読書部、高いところから失礼します。
はい、皆様こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
読書部、高いところから失礼します。のお時間です。
この番組は、海外在住ままとも歴20年のMoとイクコが、毎月の課題図書を決めてね、
その本を読んでの感想を語り合う、部活動の番組です。
ネタバレもありますので、視聴の方は自己責任でよろしくお願いいたします。
というわけで、Moさん、ごきげんよう。
ごきげんよう。
ごきげんよう。
私たち何をやってるんですか、これ。
はーい、娘たちのお互いの娘のガウンを。
今日の課題図書に関連して、私たちはこの格好をしているんで、
ちょっと先にね、本の紹介をもうバッとしちゃいましょうか。
あ、そうですね。雑談をするよりはね、先にやりましょうか。
なんでっていう感じで。
ちょっとこれ、鬱陶しいので撮りますけれども。
わかりました。
じゃあね、今日私たちはこの格好をしていることにね、つながるんですけれども、
今回のね、課題図書なんですが、なんとね、9冊目になります。
早いね。
早いね。
今回の本は、秋子女王殿下の赤と青のガウン、オックスフォード留学期というね、留学期ノンフィクションのね、本になります。
こちらの本ね、2012年から14年の間、PHP研究所の月刊誌、ボイスの方でね、ずっと連載をされていて、それが2015年に単行本化しました。
そしてね、2024年に文庫刊になったんですけれども、そのきっかけっていうのが、
なんでしたっけ、2013年に、なんかあの、Xでバズったんですよ。
そうなんです。
で、Xでバズって、この本を買い求める人たちがたくさん多く出たんだけれども、もうこの本作れませんってね、
その作る時に指定した紙とか、そういったものがもう使用されてなかったりとかして、できませんっていうことになってしまったんだけど、
じゃあ文庫化で出しましょうかっていう話になって、文庫化になって、ベストセラーになってるんですよね。
そして今年の、もう3月、ついこの間なんですけれども、コミック化もされてまして、
え、そうなんだ。
私はね、まだ1冊目しか出てないんですけど、読ませていただきました。
で、この赤と青のガウンっていうのが、この秋子城殿下がオクスフォード大学に、大学院で勉強して、
博士号を取られた時に、もらう特別のその赤と青のガウンっていうのがあって、
で、私とももさんが今日これを着ているのは、お互い娘の高校の、アメリカの高校のね、卒業の時に、娘たちが着たガウンを引っ張りだして。
たまたまあったので。
いや、でも私着たことがなかったので、こういうのを。
私も着たことないよ。
日本じゃね、着ないから。
嬉しいわ、こんななんか、いくこちゃんがそんなアイディアをくださったから。
初めてこういうの着てみました。
そうなんですね、帽子ね、今の。
たまたま帽子買ったのでね。
私の娘のね、帽子どっかにあるんだけど、見た気がするんだけど、見つけられなくて。
見つけられない。
もしかしたらね、コミ持ってっちゃったのかな。
わかんないんですけどね。
思い出だからね、こういう風になってるのね、私知らなかったわ、本当は。
後ろ側がこう、なんかゴムになっていて。
しっかりね、止められるようにね。
前がこう、なんかちょっと平らになってて、
ちゃんと中にフロントオブキャップって書いてあったので、わかりました。
どうやって。
書いてないとわからないよね、正方形になっているからね。
たまたまね、いくこちゃんが赤で、私が紺だから。
そうなんですよ、これはもううちの子供たちが通っている学校のカラーなんですよね。
このマルーンカラーってなんて、園児?
マルーンカラーが学校のカラーになっていて、
それ中学校からね、こう繋がっているの。
中学校もこのマルーンカラーがその学校カラーで、
そのまま上がる高校もこの色なの。
あーそう、こっちはなんか、たぶんこれ紺が学校のカラーよね。
紺が赤なんだけどね、普通はでも紺でしたね。
みんな毎年紺ですね。
そうね、で学校によってはね、隣の学校は青だったり、
緑の学校もあるし、それぞれね、あのスクールカラーっていうのがあって、
みんな違う色のカラー着てるのね。
そうよね、うちもあるよね、弟くんも。
そう、今年ね。
もうすぐ来るんじゃない?がん、来ないのかしら。
もうすぐ来ると思う。
もうこっちのグラディエーションは来月の23日。
えっと5月のね。
うちはね、たぶん27だったか8だったかどっちか忘れちゃったけど。
チケットもなんかあの、その会場に入るね、
親戚がほら10人とか来るような人たちもいるから、
なんかチケット制になってて、予約しないといけないのよね。
それで一応5人まで入っていいんだけど、私とかはまあちょっとどこからも来ないから、
残ってたらちょうだいみたいな、なんか分けてみたいな感じの人とかいて。
そうなのね。
そういうのが結構いよいよですね。
ほんとたまたまね、上の子も下の子も同じ歳だからね。
そうだね。
だからよ、仲良くなったのかも。
そうだね、まだちっちゃかったよね、下はね。
いなかった、赤ちゃんだった。
赤ちゃんだって言うか、上の子も赤ちゃんだ。
生まれてなかったんだ。
上の子が赤ちゃんの時にも知り合って、下の子も生まれてっていう感じだったからね。
そうだ、生まれた時を知ってるんだもんね。
赤ちゃんからも2人とも知ってるっていう感じで。
ほんとだね、あの頃はほんとなんか毎週のように、毎週に何回かとかみんなでなんか集まってたもんね。
そうだね、懐かしいね。
懐かしいわ、ほんとよく覚えてるわ、まだ。
はい、じゃあこの本ね、あの紹介させていただいたんだけどパラッとね。
この本を選んだきっかけっていうのはね、これにしませんか?って私だったんだけれども、
最初ね、私この本を知ったのは、あのダビンチという本の雑誌というかさ、
あのダビンチの中に自分の好きな本を紹介するみたいなね、いろいろな人が、
ゲストって言わないか、言わないけど何人かの人が、特集でもないのかな、毎月そういうページがあるので、
何人かの人が自分のお気に入りの本を紹介したりっていうところで紹介されてて、
あ、面白そうだなーと思ったのと、で、どうして面白そうだなーって思ったのかっていうと、
そのオックスフォード留学期っていうふうにね、書いてあるじゃない。
私、実は高校の時に、ケンブリッジに行ってたことがあって、
で、あ、なんかイギリスの留学期だと思って、それ読んでみようっていうふうに思って。
そうなんだね、ケンブリッジで大学で勉強した場所?
いや、サマースクールに行ったんだよね、夏休みの時にね。
その高校の人たちと、それぞれもうバラバラになって、向こうに行ったらバラバラになって、
ホームステイをしながらサマースクールに通ってっていうね、
1ヶ月間だけだったんだけど、それで行ったことがあって、
そうなの。で、今回この本を読んだ時に、
あの、もうさんはね、オーディブルだったんですよね?
そうですね。ありがとうございます。オーディブルがありました。
オーディブルじゃないバージョンだと、写真がね、いろいろ挟まれていてね、
で、その写真の中に、パンティングっていうね、
川下りってほどじゃない、川下りって言うと結構急そうだけど、
もうほとんど流れがないような、すごく緩やかな川が流れてて、
で、そこを、なんていうの、なんか、本当あのボート、長細いボートに座って、
後ろに人が立って、棒を持って、こうやって、
日本でもそういうのなんか時々あるけど、
そういうなんかパンティングっていう、川下りみたいのをするボートを乗る楽しみみたいなのがあって、
で、その写真が出てて、私もケンブリッジに行った時にしたことがあったのね。
へー、そうですか。
だからなんか、あーって思ったりして、
今まで高校1年生の時って、インターネットもなかったし、
そうでしょー。
うん、本当にあの、国際電話だってこういう無料で話せるみたいなのもなかったから、ものすごいお金が高くて、
そうだよねー。
で、しばらくの間は、ちょっと文通とかしてた、文通ってことじゃないけど、
ホストファミリーに手紙送って、時々もらって、みたいなのあったけど、
なくなっちゃってさ、いつの間にかやっぱり。
そうだよね、そうそう、そうなのよ、残念ながら。
いつの間にかなくなっちゃって、
で、しかも私その時の手紙とかって、もうこういう引越しとかある中で、
なんかわからなくなっちゃって。
でも、ストリートの名前とかね、覚えていたから、
だから、この秋子女王殿下の本を読んだ時に、
そのオックスフォードって、あ、こういう感じで、あ、ケンブリッジから2時間ちょっとくらい離れてそうだなとか、
地図を、マップを見て、で、ケンブリッジもこうやって見て、
あ、私がいたところどこだろうと思って、
あの、道の名前は覚えてるんだけど、スペルは覚えてなくて、
スペルは覚えてなくて、どうだったっけって、
それっぽいやつをバーって打ち込んだけど、うまく出てこなくて、
でも、こうやって拡大したり、ちっちゃくしたりしながら、
あ、ここはいつも、あ、ここはいつもいた公園だとかね、
みんなでサマースクールの午前の授業が終わった後、
みんなで公園に行って、そこでピクニックをして、みたいな感じだったの。
で、その公園を見つけたり、あ、絶対ここだったとか、
えー、そう。
で、なんか母にちょっと寂しくなって電話した公衆電話あるかなとか探したけど、
その公衆電話はどうもあのグーグルマップではもうないみたいだった。
もう公衆電話自体がね、ないかもしれないよね。
ないよね。
で、そのままバス停とかどういう感じだったか覚えてないし、
その公園からね、バスに乗って、自分はその時はすごく遠かった感じがしたけど、
なんか道見つけて、こうグルグルしてる間に。
そしたらそんなに離れてないんだよね。
あー、そう。
うん、すごい遠かったイメージがあるけど、
当時ってやっぱり英語もそんなにわからなかったし、
なんかちょっと不安の中、バスに一人で乗ってさ、
そうよね。
ね、入ったりするわけじゃない?
そういう、なんか初めにちんどん中みたいな話が結構たくさん出てくるじゃない?
この秋子さん、秋子さんって言っちゃいけないのか?
秋子さんでもいいかも。
秋子女王変化って言わなきゃいけないんだけど、
秋子女王、秋子さんって呼ぶとすると、
そう秋子さんのなんかちんどん中っぽいことがいっぱい出てくるじゃない?
もうさ、もう私もそのなんかね、書くなんか自分が習慣があれば、
その度に全部書いといて残しとけばよかった、
そういうなんかいろんなことあるなーとか思って。
いろんなことあるよねー。
もう、なんかそれですごくその、
自分が滞在していたストリートをなんで覚えてるかっていうと、
バスに乗るときに、うまく発音ができなかったの。
その道の名前を。
で、日本みたいに一律で、
あ、まあでも東京だとね、一律でお金払ってずっと乗っていける?
だけど、名前、ストリートの名前を言って、
じゃあ君はいくらだよ?
君はいくらだよ?っていう感じだから、
言わなきゃいけなくて、
一生懸命伝えてるのに全然伝わらなくて、
後ろの人が多分こうでしょっていう感じで言ってくれて大丈夫だったとか、
そういうことも結構あって、それで覚えてたの。
そうだよねー。
いやー、そういうのがほんと思い出すわ。
私もあの、そうね、若い時っていうか、
日本で働いてた時は夏ごとに4年間、
まあまだね、その秋子さんの年ぐらいの時は、
4年間、4回か5回ぐらい、
だから夏休みとか冬休みを使って海外行ってて、
その度に全部こう、あのホームステイだったのよね。
なんか旅行にしなかったのよね、
私全然1回もツアーとかにもしなくって。
だからもう本当にそのバスの、イギリスのバスとか、
あとオーストラリアとかニュージーランドのバスとか、
もうずっと待っても来ないしとか、
そういうのとか経験してたから、
あと不安でしょ?なんか確認できないんじゃない?
で、乗ってからとかも、
本当にこれちゃんと行くのかなとか、
行き先にね。
降りる場所ね、ドキドキしたりね。
めちゃくちゃ思い出してた、そういうのを。
そうか、でもケンブリッジはどうして選んだの?それ、
なんかあの、多分学校が提携してるサマースクールっていうのがあって、
そこがケンブリッジだったんですね。
高校1年生の時から行くなんてすごいね。
高校1年生で行ったんだよね。
楽しそう。
結構大変でした。
大変だった?
いろんな国の子どもたちがいて、
アジア人いじめがちょっとあったの。
そうなの?ひどいわ。
アジア人いじめ、そうだいじめだよね。
嫌がらせとか。
嫌がらせ?
だけど、一個ちゃんだけじゃないでしょ?
一緒にそこに行ってるのは。
そうそう、なんか、ギリシャだったと思うんだけど、
ギリシャの子どもたちがまとまって来てたの。
まとまって来てて、その子たちがもうグループで、
その子たちがアジア人好きじゃなかったんだよね。
えー。
たぶんね。
そうなの。
ちょっと初めてだったでしょ?
それは海外初めて?
そう、海外初めてだった。
それじゃあじめからあまり、なんか経験じゃなかったね。
つらいね、なんかね。
楽しかったけど、
なんか算数の授業みたいなのとかもあって、数学みたいなのもあって、
ギリシャの子たち、あんまり頭良くなかった。
できなかったとか。
あんまりできなかった。
たぶん日本の学校の方がちょっと進んでたのかな。
私なんて、クラスでさ、もうど真ん中、標準の標準にいたけど、
ちょっと天才少女っぽくなって。
ん?
でも、それで嫌がらせしてくるなんて、なんかやだね。
どういう嫌がらせなの?
あのね、通る時にぶつかってくるとか、そういう感じ。
嘘でしょ?
嫌でしょ?
台当たり。
机にバンってぶつかってきたりとか、デス君とか。
女の子が?
いや、男の子もいたよ。
やだ、こわーい。
ほんと。
え、そう?
気持ち悪いよね。
そう、そんなこともあったのよ。
あ、そう。
でも、終われば、たぶん先生をやってた人たちって、サマースクールの先生たちってさ、
今思えば、大学生のバイトとかさ、あるじゃない?
アメリカにも、やっぱりサマースクールって、大学の子たちがやってたりとか、その高校の子たちがボランティアでやってたりとかっていうのがあるから、
きっと先生たち、思い出しても結構若い先生が多くて、大学生の人たちがやってくれたり、今思えばね、してたのかなーとかね、
そんなこと聞けるほどの英語もなくて、ほんとに。
そうかそうか。
もったいなかったよねーとか思っちゃうけど、でもいい経験だったかな?楽しかったかな?
いやーそうだよ、いい経験だよ。私も行きたかったけど、なんか部活とどっちにするの?みたいな感じで、
うちの学校もそういう、なんか友達とかは夏に行くプログラムがあったから、みんな行くんだけど、
でもあなた部活やってるんだからどうすんだよ?って親に責められて、
部活やります、みたいな感じで言ってたのを、今思い出しました、そういえば。
そうなんですね。
そうだね、うちの学校もあったよね。だから、オレゴンかなんかと提携してたかな?アメリカだね。
今思い出しました。話さなければ忘れていったね。
あるよね。
そうだね、1年生からあったね、そういうのね、そういえばね。
そうか、それで選んだのね。私もそんなね、やっぱりまた、いつも言うけど、
いくこちゃんにこうやって教えてもらわなければ絶対読まなかったけど、すごく、すごく面白く読ませて、
面白かったよね。
聞かせていただきました、オレゴンに。
ほんとほんと、何が一番印象に残った?
いや結構いろいろ、やっぱりなんかこう、でも彼女は若いよね、お若いよね、私たちよりはね。
そうですね、私たちより、えっとね、1981年生まれ、今40代前半ね。
そうよね、だから、それでもやっぱりあのお手紙でね、あのお父様とこうやり取りされてたとか、
あと、あと何、電話もね、やっぱりあまりしないようにしてたとか、
そういうのとかってやっぱりこう、自分が若い時にこう経験してきたことだったから海外行ってね、
30年前とか、まあもっと前か、40年前か、20代前半だと。
だから、なんかすごいその頃のことを自分がめちゃくちゃ思い出してたの。
このね、前半の、この本の前半はね、結構ね、思い出してすごいよかったのと、
あとはまあその後は、あの最後の方にだんだんね、その博士、博士課っていうんだよね、取るのに、
あのやっぱり大変だったっていう話なんだけど、なんていうのかな、すごい最近こう哲学とかもやってるじゃない、他の番組とかで。
で、あとはこう人文字とかっていうのがいろいろ言われてるじゃない。
そうやって人間ってやっぱりこう、地を愛して、なんかこう、そこからこう、なんか未来のこととかを想像しながら、
そのやっぱりその、勉強したりとかそうやってリサーチとかしてくださる方たちがいるから、
私たちのところにそういう、なんか知識も、なんか伝わってくるっていうのがあるわけじゃない、その本とかになってたりとか。
そういうのをなんかもう頭の中で思い浮かべながら、ああ、こういう研究者の方たちが一生懸命やってらっしゃるから、
なんかね、あのいろんな知識がこう今、いろんなところに溢れてるんだなとかって、
本当に妄想、妄想化けなんですけど、そうやって思ったりとかして遠くに行ってましたね。
秋子さんだけじゃなくて、こうやってこう、いろんな苦労されてるんだなと思ってね、はい、思いました。
そのぐらい妄想してました、勝手に。ちょっと本の内容よりも。
すごい、妄想の妄ですね、じゃあ。
本当に妄想の妄ですね。
今回は妄想の妄ですね。
私はね、
そういう感じなとこ。
なんか絵画のところでね、やっぱりあのこの日本絵画の研究をね、こうされていたから、
その絵画のお話のところで、プライス夫妻、奥様が日本人でプライス夫妻の話が出てきて、
自然の光の中で絵画をね、鑑賞するっていうことをすごく大切にされていたっていうのが出てきて、
本当そうだよねっていうふうにね、思ったの。
なんか江戸時代とかっていうのは、こういう電気っていうものがないでしょ?
だから、太陽の光の中で絵を描いてきたし、
太陽の光によって見えている絵を鑑賞してきた。
でも今は大切にされて美術館の中とかに、
あのこうしまわれて人工的な光の中で、私たちは絵を鑑賞しているけれども、
それはその時代の鑑賞方法とは違うんだよねっていう。
そうすると、太陽の光の中で見た時と自然光の下で見た時って、
確かに多分全然違うんだろうなっていうふうに思って。
本当だね。本当にそれも素敵だと思った。
そんなこと考えたこと、私も美術館に時々行ったりして絵とか見るけれども、
なんかそんなこと考えたことなかったなと思って。
本当だね。本当にそう。
すごいなーと思った。
それもあれでしょ、だから日本のものを集めてるコレクターの方なんでしょ。
この人がたまたまね、このプライスさんっていう方がね、
1950年代にニューヨークの小美術展に行った時に、
なんか日本の掛け軸を、古い掛け軸を見つけて、
あ、なんかいいなーって思ってね。
それを手に入れたのが、伊藤寂柱さんっていうね、
絵師の人で、京都の江戸時代に絵を描いていた方なんだけど、
でもその見つけられた当時って全然評価されてなくて、
伊藤寂柱さんの絵っていうものは、もう全然注目されてなくて、
だったんだけど、このプライス夫妻が見つけて、
で、この絵を見つけたことで、見つけられたことで、
この伊藤寂柱さんが最注目、この当時は多分人気あったかもしれないんだけど、
注目されて、今はどんどんどんどん高くなっていく?評価されて。
で、それでいて、そのプライスさん自身も、この伽藤寂柱を見つけたことが、
この絵画とか日本のね、絵画とかのコレクターになるきっかけになったんだって。
すごい、それでその後、なんかこう日本にもこのプライスさんが集めたものを持ってきて、
展示館とか展覧会みたいなね。
アメリカ人なのよね。
LAの外って書いてたよね。
私言ってたよねっていうのはオーリブルだったからね。
そう、なんかね、すごく大切にされているのが、
やっぱり自然への経緯や生命感をその絵から感じられるかどうかっていうことを、
自分の中でこの絵をね、買うときとか絵を選ぶときの基準っていうのが、
それを自分の中で基準として持っていて、
それで選んでるらしい。
だからそれもそのプライスさんの話もそうだし、
この本の中で、なんていうのかな、
日本のやっぱり美術とかを海外の遠くの人たちが一生懸命なんか調査とか研究とかされてるっていうのを、
なんかすごくよくわかったから、この本から。
本当にそう。
本当に。
秋子さん自身もなんかお恥ずかしくなったみたいな感じぐらい、
向こうの方の中にはすごい注目して、
いろんなことを勉強されてるっていうのを聞くと、
いるよねとは思ったけど、やっぱりこういうところで書かれてるのを読んだりとかするって、
やっぱすごいな、やっぱり。
知らないこといっぱいあって、本当すごいなと思って。
それぞれの人がさ、やっぱり日本から遠く離れたところで生まれて育って大人になって、
どこかのタイミングでこういう日本の美術と出会って、
ハマっちゃうっていうそのきっかけとかをそれぞれに聞きたいよね。
本当にそう、本当にそう。
なんかね、あのキム先生はなんだっけ浮世絵って言ってたかな。
浮世絵だったのかな、なんか大英博物館の日本セクションの担当の方でね。
指導教科に教員になってくれて。
すごいよね、すごいなと思ったし、
あとあの秋子さんが発見した、
なんて言うんだっけ、この大英博物館の中のね。
そうそう、屏風の大きいなんか。
大英は埋もんなかったかな。
なんだっけ、どこのやつだったんだろう。
場所が、場所忘れちゃったけど。
それを発見してなければ埋もれてたってことだもんね。
埋もれてたってことだよね。
その資料の山の中にね。
だからそういうことってまだまだいっぱいあるんだとしたら。
いっぱい多分あるんだよね。
なんかこう、私は未来の方を見るのが好きなんだけど、どちらかというとね。
どうなるのかな、みたいな。
だけど過去をやっぱりこう、まだ掘り返せてない部分っていうのがあるんだったら、
なんか私たちがなんか思ってるよりももっと人間ってすごかったかもしれないとか、いろいろ思って。
そういうまた妄想の猛威してましたけどね。
なんかこれでちょっと出てきたけど、さっきの先生、大英博物館がいっぱい出てくるじゃない。
ね、行った?イギリス行ったらもちろん行くよね。
2度ほど行きましたからね。
私も行ったんですよ。
でも行ききれないよね、全部見きれないから。
なんか覚えてるのは、エジプトとか。
そうだね、そうだね。
多分日本セクションなんて行かなかったよね。
ほんとだね。
時間限られてた時間しか行かなかったから、
よく覚えてるのがやっぱりエジプトのところがよく覚えてるけど、
なんか今こうやって知ったから、また行ってみたいよね。
ほんとほんと、行ってなんかティムさんここにいたのかなとかね、なんかちょっと見てみたいよね。
まだいらっしゃるかもしれないよね。
いや、もうあれだって書いてある。
卒業、あ、卒業、引退されたんだっけ。
引退されたって。
あのいっこちゃんが読んでるの、読んだのっていうのは、オーディブルじゃなくてキンドルでしょ。
キンドルで。
で、キンドルであの文庫本の方。
多分文庫本の方。
じゃあ最後の方に文庫本にした時にみたいな跡書きあった?
あったと思う。
ほんと?その時にティムさんはもうリタイアしましたって書いてなかった?
書いてあったかも。
ティムさんとあとJRさん先生ね。
ジェシカ、ジェシカなんとかさんって怖い、ローソンさんか。
ローソン先生。
先生、JRさんがもうリタイアされたって書いてあったね、その時。
なんかさ、このジェシカさんのところでさ、ローソン先生、思い出したけど、
その秋子さんがその博士論文をさ、書いた時に、
これは絶対に入れた方がいいっていう感じで先生がおっしゃって、
でも秋子さんはなんかそれについてしっくりこなかった?
しっくりこなかったから、結局先生のその言い付けじゃないけど、
アドバイスを無視する形で入れないで出して、
で、論文が通ったわけだけど、なんかさ、その話とか聞いて、
なんかちょっとプライズ思い出しちゃった。
プライズ?なんで?どうしてプライズなの?そこで。
見てるこういうことってやっぱり自分の作者である自分の意思をしっかりと反映させて、
そういうこと?
やっぱ作品をこう、博士論文だってね、作品みたいなもんだから、
やっぱやっていくってこういうことだよねって。
でも若かったじゃない?まださ、秋子さんがこの何っていうのは、
その時ってまだ20代の頃で、中1番ぐらいで、
こういうこともなくてやっぱり偉い、権威のある先生から言われたら、
やっぱり聞かなきゃいけないっていうこう真面目な姿勢だったんだけど、
その何か葛藤だよね、何か無視していいのかどうかみたいのと、
で、後で言ってたじゃない?何かよく考えればJR先生は、
前に言ったこと多動だからとかって言ってて、
先生がね、JR先生が多動だから、結構前言ったことをもう忘れちゃってるから、
私がそれをわざわざ何かこう一生懸命聞く必要はないのかもしれないわみたいな感じで、
割り切ってたところが、やっぱり何かそういうのも乗り越えて、
やっぱりね、なっていくんだろうね、研究者のトップに行く方達っていうのは、
いろんな人からね、学ばなきゃいけないっていうこともありながら、
自分の意思も貫いていくみたいな葛藤だよね、
そういうのがすごくよく書かれてたから、すごく何か身近に感じたよね、何か。
そうだね、本当に本当に。
で、何かきっと秋子さんって、すごい普通にお友達になっても楽しく過ごせそうな人じゃない?
ほんと明るいの。
明るいし。
そう、内容も明るくて、だからビデオをほら送ったでしょ、見つけたやつ。
何かこうインタビューでお話しされてる時も、
しじゅうこう何かニコニコニコニコされていて、すごく何か明るい感じでね、何か。
そう、きっとすごく成立そうな感じだし。
ほんと。
何かプリンセスってやっぱすごいんだなって思ったよね。
素敵だなと思うよね。
嫌なことだっていっぱいあると思うけど、
やっぱ表に出すわけにはいかないっていうかさ、そういうところもきっとあるだろうし。
でもはっきりさ、何かイライラしたとかさ。
何か憤慨したとかさ、結構言ってて面白くて。
それが面白いよね、その何か当たり前じゃんみたいなそういう感情が起きるのは。
それがやっぱりお父様が何かこう伝えて、ちゃんともっと生活感出した方がいいとか、
そういうどこまで出したらいいかっていうのもね、やっぱり自分で決めちゃうわけにもいかないんじゃないのかしらね。
ああいう女王様だと、公室の宮様っていうのかな。
何か自由な時をイギリスで過ごすことができて、良かったなとか思っちゃったよね。
ほんと、いろんなね、やっぱり初めて一人暮らしとか、初めて電車に乗ったとか。
一人で歩いたことないんだもん。
何さんって言うんだっけ?何回も出てくる人、くっついてきてくれる人。
ケーエーさん、ケーなんだっけ。書いておこうと思ったのに。
ケーエー。
その人はね、つけてなかったな。
何さんっていう、警備の方。
即営さん。
即営さん、そうそう即営さん。
初めて聞いた言葉だったんだけど、即営さんって呼ばれるのね。
ずっといつもくっついてるってね、すごい。
すごいよね。
ほんとに。
あの美術館で怪しまれてたのが面白かったじゃない。
それも面白いね。
アメリカでね、それアメリカに行った時でしたよね。
そうだね。他に何かなかった?何かいろいろ。
いろいろ目持ってはあるんだけれどもね。
なんか、あーと思ったのが、やっぱ海外の有力大学でね、しっかりとした成績とかを収めても、
日本に帰った時に意外と就職先がないとか、いい仕事につけないとか、
なんか、あー日本っぽいってちょっと思っちゃったよ。
そうそうそう。身につまらないとか。
そういうのって、ほんとに優秀な方たちがみんな海外に行っちゃって、
なんか大事、私最近ちょっと心配なのがね、人口が減っているわけでしょ、今ね。
日本もそうだけど、他の国もそうだけど。
で、こういった優秀な方たちっていうのが、やっぱり勉強に専念してるような状況で、
それの割合も多分人口が多ければ多いほど、やっぱりその方たちの割合も大きいかなと思って、
その中でいろんなこう、もう本当にすごい天才みたいな方たちがまたいて、
で、その中で切磋琢磨してくださるから、こうなんかいろんなことが発見されたりとか、
こう伝わってきたものをきちんと次に伝えられるっていうことが、
細かい人が、なんか凡人ではわからないところをこう、ね、いろいろ深く深掘って、
それをこう文章に残したりとかして、で、それがこう伝わっていくっていうのがあると思うんだけど、
なんか人口が減っていったら、なんかその部分もこうシュリンクしていって、
どうなんだろうね。
だからそう、それがなんか怖くて、で、だからアウトカムも、なんかこう細くなんか痩せ細っていっちゃうとかっていうこととかって、
なんかあるのかなとか思って、なんか思っちゃった、すごいそういうのが。
なんか世界的にね、結局に人類として、なんかそういうところが細まっていっちゃったら、
痩せていっちゃったら、なんかあれだなと思って。
そういうのもちょっと考えて、だって今こうすごく厳しく秋子さんに対してこう教えていた先生たちだって、
どんどん歳をとっていなくなってしまって、で、そういうなんか、あのやっぱりこの、えっとそうだな、
権威を、なんか昔からこう、初めほら、なんか卒業式っていうのかな、なんか卒業式って言わないんだろうけど、
その式の時に、なんか初めラテン語でしゃべるとか言って、言ってたんだけど、
そのラテン語とか普通の人分かんないけど、でもそういうのをこうまだ、なんかこう継承してるから、
そこでラテン語でやるっていうことが、まあ今でもあるわけでしょ。
そういうのをこうなんか、引き継いでいくっていう、そういうのが、なんかこのままちゃんと厳しい、
ずっと厳しい中で、こうなんか研ぎ澄まされてきたものがそのまま残ってほしいなとかって思っちゃったりしましたね。
聞いてて、なんかいろんなトップクラスの方たちの話聞いてて。
そっかそっか、私全然そんなことは考えなかったけど、そうだね。
なんか、まあきっと言語的なこととか、学術的なことって残ってくると私は思うんだけど、
仕事的なこと、それこそあの工芸みたいなことは、なんかちゃんと守られないと、きっと廃れちゃうよね。
本当、それとだからっていうのかな、私もそれはすごくずっと思ってたけど、
やることをこうやって伝えていくっていうのがあるんだろうからさ、文章とかも、やっぱりそうやって何回も読み直して、書き直して、
これを書きなさいっていう、そういう先生たちがいなくなって、まあだいたいそれでいいよみたいな感じで、
思っちゃう人ばっかりになっちゃったら、なんか困っちゃうわけじゃない。
どうなんだろうね。
だからそういうのが心配。
いなくならないんじゃないかな、そこら辺は。
ね、それはそう思いたいけど、だから人数が少なくなると、そういうところに行くような人たちも減ったりとか、
だからね、研究する人たちが減ってるっていうのを聞いたことがあるから、
まあ日本もね、だからなんかそういうの、たくさんの人がなんか、なんかどうにもならないかもしれない研究をする中で、
いろんなものが出てくるみたいなのがあるわけでしょ、発見が。
そうだね。
だから、多い方がいいんじゃないかなとか思ったりとか、
いろいろだね。
想像してましたね。
確かに。
うん。
ほんとだね。
もうちょっとさ、日本って結構、全然わかんない。
私あのちゃんと日本で就職して仕事して、みたいなことはしてきてないから、わからないけど、
でもなんかこういう海外で、すごいトップと言われるような大学博士号とかね、取って出ても、
日本でちゃんとそのトップの研究者として入っていくことがなかなか難しかったりとか、
なんかそういうのはちょっと見直すっていうかさ、できたらいいよね。
ほんとだよね。
いっここちゃんもさ、前さ、なんかさ、サイエンスの日?
ポッドキャストの日とかの、出てた時あったよね。
なんだっけあれ?なんだっけ?
新人賞をもらい逃げみたいにしちゃったけど。
もらったの?科学の?
科学系ポッドキャストの日。
そうだ、その時に出てたじゃないで、そこでもさ、よくあの、
それを一番初めに始めたサイエントークのれんくんとか、
あのえまさんがさ、海外の結構もうね、研究者の方と対談されたりとかすることがあるんだけど、
みなさんやっぱりちょっと客員みたいな感じで日本の大学に帰ってるけど、
実際ほんとの研究をしてるのは海外だったりとかすることが多くて、
なんかその先生たち日本語で喋るけど、英語とかですごいその難しいことをやってるわけよね。
だからすごいなとか思って、
そういう方たちがこう日本でもっと活躍してくださったらいいのになとかっては、
毎回思うのよね、その先生方が海外の大学にとかで研究されてるのを聞くとね。
多分ね、お金だと思う。
あーそうか。
お金が多分研究費が出ないんじゃないかな日本は。
あんまりお金がないっていうのは聞くよね。
ポジションもないっていうのはそういうことか、
こういう研究したいけどっていうとそこには入れないとかあるのかね。
就職というかそうでしょ、研究しながら。
国からの補助金のもう多分桁が、
例えばアメリカの大学でこういうことを研究したいからっていうので出るお金と、
日本の大学で出るお金ってもう桁が違うっていうのを聞いたことがあるから。
そうだね、いやだけどそれを言ったら大学に入るののさ、
学費がさ桁違うじゃない。
学費桁違いますよね。
ちょっと。
ただ、アメリカの場合は本当日本もあるかもしれないけど、
優秀な子はさ、もう本当フルライドで入ったりとかするわけじゃない?
できるんじゃない?
日本もまああるのかもしれないけどあんまりは聞く。
それはあるでしょうね。
そんなには聞かないかなとか思ったりして、
日本で子供たち生かしてないからわかんないけれども。
だから優秀でフルライドはいいんだけど、
でもほらそれ以外の人たちはさ、みんな学費払わなきゃいけなくて、
それが高いから研究費だってあるわよね。
でも日本よりはスカラシップとかも出る感じするけどね。
でもだからそれはそもそもお金があるからでしょう、学校に。
ああ、そうだね。
だからそれがうまく回ってる今はね。
だからスカラシップもあるだろうけど、
でもね、その学費がね高すぎるっていうのは、
ヨーロッパとかね、なんか学費ただで大学まで行ける国もあるじゃない?
本当だね。
なんかそういうのやっぱりなんか難しいよね。
国がお金持ってれば、多分シンガポール大学とかも国立だから、
多分入るのすごい本当に大変だけど、
多分ほとんどそんなに学費なくて入れてると思うので。
アメリカは高いよね。
高いからね。
高いですね。
問題もいろいろあるよね。
教育にお金がかかるっていうのは二度なのかっていう問題とかもね。
ただ、ほら、一応教育としては、
高校を卒業するまでは、
勉強を受けたい、やりたい子は全員漏れなく教育を受ける権利があるじゃない?
それを考えると日本なんて中学の卒業までしかない。
あー、そういうことか。
義務教育なの?高校。
義務教育じゃなくて、教育を受ける権利があるってこと。
でも無料とかなの?
公立だったら無料だね。
高校は?
Kから、キンダーから12年生までは、
公立はアメリカは無料で受けられるし、
もちろん学校の中で、例えば教材費がどうのこうのっていうのがあるけれども、
それでもファイナンシャルエイドっていうのがあって、
低所得者の子どもたちとか、
お金がね、やっぱりちょっと厳しいっていうご家庭の人たちは、
相談の上、免除になったりとかする制度もしっかりとしているし、
あとは、不登校の子たちっていうのが日本でいっぱい問題になっているけれども、
アメリカだったらホームスクーリングっていう制度がきちんと教育の中に組み込まれていて、
そういう選択をすることもできるし、
ただ、日本より厳しいのは、学年が小さい子から留年はある。
そうだね。
留年はあるし、
でもさ、何年かちょっと遅れててもいいじゃない?
遅れててもいい。
だから、別に留年することに対してネガティブなのはないんだよね。
そうそうそう。
例えば日本だったら、4月から学校が始まるから、
例えば3月生まれの子たちがさ、やっぱり1年ちっちゃいから、
もう1年同じ学年やることにしましたっていう人たちも別に普通にいるし、
周りも、あ、そうなんだ、ですのし。
そうそうそうそう。
結構いるよね、同級生でも私もそうだし、
あと、うちのたぶんギリの弟とかも、なんか6月生まれかなんかなのかな?
7月か、7月生まれだと、もしほらその年層でいっちゃうと、
一番ちっちゃい男の子になっちゃうじゃない?
だから、あの若い男の子になっちゃうから、1年入るの遅らせたって言ってたよね。
だからいつも学年で一番年上みたいな。
なんか学校によって、区切りが違うんだよ。
で、うちの行っている学校の学区は、8月の終わりから学校が始まるんだけど、
学年の区切りは10月の1日なの。
えー、そうなの?
10月の1日なの。
なので、うちの娘は9月生まれだから、
学年で考えると一番下に、そのまま上がったら一番下になっちゃう。
あー、そっかそっか。
そうそう、10月から新学年になるから。
なんだけど、ほんと、アメリカンスクールで1年生が終わった時点で、
引っ越しになって、2年生からアメリカの学校。
でも、学年区切りで考えると、3年生に入んなきゃいけない。
だから、長女は、ある意味1年下げてるんだね。
でも、2年生やってないんだから。
でも、9月だってさ、普通こっちだったら、うちの子たちの学校だったら、
たぶん8月切り?8月頭で切れるから。
たぶん、章で違うか、学区で違うか、もうバラバラなんだよね。
教育システムっていうのがね。
で、その中で比較的クレキシブルで。
そうそうそうそう。
そういう意味で言うと、切り方で言うと、1年遅らせたっていう風に考えるけど、
でも、普通、ちょっと私が知ってる一般的にアメリカだったら、8月1日とかだから。
9月の学校もある。
あるよね、9月1日だから、10月って遅いよね、だってね。
結構遅い感じだよね。
なんで10月なんだろうね、と思って。
へー、そうか。
なんか早生まれ、早生まれ、遅生まれみたいな感じがちょっとあるよね。
あるね、そうだね。でもそうだね、だからそういうの考えるとやっぱりだから、
そういうなんかフレキシビリティがさ、やっぱ日本だとさ、あれね、
私もちょっとほら先生やってたときに、この学年は何月、昭和何年とか、
あの頃だったら平成だっけど、平成何年生まれ、
何月何日生まれのこの学年です、みたいになるのよね。
だから、やっぱりここに違う学年の子が入るっていう余地がないような、
なんかこう決まりになってるっていうのがあって、
私これ嫌だなと思ったのよね。
なんかその、どういうところにそういうのが出てくるのか、
ちょっと今覚えてないんだけど、そういうふうに書いてあるのよ。
その今年入学は、ここからここまでの生まれの子。
4月、4月2日からだったかな。
4月2日から次の年の4月1日までの。
だからこういうところに入れなくても別に、
そういうふうに決めなきゃいいのになぁとか、ちょっと思ったことあるのよね。
ほんとね。
ね、ほんと。
少しね、なんかフレキシブルになるといいよね、きっとね。
と思う。そしたらね、なんかちょっとぐらい何かが違ってもいいじゃんっていう話でもなるだろうしさ。
あとはやっぱり受験がかわいそうだなって思う。
ほんとだね。
大学受験はしょうがない。どこ見ても世界中ある。
でもやっぱり高校受験は、やっぱり一番子どもたちが運動能力にしても、
いいとき。
そこをやってるうちに運動ができなくなるっていうことが、
どれだけ結構大きいことじゃないかなって。
そうだね、ほんとだね、もったいないよね。
キラキラできる時期だからね。
ね、ほんとだね。
え、あとじゃあちょっとあれ?
はい。
この本の方でなんか気づいたこととか?
やっぱりあの学校のところはすごくね、気になったし。
気になったね。
そう、でやっぱりね、今回この本をね、
秋子さんが出して、で、本の中にも書いてあって、
もともとは2年の予定だった留学が、5年に博士課程も行くっていうので、5年になって、
で、私とかはね、なんかすごく楽しく読ませてもらったけれども、
その講室のあり方とかにすごく敏感な人たちっていうのかな。
まあさ、税金だよねとかさ、いう人たちも多分いるのよ。
そうかそうか。
講室の、なんていうの、講室のその制度っていうものは、もういらないんじゃないっていうふうに考える人たちもいるし、
なんかそう、なんかちょっと講室って好きじゃないみたいな人たち、私も実際にそういう人たちがいて、周りにね。
そうすると、やっぱこの留学期を読んで、その分のお金って税金で賄われたんだよね、みたいな人たちも多分いたと思う。
そうよね、そうよね。
でもなんかこういう、やっぱり日本の講室、ロイヤルファミリーっていうか、そういうのって世界でもう一番古い歴史もあるし、
やっぱり私はね、あったほうがいいと思うね。
存続したらいいなっていうふうに私は思っていて。
というのも、まあこの秋子さんとかのその三笠宮っていう、
まあ本当のこの今の天皇皇后とかね、こういうあそこのメインとなる人たちの親戚っていうかさ、いとこっていうかはとこっていうかさ、
そういう人たちは、まあどうなの?みたいなのもあるかもしれないけれども、
メインとしての講室っていうのはやっぱり、それがあることで多分日本っていう国が守られてるっていうか、そういうところも絶対にあるから、
このまま存続したらいいなーとかね、私はね。
そうか、そうだね、私もそうだね、なんかそれって当たり前っていうかなんか、
まあ生まれた時からお姫様なんだもんなーとかね、ちょっと思ったよね。
生まれた時からお姫様だよね。
そう、だからなんか、なんかすごい昔だったらやっぱ生まれた時からなんかお姫様で、大変ななんか自由がなくて、
なんかいろんな経験もこっちと違う経験もできるのはいいかもしれないけど、なんか私は堅苦しくて嫌だなと思ったわけ。
お姫様にはなりたくないって思ってたんだよね。
そうだね。
だけど、だけどやっぱなんか、なんかやっぱりこう、大人になってこうちょっといろいろ、いろいろやっぱ歴史とかを考えた時に、
やっぱりそういう、もう出てきた時にお姫様だったっていう方とかっていうのは今までだって絶対なんかたくさんいたわけじゃない?多分ね、人間のこの歴史の中でね。
そう。
なんかそういう方たちをなんか敬える私たちのこの精神的なことっていうのって偉いんじゃないかなみたいな。
そうだね。
分かんないけど、分かんないけど、そういうふうになんか思う?
そして彼女も必ずお父様の話をする時も殿下、殿下って呼んで出したっけね、本の中ではね。
言ってたかな。
敬語で話される?
父って言ったけど敬語で話してたのかな?なんかね、書かれてて、文章でも書かれてて、本の中でも。
なんかそういうことをなんか大切にしてる人たちがいつもいてくれるっていうのは本当に、なんか私もまだまだ学ぶこともある、だなぁとかって、なんかガサツに育てられてきて、
本当に、なんか。
ガサツってことないんだよね。
いや結構もうガサツな感じで、一生懸命ね、父と母は育ててくれたわけだけど、
なんかそういうなんか丁寧なこととか、なんかね、式典とかそういう、あの必ず海外行く時には神宮にお参りするっておっしゃってたでしょ?
違う、だけど遠く、遠すぎるから、伊勢神宮は遠すぎるから、なんか皇居の中にある、皇居って言わないの?その中にあるそういうところにお参りするのが式典だっておっしゃってたでしょ?
ああ、そうだったっけ。
そう、なんかそうで、それででもあの秋子様の時は、なんかやっぱりちょっと遠かったし長くなるから、なかなか帰ってこらないから伊勢神宮に行かれたって言って、それもね、あのメディアで大変に報道されたって言ってたでしょ?
でもそういうことをしてくれてる人が、なんか神様、神様?
そうね。
ちゃんと敬意を持っている方たちがいてくださっているということをちょっと感じながら。
本当にそうね、なんかさっきさ、あの、秋子さんが大英博物館で見つけたこの絵の屏風って法隆寺じゃなかった?
法隆寺かも。
法隆寺だった気がする。
なんか書いてなかったんだけど、私ね、ちょっと今思い出す。
法隆寺で、Kindleであれできない?
できるかも。
多分そうだった気がする。
でもすごくない?大きい紙に写し絵とかさ、もう気が遠くなるわ、考えるだけで。
すごいことだよ、本当に。
法隆寺だった?
法隆寺の金銅、金の銅、金銅っていうのは金銅っていうのかな?壁画。
壁画だ、そうだそうだ。
そうそうですね。
すごくない?それって見れないでしょ?だって多分普段だとね。
普段だと見えないと思うよね。
これ1949年に一回火災で焼損してしまっていたんだけれども、
だから今あるやつは1968年、昭和43年にまた製作された?
模写?再現の模写。
なんだけれどもっていうやつみたいな。
なんだけれども、ただ、アンダーソンコレクションっていうね、見つかったやつかな?
は1881年だから、
1800だよ。
そうだよ、あの火災の前なの。
ゲロが出るよ。
火災の前の模写だから、それがオリジナルでイギリスにあったっていうことで。
すごい、それを秋子さんが発見した時のなんか想像するだけで手が触れる。
本当にすごいよね。
かっこいい。
本当に。
感動する。
すごいよね。
すごいよね、本当に。
これが今はどこにあるのか。
今はどこにあるかちょっとすぐ見つけられないけれども、
でもこの発見ね、その絵の壁画の発見、
保留寺の壁画の勤道って今わかんないから読んじゃうけど、勤道壁画の発見っていうのは、
全収蔵品の約10%しかないの。
10%だけの。
10%だけってのはどういうこと?
しか見つかってない。90%は1回も展示されることなく、
どこかに眠ったままじゃないかって言われてるので。
は?
だけどすごい大きいって言ってたじゃない。
そうだね。
あ、そうなんだ、すごい。
だから本当に書いてあったのは、開けられるのを待つタイムカプセルはまだまだたくさんあるはずですっていうことで。
すごい。
背筋がゾクゾクする。
すごいよね。
この保留寺にね、実は、
保留寺、これ私ちゃんとちゃんと思い出せない。
ちゃんと思い出さないと、あれだけど保留寺に六角堂っていうのがあって、
その六角堂、私これちょっとうろうぼえなので、
しっかりわからないんだけれども、
いつだったか亡くなった木内鶴彦さんっていう方がいらっしゃって、
その方の話だったの、確か。
だからちゃんとわかんない。
その保留寺で、天皇さんが天皇になる前に保留寺のね、その六角堂っていうところに行って、
あの鐘がこうついてるんだって。
で、その鐘を鳴らす?
なんか私どっかにメモったんだけど、どこだったかな。
今日はメモがあるの?読書メモちゃんと。
これはね、読書メモじゃなかったんだけど、
なんかメモ帳があって、ちょっとしたことメモしてるやつがあって、
なんかそのどこかに書いたと思うんだけど、
すぐに見つけられないところがね、つらいよね。
私もさ、そこら辺の紙になんかさ、書いて。
これだ、違いました。
物理学者、理論物理学者で、
ノーベル賞とか取っちゃうんじゃないかとか呼ばれている、
あの、なんだっけ、先生のお話なんだけど、
なんだっけ、安江先生、安江さん、
安江邦夫博士のお話なんだけど、
そうなの、法隆寺の夢殿って呼ばれる六角塔になっていて、中が。
で、真上から紐がね、黒緑白赤っていう紐が垂れていて、
その夢殿っていうのは聖徳太子がね、
混流したものなんだけれども、
で、弾くとね、この鈴の音が出て、
で、ある組み合わせでこれを弾くことによって、
神事の一つなんだよね。
それを弾くことによって、なんかあのね、
変遷意識に入っていく。
で、それをやることで、
法太子から天皇になる時、だから今の多分天皇さんもやっていて、
みんなそれぞれやっているんだけど、
で、それをやることによって天皇になる。
天皇っていうのは日本ではあらひと神って、神様なわけ。
神様になるための儀式で、
で、それをすることで、やっぱりその、
日本全体を守るための神事をして、
日本にそれだけみんなを守るとかね、
なんかそういうご神事をすることができるようになるっていう儀式があって、
それが法隆寺なの。
で、それが法隆寺で、ここで法隆寺が出てきて、
なんかそうなの、今、一番最初の方で、
もうさんが、どこだったっけ、どこの絵だったっけって言って、
えー、どこだったっけ、でもなんかつながりがあったはずなんだよなって言って、
ふって思い出した、法隆寺の話。
そうか、そうか。
そうそう。
だけどそれをさ、またいろいろつなげるのが好きだから、
だけどこれがさ、また秋子さんがたまたま私学を勉強されてて、
で、日本画になって、初めケルト人の勉強してたからね、彼女。
そうだよね。
そう。
で、ケルト人?とか思ったけど、
でもイギリスに行ったからしょうがないのかなとか思ったんだけど、
え、ケルト人?って思ったけど、それがね、日本の美術に傾倒していくっていうのかな、
そう言って、なんか、で、法隆寺のその壁画のね、
あの絵を、写しを発見するとか、で、なんか発見されるのを待ってたのかなとかね。
本当にね。
またね、こうやってね、こうやっておばちゃんつなげたくなるからね。
そういうのはでも本当にあると、あると思うよ。
あるよね、たぶんね。だからそういうのとか、やっぱりなんか、
すごい、すごい、なんかすごいっていうか、
いやー、なんかこう世の中捨てたもんじゃないよって本当に言いたいんだよね。
なんかね。
あとさ、なんかすごく、またちょっと違う話になるけど、
その秋子さんとさ、ほら日本人の男の子のお友達ができたじゃない?
で、一緒にさ、先生のお手伝いをしてさ、フランスとかで、なんか展覧会をやるみたいな。
あの話すごかったよね。
ひっどい先生だよね。
外国ありそうって思っちゃった。
絶対たぶん、上習犯だと思う、あの先生。絶対。
絶対断れないし。
もうなんか、読んでほしいね、ここはね。
これを読んでほしいけど、本当にね、日本だったらありえないでしょっていうようなことが起こるんですよ。
いや、だから私ね、絶対ダメだと思ったの。
もうあの、あの辺をなんか聞いてた、オーディブルで聞いてた時に、
いやー、全部オッケーなはずないでしょ、そのなんか文章だけ送って、
その展示物の、なんていうの、そのね、説明の文章だけを一生懸命送って、
108点もある、なんか展示物が。
もう全部大丈夫だからって言ってる、言っただけで、
いやー、これは絶対このままいかないでしょと思った。
もっとすごかったね、なんかね。
すごかった。面白かった。
最後ちょっとぐちゃぐちゃになってるぐらいだと思ったの。
なんか結構きちん、もう展示されてて、
結構なんかちょっとぐちゃぐちゃで間違いが多かったとか、
なんか貼るところが違ってたぐらいなのかと思ったら、
全く準備されてなかった。
ただボンって置かれてる。
すごいと思ってね。
ひどい話だよ。
しかもそれ1回だけじゃなかったでしょ?
1回だけじゃなかった。
1回だけじゃなかった。
それさ、ちゃんとそういう人雇ってやるもんじゃないね、
そんなアシスタントの人がいて。
大事なものだしね。
そうだよ。
だって貴重なものだしね。
だよね。
絶対梱包だってさ、すごかったと思うよね。
そうだよ。
だけどその手配されなきゃいけなかった、
その美術品がそこに来てただけ良かったなと、
私はちょっとほっとしたけど。
本当に来てなかったら嫌だ。
怖すぎる。
場所にあったのは良かったと思ったけど。
確かに。
でもそういうことってあるじゃん、バスとかが遅れるとか、
電車がほら反対に走ってっちゃったとか、
私それね、いつだったかね、思い出すとね、
本当にイギリスであるのよ、私も一回乗ってて、
走り出しちゃったのよね、他の別の方向に。
ただ止まってるだけだと思って、次に行くと思うじゃない。
あれ、反対に行ってる。
で、そしたら、だから英語がちょっとやっぱまだ分からなかったから、
何が起こってたのかもよく分からないんだけど、
これちょっと地図とかじゃない?昔は地図見て、
ほら反対に走ってっちゃったって言って、行くはずなのに。
で、次の駅で降りて、戻ったっていう思いがあるのよね。
怖っ。
だから幽霊列車ではなかったんだけどね、その。
他にも人いたの?
あとお友達と一緒で。
お友達と、他に乗客はいなかったの?
いや、それがさ、多分みんな降りちゃってたんじゃないの?もしかしたら。
そっかそっか。で、同じような状況だね、なんかね。
だけどほら、もう夢中で話してたりするじゃないの。
で、しかもだってもう安心してるから、次行くって思ってるし。
すごい。
いやー、あれはびっくりするよね。 イギリスで?
イギリスだよね。その、なんかどっか郊外に。
私がその頃行ってたのは、ブライトンっていうところ、
今さ、なんか、なんていう人だっけ?
ちょっと有名なサッカーの、日本のサッカーの選手がそのブライトンのチームにいるっていうことで、
結構日本人で湧いてるらしいんだけど、その辺が。
あ、そうなんだ。
なんていう、すごく有名な子。
全然わかんないんだよね。
3月9日、忘れちゃったけど。
まあいいんだけど。
で、その場、そこで一応なんか語学の2週間とか、
ホームステイしてその語学学校に行くっていうなんか、
お休み、ホリデーをしてて。
で、そこからなんか郊外にみんなでどっか行きましょうみたいな感じに行くときに、
あったわね。で、時間は全然もうあってないようなもんだしね。
あ、来てよかったねみたいな感じね。
時間通りにね、電車もね。
今はどうかわかんないけど、少しは良くなってるのかしら。
ね、どうなんだろうね。
ずいぶん昔の話だからね、これはね。
そうか、私は1回だけ、そのサマースクールでバスに乗って、
ロンドンに観光に行くっていうときがあって、