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サマリー
このエピソードでは、語り手が自身の無意識層にあった自己否定のラベリングと条件付けに気づいた体験を共有しています。自己観察を通じて湧き上がったネガティブな感情を解消せずに向き合った結果、自己否定という根本的なラベリングにたどり着きました。自己否定を燃料に頑張ることは、ブレーキを踏みながらアクセルを踏むようなもので、エネルギーを浪費し、精神的に追い詰められやすいと指摘しています。そして、この自己否定に気づくことの重要性と、事実に対するラベリングを深く掘り下げ、観察者の視点を持つことで感情に飲まれず冷静に対処できると語っています。
自己観察とネガティブ感情の発生
こんばんは、あきらです。 今日はですね、
前回の話した内容から、つながってくるんですけども、私の体験談でもあります。 無意識の中、無意識層、潜在意識って言ったらいいのかな。
そこの中にあった、自己否定のラベリングとか条件付けについて、シェアしていこうかなと思います。
そうですね、これがあったっていうのに気づいたのは、先週の水曜日かな。
あったんですよね。 私自身最近は、その自己観察っていうのを1週間強くらいやってたんですよ。
ロシアの物理学者で有名な本を出した、タフティーってあるじゃないですか。
タフティーの書いた人が、そのタフティーの元になっているものがトランサーフィンって言うんですよね。
そこの中にあった、面白い重要度とか、
過剰ポテンシャルとか、バリアント空間とか、そういったものも全部面白いなと思って学んで、
一番最初って、自己観察1ヶ月くらいは、自分の中にどんなものがあるのかっていうので、
自分自身を見ていくっていう期間があるんですよ。
なんで、そうなんだと思って、取り入れようと思ってやってたんですね。
1ヶ月もやらなかったんですけど。
そしたら、いろんな感情が湧いてきたんですよ。
よく感情をノートに吐き出すとかそういうのあるんですけど、
そういった私は別に言語化してない、メモに入れたぐらいかな。
ネガティブな感情が生まれてきたんですね。
焦ってる感じとか、不安だとか、そういったわかりやすいネガティブな感情なんですよ。
その感情が湧いてきた事実ってどこにあるのかって言ったら、現実ですよね。
その時の状況としては、ポケットキャストで配信とかブログの記事を書くとか、そういったことをしていて、
なんでしているかって言ったら、欲しい現実があるからしているんですよね。
でも、その欲しい現実っていうのが、今来てるのかいってくらいあんま手応えがなくて、成果に繋がりにくいなみたいな状態の中で毎日を過ごしていたら、
そこからネガティブな感情っていうのが生まれたんですよ。
ネガティブ感情への対処と深層心理
私は2月にお仕事を辞めているんで、バイト辞めちゃったから、そこから2、3、4、5で3ヶ月ぐらい時間が経っているじゃないですか。
そうしてくると、私の大体のパターンとしては、刺激がないとか退屈だとか、
あとはその中に焦りとか不安とかっていうのが生まれやすいんですよ。
通常であれば、そこからほとんどの人がネガティブな感情を消そうというか、解消しようと思って何かしら行動していくんですよ。
私だったら、仕事しようかなとか、またバイトしようかなとか、そういった感情になったりとか、
あとは新しいお仕事に役立つようなスキルをつけようかとかっていう感じで、お勉強モードに入ったりとかするんですね。
今回はそういった不安とかネガティブな感情を解消するという行動をあえて私の中でしなかったんですよ。
それをしちゃうと、解消しちゃうと、そこの表面的なラベリングのさらに深いところにある、無意識の中にあるラベリングにたどり着けないから、
ある意味、私はこの人を研究対象として、そのまま解消せずに生活をしていったんですよ。
そしたらね、さらに精神的なきつい状態になったんですね。
夢とかが、いつも怒ってる夢見るし、すげー怒ってるんですよ。
で、もうやっぱ気分が悪いみたいな。
毎日が重たい感じがするんですよね。
本当にこれでいいのなのか。
当時、トランサーフィンで自己観察をすると、どこまで観察すりゃいいんだよ、この野郎とか思ってたし。
どうしようと思って、なんだこれでいいのかなって。
でも相当きついよ、私今と思いながら。
ただ、仕事をしろとか、攻撃を実際現実の中でされているのかって言ったら、別にしてなくて。
ただただ私自身がそういった状態になっているだけだったんですよ。
自己否定ラベリングの発見と影響
で、事実、この今の現状の中、現状に貼り付けているラベリングとか条件付けから、さらにそこって本質的な部分って何なんだろう、ちょっと構造を見てみようと思ってみたら、
そう、たどり着いたのが、まさかの自己否定っていうね、ラベリングだったんですよ。
うわー、みたいな。うそー、みたいな。
すごい、なんかもう、あ、そうだったんですね、みたいな感じだって。
いやね、あの、笑えました。
ただ、笑えたんだけども、すごく納得がいったんだよね。
本当にそうだと思ってなかったから、だから無意識なんだけどね、無意識の中にあった本質のコアなラベリングなんだけど。
でもね、この自己否定っていうのを燃料にお仕事をしている人っていうのはめちゃくちゃ頑張れる人だし、ある程度仕事ができる人でもあると思います。
私はちょっと置いといてくださいね。客観的には他の人を見ててです。
いろんな話を聞いていてね。
そう、自己否定をされたくないから頑張るんですよね。
そう、頑張って仕事するんですよ。
分かんないこととかも、できてないこともできるようにするんですよ。
だってそこから自己否定されたくないんでね。
だから誰よりもやっぱ頑張るんですよ。
ただ、めちゃくちゃね、えーとね、しんどいんですよね、それって。
私自身の体験から言うと、過去、そうですね、
コールセンターのSUVで一生懸命頑張って、めちゃくちゃ頑張って、誰よりも仕事をしていて、
その上の人とかね、そこのちっちゃな会社の社長さんでしたけど、
社長にもね、すごく本当に頑張ってくれてありがとうみたいな感じで言われてたし、
お給料的にもね、それ相応のものをもらってたわけですよ。
他と比べたら大したことないですよ、別に。
自分がすごいとかそういった意味で言ってるわけじゃなくて、
でも私自身はもちろん会社のために頑張ってるっていう感覚ではなく、
自分自身のために頑張ってるっていうのが大前提だったんですよ。
何でもそうでしたね、過去。
でもまあまあそれはいいじゃないですか、結論それが会社のためになってるんだったらね。
で、でも常にね、私すごい疲れてました。
本当に。
すごく思いっきりエネルギーを使いながら、なんかこうこじ開けていくと、切り開いていく。
すごい戦地の中に、こうなんか一生懸命剣をバッサバッサ振り回しながら、
敵を倒しながら一生懸命仕事をするっていうスタンスでやっていたんでしょう。
だから、いやー疲れてましたね。
気功セッションでの気づきと自己否定の構造
実際当時私、あの気功のセッションにね、当時通ってたから、今でも覚えてるんですけども、
先生である谷山さんに、いつだったっけな、なんかセッション行って、
こんにちはーっつって対面なんだよね、行った時に、
すごい驚いた表情をしてたんですよ、私の顔を見た時に。
え、大丈夫ですか?みたいな。え、何が?みたいな。
まあね、結論は本当に血が通ってない感じでしたよ、見た目って言われてて。
ただね、本人やっぱり気づいてなかったんですよね。これ厄介だなぁって、今振り返ると思いますね。
で、気功セッションって最後にね、エネルギーワークっていうものをしていって、
心身をバランスが偏ったものを調整してね、いい状態にしていくんですよ。
で、やっぱ帰りってすごく体が軽かった。心身ともに軽いんですよ。
実際その時も軽くて、あ、これがベストな状態なのかって思った時に、
私ってどんだけ自分自身で重くして、重い世界観の中を選んでやってるんだろうっていうふうにね、
あの、感じてましたね。でも、それは、その何だろう、
対比があるからこそわかったんだけども、なぜそれが起きてるのかっていうのが自分自身の中では、
行動化できてなかったからわからなかったんですよ。
そう。それがなぜかあったら、自己否定から私は常に行動しているからだったんですよ。仕事をする時にね。
常にそこ起点なんですよ。すっごい重いですね、これは。
今だから、今わかったからこそ言えるんですけども、
これで仕事をすると、最終的にガス欠を起きやすいですし、
あとは極端なんし、精神的に参ってしまう。
そういった病気とかになりやすい状態になるのかなと思います。
ただ体力実際ある人いるんでね、結構長い期間頑張っちゃう人もやっぱいますね。
ただ本当に、自分の足に重たい重りをつけながら毎日仕事をしているような状態なんで、
こうなりたいとか、こういうふうにしたいと思っても、なかなかね、たどり着けないのかなと思います。
すっごい重いんで。
自己否定と行動の関連性
そういった人は旗から見ると、なんでもっとできる、この人絶対できるのに、
なんで自分をこう、自分自身で抑えてるんだろうっていうふうに見られがちですね。
過去私結構言われましたね。
実際、今年の4月まで受けてたコーチからも言われましたね。
なぜできるのに抑えてるの?みたいな。でも本人抑えてないんですよ。
でも抑えてるっていうのは要は自己否定のところからなんですよね。
自己否定で頑張るっていうのは、本当に車で言ったらブレーキを踏みながらアクセルを踏んでるから、
めちゃくちゃエネルギーを無駄に消費しちゃってるんですよね。
すごい重たい世界なんですよね、これって。
でも結構多いんじゃないかなと思います。
私は気づいてよかったし、なんかそれを体験できてよかったなと思いますね。
女性とかすごい、いろんな人もっと今後もちょっと見ていきたいなっていうのがあるから、
自己否定と価値観、行動への影響
他の人とかも話そうかなと思ってるんですけども。
ここがあるとね、常に見えない不安っていうのが付きまとってるんですよね。
よくあるのが、仕事をしていないと自分には価値がないとかって思う人とかも、
結構本当にコアなところにそういった自己否定の部分が眠ってるんですよね。
私もやっぱり普通にありましたね。
例えば、仕事を休んでますとか、
ちょっとメンタルのバランスを崩してしまったんで、今休憩してますって言った時に、
そういったものが生まれてくる状態、そういった感情が出てくるのっていうのは、
根本的な、そのコアな部分にそういった自分自身が納得していないというか、認めてないというか、
そういったものが常にずっとあるんだよね。
だから何かを新しく行動し始めても、
エネルギーの観点から見ても、やっぱり重いんですよね。
重い回転みたいな感じになっちゃうんですよ。ちょっと感覚で申し訳ないんですけど。
ラベリングの深掘りと気づきの重要性
でもね、本当に、ぜひとも自分自身が今起きている事実ってあるじゃないですか。
それに対して、ネガティブな感情ってあると思うんですね。
乗ってくると思うんですよ。それがラベリングだと思うんですけども。
そこのラベリングから一旦、さらに下を見てほしいですね。もうちょっと深く。
表面的なラベリングをしているものって、別に表層だからあまり関係ないですね、それは。
事実の中に入ってないです。
私だったら、例えばね、今回出てきたのが退屈だとか、刺激がないとか、なんか飽きてきたとか、
そういうのがあるんですよ。これって本当に表面的な、超ペラッペラな表面のラベリングなんですよ。薄いみたいな。
そこを結構もう一段踏み込んでいくと、自分自身のすごくね、この芯の部分にあるラベリングっていうのが見えてくると思うんですよ。
それに気づくことがめちゃくちゃ大事で。
私もね、過去を散々、書き換え書き換えとかさ、場の移動とかね、認知化学機構の文脈で言えばそういった言葉を使ってましたが、書き換えはしなくていいです。
しないでほしいです。しないでっていうのは、要は気づくことが大事であって、書き換えをすることが大事じゃないんですよ。書き換えって前提として、今の自分っていうのを否定してるんですよね。
今の自分じゃダメだから、こういったものに書き換えるっていう風な前提があるから、それは別になくて大丈夫です。
気づくことが大事なんで。気づいた瞬間に意識って変わるんで。
なので、今大事に私がしているっていうのは、事実。事実の中に自分はどんなラベリングをしているのか、条件付けをしているのかですね。
観察者の視点とその効果
それプラス、あとは観察者の視点っていうのを持ってほしいです。日常の中で。
これも5月21日に話した内容の部分と繋がっていくんですけども、
この大終点よりももうちょっと抽象度が高い感じなんですけど、私の感覚としてはね。
常にこの自分って思ってるのがいるじゃないですか。この物体ね。この肉体ね。
そこから客観的に見ている自分。
ここはね、もう客観的に見ている自分とも厳密には言えないんですけど、とりあえずそこに置いときますね。
常に自分を旗から冷静に見ている自分というのを置いてほしいです。
そうすると、今回私は自己否定っていうのがあったわけじゃないですか。
これって観察者の視点がない場合だと、
かわいそう、私そんなのがあったんだとかさ、
悲劇のヒロインじゃないですけど、そっちの感情に飲まれやすくなるんですよ。
常にネガティブなことが起きたりとかすると。
去年の私とはそうでしたね。お恥ずかしい話ですけど。
収録でもね、自分は強くないと生きていけなかった系だったような気がしたかな。
確か名前の話かな。そこでね、気づいて感情が溢れて涙がビャーって泣いたのがあったと思うんですけど、それすらも起きないです。
今の観察者の視点っていうのは、この肉体の中にはどんなプログラムがあるんですか?ぐらいしか思ってないんですよ。
今回、自己否定というプログラムがあるっていうことを、ただただ私は事実として知っただけなんですよ。
それに対して、別にかわいそうだねとか、別にそういった感情すら何もないんですよ。
そこの観察者の視点っていうのを持っておくと、すごく何か自分にとって不都合なことって起きるじゃないですか。
不都合なことが起きたときに、その後に感情って生まれるんですよね。
だいたい嫌だなとか不安とか、あともっと言ったら怒りとかって生まれるんですけども、その間に空白の時間って生まれやすくなるんですよ。
一旦冷静になれる自分自身っていうのが、常に日常の中で何か起きたとしても、常にある余白がある部分が増えるから、観察者の視点ってやっぱり持っておいてたらめちゃくちゃいいかなと思います。
ちょっと今日長いので、一旦ここで切りますね。
ここでもう一個気づいた点があったんですけど、それはまた次回ということで。
ということで、事実からの自分がどんなラベリング条件付けをつけているのかと、あと視点ですね。観察者の視点っていうのを日常の中で持っておくと、さっき言ったように空白っていうね、ちょっと冷静になれる自分っていうのが生まれやすいから、ぜひとも取り入れてみてください。
はい、ということで今回は以上となります。またです。
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