F1ファンの物語、鈴鹿サーキットなんですけど、今日はJPSさんに時間を合わせていただきまして、ありがとうございます。
日本グランプリ、今、F1やってるんですけど、そうとは思えないこの平和な場所ですね。ここ。
ここですよね。ちょうどいいポジションですよね。
ここなんか、場外かっていう。
そうですよ。確かに確かに。
なんかのんびりした場所なんですけど、ちょうど逆バンクの奥入った、この先行くと逆バンクのゲートなんですね。
そうですよね。
そのまま切り株がたくさんある日陰があるんで、そこでのんびりしてるって感じなんですけどね。
はい、それで、鈴鹿は初めてではなく?
初めてではないんです。スーパーGTとか、そういうので何度か来たことがあると。
で、ちょっと転勤が多かったもので、もともと広島のものなんですけど、名古屋、美也、滋賀、北九州といろいろなところを転勤してて。
で、美也、名古屋にいるときに鈴鹿に何度か来たことがあるんですね。
なるほど。じゃあ、F1合わせで鈴鹿に来たのは初めて?
そうですね、はい。
そんなすいません。あらゆるところを目に焼き付けて帰りたいですよね。
そうですね。
目だけじゃないか、耳とかね。
そうですね、音とか匂いとか。
匂いとかね、鼻音も大事ですよね。
すいません、そんなところで収録中です。
で、F1の物語ということで、ファンの方にいろいろ聞いてるんですけど、
だいたい最初はF1に興味を持ったのはいつ頃だろうということからですね。
はい。なので、もう本当に初期ですね。
フジテレビがやる前後ぐらいからF1には見てた。
86年から7年くらい。
で、一番最初がよくよく考えるのは八杖の兄がいて、
で、サーキットの狼。
はい。
ありがとうございます。昔の。
あれの漫画を読んで、車に興味を持ったというのがスタートですね。
じゃあ、お兄さんが持ってたってことですね。
持ってた、はい。で、兄は車よりはバイクが好き。
で、ただ漫画があってそれを見て、で、車に興味を持ったと。
面白いですね。何かちょっと、何だろう、お兄さんはそこに行かなかった。
行かなかったんですよ。車には全く。
行かなかったんですね。
車が好きだっていうので言ってて、で、僕はそれを見て、
で、前回も8回目か9回目かな、誰かのインタビューもありましたけど、
まだ僕がその時が中学生、小学生ぐらいかな。
国内F3000、F3が土日やってたと。
で、僕がその時から見始めて。
まだF1を知る前に。
他のフォーミュラーカーのレースをね。
F3、F3000その辺りから入って、
中嶋悟、星野和義、高橋邦三。
その辺りから好きになったんですね。
じゃあ、国内のレースを見てっていうところなんですね。
そうですね。そちらからがスタートですね。
で、その時F1っていうのがあるっていうのは知ってた?
あるっていうのは知ってたんですけど、
まだニキラウダがどうのこうのとかっていう情報しか入ってないから、
あんまり知らなかったっていうぐらいですね。
存在は知ってる?
存在は知ってるけどもっていうぐらいでしたね。
じゃあF3000って言うと、F1の仲間だなみたいな。
そうそう、そんな感じですね。
ですね。
で、それで中嶋がF1に行く前後ぐらい、
ウィリアムズのテストドライバーだよっていうところから
F1ってあるんだなっていうのを知り始めたぐらいですね。
はいはい。
じゃあその頃はF1の情報も入ってこないっていうことですね。
そうですね、そうです。はい。
中嶋の報道でF1がくっついてくる。
そんな感じですね。
でもまだ全然JPさんまだF1ファン感ないですよ。
まだF1?
だからそれがフジテレビが終わるまではほぼほぼ前線ありますんで、
それでF1だけではなく国内も見て、
それからもう全般モータースポーツが好きになったので、
ハコのゾイツのツーリングカーレース。
DTMとかも見出したり。
国内もJACCでしたかね。
そういったカテゴリーも全部大体録画してみてっていうようなので、
中、高。
高校になれば多少F1とか車好きな仲間も増えてきたので。
そうなんですね。
そうですね。
そういうのが始まって、グループ作りながらワイワイガヤガヤ。
昨日はどうだった、だったねっていうような話を。
そこでついに友達が出てき始めた。
モータースポーツ友達が。
そうですね。
その時どうだった?
ずっと一人で見てるのが当たり前じゃないですか。
だから直接誰かとその話をするっていうことは、
結構新鮮だったんじゃないですか。
そうですね。やっぱり新鮮でしたね。
だから最初で、何がきっかけかはわからないですけどね。
ふとした話から車のレース、F1まで繋がって。
それで月曜日の朝はみんなでそういう話をしながらっていう仲間が集まっていった。
確かに最初にその話になった時って不思議ですね。
そうですね。なんとなく。
なんでしょうね。
わからないですけどね。
今の若い子はそれこそアクリルのキーホルダーとか、
自分がこれを好きだっていうのをアピールして歩いてて、
あれを話のきっかけにするらしいんですけど、
JPSはないですよね。
そうですよね。そういうネタがなかったので何きっかけかがわからないんですけど、
なんとなく集まって、それが1人、2人、3人増えて、
そういうので集まっていったっていう感じでしたね。
そうやって自分が出来上がってきたわけですね。
そうですね。
今度は高校が終わったら、今度は大学になったら、
今度は自分で免許を取り出すじゃないですか。
そうすると今度は実車の方にのめり込んでいって。
自分で乗れる車ってことですね。
なのでそれを地方の大学になったので、どうしても車がいる大学だったので、
自分でバイトして車を貯め、
授業が終わったら2つバイト駆け持ちしてお金を貯めて。
ものすごい大変だな。
そうですね。
そういうので貯めながらやって、自分で車を買い、
当然ガソリンスタンドでバイトをやり。
当然じゃないですかね。
当然ですか。
ガソリンが社員価格で入る。
なるほど。
パーツも社員価格で入るっていうのがあるんですね。
オイルも原価で買わせてくれるっていう特典があったんですね。
なるほど。
なのでレギュラー単価で配浴入れていいよとか、
高級オイルも普通の値段でいいよ。
そうなんだ。
足回り、マフラー等々のパーツも社員価格みたいな形で入ってくる。
いいね。
またそこでも車好きのメンバーが集まり、
今じゃ行けないんでしょうけど夜な夜な峠に繰り出すっていう。
むしろストリートレーサーっていうところですよね。
そうですね。
なのでその時には4点のシートベルトを付け、
マフラーも変え、車高も落とし、
峠に行き。
すごい、まさに走り屋の文化そのものですね。
そうでしたね、その当時は。
大学生の時にはアマチュア無線を取り、
仲間でみんなで周波数を合わせ、
そういうことなのか。
つるんでバイクのツーリング、車の4台5台がある程度離れても
無線で話せるよっていうのでグループでどこか遊びに行くっていう感じですね。
それはめっちゃ楽しいですよね。
そうですね。
広島だったから福岡ラーメン食べに行こう、4台で。
とか出雲大社行こうとか、夜釣りに行くぞというようなのを
3台4台で2人か3人ずつに分かれてっていう感じですね。
みんなだから車を運転したいからね。
そうですね、みんな出したい。
出したい。
車出したいから無線でつながっているのがベストなんですね。
そうですね。
だからたまに夜1人で流してたら周波数合わせて誰かいるって言ったら
ここ走ってるよ、合流するっていう携帯電話がない時代ですからね、まだね。
すごい。だから携帯電話もない、もちろんインターネットもない。
そういう時にアマチュア無線の…
車に積んでやるってことですか?
積む、そうです。カチッてやるやつですね。
長いラジコンカーみたいなアンテナをつけて
それで友達との周波数が決まっているので
それで呼びかけて
じゃあどこどこで集合しようかっていうような感じで
よなよな集まるっていうのもやってましたね。
楽しい。
そうすると走る方っていうか自分が運転するっていう
レースをテレビで見るのとは全然違う楽しみ。
そうですね、そっちも行き始めましたね。
自分の車をチューニングと言いますかね。
触ってよなよなパーツを組み替え
新しいパーツを買うためにバイトを駆け持ちするっていうような形でしたね。
すごい。
今話しているJPSさんがイキイキしてますね。
そうですね。
こういうことを話しする人がだんだん少なくなってきてますからね。
しかも面白いっていう話。
今日は鈴川まで車で会ったそうですよね。
そうですね。
ドライブ大好きっていう。
そうですね。
昨日も2時に広島を出て
5時半くらいに神戸で子どもをピックアップして
神戸からは子どもに運転させて。
そうなんですね。
そうなんですよね。
休憩も。
そうなると
どこが好きになったんでしょうね?
F1というかモータースポーツの最初は。
そうですね。
昔はまだ車に個性がありましたよね。
色ではなく見た目で。
明らかに違う。
当然ボディも違えばリアウィング、フロントウィングも全く違う。
当然エンジンもターボからノンターボがあり。
そうでしたね。
別カテゴリーみたいなんだけど一緒にやってるよっていう感じが
はまっていき、さらにホンダが頑張ってるっていうところもあり。
そこにはまっていったというか。
そうですね。
いろんな車がいるっていうのもすごく良かったんですかね。
そうですね。
当然チームもたくさんあればエンジンメーカーもたくさん。
ありましたね。
88年くらいのマクラーレーン、ホンダの時とかだったら
今はニューウェイのレイトンハウスが
過激なデザインでノンターボなのに一瞬トップになったよとか。
そういうこともできるのっていうところからどんどんはまっていったような感じでしたね。
パワーだけじゃないよっていうようなところですかね。
どういう魅力だったんですかね。
強いところが常に勝つんじゃないよみたいな感じでしょうね。
弱いところでも一発逆転があるよっていうような。
僕たちも実車に置き換えても
当然僕たちは安い古い中古しか買えないけども
ちょっとボンボンの車を頑張って追いかけようかと。
なるほど。
明らかに金持ちなやつ。
いい新車買ってるよとかいうようなのから
僕らは数十万円の古い中古をいかに早く走らせるか。
後ろの座席取ってみようかな。
あまり自分の腕には関係ないんだけど結局気分だけでも変えようかな。
マフラー変えてみようかなとかいうような感じで
そういうのでリンクしていったようなところもあるのかなと思いますね。
このテレビの中のレースと自分のね。
そうですね。置き換えて。
あんな強いチームに何か仕掛けられないかっていうような感じですね。
ということは応援するチームとかドライバーとかっていうのはどうなんですか?
その時代のトップスター選手とかっていうのはない感じ?
そうですね。
どんな感じでした?
最初どうしてもきっかけが中嶋佐藤になってきたんだけど
その時も本来は星野さんが基本的にはトップなんだけど
中嶋が食らいついていく。
そういうことか。
僕も中嶋さんの前に好きだったのは松本圭司さん。
赤いキャビン乗って。あの人が大好きだったので
ああいう人のレースとかをずっと下から頑張っていくっていうようなのが
好きだったっていうのがあるかもしれないですね。
やっぱり上昇チームはあまり…
常に勝っているようなところ?
勝ち出すとちょっと冷めていくっていうような感じ。
天の弱なのかわからないですけど、そんな感じだったかなと思いますね。
追いかける側っていう…
そうですね。意思報いる側に何か共感を覚えるような感じだったかもしれないですね。
それはやっぱり時代が変わって、
ドライバーとかチームの勢力図が変わっても
やっぱり追いかける側に目が行っちゃうとか?
そうですね。やっぱりそっちの方に目が行っちゃう。
圧勝するよりは。
じゃああれですね、去年フェルスタ編がずっと早かったんですけど
あそこじゃないってことですか?
あそこじゃないって感じですね。
あそこではないって感じだったですね。
だから本当にザウワーだったりとか、
そういうふうな中堅どころっていうのは
トロロストだ、ザウワーだ、
昔で言ったら本当に中団ぐらいの方が好きだったっていうのがありましたね。
意外と今までお話聞いててそういう方がいなかったと。
そうでしたかね。
やっぱりみんなセナ、クロスト、ママクラーレ。
やっぱりその世代だとね、フェルスタの世代だと
そういう名前をやっぱりあげる方が多かった気がして。
それと中嶋は別格とか。
どうしても日本人っていうところもね。
そこはみたいなところもほとんどなかったかなっていう。
どうしても中嶋さんは確かに別格なところはあるんですけど、