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この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Up。 水曜日は、スポーツ文化評論家、玉木正之さんです。玉木さん、おはようございます。
はい、おはようございます。よろしくお願いします。
8月ですね、お盆の時ですけれども、8月といえば、やっぱり日本人にとっては、これは忘れられない月と言いますか、忘れてはいけない月になると思うんですね。
読売ビーターを知らずの線流にこんなのあるのご存知ですか。8月は6日、9日、15日って。
8月は6日、9日、15日って。もう何の意味かわかりますよね。
そうですね。
広島、長崎、そして終戦の日ということになるわけですけれども、これやっぱりスポーツとも関係がないわけはないわけですね。
すごく大きなわけなんですが、だいたいスポーツというのは、すごく暴力的なものが暴力的でなくなったという歴史の中で生まれた文化なんですよね。
ですから、ボクシングとか殴り合いですよね。レスリングって掴み合いですよね。サッカーなんかでもボールの奪い合いなんですね。全部戦いなんですね。
それを平和的にやると、暴力はダメだと、相手を殺してはダメだというイメージというメッセージがあるのがスポーツなんですね。
そこのところをきちんと考えれば、スポーツと戦争というのを結びつけちゃいけないっていうことは誰にもわかると思うんですよね。
そこでちょっと残念なのが、今でも高校野球で開会式を見るとみんな、あの後進が素晴らしいとかっていうのはあるんですが、今年、私もずっと調べました。
そうしたら、後進がやっぱり変わってきてますね。高校野球の開会式の後進というのは、なぜ始まったかってわかります?
なぜ始まったか?
あれは陸軍の分裂後進なんですよね。
朝日新聞社というのが主催してますけれども、東京朝日新聞が野球はどんなにつまらないものかという野球とその外読という、野球は外読であるというキャンペーンを1ヶ月間やったんですね。
これは明治の44年なんですけれども。
その中で要するに、野球が日本人にとってものすごく人気が出るスポーツになっちゃったと。これはダメだよ、こんなに人気出て。
朝日新聞が野球はダメだというキャンペーンを1ヶ月以上やったんですよ。
ネガティブキャンペーンやってたんですね。
二戸稲造なんていう方がですね、野球は次の類を盗もうとしていると。これはすごく卑劣なスポーツであるって書いてますし。
日露戦争で有名になった乃木大将なんかは、野球の広い場所で少しの人数しかできないと。あそこで剣道をやればどれだけの人がそこでできるかと。
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すごい考え方ですね。
いろんな言い方あってね、中には左手で受けたボールの振動が脳に渡って頭が悪くなると書いてありますよ。
そういうキャンペーンを明治44年にやったものですから、そんなことない、野球は素晴らしい素晴らしいということになって、素晴らしいという人と野球はダメだという人が喧嘩みたいに論争をするようになって。
野球が素晴らしいという方が勝ったんですよね、はっきり言いますと。
それで朝日新聞が手のひら返して、これは大阪朝日新聞なんですけれども、全国中東学校野球大会っていうのは始めたんですよ。
それが今の高校野球ですね。
ですから朝日新聞も、自分たちが野球はダメだと野球とその外読というキャンペーンをやったものですから、それを反対に否定しなきゃいけないというので、野球がいかに教育的かということを言い始めたんですね。
それで今の教育野球っていうことは連帯責任とかも全部そこから生まれてくるんですね。
それで野球は教育的だということを言わないといけなくなって、あの更新が始まるんですね。
あれは第一本帝国陸軍の分裂更新をそのまま真似たわけですね。
その更新がやっぱり今も続いてるんですよね。
果たしてそれでいいのかどうかっていうのはやっぱりこれを一回考えるべきで。
実は神奈川県であの更新が大嫌いな先生がいて、それで更新をやめさせたことがあるんですよ。
やめさせたというのは要するに手足を揃えて歩くっていうのをやめて、観客席に向かって両手を挙げて手を振らせたんですね。
喜びのことを表したわけですね。両手を上に挙げて。
そうしたら係の人が飛んできて、何をしてんだやめろって言ってすぐにやめさせられたと。
さてどちらがいいのか、あの更新がどうなのかっていうので、私も今年、久しぶりにきちんと開会式を見て更新をチェックしました。
そうしたら更新変わってきてますね。かつての陸軍、帝国陸軍の更新から現在は自衛隊に変わってきてますね。
そういう変化があるんですか。
49の学校のうち33の学校が自衛隊式の更新をしてました。どういうことかというと。
違いがわからないですね。
どういうことかというと拳を握るんですね。
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拳を握って肩の前まで上げると。これをやっている、自衛隊とそっくりの更新をやっている学校が49校のうち33校ありましたですね。
それから拳は握ってるけど肩までは上げないという学校が13校。
拳を握らないで普通の手のひらでやっていた学校は3つしかなかったですね。
なぜかそういう軍隊とのつながりというのはどこかで出てくるんですね。
これが果たしてスポーツ的なのか、あるいは高校教育の中でいいことなのかっていうのは、これはきちんとチェックしてほしいですよね。
日本でスポーツが流行ったっていうのにすごく軍隊の影響が大きいのは、明治時代にスポーツがアメリカとかヨーロッパから日本に来ますよね。
その時にやっぱり日本は富国強兵、明治政府が軍隊を強くして国を豊かにしようという政策をやったわけですね。
そんな中でボールを追っかけて遊んでいていいのかっていうような声が大きくなるわけですね。
ですから例えば当時の師範学校のサッカー部ですね。その中になぜサッカーをやるかっていう言葉が書いてあるんですね。
それは運動、スポーツのことですね。およそ運動というものは、いかなる運動でも運動そのものが目的ではない。
運動そのものが目的ではなくて、体を練ると同時に精神の収容を成し遂げて、多実多異に活動するのを土台を作るんだ。
多実多異に活動するための土台を作るためにスポーツをやるんだってことが、師範学校のサッカー部の部士にも書いてあるんですね。
多実多異に貢献するというのは、要するに兵隊になって戦うときに活躍するために体と精神を鍛えるんだ。
そのためにサッカーをやるんだってことが書いてあるんです。
この感覚っていうのは日本人にもずっとそれから昭和の第二次世界大戦のとこまで続くわけですね。
ですから単にスポーツは楽しみのためにやるとか、面白いからやるっていうことは言えなかったんですよね。
何かのためにやるのがスポーツだっていう風になっていて、だいたい諸外国でスポーツっていうのはスポーツのためにやるのに、
それがスポーツのためにはならず、はっきり言いますと戦争のためにやるんだっていうことが100年近く続いてきたんですね。
だからスポーツは何かのためにやるっていう意識がすごく残ったもんですから、
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1993年にJリーグが生まれたとき、そのとき当時チェアマンの川淵さんですね。
記者会見があった後に新聞記者が囲みをやったときに質問が飛ぶんですね。
川淵さんJリーグを作って何をやる気ですかっていう。
そういう質問が飛んだのを私もそのとき横に立ってて聞いてたんですけれども、
Jリーグを作って一体何をやる気ですかって川淵さん答えたんですね。
サッカーをやりますって。
この答えは結構日本のスポーツの歴史の中では珍しい答えだったんですね。
要するに高校野球は教育のためにはやってますよね。
大相撲っていうのは日本伝統文化を守るためにやってますよね。
それからプロ野球っていうのは親会社の宣伝とか販売促進が非常に大きな力を持ってると。
だからスポーツをスポーツのためにやるっていう感覚がなくならしたっていうのが戦前の日本のスポーツだったんですよ。
ですから野球をやるにも軍隊の行進をしなきゃいけないっていうようなところがあったわけですね。
それが今もまだ少し残ってるんですよ。
どうでしょうね、高校野球で行進、あのとき手足揃えて軍隊のような行進をするのではなく、
みんなが手を上に振り上げて頑張りますと言いながら手を振りながら歩く行進になったらどう思われますか。
手を振りながら歩くの全然いいかな。
オリンピックの選手が入場してくるときも手を振りながら入ってきますから。
それゴーリンピックの入場行進もガラーっと変わりましたよね。
1964年の東京オリンピックとかその後からだんだん変わってきて、
今はもう隊列を揃えたり手足を揃えたりっていうことは絶対やらないし、
もしそれをやったらそれは軍隊じゃないかっていうふうにして非難されるわけです。
これは1984年のロサンゼルスオリンピックで日本代表選手たちが結構手足揃えたんですね。
そのときにやっぱりかなり非難されてます。
軍隊じゃないかっていう。
スポーツと軍隊、スポーツと戦争というのはまるで関係ない反対のものだという意識があったら、
そういう方針にはならないはずなんですね。
このあたりをこれからみんなで考えていくようにはしたいとは思いますね。
そのあたり主催者の朝日新聞社さんもよろしくお願いしますと、
この説教を通して言っておきましょう。
聞いてくれてるといいですよね。
玉木さんありがとうございました。
どうも失礼しました。
この時間は玉木雅之のキャッチアップでした。