#34-2 任される以上のアドバンスなセラピストになるためには
2026-08-26 36:06

#34-2 任される以上のアドバンスなセラピストになるためには

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堀 寛史

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田代雄斗

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サマリー

本エピソードでは、「Advanced Therapist」とは何か、そしてどのようにしてそのようなセラピストになるのかについて掘り下げています。Advanced Therapistの概念は、戸山和彦氏の著書『ホワイトカラー消滅』に触発され、AIの進展によりホワイトカラーの仕事が減少する中で、セラピストも進化し続ける必要性から生まれました。これは、ワールドフィジオセラピー(WPT)が提唱する「Advanced Physiotherapy Practice」の概念とも関連しており、高度な臨床分析技能、知識、臨床推論、態度、経験を統合し、複雑なニーズを持つ対象者に安全に対応する実践を指します。 セラピストがAdvancedになるためには、学校教育だけでは得られない経験を通じて臨床推論能力を高めることが不可欠です。AIやロボティクスは、再現性や共有性が難しいAdvancedな実践を支援する可能性がありますが、最終的には複雑で不確実な状況に対応できる能力が求められます。これは、単に知識があるだけでなく、経験に裏打ちされた臨床推論能力であり、暗黙知や熟達知とも言えます。 Advanced Therapistへの道は、まず確実なコンピテンシー(基礎能力)を習得することから始まります。コンピテンシーを繰り返し実践することで、より高度な臨床推論が可能になります。就職先選びにおいては、症例数だけでなく、一人ひとりの患者に対して深く考察し、仮説検証を繰り返す経験が重要です。最終的には、客観的なデータに基づいたデータベースを構築し、セラピスト個人の評価や業界全体の発展につなげていくことが、Advanced Therapistへの道筋となるでしょう。

00:05
こんにちは、田代です。
こんにちは、堀です。
「Advanced Therapist」の定義と由来
Advanced Therapistエピソード34本目の後半部分ということで、後半はですね、ついにAdvanced Therapistってどんな存在でどんな風になっていけばいいのかみたいな話をできたらいいかなと思います。
はい、よろしくお願いいたします。やっと、これがだから去年の、正確には1月からトライアルがあって3月ぐらいから流し始めたんですよね。
そして、やっとAdvanced Therapistっていう名前をつけたけども、AdvancedTherapistってどこから来た言葉なんですかっていうところにもなってくると思いますし、
もともとこれはだから定義を持って考えたというよりも、理学療法士とかあるいは作業療法士、いわゆるセラピストが、より何かしらの発展を遂げるためにAdvancedっていうのを多分つけたと思うんですよね。
これ何か、たしろさん、そもそも何でAdvancedっていう名前にしたんでしたっけ?
たしろさんがこれですって、僕OKですって言ったんですけどね。
これはですね、戸山和彦さんっていう人が書かれたホワイトカラー消滅っていう本があってですね、ホワイトカラー的な色がどんどん今後AIの進展もあって減っていくだろうと。
ブルーワーカーとかエッセンシャルワーカーみたいな人は今後逆により価値が出てくるので、そこでAdvanced Essential Workerになるべきだみたいなここで主張がされてるんですね。
そこでセラピストもAdvancedになっていくところが必要じゃないかっていうので一応持ってきたっていう感じですね。
アドバンスド、発展した、日本語では何て言うのかな?先進的、発展した、高度なって感じですかね。
実際に理学療法のAdvancedっていう言葉はどこで使われてるかというと、
ワールドフィゾーセラピーの中に一般的な理学療法師の像の上にAdvanced Physiotherapy Practiceっていう言葉があるんですね。
つまりAdvanced、先進的な理学療法実践という言葉があって、Advanced Practiceなんですよね。
Advanced Therapistではなくて、おそらくAdvanced Practiceができる人がAdvanced Therapistだと思うんですけども、
Advanced Physiotherapy Practiceっていうのは、高度な臨床分析技能、知識、臨床推論、態度、経験を統合し、
複雑なニーズを持つ対象者に安全に対応してリスクを管理する実践として説明されてるんですよ。
これ自体はやっぱり高度なっていうのがまず一つですね。臨床分析技能、これが一つのセットです。
そして、知識、臨床推論、態度、経験、この要素が含んでいるということになります。
なので、この高い臨床推論というものを、実践でかつ知識を持ってやれるということ自体が重要であるということになってくるんですね。
これ自体がより具体化されているかと言われると微妙になるんですけれども、複雑で不確実な人たちに対して対応できるというのが
Advancedの一つの要因になってくるんですね。
なので今、このAdvanced Therapistでずっとやっているっていうのは、単に理学療法士という免許ではなく、
その先にある理学療法士としての個人における実践、職業人としてどういうような未来を描いていくかというところにAdvanced Therapist
つまり、頭1個抜けていくとか、あるいは斜めの方に進んでいくとか、単に毎日過ごしていくだけではなく、何かしらの目的を持ってやっていきましょうというところになってくるんですけども
Advanced Physiotherapy Practiceの概念
これ自体がWPTが言うには、分析機能とか臨床推論というようなものを高度なものの中に定義付けているということが個人的にはすごく重要だと思っているんですよね。
そうですね。もし自分が病気とか怪我してもこういう人に任せたいなっていうのもあると思いますし、ここに到達するために
学校のカリキュラムだけで当たりない部分を補っていく必要があるかなと思うので、いろんな活動を通して広げていけたら嬉しいですね。
まさに学校のカリキュラムを超えたところであるということがすごく重要だと思うんですね。それはなぜかといったら、経験というものが一つ含まれていくということだと思うんですね。
経験を通して臨床の分析機能が高まるというのは、これはやっぱりたくさん見ないとわからないということですね。
どんだけTKAの本をたくさん読んだってわからない。もうちょっとわかりやすい言い方をしたら、よく学生に僕は言うんですけど、
すごい読解力がある人がいて、スキー、ジャンプ、ラージヒルの説明書を1000ページの本を読みましたと。
でもスキー、ラージヒルに対しては物理学的にも、いわゆる天候学的にも全部理解した。
じゃあ飛べって言ったら飛べないんですよね。いわゆる知識とかっていうのと経験というものは必ずしも一致しないという例として使うんですけども、
このAdvanced Physiotherapy Practiceっていうのは、臨床分析の技能というのを経験によって裏打ちされているということがすごく重要であるということなんですよね。
それを臨床推論として扱うということ自体になってくるので、単に資料ができるっていうものではないっていうところがちょっと面白いなと思ってます。
そうですね。なんでAIとかでもここまではできないっていうところもあると思いますし、
とはいえ一部機能的に補助を受けるとよりアドバンス的な活動をしやすくなるっていうのもあるかなと思うので、人とAIの掛け算というかうまい活用みたいなことも考えられそうな気がしますね。
なのでそのAIとかロボティクスみたいなものっていうのはおそらくコンピテンシーの部分の支援というものにはつながると思うんですね。
それはなぜかといったら前回繰り返し言ったんですけど、再現性があるものを作りましょうと。あとは共有性があるものを作りましょうと。
だけどアドバンス度なものって共有性とか再現性が難しくなってくる特徴があるんですね。それはなぜかというと複雑不確実なものを扱うので。
だけどコンピテンシーっていうのはあくまでも簡単なものというものに対して確実にできるようになる。
前回の言葉を通すというと通すことができるということが重要なんですね。
アドバンスなものは通らないものを通そうとするということなので、必ずしも通るかどうかというのは別の話だ。
だけど通るための細いラインというものを見極めていくというのがアドバンスで、コンピテンシーというのは誰もが通せるものを通すということなんですよね。
ここの違いというもの、そしてその誰もが通せるものが通すようになってきたときにEPAが生まれるということです。
この辺が論理的にすごくできたとしても、論理的につながらないけどちょっと飛躍するというのが見つかってくることもあると思うので、
この辺が参議院選がないけどちゃんと結果を出せるというのがアドバンスの形かもしれないですね。
本当に例えば片方の切断、片足の切断、若い人となってきたら同じような切断であっても自立していくケースって非常に可能性としては高いわけですね。
逆に高齢者の切断とかだったら歩行自体を求めていくということは難しいですというふうになると。
若くて20代で両端々の切断で、じゃあどれぐらい歩行のレベルを回復させれますかってなってくると、これやっぱり相当にアドバンスなんですよね。
それはなぜアドバンスかというと、そうぐやさんとどのソケットでどういうふうな継手でとか、実際にどの場面を想定してとかっていうのを経験値でやっぱり話し合っていかなきゃいけないんですよね。
そうぐやさんがいいと言ったとしても、この人の生活パターンってこういう階段がすごく多いんですとか、どうしても仕事する場合では脱ぎ履きが結構あるから、
シリコンライナーだけだったらやりづらいんですとか、吸着式の方がいいんですとか、いろんなことを経験の中で議論していかなきゃいけないわけですよね。
それがアドバンスであるということ。それが暗黙値でもありし熟達値でもなるということなんですけども、
一番はおそらく答えを知っているというよりも、議論の中で細い線を通っていくということ自体ができる能力なのかなというふうには思います。
コンピテンシーとAdvanced Practiceの関係
そうですね。この辺で一つの分野の専門性を深く掘るのもあった方がいいかもしれないですし、幅広く知ることも必要かなと思うんで。
その変更を将来的にアドバンスとセラピストになっていこうというとき、以前からずっと話しているところではあるかなと思いますけど、どういう流れで探求していくといいかなと気になってきますね。
なのでアドバンスの前提というのは、今回かなり連呼してますけど、まずコンピテンシーを持ちなさい。
そのコンピテンシーがあると自ずとアドバンスに入っていくというのが僕はそういうふうに捉えているんですね。
だからどうやったらベテランというかいいですかというと、コンピテンシーを何回も繰り返すことだと思うんですよ。
だから要は空手における突きみたいなもので、蹴り方というのを学んでいくと試合で使えていくわけですし、
蹴り方をしない状態で適当にやっていくということ自体が試合自体はできるけれども、確実に勝っていくとか、あるいはより強い相手に対する対応というのができなくなってくるんだと。
だから基礎練習というものがすごく重要ですよ。サッカーでいうとパスタとか、野球でいうとキャッチボールみたいなものを大切にしていくということは重要だと思うんですよね。
なるほど。そこで学生とかからすると就職先どうしようかなみたいな迷う人もいるかもしれないですけど、複雑な章例を扱っていればすごいというわけではなくて、単純というわけではないですけども、
世の中に多い章例があってもそれを数を繰り返すうちに深く見えてくるところもあるかなと思うので、
そうですね、どういうところに、その先に目指すところにもよるかもしれないですけど、就職先を探すヒントみたいなのも考えてみるかもしれないですか。
就職難しいですね。アドバンスドっていった場合に、その場所でどれぐらいのある程度長さの経験ができるかというところだと思いますけれども、
一つは章例数は数を見た方がいいと思うんですよね。回復期とかで1年間で見た新人患者さんというのが例えば5人とかってなっているケースが結構あるわけですよ。
大臣で見るけれども、1日に5、6人というものを回しているということ自体は、1人の人を本当に深めていこうというN数1の章例を深めていくというよりは、
結局若いうちに経験をたくさん積めていないという解釈になりがちなんですね。そう考えたときに20分1単位でぐるぐる回っている方が、
章例数が増えていくので、自分の中のデータベース自体は進んでいきますよ。
例えばどのラーメン屋さんがおいしいって言われたときに、私関西の500軒のラーメン屋さんに行きましたっていうことと、
20軒のラーメン屋さんに1つにつき20回ずつ行っているのでっていうような違いだと思うんですよね。
だからもちろん20軒のラーメン屋に20回ずつ行っているとなると、ものすごくこと細かに説明ができる。
だけども20というデータベースの中でおいしいかおいしくないという判断。ただそれはなぜおいしいかというのは非常にはっきりと言える。
500軒行っている人たちっていうのはパターンがいろいろ違うので、カテゴライズの中で醤油だったらこういうところがおいしいとか、
あるいは豚骨だったらこういうところがおいしい。ただものすごく何回も言っているわけじゃないから、詳しくはその情報元に行ってみてねとかっていうふうになるんですよね。
だからその旧世紀と回復期っていうふうになったときに、そのラーメン屋の論評の違いみたいな感じになるのかなとは思っています。
そうですね。あと過去からの変遷で行ったときにだと、ホニ先生が理学療法士として現場で活動されていたときのほうが数はかかわりやすかったとか、
最近だと回復期も増えてきているという中だと、社会の環境的には数にかかわるというのはちょっとしづらくはなってきてはいるんですか?
生計外科クリニックとかだったら未だに24単位見るので、あるいは旧世紀の3次救急とかだったらやっぱり20分で回したりとかしているから、数自体は見れんことはないと。
僕らの時代は20分という1単位はあったけど、20分見ない時代だったので、午前中だけで20人とか回してたから、それは3分とか10分とかの状態で回してたわけですよね。
時間の概念がだいぶ違って、時間だけは守りなさいというふうになったことによって、いろいろ変わっちゃってるのはあるよなと思います。
関わる患者数とかだけではなかなか分かりきれないですけど、関わる1人1人の中でまさにどうして考えるというか、単純にこういうパターンはこうっていうだけじゃなくて、
いろいろ複数の可能性を考慮しながら、こうじゃないかという仮説検証をしながらやり続けるのが、セラピストとしての能力を高めていく上では大事かなというところですかね。
そうですね、この仮説検証という言葉はすごくきれいちゃきれいなんですけど、仮説検証って本当してるんですかっていうような。
まず昨日たまたま違う読書会で、問いを立てるっていうこと自体がすごく難しいんだと。
物事における問い立てっていうのはかなりの能力が必要になってくる。それはリサーチクエスチョンとかとももちろん言えるでしょうし、問いっていうものが立たないことが問題である。
問いが立たないと仮説って立たないんですよ。だから問いと仮説の関係を持たないと検証作業に入らないわけですよね。
だから単に見ているでやってみた、うまくいったっていうのは仮説検証かと言われると多分そうじゃないんですよね。
トライアンドエラーといえばトライアンドエラーなんだけれども、そのあたりって結構仮説検証という言葉きれいだけど簡単に使いすぎだよなと僕は思ってます。
経験としては実際の患者さんに関わるというのは大事ですけど、数では測り切れないし、頭の中でどう考えているかというのは把握しきれていない部分もあるから、現場で経験を積みながら裏側でコンピテンシー的な学びを深めていくという、両輪で動かしていけるといいかなという感じですか。
そうですね。実際にその仮説検証というテクニックっていうのは、あまりコンピテンシーがないとできないということなんですよ。
基本的なコンピテンシーレベルが高い人は仮説検証ができるというふうに捉えますので、やはり何度も言いますけど基礎なんですよ。
その基礎っていうのは論理的な思考だというふうに僕はやっぱり思います。
経験の質と量の重要性
そうですね。この辺、ダニエルカーネマンっていう報道経済学の人がシステム1とシステム2みたいな思考があるみたいな話があった気がするんですけど、
確かシステム1が早い判断でこれに対してはこれみたいなところで、2が結構深い推論的な思考だったような気がして、
現場ではどうしても深い思考がしきれないところがあって、そのシステム1的にパッと判断する。
そこも直感的に能力が高まってくればできるかなと思うんですけど、やっぱり深く考えるときも必要かなと思うんで、
両方回していくとどっちの質も高まっていくかなと思いました。
いや、そうですよね。とても大切なことだと思います。
それ自体を教えてもらえることなのか、自分で気づくことなのか、あるいは自分が常にやっていることなのかと言われると結構今聞いてて、
なかなか今パッと自分の中で答えが出ないなと思いました。やってるのかな?
そうですね。だから自分だけではなかなか検証が難しい部分もあるんで、やっぱり一緒に学んでいくとか、
お互いに検証し合うというか、行動の仕方を見ながら一緒に学んでいくみたいな方がいいんですか?
なのでアウトプットできるものだとか、目の前に出せるような検証作業のデータっていうのがやっぱりいるんでしょうね。
だから自分はこういうふうに上手くなった、エントラスタブルなもの、エントラストメントみたいなものっていうのは、
自分が成長しました。自分はこれができるようになりました。
明らかにそれを言えるようになるっていうのがすごく重要なんだけれども、
例えばよく研究者同士で、学生がすごい良い研究になって成長したねとかって言うけど、
何が良くて何が成長できたか分かりませんみたいな、外側から言うとすごく成長しているんだけれども、
自分自身が感じてないことって結構あるんですよね。
具体的に何が成長したかっていうのを、こちらがちゃんとフィードバックできればいいんだろうけども、
少なくとも今回の発表の中で、すごく問いが良かったりだとか、調べ方が良かったりとかっていうことで、
もしかしたらどっかで同じようなレベルでやってた可能性もあるんですよね。
今日その時に僕が感情的に何か良かったなと思っているだけのこともあるので。
そうですね。あと信頼っていうところで、
美学療法士と患者さん、クライアントの間での信頼とセラピスト同士の信頼と両方あるような気がして、
患者さんからも信頼されるし、同業のセラピストから見てもこの人は間違いないっていうような形だといいかなと思うんですけど、
片方だけっていう人もいるような気がするんで、患者さんからは信頼されやすい気がするけど、
同業から見るとちょっと危ういなみたいな感じとか、
同業から見るとこの人すごい勉強してて信頼できるじゃないかって思うけど、患者さんからはそこまで信頼されてないとかあるような気がするんで、
そこを両立するためにはどうしたらいいのかなみたいな気になりました。
データに基づいた評価とデータベース構築
そう言われるとじゃあ僕はどうなんだろうと思っちゃいますね。
自分自身は誰に信頼されているんでしょうね。
少なくともセルフエフィカシーというか、自分自身への信頼というのはさすがにこの年代になってくると色々あるのはあるんですよね。
だけども同様に、じゃあ他者からそのような信頼を得ているのかどうかっていう確認作業はほとんどやったことがないので、
例えば大学教員だと授業評価とかがあったりするんですよね。
だけど病院ってそういう評価がないですもんね。
そうですね。
信頼っていうことがそもそも評価が揺れ動くところでもあると思いますし、なかなか難しいところかもしれないです。
これが例えば指名数とか、価格を高くやっても来てくれるとか、商業的になってくるとそれが評価だと思うんですよね。
だからすごくたくさん指名されて儲かりましたっていうような、それこそホストなんかそうだと思いますけども、
それ自体に対してのEPAというのは確実に出てくると思うんですよ。
理学療法士って患者側はほとんど選べないわけですよね。
勝手に割り振られて勝手に仕事しているというようなところがすごく多いので、
そういう意味でやるとEPAの部分って自分でやるしかなさそうですね。
難しいところですね。
しかも患者さんとかでいくと短期的には満足しなかったとしても、長期的に見たら回復していくとか、
すぐ評価されるものでもないかもしれないので、信頼っていうのがどう見たらいいんだろう。
だとするとやっぱり今作っているシステムとかで、この数値っていうのをちゃんとデータに入れていって、
定期的に1週間なり1週間なり同じ評価をちゃんと繰り返していって、
この人の変化値、あの人の変化値っていうものが、それこそ例えばTKA10勝例集まった。
10勝例ずつ集まった。
そうするとどうやらAさんの方が角度変化が大きいよとか、単位ニスが早いよとか、
Bさんの方はすごく重篤な疾患が言っているねとか、なんかすごい合併症がガッチの人たちは言っているねとか、
そういう確実にその医学療法士のやっているデータベースっていうのが集まってくるようになると思うんですよ。
それはLLMとかでちゃんと分析していったりとかすると、その人の特徴とかが出てきて、
あなたはこれが得意ですね、これが苦手ですねとか、あるいはこういった学習をしましょうとかっていうようなものが多分作れると思うんですよね。
そういうことはやっぱりデータベースに投げかけていくっていうのはすごく重要なターンに入ってくるので、
今僕がやっている仕事はきっと重要なんだと思っています。
そうですね、この信頼みたいなことを主観的な言葉だけだとちょっとはっきりしないところもあるかなと思って、
そこに客観的な数字も加わってくるとより根拠を持って示しやすいかなと思いました。
なのでもうちょっと違う言い方をすると、あまりにも我々は無根拠にEPAを語りすぎているんだと思うんですよ。
これからはやはりデータに基づいたデータベースのEPAというのが出てくると思いますし、
データベースのコンピテンシーが出てくると思いますし、
そしてコンピテンシーとEPAの部分でちゃんとデータが集まってきたら、
その上に出てくるアドバンスっていうのがちゃんと数値として見える可能性はあるんですよね。
例えばAさん自体は他の人よりも1週間以上30度あるいは40度膝を曲げる角度がいつも早いとか、
そうなってきたときにAさんというものをちゃんと見学に行っていくと、
Aさんのやっているアプローチとかっていうのが再現できていったりすると思うんですよね。
だから上手いか下手かっていうのは何かっぽいではなく、ちゃんとデータベースで、
例えばAさんが歩行を解除すると、歩行機で歩いている期間が普通の人よりも優位に3日早いとか、
そういうのが出てくるはずなんですよ。
そういうのを僕はやらなきゃいけないと思っています。
理学療法の発展とデータ化の必要性
そうですね。そういうデータベースがあると、
個人のセラピストの評価っていうのもつながりますし、
おそらくそれが日本全体に行き渡ると、
日本のセラピストはいいよねというか、
広く集団で見たときにも改善度が高いよねっていうような見え方もできるような気がする。
まさにその通りだと思います。海外から見たときに、
日本は特化してこれがいいっていうのが多分見えてくると思うんですよね。
もちろん薬がいいとか、あるいは入院環境がいいとか、複数の要因はあるんだけれども、
明らかに理学療法の効果っていうものが適切なデータを取っていくことに見えていくはずなんですよ。
だからその理学療法士が社会でどういうふうな役の立ち方をしているっていうのは、
僕は早くそれをデータ化したいんですね。
じゃないと、これまで何度もここで言ったことあると思うんですけど、
フィム利得に流されすぎなんですよ。
フィムは結果論なので、そうではなくて、
フィムを上げた要因というのがもう少しいろいろあるっていうものを、
理学療法士の仕事、作業療法士の仕事、あるいは医師の仕事の部分、
それから自然回復要因とかっていうのを明確化していかないと、
我々理学療法士自体が本当にアドバンスに進めないはずなんですね。
どうにかそれを数年以内に始めれないかなと思ってるんですけど、
なかなかこれが受けないというか、
僕がやると大体受けないという、
そういう大きな問題を抱えております。
なかなか壮大な話でもあるんで、そこらじゃいかないですけど、
コツコツやるしかない。
そうなんですよ。なので、前もちらっとアドバンスサービスで言いましたけど、
成功ツインとかでそれを取っていった方がいいんじゃないかという気もします。
そうですね。
医療機関のカルテ情報とかではなくて、
逆に時間とか割り方の設計も自由度高いような、
成功ツインなり慈悲のところでやるというのも一つ作成かなと思います。
申求とかでもいいと思うんですよね。
アプローチが違うだけで評価を同じにすればいいので、
やはりの効果として持続時間だとかそういったものとかも、
確実にデータベース化していけるので、
それがデータベース化していって、
次、理学療法の病院に流れていくかどうかは分かりませんが、
そういったアプローチのほうがいいかもしれないですね。
そうですね。
ここのポッドキャストもアドバンスドセラピストなので、
アドバンスド理学療法というよりも、
黄色く見ればセラピストという業界で考えていくと、
絶対理学療法師にこだわりにこだわらないといけないわけではないかなと思います。
できる限り理学療法師でいきたいけれども、
やっぱり広げていくという実践活動は重要ですからね。
そうですね。
以前から理学療法推論が形になっていけば、
それの根幹の部分は作業療法とか言語著作詞とか、
そちらにもOSとしては活かせるだろうみたいなところはありましたし、
データベースの基盤自体は他のところにも応用可能な感じですね。
その通りだと思っています。
AIの活用と今後の展望
なんて言ったらいいかな。
今の段階ではすごい治療論に傾いて、
結局その情報を読み込んで、
その情報自体をどういうふうに解釈するかというルール設定を作ればいいので、
そのルール設定を今回は理学療法で作りました。
それを次に作業療法に転用します。
STのことは僕は全然わからないので、
STに転用できるかどうかわからないですけど、
整形機械に転用できますとか、いろいろできると思うんですよね。
だから医療推論という部分の重要なOSを僕は今作っているので、
第一弾はあと一息です。
第二弾というのが、ちゃんと理学療法のプログラムを
療法要領まで明確に出すことなんですね。
それは筋力数値とかがもう少し確実に取れるようにならないときはきついんですよ。
だからやっぱり筋力系の開発と筋力系、あるいはどこかの組んで
筋力系を明確に取ってもらうと。
やっぱり数値データというのをちゃんと取ってもらわないと
療法要領が出ないんですよね。
これ聞いていただいている方でいるかわからないですけど、
理学療法推論とかそういう業界の発展に貢献したいなみたいなところで
メーカーとか機械術の方がいればぜひ何か一緒にできたらなと思いますね。
本当です。
逆にじゃあ自分も今堀がこういうことをしゃべっていて
理学療法推論に対しての研究発展をしたいって思っても
僕一緒にやれないんですよね。
僕一人でやっちゃうので。
情報系の違う研究でいうといろいろやってるんですけど
今僕そのものがやってるのって
本当に一人じゃないとできないところがあるので
なので理解されづらいというあれはあるんですけど
AIの登場によって今まで考えていた内容がやっと動き始めた感はあるんですね。
AIを使いこなしていくっていうところで大事なのは
あらかじめこういうものを作りたいという
自分の中のガードレールみたいなのがちゃんと引かれてあるんですね。
AIが暴走し始めたらちゃんと止めれるんですよ。
それがやっぱり僕の今の自分の特質で
これを作ろうと思っている。
その代わりあまりにも作業量が多い
修正点というものが細かなところが思いつかないっていうところを
AIが得意なのでやってもらってるって感じなんですよね。
なので非常に今やり方をやっています。
そうですね。その基盤が整ってきて自分も理解が深まると
周りとの接続みたいなことはしやすくなるかなと思って
AIとは後ろでフォローしていけたらいいかなと思うんですね。
ぜひ売り物になるようによろしくお願いします。
アドバンスドなセラピストみたいなところで
個人単位と日本全体の両軸があるのかなと思いますし
そのためには基盤となるデータの蓄積とか
そこの分析とかが必要になってくるでしょうから
今後も進めていけたらいいですね。
「作った」という達成感とワクワク感
何がアドバンスドなのかっていうのは
抽象概念としては表現できるかもしれないけど
具体的にじゃあ誰がアドバンスドなんですかっていうのが
データがいるわけですよね。
データというもの自体をやっぱり僕は
かなり明確化していきたいと思っているタイプであると
いつもすごい文系的に哲学とかやってるのに
やろうとしてることはものすごい科学的なんですよね。
僕が自分の特質なんだろうなと思ったりします。
そうですね。
単純な評判だけ流されずに
ちゃんと客観的な部分を示しながらやっていけるといいかなと思うので
今後も引き続き進めていけたらなと思いますね。
本当にいろいろやらないかんことはありますし
何のためにやってるかと言われると困りますけども
ちゃんとこの業界の発展というような理念
そして自分自身が達成したい
何か作ったぞという感覚が欲しいというところだと思うんですよね。
何か作ったぞをやり遂げるっていうところに
満足をしたいので
とにかく作りたいです。
今ちょっと夏休み期間なんで
もうちょっとコンツ目で
そうですね。やっと時間使うことができると思います。
ただ時間があったらそういうシステムの開発だけじゃなくて
事故への問いがまた深まったりとかして
違うことに時間を使う可能性もあるので
難しいと思いますね。
そうなんですよ。やっと時間ができた。やっと自分について考えられるっていう
これこの前
夢を見たんですね。
夢を見てその夢というのがすごい面白くて
僕どっかの宗教団体かなんかの中に誘拐かなんかされて
農耕作業をずっとさせられてるんですね。
農耕作業しているとみんな農耕自体が楽しいということで
宗教ところなので非常にみんな楽しくわきあいあいでやってるの。
僕すごいしんどいんですね。
定期面接みたいなのがあって
面接の時に何がしんどいんですかって言った時に
仕事ができないのがしんどいんですって答えたんですね。
今のここでやってる農耕ではなくて
考え事だとか開発だとか
そういったことを僕は楽しんでやってるってことに気づいたんですよ。
ものすごく楽しいみたいで
違うことをやらされてそれができないっていうのがすごいしんどいんですって
夢の中で僕そういう本音があるんだって
自分の中で目が覚めてすごい面白かったんですよね。
だから多分今やりたいことっていうのは考えたい
それを実装したいっていう
これ自体はそれを通して例えばお金を儲けたいとか
そういうことではなくて
なんとなくやっぱり根本的には人助けなんですよね。
業界自体がこのままだったらいけないかもしれないっていう
リサーチクエスチョン問題提起に対して
仮説はこういったものを作ると変化するんじゃないかという
仮説でやっているってことだと思うんですけども
やっといろいろなものが前に進みそうだっていう感覚があるので
それをちゃんと実装まで持っていって
それ以降の開発はもう誰かがやったらいいと思うんですね。
僕自身の実績ってのはそこまででいいと思うので
こういうことができたんだと思って死ぬときにニコニコして死にたいです。
でも幸せなタイミングというか
自分のやりたいことだし
やっていけば社会的な課題も解決されるだろうし
できるかどうかギリギリわかんないけどなんとかできそうみたいな
ときって一番楽しいような感じがする。
そうなんですよ。だから今ワクワクしてるんですよね。
このワクワク感というのをやっぱり追求していきたいなと思ってます。
だからそれが僕のアドバンスなんですね。
それぞれいろんな形がありますし
自分自身は今どっぷり臨床というわけではないですけど
理学療法的な知見も活かしながら
新しい形を模索してはいるので
今後もいろんな人が集まっていけたらなと思います。
コミュニティ活動と今後の探求
最近アドバンスサービスのコミュニティの感想とかコメントもちょこちょこ
いただけてる部分はあるんで
コミュニティでも盛り上がっていけたらいいかなと思いますね。
割と難しいコメントが来るから
返信するときにちょっと困ったりはするんですけど
それはそれで楽しいんですよね。
いつも聞いてます楽しいですとかっていうものじゃなくて
今後こう考えましたっていうのは
我々にとっては非常に大きな情報になってくるので
今後もどんどんぜひたくさんくださいって感じです。
説明欄のところにコミュニティに入るリンクも入ってるので
ぜひいろいろコミュニケーションを取っていけたらいいかなと思います。
今回は教育関係のところで
コンピテンシーとかEPAとかアドバンスとか
いろいろ新しいワードも出てきましたが
これまでの総括まではいかないですけど
やっとアドバンスセラピスの話も出てきて
国際的にも言われているところとつながりつつはあるので
引き続き探究していけたらなと思います。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
36:06

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