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#31「これからの保育士に求められるもの」
2026-04-21 32:45

#31「これからの保育士に求められるもの」

AIが最適解を示し、テクノロジーが現場を支える時代。その中で、保育士はどのような存在として社会に求められるのでしょうか。

今回は、未来の保育士像から議論を始め、その役割と社会的価値を掘り下げていきます。


▼ホスト

近藤敏矢(社会福祉法人みなみ福祉会理事長)

安藤武司(こども環境アドバイザー)


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サマリー

AIとDXが保育現場を支える時代において、保育士に求められる役割と社会的価値について議論する。少子化が進む中で、保育園のあり方や地域社会との連携、そして保育士の専門性がどのように変化していくのかを探る。単に子どもの世話をするだけでなく、子育て文化の継承や、変化に対応し続ける姿勢が、未来の保育士に不可欠であると論じている。

AI時代の保育士像と社会からの要請
あなたは保育園にどんなイメージを持っていますか? 笑顔の先生、元気な子供たち。でもその裏側には、球体依然とした経営と見えない苦労があります。
実は多くの保育園は30年前とほとんど変わっていません。 人手不足、紙と電話の業務、親の不安。
AIが保育園を変えるでは、元NTTエンジニアで30年の経営者である私、近藤が、子ども環境アドバイザーの安藤さんと一緒に、AIとDXで保育園をどう変えたかを語ります。
テクノロジーは温かさを奪うのではなく、支えるもの。 未来の保育に本当に必要なこととは、保育園を変える。今こそその時です。
こんにちは。社会福祉法人南福祉会の近藤です。
こんにちは。子ども環境アドバイザーの安藤です。
よろしくお願いします。
今回のテーマは、これからの保育士に求められるものということで、前回、AIと人間との比較から非常に大きな話になってきたかなと思うんですけど。
その流れを受けて、ではAI時代の保育士はどのようなものが求められていくのか、といった話になっていくかなと思うんです。
やっぱり世の中、一般的にはAIというのが最適化を示すものだという受け止め方は多いのかなと思うんです。
そういったテクノロジーがいろんな保育現場にしても、さまざまな建築現場ですとか、事務系の現場にしても、そういったところにもどんどん入ってきて、いろんな仕事を支えてもらっているというのはリアルな姿だと思うんです。
そういった中で、保育士は今後どのような存在として社会に求められ続けていくのか、もしくは社会からいらないと言われてしまうのか、そういった点について未来の保育士像から議論を始めて、その役割とか社会的価値を考えておしゃべりができるといいかなと思うんですが、
保育の歴史的背景と地域社会との関係性
未来の保育士、どんな存在になっていくんでしょうね。
まずその未来を、この間も30年という話をしてましたけど、今から言うと55年とか。
まず保育園がどうなっているのかなという話をこの間もしたと思うんですけど、保育園を取り巻く社会というものは、例えば今、子どもの生まれる数という1年間で70万人を切ったとかという話があった。
それがもう50万人を切るだろうと言われているような時代になっている。
そうなってきた時に本当に一クラス、保育というのはある意味集団というところも一つ大切な要素だと思うんですけど、その集団がなかなか構成できなくなってくるという中で、
どういう関わり方が、保育士がっていう意味じゃなくて、子どもの育つ家庭においてどういう経験値であったりとかが大切なのかっていうのが何かそこからスタートできると、
多分それはAIではなくて人の役割じゃないのっていうのが何か見えてくるのかなとちょっと思ったんですけど。
というと、保育士がどのような未来の社会的価値を持つのかということについては、未来の保育がどのような社会的価値を持つのか。
もっと言うと、そもそも保育って一体何やねんっていう話につながっていくんだろうなという気はするんですよね。
そうですよね。例えば保育園の歴史的背景でいくと、やはり日本で全国に広がったっていうのはやっぱり戦後の話だよね。
戦災後時っていう話があったりとかあったと思うんですよね。
それが言っときは、言っときというか、言葉間違ってたら申し訳ないですけど、保育にかけるって言われた。
それが措置っていう言葉が使われた。
それがまた今そういうこともある意味死後のような形になってきて、薄れてきたと思うんですよね。
今年の4月から始まるような形で、2026年の4月から始まる誰でも通園制度。
これの立て位置付けっていうものも、親が育てる、一応悲しいなと思ったんですけど、独身税っていうすごく流行ったらしいですね。
僕は社員から聞いて、そうだったのって言ってたんですけど。
常にその対立がありますね。
なんですけど、あの時に一応立て付けとしてあるのは、親が子どもを育てるんだっていう価値観ではなくて、
地域、社会で子どもを育てるんだっていうところに行きませんかっていう、一応表向きの立て付けがあるわけですよね。
そこにそれを名言した国っていうのは、僕は白種だなって思ってるんですよね。
そういう時代にこれから多分20年とか30年をかけて変わっていくんだろうなっていうような漠然としたイメージはちょっと持ってるし、
そうありたいっていうふうには思ってるんですよね。
そうすると地域社会が育む子どもたちっていうのか、地域社会が行う子育てっていうのは、
例えば子ども会だとか公園での見守りボランティアだとかそういったものはあるかと思うんですけど、
そこと保育園の保育との関係性ってどんなものなんだろう。
つまり保育園で働く保育士の専門性っていう形になっていくと思うんですけど、
そのあたりって難しいなと思う。ずっと思いながら考えてはいるんですよね。
保育士の専門性と発達理解の重要性
ちょっとそこに行く前に、まずよく言われる子どもが過ごす時間の中で、
例えば家庭っていう集団があり、地域っていう集団があり、学校保育園とかそういったものがある。
特に年齢が小さければ小さいほどその3つぐらいで構成される。
その中でやはり地域、子ども会がなくなったりとかしていく。
異年齢で向き合う。家庭によっては3人とか4人というところもあるんですけど、
一人っ子のところも一人っ子か3人かっていうような感じで、
兄弟もそうなってきていると、異年齢で向き合うっていうことが比較的少なくなっているというところがあると。
そうするとまずやはり地域が保育園の中である程度体験できないとまずいけないのかなっていうところがちょっとあるんですよね。
地域が保育園の中で体験できる。
保育園の中のコミュニティという話ということですね。
コミュニティが拡張していくっていう感じですね。
そこの中の、それが地域の人と人との関わりのシミュレーションが保育の一端である。
保育というよりか子供が過ごすっていう時間として非常に偏ってきているので、
そこにその地域の関係性がもう少し中に、前そんな話もしてたと思うんですけど、
それがまず入ってくるっていうのが前提にあるのかなっていう気がちょっとした。
そういう話、そのストーリーから続く先としての保育士の現時点、もしくは未来での保育士の専門性っていう話になっていくと、どんな感じになるんですかね。
まず一つ、ちょっと最近、私の会社の中で今ちょっとだけですね、
大病を患って今治療をしている方がいて、その方が生きる意味って何だろうって。
非常にやっぱりしんどいタイミングなんですね。
そんな話を聞いたんです。
前提として、子供の育ちっていうものも含む人の育ちってものが常にずっと一直線で右肩上がりにですね、
行くもんではないんだっていうそこの前提をしっかり保育士さんが持つことじゃないかなっていうふうに思ってます。
要はその子その子によって何かを獲得できるタイミングも違うし、何か獲得したなと思ったら次こうなるのかなと思ったらそれを裏切ってですね、違う方に行ったりとか、また逆戻りしてしまうっていうような。
多分そういう成長のプロセスっていうのは確実に小さければ小さいほど大きく出るのかなと思うんですね。
それをしっかりと受け取ってあげれるっていう、そこが保育士さん得意なんじゃないかなと思ってるんですよ。
そこがきちっと、ただその部分で言語化できなかったりとか、外に表現しづらかったりもするので、
そこを何かサポートっていうかもう少し力をつけていくっていうのが次のステップなのかなっていう気はちょっと個人的には思ってます。
そこの話はとても大切で、幼児の発達理解に対しての知見っていうのは専門性の当然一つだと思うんですけど、
そうすると今度裏返して保育士の専門性を持たない子育てを行う人たちにその知見はいらないんですかっていう質問が出てくると答えに急するような気がするんですよ。
つまり初めてお子さんを設けられた夫婦、もしくは地域で子どもを見守って幼い子どもを育んでいくっていう地域社会が、子どもたちの今言われた成長は一直線じゃなしに人によって違うし、
行ったり来たりする部分もあるんだよっていうことを保護者は分かっている必要はないんですか。地域社会は分かっている必要はないんですかというと必ずしもいらないよとまでは言いにくいなあっていう気がするんですよね。
逆に地域社会に伝えてほしいっていうぐらいの思いで私はちょっと話をしました。
それが必要であるっていうことですよね。そういう知見を持っててそういうことを正しく認識をすることが保育士の専門性ではなくてその伝えるっていうのを伝える主体が保育士だっていう。
そうですね。
そういうことですよね。
まずそこの主体でありそのきっかけを作るそのスタートを唇を切ってくれるの保育士さんではないのかなっていう私は思いがあるんですよね。
そういうところですよ。なので例えっていうと例えが適切かどうか分からないんですけど火事火災でいうと市民の人たちそれぞれ企業の人たちが防火活動で火が起きた時にはすぐ消されるような消火設備のメンテナンスだとかっていうことをやらなきゃいけないんだけど
どういったものがより効果的で普段からどういうことをやらなきゃいけないのかっていうことを明示して出してくれる消防署の存在っているよねっていう例えにするとかなり近い感じになってきますかね。
それも必要だしそこに伴奏もしないといけないし光の当て方メタ認知俯瞰をして見てくれるしそこの目の前にあるものに対してもしっかりと向き合ってくれるっていうようなそんなイメージですかね。
保育士の役割と文化的な価値の継承
そんな感じですねあの子育てに関しての地域のアドバイザーだったり教育リーダーだったりコーディネーターだったりカタカナ並べればいいってもんじゃないぞっていう気がしますけど
なんかそんなような位置づけが保育士に求められていくところなのかな。
もう今すでにやられていると思うんですよ。で私の中でいうともう今の50代60代っていうのがそれをある意味その右肩で常にですね成長していくっていうようなところに追い立てられてきた。
そこをそうじゃなくてこういう生き方もあるよねっていうところにちょっとその導いてくれるような存在でもあってほしいなっていうような思いですね。
今でもやっているでしょって言われた安藤さんの言葉に私たち業界の人間は深く自分を見つめ直さないといけないんですけど
どうしても日々の目の前の施設の中での業務に振り回されて振り回されてるっていうことを言い訳にして
公益的な地域のつまり自分の縁に来てない家庭の子育て支援っていうのがおろそかになってるんじゃないのかなっていうのはやっぱり反省しなければいけないところですよね。
いやただでもやはり目の前のお子さんがいてその後ろにはもうそれこそですねお母さんお父さんいろんな家庭はあるかと思うんですけど
その裏にはですねおじいちゃんおばあちゃんだから運動会にですね何人来るねんっていうぐらいの数が来るわけですから
目の前のこの子との対話をしっかりとしていけばその少なくとも4人なりですね何人かの大人には伝わることなんだろうなと思うので
十分それで地域に向けて発信をしているとも言い換えていいんじゃないかなと思うかもしれないですね。
一方で厚労省だったりいろんな外部団体からは社会福祉事業保育っていうのは社会福祉事業なので自動福祉事業とも言えれるんですけど
そういった福祉事業を行っている人たち社会福祉法人が補助金のもらえる事業しか全然手つけてないよね。
だからそれだけじゃなしにそこで得られたお金をうまく活用して補助金が出ないんだけど困ってる人たちにきちんと手を差し伸べないといけないよという
公益的な取り組みをもっと積極的にやってねっていうメッセージがあるのも事実で
そこも含めてやっていくことが保育士に求められているところなんだろうなと思うんですけど
もう一方で私ちょっと思ったんですけど
じゃあ保育士の専門性を求められる中で今度今収録してるのは実は4月で
来週再来週の土曜日には保育士試験なんていうのがあるんですよね
専門性が求められている人たちの専門性を問う試験が
あの試験は専門性に沿っているのかという疑問はある
もう一つ逆の視点を持ってあれが専門性を問われているものだとすると
私たちはどういったことを専門性として発揮しなければいけないのかっていう視点を言い始めると
もうちょっと違う話に広がるかなと思いながら
先日来から考えてみたんです
そうした時に例えばニュージーランドのティファリキだとかフレーベルだとか
いろんな過去の人たちもしくは日本でもいろんな歴史が経た上で
現在の姿があるこういった過去の歴史を踏まえた上で
それを知識として持ちながらそれを語りながら人々に伝えていくっていう姿って
前回の時にお伝えをした
例えば歌舞伎とか狂言斧もしくは美術館とか博物館
例えば博物館に行くと歴史的なものがわっとあったりするわけですよ
うちの園の近くには弥生時代の土器が発見されて
その土器のところからそれぞれの時代の人の営みを思い浮かべながら
この時の流れだったり人々の生活の変遷を思い描くっていうところに
文化的な価値が積み重なるところなんじゃないのかなと思うんですね
やっぱり時間が重なってるっていうことの文化的な価値っていうのはとても大切で
だからあんな修学旅行で見たときになんでこんな古臭いものが面白いんだって言った
法隆寺っていうのはやっぱり大人になってみてその文化的な価値を理解をすると
とても重要なものに見えてくるし
あの時代にこの大仏作ったのっていう重みだとか
ピラミッドってどうやってこんなことできるわけないじゃん
今銃器でやったらいくらぐらいでできますか
あれっていうことを想像したりするっていうことを考えていくと
実は保育士の専門性っていうのは子育てっていう日常に
保育だとか子育てっていうことを一切勉強してない保護者が2人で子供がもう儲けられると
子供が生まれてくると親として子育てっていうのはやっぱりやっていくわけですよ
どの家庭でも専門性を持った人が
例えば子供が生まれたからちょっと勉強して専門性を少し高めようっていう方
もしくはかなり高めようという方もいらっしゃるかもしれないけど
日常的な業務の中でそんなことやってられるか
でも子供は可愛いから子供のことを一生懸命やりながら子育てをやってるっていうのが
あちこちであるその子育てを集積をした歴史も重ねたその文化の重みを
この子育てっていうものに文化っていうものをまとわせたものを
保育っていうカテゴリーで語り続ける子育ての文化レベルを上げるのが
保育っていう仕事なんじゃないのかなっていう話視点を持ってったら
面白くないですかっていう提案です
保育士の専門性と生活の豊かさ
今話を聞いてて私がひょっとしたらこういうことなのかなと思ったのは
まず基本として子供を真ん中に置くのか
表現の仕方によっていろんなこと言われますけど
子供を真ん中に置いた生活があって
その生活を豊かにしましょうっていうことに対して
語れる方が保育士なのかなと思ったんです
AIっていうものがどちらかというとそれぞれの
ちょっと表現が良くないかも今は違うと思うんですが
昔で言う行政のように縦割り的なところのある程度明確さが出るので
ちょっと壁が際立ってしまうかもわからないんですけど
生活って実はそんなものではなくて壁はなくて全部が混じり合ってるっていうか
そんな中で日々を過ごしていくっていう話だと思うんですね
でそこをそれを含めた形の中で
でもこれって逆に偶発的に保育士さんのある意味私たち見てて
すごい特徴だなと思うのは一般の民間企業に勤めてる人は
ここを改善してくださいっていうことをかなり声高に言うんですけど
先生保育士さんたちは今ある環境の中でどうこれを乗り切るかとか
どう楽しむかっていうことにすごく長けてるなと思うんですね
だから逆に言うと建設業をしてる私からすると
もう少し延長にクレーム言ってくれたら仕事増えるのにと思うんですけど
いや大丈夫ですこれでとか言って言われちゃうんですね
だから逆に言うと今あるものの中でどう楽しむかっていうことに
先ほど言った子どもを真ん中に置いて生活っていうものに
彩りを添えて豊かにしていくっていうのが保育士さんの専門性なのかな
だから病気になって風邪ひいてなんかちょっと体調悪い時でも
そこに対する手当てができて手当てっていうか見たてができて
それをでもこうなったらこうだからねってお母さんにちょっと安心を与えっていう
なんかそんなことが保育士さんの専門性なのかなっていう気はちょっとしました
そうですねそれが今まで従前で続いてきた保育の特徴であり
保育の専門性だったんじゃないのかなって私もそれは思うんです
AI時代における保育士の社会的価値と文化形成
そこの中で今AIがやってきちゃったよと
そうするとそこの部分ってひょっとすると一部だけか全部ではないにしても
全部なのかもしれないしごく一部だけかもしれないけど
AIが大体できてしまう部分も生まれてくるのかな
そうすると未来の保育士にとって重要な軸足がもう従前と同じそこにしかないよっていうことになると
保育士の社会的価値っていうのが減少していくんじゃないのかな
むしろそういった工夫だとかこういった場面でこういうことをやったっていう履歴を明確に残しながら
さっき私が使った言葉を繰り返してしまうんですけど文化として高めていって
あの時にはこういう保育環境でこんな営みがされていたんだっていうことを
未来の人たちが彷彿して保育環境保育室の流れ
保育っていうもしくは子育てっていうあり方がこうやって変わってきたんだっていうことが
把握ができるようないわばなんて言うんですかね
保育博物館みたいな流れを作っていくことができると
そこには文化人類学ですかね大学の時取ってもう30年くらい前ですけど
こんな学問があるんだって本当にびっくりした
あれの子育て版みたいなところを各地各実践で積み重ねていくっていうのが
保育そして保育士の役割になっていくのかな
そういったものがアウトプットとして出てこない限り
今度AIが保育っていうものを理解できない
例えば国の制度だとか大きな縦割りの流れのところはテキストがいっぱいある
これはひょっとするとタイヤの清盛だとか大人ぶなかとか
貴族公族武士の政治のところは残りやすいんだけど
それの体制の中で一般の市民の人たち農民の人たちがどんな生活をしていったのかっていう記録って
なかなか残りにくかったり注目が集まりにくかったりする
そこの中の保育っていうのが子育てっていう子どもを中心とした生活圏に焦点を当てた
そこのフューチャリングを文化としてより高めていくっていうのが今後保育に求められていく
それがAIとの架け橋にもなり得る
だからAIがより活躍できるような一端を担うのが保育士の役割として求められていくのかなという考え方を
もし仮にするんであれば来週行われる保育士試験の問題っていうのは
とても両門の集まりのように見ることもできるかもしれないっていう
いや面白いと思います
実際に本当にそこでいくと記録を残すっていう
もっと言うとアーカイブで何かを見るっていうことも
基本的に今のこの時代であればしやすいわけですから
そこと生成AIとの相性も基本的に抜群にいいわけですから
それを誰がまず記録として残していくのかって
それですね面白いですね
ありがとうございます
私もこれをふと思いついてネタとして使えるなと思って
ちょっとワクワクしながら今話をさせてもらって
どうしても子どもの話じゃん
所詮子どもが遊んでるだけの話じゃんと
社会から軽視されがちっていうのは
大人の経済活動には寄与しないみたいな風潮って
どの時代でもやっぱりあると思うんです
子どもの遊びでご飯が食べれるわけないでしょっていう
みたいなところはあるんですけど
そこにこそ大きな文化的な価値があるよねっていう
社会の視点を向けさせる文化的な価値の形成
情勢につなげていくっていうのが
今後私たちに求められていく
単に限られたリソースの中で
子どもたちに最適な環境を
今プレゼンスするっていうだけじゃなくて
それが永続的に流れの中で
こういった価値があるんだよっていうことを
後世にも伝えていくっていうのが保育の継続であり
保育士っていう役割の新たな存在価値になっていくのかな
っていうことを思ったりしたんですよね
日本の保育スタイルと未来への継承
なんかすごく文化レベルが高いかのような話が
文化人類学ですよね
どちらかというと経済合理性の中からいくと
そんなにお金が潤沢に注がれるような分野ではないんですけど
だけどそれって実は人の営みの中では非常に大切なことで
ちょうど先だって全然話が違っちゃうんですけど
ヨーロッパ特にイタリアをずっと
設計士の方で子どもの施設を見てきた人が
ポッと言われたんですね
何を言われたかっていうと
結局日本ってテラスあるよねって
でも海外って実用とないんだよねって言い方をされて
要は外か内かなんだよ
多分あれは日本のやっぱり縁側の文化の中で
培われてきたものがあって
でも多くの日本の保育施設っていうのは
あれは老化として機能してるところが多くて
縁側的機能が非常に薄れてしまってるよねって言い方をされたんですよ
そう言われてみれば
確か千田光さんっていう子ども環境学会の一番最初の会長さんであったりとか
彼がずっと昔言ってたのが
やはり海外の特に開校した
鎖国から開校した時に海外の人たち驚いたのが
なんて平和なんだろうっていう時に
縁側で子育てをしてるところの姿を見た海外の人たちが
面白い
幸せ平和の国だっていうのをそこで実感したみたいな話をされてたことがあったんですね
面白い
だからそういう話を今ちょうど聞いてて
そうかそうか日本には日本の保育っていうか生活のスタイルがあって
それを海外から見ると私たちは当たり前にしてるから
何も気づいてないけどそこに価値はなんとも持ってないけれども
それがやっぱりその1回ここで立ち止まるってわけじゃないんですけど
一度しっかりとまた未来に向けてつないでいくっていう役割は
ひょっとしたら求められるのかなっていう気がしました
面白いですありがとうございます
面白いと思っちゃった
面白いと思ってもらえちゃったよかった
学び続ける姿勢と保育士の新たな存在価値
そういったところが保育士に求められる専門性と思うと
やっぱり保育士も保育士だけに限らず保育に関わる人たち
みんな過去をもう一度振り返って学び直しっていうのは必要になってくるのかな
そうすると保育士に求められるっていうのは
単純に子供が泣いてるのを止めるだとか
子供の喜ぶおもちゃをパッと作るだとか
そういう能力の話じゃなくて保育っていう子育てに対して
私たちがどのように向き合わなければいけないのか
向き合うべきなのかっていった
そういった姿勢っていうのが問われ続けていくのかな
学び続けるっていうことがやっぱり専門職としての
大切なところになってくるんじゃないのかなと思ったりもしています
ありがとうございます
次回はいよいよ最終回
私たちが描く保育の形というテーマでお話しできればなと思っております
シリーズの締めくぐりとして未来へのビジョンを語れるといいかなと思っております
もしよければそちらの方もお聞きください
この番組はAIとDXで保育がどのように変わっていくか
これからの保育 未来の保育について語っていく番組です
いろんな視点を踏まえながらお伝えできればいいかなと思っております
各ポッドキャストアプリで番組の評価 レビューをお待ちしております
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番組公式X AIが保育園を変えるにダイレクトメールを送っていただく
もしくはハッシュタグAI保育でご投稿ください
AI保育はアルファベットのAI それから漢字の保育にしていただけると
私たちもそこを見ていこうかなと思っておりますのでどうぞよろしくお願いします
リスナーさんとのコミュニケーションも大切にしていきたいと思っております
皆様からのお声もぜひお聞かせください
この番組は毎週火曜更新予定です
以上 社会福祉法人南福祉会の近藤と
子ども環境アドバイザーの安藤でした
ありがとうございました
32:45

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