて
私が生きていくためには
ちょっとまとめますと
私が生きていくためには
誰かのお世話をするっていう
誰かを助けてあげるっていう役でしか生きられなかったから
そういう役を与えられていて
そのためにはその役を全うするために
お世話が必要な人っていうのが
現れてるわけですよね
目の前にそういった感じで
人生はできているんじゃないかなっていうのが
今結構私もふに落ちていて
「役」を手放したいという葛藤と将来への影響
なのでそういったふうになってるんじゃないかな
と思うんですね
私結構ここで今ずっと行き詰まっていて
これをね手放したいなーってずっと思ってるんですけども
手放したいというか
何やろうな
別に自分を犠牲にしてまで
誰かに貢献しないといけない理由もないし
相手を助けてあげなきゃいけない存在として
見ているのもなんか違うし
お世話が必要な人のお世話をする人生って
なんか嫌じゃないですか
多分私はこれを今ここで
ちゃんと解決しておかなければ
おそらく今後また違う形で
違う人間関係の中で
同じ悩みとぶち当たると思うんですね
それをもしかすると
コーチとクライアントっていう
関係の中かもしれないですし
今後できたクライアントさんが
私がお世話をしなきゃいけない
っていう風な方かもしれない
それは私が見てるだけですけどね
そういう見方が知ってるだけですけど
例えば今後ね
私今独身なんですけども
結婚をするってなった時に
そういったパートナーと
一緒になってしまうかもしれない
今後もし子供ができたとかって
なってしまった時に
私はこの子のお世話をしないといけない
助けてあげないといけないっていう風な
考え方になるかもしれない
それが両親が相手になるかもしれないし
他にね
違う関わりの中で
関わる関わり
違うコミュニティだったりとか
環境の中で
関わっていく人が
相手になるかもしれないですけども
たぶんここで私は
ずっとこの役を
引き受けて生きてきてるから
ここでこれを解決しておかへんかったら
たぶん何らかの形で
また同じ壁にぶつかると思うんですね
そう
新しい「役」を選ぶことの提案と自己変革の必要性
なので
もしここまで聞いてくださっていて
なんかわかるわとか
自分ももしかすると
こういう役引き受けてるかもとか
もっと言うとそれが自分の生きづらさとか
なんかね
いつも同じ悩みとぶち当たるものの
突き詰めたところの原因だなとかって
感じる場合は
このちょっと役っていうのを
一旦手放すというか
違う役を今後に生きていくっていう
ところを考えてみても
いいんじゃないかなって思うんですよね
で私も同じだからわかるんですけども
やっぱりなんせ
ここが自分の
なんていうのかな
つまずく原因になってるな
ということとか
わかっていたりするから
でもねやっぱりこれって自分の
結構アイデンティティになってたりとか
自分の価値とつながってたりするから
ちょっと手放すのがね
手放すというか
ここを切り離すのが難しかったりとか
するかなって思うんですけど
でもやっぱりね
今後の人生のことを考えておくと
今ねしっかりとここと向き合っていくのって
とっても今後にとって大事なこと
なんじゃないかなっていう風に思うんですよ
ちょっと話がそれるんですけど
私はコーチングを
5年前かなぐらいに受け始めたんですけども
これを受けた最初の理由っていうのが
私はね保育士の中で
何回も転職を繰り返してたんですけど
最初はねこの職場が合わなかっただけとか
人間関係がうまくいかなかったからとか
あの先生とあの保護者と
うまく合わなかっただけみたいな感じで
自分に言い聞かすことができたんですけど
何回か転職を繰り返す中で
結局ね
私はどこの職場に行っても
つまづいてしまうとってなった時に
これって外からのそのどの職場が
っていうそういった原因じゃなくて
自分自身を変えないといけない
と思ったんですよ
職場が悪いわけじゃなくて
多分自分に何か課題があって
だからどこに行っても一緒だなって思ったから
まず自分から変えないといけないと思って
コーチングを受け始めたっていう経緯があって
すごく近しいものがあるかなって思ってて
近しいっていうか
何て言うんでしょう考え方としてね
結局その何やろう
自分を変えとかなければ
そうねうん
その自分自身の見方とか
変えるって言うとちょっとまたね
何か大げさなんですけども
自分がどういうフィルターを通して世界を見るかとか
何て言うんでしょうね
自分自身がどう捉えるか
その出来事をね
っていうことに
その自分自身を一旦ね
もう一回ちょっと何だろう
見るというか
自分自身と変わるという表現が分かりやすいですね
やっぱり自分自身を変えないと
やっぱ今後もしんどいなというふうにも
すごく思っていて
だからその何て言うんでしょう
幸せで豊かな「役」を選ぶ自由と第一歩
今日の話で言うと
この役目っていう
与えられている今
私たちに与えられているこの役っていうのを
一旦もう降りてもいいんじゃないかなって思うんです
で
例えばどんな役でも選べるんだとしたら
幸せで豊かに生きているっていう役を
自分に与えてもいいわけじゃないですか
わざわざ茨の道を進む
何だろう
膝すり抜きながら進んでいく
そういう何だろう
役を与えなくてもいいわけで
緩く幸せに生きていく役でもいいわけで
何か知らんけどハッピーが毎日訪れる
役でもいいわけで
どんな役でもいい中で
私たちがあえて今まで
引き受けていた役をずっと引き受ける必要もないし
それを選ぶ必要もないし
だから何でしょうね
もっとね
違う役を自分に与えてあげてもいいんじゃないかなって
思うんですよ
そう思うわけです
でもここがやっぱ難しいところだなとも思ってて
それはじゃあうっす私
幸せで豊かになりたいんで
そっちの役でいきますわって言ったとて別に
何だろうすぐにそれを
何だろう変えられるわけじゃないじゃないですか
ここが難しいところだなって思うんですけど
私自身もね今実践していることなんですけど
まず第一ステップとして
その自分が与えられている役あるじゃないですか今の
これを別に全うしなくても
自分自身はちゃんと自分自身に価値があるというか
自分のことを愛してあげていいよというか
そういうのを自分にちゃんと許すというか
OKだよっていうか
別にその役全うしない自分でもというか
役じゃなくても自分は自分を愛していいよっていうことが
まず必要になってくるんじゃないかなっていうのを
すごく感じているんですよ
結局その与えられてきた役で
その与えられている自分の役って
それを通すことで
何やろうね
何か他人にどう思われるかとか
そのある自分だから価値があるとか
っていうところと
結びついてるんじゃないかなって思うんですね
なぜならそれが生存戦略だったからね
そういうことで生きてきた
イコールそういう自分じゃなきゃいけなかった
みたいなところかなと思うんで
そうすることで生き延びてきた
そうしてる自分には価値があるみたいなね
だから私の場合で言うと
誰の役にも立たない自分には価値がないとか
誰かにお世話をしない自分には価値がないとか
そういうふうに思ってるんじゃないかなって思うんですね
だからここを一旦そのなんかそうじゃないというか
そうそうそうじゃないよっていう
別にそういう自分じゃなくても価値はあるし
これね本当私の場合ばっかりで
ちょっとね例えが申し訳ないんですけども
相手は相手として自立しているわけだから
私が変に介入する必要もなければ
っていう考え方ができますし
そんな感じで
一旦その自分の役目っていうのを
役割っていうのを終えるために
自分はそうしなくても生きていける
というかそれでいいということを
一旦自分の中に落とし込まないといけないなっていうふうに思うんですね
新しい「役」への移行と自己認識の重要性
この新しい役を引き受ける
幸せで例えば豊かに生きるっていう役にしたいんだったら
その役を受けるために
一旦その今与えられている役を下りて
でまぁねその新しい役に引き継いでいくというか
なのでねその自分の今与えられている役を
ちゃんと認識をして
そうそう自分でね知るっていうことが大事かなって思うし
知ることって知ったら結構客観的に見れたり
俯瞰して見れたりもするので
そこでねまた私はその役を引き受けようとしてるなとか
私はまた世話をしようとしてるわとか
またこれをしないとどう思われるかっていう風に
誰かの目線を気にしてるわとか
そういった風にちょっとね
俯瞰して客観して見れるようにも
なるかなっていうふうに思うので
一旦そのそこからね
始めてみるといいんじゃないかなっていうふうに思いますね
まとめ:自分で「役」を選び、価値を再認識する
そうそうそう
どういう役を生きるかってね
多分自分で選べるんですよね
そうそうそう
それだったらね幸せにハッピーに
豊かにね生きていきたいもんですから
そういう役を自分に与えようっていう
今日はそんな話でございました
どういう役を生きているというテーマで
お話をさせてもらいました
まず自分の役を知るっていうことですね
その役がなかったとしても
自分はちゃんと価値があるっていうことを
自分に落とし込むということ
ここはねちょっと時間かかりそうですよね
その方法としては
自分がねこういう役をまた
引き受けようとしているぞと
また私はこういうふうなね
役を全うしようとしているぞっていうことを
いちいちね俯瞰して客観的に
知ることがまず大事になってくるかなと思います
はいということで
今日はどういう役を生きているという
テーマでお話をしていきました
はいということで
今日も聞いていただきありがとうございます
では