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自己否定が強い人ほど知っておきたい視点 I自我と観察者の視点
2026-05-21 15:02

自己否定が強い人ほど知っておきたい視点 I自我と観察者の視点

感想

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こんばんは、あきらです。 今日はですね、ちょっと面白い視点の話をね、していこうかなって思ってます。
普段ね、ちょっと自己否定がある人とか、なんか今の自分嫌いとか、 あと今苦しいですみたいなね、人にぜひとも聞いてほしいんだけども、
あとはまあ人間の本質の部分に興味があったりとか、 最近ね、ちょこちょこ出すようになってきた
PNSEみたいなものにもね、興味がある人にとっては、 なかなか面白い視点の話になるのかなと思います。
そうですね、多くの人はさ、この体とか感情とか思考とか、
記憶? あとはまあ自分のこの性格っていうのを総称してまとめて、これ自分です。
私です。って思っていると思うんですよ。 ただ、
私は最近、それはね、なんだろうなぁ、 本質ではない、いわゆる自分の本体ではないんじゃないかって思ってるんですよ。
ただまぁ実際にね、人が苦しい時って、その体で起きている不快感とか、 頭の中で流れている、
まあなんだろうな、自己否定のさ、言葉とか過去の記憶とか、 そういったものと完全にね、
なんだこれ、一体化と言ったらいいのかなぁ、 していると思うんだよ。大多数の人が。
一体化って別にわざわざ言わなくてもいいと思うんだけども、
そして全部をね、そういったものが当たり前、 それが私なんだっていうふうに思ってると思うんだよね。
でもね、 例えば
頭の中で自分はダメだとかさ、自分には価値がない、 また同じことを繰り返しちゃってるとかさ、
そういった声が頭の中で反数している時、 まあなんか失敗しちゃったりとかさ、なんかやってしまった時って結構流れやすいと思うんだよ。
実際自分の中でもあったりとかするんで。
多くの人はね、その声自体も 自分そのものだと思ってるからすごい苦しくなるんだよね。
でもね、ここ結構大事で、その声が流れていることに気づいている何かがいるってわかりますかね。
自分の責めている声があるし、その声をさらに聞いている自分がいるんだよね。
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これって、 責めている声、
そして気づいている側っていうのが2つあるよね。 そう、2つの視点があるっていうのがわかりますかね。
完全にこれって一緒じゃないんですよ。 感情もそうなんだけども、まあ苦しい悲しい悔しい怖いとかね。
そういう感情が強く出ている時、人は、 私はまず一つの視点として、苦しいって感じている自分でね。
でもその苦しみを苦しいと感じていると認識している視点というのもあるんですよ。
なんかね、youtube の動画でもそれをこう、昔の何か偉人? 心理学者?誰だろう?なんか言ってたんですよね。
そう、だから、実は自分っていうのは、
なんだろう、この、その、痛いとか感じている自分だけではなくて、それを認識している自分もいて、
本体っていうのはその認識をしている方なんじゃないかなって思ってるんですよ、最近は。
でもだからって、じゃあそのなんだろう、この、今自分がさあ動かしている肉体とかさ、そういったものが、
自分じゃありませんっていうふうにも言うつもりももちろんないんですよ。 ただ本質部分っていうのは、こういった今喋っている自分を認識している自分が本質なのかなって思ってるんですよ。
でその視点が入ってくるとすごくね、あの、
なんだろう、
最近私が体験したので思うのが、
すごくね、私ね、なんかね、最近ラベリングとか条件付けの話とかっていうのを出してるんですけども、
あの、通常であれば、じゃあラベリング条件付けこういうのありましたって時に、それって自分のラベリングっていうふうに認識をだいたいすると思うんですよ。
私ってこういったラベリングによって無意識のパターンがあったんだねと思うんですけども、
この認識している自分が本質であるっていうふうになってくると、
あ、なるほどこの体とか脳みそとかっていうのは、そういったラベリングがあるんですねみたいな、すごく他人事みたいな感じで、
ちょっと距離を置いて自分自身を、なんだろう、こう、外側から見ている感覚になってくるんですよ。
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だから、なんか自己否定がすごいあったラベリングを見つけた時でも、なんかそれが自分自身だと思っていると、すごくそこと一体化しちゃうから、
なんかかわいそうとか、すごい自分でかわいそう、こんなふうに思っててかわいそうとか、なんか涙が出るとか、極端に言ったらね、それも起きないんだよね。
あ、だってここの肉体の中にいろいろ経験をしてきて、入ってきたものの一つとしてしか認識してないんで。
すごくね、面白い感覚なんですよ、これ。
でも、なんかこう、本当に、いろんな人と日々話したりとかさ、過去ね、セッションとかをやってきて思うんですけども、
自分の持ち物ってみんな思っちゃうんだよね。自分の感情とかパターンとかラベリングっていうのも。
私の場合って、ちょっと自分が持っているものに対して100%自分のものっていう感覚が若干最近ちょっと薄れてきてるんですよ。
いい意味でね。なんか、あれだよね、自分の体と離れている状態っていう変な感じではないんですけど、
なんだろう、すごくなんか説明、言語にするの難しいですね。
例えばさ、なんか普段漫画とか読むじゃん。漫画とか読んでさ、なんか好きな漫画で主人公の感情にさ、すごく一体感。
その感情に、その主人公の気持ちになったりとか、客観的に見ててね、なんかすごいこう残念なことがあったらかわいそうだなとか、なんかライバルが出てきたらなんだこのやろこいつとか思うわけじゃん。
自分の、この自分っていうものも実際はそれなんだろうなっていうふうに最近はすごい感じているんですよ。
だから、そう、プレイヤーの視点でもあるんですよね。プレイヤーとして見ている視点もあるんだけども、その漫画で主人公を見ているっていう視点もあるから、その比率が比重によって人間って辛かったりとかっていうのがだいぶ変わってくるのかなと思うんですよ。
漫画とか映画とか、そういったものを見ている時ってさ、その主人公がじゃあ、なんだろう、こう、なんかに傷ついて、肉体的に傷ついたとするじゃん。何か戦闘があってとかさ、もしそういう漫画であればね。
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でも、やられたってなっても自分は痛くないじゃん。そりゃそうだよね。だって漫画のその主人公ではないから。
でも、私たちって肉体の中に客観的に見ている部分と、中でシンクロ率200%みたいな感じの部分もあるから、何か肉体的に傷を負った時ってやっぱり痛いって感じるんだよね。これがなかなか面白いなと思うんだよね。
最終的に、なんだろう、このさっきのさ、認識している自分ってあるじゃん。そういうのが意識の本体であって、この自我っていうふうに認識しているもの、これ自我というのは要は自分だと思っているものだよね。
っていうのが、自我というレンズと肉体という媒体を通して、この世界を楽しんでいるのかなっていうふうに、最近はすごい感じるんですよ。
最初も言った通り、すごく自分自身に対して、なんか強く否定があったりとか、嫌悪感でもそうだし、嫌いもそうだし、すげー苦しいなって思う人に持ってほしいなっていう視点なんですよ。
その視点を持つだけで、だって、極端に言ったら、私じゃないですよね、ここって。
全部、その、超シンクロイズ200で生きていると、全部自分が怒ったことって、なんだろう、全部自分が否定されてるとか、あんたダメなんだよとか、っていう風な、なんていうの、攻撃をストレートに食らってるんだけども、
意識の本質のところの視点を持っていると、それって、ああ、なるほど、この肉体ではこうやってうまくいかないのかっていう視点が入ると、なんだろう、こう、ある意味、攻撃を、攻撃っていうか、なんかあったとしても、なるほど、そうかっていう感じになると思うんだよね。
言葉にできてないね。
わかりますかね。
もうちょっとまとめたいよね、これね。
そう、この脳みそ、なかなか、なかなかあれだね、まだ。
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極端に言えばさ、誰かに否定的なことを言われたとするじゃん。
なんか、あいつなんとかでとか言っても、なるほどって、私のこの脳みそはそういう風に感じているのかとかさ、すごいなんて言ったらいいんだろう、こう、自分100%、200%と思ってないから、なんか、そういった否定的な言葉を浴びされても、なんかすごいこう、そこまでHPが100%削れない状態。
になりますよね。
まあ、そういった個体らしいよね、みたいな。
そういった癖がある。
そういった、なんか、ラベリングを持っているし、そういった無意識のパターンというのが今形成されている。
まあ、この肉体なんですよね、みたいな。
すいません、みたいな。そうなんですね、みたいな。
だから、そこに、そういうなんつーの、否定する人とか、そういった人に対して別に過剰に反応しないし、そういうことがあったとしても、なんかすごいこう、ダメージを思いっきし食らうっていう、食らうというか、そういった感覚すらも薄くなるんじゃないのかなと思うんですよ。
すごいまとまってない感じだよね。
もうちょっとね、この辺に関しては、まあ、もっともっと自分自身の体験談とかを含めてね、より言語化しながら伝えていけたらいいなと思うし、
この視点っていうのをたくさんの人が持てたら、何だろう、必要…過剰なね、自分責めとかさ、そういったものっていうのがどんどんなくなっていって、薄くなっていって、よりね、生活がしやすいというか、毎日が過ごしやすいんじゃないのかなっていうふうに思うんですよ。
そう、だからまあ今日はそれを伝えたかったんですよね。
多分伝わってないかもしれないけど、まあ頑張ってまたこれからもね、発信していくので、
人、自分にはね、その感情を感じている視点、そしてそれを認識している視点があるっていうことを、今日ね、このポッドキャストを通して、頭の片隅に入れてもらえたらなと思います。
はい、ということで今回は以上となります。またです。
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