Aidpotion Podcast。この番組は、ランニングを通じて生まれる様々な挑戦が物語になっていく過程を記録していきます。
こんにちは、パーソナリティーの水野満太郎です。
本日は2026年2月5日、第2回目の収録となります。
本日は墨田区のある方のお宅にお邪魔しています。
それでは早速、本日のゲストをご紹介します。
たかけんさんこと、高橋健吾さんです。よろしくお願いします。
どうも、下町英史代表の高健です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、高健さんといえばというバックヤード界隈ですね。
私とか、このAidpotionの発起人である岩崎さんからしたら、かなり馴染みのある方なんですけど、
改めて自己紹介もしていただきたいなと思います。
いろんな立場があると思うんですけど、ランニングコーチ、ラッパー、ウルトラランナー。
まずご自身で言うと、一番最初に出てくるのは何になるんですかね。
今でいうと、ランニングクラブ下町英史の代表の高健として活動しているのが一番かなと。
ありがとうございます。
ラッパーっていう側面もあるっていう感じですけど。
そうですね、ラッパーっていうのは肩書きというよりかは、
生き方。
生き方というか、今ラッパーとして活動しているかというと、してない時の方が多いですし、
ただやりたいなって思った時にパッと歌手を書いて歌えるっていう環境があるのは大切なことかなと思いますね。
15歳からやっていたので、30歳ぐらいではもう一旦完全に退いて、最近またちょっとやってるっていう感じですかね。
ちなみに今おいくつですか。
今44です。
何年生まれですか。
1981年、昭和56年ですね。
15歳からラッパーやってて、ランナーは何歳くらいって言ってたんですか。
ランナーは30歳からランニングを本格的にというか趣味で始めたかな。
中学の時もランニングは陸上部でやってましたね、中学3年間。
高校とかは。
高校は元々ずっとサッカーだったので、高校もサッカーで行って、
高校1年生の時にはサッカー辞めて、ラップにハマっちゃって、ずっと音楽浸りの毎日っていう感じだったかな。
人生で言うとラッパーとしてのキャリアの方が長いみたいな。
長い。ラッパーとしてというか、ラッパーとして活動してたのかもう遊び人なのかちょっとわからないぐらいのレベルで活動してたかなと思います。
それが30歳からランニングを始めて、もちろん最初はご自身の趣味としてやってたって感じですか。
趣味というかビールが美味しくなくなってきたから、汗をかいてビールを美味しく飲むためのジョギングっていうところで。
お酒のスパイスとしてのランニング。
そこだったんだけど、気づいたらマラソン出て、
気づいたら系ですよね。
ちょっといいなと思って、ウルトラマラソン出たらちょっと成績上目指せるなみたいな勘違いが、勘違いをどんどん連鎖的に生んで、いつの間にかって感じですね。
勘違いが人生を切り開いていく感じですよね。私もそういう感じだなと。
ちなみに、覚えてる範囲でいいんですけど、
例えば最初のフルマラソンとか最初に出たウルトラマラソンとか大会どんなやつでした?
最初初めて出たのはハーフマラソンで、
カスカベ大凧マラソンでハーフマラソンを走ったら1時間35分ぐらいだったの。
練習しないでこんなに速く走れるんだ俺みたいな感じで、
じゃあ来月フルマラソン走ろうかなみたいなそんな流れだった。
それがいつの話ですか?2000?
30歳なので今から14年前とか。
じゃあ2012年とか。
2012年じゃないな。震災の1年前なので10年ぐらいですね。
じゃあそれがもう28歳とかですか?
28歳9歳。
なるほどなるほど。
30歳だと思うんだよな。14年前。
14年前。
まあちょっとねここの話なんか。
そうですね。でそこから走って最初のフルマラソンどうだったんですか?
フルマラソンは3時間10分切ったかな。
早いっすね。いきなり?
イタバシシティで3時間9分ぐらい。
展開はどんな感じですか?
展開も何もあまり考えずに最初から3時間は切れるだろうと思って
1キロ4分15ぐらいで突っ込んだらまんまと後半失速して。
とはいえ3時間10って結構まとまってますよね。
私最初のフルマラソンは前半1時間29で入って後半2時間半かかるっていう
ギリギリサブ4っていう私の初マラソンなんですけど。
前半でも1時間29分で入れただけでもすごいと思うけどね。
で3時間10っていうのが初マラソンとしてはなかなかっていうことですけど
そこで面白いなと思っちゃったんですか?
そうだね。俺やっぱできるわって。
中学校の2年間ぐらいすごい陸上部まともにというか真面目に取り組んでたから
その頃と1キロあたりのダッシュしたらタイムが変わらなくて
あれから15年ぐらい経ったのに走力衰えてないどころか速くなってんじゃないかっていう勘違いで
でフルマラソンだったら練習すればこれ伸びるんじゃないかなと思って
その後立て続けにフルマラソン入れたら3時間半すら切れなくて2回連続で
あっ舐めてたなっていう。
それは何でだったんですか?疲労が溜まっててなのか何が?
いや疲労が溜まってたというよりも全く無知だったのでビギナーランナーで
ただ突っ込んでいけるとこまで我慢すればできるっていうところと
練習も何も考えずにインターバル系を週に1本ぐらいやって
それだけでできると思っちゃってたから
じゃあ最初いけるじゃんと思ってからのちょっと出花くじかれた感じもあり
そこからどういうふうに取り組んでったんですかランニング
最初はもう近くのサークルの人たちとかとジョブとかを始めて
今ここ隅田区なんですけど隅田区のランナーたちと和を広めていった
っていうことによって自分自身の練習のモチベーションが上がったかなって
だからそれがなかったらやっぱ自分一人だったら
週一の自己満のスピード練習インターバルみたいので
出花すればいいやみたいな感じになってたんで
そこはすごい大きな転機だったかなと
それからはジョブとかも重ねて月200キロから300キロぐらい走るようになって
ちゃんとみんなの知識とかも色々聞いたり自分で勉強したりして
サブスリーするためにはっていうところで練習しだして
3年ぐらいでもかかりましたかねサブスリーまでは
それが2015年前後みたいな感じですか
第1回の富山マラソンなんで2015年ぐらいだったと思うんですけど
結構フルマラソンのヒストリーがありますね