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#33‐5トップアスリート直伝教室特別編ラグビー講演会
2026-07-31 51:50

#33‐5トップアスリート直伝教室特別編ラグビー講演会

2026年7月9日(木)に東京都北区王子にある 

北とぴあ・ドームPAホール(6階)で開催された 

「トップアスリート直伝教室特別編ラグビー講演会」 

の様子をお届けします! 

 

講師は 

明治大学ラグビー部前監督  

神鳥 裕之様さん  

大東文化大学ラグビー部監督 兼 北区ラグビーフットボール協会  

理事長 酒井 宏之さん  

 
皆さまぜひお聞きください★ 

【番組内容】 
スポーツ×街づくりをテーマに、33年のスポーツ界でのキャリアをもつ常田幸良が、 

スポーツを通じて街を盛り上げる様々な人にフォーカスを当て、掘り下げていく番組です。 

番組の感想は各媒体のコメント欄、または X(旧Twitter)で #ビルドアップローカル  

でよろしくお願いいたします。 
 
【配信日】 
毎週金曜日  
 
【出演】 
パーソナリティー: 常田幸良 
 
▼しぶさわくんFM公式サイト 
https://shibusawakun.fm/ 
 
▼公式X →@shibusawakunfm 

https://twitter.com/shibusawakunfm 
 
▼しぶさわくんFM 公式YouTube 
https://www.youtube.com/@sibusawakunfm/featured 

 
▼常田幸良X →@for_VERDISM 

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感想

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サマリー

このエピソードでは、ラグビー界の著名な指導者である明治大学ラグビー部前監督の神鳥裕之氏と、大東文化大学ラグビー部監督兼北区ラグビーフットボール協会理事長の酒井宏之氏をゲストに迎え、ラグビー講演会が開催されました。 番組では、まずお二人のラグビー界での輝かしい経歴が紹介されました。酒井監督は北区出身で、大東文化大学でリーグ戦と選手権の二冠を達成し、卒業後はリコーで活躍。神鳥氏は明治大学で全国大学選手権三度の優勝を経験し、リコーの監督を経て母校の明治大学を全国制覇に導きました。共通の所属チームであったリコー時代のエピソードや、現役時代のプレースタイルについても語られました。 特に、神鳥氏が明治大学監督時代に経験した、初戦敗北からのチームの立て直しや、選手たちの結束力の重要性、そして悲願の大学選手権優勝を遂げた瞬間の感動について詳しく語られました。また、「当たり前のことを徹底する」という「ボンジテッド」という言葉に込められた指導哲学や、選手に言葉を伝えることの重要性についても言及されました。さらに、リコーから明治大学監督への就任経緯や、その決断に至るまでの葛藤、周囲のサポートについても明かされました。 後半では、ラグビーが国民スポーツとして定着している諸外国との違いや、日本におけるラグビー人口増加への課題、そしてリーグワンの発展が地域に根差したラグビー文化の醸成に与える影響について議論されました。また、両監督が指導するチームのOB選手たちの活躍や、今後の期待についても語られ、ラグビー界の未来への展望が示されました。

オープニングとゲスト紹介
みなさんこんにちは。
しぶさわくんFMで、BUILD UP LOCALというパーソナリティをやっております、常田ゆきながり。
本日はどうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
さてですね、今年も始まりました。
北区トップアスリート直伝教室特別編ですね。
ラグビー講演会ということで、
昨年は早稲田大学ラグビー部、中級部ですね。
大田雄監督にお越しいただいたんですが、
なんと今年は明治大学ラグビー部前監督の神取裕之さんにお越しいただきました。
そして昨年にですね、引き続き大都文化大学ラグビー部の酒井監督にもお越しいただいております。
神取さん、酒井さんどうぞよろしくお願いいたします。
今日はですね、一体どんなお話を聞けるのかということで、
本当にですね、楽しみなんですが、
小宮尾さん、このお二人の強力なラグビー界を代表する監督がまた今日集まっていただきました。
いかがですか?
実は立候補で、ジームメイトでもあるんですけれども、
本当に仲良くて、この間も大地で確か飲んだという風な話も伺っています。
なんと!
非常にプライベートでもお付き合いになるお二人なので、
大学ラグビー対抗戦のリーグ戦ですけれども、
それぞれいろいろな楽しい話をしているかなと思って楽しみにしております。
ぜひ楽しみですね。ありがとうございます。
ゲストの略歴とリコー時代の思い出
それでは初めにですが、お二人の略歴をですね、私の方から簡単にご紹介をしたいと思います。
まずですね、初めに酒井監督からご紹介させていただきますが、
酒井博之さんはですね、東京都北区のご出身でございまして、
大東文化大学ラグビー部ではですね、
リーグ戦と選手権の2冠の優勝をご経験されております。
大学卒業後は株式会社リコーに入社されて、
ラグビー部でご活躍され、2002年に現役引退をされました。
その後ですね、2023年から大東文化大学ラグビー部の監督を務められております。
北区のラグビーといえばですね、酒井さんしかいないというような形で、
その中心的存在でいらっしゃいますので、酒井さん、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さあ、そして上取博之さんですが、大阪府のご出身でございますね。
現役時代のポジションはフランカーナンバー8ということで、
明治大学ラグビー部では1年、2年、そして4年次に全国大学ラグビー選手権で優勝されました。
社会人は選手として株式会社リコーにご入社されて活躍をされまして、
2006年に現役を引退されております。
その後、2013年からリコーの監督に就任されましたが、
2021年に母校の明治大学ラグビー部の監督に就任して、
今年の1月に全国大学選手権に7大会ぶり14度目ですかね、優勝を果たされたということで、
現在はリコーの方にですね、戻られているということでお聞きしております。
たった今ご紹介しましたが、リコーという共通のワードが出てまいりましたけれども、
なんとお二人はリコーご出身ということで、同じチームで戦った先輩後輩ということでよろしいんですよね。
どちらが先輩でしたか、坂井さんがご先輩。
2歳年上でしたっけ?
はい、そうです。
どうだったんでしょうか、リコー時代のお二人の関係というのは、
切磋琢磨をされていたと思うんですけれども。
ポジションが違うので切磋琢磨していないんですけれども。
本日はご来場誠にありがとうございます。
そうですね、リコー時代の思い出と言いますと、ご覧の通り坂井裕之、神取裕之と言いましてですね。
僕ら二個違いなんですけど、実はこの間にもう一人田沼裕之というのがいまして、佐藤裕之というのがいまして、
特に田沼というのはですね、ご存知の方もいらっしゃるかと思うんですけど、
日本代表でワールドカップにも2回出てまして、
田沼もすごい選手ではあるんですけれども、田沼のお母さんというのがすごくてですね、
田沼ママと言われてまして。
本当に一人フーリーがあると言われてましてですね。
スタンドからヒヨク、ヒヨク!
ヒヨク、ヒヨク!
そんなんで広く広くと言われて、僕ら振り向いていまして。
これがリコーの試合だけじゃなく海外でもいいんですね。
僕らちょうど96年ですかね。
南アフリカで行われた学生ワールドカップっていうのに出場したんですけども、
その時にはまだ亀沢大学生でしたね。
そうですね。
大学生で、僕と田沼はリコーから行って、亀沢と行った時も南アフリカでもヒヨク、ヒヨク!
そんな間からです。
よろしくお願いします。
田沼さんの情報はございましたか?
今盛んにおっしゃっていました。
田沼さんはリコーでロックをやられていて、
もちろん日本代表なんですけども、
北区のラグビー協会にも非常に前向きな方で、
我々のイベントとか、
この協会の創立記念パーティーの中にもお越しいただいて、
明後日も区でやる教室があるので、そちらにもいらっしゃるというふうに伺っています。
分かりました。ありがとうございます。
逆に坂井監督の印象というのは、嫌だったんでしょうか?
よろしくお願いします。
この通りです。このままだと変わらないですね。
自分が今話した南アフリカの学生日本代表です。
その時は学生日本代表なんですけど、
まだ若手の社会人チームの選手たちに入れる年齢縛りの代表だったので、
私は大学4年生で、田沼さんと坂井さんもいて、
当時まだ私の行き先をどこにするか決めていなかったんですけど、
南アフリカでずっとリコーを超えて誘ってもらった。
ほぼ監禁状態で、返事するまで部屋を出さないと言われていたような思い出がありますし、
入ってからもすごくかわいがってもらって、一緒にプレイした経験がすごく残っていますね。
いい先輩ということでよろしいですね。
間違いないです。めちゃくちゃ楽しい先輩でした。
ありがとうございます。
現役時代のプレーと北島監督のエピソード
二人リコー出身ということで、そういう共通な話題があるわけなんですけども、
現役時代についてお聞きしたいと思っているんですけども、
神取さんにご質問なんですけども、
選手時代、現役時代、大学社会人を通じてですね、
ご自身ではどんな選手だったと思うんですかね。
プレーの特徴とか、何か得意なプレーとかですね、その辺はいかがだったでしょうか。
身体は当時はまだある方だったんで、今はもう何倍ずつだとこのサイズ小さいくらいかもしれません。
当時だとまだ大きい方だったんで、やっぱりボールを持ってプレーするのが好きだったんで、
ディフェンシブというよりは、ボールを持って捉えとるっていうのが、
常にそればっかり狙ってたっていう。
前に出て、相手を吹き飛ばして、それに快感を覚えてっていう。
そういう選手だったかなって思いますね。
坂井監督は、現役時代の神取さんのプレーの印象って何か覚えあたるものありますか。
明治大学のナンバー8として入部してきてくれたんですけども、
その頃からやっぱりナンバー8っていうのは結構外国人選手が増えてたんですけど、
理工は神取くんが8でやってくれてて、やっぱり豪快な突破力は魅力的でしたね。
明治大学といえばですね、いろんな歴代監督がいらっしゃると思うんですけども、
その中でも特に北島聖司監督が最も有名なんですけども、
北島雄大の印象や思い出、エピソードを含めて何かあったら教えていただきたいんですけど。
北島先生、よくこういう場で聞かれることが多いんですけど、
その時よく必ず私が言ってるのが、4年生の時に北島先生が亡くなられてるんですね。
本当に最後の世代っていうふうにOBの方々からも言われてて、
北島先生に直接指導を受けられたギリギリ最後の世代でしたので、
実は私4年生の時に先生の質疑を持たせてもらったりとか、
本当にチームのリーダーでもあった、キャプテンではなかったんですけどリーダーだったので、
当時のキャプテンと私と主要のOBの方で北島先生の質疑を持たせてもらって、
それを八幡山の寮からブランドまで運んで、
その真ん中に置いてみんなで周りを囲って、最後手を合わせて見送りしたっていう、
そういう貴重な体験をさせてもらえたので、本当に私にとってはありがたい財産というか。
あと1年生の時に、まだ先生お元気だった頃に、
これよく話している内容なんですけど、
僕本当に1年生で合宿所の前を掃除してたらですね、
ちょうど北島先生の家って合宿所の目の前にあったんで、
先生が杖ついて出てこられて、自分を見つけておいって呼ばれて、
1万円渡されてタバコ買ってきてくれって言われて、赤いラークだったんですけど当時。
僕1万円受け取って、1年生で本当に右も左もわかんなくて、
北島中司だと思いながら、その1万円握りしめて下のタバコ屋さんに行って、
赤のラークを買って先生の家まで持っていったら、杖でパンって頭叩かれて、
買えるだけ全部だって言われて。
250円だったんですけど、1万円でお釣りでたくさん渡したら、
これで買えるだけ全部買ってこいって言われて、もう1回走って買いに行ったっていうのは、
本当に僕にとって貴重な。
貴重なエピソードですね。
そうですね。
本当にそういった意味で、一緒に共に時間を過ごさせてもらえると本当にありがたかったなと思っています。
なるほど。
ご自身が最も影響を受けた指導者の1人ということが言えるんでしょうね、きっと。
直接教えてもらったことってほとんどないんですけど、
でもやっぱり存在感はすごくあったので、
自分にとっては本当に貴重な指導者なんですよね。
存在感がすごかったってことですね。
坂井一監督からはどうですか、北島聡司監督。
なんて作戦が、本当有名人になっちゃってましたね。
やっぱりたまに当時の、それこそ神取さんの試合とかをYouTubeで見たりすると、
監督がカメラで向かわれたりするんですね。
明治大学の北島監督です。
タバコ吸ってるんですね。
試合中でも吸ってましたね。
こうやってタバコ吸ってるのが、昭和というか平成の初期ですかね、
の時代を匂わすというか。
ただやっぱりああいう、ちょっと羨ましかったですね。
名物監督みたいな方がいらっしゃって、
すごい気になりましたね。
自分が4年の最後戦った時、
敵ではありましたけど、スタンドに北島先生がいらっしゃるような、
なんていうんですかね、ちょっと湧いて、ちょっと体調が落ちたんですかね。
北島先生が久々に試合を見に来るっていうので、
ちょっと人だかりができて、すごいなって分かりましたね。
あと北島先生が亡くなられた時、
上市さんが4年戦の時ですかね。
その思い出というか、見てて。
明治大学の襟が黒だった。
初代だよね。
あの年だけですね。
あれもやっぱり思い出に残ってますね。
やはり存在の大きさというのがまずあって、
いろんな方に影響を与えてたということを得るんでしょうね、きっと。
ありがとうございます。
昨年度の明治大学ラグビー部の特徴と優勝の瞬間
昨年度の明治について、ちょっとお聞きしたいんですけども、
大学選手権に優勝いたしました。
昨年度の明治大学のラグビーの最大の特徴というんですかね、
ちょっとこれを振り返っていただいてですね、
どういったチームの作り方というか、仕上げ方、戦い方、
初戦、筑波大に確か負けてそれがスタートした。
どう立て直したかとか、存在をお聞きしたいなと思うんですけど、よろしいでしょうかね。
ラグビーの特徴というのは明治ってあんまり変わらないと僕は思っています。
当然時代に合わせてバージョンアップしていっているところもあるんですけど、
最近ではバックスも入っているので、バックスの選手もいい選手いますけれども、
基本はやっぱり強いフォワードの軸にセットプレーを圧倒して前に進んでいくというラグビーは変わっていないので、
ラグビーのスタイルにおいてはどの時代においても変わっていないんですけど、
去年のチームにおいて一番大きな特徴といえば、
本当に4年生の結束力というのがすごく大きかったと思っています。
それは5年間とやっている中で、どの世代もみんないい学生たちだったんですけど、
中でも4年生がまとまっていたというのはすごく印象的だったかなと思います。
学生って4年生のスポーツなのでよく乗れるんですけど、
いかに4年生がしっかりしているかというのはすごく大事で、
去年うちの場合、筑波に負ける前にも不祥事を起こしてしまって世間の方にご迷惑をかけたりして、
いろんな失敗を得ながら学生たちがまとまっていったというのは、
結果的にラグビーのパフォーマンスにつながったんじゃないかと。
まとまるというのは、つまり一試合に出ていない選手も届いているわけで、
出ていない選手たちも本当にこのチームで勝ちたいとか、
このチームのためにどうすればいいかということを真剣に考えるような流れに、
シーズンが深まるごとにどんどんなっていった。
それが結果につながったのかなというふうには、僕は個人的には思っています。
なるほど。やはりチームの結束力、一体感、それがあってこそということなんでしょうかね。
簡単なシーズンではなかったということですね。
そうですね。いろんなことがあったので、すごいジェットコースターみたいな。
ジェットコースター。
1年でしたよね。
小宮山さんもちょっとご覧になったと思うんですけれども、
明治といえば前衛というラグビーなんですけれども、
昨シーズン、小宮山さんがご覧になっていた明治のラグビーというのは、いかがだったでしょうか。
よく皆さんご存知の前衛とあるんですけれども、
今上取さんがおっしゃったように、去年は本当にバックスが良くて、
スタンドオフの伊藤さん、伊藤君も始め、
バックスがこんだけ強い時の明治って怖いなというのを、
まざまざと見ていて感じていました。
なるほど。
そうですね。上取さん、ご自身が初めて監督として優勝を経験されたということだったと思うんですけれども、
その瞬間というんですか、その時の思い、感想というのはどうだったんでしょうか。
すごい感動だったかな。
5シーズンですよね、監督。
はい。
そうですよね。
でも覚えているのは、
これは安田大学さんのオービーの方々とかがいたら、
ちょっと失礼になるかもしれないんですけれども、
決勝戦、すごい安心して見れたという感じだったんですね。
それだけ学生たちの結束と成長がピークに達したのが決勝戦だったので、
試合を見ていて、監督5年と理工でも8年やっているので、
いつも5シーズンバクバクしますよね。
本当にバクバクするんですけれども、
あの決勝戦だけをすごい不思議と落ち着いて見れたというのは、
初めての感覚だったというのは、それが結果につながったのかなと。
なるほど。
正直、勝負は最後の最後まで分からないというのは、今でも僕もそう思っているんですけれども、
前半終わった時に、今日勝てるんじゃないかなという感覚を持つくらい、
安心して見れるようなゲームだったので、
優勝した瞬間は、やったなという感じにならなかったというか、
やっぱり勝ったなという感じだった。
そういった意味では、話を前後しちゃうんですけれども、
対抗戦の提供戦があったんですね。
これもこのチーム成長するために、結果的にすごい大事な試合だったんですけれども、
あの試合の方が生きた心地がしなかったという感じでしたね。
優勝した瞬間は、優勝したなという、ちょっと監視している自分がいたような感じでしたね。
なるほど、分かりました。
ありがとうございます。
先ほど一体感、結束というような話もあったんですけれども、
指導哲学「ボンジテッド」と言葉選びの重要性
盆時徹底というキーワード、言葉が頻繁に使われていると思うんですけれども、
どのようなことを意識して選手に対して指導されているのか、
その辺はいかがでしょうか。
選手がこういう変わり方をしたとかですね、
何かそういったことで、気持ちの中で相手に伝えることによって何か変化が起きたとかですね、
それはいかがでしょうか。
自分実は理工の監督をやっていた時に使っていた言葉なんですね。
なるほど。
なので、何かこう選手たちにキャッチって言ったら変ですけど、
チームをまとめていく上で何か良い言葉がないかなって言った時に、
当時のマネージャーがこういう言葉どうですかみたいな感じで、
話をいろいろしている中で生まれたんですけれども、
要はその通りなんですね。
当たり前のことを徹底するっていうことなんですけど、
当たり前って何?っていうところを選手たちにイメージ付けさせる作業は結構やってたんですけれども、
例えばラグビーの試合においても、よく言うんですけど、
80分間ある中で、
実際に選手がボールを持っている時間帯ってどれくらいあると思いますか?
っていうような質問を選手にするんですね。
これちょっといろいろ全部あるんですけど、
単純に言うと1分しか持っていない。
もっと持っていない選手もいるんですけど、
1分ですか?
1分だけなんですよ。
1人の選手が試合の中でボールを持っている時間帯っていうのは、
9番10番みたいなポジション特性で触る選手はちょっと触る時間はあるんですけど、
単純に慣らすとですね。
じゃあ残りの79分どうしますか?っていうような話とか、
ボールを持っていない時間帯はあなたはどういう態度ですか?とか、
あと練習時間は24時間の中で、
明治の場合は2時間くらいしかやってないんですけども、
じゃあ残りの22時間どうしますか?っていう話だったりとか、
人って当たり前のスポットライトを浴びている時間っていうのは一生懸命やるんですけど、
そのうち他の時間帯って結構自分にすごく委ねられる。
そこで当たり前のことを当たり前にできないと、
いくら練習の時だけ、ボールを持った時だけ、
試合の時だけ頑張ってもダメじゃないの?っていう話をしながら、
選手たちと打てたっていうところがあるので、
学校に行くか行かないかっていう、
瞬間瞬間の正しい選択をできる選手。
寝た方が楽だけれども、
学校に行かなきゃいけないっていう決断をするときに正しい選手を選べるとか、
そういう勝負の積み重ねに勝っていかないと、
最終的に自分たちが求めているものを得られないんじゃないかっていう話を。
そういうところで、ボンジテッドで当たり前のことをちゃんと当たり前にできる選手が、
やっぱり本当に日本一になれるっていうことを常に言ってたっていう感じですかね。
なるほど。
先ほどですね、今ちょうどサッカーのワールドカップやってますけども、
先ほどお聞きしたら、日本大学の森安監督が、
ボンジテッドって言葉を使い始めた。
これは上取さんの方が先ですね。
上取さんの方が先なんですね、それは。
ですよね。
そういった非常にいいワードっていうか、
言葉で選手に伝えるっていうことの重みというかですね、
それが非常に伝えるような言葉かなと思うんですけども、
坂井監督はいかがですかね、
選手に伝えるときの意識している言葉とか、
何かそういったものはあるんでしょうか。
そうですね、言葉が大事ですね。
自分だけ伝えても伝わってなければ意味がないので、
言葉選びはすごい慎重にしてますね。
だから別にかっこよくなくてもよくて、
そのチームとかその選手たちに合う言葉をよく考えてますね。
正確に伝えるってことは、気持ちがきちんと伝わらないと
やっぱりチームとしてまとまっていかないってことがありになるでしょうね。
特にチームのスローガンだったり、
チームの中での流行語対象じゃないですか、
そういうぐらいみんなが口にするようになっていくと
引いているのかなと思ったり、
自己満足じゃなくちゃんと響くような言葉選びはいつも考えてます。
ありがとうございます。
明治大学監督就任の経緯と決断
さて、ちょっと次もお聞きしたいなと思っているんですけども、
これは会場の皆さんもぜひ気になるところだと思うんですが、
上鳥さん、理工の監督から明治大学の監督に就任されたんですけども、
これ皆さん驚かれた方も非常にいらっしゃると思うんですが、
この経緯とか決め手っていうんですかね、
当時どういった決断で僕の明治大学の監督を引き受けになったのかっていう、
そこを皆さんお聞きしたいなと思うんですけども、いかがでしょうかね。
これは、私理工のブラックラウンズの監督をやっていた、
7年目、8年務めたんですけど、7年目のシーズンが終わったシーズンオフだったかな、
の時に明治大学の前監督の田中興典監督から連絡をもらいまして、
ちょっと会いませんかっていう話で電話をもらったんですね。
そういう電話のやりとりっていうのは過去にも何度かあって、
私はブラックラウンズの監督をやっていた時って言ったら、
当時GMも兼務していましたので、電話のマネージャーも兼務していまして、
大学生の有望な選手をリクルートする最終責任者でもあったので、
よく当時の田中興典監督が明治の監督でしたので、
有望な選手の情報交換であったりとか、その選手がどこに行くとか、
その学生がどこに興味を持っているみたいなやりとりをするために
頻繁に連絡もとっていたので、逆もしっかり明治大学の選手の
こういう選手をリクルートで取ってくれませんかみたいな相談もされたりもしたので、
今回もそういう話かなと思って会いに行ったら、
来年監督やってくれませんかっていう話を唐突にされたところが、
思えもしなかったので、
もう10年ぐらいやるんじゃないの?っていうふうに言ったんですけど、
彼もサントリーからの出向の立場でしたので、
長くできるわけじゃないので、
しっかりとチームを引き継げる人材を探していかなきゃいけないんですっていうふうな説明をされて、
ちょっと予想もしてなかったので、
私もこういうプロで行ける立場ではないので、
一旦話を持ち帰らせてほしいということで帰ったということで、
ただ、個人的に北島中二のポジションに自分がつくなんて、
人生の中で考えてもいなかったので、
正直ちょっと弱腰になりかけたと思ったんですけど、
多分最初ファーストインプレッションとしては、やっぱりやってみたいと思ったんでしょうね。きっと。
周りの方の理解もあって、
特に立候補の当時の山下社長は、今は会長なんですけれども、
直属の上司は、私は人事担当の役員の方だったので、
この人に相談すれば多分いけるだろうと思って、
明治から監督の方がいたんですけど、
どうしましょうかって話をしたら、
私決められないって言われて、社長のところに行こうと。
前例がなさすぎて、
こういう本業以外のところに出向するなんていうのは。
山下さんのところに行って相談したら、
もう開校一番、そんな名誉のことはないっていう。
立候補のために行ってこいって言ってくれて。
そういう周りの方の声もいただきながら、
最終的には家族とも相談して、
監督さんからも、
なかなかね、こんなやりたくてもできないような仕事をね、
やってほしいって言われるなんて、
なかなかないんじゃないの?って言われて。
行ってこい、やったらいいんじゃないの?みたいなことを言われて。
自分自身も、あの時やっとけばよかったって後悔するよりは、
進んでみようっていうことで。
1週間から10日くらいに、
田中監督に返事をしたという。
そうですか。
原因でしたね。
やはり相当悩まれますよね。
時間的には10日くらいかかったんですけど、
やっぱり自分の気持ちの中っていうのはね、
聞いた時の瞬間っていうのは多分今となればですけど、
やっぱりありがたいな、やりたいなって思いは多分あったんだろうなと。
ただ、そこに至るまでにいろんな方の理解とサポートと、
背中を押してくれる方々がいたっていうのは、
感謝ですかねっていうところですね。
小宮山さん、このニュース聞かれた時は、
相当びっくりされたんじゃないですか?
そうですね。
社会人のほうの監督から大学ってそんなにいなくて、
大学で結構頑張ったから、
例えば早稲田の清宮監督が上行くとか、
いうのはあったと思うんですけども、
それほど社会人くらい大学ってあんまりなかったので、
え?って思いました。
そうですか。
びっくりしました。
坂井監督は先輩としてこのニュースを知ったのは、
やっぱり報道ですか?
ちょっと噂はありましたね。
今年で田中監督が終わる、
次上取君がやるみたいな噂はありました。
そうなんですか。
ただ、なかなか決断だったと思います。
そうですよね。
現在の活動と今年の明治大学への期待
上取さん、今で就任されて、
後期勤められたんですけども、最後優勝されて、
今理工に戻られてますよね?
はい、戻りました。
4月に戻りました。
今、7月ですけども、
この間、どんなことをされてるんでしょうか?
現在もやってませんって言えないんですけども、
あんまり重たったことはないです。
ただ、皆さんに伝えてるのは、
ブラックラムズのスタッフに戻っていると。
ただ、大学のシーズン期間とリーグ1のシーズン期間が
今、ずれてるので、
私が戻ったこの4月の一日のタイミングっていうのは、
リーグ1が後半戦で、
ブラックラムズ最終的には5位で、
ちょっと残念な結果になったんですけども、
一番過強だったんですね。
なので、このタイミングで役割を持つっていうタイミングではなかったので、
この3ヶ月は本当にチームを裏側からサポートするということで、
試合会場に行ったりとか、
お客さんにすごくご挨拶させてもらったりとかっていう時間を
この3ヶ月過ごしたって感じです。
なるほど。
ということはまた、
シーズンのタイミングっていうことなんですけども、
時期が来ればまた新しいポジションがそこに余っててですね、
どんどん後押ししていくっていう、
そのような形になるんでしょうね、きっとね。
そうですね。
今、リーグ1のいろんなチームから新体制が発表とかっていう情報が
ポツポツ出始めてますんで、
私もブラックラムズの新しいシーズンの体制に向けて、
何かしらの役割、ポジションをいただくということになると思います。
なると思います。
なるんじゃないかなと思います。
分かりました。
明治大学のですね、ちょっとお話に戻るんですけども、
先日、瞑想戦の試合があって、
その時に解説を上取さんがされてたってことをお聞きしたんですけども、
今年の明治の調子っていうのは、
上取さんがご覧になっていかがでしょうか?
今の結果だけでは全然判断できないと思います。
本当に熱心に応援してくださる皆さんには、
結果だけ見ると、
少し満足いくような内容じゃないと思われる方もいると思うんですけど、
去年のチームを見たら、
強くなったのって11月の提供戦からなので、
それまで本当に優勝できるようなスコアだけ見ればですね、
全然優勝できる試合内容じゃなかったので、
全く参考にならないと思ってもらって、僕はいいと思ってるんですけど、
今の段階ではですね。
ただ、今年のチームは僕は強いと思ってます。
やっぱりいいメンバー残ってますし、
当年のメンバーたちを支えた3年生、
今の4年生ですね、
彼らが非常にその世代においては優秀な選手たちですので、
まとまって懐かしく対抗戦が深まっていくにつれて、
チーム力が上がってくれば、
十分チャンピオンを狙えるチームだと思うかと思ってます。
2連覇の可能性が相当高いということでよろしいですね。
やっぱりいろんな大学を強化してますので、
絶対というのはもう勝負はないんですけれども、
ここ数年、明治の中でも2連覇できるチャンスはある可能性が高い1年になるんじゃないかなと思います。
ありがとうございます。
大東文化大学の現状と一部昇格への意気込み
さあ、一方ですね、
坂井館長、
大東文化大学なんですけども、
春の7人制、準優勝されたということで、
その後の調子とですね、
あと、一部の優勝されてですね、
昨年、2部に攻殻されたということでですね、
非常に揺れ幅が大きかったという点だったんですけれども、
復帰までもですね、
ロードマップの道筋、その辺の意気込みというのはいかがなんでしょうか。
確か、ちょうど1年前ここで大田雄監督と対談したときは、
お互い対抗戦の優勝監督、リーグ戦の優勝監督という対談で、
今年は2連覇目指しますなんて言ってたと思うんですけど、
坂の2部に押してしまいました。
春の調子も、結果は見るとあんまり良くなくてですね、
大東ファンの方にはちょっと心配かけているかと思うんですけども、
ただチーム作りとしては決して悪くなくですね、
それはなぜかというと、さっき上取さんも言ってましたけども、
大学ラグビーというのは本当に4年生の結束力である入りだとか、
あとはいろんなことをですね、立する勇気というかですね、
その辺がすごい大事だと思っていて、
今年の4年生にはそういうところがあるのでね、
今年のもううちのチームがやるべきことっていうのは、
一部昇格以外ないので、それ以外全部失敗なので、
そういう確保を持った1年にしたいと思っているし、
そういう選手が揃っていると思います。
なるほど、わかりました。
小宮山さんにもちょっとお聞きしたいんですけども、
明治大学、それから大東文化の今後の活躍ですね、
その辺はどう見られていますでしょうかね。
先日、自分はそうめい戦って言っちゃうんですけども、
そうめい戦を見ていて、10番の伊藤選手が5番から出てきて、
結構詰めてきたというふうに思っていて、
伊藤選手がスターティングメンバーで出てたら、
明治が勝ってた試合なのかなと思って見ています。
おっしゃったように、明治のバックス人が今年さらに強力だと思っていますので、
元々フォワードはいいので、それがうまくフィットすれば、
また今年も強いのかなと思っています。
大東文化について言うと、昨年優勝した後に、
例えばデカボリーハンターに出たりとか、
メディアを騒がすようなこともやっていて、
坂井監督が北区のイベントにも選手を結構連れてきてくれていて、
我々ですからいろんな選手をよく知っていたんですけども、
そういうのにやったから負けちゃったんじゃないかと言われちゃうと嫌だなと思っていたので、
本当にぜひ今年は大東文化には一部に復帰していただいて、
またいいスタジアムでやって、
観客席で見れるような環境に入ってほしいなと本当に思っています。
痛いとこつきますね。
全国のファンが願ってますよね。
一年で一部復帰だろう。
ぜひ頑張ってほしいですよね。ありがとうございます。
OB選手の活躍と指導者としての喜び
教え子というんでしょうかね。
たくさんいらっしゃると思うんですけども、
まず明治大学の方ですね。
先ほど伊藤選手という名前も出ましたけども、
久保田に所属されているタムフタ選手ですとか、
それから広瀬選手、キャノンの石田選手。
日本代表候補に入られていますけども、
そういった選手が活躍しているこの辺りの感想をお聞かせください。
嬉しいですよね。
明治のOB、特に若手のOBが最近日本代表クラスの試合があったり、
合宿とかにも呼ばれている。
リコーノ監督から明治監督になりたての頃って、
リコーノ選手をよく知っているんで、
リーグワンの試合とか見ててもリコーノ選手を調べていたんですけども、
監督2年目、3年目くらいになってくると、
明治のOBがどれだけ出ているかをチェックするように変わっていったところが
一番自分の変化というか。
今でもジャパンのスコットを見ても、
まだリコーノ選手を追わずに明治のOBを探しているというのがあるんで。
そういった意味で龍之介なんか、学生でこのまま初キャップを取って、
アイドランドの試合で出るんですよね、多分ね。スターメンで。
あいつはもう試合を追うごとにどんどん成長していっている感じがしますし、
広瀬は僕の印象深いのは100周年のときにキャプテンですので、
有機の決勝戦で試合中断して最後勝てなかったという悔しい思いで児童団に進んで、
やっぱり彼もしっかり児童団でもレギュラーになって、
ジャパンでも12番で試合出て、
タメちゃんちょっと変わったやつなんで、もうマイペースですね。
変わったよね。
マイペースなまま、でもすごくいい選手で体が強くて、
すごくヒットレスもあって、
本当に常にマイペースなんですよ、自分も立志しながらね。
多分ジャパンになるだろうなと思ってたけど、
思ってた以上に20キャップ、この前たまたまあって聞いたのが20キャップ以上で、
本当にいろんな若い明治の選手がどんどん出てくるっていうのは、
僕たちにとってみれば、よく学生にも話すんですけど、
やっぱり明治の4年間がゴールじゃないんで、
ラグビーを続けるにしても続けないにしても、
その先の人生も長いので、そこで輝ける人材を作っていくっていうのも、
我々高大学指導者の使命だと思っていますので、
そういう意味においては、卒業した後に活躍している選手が出てくるっていうのは、
私にとっては本当に嬉しい、尽きるっていうところですかね。
あとはドキドキの伊藤選手も、やっぱり期待が大きい人ですよね。
あいつ兄貴もいるんで、一応PRしておきますけど、ブラックラバーズでね。
同じポジションで、広瀬と同級生で、カルビー選手ですし、性格が全然違うんですよね。
リュウノスケのほうが、弟のほうが今出てる伊藤のほうが、
気が強くてコミュニケーションが高いんで、
それがうまくチームにフィットし始めて、怖いもの知らずなところがありますんで。
兄貴のほうはちょっと大人しいんでね。
能力がすごく高いので、本人は悔しいと思いますんでね。
地道にトレーニングをしっかり続けて、
二人でジャパンになってほしいなというのがありますよね。
期待は大きいですね。
ありがとうございます。
大東文化大学OB選手の活躍と指導者の視点
一方、大東文化の出身選手ですけども、
パナソニックのリサラ選手ですね。
それから三菱重工相模原のヴァイレア選手。
この二人の活躍が今されてますけども、
こっちのお二人、どんな一緒にお持ちですか?
そうですね、二人とも北区の小学生だったり、
大人の月一ラグビーにも参加してくれて、
本当に性格も良くて、日本語もとても上手くて、
日本語の検定でも結構良いのを取っているんですよね。
英検の一級ぐらいのところまでは取っているぐらい、
勉強に熱心でしたし、コミュニケーション能力も高くてですね。
実際、エディ・ジョーンズ監督にもちょっと声がかかったりはして、
ヴァイレアの方は一回練習には参加したのかな、
そういうチャンスはあると思います。
あとはちょっと別件になっちゃいますけども、
既に日本代表に選ばれて、
ワールドカップにも出場している、
うちのOBのアマト・ファカタマっているんですけども、
これが今理工にいるんですけども、
理工に誘ってくれたのがカブトギさんです。
アマトを入れてくれたの。
彼もたぶん、最後入るんじゃないかな。
今はけがで参加できないですけども、
たぶん選ばれると思います。
彼は?
大東でももちろん頑張ってくれていたんですけども、
理工に入ってさらに伸びた選手だと思います。
なるほど。
期待する選手と指導者としての思い
すごく強い絆がありますね、お二人のね。
よろしくお願いします。
夜はもちろんね。
すごい絆はあると思います。
長い月です。
神取さん、先ほどお名前が出た選手以外の
教え子の選手で、
期待している選手がもしいらっしゃったら。
そうですね。
ブラックラウンズのスタッフですので、
個人的にすごく私は、
押したいのは山本玲次郎というロックの選手なんですけど、
このポジションはすごく外国人が接見していますので、
リーグ1の中でもこの4番5番という背番号は
全部外国人と言われているので、
ブラックラウンズでも日本人ロックで
レギュラーを張っていましたので、
実は今回、日本代表の合宿にも呼ばれて
参加していたんですけれども、
ゲームが始まってくると外国人が出るという格好で、
今はちょっとまたギャグに戻ってきたんですけれども、
彼の後は本当にいわゆる盆地徹底じゃないですか、
本当に黙々と自分のことをしっかりやれる選手なので、
飛躍してほしいなというふうに思いますし、
現役で言えば、
今年のキャプテンの大川渉なんかは、
私が明治の監督に就任して、
一番最初に高校生に挨拶に行った時に、
明治に来たいと言って、
東福岡高校に最初に行ったんですね。
監督になって一番最初に。
その時に挨拶して出会ったのが、
平翔太と大川渉だったんですよ。
なので、私は明治の監督になって、
一番最初に出会った高校生なので、
今こうやって明治4年後か、
キャプテンにもなって、
平翔太もキャプテンになりましたけれども、
誰ともキャプテンなのでね、
順調に成長していきますので、
明治に入れるために、
リーダーとして頑張ってほしいなと思います。
なるほど。
思い入れの高い選手ですね。
そうですね。
分かりました。ありがとうございます。
諸外国とのラグビー文化の違いと日本への課題
次はですね、
これはお二人、
なかなか答えづらいのかもしれないですけども、
外国との違いっていうんでしょうかね、
国民スポーツとして定着している、
諸外国との違いについて、
少しお話を伺いたいなと思っているんですけども、
代表的な国でいうと、
イギリスとか、
オーストラリア、
ウェルスとかですね、
アメリカもこれに当たるかもしれませんけども、
これらの国というのは、
非常に国民スポーツということで、
やはり地域の誇りとなっている国だと思うんですね。
特に日本との違いというんでしょうかね、
ラグビーということで考えると、
何か比較して、
こういったところが違うなとか、
日本を目当たるところってあるんでしょうか。
例えばニュージーランドと比べると、
やっぱり国技というか、
環境も違いますし、
あとはラグビー人口が違います。
子どもたちの夢が、
基本ラグビー選手という国ですから、
日本は子どもたちがラグビー選手を目指すか、
本当に少ないんですよね。
どうするべきかというのは、
環境であったり、
いろいろあると思います。
2015年でしたかね、
ゴローマの選手が出てきた時は、
ゴローマのグルーンで、
すごい注目度が上がった。
何か注目度が上がることが起こると、
一ついいのかなとは思っています。
今の日本で、
これからラグビー人口を増やしていく。
神代さんはいかがですかね。
僕もだいたい坂井さんと同じで、
自分も若い頃ニュージーランドに
ラグビー留学させてもらったりする経験もあって、
その時に至る所でブランドがあるんですよね。
子どもたちが簡単に気軽にラグビーできる環境がある。
これも坂井さんがおっしゃったように、
この国がスポーツにどれだけ力を入れているかという違いもある。
日本の場合は野球もあればサッカーもあるし、
いろんなスポーツが選択できるという良さもある。
反面、逆にラグビーに特化してくれるような子たちが
なかなか集まりづらいという苦しさもある。
ニュージーランドの場合は、
ニュージーランドサッカー、ラグビー一択みたいなところもある。
ラグビーをやっていた人としては、
気軽にラグビーができるような場所とか、
身近にラグビーを感じるようなチームがあるとか、
そういう雰囲気になっていけば、
実は私も子どもがいて、
ラグビーをやらせたいなと思っても、
近所にラグビースクールがなかったので、
野球をやらせたりすることもあったりする。
こういったところを、今、北区のラグビー協会の方々が
すごく熱心に活動されているという話も、
社会さんに伺ったので、地道ですけど、
続けていくことで環境が広がっていけばいいなと思っています。
リーグ1の発展によって、
企業型チームから地域に浸透するチームが
結構増えてきたような気もするんですけれども、
これらにも非常にきっかけになっていくのかなと思います。
環境という面で。
リコーと北区のラグビー、地域密着の可能性
そうですね。私も4月に戻ってきて感じたのは、
トップリーグ時代にはなかった一つとしては、
リーグ1のチームが全てアカデミーを持っていて、
子どもたちを集めて指導していると。
その指導している人たちが、リーグ1チームのOBであったり、
ラグビー経験したトップレベルの選手OBだったりもするので、
こういったところから、
それでもまだリーグ1も20チームぐらいしか
ディビジョンスリーバーで集めていないので、
もっと気軽にできるようなチームがたくさん出てくるといいなと
個人的には思ったりします。
分かりました。
先ほどリコウというチームの名前が出てきているんですけれども、
実はリコウという会社は北区で創務したラグビーチーム、
言ってみれば地元のチームということが一つ言えると思うんですよね。
なので先ほど環境の話もありましたけれども、
北区にも練習場とかスタジアムとかそういったものがあって、
地域に根差したチームが育って、
ファンベースが広がって、みんなが楽しめる、
そういうスポーツ文化が広がればいいかなと思うんですけれども、
その点いかがでしょうか。
北区のリコウという観点で言うとどうでしょうかね。
リコウの50周年、
50周年、ラグビーの懸念史を。
ちょうど神取さんが監督をやっているときに、
一回持ってきて、
坂井さん見てくださいと言ったら、
北川かばねで発足されたと。
いろいろ住所を見たら、
昔のリコウの工場というのが、
今の北運動場です。
北運動場が古くあるリコウの工場だったと。
そこを競技場にしている。
ブラックラムズというのは世田谷があって、
ブラックラムズ世田谷にしないで、
ブラックラムズ東京のままにしてくれているので、
年間何試合か帰宅でやってもらえれば、
ともこ売っているんですけどね。
ぜひ帰宅に。
そうするとラグビー人口も増えていくんじゃないかな。
最後にですね、
エンディングと花束贈呈
お忙しい中、ご登壇いただきまして、
その感謝の意も込めまして、
花束の贈呈をしたいと思います。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
皆さん、もう一度盛大な拍手をお願いいたします。
以上で本日の講演会を終了いたします。
51:50

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