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マーケティング陰謀論を考えてしまう私たち
2024-03-14 35:29

マーケティング陰謀論を考えてしまう私たち

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00:00
はい、始まりました。うがんばうがんばの卵です。水上優です。
ミラです。
今ちょっとね、お茶入れながら、田中美奈美に何回会うかって話をしてたんですけど。
わけわからんでしょ。
なんかだって、デパート行くとさ、時々ね、田中美奈美さんのポスターとか、等身大パネルとかに何回も会うんですよ。
そうね。でもね、デパートよくね、インスタで田中美奈美も使ってるみたいな売り文句が世の中あふれ返ってて。
ほんとそうよ。あと、田中美奈美が今言ったけど、田中美奈美が使ってると松子が食べたり。
そうね、松子が食べた。
どうなってんのみんな。
いや、すごいよね。
なんか一時期の浜崎あゆみぐらい影響力あるんじゃないかな。
浜崎あゆみはなんか食べたり化粧品使ったりしてないもん。
そういうのじゃないから。
あの人たちのマーケティング力がすごいんだね、きっとね。
なんていうの、田中美奈美とかもうあれじゃない?
ハンドクリームとかいろいろあるでしょ。
もうなんか千樹観音みたいになってるよ。八面ロッピーみたいなさ。
すごいよね、っていう話なんです。
本当か嘘かわかんないもんね。
最近特にね、本当にいつ買ってんのかわかんないよね。
自分が広告してるやつ以外はね。
あとね、最近東京の西の方というかさ、この辺の商店街行くとよく必ず一体は見るのがね、
藤原のりかのパネル。
あーあれでしょ、中小企業が頑張るみたいな。
ちょっと古いやつ。ちょっと古い藤原のりかがさ、頑張るみたいなポーズ。
あれなんだろう、クリエイティブコモンズみたいな感じで誰でも使えるみたいな感じなのかな。
なんだろうね、あれ。
でもなんかそういう事業に協賛してるのかな。
多分なんかすごい安いライセンス料で藤原のりくが使えるのかな。
なんかね、わかんないこれ奥の脳内熱像かもしんないけどさ、
陣内智則にも同じ企画で見たような気がする。
いや私もそんな気がする。
あ、わかる?
え?って思ってさ、それ時期大丈夫かなみたいなさ。
いや一緒にやってんじゃないの?
一緒にやってたことがあるのかな。
いやわかんない。
なんかでも国関わってるよね。
なんか何かしらの公的な団体が藤原のりかを雇ってる気がする。
公的な団体。
不思議、また見たわーとか思うのよ。
吉祥寺とかさ、小池くんとか。
朝ヶ谷とか行くとさ。
わかるわかる、いるいる。
いるよね。
風呂さんやとかさ。
そうそうそうそう。
なんか買取、金買取りますみたいな所とかにいるよね。
マッサージとかにもいる。
マッサージにもいるんだ。
そう、整体マッサージみたいな所にもいる。
03:00
何なんだろうね。
何だろうね、あれ。
記号としての藤原のりかはね。
だし、なんか我々消費者にどんな行動を促してるかもわかんないよね、アルパネル。
頑張ろうみたいなね、ポーズね。
なんか商工会議所にあるのはわかるんだけど。
あと、そうね、なんか。
え、なんか忘れないで青色申告みたいなやつ。
そうそうそうそう。
そういうのとかと一緒な感じで、なんか中小企業応援してますみたいなね。
で、こう支援策とか補助金とかを案内する。
だからそういう広報のキャラクターなんかわかるんだけどさ。
商店街に何体も立ってるでしょ。
結局さ、業種にも縛られてない気がするしさ。
何を我々に伝えようとしてるかが全然わかんないなと思ってさ。
うわ藤原のりかだ、ピンクの服着た。
もういいじゃん。
もうやっぱダメよ。
そのイメージの中に伝えたいメッセージが含まれてるって考えるのはすごく近代的だしさ。
あーそうだね。
なんかあの、良くない。
マーケティングに毒されてる。
そうだね。
全部最近そう考えてる。
なんか祝祭的だからいいんだよ。
藤原文化が。
そうか。
祭りっぽいからいい。
祭りっぽいから。
リニア感じ。
あのクリスマスツリーを電飾で飾るのと一緒。
あーそういうこと?
意味はない。
意味はないけど、
にぎやかし。
藤原のりかが言ってくれたら嬉しいなみたいな。
まあ目引いてるしね。
アイキャッチ。
マーケティングを嫌うくせにさ、マーケティングを読み取ろうとしちゃうよね。
まあだからもうそれはすでにさ、私たちがデザインに支配されてるんだよ。
最近私2日前に行った本のローンチイベントの受け売りなんだけど、
その本は多元的世界のためのデザインっていう本で、
デザインフォープルリバースっていう英語の本を訳した回だったんだけど、
そこで主に言われてるのが、
今まで世界を私たちはデザインすると思って生きてきたけど、
そうではないんだと。
むしろ私たちは世界にデザインされ直し続けている。
で、それをちゃんと考えないといけないよねみたいな話をざっくり言うとしてて、
そこでフロアからの質問の時にあるデザイン研究者の人が、
それってまさに小読みとかがそうですよねって話をしてて、
ウルード誌みたいなのとかって、
もうあれはグレゴリオ歴っていう、
この自然界にはないもので区切って、
しかもそれによってでも私たちは休日があったりとかさ、
06:00
ウルード誌があったりとか、
就業時間が決めてられていたりとか、
年末になったら帰るとか帰らないとかがあったりとか、
すごく文化的だったり、
毎日の行動みたいなのを操作されてるじゃん、歴によって。
でも実はそれは人間が作ったものじゃん。
だから人間が作ったものによって、
世界をデザインしてるって言い方もできるし、
逆にそのデザインしたものによって、
私たちはデザインされ直しているっていう、
そういう遠間的な関係性みたいなのがあるよねって話をしてた。
なんかさ、話は少し続けちゃうかもしれないんだけど、
最近誕生日が近いのもあって、
財布ちょっと見てるのね。
昨日ね、バレンシアガールに行ったの。
店員さんに見せてもらってたんだけど、
バレンシアガールの店員さんが、
財布ご検討ですか?ってなって、
あ、そうですね、ちょっと。
あ、やはり一流万売日だからですか?みたいな。
一流万売に向けてですか?みたいになってさ、
え?みたいになって、
一流万売日なんですか?
あ、でも皆さんそこめがけてリサーチして買われる方いらっしゃいますよってなってさ、
バレンシアガール一流万売日みたいな感じさ。
頭の中でもうおかしくなる。
すごい。
きっと綺麗なショップなんでしょ?
ショップにバレンシアガールのバキバキの。
縁がないから行ったことないけど。
僕も普段行かないよ。
バレンシアガールは特に行かないけどさ。
他のブランドもちょっと匂わしてくるんだよね。
一流万売日を。
一流万売日とかもさ。
一流万売日って何?みたいな。
だし、それでもう一個マルニーも見てたんだけどさ、
マルニーはネットでも見てたんだよ。
ネットで一流万売日って言葉をバレンシアガールの店員さんから聞いた後に
マルニーのサイトを開いたらさ、
タブのメニューの一個にラッキーデイって書いてさ、
それを開くと財布出てくるの。
メンズとレディースの財布が。
ラッキーデイ。
怖っ!と思ってさ。
今まで僕何回も見てるんだよ、マルニーと。
ページをね。
それ見たことない。
今まで気づかなかったのか、なかったのか分かんないけど。
なんかびっくりした。
えーみたいな。
一流万売日そんなに世の中気にして財布買ってらっしゃるんですか?ってなるよね。
でも私も見たことある。
モデルの知り合いの子が
今日一流万売日だったから新しい財布を下ろしましたみたいな
インスタを上げてるの見たことある?
あともう一個疑問なのはさ、
一流万売日ってさ、
09:01
投資が、
投資に、
エビで対応するみたいな言葉じゃないかなと思ってて、
一流で万売なんでしょ。
一粒の米から万の、
米、種が取れるよってことだと思うんだけどさ、
財布は投資じゃないんじゃないと思うよね。
確かに。
財布がそれに、万個の財布にならないでしょ。
なっても困る。
すごい不思議なんだよね。
財布を一流万売日に買うっていうのがさ、
株でも買った方がいいんじゃないかなと思って、その日に。
とか、本当に庭で何か種でも植えるとかさ、
の方がいいと思うんだけど。
そういう日でしょ。
種植えるのにいい日ってことでしょ。
そういうことなんだ。
種植えるのにいい日ってことだよね、あれって。
しかもあれは結局ね、多分、
何の東洋思想が出てきたかどうかもちょっとよく知らないんだよね、実は。
あー、市中睡眠なのか、引用五行なのか。
何歴とかに繋がるものなんだろうと思って、
なんか、あんまり理解してないけど。
あ、でもそれで言うと、
優君がさっき言ったグレゴリオリキの日本版に当たるのがやっぱ六葉だね。
これはね、僕が前そういう仕事してたのもあるけど、
六葉が広まったのって結局、
六葉っていうのはあれだよね。
あ、そう。仏滅対案とか。
あれ、ともびきとかね。
葬式はともびきにしちゃダメとかさ、
仏滅の結婚式とかさ、
戦勝戦不とかあるでしょ。
あれが広まったのって明治って言われてるよね。
昔は小読みと占いが一体だった。
占う。
今でも伊勢神宮とか神宮歴とか、
なんとか歴っていうのがいっぱいあったんだけど、
その中に平安時代でいう物意味みたいなことも書いてあったんだけど、
それは禁止されちゃったんだよね。
政府に。
明治時代に。
でもみんな何か欲しいから、
六葉って結局ずっと繰り返すだけなんだよね。
何の占い性もないんだけど、
あれで日を判断するようになったっていう。
あれを入れること、入れる占いの要素ではありません。
曜日と近いものだから。
でもなんかちょっとあるのかな。
この日だったらこの六葉になって、
そこがまたリセットされるみたいな、
あるかもしれないけど。
それもそうだよね。
だから僕よく言ってたの。
働いてる時は。
そうだとされてるけど、
対案じゃないとダメなんでしょうか?
とか聞かれたから、
そうだっていう風な見方もありますけど、
お越しに皆さんのご都合が過ぎやすい日とか、
みんなで集まれる日を優先してくださいってよく言ってた。
すごいプラクティカルな人だね。
12:02
でもそれは公式見解。
プラクティカルな正直者だね。
それはすごくグレゴリオエキティのさっきの話との、
もっと最近起こった伝統だよね。
そうだよね。
あとなんかもう一個言おうとしたな。
さっきのマーケティングの話だと、
最近生誕に展示をあるアーティストの人に見に行ったのね。
それを見に行くのが2回目なんだけど、
パートナーに誘われて行ったんだけど、
その人は、
優吾くんのお友達みたいにずっと画業から出てきた人じゃなくって、
いろんなもののデザインとか、
プロデュースみたいなところから画業に来たような感じなんだけど、
なるほど。
すごいマーケティングを感じちゃって、その空間から。
でもその人がものすごく頭が良くて、
多分メタ的な思考ができる人なんだってことも伝わってきたのね。
この人は自分が描きたいものがあるか分からないんだけど、
描きたいものがあるとしたら、
今この展示で見せるためのものと、
売るためのものをすごくしっかり分けてるような気がする。
シリーズものとか星座とかで作ってたりするのね。
そういうのってお金持った人で自分の星座を見つけたら買ったりするんだと思う。
ラインナップ揃えるみたいなのがすごい伝わってきて、
かつ自分のフォローをしてるような女性とかの層を皮肉ったような絵画とかもあったりするから、
この人はすごく頭が良い人なんだろうなと思ったんだけど、
僕が好きな感じじゃないけど、面白いなとは思った。
でもモヤモヤするの。マーケティングを感じると。
僕は絵としてそういうのを受け取れないなと思っちゃうんだけど、
でも別にマーケティングが考えられてるかそうじゃないかどうでもいいと思ったりもするんだけど、
そこなんかちょっとモヤモヤしたりするんだよね。
今回は結構、前回は仏教哲学的なコンセプトだったんだけど、
からある言葉を取り出してみたいな。今回はどっちかというと西洋哲学から発した明大みたいなのが感じだったんだよね。
それも、何だろう、そのアーティストさんにとって何か自己の探求とか、
何かこう修練の果てに解釈として作品が出てくるっていうよりも、
15:05
作品のためのテーマみたいな感じがするの、哲学が。
で、今回はこういう思考でみたいな。
彼は多分自己プロデュースがすごく上手だから、そういうことを全部自分でやれるんだと思うんだよね。
だから、裏に人はいないと思う。本当にあの人が出てきたものなんだろうから、
本当に評価すべきなんだけど、評価されてるからいいんだけど、
何かこの人の怖いなって思っちゃって、何かモヤモヤしちゃった、昨日すごくそれで。
それはすごいね。
ちょっと見て欲しいぐらい。
ちょっとね、あの、
伊勢丹?
伊勢丹。
新宿店。
すぐ特定される。
でもこれ出るのちょっと後なんで、時期的に。
もうやってないかもしれない。
ちょっと有名な人とかも来場してたっぽくて、
僕は有名人の顔わかんないけど、パートナーは、あの人、芸能界にいた人だとか言ってたから。
伊勢丹新宿店でやるんだからね。
いや、そうだよ。
やっぱ。
売れるものを作らないとね。
ちなみに、その同じフロアのちょっと奥で辻ひとなりもやってた。
なるほどね。
それもそうだよね。
マーケティングに反発するのに、
そういう裏を考え、
マーケティングがあるだろうって勝手に思っちゃうみたいなさ。
ね。
そうだね。
社会に、なんか、世界によって作り変えられてるのかな。
そうだね、そうだね。
あとその話で言うと、
今日実は私はNICUの同窓会のイベント行ってて、
そこで森本安里さんっていう男性なんですけど、
安里さん。
安里さん。
という名前なんですけど。
あなたのインスタで早速お名前見たよ。
青少学者の人で、
アメリカについていろいろ書いてる人がいたけど、
その人の講演があって、
なんで世の中は陰謀論に行ってしまうのかみたいなのを最近よく聞かれるらしいのね。
彼は反地政主義とかの言葉を結構最初に取り上げた人でもあったから、
トランプ大統領がまた再選しそうだけど、なんでですかみたいなのを新聞とかに聞かれて、
よく答えたりしてる人なんだけど、
なんかまあ、彼が今回言ってたのは結構その、
世の中がどんどんフラット化したと。
背広も着なくなったし、
師匠と弟子みたいな関係性みたいなのはみんな嫌うようになったし、
18:00
先生も学ぶよねみたいな。
学生も先生から教えを受け取るだけじゃなくて、
自分たちで考えていろいろやるみたいな、
そういうヒラルキンがない状態がいいよねってなったりとか、
あと論談とかももう存在しなくて、
批評家とかもほとんど存在しなくて、
いろんな人がいろんなところでいろんな発言をする。
それがしかも実際できるっていう世の中になって、
どんどん地のヒエラルキンみたいなのもなくなっていってるし、
実際人のヒエラルキンっていうのも嫌われるようになってる。
っていう中でフラットになって、
いろんな人がいろんなことを言えるようになった結果、
陰謀論っていうのが流行るのは全然不思議ではないっていう話をしてたんだよね。
それってそうだなって思って、
さっき言ってたマーケティング的な裏があるんじゃないかっていう風に読んでしまうっていうのも、
ある種陰謀論的なところと近い部分があって、
自分には見えないけど、何か論理が背後にあるんじゃないか。
それはお金というものによって突き動かされて、
そのものとかアートとか表現とかっていうのが生まれてるんじゃないか。
あとは陰謀論者だったらそれが、
例えば政策とか国の方針みたいなことを考えるんだろうかあるけど、
そういった風に思うっていうのは、
もしかするとすごくフラット化した社会において、
自然な心の動きなのかもしれない。
確かに。
そういう意味では多くはマーケティング陰謀論を信じてるかもしれない。
信じてるがゆえに、
全てのいろんなサジェストみたいなものに警戒感を抱いているのかもしれないです。
それは全然あり得る話だなって思うし、
だからさっきの絵の人も、
状況から考えてあなたの見たてはすごい正しい感じですけど、
でも本心ってかその人も、
これが何が本心かっていうのがわからないことだけど、
いろんな環境とか周りにいる人とかが複雑に絡み合って、
その人っていうのが作られているから、
芸術純粋主義批判じゃないけど、
何がその人の純粋な芸術作品なのかって考えるのは結構ナンセンスな気もするが、
21:02
意外とその人は本当にそれがやりたくてやってる可能性がある。
それは別に何のマーケティング的な理由もなく、売れようとかも全く考えてないけど、
前回は東洋の哲学やったから、
今回は西洋の哲学でやろうかなと思ってやったとか。
この奥の批判の中には、
彼自身はそんなに嫌な印象はないんだけど、
パートナーがそれに対してちょっと興味があるから、
マーケティングに乗せられてるんじゃないかっていう。
そこに自分が警戒感を持ってるのと同じように、
自分はそこに興味を示してないから、警戒する必要すらないんだけど、
身近な人が興味を示せると、自己同一して警戒しちゃうのかもあるし、
騙されてほしくないみたいな。
乗せられてほしくない。
本心に価値があるものだけにお手にしてほしいみたいな。
そんなのないんだけどね。
あともう一個は、東洋思想みたいな時は、
楽しんだ部分もあったよ、奥自身は。
その時に枯れ山水的なやつとか、
神棚みたいなやつとかあったよね。
で、今回ちょっと西洋哲学っぽいやつだったので、
若干その節操なさにイラついてるのかもしれない。
東洋で行くなら東洋で行けよっていうね。
やっぱり奥の中のそういうのがあるのかもしれないね。
思想に対してフットワーク軽いやつに対する。
行き通りとまでは言わないけど、
引っかかる部分があると。
でもそれを置いといて、
陰謀論、フラットになったからっていうのはそうだね。
だから、権威主義とか法権主義みたいなのが否定された反作用というか、
副作用みたいなものが今の陰謀論。
だから権威主義的な社会では権威の裏なんて考えなくていいんだよ。
そうだね。
だって権威がルールだし、権威が価値観だし、
権威に対する批判みたいなことはできると思うんだよ。
それは結構、権威vs権威みたいな。
どっちの権威をお前は取るかみたいな世界になるから、
正しくバトルできるんだけど、
権威ってものがもうなくなってしまった世界においては、
それぞれの人が自分の論理を持ってるから、
見えない部分に対する推測、推論みたいなのを
24:00
働かせざるを得ない状況になってるんだろうね。
そういう時にどうしたらいいかっていう教育を
まだ受けてないのかなっていう気がする。
我々の世代が今まで学校教育って権威的だったと思うんだけど。
学校で教えられることは正しいですみたいな。
私、陰謀論、権威主義と法権主義との距離を取って、
かつ陰謀論にも偏らないためには、
僕は自分は権威主義者の
自分の中にそういうものがあると思うんですから、
ただ陰謀論に行かないだけな気がするけど、
どっちからも距離を取ろうってする時の正しい態度って
分からないことは保留するとかさ、
そういうことができる人じゃないとダメなんじゃないかなと。
多分不安だと思うんだよね。分からないことが。
その不安に対して保留するっていう態度を
自分の中に用意できてないと何かに偏っていく。
陰謀論とかに偏っていくのかなと思うから。
でも今までの学校教育って答え合わせが多くて、
分からない時に対してどういう態度で臨むかみたいなのが、
世界中みんなそういう教育を受けてないから、
今後そういう分からない問題について
判断を保留するっていう態度を養うことが
最近必要なんじゃないかっていう風に思う次第です。
みんなやっぱり人類の教育を受けたほうがいい。
そうだね。
画伝引水するようですね。
そうだね。すごい引き込んでくるなと思って。
分からないことを保留するってすごく重要なファクターなんです。
人類学において。
やっぱり異文化とか他者を理解しようとするときに、
どうやってもそれって逃れられないものなんですよね。
他者は分からないことの象徴みたいなもんじゃないですか。
分からなさの塊みたいなのが他者だと思うんですけど、
そうじゃなかったら事故を広げていくしかない。
事故を広げて広げて、世界イコール事故ですみたいな状態になっているのが
ある種陰謀論の人々でもあると思うんだけど、
他者が存在するってことをまず認めるっていうのは
結構辛いことでもある。
それは皆さんがおっしゃるように
27:01
分からなさを保留するってことと結構一緒にやらなきゃいけないことなんだけど、
分からなさを保留するために、
これ今あんまりまだ私の中でも整理できてないけど、
分からなさを保留するってことと結構他者が他者であるってことを認めるっていうのは
私としては結構表裏一体の問題だと捉えてて、
そうじゃないと他者っていうのを真正面から捉えられないんじゃないかなと思うんですよね。
そうだね、確かに。
そうじゃなかったら自分の都合のいいように解釈するっていうことがまかりとおるから、
それでもいいっていうか、
良いとは思わないけど私は。
でもそうやって生きてる人もいる。
そうだね。
けどそれは結構、
自分に力がそれが、例えば権力があったりとかお金があったりとかするんだったら、
それでも結構生きていけるし、
逆にそういうものがなさすぎて、
もう他者のことなんて分かりたくないっていう心理状態になることもあると思うんだけど、
そういう状態の時にはもうどうしようもないんだけど、
でもさっきミラさんがおっしゃったように、
なんか権威主義にもならず、
陰謀論にも巻き込まれず、
自分で自分の判断をしたいって思うんだったら、
やっぱ他者が他者であるってことを引き受けたりとか、
世の中には自分が知り得ないことがあるんだっていうことを受け止める工夫みたいなのが結構必要になってくるよね。
そうすると何もできなくなってきたりするんだけど、
でもただ自分がした方向決定とか方針みたいなのを取り戻す。
もう一回立ち戻ってもいいんだみたいなさ、
ふうに思えればいいけどね。
そう思います。
なんかでも最近世の中さ、
それを許さない面もあったりとかして、
過去の人のその時の行動、
あの時の行動とかあの時の言動を後から見直して今私は違いますってことが、
なんか最近認められないような空気をすごく感じてて、
別に問題を起こした人を擁護したいわけじゃないんだけど、
30:00
し、よくもたまにそう言ってもあんたあれあれしてたでしょって思うんだけど、
なんかそれはその良くないなというか、
そのどっちにも偏らないで行くにはそういう土壌も必要。
その何も自分がわからないことがあるって認めて保留すると、
でも全部わかってるものなんかこの世に存在しないから、
今度何も選び取れなくなってくるんだけど、
でもそれじゃ生きていけないから、
選び取ったものを後で撤回するとか選び直すとか、
訂正するとかってことの繰り返しが人の陰謀論にも、
権威主義にも傾かない生き方をするゆえで必要だと思うんだけど、
それを社会が許してくれないことが結構あるんじゃないかなって思うから、
それがすごく難しい。
社会と距離を取るしかないのかなって思ったりもしますね。
確かに。
社会って今皆さんが言ってる何を指しているのかちょっと具体的にはわかんないけど、
そうだね。
でも確かにその文脈を丁寧に扱わない、
ジャッジメントされる場所には行かない方がいいだろうね。
それがツイッターとかだと思うんだけど、ある意味。
その人がこれまで何してきたかとか、
どういう状況にあってその発言してるのとかって全部切り取られて、
一つの言葉だけが判断されていきがちな場所だと思うんだけど、
でも例えばこういう音声コンテンツだったら絶対文脈がある。
そうだね。
切り取ることができないじゃん。
例えばここですごく暴力的な発言を私がして、
急にバーってしてそこだけ切り取って流すことができるけど、
全く意味がわからないから、
こういう話をやってきて、
この人はこういう話を今ここでしてるんだっていうことは、
自分を追って聞かないとわからない。
そうだね。
しかもそれは再生ボタンを押すっていうことをしないとスタートできないっていうところは
結構ポッドキャストとかの重要な心理的安全性を保つ機能だと思っているんだけど、
でもそれが文字になって文字を複製可能な状態にした途端、
すごい言説の切り取りが簡単になってしまうし、
文脈とかその人の固有の状況とか、
なんでそういう考えに至ったのかみたいなのが全部捨て去られてしまう。
33:04
文字起こし機能なくした方がいいよ。
ごめんでもそうするとね、アクセスできない人も出てくるからね。
まあでもだから長い語りの中にこれがあるっていうのが重要なのかなっていう。
でもそのね、ある種障壁みたいなのは大事だなと思う。
YouTubeとかでもさ、コンテンツを配信する人がたくさん出てくる。
ブログとかじゃなくて。
でもそれが出てきた理由っていうのは、
コピー、真似されない。複製が難しい。
やっぱ記事とかブログの内容って、
もうそこの文字をコピペしたらもう、
ちょっと変えたらもう全部可能になっちゃうから、
その人が発信した価値みたいなのがどんどん気迫になってくる。
だけどそういう一種、他社に流用されにくいっていうことで
YouTubeの動画が前に流行ったみたいな話をだいぶ前に聞いた気がするけど、
ポッドキャストもそうかもね。
音声で直接残すっていうのが。
だからいろんな人やってるのかな。
手軽になったっていうのもあるけど、
でもそれは一つある気がしますね。
文脈を誤解されにくいメディアかなっていう気がしますね。
あとしかも結構めんどくさいから聞くっていうのって。
だからよっぽど興味がある人じゃないと聞かないし、
逆に1個か2個聞いて、もう興味ないなと思った人は去るし、
逆に1個2個聞いて、
この人たち面白いこと言ってるわってなったら全部聞いたりするから、
だからファンが生まれやすいメディアなんだろうなっていうのは思ったりしますね。
ということで今回はなんか、
昔の話をしようと思ったら東京都マーケティングみたいな話になったんですけど、
あと陰謀論と権威主義。
今日はこんな感じでやっていきましょう。
ありがとうございました。
うがんばうがんばの卵ではフォームがありますので、
皆さんのお便りをお待ちしています。
またどうぞよろしくお願いします。
さよなら。
35:29

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