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毎週水曜日のこの時間は、玉木正之のCatch Up。
スポーツ文化評論家・玉木正之のCatch Up。
玉木さんです。おはようございます。
今日はサッカーの話題を3つ続けてお送りしたいんですが、
1つ目は、今日女子サッカーのパリオリンピック予選、北朝鮮戦がありますね。
国立競技場、東京国立競技場ですけれども、これに勝てばパリオリンピックへの出場が決まるということで、
ホーム&アウェイでやったんですが、アウェイの方が北朝鮮ではなくサウジアラビアでやりましたね、この前。
これが0対0の引き分けだったので、今日はぜひとも勝たないといけないという試合になっています。
それがホームでやるんですから有利だと思っていたら、どうもチケットが北朝鮮側の応援席の方が売り切れて、
日本側の方が売り切れてまだ残っているらしいです。
やっぱり在日の方が多いというのもありますけれども、もう少し頑張って応援しましょうと。
どっちのホームなんだかという雰囲気になりそうですね。
頑張ってほしいと思いますね。
あとパリオリンピックの女子サッカーというのは出場候補がだいぶ決まっていまして、
フランス、スペイン、カナダ、アメリカ、ブラジル、コロンビア、ニュージーランドが決まっていて、
アジアから2つ。
日本が行くか、それとももう一つのグループでオーストラリアとウズベキスタンがやっていると。
オーストラリアは第1戦で3-0でウズベキスタンに勝ってますんで、ほぼ行きそうだという感じですね。
あとヨーロッパで1つとアフリカで2つが決まれば、パリの女子サッカーの出場候補が決まるということになっていますね。
今日なんとかナデシコジャパン頑張ってほしいと思います。
もう1つはJリーグ開幕の話題ですね。
Jリーグ開幕の前にスーパーカップというのがあったのはご存知ですよね。
アイスクリームの話じゃないでしょ。
天皇杯の優勝と昨年のJリーグのチャンピオン。
そういうことですね。
これはカップ戦の優勝チームとリーグ戦の優勝チームが次の年の開幕前にやるということで、これはイングランドで生まれた伝統なんですね。
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そうなんですか。
そうなんです。
スーパーカップという名前を使っている国も結構多くて、
リーグ戦とカップ戦の優勝チームが開幕の前にお祭りみたいにいい試合をやって盛り上げようということです。
今年はビッセル神戸リーグ戦優勝した、去年のリーグ戦優勝ですね。
それと天皇杯優勝川崎フロントアレがありまして川崎が1対0で勝ったという結果で花々しく開幕したということです。
これスーパーカップのようなスタイルですね。
スーパーカップという名前も100カ国近くが使ってるらしいんですけども、
このスタイルであらゆるサッカーリーグ戦のある国はやっているという、そういう伝統のあるものなんですね。
日本もJリーグ生まれる前から、日本サッカーリーグといってはJSLの時代からやったんですけれども、
そのときに1977年から84年までやった記録が残ってます。
Jリーグ生まれたのは93年で。
ただしこの1977年というのは、日本のサッカーリーグ史上最低の観客動員数だった年です。
1試合平均入場数が1773人だったらしいです。
そんな時代もあったんですね。
1773人ですね。
私も実はこの頃にJSLのサッカーを取材で行ったことがありました。
500人くらいの観客で雪が降っていて、
ダモス選手とか岡田竹志選手とかが雪の中寒そうに走っているのを今でもまだ覚えてるんですけども。
そんな時代から1993年になってJリーグが生まれて、
国立競技場超マインになって花々しく開幕したということになってますね。
今年も開幕戦ではなかったんですけれども、
ベルディ対マリノスという試合が国立競技場で行われました。
93年の思い出がありますよね。
大山の川淵三郎さんが登場して号泣されたというのはもう意味はわかりますよね。
それこそベルディは2部にも落ちてなかなか上がってこれなかったのが上がってきて、
1993年の開幕戦と同じカードを超マインに近い国立競技場で行ったと。
これと先ほど言いましたJSF時代の1700人程度の観客席と比べれば、
いかに変わったかがよくわかりますよね。
観外も二塩三塩四塩くらいあるんじゃないかというくらい。
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日本のサッカーというのはラグビーよりも観客動員数が少なかったんですからね。
かつては。
そんな中で1993年Jリーグの開幕試合がありまして私も行きました。
当時はJリーグの試合をしていたもので。
Jリーグの仕事を手伝いをさせていただいていたもので、
家族の招待券をいただきまして子どもも連れて一緒に行きました。
ちょうど小学6年生の子どもが修学旅行で日光に行っている時だったんですが、
昼間に日光まで迎えに行きまして先生に断って、
今日はJリーグの開幕式でこれは一生に一回しかないことだから、
修学旅行は中学生になればまたあるんで早引けさせてくださいと言って、
お願いしたら先生の方もどうぞJリーグの開幕ならそっちの方に行ってくださいと言われて、
日光から連れて帰ってナイターに見に行ったと。
そういう記憶が残っています。
その時前になったサッカー場、国立競技場ですね。
見てやっぱり私もその年は何と言いますかね、
何しろサッカーというのがこれほど満員になるというのは信じられないことでしたからね。
それまでに一度だけ国立競技場が満員になったことがサッカーであったんです。たった一度。
1985年なんですけれども、この試合、韓国に勝てば初めてワールドカップに行けるっていう試合があったんですね。
その時に国立競技場が満員になりました。
それは1985年だったんですね。
木村和志さんとかがプレイヤーの時ですか?
木村和志さんとかね、いろんな方おられたんですけれどもね。
残念ながら負けてしまって、国立が唯一満員になった時も、
それとその時が1985年なんですね。
ご存知わかります?1985年と言っただけで。
あるプロ野球チームのファンはすぐにわかるんですけれども。
85年?
83年はハンシンが日本一になった年ですね。
85年、ハンシンタイガースを優勝した時です。
85年か。
85年です。
日本列島がタイガースフィーバーで大騒ぎしたというその年だったんですね。
そうか、バース掛け風岡田というのが85年でしたね。
そうです。
85年から8年後の1993年にJリーグが開幕して、
それから32年経ったというのが現在なんですね。
だから日本のサッカーというのは本当にはっきり言って人気がなくて、
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趣味のある人、一部の人だけが楽しんでいたのが、
今これだけ盛り上がるようになったと。
これで川口三郎、元初代チェアマンが開会式で号泣したということにつながるわけですね。
そうですね。
でも歴史というのは早いもんですね。
私の人生の中でその出来事があったんですからね。
私も歳を取りました。
でも今マイナーと言われるスポーツもいずれそういうふうに、
お客さんがまだ少なかったのに今は満席になったよというふうな、
モデルケースにサッカーがなってその背中を追いかけられるといいですけどね。
これからまた他のスポーツなんかもそんなことが起こると思いますね。
世の中変わりますよ。
ベルディーとマリノスの試合が当時の開幕試合と同じスコアで決着するというのが面白かったですね。
同じスコアでしたね。
ベルディーが逆転勝ちしましたけれどもね。
ということでここまでスポーツ文化評論家玉木正之さんでした。
玉木さんありがとうございました。
ありがとうございました。
応援しましょう。