Advanced Therapistエピソード26の後半部分ということで、前半については堀先生が国際的な活動をしているとか、
その先でPBPUみたいな話とかメンタルヘルスの話もあったんですけど、後半は改めてPBPUの話からしつつ、
メンタルヘルスも絡めて、理学療法師としてどう専門性を高めていくかとか、教育につなげていくかとか、
その辺りの話をしていけたらいいかなと思っています。
はい。PBPUって、このラジオでは何回か話したことがあるかもしれませんけれども、
そもそも一般化された概念ではないので、この辺りをちゃんと喋らないと、ちょっと笑ってしまいます。
田代さんがPBPUって言ってくださるから、僕はとてもありがたいんですけど、
めちゃめちゃ閉鎖的な世界であるという概念。そもそもPBPUって何ですかって言った時に、
Problem Based Physiotherapy Unitっていうものの役を問題思考基盤にした理学療法系体操という意味になるんですね。
理学療法ってそもそも何ですかというところを、これ情報経営の先生と話をしていた時に問われて、
理学療法って解剖学とか生理学を基盤として運動学的にものを見るんですよと言った時に、
それは解剖学ですよね。それは生理学ですよねって言われて、
理学療法学って何なんですかって言われた時に、その説明にすごく困ったことがあるんですね。
その理学療法というのが一体何かということを捉えた時に、
理学療法というのはこういう定義で、法律の定義で、それは法律の定義ですよね。
学問の定義は何なんですかって言われて、
いやだから運動学を、いやそれは運動学じゃないですかっていう、
全問答みたいなことをやったことがあるんですよ。
じゃあそれを理学療法というものの、いわゆる形体操というものがないと、
情報系のデータとして読み込めないんだと。
形体操って何かって言ったら最小単位の言葉ですよね。
これが理学療法であるっていう。
それを作っていかなければいけないって言った時に、
先ほど言ったように膝関節とか筋力とかバランスとかって言った時に、
それは理学療法ではないんですよ。
他の学問の言葉なんですよ。
なのでその理学療法の最小単位というものとして、PBPUというものを作ったんですね。
そのPBPUというのはどういうことかというと、
仮に膝関節だとか、根宿とかっていう言葉があったとしても、
理学療法を通してそれを解決しようとする考え方が、
投影線上にあるものというふうに定義付けたんです。
例えば根宿と言った時に、
ドクターはオペで処理をしようとするかもしれない。
痛みというものがあった時に、
薬剤は処理をしようとするかもしれないと言った時に、
理学療法というテクニック、
理学療法というもの、
その理学療法というのは、
僕の中では治療の4原則プラス1という習い竿の、
除去、刺激、誘導、補助、プラス情報と言われるもの。
除去というものは基本的に理学療法はできないと。
それは手術を通して解剖学的なものを取り切るということになりますので。
また刺激といった時は物理療法とか薬剤とかが刺激になるんですけど、
物理療法というのは使える。
誘導というのは主に運動療法。
運動療法というのをさらに分裂化していくと、
自動解除多動運動というものがありますよと。
これをよく使いますと。
そして補助というのは補送具。
杖を使ったり手すりを使ったりもそうですし、
サポーターを使ったり装具を使ったり義足を使ったりするというものがある。
情報というのは広く言うとリスクマネジメントとして、
これ以上やっちゃいけませんとかっていう設定があるわけですよね。
それが理学療法の治療原則の中にあるので、
この治療原則においてやっている、
解決しようとしている何かしらの現象であったり、
起床であったりとかっていうものがPBPUだってことなんですね。
なので例えば、
室後症と言われるようなものはPBPUに入らないってことになります。
あるいは生活困窮とかもそうですよね。
だけれども歩行ができませんって言った時に、
その歩行ができないという原因を、
理学療法の視点で捉えた時に、
痛みによって荷重ができないことなのか、
あるいは筋力が足りなくて荷重ができないことなのか、
というものが投影線に見えるものは、
その歩行制限というのがPBPUになりうるってことなんですよ。
なるほど。
その辺で前回も生態力学とかバイオメカニクス的なところが、
結構学問的な最初の単位に近いみたいな感じなんですよ。
でも今のところがまたPBPUのところが面白くて、
それは生態力学じゃないですかってことです。
運動学、いわゆるキネティクスとかキネシオロジーというのは、
あくまでもその学問の分野で理学療法学ではないですよねっていうことです。
なのでどっちかといった刺激とか誘導とかっていうところが、
理学療法の手段的な最初の単位っていうところなんですかね。
手段と目的の明確化だと思いますし、
例えば生態力学ってなったときに、
歩行を見たときの重心移動だとか、
膝の極角角度だとか、あるいは床反力だとか、
筋電図っていうのは生態力学、あるいはバイオメカニクス領域なんですね。
そこに病理が入ってないんですよ。
そこにはやっぱり病理というものが中に入っていって、
それを改善しなければならない。
あるいは改善する方法が運動だとか、誘導だとか刺激だとかによって、
あり得たときに初めて理学療法になり得るってことです。
だから生態力学は理学療法ではないです。
ただ生態力学的に見た何かしらの問題点を理学療法によって改善しようとするのが、
投影線上に見えたときにそれが理学療法になり得るという。
なのでPBPUっていうのはユニットなんですよね。
本当はそれの前にエレメントっていうのがあるんですよ。
エレメントが複層化したとき、いくつか繋ぎ合ったときにユニットになるので、
関節っていうのは理学療法ではないけど、関節硬縮RMエクササイズってなったときに
PBPUになり得るってことです。
一応自分のハックシーの研究だと腰痛に対する理学療法みたいなところがテーマだったんですけど、
最小単位としては近いのかなっていう感じをして、腰痛の中でも非得意的腰痛って言われるような、
医師が薬とか手術とかするタイプではない腰痛のタイプで、
かつ前回もあったメンタルヘルスとかの問題もそこまで大きくない、
身体的な理由が大きい腰痛に対してはラジオ波等運動療法がいいんじゃなかろうかみたいなことでやったんですけど、
さっきの刺激と誘導みたいなところも入って、
心理的なところ絡んでないっていうのは情報に近いところかもしれないですけど、
その理学療法の中の一つの単位としてはまとまった知見になったかなと改めて考えたんですけど、
そのあたりはそういう意識でいいです。
まさになので田代さんがやった研究は理学療法の研究なんですよ。
それが例えば床版によってバイオメカニック的に何かやってるとかっていうところでバイオメカニックス研究なんですよね。
超音波で中見て動きを見ているこれはいわゆる画像診断学とかになると。
田代さんはまさに解決策っていうところに行ってるのでドストレートの理学療法だってことです。
非常にPPPUで扱いやすい。
だけどいろいろな学会の発表の中でこの人の例えば動きが変わったとかってなった時に、
理学療法の処理を中にちゃんと入れてるかどうかっていうところが重要な課題になるわけですね。
なのでメンタルヘルスって言った時に浴室だけを扱えばそれは理学療法ではないが、
そこにビーバットだとか運動だとかっていうのを中に入れることによって初めて理学療法としての学問になり得るのでPPPUとして扱えるっていうことなんですね。
PPPUって一体何かって言った時に機械に読ませたいんですよ。理学療法。
機械に読ませていく時に機械は理学療法とは何かを知らなきゃいけないんですよ。
それが機械からするとこれ解剖学じゃん、生理学じゃん、整形外科学じゃん、神経内科じゃんっていうところの
中心の箱を作らなきゃいけないっていうことでPPPUっていう概念を無理やり作ったんですね。
PPPUで何かが解決されるとかPPPUっていうのがエポックメイキングだとかっていうことではなくて、
人間があまりにも拡散している概念というのをちゃんとまとめましょうというような箱を作るということでPPPUをやってるってことです。
まさにOSのところで情報を整理しやすい枠組みをPPPUっていう形で考えたっていう。
そうです。それがあることによって帰ってくる場所とか。
なのでPPPUの中心に据え置こうとしてるのがやっぱりICFなんですね。
ICFというものを一つのハブにして検査とか治療だとかを結びつけていくと。
それを最小的に表現できるものがPPPUであって、ICFそのものはエレメントなのでPBPEになるんですね。
なるほど。そっか。エレメントっていうのはどういう概念ですか?
本当の素、元です。もう単語です。肩とか膝とかっていうのがエレメントです。
今あるとされる理学療法界隈の研究で考えても本当にPPPUに当てはまるようなものもあれば
少し外れてたりとか一部だけ取り扱ってるものも結構あるだろうっていう言い方なんですかね。
そうですね。逆にPBPUの検査だとかICFのエレメントの部分っていうのを飛ばして
治療主義だけをずっとやってるとかっていうことももちろんありますし
やはり僕の中の理学療法のPBPUの要件要素として検査というのが必要になってくるんですね。
検査問題点アプローチという一連の流れが理学療法にあり得るというところで
例えばマッサージってなった時にそれは理学療法かって言われた時に
理学療法じゃないっていう人たちが結構いたりするんですけど
それをPPPUで説明すると理学療法になり得るってことですね。
それも適切な評価をしてそこから推論の過程を踏んだ上でマッサージが適切とされて
改善が見込めるっていう風になればそれはPPPUに当てはまる。
そうです。つまりマッサージっていうのは物理療法の中の刺激に入ってくるカテゴリーになるんですね。
だから物理療法としてのマッサージっていうのは非常に有効であるわけですよ。
だからそこにエビデンスがあるかどうかっていうのはまた一旦別にしなければいけないけれども
PPPUとしてマッサージは理学療法をたり得るっていうことですね。
そうですね。あと例えば理学療法のガイドラインで示されているものみたいなことを改めて見ていくと
PPPU的な考え方でいうと当てはまっているものもあればこれはちょっと違うかなみたいな見方するものもあるんですね。
ガイドラインを全部僕が明確に理解していたり読んでたりとかするわけじゃないんですけど
結局ガイドラインをいろいろの中で見ていくと結局何もエビデンスが高くないっていうような結論になっちゃうんですね。
運動機の受けるガイドラインとかっていうのもかなりエビデンスが高く出づらい。
要はAが出てこないってことなんですよ。CとかBが。もちろんCでもエビデンスはあるっていうことになるんですけども
ただそれが弱いっていうことになると思うんですね。
唯一エビデンスが高い理学療法領域っていうのはこれは心臓なんですね。
これまでも何度か話したことがあると思いますけど心臓は検査と結果そしてアプローチっていうのの
一直線が並んでるからエビデンスが高くなるんですよ。
それは検査というものが不明確で例えばMMTとかで出していればこれはエビデンスが高くなるはずがないってことなんですよ。
だから先ほど検査っていうのがすごい重要ですよって言ったのはエビデンスレベルは検査の原因と結果が具体的に変化していると
エビデンスになるってことなんですよ。
そこに抽象要素が出てきたりなんか膝が少し曲がったねとかなんか動きが良くなったね保養が改善したね
これは抽象データなんですよ。
それを入れ込んでしまうと突然エビデンスレベル上がらないんですよ。
だから検査というものが数値化されそして具体的な方法があって変化していくっていうところを作っていかなきゃいけない。
なので理学療法のエビデンスが低いと言われがちなのはやはり検査だと思ってます。
そうですね本当に心臓のところで言えば検査のところはもうしっかりしたものがあって
それも服薬の治療とか手術だけじゃなくてやっぱり運動をすることで解決することが明確にあるというと
エビデンスの質も高まるというところですけど
他のところの領域でいくと検査の内容が曖昧だったりとか
そこが結構ネックになる
治療、理学療法的な介入に関しては色々探究されているけど
本当に評価基準が明確じゃないところが結構悪くなってきそう
そうなんですよね。だから評価を別にみんなが多くの人たちが軽んじているとは思いません。
ただそこが進化していないというのは前回からやっぱり法律との関係が大きかったということなんですよね。
我々は評価をしていいかしていちゃいけないかといったところが
どうしても明確にしてもらえなかったというところ
だから本来は評価は医者がやるもの
そしてその医者がやるものにあまりにもコミットしすぎようとすると
医者から文句を言われるわけですね
そういうような政治的というか職業的なジレンマを抱えながら
医者に文句を言われながらで自分たちで検査をしていくというところで
理学療法評価法というのが発展してきて
そして発展しているようで発展していないというところがポイントなんですよね
解釈だけが発展してしまったんですよ
方法が発展しなかったんですよね
なるほど
そういう意味でいくと前回話したような韓国の学会とかでも
評価に関する研究というよりも
治療介入的なアプローチのほうが研究としては多いんですよね
評価は従来のもので
ここら辺は国によってのところが違いますけど
例えばフィリピンとかインドネシアとかって島国は
理学療法士が足りないんですよ
単純に移動ができないから
日本も島国と言いますけど
フィリピンとかインドネシアとかに比べると島のレベルが違うんです
だから日本のイメージとしては離島の問題ですよね
離島のところに理学療法士がいない段階で
どうやって患者さんを対応していくかというような
テレリハみたいなところに注目が行ったりだとか
いかに自主練習をしてもらうかというような概念が結構ありますので
日本が抱えている問題とちょっと違うところ
日本とか韓国は人がいるので
独自的に解決できるんですよ
なるほど
だから日本の問題というのは
属人性が強すぎるってことだと思います
なるほど
そういう意味だと例えば離島とか人がいないところほど
デジタルでも評価するしかないよねっていう感じで
検査が数値化されていくとかっていうのもなくはないんですかね
そうですね この辺りはなので
それこそ潤天堂の高橋先生辺りが
テレリハっていうのを医者と協業しながら
いろいろと進めていこうとしているんですけど
これは一番絶対的な弱点は
厚生労働省が認めないってことなんですよ
隊員が動かないと動けないんですよ
それで効果はあると
実際に本当に特に心臓とかって
回復期が広がりきらないところがあって
隊員が在宅に戻るわけですね
在宅に戻った時に心臓がしんどい人たちっていうのは
外来も気にくいわけですよ
だとすると自宅にいてモニタリングができて
かつ運動が見れればいいと
逆にいわゆる多動処置っていうのが少なくていい分野なんですね
触らなくてもいいと
そうなった時に心疾患っていうのはものすごくテレリハに向いてるんですよね
だけれども心疾患は向いているが
脳卒中だとか運動機に向いていなかったら
リハビリテーションとしては片手落ちだというところで
やっぱり厚労省はまだ認めきらないところがあるんですよね
そうすると日本以外の国でやったほうが知見も集まりやすいんですか
そうですねそこでさっき言ったインドネシアとかは
他国のアプリケーションを使って
本当に島のとか山の奥の人たちに
スマホ1個でどうにかできるっていうことを広げようとしているが
今度は保険の問題でその人たちが自費診療になってくるわけですね
自費診療になってくるとやっぱりお金がないので
そこもまたすでに全部が広げきらないというところがあるから
海保険である日本がいち早くやってしまうって
特に公衆衛生系のところですよね
そうしてやっていく流れができたらいいので
あとは地方自治体がやったらいいと思うんですよ
医療保険ではなく地方自治体が理学療法士を使って
特に鹿児島とか長崎とかそういった国
あのところで離島がたくさん持っているところでやっていくっていうのがいいかなと
僕は個人的に思ってるんですけど
保健師さんとかと共同しながら
そうなんですなので行政に理学療法がどれだけ入っていけるかというところがすごく重要で
議会に入っていくっていうことそして行政に入っていくっていうこと自体があれば
テレリ派っていうのが公衆衛生として
これ公衆衛生ってのはどういうことかというと
医療保険を使わずに行政がお金を払って
愛護予防みたいな形で広げるってことです
確かにそうですね
離島が多いとか山藍の地域が多いような保護保険でやれると
効果はありそうな気がします
もちろん一旦は病院に来てもらわなきゃいけないということはありますし
数ヶ月に一回病院に行きましょうとかっていうことがあったり
あとは医者がそれを一緒にやってくれなきゃいけないというところはありますけど
可能性は高いと思います
なるほどなので敵地医療とかに取り組んでいるドクターと一緒にやっていったりとか
公衆衛生系で保健師さんとやっていくとか
連携する相手との関係性づくりが今後重要になってくるんですね
今本当に医療従事者というのが今後増えていかないだろうというところを
国は懸念しているわけですね
増えていかないんだとするとそれはアイデアでどうにかしなきゃいけないし
高齢者がすごく増えてくると
デイサービスみたいにどんどん迎えに行ってやっていくってなったら
これもやっぱり行政としてものすごく負担になってくるわけですよね
そうなってきた時に家から出るか出ないかというところの問題は出てきますけれども
家にいて対応できるような状況を作っていくというのは
デジタルの世界でやっていけるだろうし
理学療法士も画面越しにやっていけば
データも画面越しそれこそ
血圧とか体温とかのデータを実際取っていって
曲がるとかというのも目視で理学療法士でいまだにやってるんですから
目視でできるじゃん
わざわざ近寄らなくてもできるということはできるし
逆に今度は近寄らないとできない
多動打とか児童介助のところは理学療法士として来てもらって
あるいは行くということもそうだろうし
人数を減らしていこうとした時に全部が全部
行ってやらなきゃいけないという状況は改善していけるだろうなと思います
そうですね デジタルだったりテレリアとかで
100点までは行かないまでも60点とかに至すような
サービスが提供できる可能性は高まってくるかなと思うので
それはやりつつかなと思うんですけど
その中で改めて人として理学療法士が活動する上では
デジタルではできないところより
勉強していく必要もあるかなと思うんですけど
その辺はどうやっていくといいんですか
ここは本当に時代時代によって考え方は多少違ってくるかもしれませんけど
僕らはやっぱりゴッドハンド時代の人間なんですね
手でどうにか直していこうという
いわゆる重生だとか新旧の人たちとずっとぶつかってきた世代なんですよ
それが脳卒中なんかが主流になってくると
脳卒中自体はあまり重生とか生態系の人が扱わないから
脳卒中を対象にする介業系がやっぱり増えてきたんですね
病院と在宅いわゆる保管以外で
特に介護保険が使いづらい世代の人たちとかっていうところを
すごくニッチな領域を脳卒中の介業側の人たちが埋めていったと
そして次は心臓系とかが動き始めていくんだとは思うんですけど
やっぱり時代で教育を受けているところがちょっと違ったりすると思いますので
逆に田代さんは2010年代ですか
学校教育を受けたのは
2008年入学なんでそうですね
2008年から10年のいわゆる2000年代2010年代に教育を受けた人たちからすると
僕らも明らかゴッドハンド世代だと思うんですが
橋本さんたちって自己認識としては何
理学療法はどういったのが盛り上がってた世代ですか
盛り上がってたで言うとでも本当に幅が広いなという感じで
もともと運動機が中心に追われてましたけど
血管とか心臓とか呼吸とか本当に幅広いところを扱うっていう感じで
でもやっぱり心臓とか呼吸みたいな話が新しく増えてるみたいなことをよく聞いてましたかね学生時代
だから呼吸っていうのがすごく僕は個人的にすごくいい分野だなと思うのが
データと図書っていうのが関わってくる分野
呼吸データっていうのもやはりドクターが取りやすいしあるいは
イスピロメーターみたいなのが取りやすかったりだとか
かつやはり強革の運動だとかっていうのを出さなきゃいけないから
都市議論になってきたりするんですね
あるいは運動療法としても呼吸訓練っていう
横隔膜だとか他の筋力を総合してやらなきゃいけないので
非常にいい分野なのに1800点という一番低い点数なんですよね
ここはなかなかこれまでも話してきたと思いますけど
呼吸の問題を起こす人たちっていうのは低所得者の人が多くて
国が動きづらいっていう実は政治的に問題絡んでるという話は
以前だいぶ前にしたと思うんですけど
理学療法としては呼吸分野って
実はテクニックと知識と両方いる分野なので
ただ今後どのくらい呼吸が中心的に扱っていけるかというのが
やはり陣肺炎の問題と煙草の問題っていうのが
だいぶ少なくなってきてるから
呼吸っていうのはどうしても五塩性肺炎とか
高齢者の肺炎の問題を扱っていったり
あるいはもうちょっとCOPDよりも悪くなってくるような
関節性肺炎の問題になってくるんですよね
そうなった時に理学療法がどういうふうに動くかというのは
呼吸の今専門でやってる人たちは動いてると思うんですけども
結構面白い分野なんだろうなというふうには個人的には思ってます
そうですね
脳血管系だと結構慈悲でみたいなところも増えてきたような気がしますけど
呼吸とか心臓とかなると結構リスクも大きいから
そこはやっぱりドクターと連携して
何かしら地域の中でも取り組むっていうのが
進めできそうになると思います
そうですね だからドクターとの協業っていうのが
実際に本当にどういうふうに現場で動いていくのかっていうのが
実は僕は現場にいないというところがあって見えているんですけども
理学療法士との協業のレベルは
僕らの時代よりもずっと良くなってると思うんですね
だけどもドクターが我々をどういうふうに認識しているのかというのを
アンケートとか取ってみないと
正直な話として一緒にやっていかなきゃいけないと
実際に僕今の教え子とかが
すごくドクターと協業して整形外科を進めていっている人たちはいるんですね
そこはめちゃくちゃドクターからのリスペクトがあると
ただ真逆にできる理学療法とそうじゃない理学療法を
ドクターがめちゃくちゃ見極めて
理学療法士ではなくあなたと仕事をしたいって言われるって言いました
職業で免許で欲しいんじゃなくて
別にあなたが理学療法士の免許を仮に持ってなくても
あなたと仕事がしたいっていう状態になってきているので
理学療法士とドクターの協業っていうことじゃなくて
個人的な協業という流れでテクニックを持っている人たちっていうのが
欲しがられているっていうことなので
理学療法士という免許ではなく
それ以降の例えばドライバースライセンスで
いわゆるサーキットで走れる免許を持っているから欲しい
というような形になってきているので
やはり自己学習だとか自己検査みたいなのが
より重要になってくるかなって感じですね
そうですよね
そうなると理学療法士的な専門性を高めるだけじゃなくて
他の領域についての理解があるとか
特にドクターと協業するなら医学のより深い知識とか
他のところにももし協業するとしたら
経済的なところも必要になるかなと思いますし
そういう意味では理学療法だけ学んでればいいっていう感じではないかもしれません
僕は理学療法士の協会番号が2万台ですし
免許番号が3万台なんですね
なので相当少なかった時代のものなので
理学療法士という職業だけで仕事が来た世代です
だからそれの甘い汁を知っている時代になりますけど
今の理学療法士は理学療法士だから何の時代なんですよね
理学療法士としてあなたは何ができるんですかが問われる世代になってきているわけですよ
だとすると努力をすれば非常にいい仕事ができる
努力をしないとそこそこしかできないっていう時代になってきているのは事実です
どうしてもまだ教育者側だとか先輩たち側というのが
理学療法士になれば食えた時代の人たちがいるので
そこをいい話だけを聞いておくと失敗するわけですよね
そうではなくて理学療法士になったあるいは理学療法士になる段階で
スペシャリストを本当に目指そうとする人と
ジェネラリストの究極を目指そうとする人と
幹事社を目指そうとする人とっていうのは臨床で分かれてきますし
それが次病院で求められるあるいはドクターに求められるってなった時に
給与がものすごく影響してくるってことです
先ほど言った整形化系でドクターに見染められている人たちっていうのは
余裕で病院のスタッフ病院職の給与をものすごく超えてきます
ドクターにとっては重要な道具なので
そうですね
特に30代40代50代とかでどういうキャリア見せるかみたいなところで
学ぶ方向とか行動する方向性結構違うかなと思うので
20代中盤ぐらいまでは結構現場でがむしゃらにとか
目の前のことをやればいいかもしれないですけど
後半ぐらいから結構考えて戦略的に行かないといけないかもしれません
実際に僕の経験もそうですし
周りに今教え子たちを見ていて
がむしゃらに走る期間は10年です
5年だと全く足りないです
10年その現場かあるいはそこに大学院だとか
いろんなものも含めてだと思いますけども
何かしら10年やった人間はやはり形になってます
そして多分その10年間の努力によって
一生食っていけるであろうという立ち位置に来れますね
これ5年だったらちょっと甘い感じがしますね
確かにそうですね
自分の場合も結構下積みというか
報われないけど頑張ってるみたいな時期は10年ぐらいあったような気がする
だから5年だと全然足りないでしょ
そうですね理学療法士通って
例えば5年というと修士博士行ってた時期かなと思いますけど
それじゃ足りない感じは全然しますね
なのでそれはその1万時間理論が5年なので
2万時間努力をした人間かそうじゃないかのところの差は僕もあると思います
僕自身もやっぱり理学療法士の資格を取ってから10年経ってやっと
理学療法が面白くなった感じはあります
確かにアドバンストセラピスト的には10年頑張れという感じで
本当ですがその頑張れが10年時間を経過しろではないってことなんですね
地平道を吐けとは言わないが鼻血ぐらいは出してほしいです
そうですね自分も博士の時がかなりきつかったかなと思いますけど
本当に鬱っぽいなっていうか涙が出てくるみたいな経験もありましたけど
でもそれで考え尽くしたりとか実際の行動もした中で培ってきたものは結構あるかなと思うので
マッチョイズム的な感じはありますけどそういう時期も必要だなと思います
それが他の仕事を経験したことがないからよくわからないんですけども
例えば料理人だとか運送業者だとかあるいは公務員の政策企画側だとか
いろいろな仕事があると思いますけども
理学療法士はおそらく医療職ですね
特に医療専門職は10年の努力が後をつくる傾向にある
これ医者もそうなんですよ
看護師もそうで10年経ってから頑張ろうで追いつけない状態になってくるんですね
転職して違う営業職に行きましょうとかってなっても
やっぱり努力期間っていうのが必要になってくるので
医療専門職の資格を取ってから10年間頑張ってみるっていうのは
もう騙されたと思ってやってみたほうがいいです
いろんな人生設計があるかなと思いますけど
もし結婚して子供ができてとか30代とかになったりすると
本当に自分の専門性を高めるのに時間を作れなくなる可能性も結構高くなってきますし
そういう意味では早いうちに若いうちからコミットしてやっといたほうが
後々のためになるかなとは思うので
ぜひ20代で頑張ってほしいなと
頑張るって何ですかっていうのをもう少し抽象ではなく具体化していくと
8時間労働の後の数時間です
8時間労働した後に数時間
自分の人生にベッドできるかです
8時間は患者さんだとか病院のためにベッドしたらいいと思います
それ以外に例えば1時間でも2時間でも
自分の10年後20年後にベッドできる人間を頑張ると呼んでます
臨床で働きながらであればそういうとこですし
もし大学院とか行くっていう形であれば
大学院行ってる期間で研究するっていうのもありますし
まさに目の前でやらないといけないことをプラスアルファー
どのくらいできるかみたいな感じはします
例えばそれでゲームをものすごく得意としてて
そのままゲーム開発に行くとか
システムエンジニアになるとか
何でもいいとは思うんですね
僕の周りはたまたまデータとして
もしかしたらN数が少ないかもしれないが
理学療法としてベッドした人もいれば
プログラマーみたいな形でベッドした人もいるし
それなりにだから今理学療法士の平均給与が
例えば440万だみたいなデータよりも
ずっと稼いでます
それはもう明らかにそうなんですよ
じゃあ稼げない人たちはその人たちが悪いかというと
それは環境も影響があると思うので
食先というものを自分が商品として
価値がある状態で売れるかどうかというのを
自分に問うたほうがいいですよね
他の人に勝ち抜くほどの何かを持っていますか
あなたはその病院で欲しがられますか
必ず僕が学生の面接で練習させるときに
私はこうしたいとか
私が勉強しますとかっていうコメントはいりませんと
私が入ることでこの病院がこうなりますという主張ができなければ
取ってくれないというところを徹底的にそこを引っ張り出すんですね
私が入ることで例えば笑顔になります
そういうのはいりませんと
笑顔なんていうのはそういった抽象概念はいらないと
そうじゃなくて私がこの病院に入ることで
チームがどういう風になるとか
私はすごい学生時代こういうことをやってきたので
こういうことで影響を与えられるとか
あなたの職場にとって私は必要な人間です
というのを主張できなければ
面接では勝てませんよという話をして
なので僕面接指導する子たちでだいたい通ってくるんですね
私は木委員の新人教育課程に興味を持って
その新人教育として成長したいですとかっていうのは
お前のメリットじゃんって
あんたのメリットはいらないんですよ
就職先っていうのは病院のメリットを提供しなきゃいけないから
病院のメリットをいかに提供できるかということを言いなさいと
それが学生だったらまだ可能性でいけますけど
例えば10年後の自分がどっかの社会で
自分の能力を通して何かを提供できる状態を作れるか
っていうところが努力の勝負点なんですね
ですね なので本当に自分のやりたいっていうところよりも
結果を出せるかどうかっていうのが
やっぱり社会の中では問われてくるかなと思いますし
あと何と他の専門性と組み合わせていくかとか
100人に1人の人材みたいなところが3つ掛け合わされると
独自性が高くなる
1000人に1人ぐらいのが2つとかでもいいと思うんですけど
そのぐらいしようと思ったら結構10年ぐらいはかかるかと思うんで
田代さんが以前この番組でも言ってくださったように
ラグジュアリーとプレミアムがあるんだと
少なくてもプレミアムな状態
いわゆる限定的というか
自分自身自体がそのだけしかできないようなものだとか
っていうのを作るのにはやっぱり10年かかります
プレミアムな自分っていうものを作っておけば
どこでも勝負できるんですよ
ラグジュアリーはこれはねなかなか難しいですけど
多分プレミアムをずっと追求していったところに
何かしらラグジュアリーは見えてくるかもしれませんけど
まずプレミアムな自分っていうものを
10年かけて作りましょうと
そうすると後の30年40年が走れると
プレミアムが今例えばもう俺30だ
俺40だっていう人がないんだとすると
頑張ってまた作りましょうということですね
そうですね
認定専門みたいなのも目指す方向性もあるし
修士博士とかも目指す方向性もあるし
さらに違ったところとして組み合わせていくっていうのも
あるかなと思うんで
認定専門あるいは修士博士
めちゃくちゃ分かりやすい社会的評価なので
これ取っておくに限るんですよ
それこそ本当に学財学会なんか行くと
ドクター持ってると思ってないので
全然扱いが違いますからね
ですね
なのでこの辺は分かりやすい
プレミアム感っていうところかなと思いますけど
そこからさらに違ったところ組み合わせていくと
ただ一つ言っとかなきゃいけないのは
ドクターは簡単に取れませんから
ドクター取るのって正直超難しいタスクなので
簡単にドクターいきようとは言いません
ただ修士はドクターに比べると
随分取りやすいので
修士っていうものは一つのターゲットラインとして
置いてはいいと思うんだよね
なぜかと言ったら
例えばDPTだとか
いわゆる修士レベルあるいは医者
薬剤師は修士レベルがスタート地点なんですよ
修士レベルをスタート地点に医療者として
置くっていうのはすごくいいと思いますし
どうしてもコストがかかるからちょっととか
いう場合はそれはコスパがいいところを
探されたらいいと思いますし
修士で払った200万とか
150万ぐらいの金額はすぐペイできます
ですね
以前からも言ってる通り
アドバンスドサラピスト的には
学歴を取っていくっていうのは
理学療法士の中でも質を高めていきますし
他の領域に対してもアピールしやすいんで
そこはまず進むかなっていう感じですね
これはもう間違いないと思います
修士を持っていたら買い手がつきますので
その買い手がつくまでは探さなきゃいけない
今の自分の病院で修士を取っても
っていう人たちがいるんですけど
それはそうです
そういう病院に就職してるんですから
それはそれを欲しがるところに行かないと
プレミアムっていうのはそうです
売りに行かないとダメですから
ですね
世の中いろんな組織だったりとか
働く場はあるんで
ちゃんと修士的な知見を得ておけば
評価されるところもあるんで
今いる周りだけじゃなくて
他の人のところも見ていけるといいかな
最後に僕はいつも概念として思ってるのは
人間と像は縛り付けるのが
簡単な生き物って言われるんですね
像って多分生き物の中でも
地上の生き物の中でも
最も力が強い生き物
もう本当に自動車とか花で吹っ飛ばすぐらい
力を持っているんですけど
最初に強い鎖で繋いでおくと
少しずつ鎖を細くしていく
最終的に人間でも引きちぎれそうなロープを巻いてても
像は逃げないんですね
これ人間も一緒なんですよ
見えない鎖にめちゃくちゃ縛られる生き物で
自分の力でそれを断ち切ろうとすることを
できない人たちが多すぎるんですよ
だから自分を縛っているものは何か
というのを認知していくことによって
プレミアムのものを売りに行かなきゃいけないんですね
例えば地域とかですね
そんなもん投げつけりゃいいんですよ
と僕も思ってます
いやもうここから出られないので
なんでって言った時に
それはないんですよ
それが見えない鎖です
別に地域が変わったっていいじゃんっていう
家族か説得しろよっていう
どういう生活の10年後を見てるかっていうのを
説得できるんだったら動くでしょっていうことですし
もちろんそれが説得できない地域ってのもあるんだとすると
じゃあどうやって移動するかとか
何か考えれることってたくさんあると思うんですよね
見えない鎖をいかに縛っている自分を
立ち切れるかっていうのはすごく重要だと思いますよね
そうですね
その辺自分で認識できて
それを特化できる人もいれば
ちょっと外部からのサポート必要な人もいるかもしれないんで
そういう人はコミュニティとか入ってもらえたら
そこで相談のったりもできるかなとは思いますし
周りでチャレンジしてる人を見たりすると
そこで刺激を受けて自分に向けるっていうのもあるかなとは思うんで
そういう関係を作ってみたらいいなと思いました
はい そんな感じですね
じゃあこんなところで改めて
国際的な活動とか
あるいは苦良法はなぜみたいな話もいろいろしてきましたし
今後もいろいろ話していけたらと思います
あと直近で
ちょうどこの収録してる直後なんで
なかなか参加は難しいんですけど
オンラインのコミュニティの中での
互流会みたいなことも企画していってますし
今後周りの人とも関わっていきたい人は
アドバンスセラピストのコミュニティがあるので
そちらの説明欄のとこ見てもらって
コンタクト取ってもらえたらなと思います
じゃあ今回はこんなところで
ありがとうございます
ありがとうございました