なるほど。素材一つ一つに個性があるんですね。
そうなんです。で、錬金術師は最終的に作りたいアイテムの目的から逆算して、素材の特性をパズルのように組み合わせていく。さらに釜の温度とか投入する順序まで調整するんです。
はあ、細かい。
これ現実の料理とか素材工学のアプローチと全く同じなんですよ。
ここでオッとなるのが、つまり冷蔵庫の残り物を見て、今日はこの野菜の甘みを生かしてスパイスを足してこういうカレーにしようって即興でレシピを調整する熟練のシェフみたいなものですね。
失敗しながら美味しいカレーを作るお料理教室や理科の実験って感じです。
まさにその感覚です。そして仮に調合に失敗したとしても、大抵の場合は使い道のない産業廃棄物、ゲーム内ではよくウニとかハイって呼ばれますけど、そういうのができるか、ちょっとした咀嚼発が起きてすすだらけになる程度で済むんです。
ああ、死んだりはしないんですね。
ええ。とにかくトライアンドエラーが推奨されているシステムなんですよ。
なるほど。失敗しながらレシピを洗練させていく実験の連続なんですね。じゃあ、とんがり帽子のアトリエの魔法はどうですか?こっちは描いたものが本物になる魔法のペンのようなイメージですけど。
そうですね。こちらは鎌を使わず魔法の陣を描くという行為が魔法の基本になります。特別なインク、魔の墨ですね。これとペンを使って決められたルールに従って図形を描き出します。
はい。
ここで重要なのは、魔法の力は術者の内部にあるんじゃなくて、描かれた陣そのものにあるということです。
つまりどういうことですか?
つまり、ルールさえ知っていれば、生まれつきの才能とか魔力に関係なく誰でも魔法が使えるんですよ。
誰でも使える?それってやっぱりリンゴの絵を描いたらリンゴがポンと出てくるみたいなことですか?
いや、そこが非常に緻密なところでして、絵を描くというよりは完全にコーディングなんです。プログラミングの言語記述ですね。
プログラミングですか?
ええ。魔法陣には構造があって、中心に火とか水といった自称の角となる門を描きます。
ほうほう。
そしてその周囲に大きさとか形状を指定する修飾符、さらに方向を指定する矢印を組み合わせていくんです。
ちょっと待ってください。それって本当にソースコードじゃないですか?
ファイヤーっていうコマンドの後に、サイズイコールラージ、ディレクションイコールフォワードみたいなパラメータを記述して実行、つまりコンパイルするようなものですよね?
まさにその通りです。だからこそ要求される精度が恐ろしく高いんですよ。
精度ですか?
ええ。錬金術の良理的アプローチなら、塩を少々間違えても味が濃くなるだけで済みますよね。
でもプログラミングにおいては、セミコロンが一つ抜けているだけでシステム全体がクラッシュするじゃないですか。
ああ、だからとんがり防止の世界の魔法は危ないんだ。線の角度や長さを数ミリ間違えただけで、全く意図ない挙動をしてしまうわけですね。
実はどちらの作品も、選ばれた勇者が剣で戦うというファンタジーの王道を完全に否定しているんですよ。
ああ、確かに。初代アトリエのキャッチコピーが、世界を救うのはもうやめた、でしたもんね。
そうです。従来の受動的なヒーローイズムから脱却して、未熟な子供が自分の手で試行錯誤し、世界を形作るクラフト、つまり工芸的ファンタジーを描いているんです。
能動的な職人ですね。
ええ。それぞれの独自のテーマを見ていくと、ゲームのアトリエシリーズが描くのは、トライ&エラーのエンジニアリング的な喜びです。
はい。
アニメ化されたエスカロジーのアトリエでは、主人公たちは偏狂な街で公務員として働いているんですよ。
ファンタジー世界で公務員ってめちゃくちゃ血に足が付いてますよね。
リンゴ園の収穫を手伝ったり、古びたインフラを錬金術で直したり、あとライザーのアトリエでも退屈な日常を願う平凡な農家の娘が主人公です。
ふんふん。
彼女が錬金術という技術に出会って、自分で考え、手を動かすことで少しずつ世界を広げていく。
ここにあるのは、地味な素材集めと技術の積み重ねが社会や日常を豊かにしていくという極めてポジティブな人間参加なんです。
対してとんがり帽子のアトリエはどうですか?
こちらは、人一本で世界を変えられる表現の力の恐ろしさと責任を描いています。
無知から知識を得ることの尊さ、そして失敗と向き合い技術を学ぶ厳しさですね。
つまりこれってどういう意味なんでしょう?
どちらの作品も魔法は生まれつきのチート能力じゃないってことですよね?
そうですね。
一生懸命練習して失敗して技術を磨いた職人だけが世界を変えられる。
これって小学生が逆上がりを練習したり、プログラミングを勉強したりするのと同じじゃないですか?
全くその通りです。
ファンタジーという虚構の枠組みの中で、学習と成長、そして創造に伴う葛藤という絶対的な現実を描いているからこそ、
私たちは彼女たちのアトリエでの営みに強く引きつけられるんです。
プログラミングを学んだり、初めて本格的な料理に挑戦するときの感覚ですよね。
最初は役がわからなくてエラーばかりで落ち込む程度、仕組みを理解して自分の思い通りに動かせた瞬間、世界がパッと広がる。
ええ。その自分の手を動かして、ないものをあるものに変えるというプロセス自体が、私たち人間にとっての普遍的な魔法なんだと思います。
いやー、二つのアトリエの違いを深掘りしていくうちに、なんだか自分でも何か新しいものを作りたくなってきましたよ。
釜で混ぜるエンジニアリングの喜びか、それともペンで描く表現の責任と成長か、アプローチは違えど、どちらもものづくり、創造の素晴らしさを教えてくれますからね。
さて、リスナーのあなたと一緒にお送りしてきた今回の深掘り、いかがでしたか?
楽しんでいただけたなら嬉しいですね。
あなたも日々の生活の中で新しい知識を学んだり、何かを作り出したりするとき、自分自身のアトリエを持つ魔法使いや錬金術師になれるんですよね。