あ、人がいた!神戸を垂れねば!って、うん!っていう。
おお。ちょっと一旦受け止めるようにしてるわ、今。
人がいたら、人がいるっていう、やっぱ反射で、やっぱ頭を下げないといけないって思った。
ほうほうほう。
で、それはさらに拡大していくとね。
最近、会社で清掃活動あったんですよ。
ゴミ拾いしたんですけど、やっぱゴミ拾いって、自然とゴミって下にあるから、神戸を垂れるんです。
で、しかも人間がいなくてもゴミって落ちてるんだよね。
人間がいなくてもゴミがある。
挨拶だと、発生のトリガーが人とすれ違うじゃん。
はいはいはい。
ゴミってその辺に人間なしで落ちてんのよ。人間がポイって捨てたまま。
そうだね。ゴミがそこに落ちてるっていう状況がね、あるある。
だから、挨拶だと人がトリガーじゃん。
で、視界にも入ってくるからわかりやすいんだけど、ゴミ拾いって下に落ちてんのよ。空中にゴミ浮いてることないからさ。
そうだね。
だから、基本的に下に足元とか、結構広くめくばりをして、で、トングとかでよいしょって拾って、
このゴミは燃えるゴミかな?プラスチックかな?資源ゴミかな?っていうのを考えて、袋に入れるっていう作業だったんだけど、
これもね、やってみたらすがすがしかったのよ。
なるほど。
なるほど。
その、なんていうんだろう、視野をいつもと違うベクトルではあるんだけど、考え事をするっていうよりかは、視野を広く保って、
その、なんていうか、心羅万象への感度を高めるみたいな感じの動きになって、
で、結構何人かでやったんだけど、結構おもろかった。
うんうんうん。
で、何がおもろかったかっていうと、その、うちの会社の社長が、昔からその人事総務の仕事長くやってて、
清掃活動結構頻繁にやってたらしくて、毎年どっかしらで参加するみたいな。
はいはい。
めっちゃ上手かったんだよ、ゴミ拾いが。
うん。ゴミ拾いが上手いって、どういうこと?
やっぱね、見つけるのが圧倒的に早い。
ゴミをね。
そう。
あー、はいはいはい。
もうなんか、わかるんだって、もう、あー、ここはタバコが多い道だから、で、タバコを捨てるやつは、こういうふうに捨てるんだみたいな。
はいはいはい。
わかるんだって、なんか。
捨てる側の立場に立って、見れてるわけですね。
立つこともできるし、そのなんか、やっぱ今までの傾向と対策みたいなものが、もう体に染みてて。
はい。
うんうん。
で、タバコだ!スッ!みたいな。
うんうん。
拾うのも早いみたいな。
うんうん。
もうたぶんトングさばきが違うみたいな。
なるほど。
感じになってて、めっちゃ面白かったの、それが。
うんうん。
あ、ゴミ拾いって上手いとか下手とかあんだみたいな。
うんうんうん。
なんか、面白えなみたいな。
で、しかもなんか、社長ぐらいになるような人が、ゴミ拾い上手いっていうのも、なんかすごい私はいいなって思った。
うんうんうん。
で、なんかその、やっぱりその、やっぱ心がけだと、つい忘れてしまうし、習慣化が難しいわけ。
うん、そうですね。
毎週月曜日に心を入れ替えるっていうタスク、あんまりしづらいじゃん。
まあ、そうだね。心がけだけだとできないよね。
毎週月曜日。
そう、午前に調子になりたい1週間を通じて、たとえば金曜日の夜とかでもいいんだけど、1週間かけて調子に乗った心を1回改めて、金曜日の夜に毎回リセットして謙虚になるみたいなタスクって入れづらいと思うの、私。
そうだね。
だけど、たとえば、なんか挨拶をするとか、ごみを拾うとかって、こうトリガーがはっきりしてるから、けっこうたたき込みやすいというか、覚えやすいと思ったの。
うんうんうん。
で、そうすることによって、それをやってるときは謙虚さを思い出せると思うんだよね。
うんうんうんうん。
挨拶で神戸を垂れてるとき、ごみ拾いをしてるときは、あ、謙虚であらねばって思い出せると思って。
めちゃめちゃいいね。
けっこうなんか習慣化の中で、
体に。
そうだよね。たたき込みやすくはなるよね。
そうそうそう、って思ったの。
なるほど。
だから、謙虚活動みたいな。
謙虚活動。
いやーなんか、謙虚さを叩き込むっていう。
発想からして謙虚じゃないか。
なんかそう、なんかそうってことか。
謙虚さを叩き込むって、なんだってずっと思ってはいて。
そうだね。
謙虚さってそんな。
で、叩き込むもんなんだっけみたいな。
叩き込むものでも、強いられるものでも、なんだろう、そういうものでもないなと思いながら。
やって思っており。
なんか、おそらく僕いくつか突っ込みどころというか、なんかそれぞれのポイントで、なんか考えたいことはあるんですよ。
なんですかなんですか。
えっとね、すごいもう、んーと、
あ、だから一番手前というかのところでいくと、
うん。
謙虚な動きをすることで、体に謙虚さは叩き込まれるのかっていうところのまず疑問があり。
そうだよね、そうだよね。
もう仮説の結構手前から気になるポイントあるよね。
それはあり、確かに行動が習慣を作り、習慣がなんか人格を作っていくみたいな話はあるから、
これなんだっけ、リクルートだっけ、なんかどっかで出てたやつだよな。
なんかあるよね。
あるから、一定あるだろうなとは思いながらも、なんか謙虚な動きをすることで体に謙虚さが叩き込まれるかどうかみたいなところでいくとちょっとなーって思っており、
で、謙虚さってそもそもなんか体に叩き込むものなのか、なんか人格形成みたいなところにヒットさせるものなのかっていうところもあり。
確かにね。
で、もう一ついけば、そもそも謙虚さとは何なのかと、
確かに確かに確かに。
あと、あさちゃんは謙虚である必要があるのか、調子に乗ってたらええんちゃうかっていう考えはあるわけ。
なるほどね。
だから、正直僕の中で今、なんか4つくらいハテナマークが出てる中で、ちょっと一旦受け止めるわって言ってたのはそれ。
なるほどね。
その、なんか私が謙虚さについて考えるきっかけとなったのがですね、
めんこくさんっていう方が書いた、私の好きなツイッターなんですけど、
コンサルティング会社完全サバイバルマニュアルっていう本があるんですけれども、
その、155ページにですね、
社会人3年目病に気をつけようみたいなので、
自分のできる仕事が増えてきて、自分のできる仕事ができない人に対してね、
その、なんていうか、見下しが発生するケースがある。
この疾患に罹患すると、人間は放慢になる。
自分にできる仕事ができない人。
これを見下すようになってくる。
慢心は油断を。油断は無配慮。
無配慮は周囲への不尊な態度を呼び込む。
っていう一説があったんですけども、
これを読んで、
あ、私は今この病気に罹患しているかもしれないって思ったんです。
はい。
実際に今仕事をする中で、そういうようなことを思ってしまっている自分、
いるんちゃうのって、
が、いる。
いうのが今の気づきなわけですよね。
そうなんです、そうなんです。
うん。はいはい。なるほど。
で、その、慢心しないように、油断しないようにって思っても、やっぱりこう、
調子乗りで、こう、仕事の調子がかかってくるってきて、こう、
自在さというか、こう、思い通りに駒を動かすことが、こう、
イメージ通りにできればできるほど、
周りに対して不尊な態度になってしまっているなって、
慢心が発生し、油断が発生し、
っていう風になってるなって思って、
で、やっぱりこう、行動、
物理で解決したいって思ったんだよね。
もうなんか、トリガーとしてはね。
今その、ジャーナリングというね、日記を書くというアナログ行為を行っているからこそ、
よりその、物理的な、アナログ的な形で、
自分に対して、こう、なんていうかな、
強制まではいかないけど、修正だったりとか、
ちょっと直していくようなアクションを取りたいっていうところでの、
なんか、
やっぱり、病気でさ、病気じゃなくてもんだけど、
人間として未熟で、仕事が思うようにできない時期っていうのが、すごく私の場合、長かったので、
その時期に、やっぱりたくさんの人から見下されたし、
たくさんの人から不尊な態度を取られたし、
っていう中で、こう、自分にも、自分に対して優しかった人とか、
その、なんていうか、尊重してくれるように感じる人とかを思い返した時に、
やっぱり人間って、行動ベースで人を判断すると思うんですよ。
心の中でどう思ってるのかって、見られないから。
なった時に、やっぱりこの、物理的な行動によって、
その周囲の配慮とかを示していく必要があると思ったし、
その行動をトリガーに、自分も謙虚さを維持できるんじゃないかって思ったんです。
謙虚か謙虚じゃないかを判断するのは、自分ですか?他人ですか?
問いだ。
自分的に、対外的に、他人に対しては、全部だから、私自分だわ。
そうだよね。
自分に対して、自分が今謙虚かどうかを判断してるのは自分だし、
他人が自分に対して謙虚な振る舞いをしてるかっていうのは、私が判断してるし、
他人が自分のこと謙虚だなって思ってても、私がこの人謙虚じゃないわって思ったら、
謙虚じゃないから、オール自分かも。
そうだよね。
もう一つあるのは、他人を見下しているなって思ったり、
要は謙虚ではないなって思っているのは、自分ですか?他人ですか?
あさちゃん。
自分です。
自分ですよね。
はい。
例えば、最近ね、仕事が絶好調っていうところじゃないですか。
はい。
なんかその中で、あさちゃんは、例えばその評価者の方?評価者、上司の方ですかね。
あとは、なんだろう、同僚とかから、謙虚じゃないよね、調子に乗ってるよねって言われました?最近。
いや、言われてないし、この仮説、身体に謙虚さ叩き込んでいきたいんですよねってお話を同僚にしたら、
別に、あささん謙虚じゃないと思ったことは別にないですけどねって言われた。
だから、僕が上司だったら、あなたのことは、とにかく調子に乗せて、わーいって言って、
そのまま、別に周囲に対して、そこまで害のある行動をとるタイプでもないから、
どこまでも調子に乗せて、いいねいいねいいねって言って、突っ走らせた方がいいんじゃないかって。
僕がリーダーだったら、絶対そうするけどなって言われた。
そうなんじゃないですか?
やだやだ、謙虚な構想したい。
神戸を垂れて生きていきたい。
神戸を垂れているかどうかは、自分じゃ判断できないんですよね。
あくまで他者の判断なので。
でも、神戸を垂れようって思うじゃないですか。
神戸を垂れようという心がけは、とても大事だと思います。
はい。
とても大事だと僕も思う。
はい。
だけど、あの稲、あそこにたくさんある稲、神戸を垂れてるなって思うのは人間ですよね。
はい。
稲川は思ってないですね。
稲川は、頑張って米作ったって感じですよね。
確かにね。
あくまで米。
稲は、米で例えるとね。
稲がやったことは、実ったっていうことが本質であって、
神戸を垂れたで、神戸を垂れようと思って実らせたわけではないね。
実らせた結果、神戸を垂れたのであって。
中身がなんか充実しているとか、
しっかりとスカスカじゃない米ができた。
実った米ができた。
で、結果神戸垂れてる感じが見えてるわけですよね、周囲から。
はい、そうです。
なので、謙虚でいなければならないという気持ちはとても大事と僕は思ってはいる。
一方で、謙虚な動きをすることで体に謙虚さが叩き込まれるは、なんかちょっと違うのかなって直感的に思ってたところがあったっていうところですかね。
今なんか言葉にしながら思ったところですね。
じゃあ、スカスカの米作るんだってことですか?
だから、これは僕自戒も込めてになるけれど、
いい仕事したらいいんだと思うんですよ。
いい仕事って何?
そこでいくと、
米で言うとぎっしりしてるってこと?
ぎっしりしている。
そうかもしれないですね。
まあ、かもしれないし、
どうだろうか。
いい米かどうかはやっぱり他者の判断になってしまうじゃないですか。
ぎっしりしてる米かどうかとか。
はい。
だから、例えば去年に比べてどうだったとかあるじゃないですか。
去年に比べて今年の米はこうだった、ああだったとか。
例えば、他の品種に比べてこの米はどうだった、ああだったとかあるじゃないですか。
うん。
で、もちろん米側も、稲側も栄養素を土から吸収して、
頑張って日に当たってみて成長していくとかはできると思ってるんですよ。
もちろん、やれることはある。
はいはい。
水分吸収するとか。
だけど、台風が来たりとか、日出りだったりとか、
あとは、植えられた場所によって変わってくるとか、全然あるわけじゃないですか。
稲の成長環境。
だから、環境要因とても大きいよねっていうところは思っていて。
うん。
だけど、その中でも、やっぱり見てる人は、
ああ、こういう状況だったから、こういう結果は仕方ないよねっていうのはもちろんあるし、
逆に、あれ結構いい環境だったのに、なんかうまくいってないなみたいな、
っていうのもあると思うから、
だから、あくまで、できる、でき得ることを見つめて、
うん。
でき得る限りのことをやる、アウトプットを出すとか、
コミュニケーションするっていうので、
とても十分なのではないかなと、
十分すぎるほどなんじゃないかなと思ってるんだけど。
いやでも、それって、私が思うに、
私が今言ったような人に挨拶をするとか、
多分、しだちゃんは無意識にでもできてる人なんですよ。
うん。
無意識にできるようになったかな。
うん。
その、長年の接客経験とかによって、
もう体にしみついてるのよ、しだちゃんは。
しみつかせたね。
で、私が言いたいのは、確かに物理的に謙虚な動き、
例えば、頭を下げる動きは、イコール謙虚さではない、確かに。