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この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Upです。
水曜日は、スポーツ文化評論家・玉木正之のCatch Upです。
玉木さん、おはようございます。よろしくお願いします。
玉木さん、何か始めたんですって?
はい、私もYouTuberになってしまいました。
すごい!何というYouTubeを立ち上げたんですか?
玉木のスポーツジャーナリズムという、結構大胆なタイトルつけてるんですが、
私のホームページ、たまわきまさき.comであるんですが、そこから入れるようになってますんで、
今、15分の予告編が入ってますんで、来週からどんどん更新していきたいと思います。よろしくお願いします。
楽しみですね。
楽しくなりますね、いろいろね。
何を喋っていいのか、よくわかんないところもあるんですけどもね、
友達がたくさんいますんで、スポーツライターの小林信也さんとか、元JOCの笠賀さんとか、
そういう方にどんどん協力してもらって、一緒に喋っていきたいと思いますんで、よろしくお願いします。
そうですよね。頻繁に更新されるのを楽しみにしております。
でも、RKBでもちゃんと面白いこと喋りますんで。
もちろんお願いしますよ、このコーナー。だからこそ、聞けるお話、たまきさんの話を楽しみにしております。
今日はどんなテーマ?
今日は昨日の大阪マラソン。
一昨日だったですね。
コース間違えましたね。
折り返し地点をね、およそ30メートルほど。
あれはもちろんね、主催者の落ち度なんですけれども、マラソンでは結構、よくあることって言えばよくあることなんですけどもね。
そうなんですか?
そうなんですよ。間違えた。ただ、マラソンでね、一番本当にどのコースを走るのが一番短いかとかって測った人がいるんですけれどもね。
全部内側でうまく走ると、多分500メートルは得するんじゃないかって言った人もいますしね。
まあまあ、そういうことはいろいろあるんですけれども、一番オリンピックのマラソンで大きな問題があったのは、第3回大会にキセル事件っていうのが起こってるんですよね。
キセル事件?
キセル。1位を走っていた人がね、突然やっぱり痙攣を起こしちゃって走れなくなったんですね。
そしたらそこに出すから助けてあげようということで、車に乗せてあげたと。
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アメリカのロッツ選手という選手なんですけれども。
それでスタジアムに向かって5キロぐらい走ったら、今度は車がエンストしちゃったんですよ。
それで元気になったロッツ選手が降りて走り出したんですね。
それで1位でゴールインしたという記録が残ってます。
ダメでしょ。
それダメです、やっぱり。
それで失格になって、1位の取り消されたっていうのはあるんですけれどもね。
オリンピックでは結構面白い記録もあるんですけど、第2回のパリオリンピックの時っていうのは、
これは記録にはきちんと残ってないんですが、10人以上が失格になってるんですね。
結構な人数ですけど何があったんですか。
何したんでしょうね。全部フランス人でパリっ子だったんですね。
その人は近道知ってたんですね。
コースを外れたんですか。
こっちのコース行った方が早く行けるぜっていう。
パリの近道を知っているパリジャンが近道の方を走っちゃって、ちょっと早すぎるんじゃないっていうので、たくさんの人が失格になったと。
ただこの時は気温が39度もあって暑い暑い中でやったもんですから、
完走した人が8選手しかいなかった。
過酷なコンディションだったんですね。
当時っていうのは全部3時間くらいの記録だったんですから、
今は1時間くらい早くなってるからすごいと思いますけれども、
一番驚きの記録で一番すごいのは、やっぱり女子マラソンでしょうね。
女子はマラソンを走るのが禁止されていたんですよね、かつては。
それが禁止されていたのは1928年のアムステルダムのオリンピックで、
ひとみきぬえさんなんかが銀メダルを取った800mのレースが非常に厳しいレースになって、
ゴールインした選手、女子選手が全員倒れちゃったんですね。
それで女子はやっぱり長距離では無理だということが定番になりまして、
800mは戦争の1928年から1960年のローマオリンピックまでずっと禁止だったんですよ。
ですからマラソンを走るっていうのは発想として全くなかったんですね。
それを打ち破ったのがボストンマラソンに出場した女の人なんですけれども、
この人はスイッツァーという人だったんですけれども、
これ1967年です。男性の名前で出場して絶権もらって、それで走り出したんですね。
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そしたら係員が女子だというふうに分かって、
止めに入ったのを周りの人が全部排除しながらゴールインしたということで。
これはこれから女子でも走れるんじゃないかという話が始まって、
1984年のロサンゼルスオリンピックで初めて女子マラソンが認められたという。
ですから女子のマラソンとか女子のスポーツが認められるって結構最近の話なんですよね。
かつては女子はひ弱な存在だということになっていたという先入観があったものですから、
そういうことがあったんですが、このボストンマラソンで初めて走った女子選手、
スイッツァーというこの選手が素晴らしいのは、
なんと70歳になってボストンマラソンにまた出てるんですね。
4時間44分という記録で完走したという。
すごいな。
この方は女子の地位向上のための運動なんかもいろいろ参加されて、
アメリカの女性電動の中にも選ばれたという。
そういう方ですね。
マラソンっていうのは男女差別もあったんですけれども、
国際試合でマラソンを中止した大会もあったんですね。
実はアジア大会なんですけれどもね、
1974年のテヘラン、イランの首都テヘランで行われたマラソンが正午発送になってまして、
イランの9月1日の正午です。
暑いんですよね。
暑いからもうこれは中止にするって言って中止にしたんですが、
実はこれ初めから中止にする予定だったんですね。
暑さが本当の理由ではなかった。
だから暑さを利用して中止にした。
当時のイランというのはパーレビ王朝という、
要するにアラブのイランになる前の王朝だったんですけれども、
これはかつてのペルシャ帝国の末裔だというふうに言ってたんですね。
ということはマラソンの戦いはペルシャ対ギリシャの戦いだったんですね。
なるほど。
かつてそれでマラソンの戦いなんかに出るのは絶対ダメだと。
あれは紀元前に我々が敗れた戦いであるということで、
マラソンを中止したという。
すごい。
長い年にもってましたね。
人年というか長い。
未だに?
紀元前から2000年越し、2500年くらい越しの決定をしたという。
そのパーレビ王朝のイランが1984年、
先ほど言いましたロクサンゼルスオリンピックの時にも立候補しようと思ってたんですね。
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それから立候補しようとオリンピックを初めてやろうと指定していたところが、
アラブ革命が起こりまして、
イスラム革命ですね。
アラブイスラム革命が起こってパーレビが追い出されたんですね。
それでオリンピックをやるところがなくなって、
ロサンゼルスしかなくなって、
それでロサンゼルスで初めて商業オリンピックが始まったという歴史がありますね。
そこで初めて女子マラソンも行われたということですね。
女子マラソンも行われたし、
それからスポンサーがいっぱい入るオリンピックというのが生まれて出したというような歴史がありますね。
オリンピックでマラソンというのはいろいろありましたけれども、
第4回のロンドンのオリンピックで初めて42.195キロという奇妙な距離が生まれたんですけれどもね。
そこで王様と女王様が座っているところまで、
もう少し距離を伸ばしたところが42.195キロになったという。
これから2時間を誰が切るかというのがかなり注目されていますけれども、
誰が一番速いかという価値はそろそろなくなるんじゃないですか。
というような100メートルもマラソンもそろそろ記録限界に来ていますよね。
だから速いものがすごいというのが、
そういう価値観というのがこれからだんだん変わってくるように私は思っています。
さてその後どのような価値観が、
速いよりも素晴らしいものは何か。
何でしょうね、2時間10分ちょうどで誰が一番最初にピタッと走り終えるかみたいな。
ペース配分がうまいねみたいな。
それ私全然想像してもいなかったので今、何と答えていいか分からないですけれども。
面白いですね。
変なこと言っちゃってすいませんでした。
注目してみたいと思います、今度マラソンも。
玉木さんありがとうございました。
どうも失礼しました。
この時間は玉木雅之のキャッチアップをお送りしました。