こんにちは、田代です。こんにちは、堀です。
Advanced Therapist〜エピソード25の後半部分ということで、前半はですね、
推論学会とか、あんまりオフ会の話はしなかったですけど、実際に人と会う中で感じたことで、また理学療法の地域とかを諸々話していったんですけど、
もうちょっと現場に繋がるような話もできたらいいかもなと思いますし、改めて学問として、理学療法学を確立させていくためにも、
どうしたらいいかなという考えがあるかなと思うので、後半もいろいろ喋っていけたらなと思います。
お願いします。
学問として捉えるというところを深めていこうとする。
その学問として捉えていこうとした時に、そもそも学問って何ですかっていうところが、
割とうまく定義づけれてない人たちが多かったりするという現状かなと思うんですね。
理学療法ってどうしても実学からの流れできてて、ある時に理学療法学っていう言葉になったわけですよ。
それまではその方法だったわけですね、全部が。
だからどこで教わって、どういう教わり方をしたかにもよると思いますけど、
まあまあね、理学療法学ではなくて、理学療法の方を教育の中で習ってて成長されてる方が多いかなと思います。
確かに現場で働く上ではもちろん必要なところではありますけど、学問の中での位置づけをより深めていこうと思ったら、
やっぱり理学療法学みたいなことは考えていかないといけないなと思いますね。
それが例えば今度は教育者、教育者というのは教育学の専門家というと必ずしもそうではないけども、
教育者になるためには教育学からフィードバックされたものを学ばなきゃいけないわけですね。
その時に例えばより良い授業の方法とか、より良い理解を促す方法とかっていう形になるんですけど、
それはベーシックにそれまでの経験をされてきた教育学のフィードバックによるものだと。
理学療法も同じで、本来は理学療法のより良い学問の中からフィードバックされた方法を方法として提供するんだけども、
理学療法っていうのはそうではなくて、現場で使われたものを教えて、そこを学に落とし込むっていうこと自体を
おろそかにしてるわけではないが、まだそこに歴史がないっていうところが特徴なんだと思います。
なるほど。その辺は国際的に見てもやっぱり現場から立ち上がってきてるっていう感じですかね。
ここはなかなか難しいところなんですけども、実際に後付けでいろいろなものを貼り付けてるっていうことはたくさんあると思います。
それは医学全般が実学だからですよね。実学としての医学の中に後々からいろいろな情報をくっつけていって進化させているというところになるんですけども、
医学というものがベースにどういった考え方をしているかというと、やはり解剖学と生理学なんですよ。
だから、例えば解剖学的な見える現象としての身体変化、そして生理学としての基礎としての変化というものが学問基礎にあるわけです。
じゃあ理学療法の学問基礎って何ですかっていうところを多くの人がどう答えるかなんですよね。
そうですね。やっぱり理学療法の学となるやっぱり解剖学、運動学、生理学あたりかなと思うんですけど、
運動学みたいなものはどっちかというと、混ぜ合わさって解剖学と生理学が運動学になってるみたいな感じですかね。
なのでそこが難しいところで、解剖学、生理学って医学の学問ですよね。
理学療法の突出した学問ではない。もちろん医学基礎として全ての医療者が知っておかなければいけないけれども、
それをメインに扱う職業として理学療法をあてがうと、やっぱり理学療法、学じゃなくて、
医学の中の理学療法だよねっていうところが抜け出せないんですよね。
そうするとやっぱり物理学とか、まさに理学的な方向からの理学療法っていう方がダイレクトにつながる感じですかね。
一つは先ほどから出ている運動学という学問はもちろん重要、最重要学問になると思うんですけど、
ただ運動学って書いたときに、これ工学系の人たちとしゃべったら、
え、あんたたちがやってるの運動学じゃないよって怒られるんですよ。
いわゆるキネティクスっていうのが運動学なわけですけど、キネティクスっていうのは完全に力学なんですよね。
だからロボットを作るときに、このアームをどの角度でどれぐらい動かしたら、どのぐらいの力でやったら物が運べるとかっていうのをやるのがキネティクスなわけですよ。
でも理学療法師がそれをやってますかってことなんですよね。
そうですね。そこまで言われるとまだまだデータは甘い部分あるかなと思いますし、
そうするとどこが核なのかなっていうのは気になってきますね。
だから英語で言った場合はキネティクスじゃなくてキネシオロジーなんですよ。
だから運動学ではなくて生体力学なんですよこれ。
あるいは機能解剖学なんですよ。
だからそこが運動学っていう言葉を僕はあんまり強く使わない方がいいと思ってます。
そうですね。機能解剖学とかそちらの方で運動学を置き換えていくというか、
違うような言い方してた方が実際に即してるなみたいな気がしますね。
だからあとはやっぱりキネティクスの部分をもう少しちゃんと学問的に落とし込んで、
生体の力学というものを専門的に扱う。
前回の回の時に運動なんだっていう話をしたと思うんですよね。
我々理学療法師っていうのは関節運動の複合体としての動作を見ている職業なわけですよね。
動作の連続性に意思が入り込んだとこにある行為というものを変化させて、
ADLの変化というのを呼んでいるわけですけども、
その行為そのものを促して治療しているっていうのは、
これむしろ作業療法なんですよ。
だから行為そのものを治療対象にしてしまうと、
理学療法ではない。
だとすると理学療法の中心的なものは、
キネティクス、いわゆる運動という力学的主体を通した、
これはあくまでも現象としての解剖学、
起床としての生理学というものを加えた上での生体力学、
もしくは機能解剖になるわけですけど、
そこから運動を司っているものが何かを問題点としてアプローチしていくのが理学療法なんですよね。
確かに、そこな気がしますね。
そこをもっと推していくと良さそうな感じがします。
だけどこんなことを教える人いないんですよ。
結構ね、ほんと乱雑なんですよ。
理学療法の人たちって言ったら怒られますけど。
これなんかお前偉そうになんでそんなこと言うんだって言うかもしれませんけど、
これは僕ね、情報学の人と一緒にやっていくときに、
以前PBPUという話をもしかしたらどっかでしたかもしれませんけど、
あなたたちの学問の最小単位って何ですか?
それがないとオントロジーというか、物事の形が作れないと言われて、
それは解剖学ですよ。
同じこと言われて、いやそれって医学もやりますよね。
なるほど。
生理学ですかね。
だから医学もやるって言ってるじゃないですか。
じゃあ理学療法って何でやるんですかって言われて答えられなかったんですよ。
確かに難しいですね。
そこでいろいろ考えていったときに、
最終的には僕は生体力学という話をしましたけど、
もうちょっと違う形でPBPUと言って、
Problem Based Physiotherapy Unitという問題思考を基盤とした理学療法系体操ということで、
理学療法師が理学療法の問題としてちゃんと捉えている問題とは何かっていうことに
接続する要素は理学療法だっていう風に僕は定義付けたんですね。
だから先ほど生体力学っていう話を強く言ってると、
今度はやっぱり内科系の人とかがそこに接続しづらいっていうのはあるんですよ。
どうしても運動機系の人とかが強くなってくると。
秘書としての生理学っていうのはやっぱりまだブラックボックスの部分が多すぎるので、
そこが扱いづらいっていうところがどうしてもあって、
キネシオロジーだっていうことは強くは説明のときに扱いますけど、
そういったいろいろ複合体として理学療法というアプローチで解決できる問題点を扱うのが
理学療法学ですっていう風に基礎付けて今コンピューターとかに読ませてるんですね。
なるほど。なるほど。だからこの辺は確かにもうちょっと話していく場があってもいいのかなと思ったんですけど、
推論学会で話すとかともちょっと違う流れになるって感じですかね。
推論学会の僕が考えてる理学療法推論のベースはPBPUなんですよ。
たぶんおそらく僕の思考の中で、前回の話でも推論学会で言ってることが違うみたいな部分が多少指摘されたというところはあるんですけども、
僕自体の世界の捉え方は全然変わってなくて、
すごい哲学だとかって言っておきながら、かなりシステマティックに物事を考えるんですね。
体系化するとか構造化するというもの自体が僕の思考のパターンなので、
主たる形体層、いわゆる一番ちっちゃいものが何かっていう物理学で言うと量子力学的なアプローチをするってことです。
それが組み合わせたところに理学療法があるという考え方なので、そこにPBPUという概念が実は理学療法推論の組み立ての中に完全に入り込んでます。
それを言ったところで、説明自体に時間がかかった割には、結局よくならんじゃんみたいな話があるからあんまりしてないって感じなんですね。
なるほど。この辺は理学療法の哲学倫理みたいな話のとこでちょっと入れ込むとか、
むしろさっきの情報学とか別の学問をやってる人に対して、理学療法って何ですかっていうのを外部に発信するときに活用できるような感じの考え方なんですかね。
基本的にはそうです。外部との接点と、あとは僕自身がパッとものを見たときに、何かを見たときにどういう素材でできて、どういうふうな作られ方をしているっていうような、
ある種の、それを解剖学的な見立てをしたときに、ここのPBPUって何だろうかとかっていうような基本地点を自分の中でマップの中にピンを刺すようなことをやるわけですね。
その思考の中心点としてそういうことを持っています。
なるほど。本当に表にはなかなか出づらい部分かもしれないけど、言葉として理解しておくとより話は通じやすくなるし、これも今後通りを見て話していくといいかなと思いました。
もうちょっと管理者とか現場よりの悩みみたいな話も前半であったりしたんで、結構深いところを話してきたんですけど、もうちょっと聞いてる人も役立ちそうな話もしていってもいいかなと思うんですけど、
管理者とか教育者の悩みでいくと、具体的にどういうところを聞くような話として上がったって感じですかね。
先ほど前回のところで、ある研究成果の中で上位面というところのポイントがすごく重要だというような研究結果があったと。
僕はそんなに上位が好きじゃないと言いつつも、上位と言われるものがどういうところに判断がいくかといった一つは職業倫理ですよね。
その職業倫理の中にプロフェッショナルっていうのは計算し続けなければいけないみたいなところがあるんですよ。
それがあるもんだから理学療法士は計算しろというような圧力があると。
管理者は新人とかあるいは部下っていうのはみんな計算するもんだと思っている。
だけれども理学療法士の多くが自己計算というものを拒否しているというような物語が結構出来上がっちゃってるんですね。
要はそれって残業代出るんですかとか勉強会をしてそれが出るんですか問題みたいなやつがあるわけですよ。
僕個人としては自己計算というのはもう自由なのでいくらプロフェッショナルリズムだと言ったとしても
プロフェッショナルってあなたたちが言うんだったらプロフェッショナルに払う給与払えよというのが根本なんですよ。
だって理学療法で非常金で時給1500円とかって言ったら梅田の飲み屋よりも安いわけですよね。
梅田の飲み屋の人がプロフェッショナルだからもらってるのか理学療法士がプロフェッショナルじゃないかもらってないのかって言ったときに
少なくとも4年間学んでそして国家試験受けた人に対する仕打ちかと思ってるわけですよ。
その部分でもらえないのであれば自己計算ということ自体を強要することは難しいだろうなと。
だけど管理者というのはより良いサービス提供というものを患者さんに行いたい。
そうなったときに一人一人の能力っていうのが高いに越したことがない。
要は野球のチームで9人いたら9人がドラフト1位で入ってくるようなところにしたいと思ってるわけですけど、
それができないという悩みを管理者が持ってます。
難しいですね。この辺は報酬面とかでプロフェッショナルとか関係なくまた国の制度とか
報酬の仕組みみたいな中でそうなってしまってるところもあるかなと思うんで、
ちょっと管理者側からするとどうしようもない部分もあるのかなと思いましたけどね。
でも実際にもし本当に僕が経営者として、例えば最高のものを提供したいと思うのであれば、
自分の病院は少なくとも理学療法士の給与、医療職全体だと思いますけど人件費上げてもいいわけですか。
人件比率を2%上げて、その分2%カットして、他のところに行かせないような状況を作るっていうことはできることはないわけですよね。
確かに。
それはしないんですよ。だからプロフェッショナルとして扱われてないのに、
プロフェッショナルの、例えば管理者、あえて管理者、僕は管理者じゃないからあまり言いませんけど、
厳しく言うと管理者がそれを交渉しなきゃいけないってことです。
確かに。
なんで、さっきの前半の部分とか、
僕も両国の立場を訴求するために外部に話す意義もあるっていうところと似たような感じで、
病院経営とかの中における理学療法の位置づけとか価値みたいなところは、
その管理者目線から訴求することで働く人がよりもうちょっと報酬受け取ったりっていうのはできるかもしれないんで、
確かに似たような構造があるのかなと思いましたね。
なので本当に最低賃金で最高の仕事をしろっていうのは、
そろそろ辞めないとダメですよっていうところが重要なポイントだと思うんですね。
最低賃金なら最低の仕事でいいんですから。
なのに理学療法士に非常に低い賃金で最高の仕事をしなさい。
そのために自己計算しなさい。
そしてそれをやった結果に何が起こるんですかということに対して説明しないとなると、
これは管理者ということじゃなくて構造の問題であって、
新人理学療法士の問題ではないってことです。
社会構造の問題なんですよ。
そうですよね。
本当に社会構造を変えるような働きと経営をする人が出てくるのも必要でしょうし、
病院経営の中でできることもあるし、
あと若手の理学療法士からすると、
そういう制度の中で働く以外とか違ったところで働くのに興味が高まるみたいな人が増えるのは、
構造上の理由もあるだろうなという感じですかね。
具体的になぜそういう低賃金構造が起きているかというと、
これはもう100%言えることなんですけど学歴なんですよ。
療法士がドクター卒と専門学校卒がいたときに、
ドクター卒にドクター卒の給与を与えてないんですよ。
専門学校卒の給与を与えるんですよ。
ここです問題は。
これは公務員とかもそうですし、
一般の職業でそんなことをやったら大変なことが起きますよ。
一般企業で高卒と陰卒で同じっておかしいでしょ。
数千円違うトップしか違わないとか結構ありますもんね。
本来は1グレード上がると2万から3万上がるんですよ。
だから専門卒とドクター卒ってもしくは10万から12万違わなきゃいけないんですよ。
月額12万違うということは年額でボーナスを入れると
180万ぐらい違わなきゃいけないということなんですよ。
それがもし本当に達成できたら
いわゆる学位を取っていくという価値が出てくると思うんですよね。
同時にドクターが必要かあるいは収支レベルでいいか
というところは病院が判断することだと思いますけれども、
そういう臨床収支みたいなものをしっかり作って
やはり非常に成果が出せる理学療法士を作って
病院に恩恵を与えることができるということがある程度
証明できたときに病院が判断したらいいと思うんですよね。
そこの提供側も受給側も
それがうまく説明できていないという構造の問題だというのが
一つ学歴というものがうまく使えてないということです。
なるほど。世の中で収支とか博士の
本当に研鑽した人だけというか、そういう人を特に集めた
病院とかあるんですかね。
例えば一番わかりやすいところでそれをデータを取ろうと思うと
東京都心部の病院と離島の病院に比べると
明らかに東京都心部の方が学位持ちが多いと思います。
離島に行くとおそらく学位持ちとかは極端に得るんですよね。
そうなったときに何かしらのデータを取っていって
差がどうかというところ。ただこれはあくまでも
医師の診断の問題だとか診療における検査の問題
検査の道具の問題とかっていうのも差が出てくるので
どこをどういうふうな評価基準に持ってくるかですけど
例えばこの前の臨床推論学会でクランバトルやりましたと
学位持ちとそうじゃない人のクランバトルやったときに
どっちが深く考えているかっていうのを勝負して
勝負とかって言ったら嫌われるかもしれませんけど
わかりやすく勝負して勝った方がより優秀である深く考えている
この人たちの方が治療技術が高い可能性があるというのは
証明できると思います。
なるほど。その辺個人的にもクランバトルっていうのは
オンラインですけど視聴してて面白かったなと思いますし
試行過程みたいなところが結構明らかになるんで
世の中もうちょっとそういうものがあってもいいのかなとは思ったんですけど
あんまりないですよね。
もともと業界的にあんまり僕はもう本当に学生時代ぐらいから
ああいうことをずっと主張してきてたんですけど
クイズ大会みたいなんでクイズチャンピオンみたいなの決めていくので
すごい良いことだと思うんですよね。
ただ今のご時世はどちらかというと
いわゆるポジショントークみたいなのを嫌う傾向に
すごいみんなが出てきてるわけですね。
だから不快にならないような人たちっていうのは好まれると。
でも一方でもうめちゃくちゃ発言が厳しい人っていうのも好まれる。
だから中途半端が一番あんまり望まれないわけなんですけど
なかなかその辺りの理解というのは難しいですね。
なるほど。
専門職同士の対話とかでいくと
若手が書類発表してベテランの人がそれを批評するみたいなのがあったりとか
大学院研究して発表するみたいな
上下みたいな位置関係で話すのはあるような気がするんですけど
ある程度対等な立場でディベート的な話をするみたいなのが
あんまりないのかなみたいな話だから思いましたね。
これがどうしても学識ばった人たちに
そうじゃない経験論者が勝てないっていう
ディベートってなってきたときに
ある種の何かしらの結論を出そうとしたときに
相当優秀な視界を入れない限りがうまくいかないってことなんですよね。
だからこうなんていうのかな。
一瞬飛んだので戻ったんですけども
優秀なシリテーター的な人とかっていうのは
どういう能力があるのかってイメージあるんですかね。
基本的に学識ばった人たち
例えば僕なんかがうわーっとたくさん言ってるときの要点を
多くの中から要点をつかみ出す人
そしてそうではなくて言葉が足らないかもしれないけれども
言わんとしてること自体の言葉をちゃんと引き上げて
それとそれをぶつけてくれる人が優秀なファシリティーなんです。
なるほど。ある程度AIとかでも
最低限キットになると思ってましたけど
やっぱり人である意義みたいなこともあると思いますかね。
いやいや、まさに今おっしゃったような
視界者がAIを見ながら視界をして
自分自身はこういう風に聞こえたんだけど
AIはこういうことを言ってますねっていう二軸を作ったらいいと思うんですよね。
例えば僕がわーっと喋ってるときに
僕が言おうとしてることは僕はこういう風に聞こえたけど
AIはこう言ってます。どちらの方で進めますか。
あるいは言葉がちょっと少なかった人にも同じく
どちらで進めますかっていう区切り区切りをちゃんと与えると
ある種朝まで討論会みたいなむちゃくちゃな討論ではならない。
たぶんそうですよね。論点がすごい広いって言ったなみたいな
そうしたらちゃんと進めるとか議論の覚悟があれば
大きなティッシュとかそこら辺がAIに得意そうなところかもなと
ちょっと聞いて思いましたよね。
まさに本当にそのAIがあるから今からそういったクランバトルとかっていうのは
すごくうまくいくでしょうし
結局一番そういう議論の問題って
圧が強い人の方だとかがどうしても一方に引っ張っていっちゃって
本来の問題じゃないところからずれてしまうということを
誰も引き戻せないんですよね。
だから問い立てをちゃんとしてその問いに対して
喋っているというような旗を立てるということ
そしてその旗を回らせる司会者
例えば僕なんでそんなことを言うかと言ったら
コーチをやるからコーチはそういうことをやるわけですよ。
相手に喋らせるんだけど基本的には同じ旗の周りを回らせる
ということがコーチングスキルなので
司会者もそういうことかなという感じがしますね。
そういう意味だとこれまでの日本的な人間関係で言うと
年効率みたいな感じとか結構強が強い人とか
なんかあるかもしれないですけど
こうやってAIが入ってきて冷静によく考えて
けどちょっと主張弱めに見えるみたいな人が評価されるみたいなことも
起こってもいいのになと思うんですけどね。
実はですね僕そういう司会とても自分で言うのも上手いんですよ。
だから僕はいろんなところで司会の場で置いてくれたらいいんですけど
だいたい議論になる前に質疑応答で終わっちゃうんですねシンポジウムって
だから僕が司会する時には質疑応答よりも
その人たち同士に話し合わせるということをよくやるんですよね。
多くの場合は話し合わないです。
だからクランバトルってのは質疑応答じゃなくて話し合わせるんですよね。
そこが多分重要だと思います。
なるほど。なんか本当に学会とかでも一方的にセミナー的に話すとか
あとグループディスカッションというか
対談みたいな形で一つの問いに対していろんな人の意見を出すみたいなのはある気がしますけど
一つのテーマについて議論を戦わせるというか
考えていくみたいなのがなかったような感じがするんで
今後そういうのが増えていくと安定しそうだなと思うんですよね。
実際に特に現状を
ちょっと学会の話になったりしますけど
学会が僕らが今あえて批判しているのは紙省録をやめましょうと言ってますね。
省録紙で渡されるんじゃなくて
これだけシステム化してるんだから
省録自体もシステムに乗せて演者だとか講演者に
ちゃんと質問がシステム上でできるようにすると
それしたらシンポジウムの時に
ある一人の人の質問を全員で答える必要ないんですよ。
それは司会が質問を作ってそこはシンポジウムでやって
その後にシステム上でその人たちに質問すればいいんですから
というような形を
あんまり皆さんそういう方向に行かないというか
それこそ僕は情報系だとか海外の学会に行くから
みんなそうですよ。全部システムで回してますよ。
いわゆるSNSアプリみたいのをちゃんと作って
それで回してるんですけど
日本の理学療法士学会って
そこで動いてるとこがまず一つもないので
今僕が関わっている学会は
全部そっちの方向に変えていこうと今動いてます。
確かに。まさにこういう仕組みとか構造から変えていって
徐々に基礎的な方向に進んでいく
みたいなこともあるかなと思うんで
話す内容だけじゃなくて
そういう内容の仕方面でも
もっと知っていけると進むなと思いますね。
本当にまさに今情報系という言い方よりも
バイブコーティングという言い方がいいと思いますけど
バイブコーティングって簡単に言ったら
バイバーというバイブっていうのは
会話をしながらという意味だと思いますけど
やはり会話をしながら
コードを作れると
コードを作ってアプリケーションを作れる時代になったから
自分が作りたい形っていうのを
例えばクロードとかでもいいと思いますけども
そういうバイブコーティングで
作りたいものを作ったらいいんですよ。
それを載せて運用して実装して運用するという流れに
入ってきているのに
そういうのは他の人にやってもらうっていう
人たちがやっぱりまだ多いなという感じがしますね。
そうですね。
最近個人的にはバイブコーティングとか
AIで色々試してますけど
ホームページとか簡単な
SNS的なシステムでも
個人単位でも作れるようなレベルになっているので
多分アイディアはあるけど
お金とか誰かに専門的な人に頼まないと
できないだろうなと思っている人も
本当にやれることが増えてきているので
多分そういう学会運営とかもあると思いますし
病院とか院内の
情報管理とかコミュニケーションのツールみたいな
多分色々できることはあると思うんで
ぜひGPTとかで質問するだけじゃなくて
そういうコードを作って
システム化していくみたいなことは
もっと楽しまれるといいなと思いますね。
本当にそれと同じように