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2026-02-28 12:10

祝・川崎病フォローアップ検診終了

5歳の時の川崎病で入院をしたことがある娘。小学5年生で、最後のフォローアップ検診が終わりました。
小学5年生になる娘なんて、想像できないなと思っていたのにいつの間にかこの日が来ました。
コロナ禍の緊急事態宣言が出た日に入院をしたので、当時のことはものすごく記憶に焼き付いています。

[関連放送]※Voicyです
#252 子煩悩話「プリキュア vs 川崎病」
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#288 とじこめ事件。平静を装う母は強し。
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00:04
イラストレーターの原あいみです。絵本や書籍、キャラクターを作ったり、難しいことをわかりやすく、漫画やイラストで伝えるお仕事をしています。おはようございます。お疲れ様です。
今日はですね、ちょっと娘のことで、とても感慨深いことがあったので、そのお話をしていきたいなと思います。
何があったかと言いますと、娘は保育園の年長3の時に、川崎病で入院をしたことがあるんです。
過去にも1回、2回くらい、この入院のことについてお話した放送があるので、概要欄に貼っておきます。よろしければそちらも聞いてみてください。
川崎病というのは、最初の処置を適切にしないと、心臓に大きな病気が起こるという可能性があるというのが、とても怖い病気だと言われています。
当時の理解で話しているので、言い方が間違っていたらすみませんね。娘は、割と軽めの川崎病だったという診断でした。
当時入院した時も、最初はとても辛そうでした。いろいろと大変な時期が、最初の2、3日前半あったんですけど、後半、1週間くらい入院していたんですが、後半の方は熱も引いて、本当に元気になってきて、
とにかく私は、この入院生活が娘にとってトラウマのように怖かった思い出にならないように、全力で楽しませる方向に、
何か楽しかったな、ママといっぱい泊まってみたいな、そんな思い出に変えようという気持ちに切り替えて、全力でエンターテナーになって娘を楽しませていたという、そんな思い出がある入院生活だったんですね。
当時、ちょうどコロナの緊急事態宣言が出た時だったんですよ。
なので、本当に世の中全体がとても不安に包まれていて、心が毎日ザワザワしている日々だったんですよ。
そこで突然の入院生活がスタートしたので、本当に脳裏に刻まれているんですよ、入院生活は。
しかも、娘がやっと退院できる前日に、名古屋の母がクモマッカ出血で倒れて、私はその足で名古屋に行くという、そんなことも重なった大変な1年だったなという思い出があります。
03:06
この川崎病というのは、その後心臓に問題がないかというのを検診で見ていく、フォローアップ検診というのがあるんですね。
確か、退院後、3ヶ月後とか、その後は半年後、1年後という感じでどんどん間が伸びていき、最終的には、前に言ったのはいつだったかな、3年生か2年生かそのくらいが最後だったんですけど、
次は小学5年生になった頃に、厳密ではないですけど、5年生とか6年生、5年生って覚えておいてくださいねって、間がだいぶあくんで忘れちゃうとね、あれなんでみたいな感じに言われていて、
5年生になったらどこかで一度検診に来てくださいと、そこで問題がなければそれでフォローアップの検診は終わりですというふうに言われていました。
当時まだ2年生か3年生か、小学校の低学年だったんですね。
何の検査をするかというと、身長・体重を測ってエコー検査をやるんですね。
お胸にジェルを塗って、グリグリと先生が、大人もやりますよね。乳がん検診とかでエコーをやりますよね。
あんな感じに近い雰囲気で、病室で上半身裸になって、ネコロピーでジェルをつけてエコーを塗り塗りとやって検査するという検査をやっていました。
入院中もその検査は何回かあって、当時娘は、採血の検査が本当に怖くて、もちろん注射されるし、血は抜かれるし、めちゃくちゃ怖かったと思うんですよ。
でもこのエコー検査は、ヌリヌリって娘が呼んでいて、のちちゃんはヌリヌリは好きなのって言ってたんですね。
でも当時は2、3年生だったので、まだ恥ずかしいという感覚が多分なかったので、
しかもドラえもんとか動画を見ながら、先生にあったかいジェルを塗られて、ヌリヌリちょっとくすぐったいみたいな検査という位置づけだったと思うんです。
でも次来るときは5年生かって、その時に私は想像して、5年生になった娘だとこの検査がちょっと恥ずかしいというか、
男の先生に胸を上半身裸になってヌリヌリってやられるのって嫌なんじゃないかなって、
そんな大きくなった娘と最後ここに来るのかなんて想像したのを覚えています。
それが今回だったんですよね。
来たかと、もう5年生、あの時まだまだ随分先で、5年生になった娘って一体どんな感じなんだろうって想像もつかないなと思っていたんですけど、
06:04
最後の検査が先日ありまして、無事にフォローアップ検診卒業ということで、もう来なくていいですよという卒業証書をいただきました。
検診はとても上手にできていて、5年生の女の子だとやっぱりちょっと恥ずかしいって思いますよね。
なので着替えるときは、お母さんぜひ一緒に入ってくださいって言って、私が一緒に入り、脱ぎながらサポートしてあげて、バスタオルをかけてあげました。
先生が入ってこられて、よかったらお母さんそこにいてくださいって言われて、私が横で先生の後ろでエコーの画面と娘を見ながら立っていて、
バスタオルをかけているところからスッと手を入れて、バスタオルをペローンって剥がすことなく、
要は先生には見られていない状態で、先生がエコーの機器と手だけをバスタオルの中に入れて検査するという感じでやってくださったんですよね。
すごい配慮されているなというふうに感じました。
あれなら全然恥ずかしく、全然ってことはないかもしれませんが、すごく上手だなというふうに感じました。
私も乳がん検診とかでエコーを検査してもらうことはありますが、
あんなにバスタオルの中に手を入れて、ペローンって見せずにやることをやってもらったことがないので、大人だからいいんですけど、もうこんな年なので。
でも子どもに対して、あんなふうに丁寧に検査してくださるというのは、とてもいいなと思いましたね。
しかも個室の中で先生と2人きりではないし、私も立って、娘とも目も合っているし、くすぐったいいいみたいな感じでできたので、とてもよかったなというふうに思いました。
最後の検診だったので、夫と手分けして、学校の時間に必ず間に合わせなくてはいけないという状態だったので、
検査結果を聞くのが時間がかかるようだったら、私が残り、夫が車で急いで帰るみたいな手分けしようという作戦で行ったため、2人揃って行ったんですよね。
わざわざ両親とも揃って行くような検査でもないんですけど、でもなんとなく当時の我が家にとっては、ものすごい大緊急事態という感じの入院だったんですよね。
あの時の感じを夫とは、あんな感じだったよね、ああいうふうだったよね、あの時あの弁当は真っ暗な中で食べたよねとか話しながら、
大きな病気をあれ以来することなく、骨折とか怪我もすることなく、こんなふうにちゃんと元気に大きくなってよかったねみたいな話を、
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大人としては、我々はすごく思い出深いので、思い出話をしながら検査を終えました。
娘に聞いたら、入院のことをほとんど覚えていなくて、前、最後の検診に行った2年生か3年生の時は、ここをなんとなく覚えているとか、
そうそう、こういうプレイルームがあって、積み木で遊んだよねとか、結構記憶に残っていたはずなのに、5年生になった今、娘に聞いたら、ほとんど覚えていないとか言っていたんですよね。
これ、いろんな記憶に上書きされて出ていっちゃったんですかね、消えちゃったんですかね。
でも、私としては当時、本当に怖かったんですね。娘も泣きじゃくって、すごい大変だったんです、最初の方は。
でも、絶対にいい思い出にしてやるぞという気持ちで、最高に楽しかったってなんなら、そんな記憶で返してやろうみたいなふうに思っていたので、
すっかり忘れてしまっているってことは、大成功だったんだなって思いました。
もしすごく嫌な思い出で怖くてトラウマみたいになっていたら、何か嫌な記憶として残っているはずなので、
綺麗さっぱり忘れたということは、あの時の母の私、大成功だったんだなということを改めて感じました。
そういえば、娘はゼロ歳の時も、ちょっとだけ心臓で再検査というか、そういうことがあったんですよね。
その時に、検査で問題ないですよって言われた時に、ものすごいほっとして、このまま娘の寿命が終わるまで、
ずっとこの小さな心臓がちゃんと動き続けますようにって思ったことを思い出しました。
エコーで、トクトクと心臓が動くのが見えるじゃないですか。
エコーって、妊娠時にお腹の中で見ていた映像と似ているので、
今5年生と大きくなったけれども、それでもまだ小さな心臓だよなと思って、
これがまた寿命が尽きるまでできることなら、おばあちゃんになるまで元気に動き続けますように、
神様にパンパンとお参りするような、そんな気分でエコーを眺めていました。
今日は娘に関することで、ちょっと考え深いことがありましたので、そのお話をしてみました。
12:01
イラストレーターの原江美でした。また話します。
12:10

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