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毎週水曜日のこの時間は、玉木正之のCatch Up、 スポーツ文化評論家、玉木正之さんです。
玉木さん、おはようございます。 おはようございます。よろしくお願いします。
今日は玉木さんのこのコーナー、楽しみにしているリスナーの方もメッセージいただいてるんですよね。
あれば。 そうなんですよ。
北九州市の野良林くらりんさんから、 全てのね、グローアップの全ての曜日、コメンテーターのお話、気になりますが、
そんな中、水曜日の玉木さんの声が聞こえてくると、 なぜかニヤニヤ笑顔で聞き入ってしまうのです。
真面目に、時には面白い玉木さんのスポーツ文化の話、 今日もニヤニヤ笑顔で聞かせていただきます。
というふうにいただきました。
あと、世界水泳大会が福岡でようやく行われるんで、 その時期が来たら、ぜひ水泳の話も聞かせてください。
それはもう予定しております。
もう予定に組み込まれてましたね。
予定に組み込まれております。
日本人は泳がなかったという話をしたいと思います。
野良林くらりんさん、楽しみですね。
はい、予告編でした。
今日はね、かたある同派で行われている、 柔道ですね。
そうですね。柔道、世界柔道。
日本でもニュースで入ってくるんですが、 なかなか見る機会もちょっとなくなっているのが残念なんですけど。
柔道というのは、今、世界の三大スポーツの一つなんですよね。
三大に入るんですか?
もう、参加人数、参加国で言うならば、 サッカーで、柔道で、バスケットボールなんですよね。
それぐらい、世界中に広がっている。
ヨーロッパでも強かったりしますよね、柔道。
今の同派の選手が出てくるところを見ると、びっくりしますね。
バーッと火花が散ってというか、花火が出て。
ショーアップされてるわけですね。
柔道は武道なのか、スポーツなのかというのを、 今日話したいと思うんですが。
これ面白いのは、柔道のルールの中に、 1882年に金王子五郎が作ったって書いてあるんですね。
これ、一人の人間が作ったスポーツっていうのは、 ここでクイズです。他に何があるでしょうか?
一人の人間が作ったスポーツ?
思いつかないです。
思いつかないですか?
実は今言いました、サッカー、バスケットボール、 柔道の中のバスケットボールがそうなんですね。
一人の人間が作ったんですか?
そうですね。マサチュー・セッツ州の YMCAの体育の先生だったジェームス・ネイ・スミスっていう人が、
1891年に机の上で一生懸命考えて、
机の上で?
気象で考えたんだ。
フットボールをとにかく室内でやりたいというので、 だったら手を使ってやろう。
箱をつけて、そこに入れたらゴールにしようというので、 作ったのがバスケットボールなんですね。
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ジェームス・ネイ・スミスっていう人が1891年に作りました。
バスケットボールの父なんですね。
もう一つあるんですね。
これはウィリアム・モーガンっていう人が1895年に作った、何でしょうか?
野球じゃないですよね。
惜しい。
惜しい?
惜しいというのは、やっぱりアメリカ生まれなんですよ。
アメリカのフットボール?
アメリカのフットボールは、アメリカの大学がみんなぐちゃぐちゃと一緒になって作ったので、
一人の名前は残ってないんですね。
これはウィリアム・モーガンっていう人が作ったバレーボールです。
そうですか、バレーボール。
バレーボールを考えたんです。
これはバレーボールはアメリカでは全然流行らなかったんですが、
なぜかというと、これはYMCAで作られて、老人用のスポーツだということで始まったんで。
老人と子どものためのスポーツ。
これがなぜかヨーロッパに渡りまして、東ヨーロッパで盛んになって、
それがだんだん若者たちの強烈なスピードに変わっていくんですね。
それがアメリカに逆輸入されて、大きな大会になっていくという。
面白いんですが、これ全部1890年代ですよね。
野球もそうなんですね。
野球も1945年にニッカーボッカーベースボールクラブニューヨークの
アレキ・サンダー・カートライトっていう人が作ったって言われてるんですけど。
このあたりアメリカで、南北戦争の頃なんですね。
南北戦争が終わりますと、アメリカ人はヨーロッパの真似をするのが嫌になるんですね。
アメリカ独自の文化を作るんじゃないかということで、
フットボールもサッカーとかラグビーやるんじゃなくて、
アメリカのフットボールが生まれたのもこの頃だし。
バスケットボールもバレーボールもベースボールが整っていくのもこの頃なんですね。
同じ頃に柔道も明治維新が起こった後に日本の近代で、
いろいろ柔術とか剣術とかがたくさんあった中で武士が廃れていくんですね。
その中でその武術を残そうじゃないかっていうので始まった、
要するに近代のスポーツなんですよね。
侍がいた時は特訓やってっていうよりは刀でっていう感じですもんね。
刀を無くした時に特訓合いをやるわけですが、
それが柔術として生まれたんです。
ですから私も柔術を少し教えてもらったことあるんですが、
めちゃくちゃ怖いですよ。
要するに言葉は悪いんですが殺しの技ですからね。
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命を狙うためのってことですね。
柔術の大外狩りは足のかかとで相手のふくらはぎにある壺を蹴るんですね。
蹴って後頭部から落とすんですね。
それを彼女ごろがそんなことをしてはいけないと危ないというので、
足を払って背中を落としたら一本というルールを作るんです。
なるほど。
これはものすごく合理的な格闘技として誰もができる格闘技という風に変わっていくんですね。
ですから武術という言葉も武道という風に変わっていくわけですね。
ですから武道というのはある意味でこれはスポーツだという風に言う言い方もできるんですね。
ですから剣道という言葉がいつ生まれたか、いつごろ使われるようになったかご存知ですか?
剣術は割と最近なのかな。
剣術は割と最近なんですね。
ですから明治時代は剣術、あるいは激剣という言い方をしていたんです。
明治はまだ剣術ですか?
剣術だったんですね。
大正時代の中頃になってやっと剣道という言葉が柔道を真似て出てくるんですね。
ですからなんとか道という風についているのは全部新しい言葉なんです。
昔は術だったんですね。日本の格闘技というのは。
ですからそういう風にしたら武道というのはスポーツという風に言っても全くおかしくないという考えもできますね。
よく武道家の方は武道は礼儀も正しくやるんだからスポーツじゃないんだとかなんとか言うんですけれども、
実はスポーツにもスポーツマンシップがあるわけですから、
だから武道の中でも武道の人のプライドがあるというのもスポーツマンシップと同じであるという言い方もできますよね。
そうですね。
この辺りが武士道とスポーツマンシップというところが非常に似ているというのがまた面白いところですね。
ですからそういう目で見ると柔道もスポーツとしてもっと楽しむことができるかもしれないというので、
カタールで派手に演出されているのもなかなか面白いという言い方もできるんですね。
カラーの柔道儀が登場した時も色々ありましたよね。
大問題になりましたよね。
色付きというのは柔道の映画なんかを見ますと黒いのは必ず悪人が着てますからね。
そうですね。
ですから白いもので戦わないとダメだったらしい。
テレビで白同士がやっているとどっちがどっちだか分からないという人が出てきたというので、
だんだん変わっていくんでしょうね。これからも。
そうですね。
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そんな中で変わらないようにしておこうというのが道具剣道にはあるみたいで、
これもまた面白いと言えば面白いんですけれどもね。
そうですね。
そういう目で日本の武道を見てみるとなかなか面白いですよ。
確かに。
そうですね。スポーツとして。
面白い話ありがとうございました。
武道はスポーツでした。
野良林くらりんさんもきっとニヤニヤして聞いてくれてたんじゃないでしょうか。
スポーツ文化評論家玉木まさゆきさんでした。
ガールズパンチ×少女隊の×ラジオ隊。
×少女隊の春のキーナと青木リドマです。
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