いよいよ、最後の章。
ここまで、保育業界の課題、改革の実践、保護者や地域との関係、そしてAI時代の保育について考えてきました。
テクノロジーが進化し、保育の現場にもAIが広がっていく中で、私たちは何を守っていくべきなのでしょうか。
今回はAI時代においても失ってはならない「人間の保育」について考えていきます。
▼ホスト
近藤敏矢(社会福祉法人みなみ福祉会理事長)
安藤武司(こども環境アドバイザー)
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サマリー
AIの進化が著しい現代において、保育の現場でもAIの活用が広がっています。しかし、テクノロジーが進歩する中で、人間ならではの保育の価値を見失ってはなりません。本エピソードでは、AIが最適解を示す道具ではないこと、そしてAIとの共存の中で、人間が主体性や好奇心、試行錯誤といった人間らしさを守り、育んでいくことの重要性を考察します。AIはあくまで人間の活動を支援するツールであり、最終的な意味付けや責任は人間に委ねられることを強調しています。
AI時代における保育の課題と人間の役割
あなたは保育園にどんなイメージを持っていますか? 笑顔の先生、元気な子供たち。でもその裏側には、球体依然とした経営と見えない苦労があります。
実は多くの保育園は30年前とほとんど変わっていません。 人手不足、紙と電話の業務、親の不安。
AIが保育園を変えるでは、元NTTエンジニアで30年の経営者である私、近藤が、子供環境アドバイザーの安藤さんと一緒に、AIとDXで保育園をどう変えたかを語ります。
テクノロジーは温かさを奪うのではなく、支えるもの。 未来の保育に本当に必要なこととは、保育園を変える。今こそその時です。
こんにちは。社会福祉法人南福祉会の近藤です。
こんにちは。子供環境アドバイザーの安藤です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いよいよ最後のショーに入りました。
はい。
今日のことです。長く安藤さんと一緒に、保育のことをずっと話をさせてもらえて、とても楽しい時間を過ごすことができたなと思っています。
今までのところで、保育業界の課題だとか、改革の実践、保護者や地域との関係。
そしてAI時代、AIがどんどん進歩、進化をしていっている。
そういった中で、保育はどんな感じになっていくんだろうということを、私たちなりに考えながらおしゃべりをしてきました。
そこの中でテクノロジーが進化し、保育の現場にも今後AIがますます広がっていくのではないかという中で、私たちは逆に何を守っていくべきなのか。
そして何をAIに任せていくべきなのか。そういったところがより重要になっていくのかなと思います。
今回は、AI時代においても失ってはならない人間の保育について考えていきたいなと思うんですが、テーマとしてはやはり大きな課題、大きなテーマなんだろうなと思うんです。
AIの正体と最適解の限界
AIが保育を担うという話になった時、もしくはそれの対立候補として人間の保育ということを考えた時に、
多分一番大事になるのは、じゃあ結局AIって一体何なの?それに対してそのAIが何なのかっていうのを見極めることで、
逆に裏側としての、裏側の意味としての人間って一体何なんだろうっていう話に帰着していくんじゃないかなと思うんです。
そうすると一般的に今世の中で受け止められている印象としては、AIっていうのは最適解を示すための道具なんじゃないかという受け止められ方が多い印象を受けるんですけど、
AI、普段から業務で使われているかと思うんですけど、AIに対してはどんなイメージをお持ちですか?
最適解っていうイメージは実は私はあまり持っていないです。
そうですよね。なんかそんな気がするんです。
例えば過去の膨大な資料の中から、私が求めているだろう答えっていうものを並べてくれるだけであって、それが最適だとは正直思っていないです。
そうですよね。AIの仕組みを私も詳しくわかっているわけではないんですけど、キーワードとしてはディープラーニングだとか、確率論としてどちらのほうが最適っていうのかな。
確率的に高いと計算されるかによって導き出される解っていうのがAIだと思うんですよね。
なので、AIが導き出した答えの一番問題点はどうしてその答えが出てきたのかが、プログラムを組んだ人、設計者にもわからないっていうところが一番難しいっていう話を聞いたことがあるんです。
そうすると、そのAIが出してきたものが本当に正しいものなのかどうか、かつ最適解なのかどうかっていうのは、多分とても難しいんだろうな。それを最適解ということ自体が難しいんだろうなという気はするんですよね。
で、それの一番難しいところは、かなり前の段階でポッドキャストで話をしたと思うんですけど、AIは人間の気持ちを理解することができるのかというテーマと同じだと思うんです。
まず、それが最適解だっていうことの定義が人間側でできない。例えば計算機であれば、どういう状態になったらこれは正しい答えが出されていると判断できるかっていうのは、人間は明確に示すことができる。
例えば1たす1ってやったら、2という表示が出れば間違っていないよっていうことが言えれる。正しく動くって言えれるんですけど、機械の中で1と1、それをプラスするという概念を持ってるわけじゃなしに、単に電気が流れて2という機械はわからないけど、言われた通りに表示したらこういう表示が出ますよっていうことをやってるに過ぎなくて、
AIでもそれと全く同じなんですけど、計算機、電卓であればこれが正解だと決められるものを、AIで人間の気持ちを理解してるってどういう状態っていうことを人間側が定義できないので、AIが正しいかどうかを判断することが人間側でできないんだろうなと思うんですよね。
そうすると、AIが最適解を示しているのかっていうのも、これは多分とても難しい話なんだろうなと思うんですよ。そうすると、AIが正しいものを出しているかどうかっていうことよりも、AIが出してきたものに対してどういう意味付けを人間側が与えるのかっていう、人間側の価値観の話になってくるのかなっていう、そんな気がするんですよね。
そうですね。
AIの活用事例と人間との協働
なので、AIの使い方としては、例えばどんな感じで今使われてます?
でも本当に、何でしょうかね。よく今私が会社の中でお話をしているのは、基本、自分のことって一番よくわからないよねって。
そうですね。本当にそうですよね。
その前提に立った中でいくと、ひょっとしたらお客さんも、らしく何かこれが課題だって言ってるかもわかんないけど、多分お客さんも課題は明確になっていないよねって。
そうですよね。
それを対話とかをしながら、徐々に文野で人との明確にするっていうのが、これがその人との関係性という中で生まれてくるものであって、それをちょっとアシストするっていうか、ぐらいのものとして使ってるだけなんですね。
こう言って言ったけど、私はこう思うんだけど、この人は別の意味でこういうことを伝えてるんだろうかって相手のことを、そうすると何か違う資座から何か与えられるので、
例えばそれをもってもう一度お客さんと話をするっていう程度、それが絵であるのか文章であるのか、いろんな方法あると思うんですけど、
だから使い方としては決して最適解ではなくて、お互いのモヤモヤをとりあえず同じテーブルの上に上げるときに、今まではそこが非常に時間がかかった、資料集めに時間がかかったのが、AIはめっちゃ早いって。
めっちゃ早いんですよ。
それだけ。
そういうところですよね。私もAIを使ってて、よくやるのはやっぱり文章をまとめるところを使うんですけど、そこに関してはべらぼうに早いんですよね。
早いです。
よく使ってるのは、私は今note.comに毎日投稿、今でも続けていて、もう100日を連続100日超えて、100何十日っていうところまで。
素晴らしい。
これを聞いていただいてる方のタイミングによっては200日を超えてる、300日を超えてるといいなと思ったりはするんですけど、
あの原稿は、実はもう基本的にすべて、AIとの競争ともに一緒に作るやり方でやっていて、きっかけは私からの話しかけ。
こんなふうなことがあったんだけど、どう思う?というので返してもらった。そこの返してもらったことに対して納得できたり、違和感がある。
もしくは、そういうことじゃなくて、僕はこういうふうに思うんだけど、この辺ってどうなんだろうねっていう会話をしてると、それ面白いねっていう会話っていうのかな。
壁打ちみたいな感じで、うわーと話が連なっていくと、なんか一つの構造が見えてきて、じゃあその構造を原稿の叩き台として作ってくれるっていうやると、一瞬で作ってくれるっていう、あのスピード感がすごいですよね。
すごいです。
すごいですよね。ただ、それで出てきたものもそうですし、途中経過もそうなんですけど、決してもうピンポイントで間違いなし、バシッと最適解かっていうと、それが出てきた経験はほぼゼロですね。
そうですか。
ほぼゼロです。なんかちょっと変だな。ただ、全く知らない、私との会話を全くやったことのない生成AIでいきなり始める。もしくは、共通の知識を持ってない人と話をするよりも、よっぽど近いところに寄せてくる。
だから、グリーンの上でのアプローチがとても上手みたいな。ただホールには入ってないよっていう。そこの最後の調整を一緒に会話を重ねながら進めていってるっていうのが、AIの今の私のやり方っていうのかな。そういうところではすごいですよね。
すごいですね。
私の情報、私の考え方、私の属性プロパティを把握をしているので、私がこれってどう思うという話をした時点で、私との会話の今までのセンテンス、コンテキストに沿った最適解らしきものを選んでくるというところが、これはすごいな。
すごいですね。
なおかつそこの中に、まったくピンポイントで私の考えズバリが当ててこないっていうことは、そこにブレが発生してきて、そこに私自身の新たな気づきにつながることもあって、そこが話として広がるところなんですよね。
保育とは全く関係ないんですけど、本当に日常の些細なところで、例えば庭にタンポポの花が咲いていて、この雑草を駆逐するにはどうしたらいいっていう、あれさ、やっぱり綿毛が飛んでいくのがいけないと思うから、花とつぼみを積み続けたらなんとかなるんじゃないっていうと、それはとてもいい方法なんですけど、こういう注意点があります。
じゃあその注意点をやるためには、でもそんだけやろうと思うとすごい大変な話だから、もっと楽にやるには、こんな感じってどう?いい方法ですねみたいな、そんな会話がずっと連なって、今度うちの庭にはダンボールを引くことに、生成AIとの話でなったんですけど、それをいきなりやると多分妻から怒られるので、どうしようかなって今思ったりはしてるんですけど。
新たないろんな活動が始まるんですよね。
でもなんかダンボールが引かれた庭っていうのはどうですかね。
そうなんですよ。それってどうなのっていう話をしたんですけど、じゃあ暴走シートの真っ黒のシートが無機質に広がってる庭とどっちがいい?
無機質な暴走シートは分解できないけど、ダンボールは最高に土に戻るし、その後ミミズにとって最高の餌になる。雑草にとっては最悪の光防止装置になるよ。やってみていいんじゃない?みたいな感じで。
あーなるほどなーっていう話をしながら、実はタンポポってエディブルって知ってた?エディブルなの?タンポポってどこが食べれるの?どうやって食べるの?ってまたそこで話が広がって、油で素揚げにするだけでも結構いけるよって。
この間タンポポのつぼみを素揚げにして食べてみたんですけど、まあまあいけますね。まあまあいけるんですよ。
ちょっと苦味があるんですか?
ちょっと苦味がある感じ。ただ大量に食べるものではないんですけど、ちょっと酒のつまみにするにはいいスナックにはなるな。
ただそれを見られるとまた妻から怒られるので、妻がいない時にこそっとやりました。そういった会話っていうのかな、私自身の活動の広がりにもつながっていくきっかけにはなるのかな。
これを今までのラジオ、テレビ、オールドメディアと言われるものなのかもしれませんし、雑誌や図書館の本をあたりながらこういった活動の広がりができるかっていうと、生成AIに比べるとやっぱり弱い。
もしくは生成AIが入ることで自分の活動だとか興味の広がりっていうのはますます広がっていくなっていうのを感じますね。
AIの中毒性と情報の真偽
なんかもう今お話を聞いていてですね、この中毒から抜け出ることができるのかな。
何でも知っている人と自由に会話をして、いろいろ楽しい話が聞けれると、そういう環境が与えられて、その人との会話から逃げることができるか。
その人との会話をやめて自分の好奇心をより高く育てる、もしくは活動を広げることができるかって言ったら多分できないんでしょうね。
だから今お話を聞いてて思ったのは、やはり中毒性があるっていうのは事実としてあるかなと思うんですよ。
そうですね。
そういう意味で。ただやはりそこにその人が言っていることが正しいっていうレッテルを貼ってしまうと、これは大きな間違いを犯してしまうかもわからないなっていう。
そうですね。なのでタンポポがエディブル食べれるものだよっていうふうに聞いた。私もなんか聞いたことあるような気がする。
お笑いコンビの人が家族を解散って言われて公園で生活してて、まず食事はどうする?なんか食べれそうなものの草を摘むって。
確か言ってて、その時にサバイバルだとか、防災みたいな話だとか、非常時にどうやって生き延びるかっていう時に、食べれる雑草と食べてはいけない雑草っていう分類があって、そこの中にタンポポってなんか入ってたような気がするなっていううすらした知識は前にもあって。
今回そういう話を聞いたから、またさらに今度はGoogle検索だとか、もしくはAIにそのレシピの元となる情報源は何?っていうことをやっぱり質問して確認するっていうのは出てきますよね。
タンポポに毒はあるんですかないんですか。毒ってありますよねっていう前提で話をしていくと、またそこから情報が出てきてたくさん食べなければ大丈夫だとか、農薬、除草剤が巻いてあるようなところは危ないからやめな。
安全が守られている自分の庭のタンポポを養殖して食べるようにしなみたいな、なるほどなって一般的な知識が出てくるっていう、そういうところは今度は受け取る側、AIが出したものが正しいかどうかっていうことではなくて、それが適切かどうかの意味を人間側が与えないといけないんだろうなという気はしますね。
そこに対していろんな知識を持ってきてもらうっていうのはとても多分大切で、例えば去年でしたか、映画で国宝っていうのが当たった。そうすると歌舞伎っていうものに今みんながうーっと注目をして、そうすると藤娘だとかこう演目があるとみんなが見てみたい。
AIによる学習支援と文化への誘い
でもそれだけじゃなしに別の演目についてそこの背景となるものは何ですかだとか、今知ってます歌舞伎でルパン三世がやってるんですよ。
知らないです。
ルパンっていう歌舞伎があるんです。
先日私毎朝聞いてるラジオで紹介されてて、私たちが所属しているお世話になっている福利厚生センス福利厚生サービスでもチケットの鑑賞券のプレゼントがあって申し込みをしたら、私は当たらずに私の妻が当たって、今度妻が見に行くんですけど。
東京ですか。
名古屋です。地元です。ルパンは流れるなんとかの城だったかな。全部漢字で書いてあるんですよ。
昔はごめんなさい、ルフィか何かやってませんでしたっけ。
ルフィワンピースも歌舞伎でやってて、鬼滅は斧でやってたというような、古典芸能と今の新しい文化との融合っていうのは、新しい文化をきっかけとした古典芸能への私たちの誘いっていうのか、ハードルを下げることに役立つ。
そうするとそこの表現方法、斧だとか歌舞伎だとか、表現だとかいろんなものがある。
でも普段なじみがないっていうところの入り口を教えてもらう。
例えばそれは演劇の世界なんですけど、美術館でなんとか展、いろんな展示会があるときの、先日ゴッホ展が名古屋であったんですけど、
ゴッホのこの絵の鑑賞のポイントはどことか、僕はこういうふうに感じたんだけど、あなたはどう思うチャッピーみたいに聞くと、人間と対話してるのと同様の効果は得ることができるんだろうな。
チャッピーはこういうふうに言ってた。ジェミニはこういうふうに言ってた。でも僕たちは違う感想を持ってるよねっていうことを今度人間同士でリアルで話し合いをそこから繋げていけれるっていうのが、今の小学生中学生などの新たな学習指導要領で提示されている主体的対話的な深い学びっていうのに大きく寄与していくんだろうなという気はするんですよね。
だから、なんていうのかな。私たちが小中学校の頃に今のような生成AIの学習ツールがあったら、私たちはもっと勉強ができていたのかもしれないと、もしもの世界に逃げてみたりするんですけど。
例えば語学で、This is a penあたりから始まるわけですよ。そうすると、ペンなんて言っても面白くないって。じゃあこのポケモンのなんとかの消しゴムって、じゃあ英語でなんて言うのって言うと、それを答えてくれたり。
ほうきで教室を掃除するってどういうふうに言うのとか。名古屋弁になっちゃうんですけど、掃除の前に机を後ろに吊るってどうやって言ったらいい。吊るなんていうのは英語ではどうやって表現するのみたいな。
そんなことをインタラクティブに話ができて、学校の教育ではこういうふうに教えるけど、でも現地のネイティブはそんな言い方しないよって。高校ではこんな表現の方が一般的なんだけど、でもアナウンスアナウンサーではこういったパターンが多いよね。
それでこの間聞いたのは新幹線のアナウンスですよね。This train will bestoppingって一体何?って。Will stopじゃダメなの?Is going to stopじゃダメなの?っていうことを言ったら、あれはアナウンスの一般的なもうパターンである。
定形文みたいなもの。
だからあれがやっぱり公式な感じで自然なんだよ。Is going to stopって言うと、なんか砕けた口語的な感じがするから、そういう口的なアナウンスの時にはちょっと違和感あるかなみたいなことを教えてくれるんですよね。
面白いと思いながら。そういったところでもいろいろ広まっていくんだろうな。
AIの不完全性と人間の主体性
ただそういったものも、AIは英語は得意なんですよ。AI自身に聞くんですけど、英語は得意。日本語も得意。中国語もまあまあいけれる。でもハングルはちょっと苦手かなとか。
フランス語、わかるけど英語のような口語でどうかとかニュアンスがどうのこうのっていうところになると、ちょっと苦手かなみたいなことを言い始めて。
やっぱりこう全てが全て大丈夫というわけではなくて、完全不完全というものはあるんだよね。
英語でも当然、方言だったり人によって言い方が変わるっていうことも当然あるので、
生成AIがこれが一般的に使われる自然な言い方ですよって言っても、それは地域によって人によって変わってくる不完全なところっていうのは常にあるんだろうなとは思うんですけど、
そういったAIも不完全だよなっていうことは多分それは裏返すと人間が統一してこれが正解っていうものではなくて、
いろいろいろんなものがごちゃ混ぜになっててこっちの方が正解っぽいよみたいな感じであるから、
だからいろんなものに対して完璧なっていうことではないんだろうなという気はするんですよね。
なので世の中は一般的にAIは完璧を目指してるっていうような感じで捉えてることって多いと思うんですよ。
前にもお伝えをしたプレゼンテーションで、AIがこのように言いましたっていうプレゼンをやる人の話を、
私は本当にムズムズっとするんですよね。それはあんたのアカウントの話やろっていう気持ちになるんですよね。
私のアカウントはそう言ってないよっていう気持ちになったりはするんですけど、
なかなかそういうところはまだそれぐらいAIのインパクトは強くて、
かつそこまでAIがコアに使われてはいないんだろうなという気もするんですよね。
そういった中で、じゃあAI自体に守るべきものっていう人間の価値っていうのはどんな感じになっていくのかな。
これとても大きな話で、当然保育だけに限らずっていうところになると思うんですけど、
何なんでしょうね。どういうふうに表現をしていくと、
今掲げたテーマのポールに近づけた位置にたどり着けるんでしょうね。
人間が守るべきっていうかですね。
なんか私、今ずっとお話を聞いてて、まずやはり思ったのは、今この時点では、
私たちは教育の世界でもそうですけど、正しさっていうものを常に追い求められるように、追い求めるように習慣付けてきた。
かつ最近はですね、最近ってもうかなり前からですけど、先行き不透明とかですね。
混沌っていう言葉がもう日常的に来た。
で、そんな時にAIっていうですね、最もらしい明確な、明確に言い切ってくれるものがあったわけですよ。
だからそれを最適解と信じたいという人の気持ちも一方であるんだろうなと。
そこにずっと聞いてて、やっぱり混沌さんすごいなと思うのは、常に知的好奇心が旺盛だから。
だから逆に言うと、小さい時に学べなかったおかげで、学びきらなかったおかげで、知的好奇心がずっと続いていて、
これって何だろう、何だろうっていう壁打ちができてるんだけど、壁打ちをやめてしまった瞬間に、
多分それを信じてしまうことになってしまって、それが最適解に落ち着いてしまうっていうことなんだろうっていう話をずっと聞いてて思ったんです。
だから私たちが守るべきことっていうのは、常に正しさはないとひょっとしたら定義続けていくことが、
AIと共に生活していくヒントになるのかなっていう気はちょっとしました。
面白いですね。いい切り口ですね。素敵だなぁ、やっぱり。
だから、変な言い方かもしれませんけど、悪質な信仰宗教みたいな感じな捉え方で位置付けでやるのではなくて、
それを利用した主体的な学び、私たちの今57になろうとするこの年、2026年の小学校時代、小中学校時代っていうのは詰め込み教育で、
とにかく正解が与えられて、それを早く鵜呑みにして、それを早く再現することが求められていた教育時代。
では、今はもうないんだよ。それこそ本当に正解がわからない中だから、
自分で考えて、去年まで間違いだって言われていたものの正確性、正しさ、的確性を今度新たに発見するような覚悟も含めて、
そういうユーザー側の主体性っていうのが求められていく、そこがAI時代に守るべき人間の大切さっていうことなんでしょうね。
主体性っていう言葉を名古屋市立の中学校の校長先生、高橋先生は、自主性っていう言葉との対比で使われていた。
それはやはり人間にしかできないことで、AIに対して主体性とか自主性っていうものの価値観に載せるっていうことは、
これは多分永遠にできないんだろうなっていう気がするんですよね。
もっともらしく動いてる感じ、主体的に動いてるように見せかける、プログラミングすることはできるかもしれないけど、
主体的に動き、対話的に学び、深い学びを得るっていうことは、AI時代でもAIにはできなくって、人間が守るべき価値であり、
そこには当然失敗や迷いっていうものを繰り返しながら成長していくっていう、
エジソンやイチローさんとかそんな方々もみんな言ってるやつですよね。
ずっと失敗し続けることができたから成功することができたんだっていう、
その成功に向けて失敗を重ね続けて、単に失敗をするっていうだけじゃなしに、
そこから試行錯誤していくとか、新たな発想を持っていくっていうのが、
AI時代に大切になってくることなのかもしれないですよね。
そうすると、じゃあAIは、そういう意味ではAIはいろんな情報を集めてくれるっていう点で、
大きな効率性と最もらしさ、必ずしも全てが性格とは言えないにしても、
ある程度の最もらしさを持ったフィルターをかけて提示をしてくれるっていうところは、
とてもありがたい存在なんですけど、主体性っていうところではどうなのかな。
最終的にAIが出してきたものに対して、意味付けをして責任を持つ、責任を引き受けるっていうのは、
人間側がやらなければずっといけないんだろうな。
そこの中での主体性っていうものを、今度、保育に適応して、保育のフィールド、保育のコンテキストの中で語ると、
AIと人間の共存と身体性
どんな感じになっていくのかなといったのが、また次のエピソードにつながっていって、
これからの保育士に求められるものは何かっていうものを、また次に語っていければいいのかなと思うんですが、
まずその前段として、AI vs 人間、バーサスっていうのは対立という意味ではなくて、
比較対象としての2つ、AIと人間を並べたときの比較での特徴として考えたときに、
何か補足するもの、もう少しここも伝えておくべきじゃないかっていうものがあったら、お伺いをするところですけど。
でも今お話しした通り、もうその本当に敵対するものではなくて、もう本当にフィジカルAIっていうものが出た時点で、
もともと私の認識ではAIっていうものは、人間で例えるとの頭脳であると。
人間とそのAIの違いは何かって、身体性だっていう位置づけで昔はいたんですけど、
フィジカルAIができた時点で、もうこれ身体性ともなかなか、
身体性っていう言葉は本当はもう少し深みを持たさせないといけないと思うんですけど、
一般的に言うその肉体っていうだけでいってしまうと、もうそれは彼らにもあるなと。
そうなった時にどう同じ方向を向いて歩んでいけるかっていうことを、
例えば昔私たちは自然そのものもちょっと傲慢にですね、
コントロールできると思ってやってきた過去の歴史があるわけですよね。
それが今いろんな問題を含んできてる。
だからそこの同じ苦い思いをですね、経験することなくいくためには、
彼らも一緒の関係性の中でともにどう歩んでいくかっていうことを、
それこそが私たち人が人らしくあるっていうことの、何か最大の特徴なのかなっていう気はちょっとしました。
AIロボットの進化と未来への展望
大切なしさですね。素晴らしいなと思います。
もう本当にAIを備えた物理的に動くロボットが、
次々と報道されてて、先日は箱根駅で伴奏するロボットの報道が出てましたね。
そうするとマラソンのトレーニングで伴奏するっていうのもロボットができてしまう。
日本で開発されたものとして報道されていたので、
よっぽど真実、プロトタイプなのかもしれませんけど、
よっぽど真実なんだろうなと思うんですけど、
フェイク画像かなフェイク動画かなと思うようなものだと、
家事代行だとかそんなものも、
この間は先日は子どもたちと一緒に遊んでるロボットが出てましたね。
未来の子どもたちの遊びの中にはロボットはこういった当たり前のような感じでいるんだろうかっていう
投稿と一緒に動画が添えられてたSNSの投稿を見たんですけど、
その元の動画の発信元までは確認してないので、
まだまだ作られたフェイクのものかもしれないんですけど、
未来英語を一切訪れることのない夢物語ではなくて、
現実的に近いうちに出てくるんだろうなという予感をさせるぐらいの、
今の現状の発展があるので、
そういったところで人間と人間自身がAIとの関係性をまた深く見つめながら、
関わっていくっていうところが大切なんだろうなと思います。
そういったところが今度、人間が守るべき価値観っていうところになっていくのかなと思います。
今後の番組展開とリスナーへの呼びかけ
テーマとしては人間が守るべき保育とはというところでエピソードを始めたところですが、
それの手前のもっと大きなAIと人間との関係性っていったところで、
まずは一つ話を区切らせていただいて、
その上で今度、保育士に着目をして、
未来の保育士は、じゃあこのAIが広まる世の中の中で、
どのような価値観を持つべきなのかっていったものを通しながら、
保育全体のことを語れるといいかなと思っております。
この番組はAIとDXで保育がどのように変わっていくか、
これからの保育、未来の保育について語っていく番組です。
いろんな視点を踏まえながらお伝えできればいいかなと思っております。
各ポッドキャストアプリで番組の評価、レビューをお待ちしております。
また番組へのご質問、ご感想もお願いします。
番組公式X、AIが保育園を変えるにダイレクトメールを送っていただく、
もしくはハッシュタグ、AI保育でご投稿ください。
AI保育はアルファベットのAI、それから漢字の保育にしていただけると、
私たちもそこを見ていこうかなと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。
リスナーさんとのコミュニケーションも大切にしていきたいと思っております。
皆さまからのお声もぜひお聞かせください。
この番組は毎週火曜更新予定です。
以上、社会福祉法人南福祉会の近藤と
子ども環境アドバイザーの安藤でした。
ありがとうございました。
36:28
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