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スポーツライターという言葉を使って50年
2026-04-08 12:08

スポーツライターという言葉を使って50年

歴史、文化的視点からプロ・アマ問わず、スポーツ界の話題をスポーツ文化評論家・玉木正之がコメントします

田畑竜介
Groooooow Up

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サマリー

スポーツ文化評論家の玉木正之さんが、自身がスポーツライターという肩書きを使い始めて50年になることを振り返る。当初はフリーライターとして活動していたが、アメリカの雑誌で「スポーツライター」という言葉を知り、自身の肩書きとして使い始める。しかし、日本では当初受け入れられず、その後「スポーツ評論家」「スポーツ文化評論家」と肩書きを変えながらも、スポーツライターという言葉へのこだわりを語る。また、スポーツの定義が野球やサッカーだけでなく、音楽や絵画なども含めた広い概念であることを説明し、自身を「元祖スポーツライター」と称している。

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この時間は日替わりコメンテーターが独自の切り口で
多様な視点を提案するキャッチアップ。
水曜日はスポーツ文化評論家、玉木正幸さんです。
玉木さん、おはようございます。
おはようございます。よろしくお願いします。
スポーツライターとしてのキャリアの始まり
今日はちょっと私の個人的なことをね、
しゃべらせてもらおうかなと思ってるんですけれども。
どうしたんですか。
一昨日が私の誕生日でした。
おめでとうございます。
おめでとうございます。
そんな大きな声で言わないでください。
めでたいことですよ。
74歳になりました。
おめでとうございます。元気になりました。
74歳になって何を思ったかというと、
スポーツの取材を始めて50年なんですね。
24歳から始められたってことですか。
24歳の頃にフリーのライターとして活躍してたんですが、
ある編集者の人がね、
専門のジャンルを決めてくれって言われたんですね。
専門のジャンルを決めてくれたら、
仕事も頼みやすいから、
何を専門にするかって言われたんで、
私も即座にスポーツって言ったんですね。
なぜスポーツで言ったかっていうと、
いいですよね。
タダで高楽園球場に入れるとか、
タダでボクシングのリングサイドに座れるとかね、
ほとんどそれだけでしたね。
ほとんどそれだけでスポーツをやるって言ったんですけれども、
その編集者がそれでいいんじゃないって言われて、
それからずっとスポーツのことをやり始めたんですね。
ただ困ったのはね、肩書きなんですね。
「スポーツライター」という肩書きの模索
肩書き。
当時一番よく言われたのはフリーライターというね、肩書きなんですよ。
フリーのフリーのライターということですね。
でもそれ英語で調べたらね、
なんかタダで原稿を書くという。
フリー、無料って言うんですよね。
そうですね、それでね、
それはないだろうと。
でもね、野球評論家って言われるのもね、
何かそれこそ当時で言いますとね、
別所竹彦さんとか村山実さんとかね、
大御所がいると同じ肩書きで、
まあ嫌だなと思いながらね、
ノンフィクションライターと言われても、
ノンフィクションまだ書いてないし、
困ったなあということで、
ぐだぐだとフリーライターでやってたんですが、
35歳になった頃ですね、
まあ10年近く経った頃なんですが、
スポーツイラストレーテッドというアメリカの雑誌を読んでいましたら、
スポーツライターという言葉があったんですね。
それでこれいいやと思いましてね、
これでいこうと思ってスポーツライターって名乗り始めたら、
出版社の人もあるいはNHKの人も、
それダメだと、そんな言葉ないと、
日本では使われてない言葉はダメだからって。
だからスポーツ評論家にしてくれって言われて、
スポーツライターかっこいいじゃないですかって言ったんですけどもね、
それからずっと使えなかったですね。
スポーツの定義と「スポーツライター」の広がり
親家には。
それで使えるようになったのがね、
私が40歳、それから10年ぐらい経って、
もうちょっと経ってからかな、
45歳ぐらいになってた時ですね。
その頃にね、それまでにいろいろスポーツライタースポーツライターで、
必死になって使ってたんですけれども、
なかなか広がらずに、
おまけにその頃に私が発見したのは、
スポーツの反対語ってわかります?
反対語?
はい。
これ面白い言い方なんですけれども、
要するにスポーツとは一体何かっていうことをいろいろ調べ始めたら、
やっぱりこれ非日常的な、
要するに遊びの文化なんですよね。
スポーツが。
ですからスポーツの反対語は、
働くという、
ワークですね。
働かないものは全部スポーツ。
それで諸外国で使われているスポーツという言葉を調べてみたら、
要するに音楽とか絵画とか、
そういったことも、
全的な営みというふうな捉え方をされるんですね。
ですから今でも英和辞典なんか引いてもらえればわかるんですけれども、
スポーツという欄には、
冗談とかおふざけとかね、
そういう言葉が並んでます。
ですから音楽なんかでもね、
Every music has a sportive elementなんて言葉がありまして、
要するにすべての音楽にはスポーツ的な要素があると。
どういう意味かというと、
スポーツ的なこれは、
要するに遊びの要素であるとか、
冗談の要素が入っていると。
ベートーベンの音楽でジャジャジャジャーンとかっていう音楽なんかでも、
実は面白い要素が入っているんだよって言葉がつかれるんですね。
ですから私ますますスポーツライターが良くなりまして、
スポーツライター、スポーツライター、そればっかり肩書きで書いてまして、
音楽のことも書くようになっても、
音楽の雑誌なんかにもスポーツライターの肩書きで書いてたんですね。
でもそれがだんだん許されるようになったんですけれども、
私が45歳ぐらいになった頃に、
青島健太さんとか言いました。ギギギギになられましたけれども、
元ヤクルト・スワルドズの選手だった。
この人は野球評論家としてスポーツライターを使い始めてくれたんですね。
あと松田明美さんだったかな、スポーツライターと言い始めた。
それでスポーツライターという言葉がだんだん広がってきたんですね。
肩書きの変遷と「元祖スポーツライター」としての自負
それで私、あんまりみんなが使い始めると、
結構、そういうの私、あんまり好きと違うので。
じゃあいいや、別の。
逃げたくなって、60歳の歓励の時からスポーツ評論家という風に名前を変えたんですね。
それでスポーツ評論家でやりますって言ったら、
NHKの方がね、スポーツライターにしてくださいよって言われたら、
あなたたちそれ昔ダメだって言ったんですよとか言いながら、
なんかバカな喧嘩をしたこともありましたけれども。
それでなんかスポーツ評論家も面白くないなと思って、
62歳の頃にスポーツ文化評論家にしようと。
スポーツ文化というものを、要するにスポーツをみんなで文化として残していくというようなものにしたりすると、
それでいいんじゃないかと思って、今スポーツ文化評論家という風に名乗らせてもらってるんです。
ですから日本で一番最初にスポーツライターを使ったという、
これ別に宣伝するわけでもなんでもないんですけれども、
ちょっとそういう自負がありまして、今日はそういうことをしゃべらせていただいたんですけれどもね。
そういう時にまだスポーツライターを言葉を使う前に、初めて本を出したのが、
RKBラジオとの関わりとスポーツライター論
1986年で私が何歳かな、
34歳の頃、35歳の頃ですね。
スポーツ大大大辞典というね、半分面白辞典みたいな本を書いたらね、
突然RKB毎日放送の方から電話がありまして、
ラジオに出ませんかという、熊部隆之さんという方があったんですけれどもね。
はい。熊部さんから電話がかかってきて、朝の番組でしゃべってほしいと言われまして、
それで34歳から、35歳だったかな、この番組と同じ時間帯の番組にずっと続けて出させていただいてます。
もう40年前じゃないですか。
そうですね。RKBで働いておられる方より、私が一番古いんですよ。
いやすごいお話ですね。
それを今日は言いたかったという。
でもスポーツライターという言葉が本当に定着してね、結構僕は面白いなと思って、
最近はスポーツジャーナリストという言葉を使っている方も結構多いんですけれども、
私はスポーツライターの方が綺麗になると思うんですよ。
なぜかというと、やっぱりジャーナリストっていうのは、
あらゆるジャンルのことを取り上げて書いたりしゃべったりする人がジャーナリストだと思うんですね。
それをスポーツだけに限定するっていうのはなかなか難しい。
おまけにスポーツの定義の方がちょっとブレてるというか、
目に見えている野球とかね、オリンピックとかサッカーのワールドカップとかってことを取り上げる人が
スポーツジャーナリストと呼ばれてますけれども、
やっぱりスポーツっていうのはそれだけではなくて、
先ほど言ったように音楽であるとか、それから絵画であるとか、演劇であるとか、
いろんなジャンルに広がっているのがスポーツだということを含めてね、
スポーツライターって言葉、今でも私は好きですね、すごくね。
いい言葉だと思ってますね。
今日はそんな話をさせてもらったんで、
阪神タイガースと番組の締めくくり
阪神タイガースの再起初投手には悪いんですけれども、
16打3振ね。
16打3振を。
それも8回で下ろしたらダメですよ、監督さん。
最後まで投げさせて記録見たかったですよね、更新を。
見たかったですね。できれば。
あと3人連続で19打3振だったら日本記録ですからね。
佐々木老貴選手とか投手とか野田投手、並ぶ投手。
残念でした。
ということもありましたけれども、
今日はスポーツライターについての話をさせていただきました。
私、元祖スポーツライターです。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
そしてこれからもそのキャリアを生かしたお話をまたこのコーナーで毎週聞かせてください。
はい、どうもありがとうございます。
励ましの言葉、74歳の老退を夢中ってやります。
休ませませんから。
ありがとうございます。
お誕生日もおめでとうございます。
どうもありがとうございます。
では、玉木さんありがとうございました。
はい、どうも失礼しました。
この時間はスポーツ文化評論家、玉木正之さんでした。
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