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村の仮装レジェンド
2024-11-08 39:34

村の仮装レジェンド

村一番の仮装一家

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00:00
そろそろ東京ネイティブ水上優です。
ミラです。
今日はその半径5メートルの思い出話を、ちゃんと言葉にして残しておこうという回なんですけれども、
私がまず話したいのは、やはりミラさんのご家庭が村の仮装大会で毎回すごい気合が入っていたってことを、
やっぱり歴史に残しておかなきゃいけないと思っているんです。
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。土屋太夫です。
土屋太夫じゃないんですけど、私が一番覚えているのは、ミラさんのおばあちゃんがクレオパトラをやっていたっていうことですね。
でも、あなたその時目撃する年じゃないでしょ?伝承じゃないの?
伝承かな?
記憶がある?
すごい気合入った仮装をしてたなって記憶がありますよ。
うちのばあちゃんが?
僕実は自分のばあちゃんが仮装してるのをバッチリ記憶にあるかというとあんまりないのね。
2歳とか1歳とかだったってこと?
いや、もうちょっと大きかったのかもしれないけど、
僕ほら、9歳からあの町に来たのよ。
違う村に住んでたからね。
だから、祭りの日は行ってたんだけど隣の。
多分私は覚えてると思う。見たことある。
あなたのおばあちゃんのクレオパトラもマリオリンモンローも見たことある。
本当に?私はなんかもう、生きてたはずなんだけど、生きてたんだと思うけど、
あまり覚えてない?
あまり記憶にはないのね。写真とかではとかビデオは見た覚えはあるし、僕がその時生きてたはずなんだけど。
いや、私は覚えてる。あのマリリンモンローとかクレオパトラとか、
そんな何回も出た?
コズレオオカミの。それは別の人なんだけど。
コズレオオカミの人はいた。それは僕も覚えてる。
覚えてるでしょ。あの人でも毎年コズレオオカミなの。
そうだね。確かに。
ある時からいなくなったけど。
一生コズレオオカミで景品持ってってるよね。
癒着だよね、あれ。
みなさんのオタクの一家がすごい圧勝した年があって、たくさん出てらっしゃった時。
そんなことある?
たくさんで言うかだから親子かな、多分。
ばあちゃんと父が重なった年があったってこと?
そう、あったのよ。それですごい盛り上がって。
でもゆうくんその記憶正しいわ。確かにそうだわ。
そうでしょ。
03:01
僕は全然覚えてないけど、確かにそうだよ。
うちの父親とばあちゃんは重なって出て、ばあちゃんが勝ったのかな?
そうだと思う。多分女の人の方が勝ってた記憶あるから。
それですごい盛り上がって、このファミリーはすごいみたいな感じになって、景品全部持ってって。
そんなことないけど。
そういう記憶がある。
その頃はまだ北海道の赤びらの人との交流があって、
赤びらの人が太鼓とか叩いてて、
そうなの?
そう、だから北海道のものが景品とかで当たってた気がするんだよね。その赤びらの人の。
あ、そう?
赤びらとの交流は父からは聞いてるんだけど、あんまりゆうくんは実感としてなくて。
そうだよね。だから小学校の低学年だったと思うんだけど、私は。
そうね。幼稚園の年長さんとかね。
で、その太鼓とみらさんのおばあさんの素晴らしい仮装がすごく記憶に残ってる。
いいわー。
マリリンモンドとクレオパトラどっちが最近かわかんないけど、
マリリンモンドはほぼ前日にシーツを切り裂いて作ったはず。
で、クレオパトラは髪の毛の部分はビニールのテープを切って直線的な黒髪を作って、
あ、で、確かそうだマリリンモンローが先か。
クレオパトラのドレスはマリリンモンローのやつを流用したんじゃなかったかな。
そうなんだ。
前年のやつ使いまわしたみたいな。
私は結構記憶に残ってますよ。その二つ。
マリリンモンローという存在を認識する前に知ったと思う。
いやー、目潰れるわ、あんた。
ただおばあちゃんのスカートがファーって舞い上がるみたいなのを、
そっちの記号が先にあって、その後私はマリリンモンローのことを知りました。
あ、これがパロディ元だったんだっていう。
あれだよね、映画でさ、いろいろ引用されて、
タルコフスキーとかが引用されてて、
後から本物を見て、あ、あの映画のここのシーンってこれだったんだって気づくみたいな感じで、
マリリンモンローを認識しました、私は。
確かにゆうくんが記憶に残ってもおかしくないと思うのは、
うちのじいちゃんとばあちゃんとね、ゆうくんのおじいさんおばあさんは、
仲良かったけど、でもそういう関係性は私は認識できてなかった。
06:00
小さすぎて。
やっぱりマリリンモンローとクレオパトラのビジュアルの鮮明さっていうのがすごい、
刻み込まれてます。
なるほどね。
たぶんね、もう死ぬ間際まで覚えてると思う。
やめて。
そうね、うちのばあちゃんなんかそういうのあるんだよね。
でも、ほんと半径5メートルだけど、うちの祖母はですね、中学校卒業後働いてて、
そんなに僕が祖母が若いときの孫だから、45とかで僕が生まれてるから。
そっか、若かったんだ。
もう親子に近いぐらいの年齢、今の時代だったら。
マリリンモンローと変えてたらたぶん50歳ぐらいなのかな。
そうだよね。
20年ちょっと、25年前とか。
全然だから若いよね、50ちょいとかだったらね。
おばあちゃんって感じではないよね。
で、僕はやっぱ祖母にはね、結構ね、すごいなって思う。
なんかデザインというか、なんかセンスがあると思ってるね、その辺の。
なんか彼女は中学卒業して働いたけど、もしかしたら別の可能性もあった人なんじゃないかなって思ったりもするんだよね。
そういうパフォーマーというか、そういう行動力みたいなところがね。
これは僕、私の祖母の好きな作品の一つで。
これ何ですか?
スリッパなんですけど、真ん中にピンクの紐が通ってるでしょ?
通ってますね。
これね、別に何の実用性もないんだけど、スリッパに。
じゃあこのスリッパの部分は既製品ですか?
既製品なんですよ。
紐のとこだけ通したのね。
なるほど、既製品にピンクの紐が編み込まれているっていう感じですね。
僕これ見た時にね、なんかちょっと天才なんじゃないかなと思っちゃって。
なんかすごい心惹かれるデザインだったんだよ。
デザインとして完成するんだ、それで。
そうそう。
無地のスリッパがね。
とか、ポケット自分で別の布引っ張らして別に服着けたりとか。
あっちまくみたいな。
っていうのをよくやる人なんですよね。
なるほど、そうじゃないと前日にシーツちぎってマリリン・モンローにはなれないよね。
そうなの。
やっぱり空間認識能力とデザイン力があるんだよね。
なんかこう自分そういうクリエイティブな部分がある人なんだなと思う。
そういうのをもっと発揮できる場があったら、なんか別のことをしてたのかなとか。
09:05
でも日々の生活でそれを小さく発揮してるっていうのはすごい良いことだなと思うんだけどね。
家の中とかでもね。
それをやっぱ父は受け継いでて、ああなってんだろうなっていうかね。
ああなってるのか私はちょっとわかんないですけどどうなってるのか。
祖母は2回だけど父はもう何回やったかわかんないぐらい毎年仮装大会に出てて。
仮装大会の最後を見とってるんじゃないかな。
ヒット作で言うと西洋秀樹ですね。
それはよく覚えてますね。
YMCA踊ってましたね。
もうなんか、和踊りをする曲と葬壁をなすみたいな感じでみなさんのお父さんのYMCAありましたよね。
2年同じやつやったのかな。
もうだからお決まりみたいになりつつあったよね。
で、後は長州小力、僕が覚えてる。
そうだやってらっしゃった。ちょっと怖かった。
なんか絡まれそうで。
長州小力に。
長州小力の伝説はパラパラやってたんだよね。小力が。
で、うちの父親が小力役で、毎年YMCAもチアガールみたいな女装、友達3人とかを女装してチアガールやるって言って。
で、小力はパラパラ踊るギャルをまだ女装してやるんだけど、パフォーマンスタイムみたいなのがあって、1回目やったんだよね。
そしたら2回目になる前に地元の本物のギャルが、うちらも一緒に踊らせてっていう、今の朝ドラみたいな展開になった。
おむすび的な展開になった。
僕もほとんど見てないけど、ギャルが参戦してきたんだね。
マジのギャルがね。
本当にマジのギャルいたからな、あの頃。
田舎の祭りにね。
そしたらギャル、次のパフォーマンスタイム、女装したおじさんギャルと本物のギャルと偽物の小力で踊って。
息子じゃない、別の人にさ、お父さん女の子雇ったんか?どこの娘が雇うの?みたいになって。
知らん、勝手に来たんや。
そうやんな、勝手に来たんや。
祭りっていろんなドラマあるよね。
でもギャルとうちの父との一段が振りが違ったのね。
12:03
なんでかっていうと、僕らは長州小力のパラパラビデオみたいなのがあってさ、それを見てうちの父も練習したし、その父が練習してるのを見てうちの家族みんなで踊ってたの。
パラパラを?楽しい家族。
家でね、テレビで。
そうすると、テレビに映ってる人と同じ動きするから、反対じゃなくて、そのまま。
今のね、後ろ向きに踊る動画とかないからね。
そう、ないから。でも別に祭りだけのことだから、もう振りが反転してもいいやろってことで、反転させてやってたのね。
そしたらギャルはマジできちんと覚えてるから、反対になったの。ギャルと振りが。
右手挙げてる時に左手挙げてる。
修正おじさんたち聞かないしさ。
もうなんか振りがちょっと違うみたいになって。
本物だギャルって、僕ら家族はなった。周りはなんかちょっと反対になっとるねってなったんだけど、
もううちのおばさんもおうくんも裏顔して一緒に踊って、家でこっそり練習してためんめんは、
あ、すごいギャル本当にこれと同じように踊ってるってなって。
ギャルがね。
うちの家族はパフォーマンスタイムの時に一緒に前で踊ってた。
覚えてるよ、踊ってたのも。
それが一番すごかったかな、びっくりだったね。
あともうなんか仮想やってたけど、その2つがやっぱり印象深いかな。
印象深いよね。
あとおうくんもやったしね。
やってたね、ハリーポッター。
小学校6年生の時に。
ハリーポッターって言われてたからね、そもそも。
仮想する前から。
で、USJで買ってきた魔女帽子みたいなの被ってやったんだけど、
あ、すごい、本番のやつじゃん。
でもその時ハリーポッターエリアまだないからね。
僕のが先だからね。
僕のが先。
まあそうね、後先わかんないけど。
今だったらさ、コスプレとかでさ、
定番だからね。
その時はさ、もうないからさ、
だからフェルトの、特徴的なグリフィン・ドーンのマフラーとかさ、
エンジと黄色かなんかのやつね。
フェルトの生地買ってきて、
それに赤い模様を、赤いフェルトをまだ貼り付けて、
マフラーに無理矢理して、
すごい、手かかってる。
そう、手かかってるの。
で、夏だけど、黒い布用意してとか、
で、ホウキンも100均で、
普通のホウキンだとちょっとね、ダメなんだよね。
太さが足りないのよ。
あ、そうなんだ。
乗れない、乗ってられないから太めの棒を買ってきて、
15:01
その後ろにホウキンというかチクチクみたいなのを出すっていう感じにしてたんだけど、
すごい細かい。
100均のホウキンなんかさ、プラスチックのやつとかさ、
折れそうなやつだよね。
細い機能とかでしょ。
だからそういうの工夫してやったんだよね。
で、なんでやったかっていうと、
祭りがね、8月の末にやってたでしょ。
そうでしたね。
夏休みで最後ぐらいですよね。
そうそう。
その年さ、小6か小5だったんだけど、
自由研究やってなくて、
あー、それちょっと思った。
そんだけ両力かけるんだったら流用すればいいじゃんって今ちょっと頭の中で思ってた。
20日過ぎても自由研究がなんかダメなら祭りで仮装ってなったの。
で、もう多くの仮装でいいやってなって仮装して、
で、その作る過程とか工作を写真に撮って写真にまとめて学校に提出したの。
仮装大会に出るまでをね。
審査員にさ、小学校の校長先生がいるんだよね。
来賓でね。
来賓で。
来るからね、村野祭りは絶対。
すごいよね、校長先生なんて。
すごいよね。
大体違うね、村野から通ってたりするんだけどね。
で、それで校長先生に仮装出てる最中に声かけられて
すごいねって言われたんだけど、まさかそれ自由研究で提出するとは先生も思ってなかったかもしれないね。
言ったかも、これ自由研究やんでね。
で、その時うちの父親なんかグズなんかの
で、うちの父親とその集団は奥のパフォーマンスタイムにハリーポッターの曲流して
奥を、ほうきになった奥を持ち上げて奥のパフォーマンスタイムにしてくれたの。
持ち上げたんだ。
持ち上げて、そうそう。
だからその頑丈な棒が必要だったからね。
そうそう。
よく乗れたね、それに。
乗れた。
すごいね。
怖かった。
怖いよね、普通。だって棒一本に乗るってことでしょ。
棒一本に。
よく乗れるな。
で、奥はそれで景品の電波時計もらった。
あ、そう。よく覚えてるね。
うん、覚えてる。本当はね、ビール券があったの。
ビール券は、あの、もらったら額面でじいちゃんに買い取らせるっていう密約があったから。
でももらえなかった。
もらえなかった。現金ができなかった。電波時計だったからね。
電波時計だった。
その後、長く活躍してくれたけど。
あの、お家にずっとあった三角形みたいな電波時計。
あ、じゃないのよ。
あ、違う。
それはね、うちのじいちゃんがパチンコで取ってきたやつだった。
なんかでもらいがちなんだね、電波時計って。
そう、電波時計もらいがち。
18:00
もうちょっとかわいい、てかこう丸っこいデザイン。
機械サイズ。
確かに時計もらうっていう文化あったよね。
今はないだろうね、時計もらうって。
時計結構よく景品であったよね。
あった。
像なんとかとか書いてあったもんね、時計にね。
なんかさ、
漆のなんかに
時計だけ埋め込まれてるみたいな。
あるある、てかそれをうちのおばあちゃんは内職で作ってた。
あ、そうだったの?
時計産業がね、一大産業だったの、あのあたり、実は。
あ、そうなの?
福井とかそうなのかな?この辺も?
福井もそうだけど、あの辺も。
時計が?
時計の産業が結構、その贈答品としての時計が
すんごい流行った時期があって。
漆とかと組み合わせてるのは当然できるもんね。
で、なんかその近代漆器って言って、普通に。
樹脂漆器。
樹脂に塗装するような技術を転用して
巻き絵をした時計とかがあって。
そうなんだ。
それをうちのおばあちゃんは内職でしてて。
で、あったよ、うちにもなんかあの
くるくる回るオリゴールみたいなの仕組まれた時計とか。
あー、なるほど。
うん、あった。
じゃあ地場産業だったんだ、あれは。
地場産業なのよ、時計は。
まあ電波時計は作ってないから違うと思うけど。
縦みたいなやつとかさ、ほんといろいろあったよね。
なんかどこ行っても。
縦みたいな時計あったね。
で、なんかこう丸い時計のさ
部分の周りにゴム仕込まれてて
それをこう枠にポンってはめてあって
固定してるだけみたいなやつとか。
あー、あったあったあった。
そうそうそう。
ほんとあの時計の部分だけいっぱい作って
枠にこうはめてったんだろうなみたいな。
最近時計景品でもらわないね。
ないだろうね、時計って。
ないね。
ないね。
まあそもそも
仮想大会で景品もらうとか
ビンゴゲームするとかが
あんまないのかもね。
ないね。
昔でも仮想大会さ
景品結構豪華だった時あってさ
テレビとかあったよね。
あったね、地元の電気屋さんがね
提供してたよね。
あとあれ、ブランドオフ。
ブランド品はあったもんね。
ブランド品あったね。
なんかルイビトンかな。
ルイビトンのカバンとかあったよね。
テレビとかね。
あったあった。
結構景気良かったね。
良かったね。
景気良くない時期な気がするんだけど
地方の祭りっていうのが景気良かったね。
頑張って盛り上げようっていうのがあったからね。
3日3晩踊ってたしね、本当に。
そうだね。
本当に夜中まで踊ってたよね、みんな。
でもやっぱもともと盆踊りメインなんだけど
仮想大会やって盛り上げようってことで
21:01
かつ景品も出るってなったら
景品の抽選会の間盆踊りできないというかさ
ちょっと何が種か分かんないみたいになっちゃったんだよね。
盆踊りか。
それもあってちょっとやめる方向になった感じするよね。
確かに仮想大会やってたのって実は短い歴史だよね。
そう。
10年くらいかな。
実はね。
そんなんだったっけ。
第何回とか書いてあった?
書いてあった。
10回ちょっとだと思う。
10回くらいで終わった気がするよね。
でもやっぱね、友達のお母さんとか言われたよね。
今年お父さん何で出るんや。
そうそう。だからやっぱレジェンドなんだよ。
レジェンド。
ファンがいたよね。
みなさん家の仮想はやっぱりレジェンドですよね。
あれすごかった。
うちの家は初回くらいから出てるのかな。
で、その後息子の姿を見て
ばあちゃんが多分2回連続くらい出たんだよね。
私も出るって。
意外と5回くらいで終わってんのかもね、仮想大会。
さすがに5回ってことない?
でもそうなのかな。
僕が小学校の間くらいってことかな。
途中で亡くなった記憶あるから
中学と高校の時はもうなかった気がするから。
そうね。どっちかはもうなかった。
高校の時はもうなかったかな。
なかったでしょ。
気がする。
だから意外と短かったんだと思うんだ。
その後とかビンゴ大会だけになって景品あるみたいな感じの時もあったしね。
一瞬そういうのあってもう完全になくなったよね。
なくなったね。
全てああいうの。
ついに祭りね、土日開催になったんですね。
なったらしいね。
昔は日付決まってたけどね。
決まってたけどね。
まあでもそもそもね、昭和に作られた祭りだからね、あれ。
そうね。
霊体祭はあそこだとしてもね。
あったけどね。
そうなのよ。
前夜祭とかね、については。
不思議な祭りだったよね。よくよく考えると。
そう。
だからあの地域って柿の葉寿司を祭りの時作るんだけど、
柿の葉がねギリギリもうないのよ、8月終わりって。
そうなんだ。
枯れ葉になりつつあるの、秋だから。
そっかそっか。
そうだから柿の葉を調達するのが大変だってうちのおばあちゃんが騒いでるのを毎年聞いてた。
買ってきてた?
売ってんだけど、冷凍だったりするの。スーパーで売ってる柿の葉って。
で、生のやつがやっぱりいいのがあんまなくて、
あの人の家には柿の木があるから取りに行ってくるとか言って取りに行ってた。
なんかでも、うちのおばあちゃんが実家の方からもらってきたのかな。
柿の木あったんじゃない?きっと。
柿の葉寿司作ってたな。ある時期は作らなくなっちゃったけど。
24:00
そう。で、8月以降にやるお祭りのエリアは、
笹寿司とか、バランが入った寿司とかになるから、柿の葉を使わなくなるの。
なんだけど、8月より前の時期にやるお祭りは柿の葉を使う。
なるほどね。
で、ギリギリなの。8月末でやる。あそこは。
だから柿の葉がなくて高いっていう。
時期がね。
もともとだから、旧暦、本当は今の7月開催ぐらいだったのかな。
夏祭りだったのかな。
日付。
月に合わせてたからずれてたのかな。
なんかずれてたのかもしれない。なんかちょっと微妙、変な時期だもんね。
なんかだってほら、秋の収穫祭ともいえず、夏祭りともいえずっていう変な時期じゃん。
なんか祇園さんみたいな時期だった7月、8月頭とか、7月ぐらいかな。
そういう夏って感じじゃないし、収穫祭ではないしね。
そうそう。いろいろキメラ状にいろいろ複合した祭りだったよね。
水被害が起こりやすい時期なのかもしれないね。
祭りの由来を加味するのであればだけど。
あれは茨城のさ。
もう名前言っちゃった。
あのさ、あれ。劇。子供の劇。
子供のね、劇あったね。祭りの由来について語る劇ね。出ましたね、私たちも。
優君は結構何年か連続で出てんの?あれは6年生とか5年生とかが出るって。
2年連続では出た気がするけど、そんな何年もではないと思うよ。
2日前ぐらいに言われたんだよね、出てって。
そうなんだ。
なんでかわかんないんだよね。
何の役してたっけ?
あの、さらわれる娘の恋人。
文一ね。
前週優君してたでしょ、ちゃんとさ、セリフがあってさ。
なんか私はね、さらわれた娘を助けるお坊さんだった気がする。
神でしょ、要は。
神、そうだね、お坊さんに匂い発していた神の役だね。
練習あったでしょ。
あったあったあった。
このタイミングでみたいな。
最後の方になんだっけね、出てくるのは。
僕練習してないんだよね。
そんなにセリフはあったでしょ、でも。
ない。
あ、ないんだ。
娘の隣でうずくまってればいいって言われた。
27:00
そうだ、うずくまってたわ。
そう、何にもないの。
でも、なんかおかしいなって感じあったよ。
だって、うずくまるのは悲しくてうずくまってるはずなのに、
なんか、体調悪いのかなみたいな。
うずくまってる方が体調悪いのかなみたいな雰囲気出てたよ、あれ。
奥が取り殺されるみたいな。
そうそうそうそう。か弱い感じがあるから、娘より。
あの、T先生よ。
何でか分かんないけど、なんか急に声かけられた。
あれじゃない?決まってた人が出れなくなったとかなんじゃない?
うーん、かな。
で、妹、あれなのよ。
その、女の子が、私が奥の記憶になると、イッシーの妹なんだよ。
あ、そうなんだ。
うん。
あ、そうだったかも。
うん。
まあ多分奥が小さいから、大きさ的に。
あんま大きい人を入れてもってこと。
ってことだったのかもしれないけど、
だから、もしかしたら同じ、妹さんの学年と同じ男の子がやる予定だったけど、
そうそう、来れなくなって。
来れなくなっちゃって、
で、自分の娘がいる学年で、
出てない子。
引っ張ってこれそうな奴を引っ張ってきたのかなと思った。
そうじゃない?
急に言われた方があるもん、なんか。
あったね。
うん。
あったね。
それね、駅のね、
そう、階段とか。
段差になってる階段のところをステージにしてやるんだよね。
でも奥が出ようって言われたから、
T先生に言われたのがさ、
誰出るかもしれなかったからさ、
うん。
いや、水上くんも出るからって言われたもんね。
そこの関係性知ってたんだね、そこ。
うん、知ってたんだと思う。
うーん。
だから大丈夫、大丈夫。
言ったんじゃない?
だから、T先生の娘が言ったんじゃない?
あー、なんか出てくれそうな子がいる。
誰かいる?みたいな。
そしたら、水上くんの友達のあの子がいいんじゃない?みたいなのを
確かに。
告げ口したんじゃない?
そんな気がするわ。
T先生のこと、みんなT先生ってさ、呼んでたけどさ、
僕は転校前なんだよね。
みんながT先生のことを先生だと思ってるのって。
はいはいはいはい。
知らないんだよね、僕は。
そっか、学校に先生としている時には体験してないってことか。
その後、転校してきたから。
そうそう。だから、あの、
同級生のお母さんのことをみんな先生って呼ぶっていう
謎の現象が起こってるって思ってた。
ずーっと。
なんでか分かんなかったもん。
なんで先生なんだろうって。
すごい、人類学者的な立場にいたんだね。
そうだね。
みなさんはね。
なるほどね。
で、なんか、先生として接してくるでしょ。
はいみんなーみたいなね。
はいみんなーって。
集まれーみたいな感じするもんね。
町内会とかもさ、ちょっと独特の立場で仕切るんじゃない?
30:00
仕切ってる仕切ってた。
だってその、ほら、息子?
なんかだって青年団とかに関わってたよね。
あ、息子さんもいたっけ?
息子だっけな。
なんかその、だから、私たちの同級生のお兄さんとかがいて、
そうだね、そうだった。
その人が青年団とかに入ってて、
祭りの中心的な役割になってたから、
って感じじゃない?変化。
だから後々だも知ったの。
ああ、先生としていたんだ、みたいな。
そうなのよ。
で、まあ、娘の学年にもつわけにいかないから、多分。
直接は思ってなかったと思う。
そういうことね、そうだね。
人類学者だったね、私は。
そうね。
得体の知れない劇に引っ張り出される。
そうそう、得体の知れない政治の中で。
そう。びっくりでしょ、ほんと。
そうだ、だから、ほら、聞いてる皆さんは知らない、あなたが転校生だったってことは。
そう、私がね、小学校3年生の時にね、
隣の町というか、町って市町村とかじゃなくって本当に村みたいなね。
そう、隣村だよね。見えるみたいなね。
見える、そう。
学校の屋上から隣の小学校を見える。
そこから転校してきたんだよね。
でも、父とかはもともとね、我々。
そうね、転校してきた側のね、小学校に行ったんだけどっていう。
自分の実家がある町って感じだよね。
そうだよね。
だからね、そう。
その時からの付き合いなんだよ、私たち。
そう。最初そんなによくゆうくんとね、めっちゃ関わってたわけじゃないと思う。
じゃないと思う、私もそんな記憶がある。
だから最初に覚えてる。
だから、小学校3年の時に転校してきて、橋渡ってる、帰り道橋一人で渡ってたら、
転校生だよねって声かけられた。
同じクラスで。初日とか。
全然覚えてないんだよね、それ。
びっくりした。
その話。
でかい、ちょっとでかい。
あなたから聞かれる、言われるから、
そうなのかなみたいな。
それで吸い込まれてるけど、その時の記憶はないです、基本的に。
その時はね、水泳したともあるけどね、すっごい色濃かったの、ゆうくん。
まあそうですね、はいはい、それはそうだった。
今よりだいぶ黒かった気がする。
今もね。
子供だからでもあるけどね、小学校だから。
気を抜くとそういう風に焼けますけどね、私は。
だから、なんかこう、外国の人なのかなと思ってて、最初。
すごいな。
僕、転校先の小学校も小さいんだよ。
だけど、その前の小学校ってほんとにもっとちっちゃいの。
ほんと文校みたいな感じだったよね。
33:02
一クラスしかないからさ。
みんなで、なんかだって噂になってたよ。
学校中でドッチボールができるみたいな。
ひどい噂だ。
2つに分かれて。
そんな小さくない?100人はいる。
学校中でドッチボールができるとか。
学校中でサッカーができるとか噂はされてたよ。
でもね、一個ね、中村に言ったの。
小学校3階建てだったよって言ったらさ、嘘つけって。
こっちが2階なのに向こうが3階なわけねえだろって。
ほんとよくないよね、その植民地主義って。
ほんとだよってなってさ、すごい。
なんだこいつらって思ってさ。
こいつらに染まらねえぞってなるよね。
ほんとね、わけわかんない。
都会意識あったよね。
2クラスか1クラスの差なのに。
でもやっぱりね、転校した後の方が、
特別支援学級とかもないんだよね。
だから結構びっくりした。
多様な経験というか。
結構衝撃的だった。
接したこと、見たことがなかった。
でもみんなほら、
ユウくんとかはさ、子供、ちっちゃい頃だからさ、
知ってるからさ、受け入れてるから。
そう、そうね。
その感覚とT先生は、
結構僕の中で大きなギャップがありましたね。
ユウくんは僕が秘密基地に行く途中で、
突撃インタビューされたのも覚えてるね。
それも別の橋。
私がジャーナリズム精神がすごい高まってた時期ね。
どこ行くんですかって言って。
僕がお菓子運んでたらね。
突撃された。
現場に張り込んでたから、家が目の前だから。
謎のね、正義感にあふれた時期でしたね。
その後はゲームするようになってって感じかな、多分。
そうですね。
だから小学校3年生だから何歳の時であれは。
9歳か。
何年前?
22年?3年?22年前。
まあでもそんな前なんだって言うけど、
そんなに前でもない気がする。22年。
そうね。
人一人成人するんですけどね。
そうね。
2003年?
とかだね。
とかかな。
2004年?2002年?
36:01
2000年、1999年入学か。
そうそう。
小学校って。
いやー。
当たつもんですね。
そうね。
祭りも今後どうなるか分かんないけど、
まあでもあの祭りでね、
あの町に引っ越して、
あの祭りを自分の力で行って、
なんていうかな。
僕にとってあの祭りってさ、
転校前は親に連れてってもらって、
完全に自分の意思で回るもんじゃない?
まあ小さかったのもあるけど、
知らない土地みたいなね。
おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くみたいな感じだもんね。
そうそうそう。
で、父は出てるけど。
あの家でも隣町に引っ越したのに、
普通に青年代入ってたよなと思うけどね。
よく考えたら。
逆に隣町の方に入ってなかったのかな。
もうやってたよ。
両方してた。
両方してたんだと思う。
すごいね。
お祭り男だね。
そう。
やっぱり。
親の、なんかそういう感じだったけど、
でも引っ越してから自分の、
もっと面的な?というか、
自分で祭りの空間に入ったり出たりっていう、
そういう経験。
そうね。
やっぱ住むと住まないって全然違うんだよね。
そうね。
本当に。
なんだろうな、結構神秘的な体験な気がする。
ああいうこう、なんだろうな、
祭りの場に入って、
そこから一回抜けてまた入るっていう。
なんか、
あの独特の没入感というか、
あるよ。
結構町自体がさ、
異界というかさ、
普段の町と違う空間になってたなと思う。
そうね。
提灯が山ほどつってあったりとかして。
そうだね。
なかなかすごい、
多くの人生に大きな影響があったなって、
天候とあと祭りって。
そうだね。
私もやっぱり、
リリー・モンローとクレア・パトラは
大きな影響を与えてると思う。
自分の人生に。
海外というものを意識したのはあの時だから。
うちのばあちゃんが。
ちょっと感謝しといて、
今度あったら。
私が海外行くようになったのは、
あなたのおかげですって。
そんなん言うたらあんた、
何ふざけたって言っとるんだあんた。
大きなことばっかり話して。
言わないでいいです。
言わないでください。
噂されるわ、あんた。
って言われる。
39:01
ここで聞いたみなさんも内緒にしといてください。
みなさんのおばあちゃんには特に。
ここで聞いたって言わないでください。
どこの誰が聞いてるかわからないから。
そうだね。
気をつけたほうがいい。
ということで、
今日はこのへんにしときましょうか。
みなさんも、
関係3メートルの歴史を。
2メートル縮まった。
語り継いでいこう。
またやりましょう。
またお話ししましょう。
ではでは。
39:34

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