何か自分にしかできないこと、自分がこう本気で研究してきたことをやっぱり社会貢献というか地域貢献というか何かその自分がやってきたサッカーの世界で
試してみたいというか何かしら役に立ちたいというような、なんか強いそういうこう使命感みたいなのを持って
望んだというのは記憶として残ってますね。
ビルダップローカル。 ビルダップローカル。番組ナビゲーターの常田幸永です。
この番組は30年のスポーツ界でのキャリアを経て、現在は地域金融機関に勤務している私がスポーツを通じて街を豊かにしようという番組です。
さて今月のマンスリーゲストは、日本大学スポーツ科学部教授佐々木達也さんにお越しいただきました。佐々木先生どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
先週はですね佐々木先生にサラリーマン時代、やさつDKのですね、航空代理店に勤務されていた時のお話を伺ったんですが
その後ですね、なんと東京ベルディ、東京ベルディへ転職されたということで、Jリーククラブのですね勤務時代についてお話をいろいろとお伺いしたいと思うんですけども
今J1で活躍している東京ベルディですけども、こちらに転職されたと。これまたね
航空代理店で当時スポーツに携わってたっていうこともあるんですけども、またなぜねサッカークラブの方に転職されたかという
そこからちょっとねお聞きしたいなと思いますけどもお願いします。
はい、当時私はベルディに入社したのは2011年1月からなんですが、2010年にですねベルディがずっとJ2時代が続き
日本テレビが撤退をしてその後にオーナーになった企業というかそこがこううまく立ち行かなくなり
リーグが経営に参画というか助けをしたりしている中で非常にこのベルディが消滅するのではないかという難しい時期があったんですね
その時に2011年からまた市民クラブとして地域の市民クラブとして新たな経営者でスタートするという時にいろんな縁があって声をかけていただいて
チャレンジしてみようという決断をしたんですが、当然朝津DK当時一部上場企業で非常に経営も安定している中で東京ベルディというそういう今その当時厳しい状況下に追われているところに移るという時には
当然親なんかは母親なんかはもう大反対どころかJリーグのクラブの経営者を描いた本があるんですねその本天国と地獄という本だったかな
大分鳥居にいた社長のことを書いたそれを郵便で送ってきてですねもう要はこういうねサッカークラブの経営なんていうのは大変な世界だともう考え改めろというぐらい正直その当時は非常に大変な状況のクラブだったので
賛成はもちろんされませんでしたがそこに飛び込みたいと思った理由は大学院2008年に通った大学院での研究テーマが当時の川崎フロンターレの成長戦略について研究をしたんですね
それで終始論文を書きましたそれでいろんなフロンターレがそれこそJ2常連クラブが当時J1の競合クラブになり始めた時期でいろんな取り組みなんかをしているということも調査をして理解したと
あとはその研究をしている中での参考として読んだゴールは偶然の産物ではないというですねペランソリアーノさんという当時はユッシーバルセルナの副会長かな経営トップの方が書いた本を読んで
ゴールというのは偶然に生まれるのではなく必然にクラブ経営が母体となってゴールというのは生まれるんだとしっかりしたクラブ経営をすればチームは必然と強くなるんだというような簡単に言うとそういう本なんですがそれに非常に感銘を受けて
それを自分自身が研究してきたことを何かそういうクラブの経営にも経営運営にも役立てることを実現することができるのではないかというふうに思ってですね飛び込みました
親に大反対をされたこの本を読めということで厳しい経営が落ちているクラブのことが書かれているわけですよねきっとねそれを読んでもなおかつ夢を実現というか貢献したいんだという思いが強かったわけですね
サッカーをやってきてサッカーが好きだというのもありましたけどちょうどその時40歳ぐらいだったのかな40歳ぐらいになって何か新しいことにもチャレンジをして自分自身のキャリアを作りたいとこういう強い意思も正直ありました
このまま粛々とサラリーマンやっていくというのももちろんそれはそれで好きな仕事をやらせてもらっていたので何の不満もなかったんですが何か自分にしかできないこと自分が本気で研究してきたことを
社会貢献というか地域貢献というか何か自分がやってきたサッカーの世界で試してみたいというか何かしら役に立ちたいというような強いそういう自分で勝手な使命感みたいなのを持って望んだというのは当時何て言うんでしょうね
そういう記憶として残ってますね
佐伯先生は浅津DK広告代理店時代にスポーツのいろんな幅広い業務を経験されて大学でもスポーツマネジメントを専攻されて勉強されてきたその経験があってベルディに来て完全にフィットしたんじゃないですか
そうですねただやっぱり研究と実務というのはもちろんいろんなギャップがある中でただ私は研究だけしかしていないわけではなくさらり今をやって研究をしてJリーグクラブに行ったので
いろんなところに生まれたギャップも一気にはもちろんできないですが少しずついろんな人間関係だったりいろんな提案だったりいろいろしながら解消して進められたというのが思いますし
ただやっぱり理想通りには当然なかなかどころかいかないわけでただその理想通りにはいかないけれどいかに理想に近づくためにはこうしていくことがベストではないけどベターなんだというのは浅津DK時代に経験してきたので
とにかく今やっていることの最善をとにかく極めていこうということはものすごく心がけてやりました
その中で今記憶を振り返ってみてベルディ時代で何か思い出に残るような仕事業務とかその辺の話があったら聞かせていただきたいんですけど
私がその入社してもうややしばらくしてですね3.11が起きたんですね
Jリーグの試合なんかはしばらく止まったりしてその後また再開されてですね6月7月かな
ナデシコジャパンが世界一になったんですね正直女子サッカーは日本の中ではですねそれほど日の目を見てなく
女子サッカーは当時間違いなくマイナースポーツでナデシコジャパンの活躍も準決勝に行ってぐらいじゃないですかね盛り上がり始めたのは
で最終的には世界一になり彼女たちが日本に戻ってきてそういう3.11というのもある中で世界の頂点を取ってですね
女子サッカーブームが空前の女子サッカーブームが起きたんですね
でそれまでは女子サッカーの試合は基本的には全部無料試合でもうなんて言うんでしょう
それほど注目も浴びずになんとなくこうやってたというようなレベルだったと思うんですが
それを非常にこれだけ注目されているゲームをそんな多くの人に見てもらってしっかり有料化してですね
やはり選手や環境に還元されるようなそういう取り組みをしていかなきゃいけないということもあって
すぐに有料試合化をしてお金を取り始めてですね
いろんな地方で開催をしてくれるような市町村行政を募ってですね
それこそ岩清水選手の故郷の岩手県でやったり
串野なんかでもやったな確か
串野なんかでひたち泣かしてやったり
高知でもやったかな
いろんなところがですねぜひ試合をやりたいと言って手を挙げてくれて
工業として地方でもやったり後はホームゲームはすべて有料化し
当時も今じゃありえませんが女子の試合がメインで
男子の試合が前座みたいなそんな組み合わせの試合もあったり
当時アイナック神戸に私の教え子なんですけど
サワホマレさんなんかはベレーザからアイナック神戸に移籍して
アイナック神戸にナデシコジャパンの出力選手がいて
アイナック神戸とニッテルベレーザの試合なんてのが一番盛り上がる試合
その試合国立競技場なんかでもやってですね
確か1万人以上の集客を得るような
そんな時代が2011年からしばらく続いたんですね
このあたりはやっぱり女子サッカーを有料時代化して
そういったムーブメントを作るのに
いろんな貢献ができたかなと
ちょっと潔み足で怒られたりしたこともありましたけど
すごくそこはですね
女子サッカーに関しての思い入れというか
そこは強くこの時に思ってですね
また大学教員になってから
それは続いて女子サッカーの裾野を広げようということで
また女子サッカーに貢献できることがまたあるのは
またこの後話をしますが
その辺はすごくですね
強く自分自身の思いの中で仕事をしましたね
2011年僕も思い出ますけども
ナテシコジャパンがワールドカップで優勝して
本当に女子サッカーが盛り上がった時代が当時だったんですけども
テレビレーザーの試合を有料化するという
相当そこもご苦労があったでしょうね
今まで全く無料だったので
それを突然有料化するということで
ある意味全くやってないことを新しくやり始めたので
当然反発もありましたし
無料といえどもその中に既得権益みたいなものがあって
当然反対する人たちがいてですね
いろんな圧力はありましたが
やはり女子サッカーを今後発展していくためには
有料化してそこで得た収益が
やはり女子サッカーのいろんな普及だったり
発展につながっていくんだという
そういう強い信念はありました
今ウィーリーグというプロ化されてますけども
そこに現実的につながっていくわけなんですけども
やっぱり女子サッカーの有料化の第一歩が
インテルベレーザーで佐伯さんが推進された
当時のことだったんですね
そうですねだから今ウィーリーグが
少しずつですが観客動員は増えてきてますが
当時に比べれば当然まだまだなわけで
やっぱりああいうブームとはいえ
ああいうこの女子サッカーを見に行こうというような
やはり人々がですね
そういう思いを持って女子サッカーの試合を見て
みんなで興奮をして歓喜をした
ああいう時期があったので
今これからもまたそこに
同じようなことになるかどうかを目指して
女子サッカーのそれなりの人気を上げていくというのは
決して不可能じゃないと思うんですね
例えば他のスポーツで言っても
ゴルフなんかはかつては男子ゴルフの圧倒的に人気があったのは
今はもう比べ物にならないぐらい女子ゴルフが人気があったり
男子のスポーツより女子のスポーツの方が
人気があるようなスポーツだと
他にもあるんですね
そういった意味では今やっぱり男子と女子というと
かなり差がついちゃってますが
少しでも女子のサッカーが
また2011年の当時に近づけるようなことというのは
いろんな試みをしていけば
可能性としては十分あると思うので
私も今ゼミ生に女子サッカーの部員がいたり
女子サッカーをやってきて
女子サッカーのクラブ運営に携わりたいというような学生を
クラブのインターンシップに送り込んだりしているので
今後も女子サッカーに何らかの形で
携わっていきたいなというふうには思っています
なるほど分かりました
今女子サッカーに対する情熱
思いを語っていただいたんですけれども