新年度と先生方の変化
こんにちは。お聞きいただきありがとうございます。あきねです。
こちらは、ASDの息子を持ち、発達凹凸のある子どもたちの支援の仕事をしている私が、息子を通して出会った行動分析学を広めたいチャンネルです。
4月、新年度が始まりました。
私は、大きな小学校で支援員という仕事をしています。
4月ですので、新しく入ってきた子たちはたくさんいるし、新級した子どもたちもクラスが変わって顔ぶれが変わって…という状況です。
でも顔ぶれが変わったのは、子どもたちだけではありません。
先生方もですね。
昨年から小学校で過ごしていて、一つ思うことがあります。
それは、最近の先生方、子どもたちをよく褒めるようになったな、です。
一体どの立場からの感想かなとも思いますが、でも率直に言って本当にそう思います。
比べているのは、やっぱり自分の小学生時代とだと思います。
何十年も前なので、まだまだみんなと同じ、右へならえ、集団からはみ出たらとりあえず怒られる、そんな時代でした。
おぼろげな記憶では、小学校の途中ぐらいから、やたらと個性個性、個性を尊重と言われ始めたような気もしますが、
少なくとも、当時のベテラン先生たちの児童生徒への態度はそんなに変わりませんでした。
子どもから見たら、できているところを褒められるよりも、できないときに間髪入れずに出席されることの方が圧倒的に多かった、そんな記憶です。
自分の学生時代にはそんな印象があり、今は行動分析学や子どもたちの支援が大好きな私から見ると、
最近の褒めて引き出す、褒めて子どもたちのキラキラを引き出す方式は見ていてとてもうれしくなります。
具体的な事例と行動分析
先日はこんなことがありました。
低学年のクラスで、AさんとBさんが褒めて、担任の先生が2人から事情を聞いた上で、Aさんに謝罪を求めました。
Aさんは、まだどこか納得しきっていない様子ながらも、ごめんなさいは言えました。
ここで、担任の先生、つかさず、「えらい、ちゃんとすぐに謝れたの立派です。」と、それまでより大きめの声で、Aさんをまっすぐ見ながら言ったんですね。
その声で、他のクラスメイトたちからも視線が集まりました。
先生はそのままクラス全体に向けて、今あったことを手短に話して、「素直に謝れたAさん、えらいよね。とっても素敵だと思います。」と言って拍手を送りました。
実は、Aさんは低学年ながら、どこか謝に構えたところがあって、
例えば、先生の発言の矛盾点とか、穴が気になったら反抗的な態度に出たり、そんなところがあります。
そして、今回、ごめんなさいとBさんに対して謝ったとき、どこか納得しきっていないことが畳に見ても感じられる言い方ではありました。
これ、もし私の小学生時代だったら、Aさんのごめんなさいに対して、「その言い方は何ですか。」と言い直させたり、
本当に反省しているのと、失績を重ねたりする先生の方が多かったんじゃないかなと思いました。
私の偏見は入っていると思いますが、でも多分そうですね。
ここで何が起きているかといえば、Aさんからすれば、謝った後に責められているわけです。
謝った後に、さらに嫌なことがあれば、次から謝りたくなくなりますよね。
そんな状態で、肝心のBさんへの申し訳ない気持ちが湧いてくるとは思えません。
大人の方は、心からの反省を求めて、ごめんなさいの言い直しをさせているつもりかもしれませんが、
Aさんの中では、Bさんへの不満とは別方向の新たな不満が芽生えるだけの結果になるんじゃないでしょうか。
その意味で、Aさんがごめんなさいと言った後の先生の対応が、重要な分岐点になると思います。
反省が足りない子供に対して、ビシッと言ってやって態度を改めさせたぞ。ちゃんとやった私。
大人の側は、こんな満足感を得ることで子供を責める行為が強化されがちです。
でも、行動分析学を知れば、子供も大人も困った行動が繰り返されるのは、強化の随反省が働いているからだとわかります。
それがわかれば、どこかしら環境調整のポイントも見えてきます。
最近、特にお若い先生方のよう子供たち対応を見ていると、できているときに積極的に注目する。周りも巻き込んで褒める。
反対に、困った行動に対しては最初から大声を向けたりせず、話を聞く姿勢を見せる。
若い先生方の肯定的なアプローチ
そんな様子が多い気がします。
子供たちの未来、明るいんじゃないかなという喜びを残しておきたくて撮ってみました。
ABAで広がれ!シンプルで楽しい生き方!
今日も大事なものを大事にできる一日を!あきねでした。